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リンキ 作

  1. TEXT01-1 溜息殺し  <久槻月深 編>
  2. TEXT01-2 溜息殺し  <久槻月深 編>
  3. TEXT01-3 溜息殺し  <久槻月深 編>
  4. TEXT01-4 溜息殺し  <久槻月深 編>
  5. TEXT01-5 溜息殺し  <久槻月深 編>
  6. TEXT01-6 溜息殺し  <久槻月深 編>

この雨の中ろくに買い物もできやしない。
今日は家に居ることにする。
コンコンッとノックする音があったので玄関へ赴くとずぶ濡れの溜息殺しが漫然と立っていた。

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TEXT01-1 溜息殺し  <久槻月深 編>

00
天から鮮明で淡々と流れ堕ちるものがあった。
ゆっくりと、ゆったりと、やさしく。
それは世界を構築しているものを一気に流し消してしまうような。
だから人はそれを避ける。
自分が流されないように
自分が消されないように
自分が汚れないように
自分が濡れないように
傘を差す。
まさしくそれが、合図だったように雨女は傘も差さずに立ち上がった。

「ぽたり…ぽたり、ざー」


人は常識に囚われすぎている。
当たり前を当たり前だと思い込み気付かないものがある。
或いは常識に囚われすぎてその存在自体を忘れている。
それはとても危険な事であり正常なことでもある。
最も人生を楽しく生きるためには常識を当たり前だと思わない事だろう。
そんな愚考をしながらふと窓の外を見る。
しかしこの雨の中ろくに買い物もできやしない。
今日は家に居ることにする。
コンコンッとノックする音があったので玄関へ赴くとずぶ濡れの溜息殺しが漫然と立っていた。

「えっ…」

思わず絶句してしまった。まさか傘を差さない人がいるなんて。
流石に追い返すわけにはいかないので風呂を貸してやった。

「サンキュー、マッキー、風呂まで貸して貰ってすまないね」
「謝礼するか、謝罪するかどっちかにしてください。それに僕は消えないペンじゃありません」
「まぁ細かいことは気にしない」

溜息殺しの口癖。

「何の用です?ただ単にタオルと風呂借りに来たって事はないでしょう」
「おっ、察しがいいねミッキー」
「僕はそんな猫を畏れるような弱い者ではありません」
「まあ細かいこと気にするな」

2回目。

「で何の用なんです?」
「そう焦んな、急がば回れって云うだろ」

するといきなりタオルを枕にして寝転がった。
全くこの人はデリカシーとやらが一欠片もないのだろうか。
僕の目線に気付いたのか。

「ん?ここで寝ちゃ悪いか?」
「そこで寝ると後で背中にきますよ」
「何が?」
「全く、貴女って人は」
「まっそういう訳だから朝になったら起こして」
「本気で人の部屋で寝る気ですか」

呆れて怒る気力も無い。
冗談だよ、冗談と言いつつも眼すら開けない。

「今日は雨に濡れたからシャワーを浴びにに来たんじゃなくて眠たくなったから寝に来たんじゃないんだ、まあ前略して話すけどこれから人捜しをする」

会話は手紙ではありません。
それは幾ら何でも略しすぎだ。
最近の若者でもそこまで単刀直入に略すことはしない。

「何だ、その顔はパンに醤油を塗ったくったような顔だ」
「よく眼を閉じながら僕の表情が読めますね、それにパンに醤油はさすがにやったことがありません」
「私は読唇術ができるんだよ」

パンの方には敢えて突っ込まないにしても…。

「眼閉じているのに表情なんて読めないでしょう」
「私は心の眼で見ているのさ」

この人の精神年齢は幾つなのだろうか。
歳下としても心配になる。

「よくそんな中学生いますよ『俺、心の眼あるから道徳の成績だけはいいんだぜ』って旧友が云ってきましたし」
「いいねロッキー君はそんなお友達が居て。ちなみに私の道徳の成績は5評価中3だったよ」
「僕はあそこまで格好つける気はありませんよ。ちなみに僕の道徳の成績は…」
「そんな事はいいからさ。その人捜しのことなんだけど」

急な原点回帰だ。
さっきまでの阿呆トークは何処に。
自分の成績だけ云って僕の成績は云わせないなんて。
ただ自慢したかっただけか。

「で、お前に行って欲しい訳よ。報酬はやるから」

いきなり何を言い出すかと思えば、理由なんて飛び越えて結論ですか。
この人は何故、自分で請けた仕事を適当に言訳して相棒に移して、
自分だけ金儲けしようとするんだろうか不信感極まりない。
まぁこっちにも少なからず利益は貰えてるから良いのだけれど

「じゃ頼んだぞ」

起きあがるや否や行ってさっさと出ていった。
帰り際に「そいつは学生だから」と云い残しドアを閉めた。
ヒントそれだけですか!
それだけではどんなに人捜しのプロでも仕事を投げ出しますよ。
それを人捜しも、ろくに出来ない素人に頼まれてもせめて後4つくらいくれてもいいものを。
そんなこんなで僕は初仕事をやることになった。


01

「ぽたり…ぽたり、ざー」

止む気配もなく真っ直ぐに降り注ぐそれに呆れをなし、
カッパを着てフードを被り、濡れた髪に指を絡ませる。

「ざー、ざー、ざー」

自分に聞かせるためだけに放った歌は、当然、周囲のノイズに混合し共鳴まではいかない。
でも、自分では傑作だと頬を歪ませた。
自分にあらぬ衝動を感じつつ今出来ることは
ただただ、目の前に広がっている空即是色を黙視することだと私はそう判断した。

「ざーん、ざ、ざー」



一体この世界にどれだけ学生と呼べる人間が居るだろうか。
学生にも下は子供から上は大人まで。
そんな中から一人を見つけだすなんて神業が初発からできる人が居たらそいつは紛れもなく超能力者だろう。
『学生』だけでは流石に一生辿りつけないだろうから電話をしてみることにした。
ちょうど2コール。

「おうっ!カッターか」
「僕の身体にそんな切れ味の良いところはありません」
「何だ?私も忙しいんだ」

耳にパチンコホールのような雑音が飛び込んでくるのは幻聴だろうか。

「あの、人捜しの件なんですけど『学生』だけじゃ捜しようがないです。せめて何処の学校とか教えてください」
「どうしよっかなー。じゃあ、ポテチのうすしそ味を買ってくれたら教えてあげてもいいけど。ちなみに1個700円だから」

無駄に高い。
この人は、駄菓子が好きだがその駄菓子の好みの味が地方限定のものばかりだ。
うすしお味なんて隣街にしか売っていない。
めんどくさいな、もう。

「はぁ…分かりましたよ。まず学校名は何です?」
「天蒲(あまがま)市立第二中学校」
「天蒲ってここから遠いんですか?」
「さぁな。私も行ったことがないから分からん」

あなたが請け負った仕事じゃないんですか。

「じゃ、じゃあ学年とか性別とか分かります?」
「欲張りさんだな。ラッキーくんは」
「今以上にアンラッキーなことはありません」
「2年生で女だ」
「女の子ですか」
「何だ?私みたいに同性が苦手なのが皮肉か?」
「いえ。僕は健全なる男子ですから」
「私は…」
「もういいです。情報ありがとうございました」

この後は大体、予測がついているのでこちらから切った。
それにしても女子中学生か。
女子高生ならまだしも(別に変な意味など含んではいない)
それに天蒲と云えば、僕の住む場所よりかは随分と都会のはずだ。
行ったことは数回だからよく知らないがそこの中学となればそこまでレベルは低くはないだろう。
場所を調べるに適しているのは地図なので、携帯のアプリを使う事にした。
天蒲は、っと。
一通メールが来ている。

『ヒント・背中に痣があり』

主語も書かずにそれだけみたら何のヒントが分からない。
前々から思っていたが、あの人は不器用な優しさがあるのかもしれない。
『背中に痣があり』か。
ちょっと待てよ。
そもそもどうやって女子中学生の背中を見るんだ。
セクハラじゃないか。
僕は変態じゃない。
まず、その天蒲の場所を突き止めなければ何も始まらない。
アプリで調べた結果、どうやら此処からあまり遠くないらしい。
電車で15分。
妥当な線だ。
さてどんな女の子なのか。
電車と徒歩合わせて20分程度で天蒲駅に到着。
天蒲第二中学校は駅近だったので割と迷わずに行けた。
はずだったのに方向音痴な僕は迷路の行き止まりを次々ぶち当たったみたいな感じに襲われた。
アプリも当てにならない。
所詮はデジタル器機か。
ここからは自分の勘が頼りなのだ。

「あの、そこの変な人、変しゅちゅ者で訴えますよ」

いきなり変質者扱いされてしまった。
どうやら声質では女。
子供っぽさが残る声。
いや、子供か。
付け足すならば、難しい言葉は噛むようだ。
振り向くと身長150センチぐらいの制服を着た女の子。
短い髪なのにわざわざ左右に分けリボンで止めている。
小学生に見える。

「道を歩いているだけで、いきなり変しゅちゅ扱いは酷いな」
「その様子だと女子中学生の着替えを目論みに来たんですか。それとも女子中学生の水着の着替えを見学しにきたんですか」

この子はどうしてか引っかかる云い方をする。
それとも元々なのか。

「一応云っておくと女子中学生の着替えなんかに興味ない」
「またまた~、照れちゃって。そんな事はないでしょう。絶対に貴方は女子中学生の着替えを見学しにきた!」

ビシッ!と指差してきた。
そんなことで人のことを指差すな。
そしてそれは、中指だ。
どうリアクションをとればいいんだ。

「テンション上がってるところ悪いけどさ。天蒲第二中学校ってどこか知ってる?」
「しょうがない。おぶってあげましょう」

そう云いつつもおぶられくことはなく、会話もろくに合わないまま僕を天蒲市立第二中学校まで案内してくれた彼女は自分の名を、『言槻瑞歩』と表し、モンスターの特徴みたく自分の性格を話してくれた(僕が訊いたのは名前だけだ)

「案内ありがとう、言槻」
「あなたに苗字で呼ばれる筋合いはありません。と自分の娘の結婚相手がお父さんと云うこと前提にした 『お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない!』と言うとお思いですか」
「あー…えっとー瑞歩ちゃん?」

するとワザとらしく手で顔を隠す。

「そ、そんなに私に近づいては、いけません。毒が移ります」
「照れながら怖い事を云うな」
「貴方の名前訊いてなかったですね。まさか人には色々と訊いておいて自分だけ雲隠れなど非道な真似はしないですよね?」
「最初からそのつもりだけどそんなふうに云われたら、こっちの立場がないな」
「どうです?私の力説は」
「力説ってほど説得力は皆無だ。僕の名前は斎藤だ」
「それは苗字です。名前ではありません」

面倒くせー。
そう思うしかなかった。
いちいち屁理屈で返してくるのはこの年頃の常套句なのか。

「苗字は斎藤で名前は宵春だ」

勿論、偽名だ。

「何か普通な名前です」
「悪かったな、普通で」
「じゃ私はこの辺で」
「って、おい!ちょっと待て!」

僕は言槻を呼び止めた。

「何ですか。私はそんな言葉を利く人と話す気はありません」

口を利くじゃないのか。
なにか一つ外れたアホなんだな。

「あのさ、2年生で背中に傷がある子って知ってるか?」
「やっぱり貴方は女子中学生の着替えを見に来たみたいですね」
「おい!答えになってないぞ!」

僕の声が聞こえてないのか敢えて聞き流しているのか知らないがその声は言槻には届かなかった。
ここに居座るというも良いけれど教師や他の生徒にそれこそ変質者扱いされそうなので少し離れた所で見張る事にした。
幸いながら校門の近くにベンチがありその隣に自販機があったので飲みながら永らく待つことにする。
待つこと数時間、下校時間なのか校門から生徒がぞろぞろと出てきた。
この中から探せと云われてもどの子がそうなのか。
あっ!そうか!
一人一人訊けばいいのか!
ってそんなことをしたら自分が変態扱いされる。
それだけは勘弁したい。
では、どう例の女子中学生を捜せばいいのかと冴えない冷えた脳味噌で良案を練っていると目前、いや、頭上でもなく目線の先に何かの影が現れた。

「どこみてんの!」

いきなりにも程があるくらいに大声で怒鳴られた。
ふと上を見上げてみると一人の制服を着た女の子がそこにいた。
スカートを折り曲げることもなく、襟を立てることもなく、制服の乱れが一つもない。
いかにも生徒会って感じな格好。

「どこみてんのよ、と云われても考え事をしていた」

すると1m前に居たのにその倍以上の距離に離れた。

「考え事とはまた、いかがわしい」
「はぁ?なんでそうなる」
「いいえ!男性が考え事するときは8割がいかがわしい事です!」

何なんだろうこの子は。
言槻といいこの子といい、この学校の生徒はこんなのばっかりか。
常套句説が増してきた。

「さっきから何が云いたいわけ」
「貴方が不審者なのか判断しにきたんです」
「で、どっちに入る?」
「NCです!」

NC?
それはどういう業界用語なんだ。

「間違えましたNGです」

どっちにしろ捕まった。
さてどんな罰ゲームが待っているのか。
教育委員会とかか。

「なら、どうすればいい?刑務所にでも行けばいいのか?」
「あっさり自分の罪を認めるとは。なんと命乞いですか。とにかく!今は忠告ですが、次はこうはいきませんから」

やはりこの子は此処の生徒会の類の人間だったようだ。
普通なら教師か警備員のはずが何故生徒なのかは知らない。

「判りましたか!」
「ああ、こっちからも質問いいか?」

はぁー…っと。
その子は溜息を吐いた。

「命乞いを見逃したってのに、貴方って人はどれだけ恥知らずなんですか」
「この学校の2年生で背中に傷がある女の子っている?」

僕はこの子の忠告を無視し続けた。
これは云うべき台詞じゃなかったと云い終わった後で後悔した。
しまった、と。
少しの沈黙の後。

TEXT01-2 溜息殺し  <久槻月深 編>


「やはり貴方は今捕まえておくべきですね!私が甘かった」

いきなり上着の襟を掴んでズカズカと歩いていく。
苦しい!
尋常じゃないほどに苦しいって!
よりによって何でそこなんだよ。

「せめて腕とかにしろよ!」
「わたし、男の子ならまだしも男の人の身体には、あまりにも不純が多いので嫌なのです!」
「なっ、離せ!話せば分かるって!」
「今更そんな言い訳は云っても無駄です!」
「どこに連れて行く気だ!」
「職員室です!」

引っ張られてるので周りの生徒からも注目を浴びてしまう。
不幸中の幸いか、その中に一人知っている少女がいた。

「おいっ!言槻!言槻瑞歩!こいつに云ってやってくれ!」

すると言槻は僕に向かってウインクをした。

「センパイ!その人は私達の着替えを見学しに来たので離していただけませんか」

おい、少しは空気を読めよ。
周りの生徒が退いているじゃないか、主に女子生徒が。

「やはり貴方はそういう類の人なのですね!」

榊原と云う少女は言槻の云うことを信じ、相変わらず離そうとはしない。
このまま行くと本当に職員室に連れて行かれて…。
ってかもうすぐ校門じゃないか。

「榊原さん、お待ちなさい」

どうやらこの暴走少女を止めてくれるありがたいお方が居た。
すると榊原はいきなり急ブレーキをかけ、その人の1メートル先で止まった。
足元を見ると少し煙が巻き上がっていた。
時速何キロで走ればそうなる。

「先生…」
「榊原さん。貴方って人は見ず知らずの方を不審者扱いするのですか」

とりあえず僕は榊原に引っ張られていた上着を元に戻し態勢を整えた。

「ですが、この男はいかがわしい言動に及んでいまして」
「だからといって直ぐに連行してはいけません。しかもこんな強引に。だから私は貴方を風紀委員長にするのは躊躇ったのです。ちゃんと就任するときに云いませんでしたっけ?周りの仲間と相談した上で、口より先に手がでないことと」
「…すみません」
「では持ち場に戻りなさい。この方はわたしが相手をします」

今のうちにと思い、こっそり校門を出ようとするとまたもや後ろを掴まれた。
衝撃で転びそうになるが何とか両脚の踏ん張りが効いた。

「何処にいかれるのです?まだ話は終わっていませんよ。まず動機から聞こうじゃない」

生徒相手とは異なった声質。
いや、こっちの方が普段使いなのだろう。
たまたま通り過ぎただけとその場を濁し、今度こそはと一歩前へ踏み出したがやはり右足は出なかった。

「まだ事情は聴取できてない。まずは名前から訊こう」
「斎藤宵春だ」
「ふーん、聞かない名ね…。で動機は?」
「さっき云ったじゃないですか」
「さっきのは嘘なんでしょう?本当の所は?やっぱり言槻の云う通りに女子生徒の着替えを見物に来た?」
「だったら堂々と正面から入る訳ないですよ」
「そうだな、じゃあ女子生徒のブルマ姿を見にきた訳か」
「いやいや、今時そんな学校は無いとは思いませんか?」
「ある所はあるんじゃないのか?例えば廃校目前の小学校とか」
「ここは、廃校目前とは思えませんが。廃校目前だったとしても今の時季からして寒いと思いませんか。僕は中学の時、秋に半袖半ズボンの格好だったので自由な服装だった教室陣が羨ましい限りでしたよ」
「君は一体どんな中学校生活を歩んできたんだ」
「普通の中学生でしたよ」
「普通の中学生は教師に嫉妬をしないと思うんだが」
「それは偏見ですよ」
「偏見は個人的分析の結果だからわたしは当てにしてないんだよ」
「じゃあそろそろ」

もう一度トライしてみるがやはり左足が進まない。
さてこのまま大人しく捕まるべきなのか。

「立ち話もなんだからちょっと座って話さないか?」
「こんな地面に座ったらケツが汚れますよ」

一つ提案してみた。
すると、さも呆れたように両手を胸の内に広げて。

「あなたの精神年齢は測る程でも無かったですね、さぁ着いてきてください」

この隙に逃げる事も可能には可能だけれど相手がとても窮屈な目線で僕を睨みつけているので従わないわけにはいかなかった。

「先生、その人を離してください」

何処かしら透き通った声がしたかと思うと、
どうやらそれは幻聴だったらしく僕は歩みを止めたりは断じてしない。

「お願いです、先生。その方は私を探しに来てくれたんです」

前方を歩いていた先生が歩みを止めたせいで僕がぶつかってしまいそうになったがなんとか身を取り衝突を防いだ。
そこにはセミロングストレートの黒髪があった。

「あら久槻さん、部活は終わったのですか?」

また声が戻る。
教師というのは声を操るのも仕事なのか。

「ええ、途中で抜け出しました」
「それはいけませんね。ちゃんと部活動には参加しないと」
「ええ、ですから早退という形で。他のメンバーにはそう伝えておきました」

云うが早いか僕と先生の間に入りトウセンボと云わんばかりに身体を漢字の『大』とそんな形にしている。

「貴女、何がしたいのかしら」
「この方は私を探しにたのです」
「何を云っているの?この方はね、我が校の名誉を汚しに来たんですよ」

なんだか徐々に経緯がラックアップしてきている気がする。
最初はまだ体操服だったのに。

「そんな事ありません!そうですよね?」

クルッとこちらを向いて真顔で僕に問いかけてきた。
そこで言槻や先生の言ったことを肯定してしまえば、事態がえらいことになるので頷いた。
するとその子は再び先生の方を向き「ですから今日は早退させて頂きます」
そう最後にエクスクラメーションマークが二つぐらい添加しても悪くないくらいに驚異に怒鳴り付けた。
僕には着いてきてくださいと云ってさっさと歩いて行ってしまった。
残された先生と僕は衝撃の余り立ち尽くしている。

「早く行ってあげなさい」

声がもとに戻る。
先に原型に戻ったのは先生の方でボォーと突っ立っていた僕に声を掛けてくれた。
僕は云う通りに肯定の意志表示もせずに彼女の方へと歩みを進めた。

「ただし、うちの生徒に淫らな真似はしないこと」

そう、忠告はされた。
今度はしっかりと左足が地面を踏むことができた。



02
「ざーん、ざ、ざー」

さっきから何だか物足りなさを感じている。
そんな自分に気付き、今までその答えを模索していた。
答えは、本当は最初から判っていた。
ただそれが、想い描く理想の姿に程遠いだけ。
何も云わなかった。
誰かに云って欲しかった。
『忘れたくても忘れられない』
それは降り続くものでは決して消えはしない。
そう、雨女は自論で判決を下した。

「じゃー、じゃー、しゃー」



彼女の歩みは結構早く僕も着いていくのがやっとだった。
競歩部でも入っているのだろうか。
そもそもそんな部活があるのだろうか。
都内大学でも少ない気がする。

「着きました」

彼女が歩みを止めたお陰でどこかに着いた事は分かった。
ただ常に下方向を向いて歩いている僕はその場所が何処なのか解らないわけで。
要するに彼女の背中にぶつかりそうになった。
顔を上げてみるとそこには赤い扉があった。

「此処は?」

彼女に質問してみたが僕の意見など耳に入っていないのかその扉に鍵を突っ込み開けた。
見ず知らずの人間を勝手に家に入れることに、逆に抵抗感を覚えたが今は気にしないでおこう。
中は殺風景という程芳しくもなく派手でも無い。
目の前にまるで毎日、雑巾掛けでもしてるかのようなキラキラ輝く廊下があった。
いや、きっと毎日しているのだろう。
雑巾掛けではないだろうが。
その上をスリッパを履いて彼女が歩いていく。
何も云ってくれないので僕もスリッパを適当に履き彼女の後を追った。
入ってみるとそこは、思春期真っ只中の女の子の部屋だどは思えなかった。
好きなタレントのポスターも、
ベットの下に散らばっている雑誌も、
漫画と教科書の比較すらままならない勉強机すら無かった。
あるのは病院によくある簡易ヘッドと、
昔よく見かけた階段状の箪笥(たんす)、
破れてもいない障子、
埃すら見当たらないアナログ時計と蛍光灯が壁に掛かっていただけだった。
まさに殺風景とはこのことを云うんだろう。
彼女が僕の方を向いて、というか対立してずっと僕を睨みつけている。
何か悪い事したかな。
ふぅー。
溜息が聞こえ彼女が呪縛みたいな目線を僕から空へと切り替えた。

「貴方は本当に私を探しに来たのですか?」

僕が黙っていると。

「返答が無いと云うことは肯定の意で良いのですね」

すると彼女はその簡易ベッドに寝転び右手でこっちへ来いと合図している。

「貴方は女子中学生と寝たいとは思わないのですか。では、脱ぎましょうか」
「自分を卑下しない女子中学生にそんな行為をされる覚えはないね」

そんな制止を無視してブレザーを脱いで畳んでいる彼女に云った。

「もっと紳士的な声かと思いきや、意外と子供っぽいですね」

カッターシャツを脱ぎだした。
おいおい、そろそろマジで止めないと。
この子はディリカシーなんて無いのだろうか。
いや、そう考えるとディリカシーが無いのは僕の方か。

「おっといずこへ?」

君はいつの人だ。

「乙女が着替えをするのに紳士が居てはならないだろう?」
「乙女の着替えを観るのも紳士の役割ではないでしょうか」

それはどんな理論から成り立っているのか。
目の前の子は脱いだカッターシャツを丁寧に畳み、ブレザーの下に置いた。
今の彼女の姿は16禁程度なのかな。

「もしかして、いえ、もしかしなくても乙女の着替えを観るのが初めてなんて云わないでしょうね。これを取ったらそこが突起するのでしょうか。貴方に1割程度のロリコン魂が有ることを願います」

本当にそれを脱ぎだした。
女の子かどうかが怪しくなってきた。
女装をした男の子だったらと考えると…。
これ以上、此処には居たくない。
でも何で上だけ脱いで下は脱がないのだろうか。
実際、上半身より下半身の方が観られたくないのかもしれない。

「一つ質問していいかな。乙女ちゃん」
「何です?紳士さん」
「初対面の人に着いて行ってはいけませんって小学校の時か去年、云われなかった?」
「残念ですね。云われたのは今年です。それに着いて行ったりしてません。連れてきたんです」
「もし僕が君を殺めるかもしれないんだよ?」
「その前に犯されるかもしれませんね」
「そこまで推測が付いてるのなら」
「推測じゃなく、憶測です」

一々、ツッコム所がずれてるな、この子は。

「その調子だとヤッても良いわけ?」
「そもそも貴方はそんな不埒な行為はしないでしょう」

お見通しか。
安堵したりする自分が居たりする。
果たしてどこに行ってしまったのだろうか僕の欲求とやらは。
僕が期待通りの反応がしなかったためなのか話飽きてしまったのか。
彼女は小さな箪笥から 『BOY&GIRL』とロゴがプリントされた派手なTシャツを出して着た。
そして、その箪笥にさっき脱いだ制服を入れる。
何とも器用な手先だった。
彼女の服装は下スカート、上Tシャツになった。
あまりにもそのギャップについ突っ込んでしまいそうになったが彼女の声で思考を放棄とする事が出来た。

「何処へ行きましょうか」

それはデートの誘いでは無いことは確実だった。

「意見が無いのであれば、私が先導しますが如何です?どうしました?私の半裸を見ていかがわしいご想像に浸ってます?でしたら、ごめんなさい。途中で水を差す様な事をして。では私は無言で居ますのでどうぞご自由に」

反論を与える暇もなく話を勝手に進める。
こちらも何も云わなかったので悪いと云えば悪いが素直に彼女の馬になっても面白いかもしれない。
眼を細くし、まさしくそう魅せようとしている。
前言撤回。
僕はそんなに妄狂者では無い。

「君に付いて考えた訳ではなくて。僕は…」
「あら、私の名前を二人称代名詞で呼ぶとは。そうですね、私たち出逢ってから数十分経っているのにお互い自己紹介するのを忘れていました。私としたことが何という失敬」

ツッコミたい所が少々あるがそれが彼女が僕に対する会話方法なのだろう。

「私、自分の名前を自分で呼ぶ女ではないですから全然気が付きませんでした」

丁寧に手ぶりまで付けているのに顔は無表情だ。
もしこんなキャラが二次元に居たらある種のマニアを刺激するのだろうか。
まぁ僕はそんなのには一切合切興味皆無なのだが。

TEXT01-3 溜息殺し  <久槻月深 編>

「ですから、自己紹介をしましょう。最近の小説ではキャラクター達が自己紹介する時、結構なページ数に成りかねています。私は逆に規定ページを埋めようと目論んでいる作家さん達がイヤらしいです。ですから明確単純にしましょう。それともこの波に乗った方がよろしいですか?」
「気が乗らないなら別に乗らなくても良いんじゃない?」
「では自己紹介を忘れていた罪滅ぼしとして初めは私から―――」

罪滅ぼしとするなら普通は後なのだが、始めを選ぶと云う事は彼女はいつもは最後なのだろうか。
そう推測していくと彼女の性格が分かりそうな気がする。
少なくとも、積極的や消極的のどちらかだと問われるのならば前者になるかもしれず。
今まで消極的な部分があったとは思えない。
もしかして普段は消極的である一定の場所で、一定の人数なら積極的になるのかもしれない。
最近はそんな子が多いとやる気の無い溜息殺しから聞いた覚えがある。
えーと何だっけ?
場面沈黙症?
画面感黙症?
アスペルガー症候群?
うん、おそらく最後のは違うだろう。
たぶん前者の二種類のどちらか。
どちらとも間違いかもしれない。
そういえば今、あの人は何をやっているのだろうか。
確証として突けるなら『仕事』はしてないと思う。
あの人はそんなに『仕事』に対して積極的な方では無い。
むしろ興味薄だそうだ。

「―――ですわ。ですから私を呼称する時はキツと呼んでくだされば結構です。 私、[[rb:本名 > フルネーム]]で呼ばれるのが嫌なので」

キツ?
何だその不可思議の森に居そうな妖精か精霊みたいな名は。
ふと疑問に思った事を質問してみる。

「漢字は?」
「はい?」
「君が外国人じゃない限り、大抵の日本人の名前には漢字が使われている筈なんだけど」
「私が外国人に見えます?」

さっきと変わらないセミロングの黒髪を揺らして魅せてくる。
たぶん本物の外国人はそんなことはしない。
映画の影響を受けすぎだ。

「少なくとも君は外人じゃ無いと思う。言葉がナマって無いし」
「日本語が上手い外国人だって居ますよ?」

このまま外国人の概念について討論しても良いけれどそれだと時間を忘れてしまいそうなので降参する。

「で、君の事はキツと呼べばいいのかな?」
「ええ、では貴方の事は何と呼称すればいいですか?」

考える事にする。
さてどう云えばいいか。
僕としてもあまり本名は人に教えたくない。

「もしかして自分の名前からどう[[rb:渾名 > あだな]]を抽出すれば良いか考えてます?でしたら私が良い渾名を考えてあげましょう。こうみえても良いセンスだと言われるんですよ。んー、そうですね」

ベッドに寝ころびながら腕を組んでいる少女が一人居た。
別にそこには何の風情も感じない。

「マッキーしか思いつきませんでした」

何だ、そんな浮遊感たっぷりな徒名は。
どこにセンスの欠片がある。

「あっ!」

何か思い付いたらしく勢い良く飛び上がった。
勿論、電気の紐にぶつかるみたいなドジッ子はやらなかった。

「ピチピチラムネってどうですかっ!結構可愛くありません?」

可愛いも何も長い。
ラジオでありそうな名だ。
『えーラジオネーム、ピチピチラムネさんからのお便りです』
本当にありそうだから止めて欲しい。

「長ったらしいじゃないか」
「んじゃ、ピチラム」

略した。
流石は10代。
物事をなんでもかんでもすぐに略す事のできる年代だ。

「うーんピチラムじゃ4文字だから、ピラム」
「それ思いっきりピラフじゃないか」

たまには期待通りの反応もしないとマズいのでとりあえず突っ込んでみた。

「そう、ピラフ!何だかピラフとかマンボウとか話していたらお腹が空きました」

マンボウの話なんぞしてない。
マンボウ。
果たして食べれるのか。
そういえば一体、何十分、彼女と話していただろうか。
本来の目的すら見失うところだった。

「そうだね、どこか喫茶店でも行く?」

今度はこちらから誘ってみた。

「ええ、こんなところに居たらお喋りしか出来ませんし」
「もしかしてその格好で行くの?」
「ええ、何か問題でも?」

彼女は、さも当たり前のように云う。
まぁいいか。
ブラジャーが見えてないだけマシだ。

「いや、無いよ。で何処か良い所ある?僕はあまり此処に来た事が無いから案内してくれると嬉しいんだけど」
「ええ、分かりました。どんと私めにお任せください」

胸まで張っている。
見た目からしてそんなに大きくはないのだが面積はありそうだ。

「そうなれば早速行きましょうか。あっ、でも…」

一旦戻りパーカーを着て戻ってきた。
この子は言動とは裏腹に可愛らしいのかもしれない。

外は肌寒い訳でもなく暖かい訳でもなかった。
その中間。
黄昏時にはまだ早いのか、お天道様は山の上では無かった。
空模様は単純明快に云えば晴れで追加要素を加えるなら雲が所々あるというところ。

「そういえば親御さんは大丈夫なの?」
「ええ、あの方達は放任主義なのです」

その歳で放任主義って難しい言葉よく知ってるな。
一体この子の親は、娘を見ず知らずの男に取られてると知ったらどうなるだろうか。
怖いイメージしかない。

「そうですね。この辺にはポツポツと喫茶店みたいな店はありますね、最近はどこのお店も賑わってますから」

やはり僕が住んでいる田舎の町より都会の街だ。
商店街があり、そこを抜けるとお洒落な喫茶店、ゲームセンター、上の方には大掛かりな飾り付けをした観覧車があったりする。
凄いな、あれ。
絶対乗りたくはない。
何だか貧富の差を感じ、ますます下を向いて涙を零しそうだ。

「此処で良いですか?ピンキーさん」
「あんな可愛らしい猿じゃないけどね」

顔を上げると思わず、退いてしまうところだった。
いや、7割6分の割合で退いてしまった。
そこには文字自体は書かれてないけれどそんなイラストが書かれていた。
しかし、此処で引き下がるわけにもいかない。
よし、行ってやろうじゃないか!
男として一度は行ってみたい店ベスト10中3位ぐらいに入ってそうなそんな―――。

「ヒッキーさん?こちらですよ」

だが彼女は直進していく。
どうやら僕の勘違いらしく、先ほどの店は地下にあるそうだ。
地下にある店なんて一人では絶対に入店したくない。
にしてもヒッキーって…。
僕はそんなにインドア派だっけな…。
たしかに自ら出歩くことはそうそうないけどれど。
なんて言訳だ。
そう、決定付け自動ドアを潜った。
そこは見るからに普通の喫茶店でまばらにも客がいた。
それだけ安心する。
僕は彼女の先導で国道が見える席へと移動した。
店員が水とおしぼりを持ってきて彼女と僕の前に置いた。
新鮮味のない営業スマイルをして去っていった。
メニューは既に彼女の手にあった。

「私はアイスコーヒーとエフォニアで。クッキーさんは決まりましたか?」

おしぼりで手を拭いながら云う。
エフォニア?
なんだそれは。
国の名前か?

「どうやらそんなサクサクしてるのは、この店には置いてなさそうだね。じゃあカフェラテを」
「分かりました」

ベルを押し、「少々お待ちください」のはずが「 しょしお待ちください」と聞こえんばかりの声が聞こえた数秒後、店員が来た。
彼女が注文を通していた。
僕はその間、道路を行き交う自動車の群とヌーの大陸移動を競ったらどっちが早いのか、
この場合、ヌーが車を押し潰す方が可能性としては高いか、
車が人を轢き殺す勢いの120キロ以上の猛スピードで、ヌー1体を越えられるのか。
そもそも、ヌーという生き物を見たことがなかった。
あぁ、取るにたらない。
そんな瞑想を耽っていた。

「言槻さん、今日はアルバイトの日でしたか」
「そうなんですよー」
「ですから、私と一緒に部活を早退したんですね」
「早退?あっ、しましたね。あ、すいません。そろそろ行かなきゃですぅ」
「ええ。それとお水を」
「はいっ、わっかりましたー」

店員が去って彼女は口を開いた。

「そろそろ良いんじゃありません?何で彼女の前だとふてくれているんです?」

今度は外の歩く人間を棒人間と同化させながら。

「いや、まぁ生理的にね」

生理的に、か…
目の前に居る子が口走ってそうな言葉だ。

「彼女はそんなに悪い子ではありませんよ。たまに云い間違えるだけで」

あれは素だったのか。
単にこちらを穴に貶める手段だったのかと。
そこまで頭が切れるならあんなデタラメこと云わないか。
天然キャラかな。

「ちゃんと部活にも参加してますし。あの子、縦笛だって吹けるんですよ」

縦笛ってのはリコーダーか?
授業で習うやつだよな、それ。

「それに私も彼女に元気を貰ってるんです」

さぁて、電信柱に止まっている鴉を白鳩に変えたらどれだけ地球環境が救われるだろうか。

「貴方って人は、聞かない話は聞かないんですね。それとも複数の事を同時に出来るデュアルタスク型ですか?」
「僕にそんな超能力はないよ」
「デュアルタスクは超能力と云うほど超越してませんよ。私、超能力と云うのは瞬間記憶能力とか絶対音感みたいことだと思ってますけど」

瞬間記憶能力ね。
そう云えばあの人はできたのだっけな。
でもすぐにそれも忘れてしまうとか…。
じゃあ違うのか。

「絶対音感は才能の分野に入るんじゃないか?」
「確かにそう分類する事も出来ますね」

また、無意味な会話をしていると注文が来た。
言槻とは別の店員は、カフェラテを彼女の前に置きアイスコーヒーを僕の前に置いた。
そして、パフェみたいな物を彼女の前に置き去っていった。
これが噂さのエフォニアか。
バナナとかイチゴとか色々なものが混ざってるな。
パフェにしては入っている量が少ないしデザートにしては多い気がする。
僕は彼女の前にあるカフェラテとアイスコーヒーを取っ替えた。

「あら、気が利くんですね」
「それは、どう致しまして」

彼女はパフェの生クリームをすくい口に含んだ。
もふもふと幸せそうに咀嚼している。
カラフルな星が周りに見えそうだ。
二口目で、スプーンで器用にイチゴと生クリームをすくってスッっと僕の方に差し出した。

「食べてみます?」
「いや、遠慮するよ」
「あら、意外ですね。さっきのお返しに私と間接キッスが出来る特別券を」
「思春期真っ只中の乙女がキスとか云うんじゃないよ」
「何故です?今時の若者は路上でもしてますよ。それに援助交際や親近相姦。結構な事じゃないですか。そんなのに比べればキッスなんて、またまだお子ちゃまですよ。ましてや間接ですから」

後半から何だか勢いが良くなった。

「今は食事中だからそんな事はさ」

正論ぶってみたが自分がそんな低レベルな人間だと云っている程に動揺を隠せない。

「そうですね、食事中にこんな話を広げる程に私も欲求不満でも変態でもないですから。では、あの鴉が鳩になったらどれだけ地球環境が救われるかを話しましょうか」

あっさり答えられてしまったので、こちらとしては意外だった。
実は欲求不満だったのかもしれないと微かに思った。
それからは他愛も無い世間話(電柱に止まっている鴉が…以下略や全ての人間が人生ゲームの棒人間になったら どれだけ無駄な動きが減るとか言槻瑞歩の言い間違い聞き間違い特集とか)で時間を潰した。
飲み物だけでここまで時間を潰せたのは初めてかもしれない。
いや、厳密に云うと2度目か。
一回目はあの人によって強制的に連れてかれたんだっけ。
いや、思い出す事もしたくないや。
ついでに彼女のおかわりは5回程度だったと思う。
全てに言槻が来たかは知らないがたまに寄ってきたと思う。
その度、何か話していた。
まぁ特に関係ない話だろうとカフェラテを啜ってやり過ごした。

TEXT01-4 溜息殺し  <久槻月深 編>

「外もだいぶ暗くなってきましたね」

ふと見ると、電柱に居る鴉が本当に居るのかどうかも分かりずらい。
眼の光か嘴(くちばし)の色か何かは知らないがうっすらと淡く光り輝いて見える。

「これからどうします?私はまだ此処に居ても良いですけど」
「でもそろそろ、帰った方が良いんじゃない?明日も学校だろうし宿題とかもあるんじゃ」
「宿題は学校でやっています。なんて言訳が利いたら良いですけどね」

なるほどね。
やはり成績は上の方なのか。

「でも、この時間帯に一人、女の子をこれ以上歩かせる訳には」

グラスの縁(ふち)を指でなぞりながら彼女は云う。

「私は今独りではありませんから。ところでウソッキーさんは今日、泊まる所とかあるんですか?」
「それが無いんだよね。それから僕はそんなにクネクネしてる謎生物ではないよ」
「そうですね…。でしたら、オールナイトと行きましょう」
「オールナイト?」

縁を撫でた指を口に滑らせくわえる。
誘ってるようにしか見えない。
牢には入りたくないな。

「ええ、一晩、女子中学生と一緒ですよ。そうそう無い機会じゃないですか」
「でも親御さんは…」
「ですからあの方達は私の事なんて眼にもしてませんから」

僕の意見を途中で遮った彼女は一口、アイスコーヒーを含んだ。
訊いた方が良いのだろか。
最近の子供は色々複雑な事情を抱えているとあの人から聞いた事がある。
そこに首を突っ込むと何とか。
肝心な所を覚えていない。
取り敢えず今は触れないでおこう

「でも、そんなお金、持ってきてないよ」
「はぁ…貴方はお金が無いと何もできない軟弱な人間だったんですか?私はそんな常識人を相手にしていたとは…」
「まぁお金は無くたってオールナイトは出来るけどさ」

はぁー、と彼女はまた溜息混じりにまた一口含んだ。

「でしたら私はお暇させていただきます。これ以上ここにいても意味ありませんから」

立ち上がったと思ったら老人か幼稚園児くらいの子が持ってそうな、
がま口財布を取り出す。
丁寧に折り曲げられた千円札をテーブルの上に置いた。

「お釣りは、帰りの電車賃にでも使ってください。カラオケよりかは使い道が良いはずですから」

背を向けたところで彼女のスカートの裾を引っ張った。
もう少し強かったら脱げていただろう。

「貴方は私の着替えを見れただけで幸せでしたね」
「分かったよ、分かったから」
「何が分かったんですか?自分が人の話をどれだけ聞かないかですか」
「それとも自分がどれだけド変態なのかがですか!」

さらにエクスクラメーションマークまで付けさせてしまった。
もうここには来れないじゃないか。
何してくれてんだか、この小娘は。

「キツちゃんの云う通り。君は今、独りじゃない。少なくとも僕は君を探しに来た。
それだけは忘れないでくれるかい?じゃあ、カラオケにでも行こうか」

僕はスカートから手を離し、折り畳まれた千円札を持って彼女の手を取った。

「あ、やっと名前、呼んでくれた」

勿論、会計は千円札で足りた。

TEXT-01①溜息殺し > http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=312157


03
「じゃー、じゃー、しゃー」

少しずつ水足が減る中、
ふと顔に何か付着している感じがした。
頬に触れてみると流れていた雫が潰れた。
それは今、降り注いでいるものなのか、
それとも自分の体内で生成されたものなのか。
外の音は徐々に無くなっていくのに触れている部分だけがまだ降り続いている。
その足跡を辿ってみると眼の先に手が触れたのを感じた。
どうして眼から外と同じものが流れているの?
どうして外は止み始めているのにこっちはまだ降っているの?
どうしてこんなにも懐かしく感じるの?
どうして何の目的も持っていないのにこんなことができるの?
これ、なんだっけ。
そう、雨女は自分でも世界でもない誰かに云った。

「ばちゃぱちゃ」



静かすぎる。
カラオケボックスにはこれほどの静けさは似つかわない。
終了時刻までは、まだ5時間以上もある。

「はぁー…」

そりゃ溜息も出る。
喫茶店から出た僕らは、彼女の思惑通りカラオケに行き、オールナイトを選んでしまった。
店員も適当だったせいか彼女が未成年に見られなかった事が意外だった。
それからはもう修学旅行の夜よろしく彼女はハイテンションになり、そして冷めるのも早かった。
しかし、こんな展開になるなんて想像も出来なかった妄想ですらも。
空想だったらできたのかもしれない。

「ふぅー」

また溜息を吐いてしまう。
いくらなんでも女子中学生の寝顔の前で。
異性の前で。
ふと、あの人を相馬してしまう。
全然似ても似つかないのに。
類似している部分なんてないのに。
僕はあの人に恋をしているのだろうか。
恋か。
僕には縁も所縁も皆無な言葉だ。
小学生の時、好きな女の子と隣りになってそれから幼なじみになった様な体験も無いし、
中学生の時、廊下の角でぶつかった拍子で相手を押し倒してキス寸前になった事も無いし、
高校の時にふと転校生が来て自分の横に座った覚えも無い。
人が人を好きでいられる理由。
人が人を嫌う理由。
そもそも、それ自体に理由など無いのかもしれず、人間の本能なのかもしれず。
そんなものただ思慮したところで今の僕には何の興味も無い。
こうして彼女の寝姿を見るのに徹しているだけなのだから。

「ん、にゅ~、にゃい」

彼女が猫みたく寝返った。
その反動で髪が口に入る。
顔が僕の正面になる。
キスしてくださいと云ってるようにしか見えなくなってきた。
もしやってしまったのなら、
「貴方はやはり女子中学生と接触するために来たのですね」
そう、云われそうで怖い。
なんて自分で青臭い事を考えてしまった。
思わず、顔が歪んでしまったではないか。

「ふん?、ん?、ふゅう?」

どうやら彼女の眼を醒ませてしまった。

「あれ?私寝てた?」
「うん、ぐっすりとね」
「わ、私寝言とか云ってたかな」

口調が変わってる、まだ寝ぼけているのだろう。

「まぁ云ってた様な気もするし、云ってなかった様な気もする」
「なにその云い方」
「聞かなかった事にしておくから気にしないで」
「やっぱり寝言云ってたんですね。あぁーどうしよう。何時間ぐらい寝てました?」
「さぁね。自分で確かめれば?」
「何ですか、その他人事は」
「他人事だから」
「もー、ポッキーさんは意地悪です」
「僕はそんなに甘くはないよ。さて眠気覚ましに唄う?それとも、もう一眠りする?」

彼女は考える素振りをし手を叩いた。

「トイレ行ってきます」

そう来たか。
まぁ考えを先延ばしにするのも選択肢の一つ、か。
云うが早いかさっさと出て行ってしまった。
さて、独りになってしまった。
特にやることもないので唄の練習でもするかなと思いマイクを掴んだところで携帯が鳴った。
というか振動した。
開いてみるとあの人だった。
通話を押す前に無秩序に流れている曲を停止した。

「よう元気してるか、ハッピー」
「元気も何も今は幸せどころじゃないですよ」
「じゃ、私が元気になるオマジナイを教えようか」
「僕はオマジナイ自体信じていませんけどね」
「信じるか信じないかはグロッキーが決める事さ」
「確かに多少は疲労感が溜まっていますね、主に貴女の所為で。で何です?そのオマジナイとやらは」
「教えてホシイノ?」

何をやったらそんなにテンションが上がるのか是非訊きたい。

「じゃ別にいいです」
「冷たい事云いなさんな、まずは、両手を頭の上に乗せてっと。スクワットをいーち、にーい、さーん。それを3セットやるんだよっ、いーち、にーい、さーん」

貴女が元気になってどうするんだ。
できればその1/5でも良いから分けて欲しい。
試しに僕もやってみる。
いーち、にーい、さーん。
いーち、にーい、さーん。
いーち、にーい・・・。
残念ながら、さーん、までは云えなかった。
電話の向こうでは、まだあの人の声が聞こえる。
僕の今の現状は頭に手を当てながら屈んでる。
この情態を思春期真っ只中の女子中学生に視られたら、どう反応すれば良いだろうか。
勘違いしていた。
女性の放尿時間を長いと思っていた自分がどれほど愚かか、遅ればせながら自覚した。

「私もやっていいですか」

彼女はそう云いシンプルな水玉模様のハンカチを片手にトイレから戻ってきた。

「いーち、にー、さーんっと」

彼女はスクワットをしている。
なんかこっちが恥ずかしくなってきた。
3回ぐらいで止め、
「なんか少し気分が良くなったような気がします」
と感想を述べた。
どうやらあの人のオマジナイとやらは信じるに値するものらしい。
ふとテーブルを視て開きぱなしの携帯が眼についた。
試しに耳に当ててみる。

「もしもし?」
「すまない。すっかり夢中になっちゃったみたいだ」

貴女はいつも若々しいですよ、なんてお世辞を思いついたが今は、自分の心の中にしまった。

「どうだ?元気になっただろ」
「ええ、別の意味でね」
「ま、お仕事が順調なら良いんだけどね」

そういえば、この人は自分が請け負ったにも関わらず、仕事の話を一切振ってこない。
元々そういう肝心なところが抜けてる性格だ。
彼女を見つけた事を云った方が良いのだろうか。

「ん?ニッパー以外にも誰かオマジナイをやっているのかな」

いつの間にか彼女の声が入ってしまったようで気付かれてしまった。

「僕は何も切れませんよ。確かに今、僕一人ではないですけど」
「おや、もしかして、やっとあの子を拭って彼女が出来たのかな、かな」
「僕には『彼女』の様な類は貴女で充分ですよ」

今度は、すっと云えた。
なんでだろう。
あいつのことは今は関係ない。

「ありがたありがたや。じゃその子は、まさかの隠し子?」
「結婚すらしてませんよ」

おまじないが終わったのか。
隣りで彼女が僕の方を睨みつけてる。
何のアイコンタクトだろうか。

「結婚してないから隠し子なんだよ」
「まぁそれはそれとして今、隣に居るのは貴女が請け負った仕事の子です」
「さてはて、どの子だったか」
「軽々、性犯罪を数回、犯した様な口振り止めてくれませんか」

すると彼女の顔が少し蒼くなった。
そして2 、3歩僕から下がった。

「ほら、貴女がそんなこと云うから、退かれちゃったじゃないですか」

違うと彼女に手振りする。

「いや、冗談で云ったんだけどね。グッパーがそこまで怒るんだったら…」
「はい、そこまで。それ以上はキツちゃんに影響を及ぼしますんで」

すると彼女がまた隣へ戻って来た。
というかさっきより接近してきている。
感情表現が豊かだな。

「キツちゃん?やっぱり」
「僕には貴女で十分だと、さっき云ったはずですけど」
「照れるね。今度は面と向かって云ってね」

僕はこの人の言動を無視する事にした。

「でキツちゃんって子は貴女が探してこいと云われて」
あ…。
そういえば着替えの時は前を向いていたから分からない。
もしかして痣があるから背中を見せなかったのだろうか。
だったらあの言動も納得する部分がある。
あの人に今確かめると伝え、彼女と向きあった。
彼女は無言でこちらを透き通る眼差しで視てくる。

「あのさ......」

僕は面と向かっては恥ずかしいので下を向いた。
端から視ると今から告白するような中学生に視えるかもしれない。

「背中、見せてくれない?」
「胸なら視ます?」

やはりそうくるか、予測はついていた。
だったらどう説得するかだ。

「胸はいいからさ、背中を」
「それは可笑しいですね。一般男性だったら背中より胸が視たいはず、では?」
「今はそれどころじゃないんだ。それに知らない人に胸見せるとか云わない方がいいよ」
「知らない人ではありません」
「人の揚げ足を取るんじゃない。だったらどうしたら見せてくれるかな」
「胸をですか?」

意地でも見せない気だろうか。
だったらこっちも身を乗り出せばいいのだが今の僕にはそんな度胸などない。
捕まるのが目に見えている。

「じゃあ胸を見せてくれた後で良いから背中も見せてくれると」

すると彼女は何の気も無しにTシャツを脱ぎだした。
少し露出度が増える。

「ごめん、やっぱいいや......」
「なんですか、それ」

羞恥心のあまり僕は部屋の外に逃げた。

TEXT01-5 溜息殺し  <久槻月深 編>


さて、どうするか。
まず背中を視ない限りは分からない。
それに痣が無ければ、時間と金を無駄にした様なものだ。
どうしてあの時気付かなかったのだろうか。
というかあの時はそこまで思考が回らなかった。
頭を冷やすため自販機でコーヒーを買い、扉を開けた。
すると彼女が僕の携帯を耳に当てていた。
そういえばあの人と通話しぱっなしだった。

「ええ、しっかりと。あっ戻ってきたから」

耳から電話を離し僕に渡してきた。

「電話代は払った方が良いですか?」
「いいよ、別に 」
「あっまだ通話切ってませんので」
「えっ?」

視てみると、まだ電話のアイコンが波を発していた。
あの人ではないのか。

「誰?」
「貴方のよく知ってる方です」
「あっ、どうも!貴方と最初にあった女子中学生の者でーす」

あっさりと名乗ってくれたので一々、訊くまでもなかった。
言槻瑞歩。

「変しゅちゅ者の方ですか」
「ああ、そうだよ」

それで呼ばれるなら、まだヒッキーの方がマシだ。

「やっぱりそうですか」
「何が」
「女子中学生を誘拐までするなんて」
「いやいや、許可は取ってるから。というか、むしろあっちが」

すると彼女は2歩ほど退いた。
また背中を視られるとでも思ったのだろうか。

「それに深夜のカラオケなんかに連れ込んで卑猥な事を云うなんてケイチャツにうったえますよ」

またか。
お前本当は幼稚園児なんじゃないのか。

「だったら僕はどうすればいい」
「すにゃおに久槻先輩に過(あやま)ってください」

罪を犯せばいいのかよ。
さっきそれを否定するような事を云わなかったか。
素直も何もないんだかな。

「もし、それを拒否するならわたしもそこにいきます」

何云ってるんだ。
こんな夜中に女子中学生が一人でずんずん歩いたら逆の意味で怪しい。
特にお前のような幼稚園児は。

「分かった分かった。謝ればいいんだな」

仕方ない、反抗しても長引かせるだけだ。
僕は携帯を耳に付けながら彼女に悪かったと頭を下げた。

彼女の反応は―――
「いえいえこちらこそ」
などと手振りもせず、
「あったりまえじゃない」
と、お嬢様口調にもならずにただ茫然と座っている。

一方、電波の向こうでは―――
「悪かったですって?もっと謝罪の術を持つべきです」
とも叱られる事もなく、
「ええ、それでOKです」
と軽々と領承される事も無かった。
僕がこれでいいかと訊くと1.5秒後

「まさか貴方みたいな人が何の罪もなく人に平気で謝罪できるとは」

真面目に貶された。
何故そこだけ噛まない!
いっぱい食わされた、か。
沈黙の間に矛を入れたのは彼女だった。

「私、唄っていい?」

僕は、暗黙の承認をした。
入れた曲は見掛けに似合わず本場の演歌だった。
調の狂った大和魂みたいな曲を聴きながら言槻との通話を切った。
何をするでもなくあの人から教わったおまじないをして元気を取り戻し、眠気に堕ちた。

04
「ばちゃぱちゃ」

頬から流れ堕ちるそれは徐々に量を増してはいたが 手で拭うこともポッケに入っているハンカチーフで払うことも叶わず、
肌を伝う、こそばゆい感触だけが麻痺していく。
流れた道は朱く染まった。
外はもう光を取り戻し、今までの陰鬱な空気は自分に総て吸収でもされたのか、
とまで考えられるようになってしまった以上、もう前までの日常には戻れない。
想い出してみると、そもそも私には
世廻(ニチジョウ)が無かった。
あったのは、
退屈凌ぎの、孤痛(イジョウ)。
そんな暗澹たる気持ちに浸りながら影のある場所へ帰ろうと振り返ると二つの影が重なった。
一つは雨女、
もう一つは―――。

「ぴちゃ、ぴちゃん」


人前では熟睡できない体質の所為かコーヒーを飲んだ所為なのか半眠することしかできなかった。
その間、彼女は唄っていたのかもしれないが今は夢の中で唄っているのだろう。
時計を視るとまだ1/4も経っていない。
二度寝する気はさらさら無いので自販機にコーヒーを買いに行った。
周りが暗い所為か、自販機の光が妙に目立っていた。
はたして今日、何本目だろうか。
なんて考えながらカフェインを口に含みながら部屋に戻る。
ソファに腕を枕にして眠っている彼女は、割と可愛らしい。
何もする事も無くただソファに寝転がった。
その行為には何の感情もなく、何の意味もないけれど蒼い空を観るよりかは、よっぽどマシに思える。
上からは下手なロック調の歌が聞こえる。
それと外の騒音が何重にも重なって陰鬱な気分になるが
実はそれが欲しかったりするものなのだ。
特にあの溜息殺しには…。
そういえば、あの電話の後、彼女は何を話していたのだろうか。
今から電話するのも良いが世間の常識として避けた方が良い。
そもそもあの人に常識が通るのかは分からないが。
だったら、どうしようかと考えているとヴィーンとテーブルの上にある携帯が振動した。
メールらしく例のごとくあの溜息殺しさんからだった。
あの人は予知能力でも持ってるんだろうか。
あまりにも察しが良すぎる。

『今暇だからそっち行く』

そんな短文が記されていた。
正直云うとあの人に
『暇』と呼べる時間区域があるとは今初めて実感した。
あの人は時間を時間として考えないタイプ(かなりの気分屋)なので朝も昼も夜もなく、ただ今の気分でやることをこなしているだけ。
あの人が暇なんて言葉を使ってくるとは… 。
結局、僕に逢いたいだけなのだろう。
それより、あの人は僕が今何処に居るか分かっているのだろうか。
『細かい事を気にするぐらいなら、まず前にある壁を殴ってからにしろ』
まぁあの人ならこう云うだろうな。
僕も少なからずあの人に影響を受けちゃってる訳か。
人は人に影響を与えん。
よく云ったものだな、昔の人は。
ザザー。ザッザー。
そういえばさっきから外がやけに五月蠅いような…。
監視カメラも気にせず窓をスライドさなるといきなり、ゴォオォーと云う爆音と同時に部屋の中に矢か槍か何かが降ってきた。
降ってきた?
もう少し眼を見開いて見ると雨と風が楽しくダンスを躍っていた。
これ以上は衛生上悪いので窓を締めた。
雨か。
雨と云うより嵐って感じだな、これは。
どうやら僕らは密室に閉じこめられたみたいだ。
なに今更、後悔なんてしているんだ自分は。
それ以上に、これからどうするかを―――。

「んにゃ......」

歩き廻っていた所為か、彼女の身体がうねりと傾き、ファーからドサッ!と擬音を付加させて落ちた。
本当にどれだけ寝相が悪いんだ、この子は。
あの簡易ベッドで寝れてるのか心配になってきた。
その衝撃で少しTシャツの中が見えた。
そういえば、今確認出来るんじゃ…。
ノベルゲームならここで選択肢が出るんだろうがプレイヤーは僕であるし主人公も僕だ。
落ちても器用に腕を枕にしながらうつ伏せに床に突っ伏しているので持ち上げる訳にはいかず隣にあるテーブルを少しずらす。
両手の人差し指と親指でTシャツの裾をゆっくりと上げる。
スカートの裾が腰当たりにあったため見えるのは僅かな部分だけだ。
こんなに緊張するものなのか…。
『痣を捜せ!痣を!何、変な気分に浸ってるんだ!』
そう理性は問いかけてくるが欲望はそう簡単に応えようとしない。
『少しぐらい視たって良いだろ。彼女だってそれに及ぶ言動をしていたんだ』
心は誘惑してきた。
これがドラマだったら天使と悪魔が口論しているCGでも後ろに付けるのだろう。


「細かい事気にしている暇があったら目の前にある壁を殴ってからにしろよ」
「うわぁぁ!」

衝撃のあまりベターンと彼女にもたれ掛かってしまった。
倒れた拍子に彼女と唇を重ねることがなかっただけでも良かったと云えよう。
どちらにしろ、結果的には同じ。

「それでいいんだよ、それでこそのショッカーだよ」
「キツちゃん、だいじょう゛ぁぁぁぁ!?」
「痛ってて…うぎゃー!えいっ!」

バシッ!ズゴッ!ヒューン、ドカーン!
効果音だけで今の情況が分かる人が居ればそれはある意味、国際派か感性が凄まじいんだろう。

「はぁはぁ…ショッカーさん、もう少しでしたね。ギリギリで私の勝ちです」
「うっ!…いてて」
「ふっ、仲のお宜しいことで」
「「貴女だけには」」
「云われたくないですね」
「云われたくありません!」

前半ハモったけれど、後半はズレた。
最後は溜息遣いの十八番で締められた。
『細かいことは気にするな』

「大丈夫ですか?ジャッキーさん」
「あんなに身体能力があれば受け身でもできたよ、う、いてて」

蹴られた場所は運が悪く、べルト付近だった。
さすっていたらどうにか痛みは、一度嗚咽したがなんとか弱まった。

「まぁ、その辺はキツがイタイのイタイ飛んでけーってしたらおまじない次第に治るって」
「まぁ、やってやれないことはないですけど本人がたぶん嫌がりますよ。何分こんな人ですし」
「子供が大人を子供扱いすると後で嫌な目に逢うよ」
「ちゃんと意味が通る日本語を喋ってください」

難しくて理解出来ないのだろう。
だがあの人なら。
あの八方美人な溜息殺しならと期待を籠めて視線を送ってみると安からな笑みを浮かべた。

「全くだな」

と溜息付いた。
貴女なら解ると思ったのに。
もしかして敢えてのなのか。

「はぁ…もういいですよ」
「何がだ?」
「色々です」
「ニャッキさん。しっかりしてください」
「あんなイモムシだったらキャベツ食べる事だけ考えていればいいから逆に羨ましくなってきたよ」
「まぁ細かい事は気にするな。では、久々に私も唄おうかね」
「でしたら、私もご一緒に。お姉様」

いつから、キツちゃんとこの人は意気投合したのだろう。
全くわからない。
せめて一時の気の迷いでありたいと願う。
そんな溜息な気分に浸る。
時間が経ちキツちゃんが自分の世界に入ったとき、あの人が話しかけてきた。
「元気な子だろ」
「ええ、まぁ」

しかし何で僕にわざわざ捜させたのだろう。
同性が苦手な割には、かなり意気投合していたみたいだけど。

「あの、何故この子を捜しに?」

それを訊いていいか少し躊躇ったが試しに訊いてみる。
あの人は、踊っているキツちゃんに笑顔で返した。
色がない笑顔で。
そして重たい口を開いた。

「この子は虐待児なんだ」

虐待児。
最近多い、ドメスティックヴァイオレンスとかいうやつか。

「―――で、苦痛に耐えられなくなったところで、私のところに連絡が来たんだ」
「キツちゃんはどこで貴女のことを?」
「さぁーな、風の噂じゃないのか」

この人の噂なんてよっぽどの事が無い限り、聞かないはず。
今回はそのよっぽどのことが起きた、ということ。

「さいですか。でも同性嫌悪って割にはかなり仲良く見えましたが」
「それは単なるおざなりに過ぎん。私が今まで素直をさらけ出したことがあるか」

僕の場合は何度か酷い目に逢ったのだけど、それもおざなりのひとつなのだろうか。
そう考えるとやはり何か怖いものが感じる。

「人は人と接する時、自分が相手に良く思われたいと想いから無意識に人格を変えていくもんだ。 それがたとえ、良くない方向でもな。おっと、すまん。話の主旨がズレたな」
「いえいえ、それでこの子は…?」
「ああ、虐待児というのは、単に邪魔だからって云うのもあるが過保護と云う理由もある。この子の場合、親御さんは過保護というわけだ」

過保護。
それは僕にとっては羨ましいけれど、実際体験してみたら辛いものだろう。
隣の花は赤いものだしな。
家に帰るとそういう扱いをされるから帰りたくないのか。

「おそらく、この子の携帯には数十件の着信履歴があるだろう。そして、親御さんは携帯のGPSとやらで居場所(ここ)を捜し当てるだろう」

そりゃあこんな時間帯まで何の連絡もせずに家に帰らなければ過保護でなくても心配するだろう。
今だって帰らせてあげたい気分なのに。

「それってヤバくないですか?親御さんが此処に来たら僕たち悪者扱いですよ」
「まぁ、そうなるな」

何で笑う余裕があるんだ。この人には。
マイペース過ぎる。

「そこでだ。親御さんが来る前に作戦を立てようかと」
「今から、ですか…」
「と云っても私には考えがあるんだがな」

キラーンと僕を見つめるその眼には星は描かれていないが不信感極まりない。
さっきのおまじないの方がまだ信じれる。
どんどんと恐怖が押し迫ってくるのは気の所為だろうか。

TEXT01-6 溜息殺し  <久槻月深 編>

「あの、目が物凄く怖いのですがその考えとは…」
「私がトイレに行っている間にお前が説得する」

やっぱりか。
概ね予想は付いていたが――― 。
無駄な抵抗を試みる。

「僕より貴女の方が良いと思いますが」
「ふん、立場が偉くなったもんだな。いつも壁にぶち当たったら人に頼むのか」

細かい事を気にするなら目の前の壁を殴ってからにしろ。
そんな言訳にも満たない為域(ためいき)になぜか納得してしまった。
そうでなければ、事が進まないような気がして。

「はいはい、分かりましたよ。貴女がそこまで云うなら」
「じゃ、頼んだぞ」

云うが早いか、さっさと出て行ってしまった。
なんて人使いが荒い人なんだ。
壁から逃げてるのは貴女の方では?
なんて抵抗も思いついたがそれは僕の方にも当てはまるので止めにした。
さて、どうしたものかと考えてるといきなりドアが凄い音を立て開き、計りきったように二人の老夫婦が出てきた。

「大丈夫っ!?何をされたの!?」

怒声を張り上げているのは見た目、四十代ぐらいのおばさんだった。
たぶん、この人がキツちゃんの母親なんだろう。

「さっさと帰るぞ」

冷静に云ったのは眼鏡を掛けた、これまた40代ぐらいのおじさんだった。
こっちが父親なのだろう。
当の本人はマイクを左手に驚きを隠せず口が半開き状態。
踊っていたからか動いていた腰が一時停止した。
その体勢に笑いたいが笑えない。
このままだとマイクを足に落としてしまいそうなのでその手の中のものを手に取りテーブルに戻した。
曲を停止させる。

「あのっ、ちょっといいですか」

声を上げたが、二人はやはり見向きもしてくれない。
ご老人を相手にするには難しいか。
と諦めかけた時、キツちゃんを連れ戻そうとした二人の脚が止まった。
見上げるとドアの前にあの溜息殺しが腕を組んで当然のように立っていた。

「なんだね。貴女は。邪魔をする気か」

父親が低い声で溜息殺しを罵った。

「私は、そこの子の知り合いの知り合いの者だ。お二人さん、帰るのは彼の話を聞いてからにしてくれませんかね」

溜息殺しは首で僕を指す。
全く…。
ぶっつけ本番とか聞いてないんですが。

「では、どういう事情で娘をさらったのか訊こうか」

父親は、厳深な眼差しで僕を睨め付けた。
道を急いで走っていたらキツちゃんとぶつかって、救急車を呼ぼうかと云ったが嫌だと断られ仕方なく近くにあったカラオケボックスに入った
話を聞くと、家には帰りたくないと云った。
という自分ながらに言訳にも満たない作り話ものだったが親御さん達は納得がいったらしい。

「そうか、娘が家に帰りたくないと…」
「何で帰りたくないの!?家に帰ればこんな危ない目に遭わなくて、済むのよ!!それにまだ学校もあるのに」

怒りをぶつける母親を横に父親は沈着に少し黙りなさいと規制をかけた。
最近では珍しい、亭主関白ってやつかな。

「キツちゃん、背中見せてくれない?」

もう手詰まりなので云うしかない。
ちゃんとあるかまでは、確認しそこねたが。
まぁ背中より胸を見せたい譲らなかった子だ。
隠してるのは丸見えだ。

「あなた、うちの娘に何を!」
「ゴホンッ!!」

あの人が咳払いをした。
たぶん僕をフォローしてくれたのだろう。
キツちゃんは、冷めた眼差しで僕を見た。
怖いな、もう。
大丈夫だからと、正確な頷きで返した。
そしてキツちゃんは仕方ないと諦めたようで身体を後ろを向けその英語Tシャツをめくった。

「………」
「……」
「…」
「…っ!…貴方、これ、は」

それは見た目は疎か、しっかりと視界に入れることが出来るかどうかの問題だった。
至る所に中途半端に破れたかさぶた。
背中、腰から下にかけて無数に張り巡っている傷の線。
赤く腫れ上がっている。
数ヶ所、ヤニのような黒く焦げたような痕。
痛そう、なんてレベルではなかった。
多分、踊っている途中にスカートが下がったのだろう、それは僕にも見ていて酷い焦燥感が身体をよぎる。
こんなのを我慢し普通に僕と会話出来ていたのか。
キツちゃんがブラジャーに手を掛けたところで。

「もういいよ。キツちゃん......」

僕は、羞恥と猛烈な哀悲のため垂れ下がってしまった腕の代わりにTシャツを戻してあげた。

「これはあなた方の所為ですね」

唐突に断言するのも如何なものかと思ったが云ってしまったことはそうそう覆らない。
それを言訳にしたいだけ。

「そんなのは、しらん」

父親がボソッと云ったのを聞き逃さなかった。

「惚けないでください!ここまでやるか、普通!」
「ゴホンッ!」

また、あの人の規制が出たので謝っておく。
少し間を置いて、重たい口を開いた。

「別に君は謝らなくていい。むしろ謝らなくてはならないのは、私たちの方だ」
「ちょっとあなた。何云って―――」
「仕事の方で少し問題があってな。家に帰ると疲れからかストレスからか分からんが何かに当たらなくてはおさまらない衝動があったんだ」
「そんなことは一度も…」

父親は、母親の口ずさみを無視し続ける。

「だから、つい学校のテストで百点を取って喜んでる娘に苛立ちを覚えて」
「………」

とうとう、母親は黙ってしまった。
キツちゃんは僕の横に大人しく座り顔を下げている。
前髪が邪魔して横からじゃ表情は読めない。

「最初はまだ怒鳴りつけるだけだった、それが段々とエスカレートして…。娘にその傷を追わせたのは私だ」

そう、父親は断言した。
これもあの人が云う、人との接触したときに無意識に生じる『人格』というものなのだろうか。
人格というのは時として人を踏みにじる。
あの人ならそう云うかもしれない。

「僕の知人が云っていた言葉なのですが『自分がしたい程、相手はされたくない』ですから、自分がどんなにしたいことでも、どこかで終止符を打たなければなりません」
「私はずっと当たりたかった訳じゃないんだ。むしろ止めたかった。だが止めたらいつか娘が復讐しにくるんじゃないかと…怖くて」
「あなた…」
「ええ、分かります。僕も同じような過去を持ってますので。 それから奥さんも、たまには旦那さんの悩み聞いてあげてください、家事で忙しいでしょうが」

その言葉が沁みたのか沈黙のあとに、はいと頷いた。

「ですからもうこの件はここまでにしましょう。あとは、お二人で考えてください。一応訊いておくけど復讐なんかしないよね?キツちゃん」

俯き加減だが、確かに首を縦に振った。

「これからのことですが。一旦、この子は僕の方で預かります。万が一があってはいけませんから。あなた方は今までしてきた罪悪を背に纏い、反省し、精進してください」

なんだか犯人を供述させている探偵みたいな気分だ。
あまりいい気分じゃない。

「…わかった。娘は君に任せよう」

父親はそう云って立ち上がり、キツちゃんの方を見た。

「いつでも、戻ってきていいからな」
「そうよ。もう、あなたには何も、しないから」

キツちゃんは下を向いたまま、頷きもしない。
母親も立ち上がり、父親に倣った。
帰り際に父親があの人に何かを呟いたがそれが何を云ったのかよく聞こえなかった。
それに対し、あの人は一言返しただけでドアの前から身を退いた。
母親が一瞬、僕とキツちゃんを哀愁と羨望が混ざった眼差しで一目した。
そして、部屋から出て行った。

「ふぅ」

これで仕事は完了したのだろうが何だか心の中で重たいモノが浮遊していてどうも気が晴れない。
虐待児。
背中に打ち付けられた忌々しい疵痕。
その所為で心に一つの『人格』を創りあげてしまった少女。
何もしなくても、何かを与えられてしまう。
もしかしたら、あの人は僕にそれ与えるために、この仕事を僕に廻したのかもしれない。
そう考えると、あの人が僕を『試した』のだとも思える。
はたして、どれが正鵠を射ているのだろうか。


05
「ぴちゃ、ぴちゃん」

コンクリートに映る2つの影。
一つは雨女。もう一つは…。
見上げてみると、そこには見ず知らずの人間が立っていた。
その人間はこっちに歩み寄せてきて、蹴られると思い反射的に顔を脚で覆った。
けど、何もしてこない。
転がっていた石ころが跳ねただけだった。
ふと指の間から眼を覗かせる。

「GnIoGuOyErAeReHw,Ro, EeSuOyOdTaHw?」

いきなり意味不明ことを云った。

その人間は速度を落として停止した石ころを眼にも入れずただ外を眺めている。
その発言は何を意味しているのか解らず、訳の解らない事を2、3言発した後、一つ理解出来る、
納得がいく言を口にした。

「ぽつ、ぽつ、ぽつり」


親御さんが出て行って一息ついた後、あの人が口を開いた。

「けっこう過ぎたな」
「はい?」
「だから、過ぎた、と云っているんだ」

時計を見るといや、
見なくとも部屋の明るさで判る。
朝になっていた。
どうやら昨日の嵐は去っていったようだ。
風は脚が速いとはよく云ったものだ。

「まだ判らないようだから教えてやるけど。延長料金掛かるぞ」

え?それは…。
僕は慌てて、時間帯が書かれている紙をみた。
17:00~28:00。
と表記されていて、時計を見ればそれはそれで、足りない程に時が経過していた。
延長料は…。捜してみると、壁に料金表と一緒にデカデカと張り出されていた。
30分で500円。
オールナイトは表記通り3000円。
それプラス延長料で5000には届かないが、かなり跳ね上がった。
何で、ここの店員は電話とか掛けてくれないんだ。
ここは、どれだけ放任主義なんだ。

「あの、すみません。払ってもらえますか。後で分割で返しますから」
「それなら、ポテチ梅味。何袋分かな」

しまった!
それもあったんだ。
確か一袋700円ぐらいだったか。

「ちなみに利子付きだから」
「それはちょっと…」

こうなったらキツちゃんに頼むしか…。
隣を見てみるとあの時の体勢から身動き一つしていない。
もしかして寝てる?
肩に手を置いてみると僅かに上下に揺れている。
いつから寝ていたんだ?
僕が背中を見せてくれと云った後なのか親御さんが出て行った後からなのか。
キツちゃんの眠っている姿を見たのか。
「私も眠くなってきたな。」なんて呟いた。
こんな状況下で欠伸が出来る、貴女が羨ましい。

「ど、どうするんですか。こうしてる間にも値上がっているんですよ!」
「五月蠅いな。だったらこれで何とかしろ」

差し出されたのは、郵便番号欄に何も書かれていない代わりに、
表側に仕事料と汚い字体で表記されていた封筒だった。

「報酬、というやつですか」
「まぁそんなところだ」
「中、見ていいですか?」
「見ないと支払えないだろうが」

その通りなので素直に開けてみることにする。
中には万札が二枚と千円札が何枚か入っていた。
まぁ、これだけあれば足りるか。

「団体交渉権など認めんぞ」
「僕には仲間なんていませんよ」

そもそもこの仕事が企業なのかどうかも怪しい。

「取り敢えず払ってきますんで、後で来てください」

ドアを開け抜きざまに、あの人が溜息を吐いたとこは見逃すことにした。
カウンターで支払いを済ませソファーに座ってあの人が来るのを待っていた。
何か忘れてるような…。
何を…。
しまった!
キツちゃんを置いて来てしまった。
慌てて戻ろうとするとキツちゃんをおんぶしたあの人が姿を現した。

「全く、お前と云うやつは」
「すみません。あっ、僕が持ちますんで」
「別にいい。どうやらこの子、私の背中が気に入ったみたいだ」

キツちゃんは背中であんな悲劇が嘘であったかように気持ちよく寝息をたてている。
もう、あんな事を受ける必要はない。
もう、あんな被害を被ることはない。
もう、あんな孤痛を我慢しなくていい。
これからは楽しい、楽しい日常を歩んでいけばいい。
これからは…。
そう、これからは。

「さて、何処行きましょうか」
「お前の家」
「せめて理由を」
「1人で占領するには広すぎるだろ」

そんなこんなで僕の初仕事は成功したのだった。

06
「ぽつ、ぽつ、ぽつり」

それだけ云って来た道を戻ろうとした。

「ぽつり、ぽと、ぽとぽと」

すかさず私は反撃というか人間との共鳴を目論んだ。

「sEeTahT,UoY」

またあの言語で返されたがそいつは外を指差した。
何を指しているのか気になって指の先を見てみると。
そこには誰かが、わたしを背負っていた。
それはどこか気持ち良さそうで、まるで嫌なことから逃れたいと願った哀れな姿に見えた。
そこには私を背負っている人以外にも1人居て、何だかその人が誰かに似ていると思った。
その瞬間、雨女の左眼からゆっくりと速度を速めながら一粒のそれが流れ堕ちた。

「ぽ、ぽ。すぅー。ぽとんっ」

TEXT

TEXT

この雨の中ろくに買い物もできやしない。 今日は家に居ることにする。 コンコンッとノックする音があったので玄関へ赴くとずぶ濡れの溜息殺しが漫然と立っていた。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-04-15

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