照照坊主

照照坊主

茸SF不思議小説です。縦書きでお読みください。

 森の中の茸の間で話題になっていることがある。
 照照坊主、いや雨雨坊主にされた仲間の茸のことである。 
 一人の男の子が、明日は遠足です、雨が止みますように、と願っていた。男の子がそのことをおばあさんに言うと、おばあさんが布で照照坊主を作って軒に吊るした。すると一週間ふり続けた雨がぴたりと止んだ。そのおばあさんは照照坊主のおばあさんと呼ばれるようになった。おばあさんはあちこちから照照坊主を作ってくれと頼まれた。あまりにもたくさん頼みにくるので、疲れたおばあさんは庭に生えていた白い茸の傘に炭で目鼻を書いて軒につるした。ところが雨は止まず、もっとひどくなったのである。
 森の茸はその話を聞いて自分たちの能力を知ったということである。
 茸を吊るすと雨が降る。

 その年は秋になっても雨が降らなかった。一月降らない。いつもだったら秋の長雨の時期である。しかも台風もこない。困ったのは茸たちである。なかなか顔を出すことができない。何とか大きくなっていた、いくつかの森の茸たちが集まって会議を開いた。夢野久作が茸会議という話を書いているがそれより生々しい議論が展開した。
 会議の結果は大変なことになった。
 照照坊主ならぬ雨雨坊主を森に吊るして雨を降らそうということになったのである。茸を吊るせば雨が降るに違いないと、茸たち自身が照照坊主作りのおばあさんの話を信じていたのである。人間の世界でいうなれば人柱のようなものということになる。茸を束ねて木に吊るそうというのだ。そうすれば必ず雨が降る。会議の議長である黄金茸はそう主張した。
 しかし、どの茸を選ぶかということを議論し始めたら一日かかっても結論が出なかった。やっとでた結論はこうだ。なんの役にも立たない、旨くない、綺麗じゃない、毒じゃない、いてもいなくてもいい茸にしようということになった。
 だがそれは誰だ。なんという茸だ。誰が決めるのだ、となると難しかった。それで名のない茸にしようということになり、みんな自分の名前を言った。大きな声で名前を主張したわけだ。まったけ、しめじ、かのか、べにたけ、たまごたけ、べにてんぐたけ、などなど。
 ところがその中で、「おりゃあ、ぼたしだ」と言ったやつがいた。そいつは、人間にぼたし、ぼたし、と言われていたので、自分はぼたしだと思っていたのだ。
 みんなはそれを聞くと「おっ」という表情をした。茸の表情とは傘に微妙に現れるものなのだ。
 元締めの黄金茸が「おまえに決まり」といった。
 「ぼたし」という名の奴は、「なんでだ、ちゃんと名を言ったじゃないか」と怒った。
ところが黄金茸は「ぼたしは茸と言う意味だ、そりゃあ名前じゃない」と言った。
 周りの茸も頷いた。
 「確かに確かに、ボタシは名前じゃない」
 名前がないと言われたそいつは傘も柄も白色っぽい茸で毒はないようだ。
 そう言うわけで名無しのぼたしは一族から七つの茸を出さざるをえなくなり、爺さん茸ばかり七つ選ばれたわけである。わしもその中の一つ、いや一茸である。
 そういうわけで、わしと六つの茸が雨乞いのために森の中に吊るされることになった。毒もない、誰にも悪さしない茸なのにだ。本当にひどい話だ。
 茸の元締めは森の猿たちに雨雨茸を森の中に吊るすように頼んだ。われわれ年寄り「ぼだし」はあけびの蔓で一つ一つドングリの木に吊るされた。
 ブランブランとドングリと一緒に揺れていたのだが、陽がかんかんでりで暑いったらありゃしない。
 一週間がたち二週間がたった。
 わしらは干からびてくしゃくしゃになった。
 そのころようやく空に雲が湧いてきた。
 明日は雨が降りそうだ。
 わしらはそれまでもたなかった。わしらぼたし茸はパラパラと粉になって、風に吹かれてあけびの蔓から抜け落ち、崩れて森に舞った。そこに渦風がやってきた。粉々になった我々は渦風に巻かれて空に空にと昇っていった。とうとうできたての雲の中に入った。そのとたん渦風は止まった。
 雲の中で我々もだしの粉はだんだんと固まって、とうとう玉になった。それまでどのくらいの時間が経ったのか分からない。おそらくすぐだったのだろう。茸の粉が固まる時のエネルギーが、雲を刺激し、雨が降り出した。やっぱり茸をつるすと雨が降るというのは正しかったのだ。
 雲の上から若い雷神がわしらを見て言った。
 「茸(きのこ)魂(だま)ができたな」
 「へえ、わしら雨雨坊主にされ、干からび、粉になって空に舞い上がってきた次第で、とうとう玉になりやした」
 「ご苦労だったな、ちょっと時間がかかったな、もっとたくさんの茸だったら早く雨を降らしたのにな」
 「雨はどのくらい降ったのでやんしょうか」
 雲の中で玉になるまで間に、どのようなことがおきたか、茸たちには全く分からなかった。
 「雨は十分降ったぞ」
 そう言って雷神は茸魂を手に持った。
 「なにをなさるんで」
 茸玉がそう思ったとたん、えいとばかり、雷神によって雲より上に投げ上げられた。次の茸魂ができるのに、古いのがあると邪魔なのだ。
 茸魂は空の上の方で止まって浮かんだ。空気が薄い。紫外線がきつい。
 茸魂はなぜ雨雨坊主が茸魂になるのか雷神に聞くのを忘れたと思った。雨を降らしたのは雷神でなくて、自分達だったことを知っただけだった。
 七つの茸が吊るされ、それが粉になって、雲の中で一つの玉になった。いったい今の自分たちはなになのか。この意識は個々の「ぼたし」茸のものではなく、茸魂の意識なのだ。
 ちょっと見上げると、雲の中の雷神より年をとった、腰の曲がった雷神がプカプカと浮かびながら紫外線を嘗めている。
 「雷神のじいさま、今、雲の中の雷神さんによって、ここまで放り投げられました」
 「お、役目を終わった茸魂か」
 「へえ、何の役目だったのでしょう」
 「茸魂に成る時に雲が涙を流す、それが雨じゃ」
 かなりいい加減な雷神である。
 「孫になげられたのだな、あいつはまだ腕の力が弱いのう、あいつの父親は入道雲にいるが、父親なら宇宙空間まで放ることができたのにな」
 「何で茸魂のわしを放り投げるので」
 「わしらの役目だ。役目の終わった茸魂を宇宙に送り出すのだ、茸魂にはそれからまた役目がある」
 「へえ、そうですか、ところで、雷神のじいさまにうかがいますが、我々茸はなぜ茸魂になったのでございましょうや」
 「なんてことはない、風神の仕事じゃ、雨の降る前に渦巻き風をおこし、乾いたおまえさんたちを粉々にして、雲まで運ぶ、雲の中で風神がお手玉をする、それで茸の粉は丸くなり始める、雲の中で風神は、それを固めて茸魂にするのじゃ」
 「それだけですか」
 「風神の役割だ、そのあとはわしらだ」
 「もし渦巻き風がおきないとどうなるので」
 「干からびて粉になって、地にばらまかれておしましだ、あんたさんたちは運がいい、風神に選ばれてもう一回、茸として生きることができるのだからな」
 「でも、空の上じゃ土や木に生えることはできないのでやんしょ」
 「宇宙の果てまで飛んでいくことができる、どこに都合のいい星があれば、そこで茸になれるかもしれないのだよ、もう一度お役目ができる」
 茸玉はなるほどと思った。
 「空に浮かんでいるだけのあっしらはこれからどうなるんですかい」
 雷神の爺さんは考えた。
 「儂が投げねばならない」
 「へえ、宇宙の果てですかい」
 雷神の爺さんは困っているようだ。
 「実はな、孫より腕力が衰えている」
 「へえ、それでどこまでで」
 「やってみなければわからん、ただ空気がほとんどないので、どこまでいくかわからんが宇宙空間には到達する」
 雷神のじいさんはふらふらと近づくと、わしら茸魂をむんずと掴み、えいと投げた。
 わしら茸魂はすぐに宇宙に飛び出した。
 宇宙から見た地球は青くなかった。なんだか知らないが、最近、地球には雲がかかっていて鼠色だ。遠くに浮かんでいるのは国際宇宙ステーションだ。ご苦労なこった。
 なんだかのろのろ進んでいく。ゆっくりに感じるが、光の速度に近い。広い宇宙空間では、遠くの星星を見ていると光の速度でも遅く感じるものである。
 ところがもう月の近くに着いちまった。時間の感覚が失われている。地球から38万キロ離れている月には光の速度なら十三秒しかかからなかったはずだ。
 おや、月に吸い込まれそうだ。あの雷神の爺さんはやっぱり筋力が衰えていたのだろう。スピードが落ちたのだ。
 我々茸魂は月に落ちていく。大気がないからそのまま土の上に落っこちた。月ってえのは砂漠のように砂っぽいのかと思ったら硬いのなんの、ぽんぽん跳ねちまって、転がってきて、ここでやっと落ち着いた。
 周りを見ると茸魂がいくつも転がっている。
 一番そばの茸魂に話しかけてみた。
 「おじゃまします、おたくさんも雷神さんに放り投げられたんですかい」
 そいつは不貞腐れた。
 「ああ、そうだ、爺の雷神が放りやがった、力が弱くて月に来ちまった」
 「やっぱりあの雷神か」
 「日本の上空にいる奴は若いときに鍛えなかったさぼりやだ」
 「ところでお宅さんはどこで雨雨坊主にされたんで」
 「照照坊主にされたんだ、秋田だよ、悪ガキが俺たち八つの茸を軒につるしてそのままにされた。それで粉になり茸魂になった」
 「照照坊主も茸魂になるんですね」
 「いや、雨を降らしたのだが、その前に日照りが続き、粉になって茸魂になった。
 「はあ、そうすると、我々と同じですな」
 「目的を間違えただけだな」
 「それで我々はこれからどうなるんでしょう」
 「俺を見れば分かるだろう、月には雷神や風神はいないから宇宙に投げるやつがいない、このまま茸魂でころがっているしかない」
 「そりゃつらいですね」
 「月での楽しみがないわけじゃないがな、いつか月の生き物になる」
 「それまで退屈ですな」
 「隕石が降ってくるのを眺めるしかない」
 「そんなに降ってこないでしょう」
 「いやかなり降ってくる、小さな石は月や地球の周りに数え切れないほど浮かんでいる、月には大気がないからそれが燃えなくて直接落ちてくる」
 「私らに当たったらどうなるんで」
 「月には石神(せきじん)がいて、守ってくれる」
 「そりゃなんでしょうな」
 「月には大気がないから雨風はない、それで風神や雷神がいないんだ、しかし、降ってくる隕石をマネージする神がいる。それが石神だ」
 「会ったことがありますかね」
 「おお、俺が二百年前に月に来てちょっとたった頃な、あぶなく落ちてきた隕石が俺に当たりそうだったが、石神が現れて、隕石にふっと息を吹いたら離れたクレーターに落ちた、命拾いしたよ、それから何度も会って話もした」
 「ほー、だけど、神というのは生き物がいるところにいるんじゃないですかね、月には生き物がいないのになんでいるんでしょうな」
 「雷神が年取って、俺たちが地球から放り込まれたので現われたのだ」
 「まるで、サムズディービーのようでやんすな」
 「なんだい、それ」
 茸魂は何気なく口に出したのだが、何でそう言ったのかわからなかった。コンピューターをいじっていると知らない間にフォルダーに現われるものである。絵のマネージをしているやつだ。
 「それで、酸素もない月でどうして生き物になれるんで」
 「お前さんたち宇宙を飛んでこれただろう、茸魂は空気が無くてもいいんだ」
 古い茸魂は自身ありげに答えた。
 「酸素も水もないのにどうして我々は生きているのですかね」
 「そりゃあ、そうさ、照照坊主や雨雨坊主にされ、お天道さんに晒されてかさかさになった時点で、地球での命は終わっているんだ。それを風神が丸めたおかげで新たな生命体になったのだ、だから雷神たちに会えるのだし、雷神たちのおもちゃになっちまったということだ」
 「わしらは月に来ちまったわけだが、宇宙の果てまでいった奴らは、どこかの星にたどり着いて、同じように命として進化するんですな」
 「そうだ、なかなかわかっとるな、ただ逆に空気のあるところではだめだ、無いところの生命体だからな」
 「なるほど」
 わしら茸魂は月の住人になるという、ちょっと楽しみができたわけある。
 「ところで、一番最初に月に来た茸魂さんはどなたで」
 「俺だよ、二百年前の江戸時代の日本からだ、そのころはいい時代だった、人間はみなはしゃいで生きていた、照照坊主にはされたが、ガキどもは素直でかわいかった」
 「いや、現代の子供でもちいちゃいときは、照照坊主をまだ信じております、大きくなるとあっという間にバカになるんでやんす」
 「ふーんそんなに人間は退化したか」
 「自然から学ぼうとしなくなったからねえ、金儲けばっかりでね」
 「金で地球は守れない、と言うことは金じゃ人間自身を守ることができない、銃は自分を守るどころか撃たれちまう。それと同じだ、金で殺される」
 「名言だねえ、先輩」
 そのとき、ちょっと離れたところで砂煙が上がった。
 「なんでしょう」
 「小さな隕石さ」
 「当たったら痛いでしょうな」
 「我々は痛いという感覚はない、月に落ちても痛くなかっただろう」
 「はあ、確かに、ところで雷神さんは茸魂を投げて遊んでいるのだが、石神さんは茸魂を投げたりはしないんで」
 「しないね、忙しくてね、何しろ今見たように小さな隕石はいくつもおっこってくる、見張って、我々茸魂を助けなければならない」
 「でも、当たっても痛くないんでしょ」
 「隕石のエネルギーで爆発するんだよ、我々茸魂は」
 「我々を助けてどうしようってんですかね」
 「真空でも生きることのできる生命体を育てる役割なんだよ」
 「今どこかにそんな生きものがいるんですかね」
 「いや、いないから、どの神も自分が真空生命を作った初めての神になりたいんだ」
 「だけど、月でそういう生き物がでてきたら、地球の生き物はどうなるんで」
 「そのころはいなくなってるよ、地球を壊しているじゃないか」
 「そういうもんですかい、それであっちらはいつ月の生き物になるんでしょうな」
 「一度石神に聞いたことがある」
 「どうですって」
 「宇宙の爆発と言っておった」
 「そりゃなんです」
 「宇宙の果てで超新星ができたときにだけ放出される生命波が、月まで届けば、我々茸魂は月の上で生命体になる。空気が無くても生きていける新しい形の生命になる」
 「するてえと、まず真空で生きる茸ができて、それが進化するというわけで」
 「そうだな、どのような生き物になるかわからないが」
 「人間のようにならないようにしないといけませんな」
 「そういうことだ、人間は反面教師として手本にするのがいい」
 「へい、もし、茸魂が生命体になったら、ずーっと月にいることになるのですかい」
 「いや、空気がないならところならどこにでもいける、空を飛べるように進化すればいい」
 「なるほど、ところで、先輩、生命波って奴は何者で」
 「物理じゃ計れない、要するにこの世のものではない場所からでてくるようだ、宇宙を存在させている大もとの場所から、星が一つ生まれると、生命波を一粒放出する」
 「だけど、宇宙には数え切れないほどの星があるんじゃないですか」
 「そうだよ」
 「じゃあ、生命波はそれだけあるわけで」
 「いや、新星ができると、そこから出てきた生命波は宇宙をあっという間に一回りして消滅する。その間に生命の元、我々茸魂もそうだが、それにぶつかるとそれが異なった生命体になっていくことになる」
 「生命の元というのは、どんなのがあるんでしょうな」
 「今いる生命体の世界で生まれるもので、我々の想像が出来ないような形のものだ、ただ、みな魂と呼ばれる、遠い星の上で時魂という生命の大元あった、それは時の中で生きる生命体の大元だが、生命波に当たることなく、消滅して行った」
 「すると、我々も生命波が来なければ、いつかは消滅するわけですな」
 「そういうことだ、きっと、月が崩壊する時だろうと想像している」
 「なるほど、それでその生命波とはどんなものですかい」
 「大きさのないもので、測ることはできない奇妙な波なんだ、俺に説明できるわけはない」
 「いや、先輩はよくご存知で」
 「石神は話したがりやだ、色々教えてくれる」
 「へえ、それで、生命波はいつごろきやすでしょう」
 「明日かもしれないし、何億年後かもしれない、こないかもしれない」
 ということで茸魂は月の上でただ転がっていた。風もないので動かない。たまたま隣の二百年前に来た茸魂と話をする程度だ。
 夜になると地球が明るく輝く、地球では昼間だ。きっと仲間の茸はぬくぬくと生きているに違いない。
 そんなことを考えていると、ぽとぽとと何かが周りに落ちてきた。隕石のように勢いはよくない。
 落ちて転がってきたものを見るとなんと茸魂だ。
 「お、新顔だな」
 声をかけると、その茸魂はびっくりしたように、「誰です」と言った。それでこれこれしかじかと説明をした。すると新しく月に来た茸魂が答えた。
 「人間がみんな知っちまったんだ」
 「なにをかね」
 「茸で照照坊主を作ると必ず雨が降るってことをですよ」
 「たかが子供がやることじゃないか、知れてるだろう」
 「それが、天気予報が全くあたらなくなりました」
 わしらが茸魂になって五十年はたったから、天気予報はもっと正確なはずだが。
 「どうしてかね」
 「地球が怒ったんでしょう、気象庁のデーター解析では雨が降るということだったが、いい天気になっちゃう」
 「もしかすると、雷神風神が臍を曲げたんではないかね」
 「というより、雷神さんが年とって、眼が悪くなるし、茸魂を投げても、せいぜい月にしか届かんし」
 「それはわかったが、それで人間がどうしたんだね」
 「雨乞いの儀式が復活していろいろなところで行なわれるようになったんですよ、全く効き目がない。どこぞで茸の雨雨坊主の話を思い出した御仁がいて、それを試したが、曇ったけど雨が降らなかった。それを知ったある女がたくさん吊るせば、降るかもしれないと考えた、その女性はとある大都会の知事だったので、県民みんなが協力して、林に生えている茸をみんな採って、それぞれの家につるしたんです。藁にもすがる気持ちだったのでしょう、それで雨が降ったんですよ、その知事の知名度はさらに上がったようで、茸ファーストという政治団体をつくりました」
 「それで、ぽとぽとたくさん茸魂がおちてきたわけだ」
 「はい、今も吊るされているのがたくさんいますから、これからも来ると思いますよ」
 「とすると、みなさんはあの県の茸だったわけですな、それで雨が降る前に干からびて粉になり、茸魂になって、雷神爺さんに放り投げられたというわけで」
 「まさにその通りで」
 「わしらは茸仲間に雨雨坊主にされてここに来たんだよ」
 「いつ来たのですか」
 「まだ五十年前のことだよ」
 「ずい分昔ですね」
 「いやいや、ほらわしらの隣の茸魂は二百五十年前にきておられる」
 隣の古い茸魂はだんだん無口になってきて、寝ていることが多い。
 「それで私たちはどうなるのでしょう」
 「生命波がうまく月にやってくれば、空気のないところで育つ新たな生き物になるそうだよ」
 「それはいつでしょうか」
 「そりゃわからんよ、明日かもしれないし、一万年先かもしれない」
 「今、地球では月の資源の活用を争う様子で、月に探査機を送っているのだけど、なぜかみんな失敗している。火星の方がうまくいってるのはどうしてでしょうか」
 「それは茸魂みんなが希望したんだ、月にいる石神が地球からくる探査機は隕石として扱ってくれているからなんだ、石神がふっと息を吹きかけるので、着陸してもすぐ壊れるってこった」
 「アームストロングが月にきたときは大丈夫だったのですか」
 目を覚ました隣の古い茸魂が答えた。
 「あのときは、どう扱おうか、石神がきめてなくてね、アポロ11号の後何度も人が月にきて、全部で12人もの人間が月に降りたったことになる、騒がしくなり、茸魂たちが石神に月に来る乗り物はみんな排除するように要望したのだよ」
 「そうなんですか」
 「それでな、石神さんが月に来た飛行士をおどしたようだよ」
 「どうしたんで」
 「くすぐったのさ」
 「たったそれだけ」
 「そうさ、そうしたら月に魔物がいるということになった、それでアポロ計画は終りになった」
 「予算がなくなったんではないんで」
 「アメリカの飛行士が、月に行くのを嫌がったからやめたんだ」
 「それは知りませんでした」
 「ところで、お若いの、あんたさんが茸魂になった森の茸はどうなったんで」
 「ほとんど採られちまったんです、それで、人間たちは培養茸で雨雨坊主をつくったのですが、全く利かなかったのです、来年生えてきた茸もみな茸魂にされちまうでしょう」
 と、そのとき緑色の光が月を貫通した。
 茸魂たちは破裂して月の砂の上に散らばった。
 そこで改めてわしが元の一人の茸に戻った。しかも若返ってね。生命波が月を貫いたのだ。見渡す限り回りには茸魂が破裂して出来た茸がぴょこぴょこ生えていた。
 私は傘を揺すってみた。自由に動く。月の土のなかに菌糸をのばした。空気も水もないが菌糸は土を分解し、珪素を吸収した。
 これから進化するということだろう。
 空気のないところでわしは傘のヒダから胞子を降らせた。風がないので下に落ちた。
 地球だと胞子を撒けば死だ。ところが死ななかった。胞子が土の中にもぐり込み、からだを作った。殻の中から茸が生えた。形は私に似ていたが空中に舞いあがった。空気がなかったが空に浮いた。重力に逆らえる能力を持っている。
 生まれたての茸が言った。
 「父ちゃん、地球にいってくる」
 わしの次の世代は真空に浮かんで、飛んでいけるように進化した。
 我子はすぐに戻ってきた。
 「とうちゃん、地球は放射能でいっぱいだった、それで降りなかった」
 「それは賢明なことをしたな、坊主」
 息子は傘をひらひらさせて喜んだ。
 「火星に遊びに行ってくる」
 「気をつけてな」
 息子は傘をつぼめると、ひゅっと消えて行った。光速の何倍もの早さで飛べるのだ。
 一方、地球では放射能を食べる植物が進化を始めていた。生命波は地球にも当たっていたのだ。しかし相変わらず酸素を吸って、太陽の光に頼っている。進化しても人間と同じ道をたどるのだろう、地球からでられないのだ。
 空気も光もいらないわしら茸の子供たちは、宇宙のどこへでも行けるのである。我々が新たな宇宙の生命として繁栄していくことは間違いないであろう。どこかの大気のある星では進化した人間のような生き物がいることであろう。しかし住んでいる次元が違うのである。彼らにはわしら茸人は見ることができないのである。魂の世界だ。
 

照照坊主

照照坊主

照照坊主、いや雨が降るように雨雨坊主にされた茸。暑い日差しを浴びてカサカサになり、さてどうなってしまったのか。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-04-19

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