雨降りねことぼく

栗城はる 作

 ネコには九つの命がある、っていうのは、ちょうど昨日の晩ごはんの時、兄ちゃんから教えてもらったことだった。ネコはケガをしそうな危ないことでも平気でやってのけるし、死んだと思っても生きていたりすることがあるからなんだって。
 ぼくはそれを聞いた時、それじゃあネコはまるでお化けみたいだ、と思った。
 だから――だからもしかしたら、しゃべるネコがいるのだって、別に不思議なことじゃないのかもしれない。
 そう思いながらぼくは、すぐ横でふきげんそうにぼやいているネコを見た。
「いきなりの雨ほどいやなものはないな。なあ、お前もそう思うだろ?」
 お前、と呼ばれたのがぼくだってことは、すぐに分かった。だってここにいるのは、ぼくとネコの二人きりなんだもの。
 公園の大きなすべり台の下で、ぼくはどういうわけか、一ぴきのネコと雨宿りをしていた。

 近所の公園にある大きなすべり台は、丸いクジラの形をしている。ドームみたいになっていて、下は空どうになってるから、子どもなら三人くらいは入れるようになっているんだ。それでその公園は、みんなにクジラ公園って呼ばれていた。
 このときぼくは、放課後に遊んだ友達の家から帰るとちゅうだった。一人で歩いてたところに、雨が急にざあっと降り始めたものだから、ぼくはあわてて走り出した。天気予報を見てなかったぼくは、カサなんて持ってなかったんだ。
 そうして、近くのクジラ公園のすべり台の中に急いでかけこむと、そこには先客がいた。
 うす暗い中にいたそれはよく見ると、黄色い丸い目をした、一ぴきのネコだった。全身白くて、顔と手足に小さな黒いぶちもようがあるおとなのネコ。顔はちょびひげがついてるみたいで少し不細工だけど、ノラネコにしては毛並みがやたらきれいだった。
 ネコはいきなり入ってきたぼくのことを、全く気にしていないみたいだった。こっちをちらりと見てあくびをひとつしたきり、雨の降る外をずっとながめてる。ぼくは、もしかしたらノラじゃなくて、飼われているやつかもしれないな、と思った。
その時だ。
「いやな天気だなあ。」
 だれかがそうつぶやいた。
 あれ、とぼくは思った。だれかってだれだろう。ここにはぼくとネコしかいないのに、人の声が聞こえたぞ。クジラの外はざあざあ降りの雨だし、公園に人はいなかったはずだ。
 そう思って、ぼくはなんだか少しこわくなってきた。するとまた同じ声が、ぼくのすぐ足元から聞こえた。
「お前の足、ずぶぬれじゃないか。あんまり近付けないでくれよ。」
「きみ、ネコ、しゃべってるの?」
 ぼくは思わずまぬけな声をあげた。確かに今の声は、このネコから聞こえたぞ。口だって声に合わせて動いてた。ぼくの言葉は、びっくりしすぎたせいで、ちゃんと文章にならなかったけれど、ネコは構わず答えた。
「ああ、ネコだからな。しゃべりもするさ。」

 ネコは、ランドセルを下ろしてしゃがんだぼくのとなりに、ぎょうぎよく足をそろえて座っている。
 ぼくはクジラの外をながめた。強く降り続けてる雨は弱まるそぶりもなくて、これから止むのかどうかも分からない。
 五時のチャイムが鳴ってから、どのくらいたったんだろう。小学四年生のぼくにとっては、帰りがおそくなるのはちょっと不安だったけれど、まだ帰ろうとは思わなかった。全力のダッシュで帰ったとしても、家に着くころにはびしょぬれになっちゃうだろうから、それなら雨が止むのを待ってるほうがずっといいや、と思った。それになんてったって、今ぼくのとなりにいるようなしゃべるネコだなんて、そうそう会えないだろうから。
 そんなことを考えてると、ネコはまた口を開いた。
「なあ、お前は雨が好きかい。」
 ネコはぼくの返事を待っているようで、横に座ったままぼくの顔をじっと見上げていた。ぼくは答えた。
「雨の中で遊ぶのは好きだよ。でも、服がぬれたまま帰ると母さんにおこられちゃうんだ。だから、遊べないから、残念。」
「ふうん。おかしなやつだな。」
 おかしなやつ、だって! ぼくは、お前がそれを言うのか、なんて思ったけれど、ネコがきげんを悪くするといけないからだまっておいた。我ながら、小学四年生にしては気がきくんだ。
 ネコはそれきり口をつぐんだ。ぼくも何を話せばいいのか分からなくて、だまってしまった。
 少し耳をすませると、クジラの外から、ばらばらと大きな雨つぶの落ちる音が聞こえる。よく注意してみると、上からも、後ろからも音は聞こえてきていた。
 ざあざあ、ばらばら、ぽつぽつ、ざああ……。
「それにほら、雨の音って楽しいよ。」
 ぼくがそう言うとネコは少しだまって、それから
「それなら、分からないこともないな。」
 とうなずいた。なんてひねくれたやつだろう。ぼくはそう思ったけれど、ネコに認められたみたいでなんだか少しうれしかった。
 また少しの間しんとした後、ぼくは勇気を出して、どうしても気になることを聞いてみることにした。
「ねえ。ネコさんは、めずらしいネコなの?」
「言葉を話せるのがか?」
 その声がなんだか少し笑っているように聞こえて、ぼくはむっとした。けれどネコはぼくのほうを気にする様子もなく、話し続ける。
「めずらしいかどうかは、大したことじゃないように思うがね。ひとつ聞くが、お前はだれかから『ネコは言葉をしゃべれない』ってちゃんと教えてもらったことがあるのかい?」
「それは、ないけど。」
 当たり前のことだもん、と続けようとしたのをさえぎって、ネコは言った。
「それならネコがしゃべるのだって、ありえない話じゃないだろう。」
 ぼくはネコのめちゃくちゃなりくつに頭がこんがらがってしまって、「はーあ!」と声をあげた。
「よく分からないなあ。それがめずらしいなら、すごいことだと思うんだけど。」
 そう言うとネコは、あきれたようにこう言った。
「ネコには人間の言葉をしゃべれるのと、しゃべれないのがいるんだ。しゃべれるからといって、話すかどうかは別だがな。おれは、今日はどうにもひますぎたもんだから、特別に話してやってるのさ。」
「ふうん。」
 ぼくは出来るだけ落ちついてそう返したけれど、心のなかでは少しうれしくて、それでなんだか面白かった。つまりぼくは、ちょっと特別なネコの、ちょっと特別な人ってことだ。口のはしが勝手に上がってにやにやしてしまうのを、ネコに気づかれないよう、必死でそっぽを向いた。
 そのとき、公園の向こうの道に、カサをふたつ――片方は差して、もう片方は差さずに持ってる人の姿が見えた。辺りはうす暗くなってきて、いつの間にか電灯もついていたけれど、それがだれなのかはすぐに分かった。
「兄ちゃんだ。」
 きっと母さんに言われて来てくれたんだな。ぼくは安心したのと同時に、少しさびしくなった。
「もうさよならだ、残念だなあ。」
 するとネコはこう言った。
「ああ。お前のこと、気に入ったよ。おれはきっと明日もここにいるよ。」
「うん。」
 ぼくは、その言葉がどこまで本当か分からなかったし、明日もいるっていうのが、明日も会えるってことなのか分からなかったけど、なんだかちょっぴりうれしかった。
「こんなとこにいたのかよ。母さんにお前を探してこいって言われてさあ……。あ、ネコだ。」
 兄ちゃんはネコを見るなり、差してないほうのカサをぼくにおしつけて、手をのばしてネコをなではじめた。
「いいなあ、ネコ。お前も雨宿りしてるのか。」
 ネコはごろんと腹を上にして、兄ちゃんにおとなしくなでられていた。目を細めてごろごろいってる。それがぼくにはまるで、自分はただのネコです、とでも言ってるみたいに見えた。
「ねえ兄ちゃん。早く帰ろ。」
 ぼくはカサを差して、そう急かした。兄ちゃんが残念そうにネコに手をふるのを見て、ぼくは心の中で少し得意だった。
 けれどもぼくはちょっとだけ不安だった。もしかしたら、さっきまで話していたのは全部ぼくの夢か、そうでなきゃただの空想だったのかもしれない。そう考えてから、首を横にふった。
(そんなことないさ。あのネコは、本当にしゃべっていたんだから。)
 ぼくはさっきまでのことを半分夢のように思いながら、公園を後にした。

 次の日も雨が降っていた。雨は朝から弱く降り続けていて、雲はぼんやり重たい色をしていた。
 昨日とちがってカサをちゃんと持ってきていたし、帰り道に公園に行く必要はなかったけれど、ぼくは昨日のネコの言葉を思い出して、帰りの会が終わってからすぐクジラ公園に向かうことにした。
 ネコは言っていた通り、だれもいない公園のすべり台の下に、昨日と同じように座っていた。ぼくは、雨のせいで人が少ないのはよかったな、と思った。
ネコはぼくと目が合うと口を開いた。
「やあ、昨日ぶりだな。」
「うん。」
 ぱっとちょうどいいあいさつが思いうかばなくて、なんだかぶっきらぼうになってしまった。とりあえず、昨日のことが自分の空想なんかじゃなくて、ぼくはほっとした。
 ぼくが「入っていい?」と聞くと、ネコはだまってはじっこに移動して、座り直した。ぼくはカサを閉じてその横にしゃがむ。そこでふと、昨日はネコに、足を近づけないでくれって文句を言われたのを思い出して、今日は言わないんだな、と思った。
 ぼくはランドセルの中から、かつおぶしの入った小さいパックを取り出した。朝にこっそり、台所からひとつだけくすねてきたんだ。
「これ、食べる?」
 そう聞くとネコはふくろのにおいをかいで、一言
「あんまり美味しそうじゃあないな。」
 と言った。けれど、ふくろを開けてもう一度かがせたとたん、ネコは目をぱっと見開いた。
「これ、知ってるにおいだぞ。」
 やっぱりこのネコは、きっと飼いネコだな。ぼくは、急に目をきらきらさせ始めたネコを見て、笑いそうになりながらそう思った。
かつおぶしを手のひらの上に少し出してやると、ネコはまたちょっと鼻をひくひくさせて、それから勢いよく食べだした。ぼくが手のひらに出したのを次から次へと食べて、気がつくと、ふくろの中はからっぽになっていた。
全部食べ終えたネコは、しばらく毛づくろいをしたあとこう言った。
「いやあ、みっともなく興奮してしまったな。ちゃんとものを食べたのは久しぶりだ。ここのところ、あまり食べようとも思わなかったしな。」
「ネコさんは、人に飼われてたの?」
「昨日も思ったんだが、ネコさんと呼ばれるのはなかなか変な感じだな。」
ぼくは少し困ってしまって「そうなの。」とだけ言った。
「だって、考えてごらんよ。お前さんで例えるなら、人間さんと呼ばれるようなものだぜ。」
 うーん、と考えてからぼくは言った。
「それじゃあ、名前を教えてよ。それで呼ぶからさ。」
するとネコは、少し考えてから
「お前に呼ばれるのなら、やっぱりネコでいいよ。」
と言ってひとつあくびをした。ぼくはその時、よく分からないなあ、と思ったけれど、はじめの質問をごまかされていたのかもしれないと気づいたのは、後になってからだった。
 しばらくして、五時のチャイムが辺りにひびいた。
「そろそろ帰らなきゃ。母さんにおこられちゃう。」
 そう言うと、ネコはそれが聞こえていないようなふりをして、いきなり
「なあ、あそこに星があるだろ。」
と、空を見上げながらそう言った。
「まだ夕方だし、雨降ってるのに、見えないよ。」
「見えなくたってあるんだよ、雲の向こうにさ。」
 ぼくが返事をしなくても、ネコは話し続けた。
「おれはいつかあそこへ行くんだ。流れ星だとかオーロラだとか、そういったのを見に行くんだよ。」
 そう話すネコの声は、変なりくつをこねる時とも、うれしそうな時ともちがって、なんだかとてもうっとりしているように聞こえた。
「いつ行くの。」
「分からない。でもきっとそう遠くないだろうな。」
「明日もここにいる?」
 ぼくは急に不安になってそう聞いた。ネコはぽつりと
「そうだといいな。」
 と答えた。
 ネコもぼくも、それきり何も話さなかった。
 昨日より静かな雨の音が、辺りにずっとひびいていた。

 よく晴れた次の日、ネコは公園にいなかった。
昨日や一昨日と同じようにクジラの中をのぞいてみたけれど、中はからっぽで、あの白い毛のネコはいなかった。他の遊具の下も、しげみの中も、公園じゅうを探してみたけれど、あのネコはどこにも見あたらない。
はじめはおかしいなあ、と思ったけれど、あんなに気まぐれなネコだったんだ。いなくなったって別におかしくないや。けれど、そうは思っても心のどこかで、少しさびしいのを感じてしまう。
あのネコに、また会えるかな。ぼくはそう思いながらクジラ公園を後にした。

それからだって何回か、雨の降った日にクジラの中をのぞいてみたことがあるけれど、あのネコがいたことは一度もなかった。

僕は数年たった今でも、雨が降る日にはあのネコのことを思い出す。彼には家があったんだろうか。彼は雨を好きになれただろうか。それに、あの曇り空の向こうへ行けたんだろうか――。
彼の夢がかなうことを、願わずにはいられない。僕だけが知ってる、少し不細工でひねくれ者で、とてもすてきなネコの夢を。


おしまい

雨降りねことぼく

雨降りねことぼく

雨の日に出会った、少しおかしなネコのお話です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 児童向け
更新日
登録日 2019-04-15

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