すくらんぶる交差点(11)
十一 道行く野次馬たち
「俺たち、テレビに出ているぞ」
宏は携帯のワンセグをみんなの前に差し出した。
「ほら、ここに映っている」
携帯の画面に映る七人と一匹。みんなが宏の周りに集まって来る。
「どれどれ」
「ほんとだ」
「よく見えない」
「あんたも、携帯持っているんだろ?」
「電池がもったいない」
「嘘つけ。駅前で盗電しているくせに」
「さっきの取材ね」
「早いもんだ。もう編集して放映だ」
まずは、駅前から交差点のまん中が映し出される。次に、Tシャツと時計がアップで映る、そのあと、記者の顔が写り、宏の顔もアップだ。マイクが突き出される。インタビューに答える宏。画面上では、少したよりなさそうだ。とても、独立宣言をするような顔じゃない。
「だから、いやだと言ったんだ」
「でも、あの強面の取材記者よりはましよ」
「ほんと、記者の顔の方が犯罪者みたい」
「俺たち、犯罪者じゃないぞ。自由を求めて立ち上がったヒーローだ」
「少し、たよりないけれど」
「だから、七人いるじゃないか」
「と、一匹ね」
「これで、有名になったのかな
「心配しないでも、誰も見ていないよ」
「でも、以前、ミニコミ誌に名前が載ったら、海子ちゃん、出てたでしょう?って言われたわ。テレビだもん、絶対、みんな見ているわ」
「でも、俺なんか、いつもテレビは点けっぱなしで、時計の代わりにしているよ。その時は覚えていても、すぐに別のニュースが流れるから、記憶も一緒に流れてしまい、アナウンサーがさっき何のニュースを読んだか忘れてしまっているよ」
「そうだよな。今、この交差点を流れていく人と一緒だよ」
「頑張ってください」
真面目そうな女子高生二人からバナナが差し入れされた。全部で八本。ありがたいことに犬のコロの分まである。犬もバナナを食うのか。
「あっ、ありがとうございます」
受け取ったのは昭。スクランブル交差点国の外務大臣だ。
「あのー、ちょっと、入ってもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
訪問者の案内が彼の仕事だ。案内と言っても、半径二~三メートルの円の中の国だ。一眼でわかる。だが、国家である以上、収入を得ないといけない。資源のないスクランブル交差点国だ。唯一の観光資源は、七人と一匹。まるで見世物小屋だ。それでも、何とかやっていかないといけない。
「ありがとうございます」
女子高生たちは、一歩中に入る。革靴は磨かれて光っている。
独立国家だ。当然、入るのには許可がいる。でも、許可と言っても、工事用のコーンを少し、ずらすだけだ。
「この中に入ると、何だか元気になります。外国に来たみたいです」
「そうですか?私たちは変わらないですけど」
「ありがとうございました」
女子高生たちは、礼を言うと、信号が変わらない間に、スクランブル交差点国から立ち去った。
「さよなら」
手にバナナを持ったまま、女子高生に手を振る宏。
「なに、でれでれしているのよ」「そうよ。くさったバナナみたい」
在住の女子高生が突っ込む。
「バナナは腐る前がうまいんだよ。それに、何か、青春だなあ、と思って」
「何が青春よ、あたしたちだって、女子高校生よ、ねえ、海子」
「そうよ、空子」
「いろんな女子高校生がいるんだ」
「それ、どういう意味?」
「まあ、まあ、仲間割れしないで」
「誰が、仲間よ」「同じ国民だ」
「へえ、今時、バナナか」
「あら、知らないの。今、バナナが静かなブームだよ。毎日、一本、朝食を摂ること、健康にいいんだよ」
「安いしね」
「あんたたちは知らないかもしれないけど、あたしがまだ子どもの頃は、お祭りになると、バナナのたたき売りがあったんだよ」
「へえ、ばあちゃんにも子どもの頃があったんだ」
「生まれた時から、ばあちゃんじゃなかったんだ」
「いいかげんにおし。とにかく、露天商の人がバナナを売るんだけど、ただ、スーパーのように陳列台に並べて売るんじゃなく、口上をつけて売るんだよ」
「工場?」
「バナナは農場だろ」
「違う。口上。客の顔を見ながら、独特のしゃべりで、客の心を掴み、ひとふさ、そう二十本ぐらいを、客の顔を見ながら値段を下げて売るんだよ」
「今の、フリーマーケットみたいなもの?」
「素人じゃないよ。プロだよ。客との漫才みたいなものだね」
「そう言えば、お茶碗や皿などのたたき売りもあったらしいね」
「今なら、国家だって叩き売りかな」
「ははははは」
「てめえら、何かっこつけているんだ。ふざけるな」
罵声とともに、コーンの外からスポーツ新聞が投げつけられた。投げつけたのは、おっさんだ。どうみても、堅気には見えない。領土が侵食された。
「何!」
宏が新聞を掴み、投げつけた男を睨むが、男は既に、交差点を渡りきっている。
「ほっとけ、ほっとけ」
年長の瀬戸内が宏をなだめる。
「それより、これ何だ」
瀬戸内が宏の手から新聞を取る。一面に、赤、青のゴシック体の文字で、紙面の三文分の一を占めるほど、七人と犬一匹の写真が掲載されていた。表題は「小さな独立運動・大きな波紋」
「おっ、すげえな」
「一躍有名人だ」
「でも、映りが悪すぎるわ」
「仕方がないよ、新聞紙だもの」
「そのうちに、雑誌が取材に来るよ」
「フォーカス?」
「何か、背中に視線を感じるぞ」
七人が駅前の方に降り返った。北側だ。犬も頭が北、尻尾は南を向く。カメラマンが望遠レンズでこっちを向いている。思わず手を振る七人。コロは、ワンと吠えた。
「やっぱ、言ったとおりだ」
「早いね、マスコミは」
「ネタは旬のうちが売りだから」
「俺たちもネタ?」
「そんなものよ」
「じゃあ、いつかは忘れられるかも」
「早く、忘れて欲しいね」「忘れられたら、既得権だ」
じゃらん。十円玉と五円玉が目の前に置かれた。
「南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛、・・・・」
通りがかりの白装束のお遍路さんが立ち止まり拝んでいく。この街は、四国八十八か所のへんろ道が通っている。
「おっ、新たな外貨の獲得だ」「賽銭箱でも置く?」
「そりゃいいかも。棒から社に拡大だ」
「それなら、もう一本、棒がいるよ」
「俺たち、生き仏か?」「生き神でしょう」
「そんなに、えらくないよ」「どちらかと言えば、下層級」
「でも、どこかで、転じれば、上層にいけるんじゃないの」
「神風、突風が吹けばね」「やっぱり、社がいるよ」
「その答えが、スクランブル交差点難民ってわけ?」
「いやあ、ちゃんと交差点の中で定住しているよ」「束の間だけどね」
「じっとしていられない俺たちか?」
「人間、みんな、そうだよ。体を喰わすために住居を構えるんだ。それでも頭は放浪したいから、夢を見たり、祭りをしたり、戻って来ることを前提とした旅をして、欲求不満にならないようにしているんだ。だけど、俺なんかは、喰うために彷徨っているけどね。なあ、コロ」
「ワン」
「さすが、放浪癖三十年。悟りきっているね」
「いや、悟らされているだけだよ」
すくらんぶる交差点(11)