グレイ家の兄弟 a Suspicious Man
カフェの男
2019年1月16日、G4の次男ブライアンが、いつにも増して難しい顔をして座っていた。すると、長男のフレディが話しかけた。
「ブライアン、どうしたよ。また考え込んだ顔して」
彼は兄をチラ見すると、話しだした。
「いやな、これだけ奇怪な事件が続いてるっていうのに、警察がほとんど動かないのはやっぱりおかしい」
話に四男のジョンも加わった。
「まあ、前にドクター・フリックが言ったように、ガルーのやつらは人間と同じくらいの知能を持っているから、警察の目をかいくぐって殺人を続けるっていうのは可能だよな」
ひと呼吸置くと、ブライアンは少し声を大きめにして話した。
「これは俺の考え過ぎかもしれないが、もしやあいつら、警察に『物品』を渡して自分らの行為を黙認させてるんじゃないのか…?」
それを聞いた兄弟全員が、眉間にしわを寄せた。
「やつら、そんな卑怯なことを…ぐっ…」
そう言って、フレディが歯ぎしりした。
「どこまで人間を下に見てやがんだ…」
ロジャーも悔しさをにじませて言った。
「そんなもんだ、ソルシティの警察なんて」
ブライアンが投げやりな感じで言った。
「警察が頼りにならない以上、やつらを止められるのは、俺らしか居ないってわけだな」
フレディが、これ以上ないくらいきつい目つきで言った。
「それな」
ブライアンがつぶやくように答えると、兄弟たちはしばらく難しい顔をした。G4はソルシティの人々を守るために戦っているとはいえ、本心では、けんかっ早いロジャーでさえ、殺し合いなど好まない。フレディ、ブライアン、ロジャー、ジョンは早く「日常」が戻るのを願っているのだ。
そんな深刻な場面になっても、数分後には、スマホのゲームをやったり、保湿クリームを顔に塗ったりと、彼らの「ぐだぐだタイム」が始まった。
一方その頃、ソルシティ市内のトゥアルィズコーヒーで、こげ茶色のスーツを着た賢そうな顔の中年の男が、スマホを使ってSNSに書き込みをしていた。
「1月18日午前10時、太陽の都に咲く『ヒマワリ』の中で35が失われる。同日15時より前に、小麦の香り満ちる場所で35が失われる」
ここまで打ち込むと、男は視線をわずかに上に向けた。そして、書き込みの続きを始めた。
「5時間で70人、余裕だな。こんな手ぬるい殺しよりも、もっと大事なステージに進みたい」
打ち込んだメッセージを送信すると、男は鼻で軽く息を吐きながらほほ笑みを浮かべ、ブラックコーヒーを一口飲んだ。そして店内に居る人々を見渡して、何を思ったのか歯を見せて笑った。
その後、男はコーヒーを飲みながら、スマホの地図アプリを用いて何かのルートを確認していた。
知らなかった歴史
翌日、謎のスーツの男の書き込みはソルシティ中で大騒ぎを起こし、SNS上でもユーザーたちの間で推理合戦状態となった。ロジャーがその書き込みを見つけ、G4の知るところとなった。
「…何だこれ」
彼は、取りあえずそれを声に出して読んだ。
「『1月18日午前10時、太陽の都に咲く『ヒマワリ』の中で35が失われる。同日15時より前に、小麦の香り満ちる場所で35が失われる。5時間で70人とか、余裕だな。こんな手ぬるい殺しよりも、もっと大事なステージに進みたい』…?ちょっと何言ってるか分かんねぇ」
ロジャーが投げやりな感じで言うと、ジョンが話しかけてきた。
「でも、『失われる』って言葉が2回も出てくるから、穏やかな内容じゃないね。しかも、日付の指定が明日だし」
弟たちのやりとりを聞いて、フレディがおもむろに顔を上げた。
「ほっとけ、どうせいたずらか何かだろ。第一、そういうところに書き込んだとおりに事件起こしたパターンなんて、ほとんどないじゃん」
ジョンはロジャーと目を合わせて言った。
「それもそうだね」
「じゃあ、スルーしていいな」
ロジャーがそう言うと、スマホを弟のほうに軽く突き出した。
「というわけでジョン、ゲームしよっか」
「ゲーム?いいよ」
四兄弟の末っ子は、すぐ上の兄のゲームに付き合うことにした。また、長男と次男がすっと立ち上がった。
「俺、図書館行ってくるわ」
ブライアンが言うと、フレディは
「じゃあ俺、ちょっとコンビニ行ってくる」
と言って、弟と同時に外出した。
― 図書館にて
ブライアンは、「古代民族の世界」と言うタイトルの本を見つけた。
(これだ)
そしてその本を手に取って、椅子に座って索引から見始めた。索引の「G」の欄に、「Garou」という言葉を見つけ、それの載っているページを開いた。そこには、ガルー族のことが詳細に記されていた。それを大まかにまとめると、こういうことだった。
ガルー族はもともと古代の狩猟民族だったが、彼らが拝む狼神の祭儀中に神像から発せられた不思議な波動を浴び、狼の能力を得た。それ以来、力をつけたガルー族は他民族を「ホモ・サピエンス」と呼んで蔑むようになり、好んで周辺諸国を侵略していった。この蛮行を止めるために、それぞれ火、水、雷、土を拝む4部族が協力し、数多くの犠牲を出しながら、ガルー族を封印したのだった。その後、その4部族は交じり合って一つの部族となり、今のイギリスに当たる地に定住するようになったという。
ブライアンは今まで知らなかった歴史の一部を知り、いろいろと考えた。
(ガルー族も特殊な波動を浴びて、あんな力を得たのか…。さしずめ、俺たちのダークバージョンと言ったところか。そしてガルー族を封印した火、水、雷、土を拝む4部族、彼らがのちに今のイギリスに住むようになったこと…。何だか俺たちと共通点があるな。ということは、俺たちがガルー族と戦うことになったのも、ある意味必然というものか…)
彼はしばらく机を離れられなかったが、読んでいた本を最終的に借りることにした。
図書館を出てしばらく歩いていると、ブライアンはこげ茶色のスーツを着た賢そうな顔の中年の男とすれ違った。そのとき、この男は口角を上げてブライアンをチラっと見て、
「俺は知っている」
とつぶやいた。不思議に思ったブライアンは立ち止まり、その男の姿をまじまじと見た。男も立ち止まって彼のほうを向き、
「おまえが何者かをな」
と言い残すと、そのまま去っていった。ブライアンは彼の後ろ姿を見ながら、ぼそりと言った。
「何だあいつ」
帰宅すると、フレディが既に家に居た。
「よぅ、おつかれ」
「ああ、ただいま」
ブライアンが兄弟たちの間に座ると、話しだした。
「俺、変なやつに会ったんだよ」
「変なやつ?どんな?」
「こげ茶のスーツ着てて、擦れ違いざまに『俺は知っている。おまえが何者かをな』なんて言ってきた」
彼の話を聞いて、フレディが身を乗り出すような体勢で言った。
「あ、俺もそいつに会ったんだけど」
「本当か!?」
「あぁ、擦れ違いざまに同じようなこと言ってきた」
ロジャーが口をはさんできた。
「俺たちのしていることが、人に知られてるってことかよ!?」
ブライアンは嫌そうな顔でうなずいた。
「何かヤだな、それ」
ジョンもため息交じりに言った。G4の間で、しばし重い空気が漂った。
ブライアンが負けた!?
その翌日、午前10時を少し過ぎた頃、ソルシティにある5カ所の保育園で同時多発的に園児が殺害される事件が起こった。しかも、被害者はなぜか1カ所で7人ずつ、計35人の幼い命が奪われた。
園児たちが泣き叫び、保育士たちがパニックに陥る声を後ろに、こげ茶色のスーツを着たあの男が猛スピードで走っていた。この男は全身がこげ茶色の人狼の姿になり、舌を出して邪悪な笑顔で言った。
「ハンッ、俺タチハガルー、ダマシ討ちガ得意ナ部族ダ。SNSデノ予告ドオリニ動クワケガナイ」
そのとき、昼食の調達のためにスーパーへ行く途中だったブライアンがそのガルーに出くわした。彼はそれをひとにらみして、低いトーンで
「ガルー!!」
と言った。相手は余裕そうな顔で
「ホモ・サピエンスカ」
と返すと、ブライアンに向かって突進した。彼は右手を突き出し、手のひらから激流を繰り出したが、ガルーは拳を握って両腕をクロスさせて攻撃をガードした。
「えっ!?」
自身の攻撃が通じず、焦るブライアン。その隙に、ガルーは彼の胸を殴ってきた。
「!!」
ガルーのパンチをまともに受けて、ブライアンは地面に倒れ込んだ。彼が起き上がろうとすると、卑劣な人狼はその首を片手で締めるように押さえつけ、見下すような顔で言った。
「無駄ナ体力ノ消費ハ避ケタイ。ラストステージニ進ムタメニナ」
彼の言う「ラストステージ」とは、ガルーの族長であるライカンスロープとの戦いのことであり、もし現族長を倒せば、次の族長になれるのだ。
ガルーは手を乱暴に離すと、さっさとその場を後にした。敗北したショックと悔しさの交じった感情を胸に、ブライアンはガルーの後ろ姿を見つめた。
(何だあのガルー、今までのやつより妙に強い…)
グレイ家の次男は腕に付いた砂利を払うと、歯を食いしばりながら再び立った。
帰宅したブライアンから話を聞いたフレディ、ロジャー、ジョンは、落ち込む彼を見て、何も言えなかった。
しばらくすると、フレディのスマートフォンが鳴り出した。電話してきたのは、ドクター・フリックだった。
「やあ、フレディだ」
「ほえほえ~、フレディだすな。実は今日、G4に渡すものがあるだす。みんなわしの研究所に来てほしいだす」
「研究所な。分かった」
フレディは電話を切ると、弟たちに伝えた。
「ドクター・フリックが俺たちに何か渡したいものがあるから、俺たち4人で研究所に来てほしいとのことだ」
「ドクター・フリックの発明品か。何だかいい予感がするような、やな予感がするような…」
「ガルーを倒せる武器とか作ったのかな」
「とにかく行ってみようよ、研究所に」
というわけで、G4はドクター・フリックの研究所へ出向いた。
グレイ家の兄弟 a Suspicious Man