ぶどう農家民話・なき山
突き抜けるような春の青空に、あんまりヒバリが、あの小さな身体で大らかに鳴くものですから、からかうつもりで理由を尋ねたのですが・・・。
昔、従順で気持ちの優しい、清楚で小柄な娘がおりました。
娘には同じ村に好き合った青年がおりました。青年はぶどう農家でした。
二人は夫婦になろうと言い交わしていましたが、娘の両親は娘を金持ちの家に嫁がせたいと思っていました。
そこで、二人を引き離すため、娘の両親は青年に県南での長期ぶどう栽培研修を持ち掛けました。
県南の技術を習得したい、青年はかねがねそう痛感していたので願ったりです。
しかし年単位で行われる研修に参加すると、娘には会えなくなってしまいます。
ためらう青年の気持ちを汲み取って、娘は努めて笑顔で、いってらっしゃい、待っていますと告げました。
青年が不在の間、雨後の筍のように湧いてくる縁談を跳ね除けるのは至難の業でしたが、娘は強い気持ちで待ち通しました。
当てが外れたのは両親です。
試練を乗り越え、前より結びつきを強めた二人に歯ぎしりして、次の策を練りました。
地域で観光農園を目指して、都会から若い女性客をたくさん呼ぶことにしました。
その接待役に青年を抜擢したのです。
洗練された、都会の美しい独身女性に囲まれる青年にさぞかしヤキモキしたであろう娘でしたが、いつでも穏やかな笑顔で見守っていました。
やがて収穫シーズンも終わり、女性客達もいなくなり、娘と青年だけが残りました。艱難の日々が終わったのです。
次に娘の両親が持ち出したのは、イノシシ退治です。
狩猟シーズンの到来に乗じ、畑を荒らす巨大イノシシ討伐を打診したのです。
いくらなんでもこれはあんまり、娘は青年に拒否するよう懇願しましたが、青年は笑って猟銃を担ぐと狩りの成功を誓い山に登って行きました。
そして、帰ってこなかったのです。
とうとう目的を達した両親は、娘をいたわる一方で縁談を受けさせようと躍起になりました。
育ててくれた恩のある大事な両親です。不孝をしたくない娘は、涙をこらえて頷くしかありません。
嫁ぎ先が決まったか決まらぬかも分からないようなある日、娘は亡き青年のぶどう園に出向きました。
秋の終わりに主人を失った園は、それでも誰かの手が入ったのかキレイに剪定が成され、春を待つばかりでした。
娘が園に一足踏み入れると、春の到来を知ったのか、端の枝の切り口から樹液が滴り落ちました。
娘が奥へ進むと、進んだだけ、枝から水が滴り落ちるのです。
それはまるで、涙のようでした。ぶどうの樹が、泣いているのです。
私はずっと泣きたかったんだ、あの人が県南に行ってしまった時も、女性客に囲まれていた時も、そして亡くしてしまった時も抑えていた感情は、泣いて訴えることだったんだ。
弾けたように娘は悟ると、ぶどう園中を駆け回り、大きく声を上げて泣き続けました。
その声は空高く舞い上がり、いつしか小さなヒバリになって遠くの方へ消えて行ってしまいました。
「それがワタシの先祖なんですよ」
ヒバリはしたり顔で断言しました。
「あなたのようなぶどう農家さんも関係しているんですよ。親戚みたいなもんですね」
時代考証が合わない等、指摘したいことだらけでしたが、ピンとトサカを立てて胸を張る小さい身体を前にすると、つい言葉を飲み込んでしまうのでした。
ぶどう農家民話・なき山