因果応報

周たまき 作

因果応報。過去および前世の行為の善悪に応じて現在の幸・不幸の果報があり、現在の行為に応じて未来の果報が生じること。
輪廻転生。亡くなった後の魂が生まれ変わるという考え方。
私は生まれながらに仏教徒。
仏教徒だが初詣には行ったことがない。自称無宗教の方がよっぽど初詣に行っているだろう。お盆に墓参りも生まれて数回しかしたことがないし、釈迦が何を教えているかもよくわかっていない。右と左、どちらを下にしてごろりとしているかわからない。ごろりという表現。涅槃という言葉が浮かんだものの、涅槃の意味に自信が持てずにこの表現。
仏教については学校の歴史の授業で習ったきりだから薄ぼんやりと
「鑑真が頑張って日本にもってきた」
とか
「鎌倉時代あたりに色んな宗派ができた」
とか
「五重塔と奈良の大仏」
というような知識しかない。最後の「五重塔と奈良の大仏」は別に「清水寺と金閣寺」でもいい。さらに言うなら、これを書きながら「金閣寺ってお寺だったかな」と思っている。それでも「君はなんか宗教してるの?」ともし外国の人から聞かれたら自身満々に「仏教を少しね」と言う。聞かれたことはないけれど。
 そのぐらいの仏教徒だけども、因果応報というものはある、と思っている。子供のころに恐ろしい体験をした。

 小学校低学年の時。
 私は同じアパートに住んでいるキヨミちゃんと、近所の大きな一軒家に住んでいるユイちゃんと三人で待ち合わせして、毎日学校へ通っていた。
 私は幼稚園の途中でその地へ越してきたが、キヨミちゃんとユイちゃんは生まれたときからご近所さん。とてもとても仲良しだった。三人でおしゃべりしていても、すぐにキヨミちゃんとユイちゃん二人のおしゃべりになってしまうことがあって、それも私にはわからない話をすることがあって、ちょっとつまらないときがあった。
 私はユイちゃんが好きだった。キヨミちゃんは少し気が強くて、怒りっぽい。私も負けん気が強いものだから意見が対立することがある。だけどもユイちゃんは優しくて、そして目が大きくて笑顔がとびきり輝いていて、大好きだった。
 私をのけて二人で話していたある朝、なんだかキヨミちゃんが、私からユイちゃんを奪おうとしているんじゃないかと思ってしまった。どうして私のわからない話ばかりするんだろう。私もいるのに。キヨミちゃんはずるい。そう思い、キヨミちゃんが嫌いになっていった。
 私のほうがユイちゃんのこと好きなのに!ドロドロとした気持ちのまま、次の日から、私はユイちゃんにばかり話しかけるようになった。キヨミちゃんが何か言っても無視する。ケイちゃんが困った顔をしてキヨミちゃんに何か言おうとすると、私はユイちゃんの手を取って「向こうの信号までかけっこ!」と走った。
 それを何日かやっていたら、それまで三人横並びで歩いていたのが、キヨミちゃんは私たちの後ろを黙って歩くようになった。私はそれを見て嬉しくなった。
 が、後ろを歩くキヨミちゃんは元気が無くなった。悲しそうに、寂しそうに、つまらなさそうに歩く。ユイちゃんを独占できる喜びの一方で、良くないことをしているのが分かっていたから、変に気持ちが焦った。嬉しいのに怖い。申し訳ない。でも、ユイちゃんをとられたくない。キヨミちゃんが悪いんだ。私からとろうとするから。とキヨミちゃんを心の中で責めた。
 ある日の朝、待ち合わせの時間より少し早く、キヨミちゃんがお母さんと一緒にうちへ来た。キヨミちゃんのお母さんがすごく怒っている。うちの娘がシューコちゃんからいやがらせを受けていると言っている。無視されてると言っている。本当か?娘は何か悪いことをしたのかと聞かれた。キヨミちゃんはお母さんの後ろで暗い顔をしてうつむいていた。母は驚いて
「仲良く学校に行ってるんじゃないの?」
と聞いてきた。私は誰の顔も見れなくて、怒られる、と怖くなって黙った。キヨミちゃんのお母さんがさらに
「何か悪いことをしたなら謝る。ねぇ、無視してるの?キヨミのことが嫌いになった?」
と聞いてくる。嫌いだと言ったら怒られる。でも、嫌いじゃないと言っても怒られる。無視してると言ったら大変なことになる。自分が悪いから。私はやっぱり黙った。
「もういいです。娘は一人で学校へ行かせます」
 私が何も言わないのを見て、キヨミちゃんのお母さんはため息をついた。それだけ言って、キヨミちゃんの手を引いて帰っていった。ドアを閉めたあと、母に再度「キヨミちゃんのこと無視してるの」と聞かれ、もう我慢ができなくなって、「ごめんなさい」と泣いたら、母は信じられないという口調で「どうして」と言った。
「キヨミちゃん嫌いなんだもん。キヨミちゃんがユイちゃんを独り占めするから」
キヨミちゃんが何をしたのだと聞かれ、言葉につまる。何もしてない。勝手にキヨミちゃんを悪者にしたから。私の知らない話をしたが、ユイちゃんだって同じことをしている。でも私はキヨミちゃんだけを悪者にした。
母はこれまでにないぐらい怒った。泣きながらだって、だってと言い訳している私に
「あんたに泣く権利なんかない!嫌いだからって相手の嫌がることをするなんて。育て方を間違えたか」
と怒鳴り、エプロンを外して私の手を引っ張って、キヨミちゃんたちの後を追った。うちの娘が酷いことをして、本当にごめんなさいと何度も何度も謝っていた。私も謝らなければと思ったけど、なんだか怖くて声が出ず、泣きながら小さくぺこんと頭を下げた。キヨミちゃんのお母さんは少し声を和らげて
「キヨミ、シューコちゃんとまた一緒に学校いく?仲直りできる?」
と聞いた。私は祈る思いでキヨミちゃんを見た。お願いだから一緒に行くと言って。そうしないと私は本当に悪者になってしまう。もうしないから。キヨミちゃんは私を見ようともせず、ううん、と首を横に振った。
「もう、一人でいい」
それからキヨミちゃんはお母さんと一緒に登校するようになって、私はユイちゃんと二人で行くようになったけど、ユイちゃんは私と目を合わさないようになった。おしゃべりも進まず、黙って二人並んで歩くようになり、そのうちバラバラで登校するようになった。しばらくして、一人で登校していたらキヨミちゃんとユイちゃんが仲良く登校している姿を見つけた。自分はなんて馬鹿なことをしたんだろうと、ただただ後悔した。キヨミちゃんに許してほしいと思った。けど、私はまだ一度も謝っていないし、謝る勇気も持っていない。二人の姿を見つけるたびに逃げるようにしていた。一年ほど経ってか、キヨミちゃんは転校していき、私もそのうち自分のしでかした仕打ちを忘れた。
 小学校高学年のとき、父の仕事の都合で西の地へ引っ越した。全然違う方言、まったく知らない土地、一人も知らない顔。私の言葉は標準語に近い言葉だったのだけど、それがぶりっ子認定されてしまい、口を開くたびにいじめられた。国語の時間に教科書を読むとくすくす笑いが起きる。話しかけられたからそれに返事をすると笑われる。それでも一人、仲良くしてくれる子がいた。オウちゃん。この子は少し変わっていた。皆が私をいじめると一緒になっていじめる。でも、誰もいないとすごく優しい。よくわからないなぁと思いながらも、ほかに優しくしてくれる子なんていないから、オウちゃんが傍にいてくれるときは嬉しかった。
一緒に中学校へあがり、一緒に登校して同じ部活に入った。部活には私たち以外に一年生が三人いたんだけど、そのうちの一人、テンパ娘のアイがオウちゃんと仲良くなった。アイとオウちゃんは幼馴染だった。私が転校するより前にアイが隣町に越したらしく、中学校で再会したのだ。アイはオウちゃんが大好きだったようで、いつも隣にいる私のことが気に食わなかった。私をいじめるようになった。
私がオウちゃんと仲良くできないように、アイがリーダー核となって部活の友達全員で私を無視したのだ。もちろん、オウちゃんも一緒になって無視した。
 悲しい気持ちになったのと同時に、突然に、私はユイちゃんとキヨミちゃんを思い出した。そういえば、自分も同じことをした、と。アイは私がやったのとまったく同じように私につらく当たった。無視する。私がわからないような話ばかりする。私が何か口を開くとすごく嫌そうな顔をする。部活が終わって帰るときに、私を置いてさっさと皆で帰ってしまう。
一人みじめに下校しながら、嗚呼、昔あんな酷いことをしたから、報いを受けているんだな、と思った。
 私が悪いから報いを受けているんだ。仕方がないじゃないか。そう思ったが、あまりにつらくてある時母の前で泣いた。泣きながら「ケイちゃんに謝りたい。あのときあんなことしたから」と言ったら、母はあの時とは違って優しく頭をなでてくれた。
「それは違う。確かにあのとき悪いことしたけど、だからってあんたがいじめられてもいい理由にはならない。誰だって嫌なことはしちゃいけないし、されて良い理由なんかない」
そして「そのテンパ絶対に許さない」と般若の顔をした。
どんな顔だ、見せてみろと言われてクラス写真を見せたら、ブタめ、醜い顔していやがる、性格が顔に出ているとギリギリ歯ぎしりしながら怒ってくれた(実際はもっと優しい言葉を選んでギリギリと怒ってくれた)、私に怒ったあの当時と同じぐらい怒りを爆発させて、負けるな!と励ましてくれた。
「じっとこらえて今にみろという心持ちでいろ」
 お前は悪くないと言われて安心した。それに自分の代わりに怒ってくれたのがうれしかった。きっとキヨミちゃんのお母さんもこうやって私のことを怒ったんだろう。なぜあの時、何がなんでも勇気を出してごめん、と一言謝ることができなかったのか。私はずっと後悔している。それから中学を卒業するまでつらい日々は続いたけど、母がいつも激励してくれて中学を卒業することができた。

己のしたことがそのままどころか倍にも三倍にもなってかえってきたこの一件は、私のその後の生き方を大きく変えた。
 なるべく自分がされて嫌なことは人にしないよう努めている。どんなに他人が「たまたまだ」と言ったところで、私はいちいち「そういやあの時…」と思ってしまうのが目にみえているし、実際何度もやっている。なるべく自分がされて嫌なことはしないでおこうと努めながらも、何かしらやらかし、己に返ってきて「嗚呼…」となる。
嗚呼、こないだ、前を歩いていた男性がコートのポケットからスマホを取り出したとき、定期券がスルリと落ちた。彼は気づかずに歩いて行ってしまう。私は落ちる瞬間も落ちた定期券もがっつり見ておきながら、「落としましたよ」の一言が言えなかった。心の中で念じたけども届かなかった。幼少のころ車に撥ねられたときに、運転手のおばさんが
「危ないって叫んだのに!」と言っていたが、聞こえない声は役に立たない。私は念じずに「落としましたよ」と言えばよかったし、おばさんは窓を閉め切った車の中で叫ばずにクラクションを鳴らせばよかった。私は声をかける勇気が出なかった。おばさんは焦って頭が回らなかった。そのうち何か物を落としたときに、全力で定期券のことを後悔する。
勇気。私に足りないのは勇気。信仰心以上に無い。
どうせ会社の中だし(会社の中だったのだ)、警備員の目の前だから(警備員の目の前だったのだ)盗まれはしない。と必死に言い訳を脳内で繰り広げながら午前中上の空で仕事をした。あまりに後悔しすぎて、それから数日は全力で善人になった。そしてもう決して前を歩いている人が何かを落としたときに見て見ぬふりをせずに「落としましたよ」と言ってみせると決意した。だが、勇気。勇気よ。どうぞその時私の内から恐れずに出てください。話かけるというのはとても勇気がいる。
 いいことをすると来世は今より良い環境で、良い人間となれると何度も言い聞かされているから、私は勇気さえ出してより善人ぶれば、きっと来世は美人で性格が良く、金持ちで空気汚染も争いも災害もない幸せな場所に生まれることができるはず。
 前世の私は何をやらかしたのか、ものすごく不細工ではないにしろコンプレックスだらけの顔、身長、体型、変なところで病気がち、意気地がなく、応用力もなく、マイナス思考な人間。黄砂とスギ花粉とピーエムなんちゃら。まぁ花粉メインで春を楽しみきれずにいる。
 しょっちゅうお腹の調子が悪くなり、下痢でも便秘でもなく、恥ずかしい話、屁がよく出てしまうのだが、これについて真剣に悩み、母に打ち明けたことがある。
「すごい屁でる。道を歩いていても座っていても、寝ていても立っていても屁が出る。女なのに屁が止まらない」
「前世に腹の中で人の悪口ばかり言ったんでないの」
声に出さなければ何言ってもいいわけではないのか。そうだ、お天道様だか仏だかは見ていらっしゃる。相当要らぬことを腹のなかで喚き散らしたのだろう。誰に何を言ったかしらないが、私は前世の私をこれでもかと呪った。馬鹿かお前。何やってくれているんだ。屁が出るとわかっていたら人の悪い面ばかり見なかったろうに。どんなに罵っても、それだって私なのだから、一通り罵って、覚えの無い自身の行動を反省し、来世は屁で悩まない美人となるため心磨き。覚えのない行動を反省するというのは存外心外なものだ。だが、実際今、屁で困りに困っているのだから、私がしなければならないことは、「人の良いところをみるようにする」ことと、ヨーグルトを毎日食べることと、規則正しい生活。前世何をやったか知らないし、その結果で今困っていたとして、「だからって困ってていいことじゃない」のだ。改善できるならばそれに越したことはない。ヨーグルトはここ数年欠かしていないし、日をまたぐ前に就寝、休みの日でも朝六時にきちっと起きる。そして祈る。しかし屁の悩みは尽きない。ストレスを屁以外の方法で解消できないかと日々模索している。
じっとこらえて今にみろと母が教えてくれたから、私は屁には負けぬ。前世の自分に負けるものか。
世の中には屁をしながらそんなこと考えているやつもいる。

こんな終わり方をする予定ではなかったのだが、まぁ、いい。屁の話も因果応報枠。

因果応報

因果応報

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-04-12

Copyrighted
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