悪魔が愛した恋
初めまして、未熟者と言います。
今回は少しグロ要素や性的描写がありますので苦手な方はご注意下さい。
嵐の夜の誓い
――愛してるわ、あなた……――
嵐の夜、暗い部屋の中に雨粒が壁に当たる音の中に甘美な声が響く、灯りの無い部屋を時折雷の閃光が一瞬だけ部屋を照らし出す。その赤く染まった部屋には一人の女が立っている、女が着ている白いワンピースは彼のもので赤く染められて様々な模様をつけていた。
女は何か掬ったかのように手の中にある何かを見ている。トクンッと女の手にある《もの》が鼓動し彼女は優しく微笑む、まるで愛しい人との逢瀬を楽しむかのように女はその手の中にある愛しい《もの》に口づけをすると《もの》はまた脈をうつ。
――まぁ! まだあなたと赤い糸が繋がっているわ!
狂気で狂喜に満ちている彼女の手の中の《もの》から大小の赤い糸が伸び、その赤い糸の先には地面に転がっている愛する者の空っぽになった胸へと続いている。
女は片手に持っていた鋭利なナイフを自分の首もとからグッと力を入れ自らの服を引き裂き脱ぎ捨てる、服の下からは整った美しい肉体が露になるが女はそんなことを気にせず今度は自分の胸にナイフの刃を当てる。
そのまま女は躊躇いもなく自らの胸へと刃を滑り込ませるように入れる、赤い血が傷口から溢れ激しい痛みが彼女を襲うが女は苦痛に顔を歪ませるどころかいっそう恍惚とした笑みが浮かびよりいっそう刃を突き入れる。
男はまだ辛うじて意識があるのか愛する者の凶行に対して僅かに反応するが身体の痛みのせいで動くことが出来ない。
女の狂気に満ちた行動の後にナイフを投げ捨てると、自分の胸へと手を入れ乳房の下にある《もの》をゆっくりと引きずり出す。
女の両手には二つの大切な《もの》が不規則に脈をうつ。
男は愛する者へと視線を上げる。
女は愛する者へと視線を下げる。
――あなたは、私の中で生き続けるの、だからあなたの中で私を生かし続けて。
それは愛する者へと送る最後の言葉、それはお互いを縛る呪い、そして愛する者との決別。
彼女は愛する者の大切な《もの》を自らの空っぽになった胸、そして自らの大切な《もの》を愛する者の空っぽになった胸へと入れる。
男は残る力使って叫んだ。
――俺が君を殺すッ!! だから君は誰にも殺されないと誓えッ!!
女は狂気で狂喜のまま男の誓いに宣誓した。
――私は誰にも殺されない、貴方以外には殺されないと誓います。
嵐の夜の永久の誓い。
そして女は消えた、残された愛する者は地面に伏せたまま起き上がらなかった。
――ようこそ世界の裏側へ。
依頼者とデリカシーの無い探偵
周りの人は誰もが見て見ぬ振りをする。
私は逃げる、警察はあてにはならない。
猟犬の如く私を追いつめる狩人達は確実に逃げ道を塞いでくる。
息がきれ、脚は疲れが蓄積し震えが止まらない、それでも逃げる為に脚を動かし続ける。
だんだんと人気の少ない場所へと追いやられるているのは分かっていた、それは狩人達の誘導だと頭では分かっていても逆らうことが出来ない。
西洋の文化は日本という国を変えた。新しい物、新しい文化、新しい技術、それらを使い人々は生活に取り入れられ、今までの木造家屋からレンガ造りの建物へと変わり、地面は土から石畳へと変わる。
その変化の影響で建物と建物の間には陽の光が当たらない世界が生まれ陽の光を浴びることが出来ない者達の新たな居場所となった。そんな中に今私はいる。
必死に逃げた、しかし逃げた先には壁があった。周りには帽子を被った少年と数人の黒い衣を纏っている男達だけで、完全に追い詰められてしまった。
帽子の少年へと黒づくめの男達がジリジリと迫る。
帽子の少年は、唯一この現状を脱出できるかもしれない扉がある事に気がついた、だが同時に自分の退路を自らの手で断つ事になるかもしれない、それでも少年は迷わずに扉のドアノブに飛びついた。
必死だった、そこに希望があるなら人間は迷わず選択し行動するだろう。
少年は男達よりも早く動いた。死に物狂いの人間は時に信じられない力や可能性を引き出す事が出来ることを少年は今感じていた。
迷わず扉を開けその建物に飛び込む、とっさに振り返ると視界の端に男達が映る。
帽子の少年は息をする間もなく扉を閉じようとするが、男達も自らの指を閉まる瞬間の扉にねじ込ませ閉じるの防ぐ。
男達は力づくで扉を開けようと扉の隙間をこじ開けにくる、少年一人の力では外側からの力には長くは耐えきれない。
扉の隙間からの男達の指が増える。少年は全身の力で扉を押さえる、必死に叫ぶ。
————僕は諦めないぞッ!
奇跡なんてものを信じているつもりはない。結局は自分がどこまでその幸運を引き寄せられるかだ、少なくとも少年は分かっているつもりだ。
少年の頭の半分は無理だと言う、現に少年の力ではもう持たないのを当の本人が一番よく分かっている。これは現実なのだ。
だがもう半分は? 少年のもう半分は言う。
――分からないだろう、と。
それは端から見たら必ず負ける我慢比べのようなものだ。
扉の隙間から侵入してくる指の数は増え、あと数秒もすれば扉の外からかかる力で少年の身体は吹っ飛ばされるだろう。
「あまり俺の事務所で騒がないでほしいな」
少年の背後から扉が開く音と共に男の声が聞こえてきた。
——回り込まれたッ!?
部屋の奥へと意識が一瞬それる。少年が慌てて気付いた時には既に遅く扉は勢いよく開こうとしていた。
しかし少年は気付く扉は開きそうなのにいつまで経っても開く気配が無かった。
「よう、ボウズ。とりあえず話を聞かせてもらうぞ」
頭の上から声がする、少年はハッとして顔を上に向けるとそこには、トンビコートを羽織った男が扉を押さえていた。
少年を見下ろし、男は表情を一つ変えずに扉を押さえている手に力を入れ、入り込んだ猟犬達の指ごと勢いよく閉めた。
本体から離れた指はピチピチと跳ねていたがやがて力尽きたか跳ねなくなった。
男は扉から離れると立ち尽くしている少年の背中を軽く叩き、二階へと向かう階段へと促す、少年は我にかえるがそれでも動こうとしない。
「どうした? 事務所は二階なんだ、そこで話を聞く」
男は少年に話しかける。
――どうして……
少年は男へと微かに言葉を発する。
「どうして、僕を助けた……?」
少年には分からなかった、見ず知らずの人間を助けるだろうか? その考えは当たり前だ、何の見返りも無しに人は人を助けないのだから。
男は少年の問いに対して素っ気ない、しかしその言葉には何か不思議な感情が込められていた。
――安心しろ。
男は少年に言った。その言葉は誰よりも少年が欲していた言葉だった。
「俺はお前の味方だ」
男はそれだけ言うとさっさと階段を上り始め少年も慌てて男の後をついていく。
男と共に少年は事務所まで来た。事務所の中はひどく簡素で来客用のソファと書類が山になっている机があった。
「いらっしゃい、依頼人さんね、飲み物は何が良いかしら?」
事務所の別室の扉が開き中から一人の女性が話しかけてくる、男はさっさと来客用のソファにどっかりと座って煙草を吸っている。
「えっと……じゃあ冷たいお茶でお願いします……」
女は軽い口調で了承すると先ほどの部屋に入りしばらくして冷たいお茶を少年の前に置く。
「さてボウズ、少しは落ち着いたか?」
冷たいお茶を飲み一息ついた少年に男は話を切り出す、少年は残ったお茶を飲み干して改めて男へと顔を向けた。
「先ずは助けていただきありがとうございました、僕はクロトと言います」
「そうか、俺は仙葉 乖燕、特異界専門の探偵だ」
クロトの疑問に気付いたのか乖燕は先に説明をした。
「あぁ特異界ってのは簡単に言うと世界の裏側だ、まぁ普通の人間はまず関わることはないから知らなくても無理はない」
そう言って乖燕は煙草の灰を落とす。
「さて本題に入ろう、ボウズお前何の《儀式》をした?」
乖燕はクロトの身体を見つめる。
「乖燕さんは僕に何が起きているのか分かるんですか!?」
「さぁな見てみないと分からん、よしとりあえず服を脱げ」
乖燕の発言にクロトはソワソワしだす。
「別に減るもんでもないし、男同士だろ、早く脱げ」
――止めなさいッ!! 隣の部屋から怒号と共にさっきの女が乖燕の頭に拳骨をかます。
「うちの社長が失礼したわね、私は若葉って言います、私が見てあげるから黒人くんはあちらの部屋を使って」
頭に拳骨を落とされのびている乖燕を無視して若葉はクロトを隣の部屋に案内する。
十分程経った頃に二人は部屋から出てくると頭を擦りながら膨れっ面で煙草をふかしている乖燕がいた。
「お前……そろそろ上司の頭に拳骨を落とすの止めないか?」
乖燕の発言無視して若葉は乖燕に一枚の紙を渡す。
「なるほど、丙ノ型か……厄介だな……」
紙に書かれた《邪印》を見て顔をしかめながらクロトへ視線を向ける。
「ボウズ……お前、命に関する儀式を行ったな」
「僕はそんな事したことないッ!!!!」
乖燕に対して思わずクロトは声を荒げた、乖燕はクロトの思いを聞き続けた。
「なんで僕だけなんだよ!! なんでいつも僕だけ不幸になるんだよ!! 僕は何も悪いことしてないのに……」
「そうだ、ボウズは何も悪くないだから俺の話を聞け、俺はお前を助けるだから何が身の回りで起こったか教えろ」
若葉は新しくお茶をクロトの前に置き、クロトに話しかける。
「大丈夫よ、《ここ》に来れるってことは私達が力になれるっていうことだから」
黒人は少し落ち着き、ポツリポツリと話し出した。
「何もわからないんです、僕には昔の記憶が無いので名前くらいしか」
乖燕はクロトの言葉を吟味するように頭の中でパーツを組み立てる。
先ずクロトには過去の記憶が無い覚えているのはクロトという名前だけ。次にクロトの身体に刻まれている邪印は丙ノ型であること。これは若葉が確認している。
「最後に一つだけ聞いておきたい」
乖燕は初めて表情を変えた、期待と苦悶の入り雑じった面持ちになる。
「茉莉を……仙葉茉莉を知っているか?」
2話
クロト達は帝都の街を歩いていた、時間はちょうどお昼時で帝都の食事処は既に満員状態である、しかし活気に溢れている街だがクロトの視界の端には先ほどの黒の狩人達がこちらを見ている。しかし先ほどのようにクロトに手を出して来る気配は無く様子を伺っているようだ。
クロトは思わず乖燕のコートを掴んでいた。
「気にするな、ありゃ国が飼っている化けもんだからな、俺といる限り襲って来ることはない、それに今から交渉しに行くからな」
クロトは乖燕の目的が分からずただ昼間の賑やかな繁華街を歩く羽目になった。そもそもクロトは行き先を聞かされていない、乖燕も若原に一言「行ってくる」としか伝えていなかったが、若葉の方は先ほどの部屋から菓子折りを持ち出して来るとクロト達にその菓子折りを手渡し乖燕に「ちゃんと渡してくださいね」それだけしか言わなかった。
「着いたぞ」
二時間程歩いただろうか突然乖燕が立ち止まる、そして後ろ歩いていたクロトは周りに気をとられて、いきなり立ち止まった乖燕に気付かずにぶつかってしまった。
「イテテ……着いた……っていったいどこに来たんですか?」
見れば分かるだろ、乖燕はそう言って目の前の大きな建物に入ろうとする。
「ちょっと待って下さい! ここって……!?」
クロトはその建物を見た瞬間その建物に入ろうとする乖燕のコートの裾を引っ張り止めた、彼が入ろうとした建物は《警保局》とよばれるこの国の中で一番力がある組織でありかなり危険な組織で有名だからだ。
「ちょっ!? ちょっと待ってよ! 流石にこれはヤバいよ! それに乖燕さんはなんとかなるかもしれないですけど僕は捕まっちゃいますよ!」
「だから、そうならないようにする為にここへ来たんだろうが。それに言ったら着いて来ないだろうお前、あといい加減俺の一張羅を引っ張るのはやめろ」
乖燕は逃げようとするクロトの服の襟を掴みズルズルと引きずりながら警保局の中へと入って行った。
警保局に入ると乖燕は受付をスルーしそのまま奥へと進む、廊下をすれ違う職員達は何故か乖燕達を見ると軽く会釈をしていく。
「……乖燕さん、何故僕達は何も問われずにこんな奥まで入れたんですか?」
「あぁ、それは単純に俺がここの関係者みたいなものだから」
しばらく廊下を歩いていたがとある部屋の前で乖燕は立ち止まる、扉の横に《特異界課》と書かれてるプレートが貼ってある。
「さて、ここが目的の場所だ」
乖燕はノックもせずに扉を開ける、部屋の中はオフィスのようになっており数人程が書類作業や電話対応など忙しく働いている、乖燕は真っ直ぐに一人の男性の座るデスクへと向かう。
「それで、お前はまた厄介ごとを持ち込みに来た。ということだな?」
目の前のデスクに座っている若い男は乖燕達の方へ身体を向ける、その顔は涼しげな表情だが何故か持っているボールペンがミシミシと嫌な音立てている。
「そう怒るな臣火、ほら若葉からのお土産だ」
臣火と呼ばれた右目に片眼鏡を着けた男は乖燕が持っている菓子折りを引ったくるように奪うと几帳面に包装紙を剥き中身を確認する、気のせいか一瞬彼の顔が嬉しそうな表情をしたように見えたクロトだが臣火がこちらを再び振り向いた時には苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「それで今度はそこの少年か?」
「あぁ、《許可証》の発行を頼む、邪印は丙ノ型だ」
「丙とは⋯⋯また大物か、分かったじゃあ少年悪いが俺と手を合わせてくれ」
そう言って臣火は手を伸ばす。困惑するクロトに乖燕は「心配要らん」とクロトの手首を握り臣火の掌と合わせると手の平が僅かに熱を持つの感じる、しばらくすると「もう良いぞ」と臣火が手を離した。
クロトが恐る恐る自分の手を見るとそこには歪な五芒星の中に眼が描かれていた。
「これが許可証というやつなんですか? なんか気味が悪いですね」
クロトは嫌そうな顔して自分の掌に描かれた五芒星を見る。
「それは《封神の印》と言って君の身体から漏れ出す邪な気を抑え肉体の《異形化》の進行」
悪魔が愛した恋