ハライソ
ネコのさばきにあう
昨日はあの娘がさめざめ泣いた
だから街は線香の匂いに日焼けする
人違いで飛び込んだ夕焼け色のなか
まどろんだ橋の底に救いはあったのだろうか?
立ち止まる君の手をひく
「忌中だよ」
「早く行こう」
本当は見てほしくなかっただけかもしれない
地獄めぐりのつづき
狂った恋の言い逃れ
キリスト教の古い看板
夫婦喧嘩はイヌも食わないし
ネコのさばきの日は近い
君の瞳 あの娘の歯 誰かの爪
垂れ流した言い訳と一緒に染まる
赤く 紅く 朱く あかーく
消えかかる夕焼けにカラスが笑うから
帰り道がもう分からない
とめどない思考の渦は橙色にまたなにかを壊していく
背後に佇む面影が身を捩らせて笑ってた
「忌中だよ」
「早く行こう」
ネコのさばきにあう前に
立ち止まる君の手をとって走り出す
正義の味方気取りも空しくって
下駄ばっかり鳴らす
カラン カラン コロン
百鬼夜行
ぶちまけたカルピスみたいに夕方は不快で
あの娘のスカートだけはいやに赤ばっかり
帰れ帰れと 誰か言う
帰れ帰れと 何か来る
駅前でたむろする 期待して
駅前で誰か待つ 舌なめずりして
制服少女の死体は置くな
今に火車が攫っていくぞ
お前のことだとあの娘は笑う
あー二百円で夢を見せてくれ
三万じゃ足りない 五万でいいよ
酒気 怨恨 連鎖 嘲笑
世界滅亡 預言者 戯言
くだんは喚いて何を問う
ネオンが目覚める前に逃げろ
人の流れに近づくな
耳打ちあの娘は街を行く
ひょうひょうと へらへらと
くびれ鬼したがえて
どこまでも どこまでも
点々散らした赤い血の
スカートひるがえして笑う 暴力的に
夜が来る 鬼が来る
「さよならだよ」
「人生は楽しいね」
心臓は食べられた
774
「君、まだ許されると思ってるの」
二十三番目の愛を捧ぐ
いつだって救いがなくて最低だった
「たまに思うんだよ、あのトラック爆発しないかなって」
「あのとき飛んだカードの番号はなに?」
堕ちたDVDと水音
「飲み込めば楽だよ」
風がどうしたってやまなくて息ができない
「あゝ君のこと、少しだけにくいんだ」
三丁目ネオン街で一人泣く野球帽の少女
「死にたいのかもね」
乱雑に放り出された彼女の思い出を見つめることなく瓶に詰めて海に沈める
それってもしかして長い言い訳にすぎないかもしれない
「お墓だけ作っておいて」
「それ以上、望まないから」
笑って別れるべきだったよね、だなんて
明日をわざわざ探そうとするまね、しないよ
「やっぱり殺しておくべきだった?」
「教えてあげない」
きっと続きはないだろうから
雪解けの日を待ち続けている
夜光列車
明日はどこに行こう
七十年代に発行されたパンフレット
蜘蛛の巣がはってるトランクケース
夜光列車に飛び乗ったなら
僕らはどこまで行けるかな
明日はどこに行こう
滑りだした夜の底 窓の外
水素みたいに竜胆はぷかぷか燃えた
鬼灯の中に眠る橙の正体はカリウム
僕らはどこまで行けるかな
明日はどこに行こう
水晶で出来た鷺が窓辺に降り立つ
オニキスのトンネルに飲み込まれる
家路の行方を琥珀電燈が照らす
僕らはどこまで行けるかな
「僕は蛇が嫌いだけど」
「標本にした蛇は綺麗だと思うんだ」
「これって結局、何も愛していないのと同じだよね」
「ごめん」
明日はどこに行こう
本当は明日なんて来ないこと知ってるんだ
窓の底はどうしようもなく暗かった
握ってくしゃくしゃになった切符は期限切れだった
さよなら 夜光列車
もう乗ることはないだろうね
「あ」
蠢いた夜空は蛾の群れだったんだ
憂鬱を孕む夢遊病者の戯れ言
全てを許さずに生かしつづける覚悟が
ほんとうに僕らにはあったのかな
すてぃるとん
今頃になってばちが当たって
イヌみたいに泣いている
おやすみなさいの言葉はいつだって呪いなんだ
机のうえ、体育座りの湿気た夜
飲みすぎた牛乳にごめんねを言っていた
生きてるふりはできるけど眠ったふりは苦手
ネズミがちぅって鳴き始める時間
きみはふかひれにされたサメにキャラメルをあげた
ぼくもきみも似たものどうしだね
毛布にくるまって珊瑚礁の夢を見よう
きみはいつだって頭がおかしくなったふりをするから
ぼくはうそをつかずにいてあげる
隣のおうちのミケネコが死んじゃったってうわさ
眠れぬ夜のなか、ちょっとぼくらは風邪をひいていた
「あけない夜はない」って押しつける人はきらいだよ
燃えるサソリを台所でつかまえて
天ぷらにしようとしてきみは金魚鉢にしずめるの
笑ったその口からのぞいた犬歯が不安でたまらなくて
悪い夢を見たみたいにキスをしてみたんだ
今頃になってばちがあたって
トカゲみたいに泣いている
おやすみなさいの言葉はいつだって呪いなんだ
まぶたの裏、浅瀬にふれた青い夜
お別れはいやだよ
もう少し死んだふりをしていよう
春が来たまたは青春の終わりにて
「死にたい」とうそぶく彼女に春が来る
見頃の過ぎた桜の花弁が青い空を舞う
クラスの子たちと言葉を交わすこともない
それが正しいと思っていたから
「そうやって殺されていった思い出の気持ちも知らないまま」
「君は死ぬんだね」
「夢は夢のままで良かった」
「でも、その偶像崇拝にはたして意味はあったの?」
夢を殺してくたばっていくのさ
青い春を漂うように
千本の針を飲み込むように
そんな流れを揺蕩った
彼女の行方は知らぬまま
「遺影の写真は」
「卒業アルバムので良いよ」
本当はもう見たくないんだってば!
道を外れて修正のきかない僕たちの人生にも
平等に季節は巡っていく
「またねって言ったら泣くのかな」
「多分怒るよね」
それなら来世に期待をするよ
ビリビリにした卒業証書の花びらを
放り投げて彼女は言う
「春が来たね」
腐臭がするように長かった青さに終わりを告げる
いつかそれを大好きだったと言える日が来るのだろうか
封じ込めた愛の定義は未だ成り立っていない
「さよなら」
「意外と君が好きだったのかもしれない」
一応、幸せを願っているから
街
一九九五年の焦燥に狂った小学生。団地六階墜落事件の真相は誰も知らない。ひしゃげた夕焼けランドセル、背負って走り出す十二歳の通学路。
六十四点の算数のテストが恥ずかしいんだ。食べてって言ったら受け取ってくれるきみのこと、多分好き。
廃屋に誰かが引っかけた黒い看板のいえす様曰く、
「神の裁きの日は近い」
なんとなく信じてた。
でも、なんとなく信じてなかった。
フラッシュバック症候群がまだまだ完治しないから背骨はいつの間にか思い出の形に歪んでいる。
久々に隣に立ったきみの背が高くなったところが、壊れたビデオみたいに永久再生中。
知った顔した後輩の上履きを隠す妄想五時間目。六階少女は団地のベランダで大あくび。赫点取ったあの娘が飛び跳ねて重力加速度九,八。
「純度の高い結晶のような愛が一番美しいのは、砕けてしまった瞬間なんだと信じ込んでいる僕らは、やはり集団幻覚を見続けているだけなのかもしれない」
「あるいは長い夢を」
大好きだったあのバンド、解散してから三年目。心地よかった羊水のブランコ、破水で大騒ぎ。告げるさよならマリンブルー、届かぬ想いとかくれんぼ。許しを請うまで嫌いなアイツ、宙吊り見物大笑い。
久々に握った君の手の硬さと、珊瑚色の夕日に染まる古典的微笑が、怖くてしょうがなかった。
一九九五年の焦燥に狂って走り出す。再放送のマンガが見れなくて、グローブジャングルの中、二人は泣いていた。六階から落ちたとき、君と目があったことは秘密にしておくね。
今日も街は無関心に沈んでいる。
今日も街は線香の匂いに日焼けする。
ハライソ