サンタクロースパイ
1.とある不思議な男
皆、誰でも一度は憧れた事があるサンタクロース。果たして彼は実在するのか?これは、日本にいる、とある不思議な男の物語である。
霧河竜令きりかわりゅうれい。
彼は、
25歳の悩める、心優しい青年だ。
彼がしている仕事は、大手のおもちゃ会社
「Excitement Story」の販売業である。商品を扱い、
他人に勧めたり、プレゼンしたり、
作業をするのも掃除をするのも全て完璧。
朝も昼も夜も、いつでも上手く仕事を
こなしていた。部署は、係長。
給料もなかなか良くて、自分の欲しいモノに
使う時はいくらでもお金を使い、
貯金する時はいくらでも貯金をする、
お金の使い方までかなり上手く、かつ、
かなり個性的な使い方をする人間だった。
―いつもの仕事での様子―
別の社員が話しかけてくる。
「お~い、霧河~!」、
「ん?」、
「今日、居酒屋に呑みに行こうぜ!」、
「ん~、楽しそうだけど、
僕、酒、あんまり好きじゃないし、
いつもだったら酒以外を楽しみに行くとは
思うけど、今日は遠慮しとく!悪いな!」、
「つれねぇな~、何でだよ・・・」、
「やりたい事があるんだよ!」、
そうやって帰っていった・・・
2.変わった名前の喫茶店
〝ウ~〟(犬の鳴き声)、
夜になった。
「寒ぃな~。どっか暖かい、飲食店にでも行ってみようかな?」
自分でも、何が食べたいのかは分からない。
店を探した。
「喫茶窓際族きっさまどぎわぞく」と書いてある店があった。
(変な名前、でも、これは面白い。
それに「窓際族」って名前は何となく好きだから入ってみよう)
〝カランコロン〟
「いらっしゃい」、
「店員さん、ちょっと温まるコーンスープを
一杯ください」
「はい」
〝コト〟
ジュ~ッとすすりながら、
思いにふけった。
「は~。皆大人になったら酒を呑むけど、
身体的に良くないし、やっぱ、
こっちの方が良いよな!」と一人で思う。
他の大勢の人達と
関わるのは別に嫌いではないが、
身体や精神を傷つけて、苦しくなるのは
嫌だし、暴れている人が多い、騒がしいところはとても苦手で、
そういうところは、いつも極力避けてきていた。そう、彼は、
隠しているだけで、とても繊細なのだった。
悩みを抱える繊細な彼は、自分で
その時その時で良い居場所を探す、風来坊剣士のような、
この時代では特殊と思われがちな存在だった。
あまり言うと長くなるので、これくらいにしておこう(笑)。
そこで店長さんが尋ねた。
「お客さん、随分と渋い顔してコーンスープ飲むね(笑)」
「え?悪いですか?(笑)」
「いや、悪かねぇけどさ、初めて見るもんだから、俺も驚かされちまって…、
まるで酒飲んでるみてぇに飲むな (笑)」
「はぁ」
しかし、店長さんが言う。
「お客さんがそれだけそのコーンスープを
酒を呑むような顔で飲めるって事はな、
そのコーンスープがお客さんにとって、
それだけ尊い存在、つまり、
お客さんにとって、普通の人の〝酒〟と
同じくらい、なくてはならない〝高価なモノ〟ってワケだ」と言った。
霧河は、この時、
店長のおじさんの言っている事が
どういう事なのか、
解るようで、まだピンときていなかった。
〝ジュー〟、
霧河はその後、
コーンスープの続きを飲んだ。
(ここで考え事をするのは不思議な感覚だ、
いや、いつも、考え事って不思議なんだ…)
そして、しばらくして・・・
3.調査
現在は、
2010年11月22日(月)。
ちょうど11月下旬なのだ。
霧河の会社は不定休で、その日、平日だが、
仕事が休みだった。最近は、「クリスマスセール」なんてイベントも、
始まるのが早く、11月下旬にもなれば、
あらゆる家庭の親子、あるいは、
小学校の、友達と友達の間で
「ねぇ、今年はサンタさんから何を
もらいたい?」、
「○○かな?」などという会話が良く交わされる。
霧河も、もう大人なのだが、幼い頃からずっと、今も変わらず、
「クリスマス」や「サンタクロース」が
大好きなのだ。それから毎日、彼は、
あらゆるところで、あえて地味な服装をして、
何でもない、まるでただの〝通行人〟を装いながら、
誰かと誰かの会話や独り言から、子供達の欲しいモノを聞いて、調査、
まぁ、言ってしまえば、「盗み聞き」をしていたのだ。
15時40分頃、霧河は「流星小学校」という
小学校のそばに立っていた。
ある、少女と少女の会話が聞こえてくる。
少女B「ねぇ、今年のクリスマスプレゼント、
もう、何をもらうか決めた?」
少女A「決めたよ!」少女B「何もらうの?」少女A「私はワンちゃんが好きだから、
ワンちゃんのお人形さん!!」
少女B「へ~!可愛いね!!」
少女A「うん!!」
少女B「でもサンタさんってさ、本当は
いないかもしれないよ?」
少女A「え?そりゃいるでしょ?もし、いないと思うなら、何でこんな事聞くの?」
少女B「ん~、私もクリスマスプレゼントは毎年もらうけど、
いつもお母さんがくれるから」
少女A 「そうなんだ」
少女B「そうだよ。
お母さん、優しいから!!」
少女A「そうか~」
そして、2人がそれぞれ別々の道を歩くところまで来たところで、
2人は、お互いに「じゃあね~!バイバイ~!」と手を振り合って別れた。そこで、
2人の後ろを歩いて2人の会話を聞いていた霧河は、「そうか~、犬の人形か~。
女の子らしいな~」と思った。
霧河は、その後も
少女Aのあとをつけて、家に帰るところまで
見ていた。そして、少女Aは家に着いた。
「ただいま~」
少女Aの母が「おかえり~」と言った。そして、
自分の部屋に入った後、少女Aはその後、帰り道で友達に言われた事を考えていた。
「サンタさんか~。確かに、私も今までサンタさんの姿を見た事はないから、
もしかしたらサンタさんは、本当はいないのかもしれないな」
初めてそんな事を思った。
「は~。いなかったらどうしよう?まぁでも、どうせ、
まだまだクリスマスまでは大分時間があるからな~」
その娘がそんな事を考えている間、霧河は、
スマホでその家やその周りの写真を撮り、
その娘の欲しいモノが何なのかを、手持ちのメモ帳と鉛筆や消しゴムを使って、
メモにとっていた。
(ふ~ん、なるほど、良い家だな。ふむふむ。この娘が欲しがっているのは
犬の人形か。でも、犬が好きなら、何で
本物の犬を欲しいと思わないんだろ?まぁ、そこは良いか)
考え事をしながらメモをとった。
ついでに、別の家の周りでも、聞き込み調査を行った。あっちこっちに行って、
会話でもひとり言でも、
「クリスマスは〇〇が欲しい」という声が聞こえてこないか気になり、
あっちこっちでそういった言葉を聞き取る。
別の家の庭では、
別の女の子が「マフラーが欲しい」、そのまた別の家では、
またまた別の女の子が「マグカップが欲しい」などと言っていた。
「なるほど、女の子はオシャレなモノや可愛いモノが好きなんだな」、
霧河はそう言いながら黙々とメモを取っていた。他にも、
調査を進めていくと、ある家庭の男の子が
「〝グロリアスライダー〟の変身セットが欲しい!!」と言っていた。
「なるほどね。特撮モノが好きとは男の子らしい。俺も昔、めっちゃハマったな」と
言いながらまたメモをとる。色んな家庭を見てみれば、「電車のおもちゃが欲しい」と
言っている子もいて、「剣のおもちゃが欲しい」と言っている子もいた。
(ふむふむふむふむ。なかなか皆、良い趣味してるな!)と思った。そして、そこで、
その日の調査が終わった。
(なるほどね。特撮モノが好きとは男の子らしい。俺も昔、めっちゃハマったな)と思いながらまたメモをとる。色んな家庭を
見てみれば、「電車のおもちゃが欲しい」と
言っている子もいて、「剣のおもちゃが欲しい」と言っている子もいた。(ふむふむふむふむ。なかなか皆、良い趣味してるな!)
そして、そこで、
その日の調査が終わった。自宅に帰った後、布団に入って、その日聞いた、子供達の色んな言葉を思い出した。
(やっぱり皆、カッコ良いモノや可愛いモノが好きなんだな~)
4.ある少年の、素晴らしいプレゼント
―ここで突然だが、情景が変わる―
季節は、今と同じ〝冬〟。
12月に入ったばかりの頃だった。
名札に名前が書いてあるが、
「網田謎留あみだなぞる」という名前の小学生の男の子が自分の両親に
「ねぇねぇ!今年のクリスマスは
サンタさんからギター(アコギ)を
もらいたい!」と言っている。
それに対し、
母親が「ギター?ずいぶんとぜいたくなモノが欲しいのね」と言う。
謎留は、
「だって、僕、小学校の音楽の授業で吹く
〝リコーダー〟は全然吹けないし、それだったら、何か別の楽器が出来るようになりたいし、テレビとかでギターを弾いてる人見てたら凄くカッコ良いもん!!」と言う。
隣の父親は、「そっか。もらえると良いな!!」と言った。
それから時間が経ち、クリスマスイヴの夜、「ギター、もらえると良いな!!」と思いながら謎留は眠りについた。
翌朝、
目が覚め、起き上がってみると、ギターケースがあった。開けてみると、
なんと、本当にギターが入っていたのだ!!
「わ~!やった~!!」謎留は大声を上げて興奮する。
「お父さんお母さん~!見てみて~!サンタさん、本当にギターくれたよ!!」と母親に言った。
「良かったわね!!」と
母親は微笑みながら言った。
父親も微笑み、
「良かったな!上手くなるように、しっかり
頑張るんだぞ!!」と言った。
謎留は
「うん!!」と嬉しそうに頷いた。
5.少年と両親の悲劇
しばらくしてからの事。ある日、謎留の父と母は
謎留に少しの間だけ家の留守番を頼み、車で
料理の食材を買いに行った。
そこで対向車にぶつかり、交通事故に巻き込まれてしまった。2人は、運悪く即死。
ぶつかった車の運転手は、
飲酒運転をしていたのだ。もちろん、
その運転手は逮捕されたが、失われた2人の
命は決して戻ってこない・・・
その頃、謎留は
「それにしても遅いな~。どうしたんだろ?」と、何も知らずに待っていた。
だが、謎留の両親が死んでしまった事は、後に親戚から聞かされた。
謎留は、何日も何日も、泣き叫び、悲しんだ。もちろん、
両親が死ぬ原因にもなってしまった〝酒〟も
「大人になっても絶対飲まない」と決めた。
それから、謎留は、両親の死を謎留に教えた親戚の夫婦の家に移り住み、その親戚の夫婦に育ててもらう事となった。
6.衝撃の真実が!!!
そしてまた、
12月になり、クリスマスが近づいてきた。
その頃、その夫婦の旦那さんの方は仕事で外に出ていたが、おばさんは、
「もうすぐクリスマスだけど、サンタさんから何をもらいたいの?」と謎留に聞いた。
だが謎留は、
「う~ん・・・何かな~、もうサンタさんから何もらっても、すぐに自慢できるお父さんもお母さんもいないしな~。何でも良いや」と、なげやりな事を言った。
おばさんは、
「そうね~、もう、謎留君の両親は、謎留君にプレゼントをあげる事も出来ないしね~」
と、何か寂しがっているような表情で言った。
謎留は、その言葉の意味がどういう事なのか
気になった。
「おばさん、今言った事、一体、どういう事なの!?」と聞いた。
おばさんは、慌てて自分の口を手で抑え、
「しまった!口が滑っちゃった!!」と
思った。謎留は何度も聞いた。
「ねぇ、おばさん!答えてよ!!教えてよ!!何か知ってるんでしょ!?」と、大声で聞いた。
「仕方ないわね~。話すわ」と言って話してくれた。
おばさんの話によれば、
毎年、クリスマスに謎留にクリスマスプレゼントを渡していたのは、実は、
サンタクロースではなく、謎留の父親と母親だったのだ!!
謎留の父親も母親も、サンタクロースの存在を信じている謎留の夢を壊さないようにするために、毎年、謎留に
「クリスマスは毎年、サンタクロースが家に入って、プレゼントをくれる」と嘘をつき、
謎留が「欲しい」と言うモノを毎度用意し、それをクリスマスが来るまで家のどこかに隠して、
謎留が寝ている間の、ちょうどクリスマスの深夜に、枕元にプレゼントを置いていたのだという。
おばさんは、前からその事を本人達から聞いていたので知っていた。
それをおばさんの口から聞いた謎留は、
「サンタクロースは本当はいない」という事実を知ったショック以上に、
自分の夢を壊さないように、毎年、わざわざ嘘をついてバレないように気をつけながら、
密かにプレゼントを用意して、そっと渡してくれていた親の愛情と優しさに感謝、感動し、
嬉しさのあまり、大泣きした。
「あんな高いギターまで・・・!!お父さん・・・お母さん・・・うわあぁぁぁぁぁぁ!!!」と叫んだ。
しかし、もう、この感謝と感動は両親が亡き今、伝える事は出来ない・・・
おばさんは、泣き叫ぶ謎留を抱いて、
優しく背中をさすり、もらい泣きした。
「謎留君のお父さんもお母さんも、本当に
良い人だった・・・謎留君にプレゼントを
あげる事、毎年、楽しそうに話してたわよ」
7.魔法が使えなくてもサンタクロースになれる方法
やがて成長し、
高校生になった謎留は、冬のある日、かつての自分と同じように、サンタクロースを信じている子供達を見た。
「そうだよな~。良く
考えてみりゃ、魔法でも使えなきゃ、サンタクロースみたいに、どこかの誰かの家に入ってモノをあげるなんて出来ないよな~」と小声で言った。
しかし、数日経って、テレビのニュースで
「〝サムターン回し〟という手口で家の外から金属の棒を使ってカギをこじ開け家に侵入され、モノやお金が盗まれた」という事件があちこちで起こっていると知った。
謎留は、
(そうだ!大人になったら、このやり方で色んな家に入って色んな子供達にプレゼントを渡そう!そうすれば、自分が憧れのサンタクロースになれる!!)と思った。それと、
家のドアというのは、〝サムターン回し〟で開けられるモノばかりではないので、色々なピッキングのやり方も学んだ。
しかし、
何ともまぁ、狂った発想だった。いくら他人にモノを渡そうが、〝サムターン回し〟やピッキングは犯罪だ。だが、この時、
謎留は、そうやってたくさんの子供達に
プレゼントを渡せば、
両親が死んだ時にポッカリと開いてしまった、大きな心の穴を
埋められる気がしたのだ。
8.少年の正体と、いつもの朝
―そして、情景は戻り、霧河の自宅・・・―
〝ガバッ〟
「は~、夢か~」そう、今のは夢。
「網田謎留あみだなぞる」は霧河の本名であり、
「霧河竜令 (きりかわりゅうれい)」というのは、実は、偽名である。
そして、
さっきまで見ていた夢は、霧河自身の実体験なのだ。
そう、彼は毎年、クリスマスに、スパイのようなやり方で色んな子供達に
プレゼントを与えているのだ。
これは霧河が毎年、冬に
調査をして、クリスマスに色んな家でプレゼントを渡す
〝サンタクロース〟となるきっかけ、全ての始まりだったのだ。
ちなみに偽名は、万が一何かあって、「クリスマスに色んな家に
サムターン回しなどの
ピッキングで入っている人間がいる」
という事が世間に知られた時にそれが自分だと特定されないようにするために使っている。
もちろん、
前日していた「盗み聞き」による調査も、
クリスマスの夜に色んな子供達にプレゼントを渡すために行っていた事だ。
霧河はリビングへ移動した。テレビを観ながら朝食を食べたり、コーヒーを飲む。
9.今まで抱かなかった疑問
それから数日後、霧河はいつものように仕事へ向かう。今日は、12月6日(月)だ。
会社でも、「クリスマスプレゼントは〇〇が
・・・」などという声が何人もの人から聞こえてきた。
その中には、霧河と同じように、幼い頃、サンタクロースを信じていた者、
子供がいて、その子供にクリスマスプレゼントを渡す者もいる。
霧河は、(へ~。やっぱり、大人でも、クリスマスが好きな人が多いんだな)と思った。
ある女性社員が霧河に
「霧河君、サンタさんって、本当にいると思う?」と尋ねてきた。
それに対し霧河は、
「あ~、昔は信じてたよ」と答えた。女性社員は、「そっか。私と同じね」と言う。
霧河は、
「え?」と言った。
女性社員は、「だって、
そもそも、良く考えたら、遠い国から空飛ぶソリで色んな国に行って、たくさんの家の子供達にたった一日でプレゼントを渡すなんて、出来るワケないし、疲れるじゃん(笑)。
しかも、おじいさんがよ(笑)」と言った。
「確かにそうだね(笑)」
「でも、あたし、何であの頃は本気で信じてたんだろ?」
「・・・・・・」
その時、霧河は、自分と彼女が重なった。
(そうだよな~・・・俺も昔は本気でいると思ってたんだよな~・・・)と思った。
彼女は、「でも、毎年、自分が寝てる間に
枕元にプレゼントを置いてくれてたのはお母さんだって知った時はショックを受けたわよ。
〝サンタさんはいなかったのか〟って。でも、
プレゼントをもらえるなら、別にサンタさんがいない事には困らないのに。何でだろうね?(笑)」と言った。
それを聞いて霧河は、
(確かに。言われてみれば、そんな事考えた事なかったな。そういや何で、クリスマスにプレゼントをもらう時は、サンタさんにもらいたいんだろ?別の人からもらっても、欲しいモノは手に入るのに)と思った。
それは、霧河が今まで抱いた事のない疑問だった。
やがてその日も夜になり、仕事が終わった。
伸びをして、「ん~!疲れた~!今日も仕事が終わったな~!!」と言った。
10.サンタクロースの好物は?
そして、
帰る途中、この前も行った「喫茶窓際族」に
立ち寄った。そう、前に来た時に、店の雰囲気も良くて、店長がとても良い人だったから、霧河は、この店がとても気に入ったのだ。
〝カランコロン〟
「いらっしゃい」
「すいません。今日はブラックコーヒーでお願いします」
「かしこまりました」
〝コト〟
店長はまた、霧河に話しかける。
「久しぶり!お!今日はコーヒーかい?」
「はい」
「コーヒーも好きなんだね」
「まぁ」
「この前はコーンスープだったけど、今日は
コーヒー。大人らしい飲み物も飲むんだな」
「はい」
〝ジュー〟
そこで店長も、霧河にクリスマスの話をした。
「そういや、もうすぐまたクリスマスがやって来るね。お客さん、何が欲しいんだい?」
「え?クリスマスって、大人がプレゼントを
もらうモノじゃないでしょ?」
「そうだけどさ、何か欲しいとは思わない?」
「ん~・・・大人になってからは、考えた事がないですね」
「そうか。で、子供の頃は、サンタクロースを信じてたかい?」
店長のおじさんもそんな事を聞いてきた。
「はい。信じてましたよ」
「そうか。俺も昔は信じてた」
「え?店長さんも?」
「ああ。でも、いつから信じなくなったっけな~。でも、サンタクロースって魔法使いなのに、何で子供の頃はあんなに素直に信じちゃうんだろうな。不思議だな」
「そうですね。なぜか信じちゃいますよね」
「うん(笑)。でも、子供の頃を思い出すと、何か懐かしくなるな」
「はい」
「そういえば、サンタクロースの好物って何だろう?」
「え?」
そういえば、霧河は、そんな事を考えた事は
なかった。
「サンタクロースもオッサンだから、やっぱ
酒とか煙草とか?クリスマスは、深夜に活動するから、ブラックコーヒーも飲むのかな?
まぁ、本当はいねぇから、考えても仕方ねぇけど(笑)」
「そうですね(笑)」
「ブラックコーヒーか。そういえば、昔は俺も、飲めなかったな~。それが大人になると
こうやって好きになるから、人の味覚の変化って不思議だな」と霧河は思った。そして、
霧河は、コーヒーを飲み干し、
喫茶店を出て行った。
〝カランコロン〟
「ありがとうございました」
帰った後、霧河は店長との会話を思い出した。
「久しぶりにあの店長さんと交わした会話、
楽しかったな~。しかし、なかなか普通なら
考えない事を考えてるんだな。面白い」
そして、布団に入った。
(サンタクロースの好物・・・か~。そういや、絵本とかにも、そんな事は書いてなかったな。サンタクロースは、色んな子供達に
色んなモノをあげてるけど、サンタクロース自身は何が好きなんだろ?もし、店長さんの言う通り、酒や煙草が好きなら俺と真逆だな)そうして、霧河は眠りについた。
11.クリスマスが近づいてくる!!!
そして、4日経ち、今日もまた出勤する。今日は、2010年12月10日(金)。今日も会社で、クリスマスの話をたくさん聞いた。もう、社内の風景も、クリスマス風の飾りつけがなされ、オシャレになっている。
時間が経ち、18時30分。
「あぁ~!今日も仕事が終わった~!!」
霧河は伸びをしてそう言った。
「クリスマスが少しずつ近づいてきてるな」
しみじみ思った。
クリスマスは霧河にとって、
1年の中で1番好きなイベントだ。だから、
今年も、とてもワクワクしているのだ。
「ジングルベ~ルジングルベ~ル、鈴が鳴る~!!♪」
無意識のうちにそんな歌まで口ずさんでいた。
そして、帰る前はまた、あちこちで盗み聞きによるプレゼントの調査。今夜もまた、
あちこちから「今欲しいのは〇〇」という、
クリスマスを待っている子供達の、楽しそうな声が聞こえてくる。「俺も楽しみだな!♪」
と霧河は言った。
12.ついに、また、サンタクロースになる!!!
それで、たまにある平日の
仕事の休みの日には、数週間前のように、
学校のそばなどでも子供達のほしがっているモノを聞いたりした。
で、時間のある時に、
調査して、メモ帳に書いた、子供達の欲しがっているモノを少しずつ買い、そんな事を
繰り返し、時間は流れて、クリスマス・イヴが来た。
2010年12月24日(金)。
もちろん、会社でも、
「今日は子供に〇〇をあげるの」や
「家族と一緒にクリスマスケーキを食べたり
フライドチキンを食べたりしてクリスマスパーティをするんだ」などという声がたくさん
聞こえてきて、霧河は、
(良いな~!良いな~!賑わってるな~!
クリスマス最高!!♪)と思った。
そして、霧河は家に帰り、サンタクロースの衣装を着て、子供達が欲しがっているモノを袋に詰めて、ちょうど日付が12月25日(土)
(クリスマス)に変わった時、出かけた。
本来、サンタクロースというのは、赤い服を着て空飛ぶソリに乗って、それをトナカイに引っ張ってもらって移動するものだが、
彼は、全く違う。
地に足を踏みつけて移動する。自転車に乗って移動し、金属の棒を使ってサムターン回しなどの
ピッキングで扉を開ける事によって入り、
色んな家にプレゼントを届けている。
夜空の下や真っ暗な家の中でも目立たなくするため、黒い服を着て、黒い帽子を被り、
黒い手袋をつけている。
移動手段に自転車を使っているのは、
大きな音を立てないようにして、警察や周りの人達に出来るだけ
バレにくくするためで、手袋は、ドアや色んなモノに
指紋を付けないため。もちろん、自転車も真っ黒、
手袋も真っ黒。
子供達に渡すプレゼントももちろん、全て手袋をしている状態でしか触れた事がないので、
指紋は一切付けていない。
13.女の子が起きてしまった!!!
霧河は、家を出て、まず最初に、「犬の人形が欲しい」と
言っていた女の子の家へ向かった。
そして、金属の棒を使ってカギを回し、ドアを開けた。
〝ガチャ〟
念のため、霧河が他人の家に入っているその間にも、泥棒などが
入ってこないようにするため、いつも、入ったらすぐ、内側から
手袋をつけた手でドアのカギをかけている。
〝ガチャ〟
「なるほど。こういう家か~」と思いながら霧河は、出来るだけ
足音を立てないように気をつけながら、
ペンライトを使って歩きながら、女の子の部屋を探し、
その部屋に入った。
〝キー〟
そこには女の子が寝ていた。女の子らしく、
可愛いモノやオシャレなモノでいっぱいだった。
「へ~。女の子らしい部屋だな~!」と霧河は思った。そして、
枕元に犬の人形をそっと置く。
そうすると次の瞬間、女の子はたまたま目を覚ました。
目をこすり、
「トイレ~・・・」と言った。
霧河は慌て、
「あっ!マズい!!」と壁に頭をぶつけた。
女の子が
「え?誰かいるの!?」と言って、電気を点けた。すると、霧河の姿が見えた。
女の子は「キャ~!!!」と叫んだ。
14.俺は〝サンタクロースパイ〟だ
霧河は慌ててその娘の口を自分の手で抑える。
「シ~ッ!!」と言って、その娘を静かにさせた。
「は~。危なかった。もうちょっとで君のお父さんやお母さんまで起きてしまうところだった」
女の子は一旦トイレに行って、戻ってきてから2人で話をした。
「さっきはごめんなさい・・・」
「ごめんなさい・・・か。変な感じだな。
本来なら、それはこっちが言うべき事なのに」
「お兄さんは、一体誰?」
「う~ん・・・そうだな~」
霧河はスパイのように、子供達にクリスマスプレゼントを配っている事から、
とっさの思いつきで、
「俺は〝サンタクロースパイ〟だ」と言った。
女の子はポカンとして、
「ロース・・・?パイ・・・?ロースパイ・・・?何それ?
美味しいの?」と言って、
霧河はズッコケた。
「あのね~!俺は食べ物じゃないよ!!」と言った。
今の女の子の一言で、今度は霧河が思わず大声を出してしまった。
今度は女の子が「シ~ッ!!」と言う。それに対し、
霧河は、小声で「すっ、すみませんっ!!」と言った。
女の子は、霧河に、
「お兄さんは、サンタさんなの?」と聞いた。
そう聞かれ、霧河は、
「まぁ、サンタさんといえばサンタさんかな?」と答えた。
「ふ~ん」
「まぁ、皆が思ってるほど、夢のあるモンじゃないし、
そんな良いモンじゃないけどね(笑)。空飛ぶソリも持ってないし、そもそもトナカイ飼ってないし、家に入るのだって、
この金属の棒を使ってカギを開けてるし」
15.まさか、感謝されるなんて・・・!!!
「でも、サンタさんが本当にいたなんて、私、すっごく嬉しい!!」
「え・・・!?」
「だって、この前、友達に〝サンタさんは本当はいないかもしれない〟って言われちゃったから、いるかいないか不安だったから!!だから、今年はお父さんやお母さんに〝プレゼントが欲しい〟って言わなかったの」
霧河は、まさか、そんな事を言ってくれるとは思っていなかった。
(そうだったったのか・・・なんて純粋な娘なんだ!!)
「そういえばお兄さん、さっき言ってたけど、
何で〝サンタクロースパイ〟って言うの?」
「あ~、俺ね、〝スパイ〟みたいなやり方で子供達にプレゼントをあげてるからさ」
「そうなんだ~」
「うん」
「でも〝スパイ〟ってなぁに?」
「〝スパイ〟っていうのは、コッソリ何かのグループや他人の事を調べたり、建物の中とかに忍び込んだりする事だよ。ホントは
あんまり良い事じゃなんだけどね・・・」
「へ~」
「だから、真似しちゃダメだよ!!それに、俺の事は、もちろん、たとえお父さんやお母さんだろうと、他の人達には言っちゃ
ダメだよ!もし、言わないなら、毎年クリスマスに
君にプレゼントをあげに来るから!!」
「は~い!!」
16.〝本物の犬が欲しい〟と言わなかった理由
「ありがとう!!ところでさ、実はこの前、君と君の友達の会話を聞いたんだけど、何で犬が好きなら、犬そのものを欲しいって思わないの?」
「あ~、私も、ホントは本物のワンちゃんが
欲しかったんだけど、ペットを飼おうと思ったら、凄くお金が
かかっちゃうし、しつけも大変だから、お父さんとお母さんに
迷惑かけちゃうから」
「・・・・・・!!なんて親思いな娘なんだ!!こんな良い娘、
初めて見る!!」
「ねぇお兄さん、私の欲しいモノが何か聞いたんだよね?」
「うん」
「じゃあ、この箱の中には、ワンちゃんのお人形さんが
入ってるの?」
「それは、明日の朝、確かめてみると良いよ!!お楽しみに!!」
「うん!!分かった!!」
17.お互いに自己紹介。そして、別れ
「ところで君、名前なんて言うの?」
「私は、〝空野叶そらのかなえ〟!!」
「そっか!良い名前だね!!」
「ありがと!!お兄さんは!?」
「俺は〝網田謎留〟!!」
霧河はここで、本名を名乗った。
「分かった!!じゃあ、名前、覚えとくね!!」
「ありがとう!!じゃあ、また来年来るね!!」
「うん!!お兄さん、頑張ってね!!」
「うん!!君も頑張ってね!!おやすみなさい!!」
女の子が手を振り、
「元気でね~!!」と言った。
霧河は叶の家を出た。家を出た後、
入ってきた時と同じ〝サムターン回し〟で
外側からカギをかける。
霧河の活動はもちろん、まだ続いていた。が、
叶は、再び眠った。
18.叶の母が驚いた!!!
翌朝、叶は、目が覚めた後、枕元を見てみた。枕元には、
クリスマス仕様のラッピングがされた箱があった。
「箱はちゃんと置いてあるけど・・・やっぱり、昨日の事は
夢だったのかな?」
そう思いながら、箱を開けてみた。すると、
本当に犬の人形が入っていた!!
「え!!嘘!?夢じゃなかったんだ!!ありがとう!!
〝サンタクロースパイ〟さん!!」と言った。
その直後、叶の部屋に叶の母親が入ってくる。
「叶!もう朝ご飯、出来てるわよ~!!」と
母親は言う。そこには、母親が置いていないどころか、
買ってすらない犬の人形が置いてあった。ちなみに、それは〝チワワ〟の人形だ。
そう、霧河は、小さな女の子が好きそうな種類をチョイスしていたのだ。
「お母さん!サンタさんってホントにいるんだね!!」
叶の母は、
「まさか!私も買った覚えのないモノなのに!!何で?それと、
この娘、何で今年は〝○○が欲しい〟って言わなかったんだろ?
まぁ良いわ!不思議な事が起こったけど、叶も喜んでるし!!」
もちろん、いつもなら、霧河の幼い頃に亡くなった霧河の両親と
同じく、叶の母親が、叶が寝ている最中に密かに叶の枕元に
叶の欲しいモノを置いていた。だが、今年だけは違い、
母親すらも覚えのない事なので、母親もとても驚いている。だが、叶は、霧河に言われた約束通り、
「黒い服を着たスパイのお兄さんからもらった」とまでは言っていない。
19.またドジった!!!
ここで時間を遡ろう。クリスマスの夜、霧河は、叶に犬の人形を渡した後も、たくさんの家のたくさんの子供達にプレゼントを渡していた。2軒目~4軒目までは何事もなく渡せたが、5軒目の子供にプレゼントを渡した直後にもまた、子供が起きてしまった。
というより、今回は、霧河がドジを踏んで、その子の暗い部屋の中で、
その子が片づけそびれて床に転がったままだったフィギュアを
ゴキブリと見間違えて驚いて、慌てて思いっきりコケて大きな音を立てて、同時に、叫んでしまった事により、
起こしてしまったのだ。
「ワ~ッ!!」と子供が叫ぶ。
(マ、マズい・・・!!)と思い、急いで子供の口を霧河が
手で抑え、「シ~ッ!!」と言う。
そう、
この子は調査をしていた時、
「〝グロリアスライダー〟の変身セットが欲しい」と
言っていた男の子だ。
豆電球を点けた。
20.男の子との会話
そして、男の子と話す。
「兄ちゃん、どうやって入ってきたの?」
霧河は、金属の棒を取り出し、
「あ~、コレ使って」と言う。
「ふ~ん」
「でも、絶対、真似しちゃダメだよ!!!それと、俺の事も、
たとえ親だろうと、他の人には言っちゃいけないよ!!!」
「は~い」
「ありがとう!!!」
「この部屋を見ても分かるけど、君は戦隊ヒーローやアニメが
凄く好きなんだね!!」
「うん!!」
「やっぱりね!!そうだよね~!!」
「でも、兄ちゃんさ、一体何者なの?」
「俺?俺はね、〝サンタクロースパイ〟さ!!」
「ロース・・・パイ・・・何か美味そうな響き!!」
またさっきと同じ事を言われた。しかし、
二度目はズッコケはしても、驚いたりはしない。
「そ、そうかな?(笑)でも、俺の事は、
絶対、たたえお父さんとお母さんには言っちゃダメだよ!!!」
「うん!!!」
21.〝特撮〟について
霧河は男の子に聞いた。
「君はいつから何をきっかけに特撮を好きになったの?」
「特撮・・・?何それ?」
「あ~、特撮っていうのは、今言った、戦隊ヒーローとかもそうなんだけど、特殊撮影、つまり、色々と工夫して撮影して、実際にはありえない事を本当にやっているように見せてる映像の事だよ」
「へ~!そうなんだ~!!色々工夫して作ってるなんて凄いな~!!でも、〝グロリアスライダー〟とか凄くカッコ良いもんな~!!
俺は、テレビのチャンネルを変えてたまたまやってるとこ
観てみたら面白くて、それからずっと好きだよ!!」
「そうか。〝グロリアスライダー〟・・・か。懐かしいな~」
「え?兄ちゃん、〝グロリアスライダー〟知ってんの?」
「あぁ!!もちろんさ!!!かなり昔からある超長寿シリーズだもん!!俺も、子供の頃はめっちゃハマったよ!!!」
「そっか~!!それに、今じゃいっぱいシリーズ出てるからな~!!すげぇよな~!!」
「あぁ!そうだよな!!あのバッサバッサ敵を斬ったり
殴り倒すところ、毎週、観ててめっちゃワクワクしてたよ!!
カッケーったらありゃしねぇ!!!男のロマンさ!!!」
「ところで兄ちゃんはさ、初代のヤツだったら、どのシーンが
一番好きだった?」
「ん~、最終回の、主人公が〝正義が勝つのは正しいからじゃない。守りたい人達のために誰よりも必死だからだ!!〟って
言うシーンかな?」
「あ~!分かる!!マジカッコ良い台詞だった!!!」
「だろ?!惚れるよな!!シビれるよな!!
てか、その年で初代まで観ただなんて、君はモノ好きだな!!!」
「うん!!まぁね!!俺、〝グロリアスライダー〟
めっちゃ好きだから、DVDとかでも観たんだよ!!!」
「へ~!!良い趣味してんな!!!」
「へっへへ~ん!!!
22.忘れていた想い
そうして2人は〝グロリアスライダー〟の魅力を語り合った。
すると霧河が
「俺も昔は、あんなたくさんの人を助けて、
たくさんの人から愛されるカッケー男になりたかったんだけどな~・・・」と言った。
「え?何言ってんの?もうなってんじゃん」
「え?いやいや、冗談はやめてくれよ(笑)。
俺はあんな強くないし、あんなに大勢の人を助けたりなんかも
出来ないよ」
「いや!兄ちゃんはもう、たくさんの人を助けてる!!だって、
ちゃんと、俺にもクリスマスプレゼントくれたし、いつも俺だけ
じゃなくて、他の人達にもプレゼントをあげてるんだろ?!」
「ま、まぁ、そうだけど・・・でも、こんなの、俺が自己満足で
やってるだけだし、本当はやっちゃいけない事だしね」
「いいや!兄ちゃんは、〝サンタクロース〟っていうヒーロー
だよ!!!たくさんの人達に、プレゼントだけじゃなくて、夢や
希望まであげてんじゃん!!!超カッケ―ヒーローじゃん!!!」
「・・・・・・!!!」
霧河は感動し、両親の事を思い出した。
(そうだ。俺がまだサンタさんを信じてた頃も、俺にとって
サンタさんは、自分の寝てる間に姿を見せずにプレゼントをくれるヒーローのようなカッコ良い存在だった。
でも、死んだ後だったけど、いつも、
プレゼントをくれてたのが実は父さんと母さんだって
知ってからは、父さんと母さんが俺にとってのヒーローに
なったんだ。こんな大切な事、すっかり忘れてしまうなんて、
俺は・・・・・・)
その時抱いた感情が蘇り、霧河は泣いた。
「に、兄ちゃん・・・どうしたの?突然泣いて・・・」
それに対し、
「あ、いや、〝グロリアスライダー〟がカッコ良過ぎて、
思い出したら涙が出てきたんだよ」と嘘をついた。
「何だよそれ(笑)。でも、感動シーンもいっぱいあるよな!!!」
「うん!!!」
23.男の子の名前
「なぁ」
「何?」
「こんな俺の事を〝ヒーロー〟って言ってくれてありがとう!!!」
「うん!!これからも、たくさんの人達に夢や希望をあげてくれよな!!!」
「分かった!!ありがとう!!!ところで、君の名前はなんて言うんだい?」
「〝夢路正義 (ゆめじまさよし)〟!!!」
「そっか!!カッコ良いじゃん!!その名前!!!」
「ありがと!!兄ちゃんは?」
「俺は〝網田謎留あみだなぞる〟」
また本名を名乗った。サンタクロースでいる時は、基本、この名前を使っている。
「へ~!!兄ちゃんの名前もカッケー!!!」
「ありがとう!!!じゃあ、頑張れよ!!!」
「うん!!兄ちゃんこそ!!!」
そうして、霧河は、その家を出た。しかし、
今回は、その子の欲しいモノを盗み聞きで知った事までは言っていなかった。
「そういや、兄ちゃんに俺の欲しいモノが何かなんて言ったっけ?言ってねぇよな。この中にはちゃんと俺の欲しいモン、
入ってんのかな?まぁ良いや、寝よう。そんで、明日の朝、
確かめりゃ良いや。いつもそうしてるし。けど、サンタさんって
ずっと、赤い服を着てると思ってた」
24.心変わりした正義の母
そして、正義は再び寝て、
朝、起きた。ラッピングされた箱を開けると、中には本当に〝グロリアスライダー〟の変身セットが入っていた。
「わぁ!!スッゲ~!!!寝る前にあの兄ちゃんに会ったのは、
夢じゃなかったんだ!!!」と、とても驚いた。
「ねぇねぇ!!母さ~~~ん!!!昨日、サンタさんが
プレゼントくれたよ!!!」と正義が言い、正義の母は、
買った覚えさえない、その変身セットを見て、とても驚いた。
「まぁ!!なんて不思議な!!こんなの買ってないはずなのに!!!」
そう、正義は、母親に、〝グロリアスライダー〟の
変身セットが欲しい事は言っていたのだが、母親は、
「ウチの子が他の子達と遊ぶ時に他の子達に変身セットを
着ている姿を見られたりでもしたら自分が恥ずかしい」という
理由で買ってあげられなかったのだ。
母親は、
(この子がコレを着ている姿をもし、この子の友達に
見られたりしたらどうしよう?でもまぁ、もう、そんな事、
どうだって良いか!!!)と思った。
25.深夜に迷惑メールが
また、時間は遡る。23軒目での出来事。霧河は、
「マフラーが欲しい」と言っていた女の子の家に入った。
(〝マフラーが欲しい〟って言ってたけど、どんなのが好きなんだろ?)
とりあえず、そこは勘で選んだ。
女の子の部屋に入り、枕元にそっとマフラーが入った箱を置く。
その時、霧河のスマホにメールが届き、着信音が響いた。
「何だよ!こんな時間に!!」
そういえばだが、さっき、スマホをいじって、間違えて、
着信音が鳴るように設定してしまった。スマホを見てみると、
送られてきたのは、迷惑メールだった。
(何だ~。迷惑メールか~。着信音量はもう一度ゼロにしとこう)
26.サンタクロースの色
「う、う~ん・・・」
音を立てたせいで女の子が起きてしまった。
「あっ!いっけね!!」
慌てて壁にぶつかった霧河は、誤って蛍光灯のスイッチを
押してしまった。
「ワ~ッ!!」と女の子が叫ぶ。
そこでまた
霧河が女の子の口を霧河自身の手で抑え、
「シ~ッ!!」と言う。
もう、本日3度目だ。
(毎度、子供が叫ぶ度にこれだから、ホント焦るな~)
「ねぇお兄さん、一体誰なの?」
「俺は〝サンタクロースパイ〟さ!!」
「へ~」
今回は、いつも言われる言葉がない。
「ねぇ、ひょっとして君、〝スパイ〟って
言葉を聞いた事がある?」
「知らな~い」
霧河はここでまたズッコケた。
「知らねぇのか~!!」と思わず大声を出してしまった。
今度は女の子が「シ~ッ!!」と言う。
「あ~!悪りぃ!!悪りぃ!!」
で、会話をした。
「お兄ちゃん、サンタさんなんだね!!
サンタさんって、若い人もいるんだ!!!」
「ま、まぁね!!」
「でも、サンタさんって、赤い服を着てるんじゃなかったっけ?」
「あ~、まぁ、本来ならそうだね。でも、まぁ、〝サンタクロースは赤い服を着なきゃいけない〟って決まりはないからね」
「そっか~」
「うん。そうだよ。でも、黒いサンタクロースも悪くないでしょ?!」
「まぁね!!カッコ良いと思うよ!!!」
「ありがとう!!!」
霧河は嬉しそうに笑いながら言った。
27.ボロボロでも、とても大切なモノ
「ところで君、マフラーが欲しいんじゃなかったっけ?」
「え!?何で知ってるの!?」
「あ~、ごめん!!言い忘れたけど、俺、たくさんの子に
プレゼントを渡すために、どこのどの子が何を欲しがってるのか、
盗み聞きしてるんだよ。ごめんな」
「そうなんだ~!!」
霧河は、
(この子、怒らないんだな)と思った。
「君は、マフラーを持ってないんだね」
「前まで使ってたのは、もうボロボロになっちゃったの」
「そっか。じゃあ、もう、捨てちゃったんだね」
「いや。まだあるよ」
「え?何で?もう使えないのに」
「だって可愛いし、おばあちゃんがくれた大切なモノだから」
「なるほどな・・・」
「いつまでだって手離さないよ」
そこに、そのボロボロのマフラーはないが、女の子の話から、
どれだけ大切なモノかが良く伝わってきた。
(良い話じゃないか)と霧河は思った。
(く~っ!泣けるぜ~!!良い話だな~!!)と。
「ところでお兄ちゃん、カギはどうやって開けたの?」
霧河は、持っていた金属の棒を取り出し、
「コイツを使って開けたんだよ」と言った。
「そうなんだ~」
「うん。でも、絶対真似しちゃいけないよ。俺の事も、お父さん
お母さん含めて、他の人達には一切秘密だからね!!」
「分かった!!」
「ありがとう!!じゃあ、また君の家に来るから、楽しみに
しててね!!!」
「うん!!!」
28.実は、読書家な少女
「君の名前は何?」
「私は、〝河合愛かわいあい〟」
(まるで可愛いモノを愛しているかのような名前だな)
「良い名前だね!!」
「ありがとう!!お兄ちゃんの名前は?」
「俺は〝網田謎留あみだなぞる〟」
「へ~!カッコ良い名前!!ミステリアス!!!」
「え?君は〝ミステリアス〟の言葉の意味を知ってるの?」
「うん!私が読んだ小説に書いてあったよ!!
私、小説、大好きなんだ!!」
「へ~!その年で小説をいっぱい読むなんて偉いね!!
俺、小説なんて、昔から全然読まったから」
「そうなんだ!でも、お兄ちゃん、私が一番好きな小説の主人公に良く似てる!!」
「そうなの?」
「うん!!ファンタジーが大好き!!!でも、その小説は、
今言ったのじゃないんだけどね」
「そうなのか」
「今言った〝ミステリアス〟って言葉が書いてたのは、タイトル忘れちゃったんだけど、
お兄ちゃんに似てる人が出てくるのは、
〝私の幻想はホントにあった〟だよ!!どう、
お兄ちゃん、普段小説を読まないみたいだけど、読んでみる?
私はもう、何回も読んじゃったし!!」
愛は、その小説を本棚から取り出し、霧河に渡そうとする。
だが、霧河は・・・
「良いよ。君の大切な本なんだろ?それに、
俺はサンタクロースだから、他人からモノをもらわない事にしてるんだ。そうじゃないと、サンタクロースって言えないだろ?」
「そっか~・・・うん・・・」
「でも、気持ちはありがとうね!!だから、
その小説は、今度、本屋で探して、自分で買うよ!!」
「うん!!ぜひ、読んでみてね!!」
「読むよ絶対!!じゃあ、愛ちゃん、これからも頑張ってね!!!」
「うん!!謎留お兄ちゃんも頑張って!!!」
「おう!!!」
そう言って、霧河は去っていった。
29.夢のような体験
愛は、再び寝て、朝起きて、ラッピングされた箱を覗いてみた。
その中には、ちゃんとマフラーが入っていた。そのマフラーには、
黒い服を着たサンタクロースとトナカイが一緒に印刷されていた。そう、コレはオーダーメイド。
愛はとても喜んだ。
「わ~!!とっても可愛いし、とってもカッコ良い!!!」
もちろん、その後、それを見た愛の母もまた、
「なんて事なの!?」と、とても驚いていた。
そう、愛の母はいつも、愛に「サンタさんなんているワケないでしょ」と言っていて、愛にも冷たく、クリスマスプレゼントを愛に
あげた事も一度もなく、それでも、「サンタさんはいて、いつか
ウチにやって来る」と信じ続けていたのだ。だから、
サンタクロースとして霧河が家にやって来た時も、他の子供達
よりも何十倍も喜んでいたし、ましてやその上、その
サンタクロースに会ったり話したり出来るなんて、まさか、夢にも
思っていなかったのだ。
愛の母は、
「不思議な事があるもんだね~」と言った。
それから、少しだけ、〝サンタクロース〟や
〝サンタクロース〟を信じている娘を馬鹿にしなくなり、少しだけ、
(考えを改めた方が良いかな?)と思ったのである。
30.今年も、無事、活動終了?
また時間を遡り、霧河が27軒目に入った家での出来事。
〝ガチャ〟
侵入は、言うまでもなく、いつも通り、何ともなく上手くいった。だが、問題はその先だ。
その家では、プレゼントを渡す相手は親と一緒に寝ていて、ヘマして一人でも起こしてしまうと、それが命取りになってしまう。
なので、失敗は絶対に許されない。唾を呑むほど緊張しながら、
霧河は、「マグカップが欲しい」と言っていた女の子の枕元に、
そっとマグカップを置いた。
その後も何ともなく、
(良し!上手くいった!!)と思った。
その後、家を出て、いつも通り、入る時と同じやり方で、
外からドアのカギをかける。
(フ~ッ!!緊張した!!!)と大きくため息をつく。で、また、引き続き、
色々な家の子供達にプレゼントを渡した。
ついに、最後の30軒目。その家は防犯セキュリティが堅く、入る事は難しかった。
霧河は、ドアの前にプレゼントをラッピングした箱ごと置く。
「フッ、こんな事もあろうかと、〝これは
サンタクロースからの贈り物だ〟って書いた手紙をたくさん
用意してるんだよ」と言いながら笑う。
しかし、
それは手書きだと、字の形や筆圧などで自分だと特定されてしまう可能性があるので、パソコンで書いている。もちろん、
それも手袋をした状態でしか触れた事がないので、
指紋も一切付けていない。
帰る最中、警察に見つかりそうになるが、
とっさに、慌てて、たまたまそこにあった畑に慌てて入って
横になり、何とかやり過ごした。警察は、
「ん?何か今、物音が聞こえた気がしたけど、気のせいか。何ともなかったみたいだな~」と言った。
霧河は、
「フ~ッ!危ねぇ!!危ねぇ!!まさか、ここでまたため息を
つく事になるとは思ってなかった~!!それにちょっと、
チビッちまった~」と言った。
「あ~あ~。服が土まみれになっちまった~。
それにちょっと、今、チビって、ズボンも
汚れちまったし。まぁ、もう、全ての家に
プレゼントを渡し終わったし、どうせこの服も、ほとんど黒だから良いんだけどさ」と、少しがっかりしながらもホッとし、
「しかし、毎年、どれだけ頑張っても、30軒ぐらいにしか
届けられないのが残念なんだよな~」と言いながら家に帰った。
そして、その日のいつもの起床時間まで、
わずか2時間ぐらいだが寝た。
31.死んだはずの両親が目の前に!?
翌朝、霧河の会社「Excitement Story」では・・・・・・
〝チーン〟
「おい!霧河!どうした!?大丈夫か~!?」
「ウ・・・ウ~ン・・・大丈夫デスヨ・・・」
「いや!嘘つけ~っ!お前、ロボット並みに片言じゃねぇか!!
どこが大丈夫なんだよ!!さっさと人間に戻れ!!!おい!!!しっかりしろ~!!!」
「ウ・・・ウ~・・・」
そう、霧河は毎年、クリスマスの深夜、夜通しで
頑張っているため、その翌日には必ずこのように、
いつもの優秀さがまるっきり別人であるかのように、まるで魂が
抜けたかのように、疲労と眠気にとてつもなく襲われてしまうのである。
「ア・・・ア~・・・天使ガ私ヲ迎エニキテイル・・・ヨウナ・・・」
「お~い!何馬鹿な事言ってんだ!!お前、まだ25だろが!!!もっと人生楽しみたくねぇのかよ~~~!!!逝くな~~~!!! お前が死んだら俺達は、いや、この会社は
どうなるんだ~!!この薄情者~!!!恩知らず野郎~!!!」
〝ガクッ〟
「お~い~!!!霧河~~~!!!」
次の瞬間、
霧河の両親が目の前に現れた。霧河は、
「・・・俺は、死んじまったのか」と思った。そこで、
父は謎留に、「立派になったな!!俺は、そんなお前を父として誇りに思うぞ!!!」と言い、母は、「謎留!!頑張ってるわね!!あなたの事を心配してくれる素敵な友達も
出来たじゃない!!!」と言った。
「父さん・・・!!!母さん・・・!!!」
32.実は夢だった
霧河は泣いた。
そして・・・・・・
〝ガバッ〟
ここは、談話室のソファーだ。
(うっ。何だ夢か~)
夢から覚め、とても寂しい気持ちになった。だがそこで、
「父さん、母さん、ありがとう」と夢の中とはいえ、
自分の成長ぶりを誉めてくれた両親にお礼を言った。
そこで、この前、霧河とサンタクロースの話をした女性社員が
お茶を持って歩いてきた。
「あ!霧河君!!気がついた!?」
「うん」
「良かった~!!霧河君、寝ながら泣いてたから、私、とっても
心配しちゃったわよ!!」
「え?僕、泣いてたの!?」
「うん」
「そうか~」
「あのね、霧河君、クリスマスは、ハメを外してパ~ッ!と
遊びたくなる気持ちも分かるけど、自分の身体や睡眠も大事に」してよね!!」
「う、うん。分かったよ」
(夢の中で母さんが言ってた事は、本当にその通りだった。
俺は、あの時からずっと孤独だと思ってたけど、ただの思い込み
だった!!俺はもう、とっくに一人なんかじゃなく
なってたんだ!!!さっきの同僚もちゃんと声かけてくれたし、
この娘も、そして、
クリスマスの日、ドジを踏んで姿を見られちゃった子供達も皆、
喜んでくれてた!!)
そこで思わず、また泣いてしまった。
「ん?霧河君、どうしたの!?また泣いてるじゃない!?」
霧河は涙を拭き、
「いや、何でもないよ。目にゴミが入っちゃっただけ(笑)。
ありがとうね」と言った。
「全然全然。良いわよ。どうって事ないわよ。じゃ、私、そろそろ仕事に戻るから!!霧河君も、そのお茶飲んだら、
仕事に戻ってね。もし、今日、もう仕事をする余裕がないなら、
帰っても良いし」と言って、彼女はその場を去ろうとする。
だが、霧河はもう一度、彼女を呼んだ。
「あ、あのさ、もう一つ、お礼を言いたいんだけど・・・」
「何?」
「僕なんかの事、この部屋まで運んでくれて、心配までしてくれてありがとうね!!!」
「え?何言ってんの?仕事の仲間を心配するのは当たり前でしょ?それと、自分の事、〝なんか〟なんて言うの良くないわよ?」
「でも、嬉しかったんだ!!」
「そう?じゃあ!!」
「あの娘、本当に良い娘だな!!!さっき心配してくれたヤツらもそうだけど」
その後、霧河は、しっかり仕事を頑張った。
33.店長の意味深な言葉の意味
仕事を終えた後は帰って、昔の、
自分の写真や両親の写真や
自分と両親が一緒に撮った写真がたくさん
入っている家族アルバムを見た。
(懐かしいな~)
そこには、
霧河が生まれたばかりの頃の写真から両親と過ごした最後の
クリスマスの時の写真まで飾ってある。
そこで、写真越しに、
運動会の頃に履いていたシューズやクリスマスの時に両親と
被ったサンタ帽やケーキを見て思った。
「そうだ。コレらは、
ほとんどが安物だった。でも、俺にとっては、どれもこれも、
父さんと母さんが俺のために買ってくれた、凄く大切なモノだったんだ」
そう、霧河の家庭はとても貧しく、
あまり高いモノは買ってもらえた事が少ない。
クリスマスケーキや誕生日ケーキだって安物で、しかも、
いつも、ロウソクがなかった。
そこで、霧河は以前、
「窓際族」の店長が言っていた言葉を思い出した。
「酒に比べて値段が圧倒的に安いコーンスープを酒と同じ感覚で飲めるという事はそれが酒と同じくらいの値打ちがあるっていうのはこういう事なのか!」と言った。
そして、
昨日、マフラーを渡した女の子の事も思い出し・・・
(そうだ。そういえば、愛ちゃんも同じように、ボロボロのマフラーを〝おばあちゃんからもらった大切なモノだから手離さない〟
って言って、凄く大切にしてたな。そうだ。品物の本当の意味での価値っていうのは、値段で決まるモンじゃないんだ。
どれくらいそのモノに強い思いが込められているか。そして、
それがどれくらい、使う人にとって手離したくないほど
何度でも使いたいモノかどうかで決まるんだ。だからあの言葉は、本当に、とても深い言葉だったんだ・・・
簡単な事だけど、なかなか気がつかないんだ)
だが、だからこそ、小学6年生の頃、
アコースティックギターを買ってもらえた時、いつもの何倍も
嬉しかったのだ。アレは、
父と母が霧河のためにとても頑張って
無理をして買ってくれたモノだ。だからこそ、
霧河は、
「一生コレを手離さない」と決めたのだ。
34.高校の頃に作った曲
久しぶりに、ギターで何か一曲弾いてみる事にした。
「もう遅いから、アコースティックギターは音が大き過ぎるから
ダメだけど、お隣さん家とは意外とちょっと距離あるし、
今ぐらいの時間、エレキギターをアンプに繋げずに
生音で弾くなら良いか」
そう、時間は22時。ここは田舎で人が少なく、
一番近くのお隣さんとは10メートルほどの
距離がある。ちなみに、昔、霧河と霧河の両親が
一緒に住んでいて、両親が死んで、長らく経ってから戻ってきて、現在は一人で暮らしている家である。
エレキギターは、就職してから自分のお金で買ったモノだ。
「あ~!よし、あの曲を歌おう」
それは、
霧河が映画などから言葉の美学を追求して、
作曲の勉強をして、高校生になった頃のある日、
両親に今までの感謝の気持ちを込めて作った哀悼の曲だった。
「ごめんな、父さん母さん。せっかくくれた
あのギターを使えなくて。でも俺、一生懸命心を込めて歌うよ。
聴いててくれよ」
霧河は、エレキギターを弾きながら歌う。
曲名は、「いつか僕の心は…」
「あの日からずっと絶望していた 心に穴が開いてしまった
大きな大きな穴 考えれば苦しい 忘れようとすれば寂しい
どうすれば良いの?でも思った ねぇ いつかきっと変わって
みせるよ 強くなってみせるよ
あなたは大切な僕の一部だから♪?」
コレがその曲だ。本当は2番や3番もあるが、
あんまり長くなるのも良くないので、とりあえず、
ここまでにしておく。
「フ~ッ。この曲、久しぶりに歌ったな~。てか、長くギター
弾いてなかったせいで、かなり下手になってるよ。
父さん、母さん、こんな演奏で申し訳ない。頑張ったけど」
そうやって一人で思いにふけった。
35.店長に過去を打ち明ける霧河
次の日は
仕事が休みだった。その日、昼から
「窓際族」に向かった。
〝カランコロン〟
「はい。いらっしゃい」
店長が声をかけてくる
「お~!この頃、良く来てくれるね!!
ウチが気に入ってくれたようで、俺は、凄く嬉しいよ~!!」
「あ~、いや、店長さんが凄く面白いお方で、
いつも話していて凄く楽しいんですよ!!」
「そうか~!そりゃ良かった~!!」
「はい!!」
「面白い・・・か。そんな事言ってくれる人は、
今までほんの2、3人しかいなかったな・・・」
「そうなんですか?」
「ああ」
「・・・・・・」
霧河は、昨夜考えて、やっと分かった事について店長に話した。
「あの~、以前、店長さんが教えてくださった〝僕にとっての
コーンスープが酒と同じくらい高価だ〟という事の意味が、最近、やっと良くわかりました」
「あ~、アレか~。あれからずっと考えてたんだな~」
「はい。まぁ。あの、この前、ある女の子が、ボロボロになって
使えなくなったマフラーを〝大切な人からもらった大切なモノ
だから〟って言って、ずっと大事に持ち続けていたんです」
「ほうほう」
「それから僕も、最近、亡くなってしまった両親がくれた色んな
モノが、全て、自分にとっては凄く大切なモノだったと、今、
改めて実感したんです」
「なるほどね~。ところで君、聞いてすまないけど、両親が
亡くなってるのかい?」
「はい。僕が小学6年生だった頃に」
「そうか~。そりゃ可哀想に。あともうちょっとってとこで、小学校を卒業するところも、両親に見てもらえなかったんだな・・・」
「はい」
「哀しいな~。両親も、さぞ見たかっただろうよ」
「ありがとうございます。いたわってくれて」
「いやいや、そんなに大した事じゃねぇって。口で何か言うぐらい、誰にだって出来るだろ」
「でも、嬉しいんですよ!!」
「そうか。お客さん、とても素直だねぇ~」
「ありがとうございます!!」
36.ついに語られる、〝窓際族〟の名前の秘密
そこで霧河は、前から気になっていた事を
店長のおじさんに聞いた。
「ところで店長さん、なぜ、この喫茶店に
〝窓際族〟なんて名前をつけたんですか?
本来なら、〝窓際族〟って、あまり良い意味で
使われる言葉じゃないのに」
「・・・・・・」
「あ~!すいません!!」
「良いよ良いよ。そういう事はもう、昔っから、言われ慣れてっから」
「そうですか(汗)」
「それはだな・・・」
そして店長は、自らの過去を語り始めた・・・
1976年4月1日(木)。この日、
「天野星高等学校そらのほしこうとうがっこう」の入学式だった。そこには、「窓河実爪まどかわみつめ」という名前の生徒が
いた。
そう、「窓河実爪まどかわみつめ」というのは、店長の本名だ。その日、体育館での式が終わって教室に移動し、教室内を
見渡せば、皆、もう既に誰かしら友達が
出来ていて盛り上がっていて、窓河には、
出来ていなかった。
「やっぱりか。俺には、友達なんて、いつも無縁だ・・・何でこうも、どこ行っても誰とも仲良くなれねぇんだよ・・・今日はせっかく晴れて、桜もこんなに綺麗に咲いてるってぇのによ・・・」
窓河は、とても個性的で、かつ、とても頑固なため、小学校でも
中学校でも、いつも、周囲からは、「変なヤツ」、「絡みづらい」、
「仲良くなりたくない」などと言われ、
あまり良い印象を持たれていなかった。
そして、苗字が「窓河まどかわ」であり、
席替えの時でも、たまたま窓際のところに
座る事になる事が多かったため、
「窓際族の窓河」などという蔑称をつけられて呼ばれていた・・・
「チェッ、全然爽やかじゃねぇし、クソつまんねぇ入学式だぜ」
それから月日は経ち・・・
1979年3月1日(木)。
高校も、
全く友達が出来ないまま卒業式を迎え・・・
その卒業式も、全く楽しくなかった。
「結局、なんもねぇまま終わっちまったな~。ホント、
クソつまんねぇ青春時代だったぜ。
いや、全く青春なんてなかったよ・・・
こんな面白くも何ともなかった高校は、
卒業して寂しくも何ともねぇ。むしろ、
せいせいしてざまぁって感じだ」
37.仕事も上手くいかない
そう言って、そのまま、窓河は、運送会社
「Wind’s Delivery」に就職した。
コンセプトは、その名の通り、
「風のように速く」である。
しかし、窓河は、
その会社で働いても、
学生時代と同様、なかなか他の人達と上手く打ち解けられず、
手際が悪いため、商品を上手く様々な家に届ける事が出来ず、
同じ職場の人達だけでなく、
お客さんにまでしょっちゅう迷惑をかけて、とにかく、
何かとただただ誰かに謝って、頭を下げるばかりの日々だった。
「すみませんでした!!!」と言い、
自分の机の前のイスに、大きなため息をつきながら座る。
「はぁ。もう、これで、この会社で頭を下げるの何回目だろ?」
窓河は要領が悪く、事務作業も遅いため、しょっちゅうの事だが、
その日も、遅くまで働いていた。
仕事を終えた後、帰ろうとすると、窓河の同期の女性社員が
「お疲れ様!!!」と言って、コップに入った水をくれた。
「あ、ありがとう」
〝ぐぐぐぐぐ〟
「プハ~ッ!!」
窓河は、そのコップの中の水を見つめた。
「アレ?コレ、いつも俺達が飲んでる水道水と変わんねぇよな?」
「そうだけど」
「今、飲むと、何でこんなに美味いんだろ?」
「頑張って働いて疲れた後だからじゃない?」
「そうなのかな~?」
38.料理上手な彼女
そこで、その同期の女性社員が
「窓河君、今日は良かったら、私ン家に寄ってかない?
自分で言うのも何だけど、ウチは結構良い家だし、
家族も皆、良い人達だから!!!」と言った。
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」と窓河が答える。
彼女に案内してもらい、彼女の家へ向かった。
「ここが私のおウチよ!!」
「ワ~ッ!!確かに綺麗だな~!!!
そこそこ大きいし!!!」
「さぁ、上がって!!!」
そこには、彼女の家族がいた。両親、祖父母、兄弟、姉妹まで。
兄弟、姉妹はいずれも
幼くて、年齢はかなり離れているが、彼女の弟や彼女の妹がいる。大家族だ。そこで、彼女の弟が
「おかえり~!アレ?姉ちゃん、友達連れて来たんだ!!
こんばんは~!!」と言う。
それに対し、窓河は、「あ~、はい、こんばんは」と答える。妹は、窓河に「へ~!良い人そう!!」と言った。
窓河は、
(この子達、良い子達だな。こんな俺なんかの事を良い人なんて言ってくれるなんて・・・)と思った。
彼女の父や母、
祖父や祖母は、にこやかに「いらっしゃい!いつも、
お世話になってます!!」と挨拶してくれた。そう言われ、
(へ~!なんて良い人達なんだ!!)と思った。
するとその後、
女性社員の彼女は、
「あ~!そうだ!窓河君!!良かったら、
私、料理、作ってあるから食べてかない?」と彼女が言う。
窓河は、「う、うん」と答えた。
そして、電子レンジで料理を温める。
〝チーン〟
「出来たわよ~!!」
彼女の家族は皆、
揃って「ワ~ッ!美味しそう~!!」と言う。
窓河もそれを見て、
(確かに美味そうだな)と思った。
皆で
「いただきます!!!」と言って、食べた。
窓河も一緒に彼女のその料理を食べた。
皆、「美味しい!!」と言っている。
〝パク〟
「うんめぇ~!!確かに美味いな!!
一度冷めて温め直したのに、こんなに美味いとは、スゲ~な~!!」物凄い勢いで食べる。
〝バクバクバクバク〟
あまりがっついて、勢い良く食べるので、
皆、窓河の方を向き、完全に固まった。
皆「・・・・・・」といった感じで、凄く静まった様子である。
窓河は、「ん?何ですか?皆、
どうしたんですか?」と言った。皆、同時に口を揃えて、
「いや・・・、良く食べるな~・・・って」と言った。
「え?(笑)そうですか?」
「うん」と、今度は、皆、同時に首を縦に振って言った。
「そうですか?(笑)あんまり美味しいモンだから・・・アハ・・・アハハハ・・・」
彼女は、「そう(笑)、でも、凄く喜んでくれたみたいで良かった」と言った。そして、皆、夕飯を食べ終わり・・・
「ごちそうさまでした~・・・」
窓河は、
「フ~ッ!!食った食った~っ!!!」と言った。
39.コーヒーを淹れる才能
窓河は、彼女に、「食器洗い、手伝おうか」と言った。
だが・・・
「あ~、良いわよ良いわよ!!窓河君はお客さんだし!!あ!でも、この後、もし興味があったら、コーヒー入れてみない?!」
「コーヒー?こんな時間に?睡眠の妨げにならねぇか?」
「良いのよ!良いのよ!私は明日、仕事、休みだし!!それに、
私ン家は皆、コーヒーが好きなの!!私も、お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも!!」
「へ~!じゃあ、弟君や妹さんは?」
「あ~、あの子達は皆、カフェオレは好きよ!!」
「そうなのか~」
窓河は、その時、窓河にとっては、初めての事だったが、
コーヒーを淹れてみようと思った。
「うん。分かった。俺はやった事はないけど、やってみるよ」
「ホントに!?ありがとう!!」
「いやいや。良いよ良いよ」
「じゃあ、やり方を教えるわね!こうやって、粉の中に〝の〟の字を書くようにお湯を入れるの!!」
そうして、彼女に言われた通りに、窓河は、お湯を入れた。
〝ジャージャー〟
「そうそう!上手上手!!窓河君、ホントに初めてなの!?」
「え?初めてだけど、こんなの、誰でも出来るだろ」
「そんな事ないよ!コレって、簡単そうに見えて、実は、
意外と難しくて、とっても奥が深いのよ!!」
「そうなの?」
「そうよ」
「そっか~。何だか良く分かんねぇけど、
そう言われるとテレるな (笑)。嬉しいよ!ありがとうな!!」
「いえいえ!美味しいコーヒー、出来そうだな~!!♪」その後、窓河は、次の日も仕事があるため飲まず、彼女の兄弟や姉妹も
先に寝たため飲まなかったが、彼女と彼女の家族は、
窓河が淹れたそのコーヒーを飲んだ。
「いただきます!!!」
そして、皆いっせいに「凄く美味しい!!」と言った。
彼女は、「窓河君、凄く美味しいよ!!ホントに初めて淹れたの!?」と言った。
「ありがとう。あ~、初めてだけど」と言った。
「凄い~!!じゃあ、また、いつでもウチに
来てよ!!また窓河君のコーヒーが飲みたい~!!」
「良いけど」
「良いの!?やった~!!!」
「こちらこそ!今日はありがとう!!また来ても良いんだな!!ありがとう!!また来させてもらうよ!!」
「じゃあね~!!」
「うん!じゃあね~!!」と言って、
その日は終わった。
40.居心地の悪い職場
そして、次の日、彼女は会社にはいないが、
窓河は、いつも通り働いている。しかし、やっぱり、
仕事は冴えない。
「は~。やっぱ俺、仕事はダメだな~・・・」
それは、相変わらずだった。しかし、そんな中、昨日、
彼女が言っていた言葉を思い出した。「いつでも来てね」と。
「いつでも来てね・・・か」
その日、夜になり、仕事が終わった後、窓河は、そのまま、
昨日のお言葉に甘えて、彼女の家へ向かった。
〝ピーンポーン〟
「は~い」彼女が出た。
「ハァハァハァ」窓河は、息を荒げている。
「アレ?窓河君?どうしたの!?」
「ごめん!ちょっと、すぐ聞いて欲しい話があって、走って来たんだよ!!突然ごめん!!!」
「良いわよ!窓河君、息が切れてるから、
とりあえず、中に入って落ち着いて!!」
「うん・・・ハァハァハァ・・・」
「で、何があったの?」
「俺、もう、この仕事、辛いんだよ・・・限界なんだよ・・・」
「どうして?窓河君、いつも、仕事、一生懸命頑張ってるのに」
「いや、頑張るとか頑張らないとかじゃなくて、俺、この仕事、
上手くこなせてないし、いつも、
君や職場の皆やお客さんには迷惑かけてばかりだし、
周りの皆とは上手く打ち解けられねぇし・・・」
「そうなの?」
「〝そうなの?〟って、そりゃ、見てりゃ分かるでしょ」
「あ~、ごめん!私は、そう思った事が全くないから。」
「そうか・・・でも、俺、昔から、いつも一人で、
名前が〝窓河〟で、そんで、席替えの時も、たまたま〝窓際〟に
なる事が多かったから、〝窓際族の窓河〟なんて、昔から
呼ばれてたんだ。でも、〝窓際族〟なのは、
今も変わってないんだけど・・・その上、
俺を採用した上司にだって、〝何でお前みたいなヤツを採用したんだろ?〟って言われる始末だし・・・・・・」
「そうなんだ」
「もう、嫌なんだよ!!この忌々しい蔑称も!!!自分も!!!」
41.たった一人の理解者だった
「そうかしら?私はその呼び名、好きだけどな」
「え!?〝窓際族〟だよ!!こんな名前のどこが良いの!?」
「いや、そりゃ、確かに、窓河君は、個性的で、色々とモノ好きだし、頑固なところもあるから、〝気難しい〟って感じる人も
いるかもしれないけど、だから同時に、しっかり信念もあって、
何事も途中で投げ出さないで常に一生懸命だし、そして、
何より優しいし。〝理解してくれる人が少ない〟っていうのは、
それだけ、窓河君の良さは、たとえるなら、かつての
〝ゴッホの絵〟みたいに、誰にでも解るワケじゃないくらい
〝魅力が強い〟って事じゃないかしら?」
「そう・・・なのかな・・・?」
「うん!きっとそうよ!!いや、絶対そうよ!!そうに違いない!!だから、物解りの悪い上司の人達の言う事なんて、
気にしなくて良いでしょ!!」
そう言われて、
嬉しさのあまり、窓河は泣きだし・・・
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と叫んだ。
たくさん泣いた。
42.窓際族はカッコ良い!?
数十分後・・・
「窓河君、ノド、乾いたでしょ?」
「う、うん・・・」
彼女は、
コップに水道水を入れて飲ませてくれた。
「はい」
「ありがとう」
〝ジュー〟
コレがまた、ただの水道水なのに、とても、
そうとは思えないほど、かなり美味しい。
「ア、アレ?コレ、悪いけど、ただの水道水だよな?」
「そうだけど・・・」
「何でこんなに美味いんだろ?この前、君が会社で夜遅くにくれた水と同じくらい美味い。何でだろ?」
「う~ん・・・疲れてて、凄く苦しいぐらいにノドが渇いてたからじゃない?でも、良く分かんないけど、この前の水も、今飲んでる
その水も、窓河君にとって物凄く美味しいなら、何でもないただの水道水でも、窓河君にとっては凄く高価なモノなんだと思う」
「そうか~・・・」
「窓際族・・・か」
「うん?」
「あ、いや~、さっき言ってた〝窓際族〟って、窓河君は、嫌ってる言葉だけど、私は、
「ワケあって周りの人達から受け入れられなくて孤立してるけど、
〝渋い孤独のヒーロー〟みたいでカッコ良いと思うんだけどな~」
「そうか。君は、とても前向きで真っ直ぐなんだね!!」
「そんな事ないよ!!(笑)」この時、
窓河は、「この娘はなんて純粋な娘なんだ・・・・・・!!」と
思った。そして、彼女は言った。
43.喫茶店でお茶会
「そうだ!!私のおじいちゃんとおばあちゃんさ、小さいけど、
喫茶店持ってるの!!
最近は、身体が言う事を聞かないせいで
やってないんだけど。窓河君も、コーヒー淹れるの上手だから、
今度来てよ!!そこで、この前みたいに、
皆で一緒にお茶しようよ!!パーティみたいに!!」
「急に良くそんな事考えるな・・・(笑)」
「良いじゃん!!この前、窓河君が来た時、家族全員、
凄く喜んでたし、〝また気軽に来て欲しい〟って言ってたわよ。
それに、窓河君、いつも一生懸命頑張ってて疲れてて、
大変そうだもん。気分転換も大事だよ!!」
「そうだったんだ!!ありがとう!!」
数日後、彼女の言った通り、そうやって皆で集まって、
パーティのようにお茶会をした。
〝ワイワイガヤガヤ〟
「ねぇ窓河君、このお菓子作るの手伝って~!!」
「は~い」
「はいコレ」
「ウッス」
「はい」
窓河は、見事な手さばきで、綺麗にお菓子作りをこなしていく。
「凄~い!!カッコ良い~っ!!窓河君、
コーヒー淹れるのが上手いのはこの前から
知ってたけど、お菓子を作るのも、凄く上手なんだね!!」
窓河は少し照れて・・・
「そ、そうかな・・・?」
「うん!!!」
「経験あるの?」
「まぁね。昔、俺のばあちゃんが、お菓子作るのが好きで、
良く手伝ってた。料理もだけど」
「へ~!良いね~!!」
その日、その喫茶店は、家族ぐるみで
凄く賑わった・・・・・・
彼女の祖父は、窓河と共同作業をしている
彼女を見て・・・・・・
「大きくなったな。昔はあんなに世話の焼ける子だったのに・・・・・・」
祖母は、「そうね~。とっても優しくて思いやりのある、良い子に育ったわ。もう子じゃなくて大人だけど(笑)」
祖父は、「全くだよ」と言った。
〝ワイワイガヤガヤ〟
その日、凄く盛り上がり、凄く賑わった。
それから、たまに、その日したようなお茶会と同じようなパーティを何度も何度もした。
だが、その後、彼女は「これからは、身体が言う事を聞かない祖父母を含め、家族を大切にしていきたい」という理由で退職した。
44.ハメられた!!!
それから5年後の1984年。彼女の祖父は、
病気で死んでしまった。胃ガンだった。
祖母はまだ生きているが、〝うつ病〟にかかっており、もうかなり進行していて、もう、他人とまともに話す事すら出来ない。
どちらの病気の事も、彼女は知っていた。
「病気だったのか」
「うん」
「でも、おじいちゃんは、最後まで頑張って生きた。それに、
窓河君の事、凄く気に入ってたわよ!!私に〝あんな良い友達が
いたのか!!〟って。おばあちゃんもだけど」
「そうなんだ」
「あと、前に、何度もウチでお茶会したけど、
窓河君は、いつも、お菓子作るの手伝ってくれて、どれも、
あまりにも美味しかったから、
〝いつか自分が死んだら、もし良ければ、窓河君にあの喫茶店を
営んでくれたら良いな〟って言ってた」
「え!?そんな!?俺に!?いやいや!!
出来ないよ!!そんなの!!」
「そうかな?私は、素質あると思うんだけどな~。でも、窓河君、今、会社の仕事もあるから、夜だけ開店するお店とか?それか、
休日だけ開けるとか?」
「いや、良いよ。遠慮しとく」
窓河は、それからさらに1年後の1985年。
窓河は、ある日、窓河を嫌う上司の策略に
ハメられ、「Wind’s Delivery」を辞めさせられる事に
なってしまった・・・窓河は、絶望した。ただただ、絶望した。
「そ、そんな・・・、やっと、この仕事に
ようやく慣れてきたっていうのに」
イヤミな上司は、ほくそ笑みながら
「悪いな。じゃあ、今までお疲れ様でした」と、
窓河に皮肉を言った。
45.彼女の祖母の様子が!?
その後、また、
彼女の家へ向かった。相談するために。
そして、ドアを開けようとすると・・・
〝ドンッ!!〟
彼女が突然出てきて、窓河は、ビックリする間もなく、
顔を思いっきり打って、同時に鼻血を出した。
〝バン〟
「痛って~!!!」
「あ~!!ごめん!!来てくれたの!?でも、ごめん!!私、
今から、おばあちゃんのいる病院へ行くの!!!」
「え!?」
突然過ぎて、窓河は焦った。
「どういう事だよ」
「話は後!!!」彼女は、道路でタクシーに向かって手を上げ、
「すいませ~ん!!!」と言う。
そのタクシーに乗って、
タクシーの中で話を聞いた。祖母の様子が
おかしいというらしい。病院に着いて、様子を見てみると、本棚に置いてあるお菓子のレシピの、写真が映っているページを破り、それを食べている。
「おばあちゃん!!」そう言って、
祖母のその異食を止めたが、祖母はまだ、
「ケーキ・・・ケーキ・・・」、あるいは、
「プリン・・・プリン・・・」、あるいは、
「クッキー・・・クッキー・・・」と言っている。コレらは、
全て、窓河があの喫茶店のお茶会で作ったモノだ。
窓河は、
「アレ?何かおかしいぞ!!コレは!?」と
言った。
「え!?」
「いや、コレ、全部、俺があの喫茶店で作ったヤツだろ!?」
「あ~!確かに、そう言われてみれば!?じゃあ、私、ちょっと、急いでコンビニで買って来るわね!!」
そう言って、彼女は、
ケーキやプリンやクッキーを買って、祖母に食べさせるが、
あまり美味しそうにしない。
次の日、窓河と彼女は、あの喫茶店で、
久しぶりに色んなお菓子を作った。もちろん、
ケーキもプリンもクッキーも。
それを、
病院へ持って行って食べさせると、
彼女の祖母は嬉しそうに笑い、少しだけ元気を取り戻した。
二人は揃って、「良かった~」と言った。
「あのさ」と窓河が言い、彼女が「ん?」と言った。
46.ある決意をした窓河
「俺、色々考えた。やっぱり、あの喫茶店、
もらっても良いかな?」
「え!?どうしたの!?前に話した時と言ってる事が真逆じゃない!?」
「いや、実は、昨日、言いそびれたんだけど、
俺、会社、クビになっちまったんだ」
「え!?何で!?」
「ハメられちまったんだ。俺の事を嫌ってるヤツが勝手にお客さんに届ける品を入れてる箱の中に一緒にクモを入れて、それを
〝コイツがやりました〟って言われてさ」
「大変じゃない!?窓河君だけじゃなくて、お客さんも凄く困ったでしょ!?ちゃんともう1回、話した方が良いんじゃない!?」
「いや、皆、誰も、俺の事を信じてくれないんだ。
いくら話したってムダだろ」
「そんな・・・・・・」
「でも、これで良い。俺、前から思ってたけど、あの会社で
働いてても、幸せにはなれなさそうだから。それに、
今だって、コンビニのお菓子で全く笑いさえしなかった
おばあちゃんがとても喜んでくれたろ!?今、それが
かなり嬉しかったんだよ!!!」
「そう?分かった。じゃあ、祖父の遺言通り、あのお店、
窓河君に譲るわ」
「うん!本当にありがとうね!!」
47.〝喫茶窓際族〟開業!!!
「いえいえ!じゃあ、名前はどうする?もう、これからは、
窓河君のお店だから、窓河君の好きな名前にして良いのよ」
「そっか。じゃあ・・・・・・〝窓際族〟!
〝喫茶窓際族〟で!!」
「え?ホントにそんな名前で良いの!?」
「あ~!良いさ~!!だって、君が〝窓際族〟って俺の蔑称を〝孤独のヒーローみたいでカッコ良い〟って言ってくれたんじゃねぇか!!それに、喫茶店って、窓から景色を見るのも楽しみの一つ
だから、そういう意味でも喫茶店には合う名前だろ?」
「そう・・・・・・?」
「じゃあ、この名前は、ありがたくもらうぜ!!これからバリバリ働くからよ!!そんで、稼いだ金の一部は、
君や君の家族に渡す!!
そしたら、家計も支えられて、一石二鳥だろ!?」
「そこまでしてくれるの!?なんて優しいの!?
ありがとう!!!」
「いやいや!!どうって事ないよ!!お礼なら、むしろ、
こっちが言いたいよ!!!」
「でも、言い忘れてたけど、
問題が一つだけあるけど、どうする?」
「ん?問題って?」
「誰かの建物を別の誰かに譲ろうと思ったら、
そこそこ税金がかかるでしょ?」
「あ、そっか~。でも、俺、実はギャンブルが好きで、
どのギャンブルでも、思いっきり当てた事はねぇけど、宝くじで
ちょっと、競馬でちょっと、株取引でちょっと儲けて、
これまでの仕事でのささやかな貯金もあるし、全部合わせれば、160万ぐらいはあると思うし、それで払うよ。
「そんな大事なお金を・・・ごめんね・・・ありがとうね・・・」
「良いよ良いよ!!」
「私も、たまに手伝うから!!」
こうして、窓河は、
彼女の祖父母が営んでいた喫茶店を譲り受け、店の名前を変えて、〝喫茶窓際族〟を開業した。
それから時間は流れ、彼女は、
とある洋菓子店で知り合ったという、日本語も堪能なフランス人と結婚し、フランスへ移り住んだのだ。
そして、彼女の祖母も、
今はもう、亡くなってしまっている。
48.〝年明けパーティ〟の案内
―ここでまた、現在の〝喫茶窓際族〟に情景は戻る―
霧河が店長・窓河に「へ~!そうだったんですね!!
とっても良いお話ですね!!」と言った。
「そうか?(笑)」
「はい!!」
「〝窓河さん〟なんですね。何か、僕と苗字が似てますね」
「そうなの?お客さんは、なんて名前なんだい?」
「〝霧河竜令きりかわりゅうれい〟です」
「へ~!!確かに、苗字の方は俺と似てるな~!!」
「はい(笑)。何か親近感沸きます(笑)」
「苗字が似てるってだけでか?(笑)」
「いや、それだけじゃなくて、店長さん、いや、
窓河さんと僕が少し似ていると思って」
「そうか?どんなところが?」
「〝一人ぼっちだった〟ってところです」
「へ~。お客さん、いや、霧河さんも、一人ぼっちだったの?」
「はい。というより、今も、一人でいる事は多いし、
相変わらず一人が好きです」
「そうか~。そういや、さっき、〝幼い頃に両親を亡くした〟って言ってたな」
「はい。正直言うと、あの時から僕は、ずっと一人だと
思ってました。けど、最近、会社で突然、
倒れちゃって、その時、夢の中に両親が出てきて、
母が〝心配してくれる良い友達が出来た〟って言ってくれて、
目が覚めたら、お茶を持ってきてくれた仕事仲間に
〝自分の身体を大事にして〟って言ってもらえて、
〝僕はもう孤独じゃない〟って思ったんです」
「そうか」
「はい。何か夢を見る時は、〝これでもか〟ってぐらい、
両親が出てくる事が多いんです」
「そっか。それはきっと、霧河さんにとってそれぐらい、
〝思い入れのある大事な両親だった〟って事じゃないのかい?」
「そうなんでしょうかね?」
「ああ。そうに違いないさ!」
「確かにそうかもしれませんね。そういえば、それと、クリスマスだった昨日、帰った後、家族との思い出のアルバムを見て、
その後、両親から最後にもらったクリスマスプレゼントのギターで作った両親への感謝の気持ちを綴った曲を弾いたんです」
「へ~。凄いね!でも、そこまでするって事は、やっぱり絶対、
その両親が大好きなんだよ!!!」
「そうですね!!!」
「うん!!!てか、お客さん、ギター弾けるの?じゃあ、今度、元日に〝年明けパーティ〟ってのをやるんだけど、大事なモノなのに
悪いけど、もし、その日、仕事が休みなら、そのアコースティックギター、ウチで弾いてくれねぇか?エレキギターはさすがに
使える環境じゃないけど」
「え?はい。僕は良いですけど・・・」
「そうか!!!休みなんだな!!!ありがとな!!!」
「いえいえ。でも、個人経営のお店なのに、元日も開店するんですか?あと喫茶店で大きな音を出して大丈夫ですか?」
「うん。まぁ、元日にどっかに遊びに行って、ウチに寄る人も
多いんでね。それに、毎年、〝年明けパーティ〟をする時は、
〝今日はパーティなので、ライブをします。その音が苦手な人は、テイクアウトするか、また後日お越しください〟って看板を
店の前の看板の横に置くし、ウチの店の壁、映画館の壁みてぇに
大きな音も良く吸収するようになってるから、
あんま近所迷惑の事、考えなくて良いし」
「そうなんですね(笑)」
「ああ、掃除や手入れも、いつもしっかりやってるし、
小さな店で、別にゴージャスでも何でもねぇけど、さっき話した
ように、俺は、昔からギャンブル好きだけど、あの話のあと、
色々競馬の事とか勉強して、それが自分でも驚くくらい良く当たるようになったからな。定期的に工事してるから、
防音加工と頑丈さだけはあるぜ!!!」
「へ~!!!それは凄いですね!!!」
「だろ~?!」
「はい!!!〝年明けパーティ〟、とても楽しみです!!!」
「おう!!!サンキューな!!!」
その後、霧河はお勘定し、
「ごちそうさま」と言って、店を出ようとした。
だが・・・・・・
「あ~、そういえば、聞き忘れてたんですけど、このお店、
窓河さんが継ぐ前は、一体、なんてお名前だったんですか?」
「あ、あ~・・・そういや、それは、俺も覚えてねぇや(笑)。
ずっと昔の事だし、年のせいもある。悪いな」
「そうですか」
〝バタン〟
49.同僚に会った!!!
そして、霧河は店を出た。その後、街を歩きながら、
考え事をしていた。
(にしても、あの店の前の名前、何だったんだろう?気になるな。それと、まさか、コーンスープの時のあの言葉も、元々は、
あの人が別の人から言われた言葉だったとは。
あと、〝あの人が実は頑固で、しかも昔はぶっきらぼうだった〟
って事にも驚いた。今でも、喋り方こそ男らしいものの・・・
やっぱ、人って、変わるんだな。いや、というより、
人が人に変えられるんだ。
俺が、俺を育ててくれた親戚、それから、
実は意外と仲が良い事に自分でも気づかなかった同じ会社の社員、
プレゼントをあげて喜んでくれた子供達、それから、窓河さんも。皆、俺を変えてくれたんだ。大切な存在なんだ)
そうして歩いていると、偶然、会社の同僚達に会った。
そう、以前、霧河に居酒屋に誘った事がある男性社員達だった。
彼らは、全員で5人だった。
「ア、アレ?」
「ん、ん~?」
「霧河じゃねぇか~!!」
「お~!!君達こそ、どうしたの!?」
「いや、俺達、忘年会しようと思ってたんで、今日は、
皆で有休取ったんだ」
霧河は、あ然とし、固まった。
(良く5人も一斉に有休取れたな・・・・・・)と。
「なぁ霧河、今からゲーセンで遊ばねぇ?」
「ゲーセン?また?大人なのに。パチンコじゃなくて?」
「いや、童心に返りてぇ事だってあるだろ?」
「う、う~ん・・・まぁ、良いけど」
「よっしゃ~!!決まり~!!皆~!!霧河が一緒にゲーセンに行ってくれるってよ!!!」
すると一同が
「イェ~イ!!最高~!!!」と言った。
「そんなに喜ぶ事かな?(笑)僕一人が一緒に行く事になった
ぐらいで」
「何言ってんだよ!?お前だから嬉しいんじゃねぇか!!」
「そう?」
「ああ!!お前は俺達と一緒に遊んでくれる事、少ねぇだろ?特に、ゲーセンやパチンコみてぇなとこは1回も一緒に行った事ねぇし!!!」
「そうだけど・・・あの・・・」
「というワケで、行っきましょ~う!!!」
「しゃ~~~!!!」
「おい!皆、話、聞けよ!!ったく・・・強引だな~・・・」
だが、この時、霧河は、少し嬉しそうに笑い、
「まぁ、いっか!!!」と言った。
50.ゲームセンターにて
そして、
ゲームセンターで色んなゲームを遊ぶ。
霧河は、大好きな、「グロリアスライダー」の格闘ゲームばかり
プレイしていた。
〝ガチャガチャガチャガチャ〟
「お前、ホント、それ、好きだな~」
「いや、だって、そりゃ、僕の幼い頃からの憧れのヒーローなんだもん!!仕方ないじゃん!!」
そこで、同僚達は笑った。
「ブッ!!アッハッハッ!!」
「笑うな~!!何がおかしいっ!?」
すると・・・・・・
「いや~、悪りぃ悪りぃ。お前、ゲームが
そこまで上手いの意外過ぎてよ」と皆が言う。
確かに霧河はその時、そのゲームで一番強いはずの敵キャラを
ノーダメージで秒殺していた。
霧河は、少し顔を赤くしながら笑い、
「あ・・・ありがと・・・」と言った。
「しかしよ~、お前、そんなにゲームが上手いんなら、何でいつも俺達と一緒にゲーセン行かねぇんだよ」
「ちょっと皆、耳貸して」
「ん?」
「いや、ここで言うのも、アレなんだけど、僕、騒がしいところやハメを外してどこまでも暴れるような人が多いところ、
苦手なんだ」
「・・・・・・そうか」
51.飲み会
たっぷり遊んだ後、本日のメインイベントである呑み会を
するため、居酒屋へ向かった。
しかし、
向かう最中、悩んでいる中年の夫婦を見かけた。
「どうしたんだろ?」
その事に、同僚達は気づいていない。
「どうした?霧河」
「いや、何でもない・・・・・・」
そして、
居酒屋に着き、飲み会が始まった。
「カンパ~~~イ!!!」
しかし、
霧河は相変わらず、酒は飲まず、飲むのは
コーラやメロンソーダやオレンジジュースのような
ソフトドリンクばかりである。
「お前、やっぱ、そこは譲らねぇんだな~」
「ん?あ~、コレ?ごめん!!やっぱ、
どうしても、酒は、僕の口に合わないから飲めないんだよ」
やっぱり、本当の事は言いづらいし、もし、言うと、
同僚達に気を遣わせて、同時に、
かなり空気を重くしてしまうため、
「両親が相手の車の飲酒運転による交通事故で死んだ」という
トラウマがある事は言えない・・・・・・
「でも、霧河、今日は安心したよ」
「ん?何が?」
「いや、お前、俺達の遊びや飲み会の誘いは
断る事がめっちゃ多くて、
〝ひょっとしたら俺達、お前に嫌われてるんじゃないか?〟って
心配してたんだよ。前にお前抜きで呑み会に行った時も、
実は、俺達、そんな話、してたんだけど。だけど、
ゲーセンにしろ、パチンコにしろ、誘いに乗らない理由が
〝俺達が嫌われてるから〟じゃなくて良かったよ。ちゃんとした
理由があったんだな!!まぁ、さっき言ってたあの話を聞くと、
多分、居酒屋が苦手なのも、同じような理由だろうけど・・・」
「ん~・・・まぁ・・・そうだけど・・・」
「やっぱりな。でも、悪かったな。苦手なのに、何度も
付き合わせようとして・・・実際、今日はもう、
無理やり連れてきちまったし」
「あ~、いや~、僕の方こそ、いつも誘いを断ってばかりで
ごめんね!!それに、いつもは断ってるけど、今日は皆と遊んで
みて、凄く楽しかったし、今日の事は全部、良い思い出に
なったよ!!それに、ゲーセンも居酒屋も、確かに騒がしいけど、皆と一緒に楽しめば、意外と気にならなかったし!!!」
「そっか!!なら良かった!!!」
「うん!!!」
52.興奮、感動、刺激のある人生
「あ~、そういえば・・・」
「何?」
「話、変わるけど、この会社の〝Excitement Story〟って、
どういう意味か知ってるか?」
「え~っと、〝Excitement〟は〝興奮〟、あるいは、〝感動〟あるいは、〝刺激的な〟とか、たくさん意味があるから・・・
〝そういう物語〟って事かな?」
「そうだよ。俺達も、これから、俺達自身の人生の中で、
〝興奮〟〝感動〟〝刺激〟それら全てがある最高の物語
〝Excitement Story〟を
創っていこうぜ!!!」
「何だよそれ!(笑)てか、欲張り過ぎ!!
(笑)てか、クサ過ぎ!!そのセリフ!!(笑)」
「あ~、そういや、そうだな!!(笑)」
皆、一斉に笑い・・・・・・
「アッハッハッハッハッ!!!」
話しながら、霧河は思った。
(そうか~。友情って、こんな良いモンだったんだな・・・もし、今もまだ、父さんと母さんがいたら、コイツらに会わせてやりたいし、自慢してやりたい・・・でも、それは、どうやっても、
叶わない願いなんだよな・・・)
霧河は、寂しそうな顔をした。
「ん?どうした?霧河」
「ん~ん~!!何でもない!!!」
「そっか」
(ほ~ら!!また心配してくれた!!本当に良いヤツらだよ!!!コイツらは!!!)
「よし、じゃあ、いっぱい遊んだし、いっぱい食ったし、いっぱい飲んだし、いっぱい喋ったし、今日は、そろそろ帰りますか!!!」
「うん!!!今日はめっちゃ楽しかったな!!!」と一同、
声を揃える。
「じゃあ、解散!!!それでは、良いお年を!!!」
「良いお年を!!!」
53.また、あの夫婦が!!!
その後、家に帰る最中、霧河は、
また考え事をしていた。
「にしても、俺は、自分でも気づかないうちに、こんな良いモン
手に入れてたなんてな~」と、いつも、どこか影のある霧河が、
いつになく明るく笑っている。
「〝興奮〟〝感動〟〝刺激〟それら全てがある最高の物語か~
俺がクリスマスにいつもやってる事は、
俺からプレゼントをもらった子供達にとって、
そんな〝Excitement Story〟になってるのかな?もし、
本当にそうだったら凄く嬉しいんだけど。
そんな都合の良い事があるかな?(笑)」
帰ろうとする最中、また、さっき見た、悩んでいる中年の夫婦を
見た。
(ア、アレ?また?)
気になるので、二人の跡をつけて、二人が
帰って、その二人の自宅の庭で、座って缶コーヒーを飲みながら
話し合っているところを物陰から覗いて、聞いた。
すると、
二人の話を聞くと、どうやら二人は、
同じ会社で知り合い、結婚し、
同じ会社で働いていたそうだが、半年前に
リストラさせられたという。
それに、
二人とも、特別な才能もなく、色々と冴えないのだそうだ。
そして、二人は現在、
〝中卒〟という低学歴や不景気などのせいもあって再就職も
出来ず、今までに得た財産ももうすぐ尽きてしまうらしい。
「一体、どうすれば?」と泣きながら
言っている。だが、それを見て、霧河は、
「あ、そうだ!」と、閃いた。
54.人生を救うプレゼント
霧河にとって、休日という事になっている
元日に、クリスマスが終わって数日経った後だが、クリスマスに
着ているサンタクロースの服を着て、その家に、いつもの
〝ピッキング〟で侵入する事にした。
それから、時間が経ち・・・・・・
2011年1月1日(土)。年が明けたその日の深夜、霧河は、
その家にやって来た。
「う~ん・・・深夜とはいえ、元日だし、
相手は大の大人だ。起きてなきゃ良いけど」
〝ガチャ〟
入ってみると・・・・・・
「おっ!良かった!!大丈夫だな!!」
リビングには誰もおらず、至って静かだった。なので、そこで、
その夫婦が寝ている事が分かった。寝室へ向かい、枕元に、
あるプレゼントを置いた。そして、帰った。今回も、
ちゃんとヘマをせず、相手を起こさず、プレゼントを置き、
その家を出た。
「フ~ッ!!コレで、あの夫婦、幸せになれると良いな!!」と
言って去った。
翌朝、その夫婦の二人が枕元を見てみると、
とても大きな箱があった。
「ん?何だコレ?」
箱を開けてみると、その中には、
「読者の才能を発掘するための本」が3冊、
「社会心理学マニュアル」が4冊
「事業をする起業マニュアル」が5冊、
「接客の心理学マニュアル」が3冊、
計15冊の本、そして、「1000万円のお金が入っているケース」と、
「手のひらサイズほどの招き猫の置き物」と、
「手紙」が入っている。
手紙を読んでみると、
「〝拝啓、名前も知らないあなた〟、
おはようございます。そして、あけましておめでとうございます。私は、普段、イタリアに住んでいますが、何度も日本に
やって来た事があり、日本が大好きになり、日本の文化や日本語を勉強し、日本語を自由に話せるようになったサンタクロースです。イタリアのサンタクロースは、毎年、冬、
年末から1月6日まで活動しています。今、
これらのプレゼントを手に取り、この手紙を読んでいるあなたは、きっと、仕事やお金の事で、さぞ悩んでいるでしょう。ですが、
この1000万円と、色々なマニュアルと、招き猫があれば大丈夫。招き猫は神社にいる猫であり、キリスト教の猫ではありませんが、
私は、どの宗教も否定しないし、招き猫は、とても可愛いと
思っています。このとても可愛い招き猫をリビングかどこかに
置いて、色々なマニュアルを読んで、1000万円を利用して、
何か自分に合う仕事を始めて、
毎日、招き猫に生活を支えてもらいながら、癒されながら、
励まされながら、人生を頑張ってください。
これらは、私からのクリスマスプレゼントであり、お年玉です。
〝サンタクロースより〟」と、書いてある。
パソコンで書いてあるが。
すると、その夫婦の夫が
「何だこりゃ?めちゃくちゃ変な話だな。サンタクロースがもし、本当にいたとしても、普通、サンタクロースがこんな事、
するか・・・?しかも、この手紙、どう見ても、
パソコンで書いてあるだろ?けど、イタズラだとしたら、
こんなに色々置いてあるのはおかしいな~。お札も、
ちゃんと透かしがあるから、ニセ札じゃなさそうだし」と言った。
だが、隣にいた妻は、
「そうね~・・・でも、良いじゃない!!
良く分かんないし、怪しいお金とプレゼントだけど、もう、
私達には、全然余裕がないんだから!!!」と言う。
「う~ん・・・それもそうだな。藁にもすがる思いで、乗っかってみるか」
「うん!!ていうか、こんなの、藁どころじゃないぐらい頼もしいわよ!!!」
「そうかもな!!!」
「ねぇ、私達、つい昨日まで、明日からどう生きていけば良いかすら分かんなかったけど、元日の今日、こんなに良い事があったから、とっても良い1年になりそうね!!!」
「・・・そ・・・それは・・・どうか分からないけど・・・・・・」
そう、霧河は、実は、株や他の会社達に関する知識も豊富で、
株取引が上手く、普段は、全く使わないだけで、株取引で、
何千万円もの大金をしょっちゅう儲けている。
しかし、あまり、
自分が大金持ちだという事や、株取引が得意だという事を
たくさんの人達に知られてしまったら、大変な事になるので、
それは、全く他人に話さない。
しかし、そうやって、
株によって稼いだ、とても大きな財産を、あの夫婦に渡したのだ。霧河があの手紙に書いた、「差出人が元々は、イタリアにいて、
日本の文化や日本語を勉強した」というのは、もちろん嘘だが、
〝イタリアのサンタクロースが毎年、1月6日まで活動している〟というのは、実際に、イタリアで伝えられている説だ。
霧河は、少しでも、〝プレゼントはサンタクロースが渡している〟と、信じてもらうために、その説を利用したのだ。
もし、ネットで検索されても、
(これは本当にサンタさんがやってるんだ)と思ってもらうために。
55.父との思い出
翌朝、霧河は、起きた。
そして、朝から
「窓際族」へ向かった。店長に言われた通り、昔、両親から
もらった、大切なアコースティックギターを持って・・・・・・
外から見ても分かるが、今日は、色々と
オシャレな飾りつけをしてある。
〝カランコロン〟
「いらっしゃい。おっ!今日は、パーティだとは言ったけど、
まさか、朝から来てくれるなんて!!!」
「はい!!!今日のパーティ、楽しみ過ぎて、もう、
ワクワクしちゃって!!!あ、それと、
あけましておめでとうございます!!!」
「お、そうだった!!!あけましておめでとう!!!危うく
言い忘れるとこだったよ!!」
「そうですね!!今日から2011年ですね!!!」
「そうだな!!!」
「パ~ッ!!とやりましょう!!!あ、そういえば、まだ、ここで、モーニング注文した事ないんで、モーニングをください!!!」「はいよ!!!」
〝コト〟
「わ~!!美味しそう!!!いただきます!!!あ、美味しい!!!」
「ありがとうな!!!」
「最高に美味しいです!!!」
そう言って、霧河は突然、泣いた。
「え?おい!?どうした!?霧河さん!!」
「あ、いえ!!何でもありません!!!」
「そっか・・・・・・」
実は、店長・窓河さんが作った、そのトーストやゆで卵の味が、
霧河の母以上に料理が得意な霧河の父が、休日に良く作ってくれていた、トーストやゆで卵の味に、とても良く似ていたのである。
「でも、そんなに喜んでくれて嬉しいよ!!ここの店長、
やってて良かったよ!!!」
「いえ!!こちらこそ、こんな美味しい料理達を、このお値段で
食べさせてくださってありがとうございます!!!」
霧河は、ムシャムシャと食べた。
56.年明けパーティ当日
「しかし、俺は、〝会社で働く〟って事が
合わなかったからこの仕事を始めたけど、前に、
霧河さんの話を聞いた時、本当に幸せにやってるんだな~」と
思ったよ。
「そうですか?」
「ああ!!色々と、良い仕事仲間を持てたみたいで、
凄く羨ましかった!!!」
「そうですか!!!」
「あ、そうだ!!今度、その色んな友達をここへ連れきなよ!!」
「良いですね!!それ!!!でも、僕、このお店が
凄く気に入ったから、仕事仲間達には悪いけど、
ここを隠れ家にしたいんですよ。いつか、仕事仲間達が
自分でここを見つけるまでは」
「そうか・・・・・・まぁ、それも、良いんじゃねぇのかな?!」
「はい!!!」
そして、時間が経ち、13時00分、お客さんが集まり、
〝年明けパーティ〟が始まった。
霧河は、弾き語りで演奏を始める。まず、1曲目は、
「気取ろうぜ」だった。コレは、霧河が、
大切な両親が死に、孤独になってしまった霧河が
自分を慰めたり、応援したりするために作った曲だ。
「辛い 苦しい 悲しい そんな事もあるさ
逃げ出したくて・・・
この世界で自分って人間はたった一人だから・・・
いっそ気取ろうぜ
寂しいけど 今日は星空の下で
哀愁漂う一匹狼を演じよう♪?」という曲だ。
演奏した後、
周りにいたお客さん達は、拍手しながら
「カッコ良くて渋い!!!」と言ってくれた。
両親へのあの哀悼の曲「いつか僕の心は・・・」は、
少し切ない曲でもあるため、2曲目に歌った。
「あの日から ずっと絶望していた
心に穴が開いてしまった 大きな大きな穴
考えれば苦しい 忘れようとすれば寂しい
どうすれば良いの? でも思った
ねぇ いつかきっと 変わってみせるよ
強くなってみせるよ あなたは大切な僕の一部だから♪?」
だが、その曲を演奏した後も、周りのお客さん達が、
拍手しながら、皆、
「へ~!素敵な曲!!」と言ってくれた。
「ありがとうございます!!!」と霧河は答えた。
(父さん、母さん、このギターを使って、ちゃんと皆を喜ばせる
事が出来たよ!!!)
だが、その曲が、死んだ両親への感謝の気持ちを込めて作った曲だとは、あえて言わなかった。そして、たくさん演奏したり、色々食べたり、色々喋った後、
パーティが終わった。
「フ~ッ!!楽しかったな~!!!」と、
その後、15時頃に店を出た。
57.愛が好きな小説
その後は、ヒマだったので、映画館へ映画を観に行った。
作品は、映画館内のポスターを見て、どれを観るかを決めた。
すると、去年のクリスマスにマフラーをプレゼントした女の子が
勧めてくれた、「私の幻想はホントにあった」のアニメ映画版が
上映されていた。
「へ~!コレは、今になって、アニメ映画化されてるのか!!!
じゃあ、コレ、観るか!!!」
観てみると、それは、ファンタジー作品で、
「ヒロインの女の子が、ずっと魔法の存在を信じていたが、周りの人達にそれを否定され、ある日、突然、魔法が存在する異世界に
飛ばされて、不思議な魔法使いの王子様に出会い、恋に落ちる」
という内容だった。
(へ~!!絵も凄く綺麗だし、凄く面白いな~!!!じゃあ、
この後、本屋行って、原作小説買おうっと!!!しかし、
こんなカッコ良い王子様と俺が似てるなんて・・・)と
思いながら、やがて、映画が終わった。
その後、
その同じ建て物の中にある本屋に寄り、原作小説を買う。
「良し、また今度、読もうっと!!!」
58.感謝の手紙
それから、また時間を飛ばしまくるが、
2011年12月23日(金)。
この日、霧河は、会社から帰った後、
また、毎年お決まりのサンタクロースの服装をして、毎年、
使っている必要なモノを全て用意し、色んな人に
プレゼントを渡しに行く準備をしていた。
ちなみに、その日の翌日の事だが、今年のイヴは、
有休を取ってある。
「よし、行くか!!もう、いつもの調査と買い物は
済んでるし、明日はまだイヴだけど、俺からプレゼントもらって
喜ぶ子供達が多いから、出来るだけ、たくさんの人達に渡せるように、イヴも渡しに行こう。それと、今年の元日のあの夫婦に渡したみたいに、大人達にも。
あ、何だったら、これからは、12月の間、
頻繁にあっちこっちの家にプレゼントを持って行ったり、
ハロウィンとかにもやんのも良いな(笑)。でも、何か、
毎年のこの活動は、楽しくてやめらんない!!!」と言って、
またプレゼントをあっちこっちに配りに行った。去年のクリスマスに密かに会話をした子供達には、全てパソコンで書いたモノだが、手紙も添えてプレゼントを渡した。
「グロリアスライダー」の変身セットをあげた「夢路正義」には、
「去年は話してくれてありがとうな!!本当にありがとう!!
とても楽しかったよ!!
君が〝ヒーロー〟って言ってくれたおかげで、色んな子供達に
プレゼントをあげる事がますます楽しくなったよ!!!」と、
祖母からもらったボロボロになったマフラーを、
大事にしながらも、霧河からマフラーをもらって喜んでいた
「河合愛」には
「君の、モノを大切にするところや、おばあちゃんからの思いを
大切にするところには、とても感動したよ!!!読書家なところにもね!!!これからも、そういった、君の良いところ、自分で
大事にしてね!!!あと、君が言ってたあの小説、アニメ映画版も
観たし、原作も、読んだけど、凄く面白かったよ!!!
あの王子様、凄くカッコ良いね!!!似てるって言ってくれて
ありがとう!!!」など、と。
他の、去年、密かに話した子供達にはどんな手紙を渡したか、また、それぞれ、他の家庭の人達に
何をプレゼントしたかは、あえて言わないでおこう。
そして、
その日、予定した、全ての家にプレゼントを持って行った後、
霧河は自宅に帰った。「フ~ッ!!疲れる!!!でも、やっぱ、
やり甲斐があるな!!!」
59.正体がバレた!?
そして、朝・・・・・・
誰かが霧河の家にやって来て、ピンポンを鳴らした。
〝ピーンポーン〟
「は~い」
「警察です。〝霧河竜令〟さんですね?」
「はい。そうですが」
「署までご同行願います」
「え!?」
「昨日、あなたが怪しげな服装をして、
〝サムターン回し〟などの〝ピッキング〟で、色々な家に侵入しているところを、ある、とても目が良いという青年が見たそうです。証拠もあります。その青年は、懐中電灯を持っていて、
あなたの姿をしっかり写真や動画に撮ったそうです」
「え・・・・・・!?え~~~~~~!?」
〝ガチャ〟
60.敗訴!?逮捕!?大ピンチ!!!
霧河は、手錠をかけられ、事情聴取される事になった。
それからしばらくして、裁判になった。
霧河は、株取引でかなりの大金を
稼いでいるが、強い弁護士を雇ったりはしなかった。
なぜなら、
霧河は、たくさんの、子供などの人達にプレゼントを
渡しながらも、自分が犯罪行為をしている事を、自覚していたからである。
そして、今までに、クリスマスに霧河と関わった子供達、その子供達の親、そして、霧河の会社の社員達、「喫茶窓際族」の店長「窓河実爪」も出席し、開廷した・・・・・・
そこには、
「まさかあの霧河が・・・・・・」、あるいは、
「ったく、勝手に色んな人の家に入って、何考えてんだよ」、
あるいは、
「ピッキングに、住居不法侵入罪、あの大手のおもちゃ会社の係長がやるなんて、泥を塗るような真似しやがって」、
あるいは、
「大人として恥を知れよ」などと言っている者達がいた・・・・・・
そんな色々な言葉を聞いて、霧河は、
(そうだよな・・・返す言葉もない・・・)と思った。
霧河の「サンタクロースパイ」としての活動に反対する者は
とても多く、霧河の敗訴、有罪が決定しそうな空気になっていた。
(は~・・・そうか、やっぱりな。俺は、敗訴して、
逮捕されるんだ。会社の人達にも多大な迷惑をかけた。でも、
これが運命なんだ。悪い事したから、それが自分に返ってきただけなんだ・・・)
そこで、
裁判長が、判決の結果を言い渡そうとし、
息を大きく吸う。
61.大逆転!!!勝訴!!!
しかし、そこで・・・・・・
「ちょっと待ってください!!!」と、
ある成人女性が言い、その声が、裁判所内に
響き渡った。その言葉に、皆、とても驚いた。
しかし、
一番驚いたのは霧河だった。
「え・・・・・・!!!???」
異議を唱えたその成人女性は、去年のクリスマスに
霧河がマフラーを渡した「河合愛」の、以前まで
クリスマスやサンタクロースを馬鹿にしていた母親だった。
「あの、彼がどれだけ良い人で、どれだけ娘を喜ばせてくれたか、どれだけ娘を思ってくれたか知ってますか?彼は、クリスマスを
本気で愛し、クリスマスやサンタクロースを
馬鹿にして、毎年、娘にプレゼントを与えていなかった私に
代わって、娘に夢や希望を与えてくれたんです!!!そうやって、
彼からプレゼントをもらって、初めてクリスマスプレゼントを
もらった娘は、とても笑って喜んでたんです!!!それを
きっかけに私は、〝今まで娘にとてもヒドい事をしていたな〟と思って、自分を見つめ直して変わる事が出来たんです!!!
以前の私は、娘を充分に愛してあげていませんでした!!!
彼が、とても大切な事を教えてくれたんです!!!」と言った。
それを聞いて、霧河は、とても驚いていた。
すると、愛の母が言った言葉を聞いて、
彼からプレゼントをもらった子供達も、皆、
「そうだよ!!!このお兄さん、凄く良い事してくれたんだよ!!!お兄さん、とっても良い人なんだよ!!!」と言い、他の、
プレゼントをあげた子供の親や、あの、元日に大金などのモノを
あげた夫婦などの人達も、
「夢のない人生なんてつまらない!!!」と言い、
他のたくさんの大人達も、
「そうだそうだ!!!」と言い、
そして、裁判は、逆転大勝利し、霧河は、無罪を勝ち取り、
そこにいたたくさんの人達が、
クラッカーを盛大に「パ~ン!!!」と鳴らした。
霧河を有罪にしたかった大人達は、
「ちくしょ~~~!!!」と、とても悔しそうにしている。
62.そして、表彰!!!
そこで、霧河の「サンタクロースパイ」としての今までの活躍や
無罪判決は、大きなニュースになり、テレビの報道番組や新聞などでも、あっちこっちで大きく取り上げられた。
そして、
彼の功績は、とても誉めたたえられ、公式に認められ、
表彰される事となった。時間が流れ、数か月後の授賞式にて・・・・・・
「おめでとうございます。あなたは、サンタクロースとして、
子供達に様々なプレゼントのみならず、夢や希望を与えた事を、
ここに賞します」と言って、賞状が授与された。
霧河は、それを受け取り、同時に、
表彰式に出席していた、たくさんの人達が
拍手し、とても大きな歓声が上がる。
〝パチパチパチパチ〟
「ワ~ッ!!おめでと~~~う!!!」と。
霧河は、拍手してくれた人達がいる方向に
振り向き、とても嬉しそうに笑顔で手を振り、
「ありがと~~~う!!!」と言った。
63.まさかの展開
だが・・・・・・
〝ガバッ〟
そう、コレは、霧河が見ていた夢だった。
実は、霧河は、
クリスマス・イヴである本日、深夜に色々な家にプレゼントを
渡して帰って来て、時間が経ってから、夕方、去年の
クリスマスに霧河が会社で倒れた時、あの女性社員から言われた、「自分の身体や睡眠を大事にして」という言葉に従い、
イヴではないクリスマス当日の深夜に備えて、ずっと、
自宅の寝室で寝ていたのだ。
「何だ~。夢か~。ビックリした~!!!まぁ、
そりゃそうだよな。現実離れし過ぎてたし。でも、今の事、全部夢だったのは、悔しいし、ショックだけど、サンタクロースの存在が公になって、全ての人が〝いる〟って知っちゃったら、何か、
ロマンがないもんな~。だから、これで良いのかもしれないな」
64.たとえ、犯罪だとしても・・・
時計を見てみると、時間は、23時37分だった。
「おっ!いっけね!!もうクリスマスになっちまう!!!
急がないと!!!〝真っ赤なお鼻の~トナカイさ~んは~♪〟、
って俺、トナカイ飼ってねぇけど(笑)」と言い、
あの、黒いサンタクロースの服を着て、玄関まで移動しようと
思ったその時、子供達をはじめとするたくさんの人達が
呼んでいる声が自分を呼んでいるような気がした。
「〝お兄さん〟、〝兄ちゃん〟、〝お兄ちゃん〟」などと。
「おっ!皆、俺を呼んでるな!!」
そこで、霧河はこんな事を思った。
(俺のやってる事は、確かに犯罪だ。だからいつか、
もしかしたら、この事が、本当に現実でもバレて、
もしかしたら、捕まってしまうかもしれない。でも、皆、
凄く喜んでくれるし、これからも、たくさんの人達に、
プレゼントだけじゃなくて、夢や希望も与えたい。だって、
それが、俺の生きる意味だと思うから)と。
外に出ようとした時、玄関に飾ってある、
霧河の幼い頃に、両親と一緒に撮った家族写真が目に留まり、
霧河は、笑顔で、
「父さん、母さん、行ってくる」と言い、
そして、玄関のドアを開けた。
〝バタン〟
「霧河竜令」。本名、「網田謎留」。これからも、彼は毎年、
クリスマスに、子供をはじめとするたくさんの人達に、
プレゼントや夢や希望を与えていくだろう。
クリスマスの朝、
〝枕元を見ると欲しいモノが置いてある〟という現象は、
もしかしたら、この、不思議な男が起こしているのかもしれない。
サンタクロースパイ