王子の魔法使い #2
「賞金稼ぎになろうと思う」
魔法使いは、
「……は?」
「『は?』ではない」
王子は不機嫌そうに唇を曲げ、
「賞金稼ぎだ。知らないのか?」
「おまえの言ってる賞金稼ぎとおれの知ってる賞金稼ぎが一緒かどうかわかんねえだろ」
「どういうことだ?」
「それはおれが聞きてえよ」
「ふむ」
王子は何か納得したようにうなずき、
「そうか、おまえはぼくの話をちゃんと聞いていなかったのだな。仕方ない、おまえは歳なのだから」
「心配されるほどの歳じゃねえよ」
「わかった。ならばもう一度話してやろう。ありがたく思うがいい」
魔法使いは、
「いいよ、別にそこまで聞きたくねえし」
「そ、そうか?」
王子の声に戸惑いが混じり、
「本当に……聞きたくないのか?」
「別に」
「『別に』? 『別に』とはなんだ」
「だから、別にどうでもいいってゆーか」
「どうでもいいのだな! つまり聞いてもいいということなのだな!」
目を輝かせながら顔を近づけてくる王子に、魔法使いは、
「……うぜえ」
「なっ!」
王子の顔がこわばる。
「『うぜえ』とはなんだ? そこはかとなく良くない意味合いの響きを感じるが」
「そこはかとなくもなく良くない意味合いなんだよ」
「なっ!」
王子はあらためて顔をこわばらせ、
「う……ううう……」
「おいおい」
涙をにじませ始めた王子を見て、魔法使いはため息をつく。
「泣くなよー」
「泣いて……いないっ」
頬を濡らしつつ、それでもぐっと唇をかみしめて王子は言う。
「王子は泣いたりしないのだ!」
「泣いてるじゃん」
「泣いていない!」
「じゃあ、なんなんだよ、それはよ」
「『それ』とはなんだ!」
「『なんだ』って……」
魔法使いはため息に疲れも感じさせつつ、
「じゃあ、いいや」
「なにが『いい』のだ!」
王子は涙をふり散らせ、
「よくない!」
「ふーん」
魔法使いは冷めた目で、
「わがままなのな」
「何っ!?」
「だろうがさ」
そして、わざとらしく肩をすくめ、
「めんどくせー」
「めんどくさがるな!」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ」
「それは……」
王子は言った。
「めんどくさがるな!」
「同じじゃん」
「違う!」
王子は目にあらたな涙をため、
「さっきの『めんどくさがるな』といまの『めんどくさがるな』は違う『めんどくさがるな』だ!」
「あー……」
魔法使いは、
「めんどく――」
「言うな!」
王子は涙をぬぐうと、
「禁止だ!」
ビッ! 魔法使いをするどく指さし、
「きさまのその無礼な物言いすべてを禁止する!」
「………………」
そして、
「………………」
完全に沈黙する魔法使い。
すると、
「……おい」
王子はいらだたしそうに、
「何か言ったらどうだ」
「………………」
「ぼくが禁止だと言ったのだぞ」
「………………」
「おい!」
自分の言っていることの矛盾に気がつかないまま、王子は声を大にし、
「なぜ何もしゃべらない! なぜぼくを無視する!」
「………………」
「なぜベッドに寝転び、ぼくに背を向ける!」
「………………」
「おい……っ」
またも王子の目に涙がにじむ。
「やめろ……。ぼくを……無視するな……」
「………………」
「おい……」
王子は、
「……く……から」
魔法使いが肩越しにふり返る。
「解く……。禁止を解く……から……」
「ふー」
起き上がった魔法使いは、ベッドにあぐらをかいたまま、手を伸ばして王子の黄金色の髪をわしゃわしゃとなでた。
「っ……何をする!」
涙を流しても最後のプライドは残っているというように王子はその手を払った。
「なれなれしくするな、王子であるぼくに!」
「してほしいのかなーと思って」
「思っていない!」
「そっかー、思ってないのかー」
「くっ……」
また無視を始められると思ったのだろう。王子は悔しそうに唇をかみ、
「ちょっとなら……いい」
「よーし」
「なっ……! ち、ちょっとだと言っただろう!」
先ほど以上に手荒く髪をかきまぜられ、王子はたまらず声を張り上げた。
「ぼくはきさまのおもちゃになりに来たわけではない!」
「なら、何しに来たんだよ」
「だから賞金稼ぎだ!」
「あー」
そんなことを言っていたのを思い出し、魔法使いはぐったりとなる。
王子は胸を張り、
「知ってるぞ。賞金稼ぎは賞金を稼げるのだろう」
「あのなー」
魔法使いは面倒くささをこれでもかとにじませ、
「おまえ、賞金ってなんだか知ってんのか」
「『おまえ』ではない」
「じゃあ、こまえ」
「なんだ『こまえ』とは!」
「ちっこいおまえだから『こまえ』だろ」
「妙な呼び方をするな! 『おまえ』でも『こまえ』でもない!」
抗議の声をあげた後、王子は再び胸を張り、
「だから賞金稼ぎだ!」
「『だから』の意味がよくわからねーけど」
魔法使いは頭をかき、
「で?」
「『で?』とは」
「だからよ、なんで賞金稼ぎなんだ」
「賞金が稼げるからだ」
王子はそんなこともわからないのかという顔で、
「これが『賞金もらい』だったら、ぼくはそんなものになろうとは思わない。王子たるものが物をめぐんでもらうなどもってのほかだからな」
「そーかい」
「だからだ!」
再び声に力をこめ、
「だから賞金稼ぎだ!」
「何が『だから』なのかはやっぱりよくわからねーけど」
魔法使いはため息交じりに、
「やめとけ」
「何?」
王子はけげんそうに首をひねり、
「どういう意味だ」
「どういうって……そのまんまだろうが」
「むぅ」
王子は難しい顔のまま腕を組み、
「きさまの言うことは本当にわからんな」
「こっちがわかんねーよ、おまえの言ってることが」
「『おまえ』ではないと言っているだろう!」
王子はまたもいきり立ち、
「きさまはわかっていないのだ!」
「あ?」
「そうだろう。でなくては、そのようなことは言えないはずだ」
「そのようなことって、どのようなことだよ」
「きさまは言った!」
王子は魔法使いをにらみ、
「『おまえの言っていることがわからない』と!」
「言った」
魔法使いはうなずき、
「で?」
「『で?』ではなーーーい!」
これまで以上に大きな声が張り上げられ、
「なぜだ!? なぜわからないのだ!」
「おいおい……」
魔法使いはため息をつき、
「何様のつもりだよ」
「王子様のつもりだ!」
「つもり……」
「あっ、違う! 事実、王子様なのだ!」
あせってそう言った後、またも胸を張り、
「だから、おまえはわからなければならないのだ!」
「………………」
魔法使いは、
「……知らねーし」
「ああっ!」
またもベッドに寝転び背を向けた魔法使いに、
「寝るな!」
「なんでだよ。おれの家のおれのベッドだぜ」
「きさまの家のきさまのベッドだろうと関係ない!」
「えっ、おまえってわざわざ他人の家の他人のベッドに寝んの?」
「そんなことは言っていない! 寝ない!」
「じゃあ、おれは寝させてもらうぜー」
「寝るなと言っている!」
バンバン! 王子はベッドの端をいらだたしそうに叩き、
「きさまに礼儀というものはないのか! しかもぼくは王子なのだぞ!」
「だったら礼儀正しくしろよ、王子らしく」
「ぼくがきさまに言っているのだ、そういうことを!」
「うるせーなー」
「うるさくない!」
「そりゃ、おまえはうるさいと思ってねーよ。うるさくしてるのはおまえだから、おれがうるさいと思ってて……」
「きさまがさせるのだ!」
「だからうるせえって。寝れねえだろ」
「寝るなと何度言わせる!」
「徹夜とかキツぃんだって、この歳になると」
「いまは昼だ! それにそこまでの歳ではないとさっき言っていたではないか!」
「そこまでとここまでは違うんだよ」
「どこまでの話だ!」
握った拳がふるえ始める。
「馬鹿にしているのだな……ぼくのことを」
「んあ?」
「王子である……ぼくを……」
「あーもー」
またもぐずり始めた王子に頭をかき、
「王子とか関係ねえって」
「関係……ある……」
「あん?」
「だってきさまは……魔法使いなのだから」
黙りこむ魔法使い。
そう――関係はある。
長年にわたって続く魔法使いへの弾圧は王族の指示によるものだ。数百年もの間この国を支配してきた魔法使いは、魔法を使わざる者たちの反乱によってその支配の座から追い落とされた。彼らの多くはすでに別の国へ退去している。残った数少ない魔法使いたちも、人目を避けるような暮らしを余儀なくされていた。
「く……うう……」
わきあがる感情を自分でも止められないのだろう。愛らしい顔をくしゃくしゃにゆがめて泣き出した王子に――
「おい」
魔法使いは言った。
「まあ……いいかもな」
「えっ」
「だからさ、賞金稼ぎだよ」
「っ……」
思わぬことを言われたというように目を丸くする王子。
しばらくして、
「……いいのか?」
「いんじゃね」
「そうか!」
王子はぱっと笑顔になり、
「きさまならそう言ってくれると思っていたぞ!」
「どう思われてるんだよ、おれは」
「では、さっそく……」
「さっそく?」
「うむ! 賞金を稼ぎに行く」
「………………」
魔法使いは、
「……どうやって?」
「わざわざそんなことを聞くのか、きさまは」
王子はこれ見よがしに肩をすくめてみせ、
「稼げるだろう」
「あ?」
「賞金稼ぎになったのだ。賞金が稼げるに決まっているではないか」
魔法使いは、
「……はぁ?」
「まったくものわかりが悪いな、きさまは」
「悪い……のか?」
「悪い」
王子は真顔でうなずき、
「というわけで行くぞ」
「うん、まー、それでいいや。稼いでこいや」
「言われずともだ」
「おうおう」
面倒くさそうにうなずいた後、
「まー、けど、よかったじゃねえか、賞金稼ぎになれて」
「そうだな」
「これで王子も卒業か」
「何?」
王子の目が丸くなる。
「どういうことだ?」
「だって、そうなるだろうが」
「なるわけがないだろう。王子は王子だ」
そう言って胸を張り、
「王子が卒業などと意味がわからん」
「しねえのかよ」
「するとしたら王になるときだけだな」
「だって、おまえ、賞金稼ぎになるんだろ」
「む?」
王子の表情が変わる。
「……どういうことだ」
「おまえが言い出したんだぜ」
「それは……その通りだが」
「じゃあ、よかったじゃん。晴れて王子から賞金稼ぎに」
「待て待て待て!」
王子はあせったように声を張り、
「どういうことなのだ! 王子のままでは賞金稼ぎになれないのか!?」
「どっちかだけだな」
「そ、そうだったのか……」
魔法使いの言葉を真に受けた王子はがっくりと膝をついた。
「いいじゃん、王子なんてやめて」
「なんということを言うのだ!」
「だって、王子じゃなくなりゃ、こうしておれが寝てても怒ったりする必要なくなるだろ」
「む……!」
「おれとも普通につきあえるし、周りに見つからないようこそこそしなくてもいいしさ」
「それは……」
王子の瞳がゆれる。
が、すぐにまっすぐ魔法使いを見て、
「それはだめだ」
「なんで?」
「それは……」
言葉に詰まる王子。
「………………」
沈黙。それは二人の間にある壁をどちらにも実感させるものだった。
「ま、いいさ」
場の空気をやわらげようと魔法使いが薄く笑う。
そして、いたずらそうに、
「けど、あれだよなー。おまえが王子のままじゃ、寝てるおれと話はできねえよなー」
「それなら問題ない」
王子はあっさりと言い、
「おっ」
すぐ目の前で横になった王子に、魔法使いは軽く目を見張った。
「これでよし」
「おお……お?」
「『お?』ではない」
王子は「困ったやつだ」というように苦笑し、
「これなら問題がないだろう。座っているぼくに対しておまえが寝たまま話すのは無礼だ。しかし、お互いに寝ているなら何の問題もない」
「問題ない……のか?」
「ないのだ」
自信満々にうなずく王子に、
「ぷっ」
「なんだ? 何がおかしいのだ」
「べっつにー」
「こら、おかしいところがあれば言うのだ。隠してはだめだぞ」
「なんもおかしくねーよ」
わしゃわしゃ。
「わっ」
「んー」
「こ、こら! 髪をかきまぜるな!」
「いいって言っただろ」
「ちょっとならいいのだ!」
「はい、ちょっと」
「ちっともちょっとではないではないか!」
あわてて離れようとしたところを抱きすくめられ、さらに頭をなで回される。
「こ、こらーーーっ!」
怒りの声を張り上げるも、そこに本気でいやがっている様子はなかった。
仲の良い動物のようにたわむれる王子と魔法使い。言葉がなくとも通じ合う何かを二人はそのとき確かに分け合っていた。
王子の魔法使い #2