良い子ちゃんのピッキング
彼女はピッキングをしている。細長い指でハリガネをこじくりまわしていた。
快晴の空。緑色の丘。気持ちのよい風が吹いていた。古びたドアが1枚。丘の真ん中にあって、そのドアノブの鍵を彼女はピッキングしていた。一生懸命に。それと共に茶髪でセミロングの髪の毛はそよ風で揺れていた。
「おやおや。こんな田舎でも泥棒の真似事をする悪い奴がいるなんて。先生はショックだぞ」
背が高く黒いハットを深くかぶった男は言った。
「真似事ではないです。私は盗人なんです。それと、カエル先生。何時から私の後ろに立っていたんですか? これでも一応私は女なんです。レディなんです。女の背後に立つなんてお世辞にも紳士とは言えません」
彼女は相変わらず、手を動かしてピッキングをしていた。
それに対してカエル先生はズボンのポケットに手を突っ込みながら「ぬすっとねぇ。ぬすっとなら、盗む目的があるんだろ? 何を盗むつもりなんだい?」
「教えたくないです」
「おやおや、そんな事を言っていいのかね? 泥棒は死刑だろ? うん? 君だって、そう理解している筈だ。先生が今からこの携帯電話で100当番するなら、一目散に赤いランプを回して巡査どもがやってくるよ?」
カエル先生がニヤニヤと笑う一方で彼女はとても苦々しい顔に変化させて「ちっ」と舌打ちをした。
「ムカつきますね」
「怒るな。ほどほどに可愛い顔がほどほどに可愛くなくなる」
「ちっ」
彼女は再び舌を打ってカエル先生の方を振り向いた。
「カエルの癖に偉そうですね」
彼女の文句に対してカエル先生は何も返事をしなかった。その様子を見て彼女は髪の毛をボリボリと掻いてから口を動かした。
「赤の他人の家の扉の向こうって或る意味で別の世界。別の次元。別の空間とも言っていいですよね」
「そうかな? 先生はそう思った事はない」
「カエル先生の感覚は私に関係がないので無視をします。で、私は或る特定の人たちの欲望の扉を開いて集めているんです」
「趣味が悪いね君」
カエル先生の一言に彼女は溜め息を吐いた。
「好きでやっているんじゃないんです。夏休みの課題なんです。たくさんの欲望を集めて、集めまくったあげく、元々欲望の量が多かった扉にぶちこむんです。そうすると、いったい、この人はどうなるんだろうって経過を観察してレポートを書いて提出するんです。でもまあ、半分、バイトみたいなもんでやってますけどね」
「ふぅん。学生って大変だね」とカエル先生は呟いてから「でも、こんな田舎に欲望をもった人物なんているのかね」と懐疑的な声で質問をした。
「さぁ? 世の中、ヘンな奴が多いですから」
それから彼女は古びたドアの方を向きなおして、ドアノブの鍵をピッキングした。すると、ガチャリとロックが解除された音が鳴る。でも彼女は一切、嬉しそうにはなくて逆に無表情でノブを回して扉を押した。と、扉の奥から嫌な匂いのするヘドロがドバリと垂れて出て来た。それに加えて錆びたドラム缶とドクロマークの印が書かれた金属の箱が転がって彼女の前に止まる。
「つッ!」
彼女は衝動的に扉を押し戻した。
「なんだいこれ?」
カエル先生は鼻をハンカチで抑えながら言った。
「あっ、私、どうやら、この丘の下にあるゴミの扉を開けてしまったみたい。しかも、スペシャルやばいヤツ」
「へぇ。それで此処らへん一帯は誰も住んでいないのか」
カエル先生の言葉に彼女は黙って振り向いた。
「もう、帰るのかい?」
「さっき、私が言った言葉を訂正してもいいかしら?」
「どうぞ」
「最初は幸福の扉を探してピッキングしていたけど、なかったのよ。1つも。それで、欲望に変更したの」
良い子ちゃんのピッキング