廃墟エトワール
あの時見た綺麗な景色
「また見たいな」
少女はある日見た景色をもう一度見たいと毎日のように呟いている
「どんな景色だったの?」
どんなに聞いても答えることはなかった
――
暗く明るく静かな世界
それは現実にも広がっている
今、彼女の目の前にも
今、彼の隣にも
いつかその日が来るまで
真面目な話をしながら真面目にふざけてみようか
ル タン
明日は火曜日
今日は月曜日
昨日は日曜日
明日が水曜日になるわけでもないし
昨日が土曜日になるわけでもない
一日二四時間という決まりごとを当たり前のように守って人は生きていく
「退屈だな……」
放課後の教室、暗くなるのが早くなってきた季節
肌寒くなってきた、明日はカーディガンを着てこよう
「……帰るか」
重たい鞄を持ちすっかり暗くなった外に出る
あ、教室に課題忘れた
まぁ、いいか……どうせ出さないし
「んー、こんな時間に女の子一人で歩くのは感心しないなー知らない人に誘拐でもされたらどうするの?」
「……はい?」
「だから、こんな時間に一人で歩くのは危ないよ!! 話しかけたのが僕じゃなかったらどうするの」
知り合いかのように話しかけてきた彼だけど
私は知らない、この人誰だ
ここで「彼は幼馴染の~」と紹介できればいいのだが実際今まであったことも無い人なもので……。
「すみません、どちら様ですか?」
「あ、そうか!! 自己紹介してなかったね、僕は笠間 遥 よろしくねー」
「遥さんですか、私は__」
「高木 春……でしょ?」
「……そうですけど、なんで名前知ってるんですか」
「そりゃあ……ね?」
「わかりませんよ」
調子が狂う
この人こそ変質者じゃないのか?
「とりあえず家まで送るよ」
「いいです、結構です。」
「即答!?」
「いや、だって見知らぬ人に名前まで知られていて家まで知られると少し……」
「うん、まぁ正しいよね。でもだめだめ、こんな時間に一人はやっぱり危ないよ」
名前を知ってるのと制服を見られている。
危ないのはどっちだ、時間とかそんなことよりこの人の方が危ない
あぁ、まただ知らない人と話すと頭が痛くなる
「すみません、もう本当に帰りたいので」
「うん、頭痛いんでしょ? 送るって」
「なんでわかるんですか」
「え? だって……いや、なんでもない行こうか」
「いや、だからまだ決まったわけではっ!!」
「行こう行こう!!」
もうやだこの人……。
久しぶりに人と話したと思ったらこんな変人……あぁ、遥さんだっけ?
頭痛がひどくなってきたからとにかく早く帰ろうということで
結局遥さんに送ってもらうことにした
「大丈夫? もう少しゆっくり歩こうか?」
「いえ、大丈夫です」
「そう」
優しいと思えば……
「君ってさ、こんなに寒いのにカーディガンも着てないわけ?」
「明日着ていこうと思ってたんです」
「馬鹿だよねー、もう少し考えればいいのに」
いきなり失礼になるし本当になんなんだこの人は
「時間ってさ、不思議だよね」
「はい?」
「ほら、パソコンとかやってると時間とか忘れちゃうじゃないか。こう……何ていうの? 時間が早く進んでいるような感じがするっていうかさ」
「あぁ……ありますね」
「だろ? それってさ、有り難いときもあるけど時々いやになるんだよね」
「そうですか」
「うん、例えばこういう時」
「?」
「ほら、もう君の家についてしまっただろ?」
なんだなんだ、いきなり女子が好きそうな言葉を使ってくるとは
口説きか? 口説かれてるのか?
「誰も君のことなんか口説かないから安心して」
「ちょっとそこのコンクリートに頭ぶつけてください」
確かに時間というのは不思議だ
「止まれ」と言って止まるものでもないし
早く進んで欲しくても時計の針は一定のリズムを刻む
どんなに人の言うことを聞かない人でも時間には逆らえない
逆に言うと時間を操ることができればこの世で最強な人物となることが出来るだろう
いや……無理だけど。
ペルソンヌ
「本当にもう……春ちゃんったら帰ってくるの遅いから心配したのよ? でも、彼氏さんがいるなら安心ね」
「お母さん、それ大きすぎる間違いだから」
「初めまして、笠間 遥です」
家の前に着いてお礼を言って終わりのはずが
何故か家の中まで入ってきた。
いや、完全に怪しい人でしょう。
お母さんは何故入れることを許した。何故だ。
「ご飯温めるわね、良かったら遥さんもいかが?」
「いや、僕は……」
「遠慮なさらずに、外寒かったでしょう? 温かい飲み物用意しますね」
「ありがとうございます」
いや、何で馴染んでいるんだ
「春ちゃんのお母さんって綺麗だねーどこかの誰かとは違って」
「ちょっと海に沈んできてください」
「もう……冗談だってば」
「本当にもう、飲んだら早く帰ってくださいね」
「送ってあげたのにその言い方はないんじゃない?」
いやいや、見知らぬあなたを家にあげて飲み物まで用意したんだ
人が苦手な私にしては結構頑張った方なんだけども
「仲がいいのね」
「良くないから、どこから見ればそうなるの」
「えー、だっていちゃいちゃしてたじゃない」
「お母さん、明日は耳鼻科と眼科ね」
「ひどいなー春ちゃん、お母さんにそんなこと言っちゃ駄目だよ?」
「ココアを飲みながら注意されても色々困ります」
熱いからか両手で持ちながら飲む姿は年下にしか見えなくて困る
「それじゃあ、二人でごゆっくり」
「え、いや!! お母さん、ちょっ!!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ……飲む?」
「殴りますよ」
「ごめんごめん」
「……遥さんっていくつなんですか?」
「んー、言わないと駄目?」
「教えてくれると嬉しいです」
そう言うと顎に手を当て考え出した
「あ、いや……無理に言わなくても」
「いやいや、大丈夫。永遠の二十歳だから」
「それってどうなんですかね、っていうか年上だったんですか」
「どういうこと、それ」
「てっきり同い年か年下かと……」
「ひどいなー、童顔ではないはずだけど」
あなたの行動や言動が年下と思いさせることに気付いてください
顔だけは良いのに、顔だけは
「顔だけって……酷い事言うよね君も」
「本当のことを言っただけです」
「それでさ……君は探してるものがあるって言ってなかった?」
「言ってないです、でもなんで分かったんですか」
「君の考えてることはわかっちゃうんだよねー、それで? 何を探しているの?」
「考えてることは分かっちゃうんじゃないんですか?」
「さすがに探しているものまでは分からないよ」
エスパーじゃないんだから、と付け加えてココアを飲み干す
目を伏せて飲む姿はどう言葉にしたらいいのか分からない……いい意味で。
やっぱり大人だな。
本当に無駄に整ってる顔が嫌になる
なんだこの人本当に
「何を探しているのかわからないんです」
「……なるほど、それでも何かもやもやしているわけね」
「その通りです」
「…………分かった、今日は帰るよ」
「今日はってなんですか」
「まぁね、それじゃあ……お母さん!! ココアありがとうございました。美味しかったです」
「あらー!! もう帰るの?」
「はい、夜遅くにお邪魔しました」
「いいえー、またいらっしゃい」
「ありがとうございます」
脱いでいた上着を持って近付いてくる……近付いてくる!?
「ちょっとこっちに来て」
「え?」
「いいからいいから」
「これ、貸してあげるよ」
「何でカーディガン?」
「どうせ、カーディガン無くしたんでしょ?」
何故それを……確かに帰ってくる途中に去年カーディガンを無くしたことに気付いた
「本当にエスパーじゃないんですよね」
「何を言い出すんだい君は」
「とにかくいいですよ、パーカー着ていけばいいし」
「いやいや、君がパーカー好きなのは分かるけどね、いいから受け取りなよ」
「その上からくるのやめてもらえませんかね」
「嫌だね」
「本当に仲良しなのね」
「気のせいだよ、お母さん」
とりあえず、笑顔で手を振りながら出て行く遥さんを見送り部屋に戻る
黒いカーディガンだけど見るからに大きい
これが男女の差というものですか
……人って案外怖くないのかもしれないな
プロブレーメ
カーテンの隙間から差し込む太陽の光
昨日もあまり寝れずにずっと音楽を聴いていた
「寒い……っ」
昨日も寒かったけど今日は馬鹿みたいに寒い
思わず布団を頭まで被ってしまった
「これは、本当にカーデイガン着ないと駄目みたいだな」
本当は出来るだけ着たくなかったけどしょうがない
遥さんに貸してもらったあのカーディガンを着なければいけない
「春ちゃーん!! 朝よー!!」
「起きてるー……よ」
「こらこら、起きてすぐ寝ようとするんじゃない」
「なんで居るんですか気持ち悪い」
「気持ち悪いってひどいなーお母さんに頼まれたんだよ」
布団から顔を出して返事をするとベッドに腰掛けてこちらを見ている遥さんと目が合ってしまった
お母さんは本当に彼氏だと思っているんだろうか
残念ながら素晴らしい勘違いなんだよ……気づいてくれよ
「なんでお母さんが遥さんに」
「君は朝が苦手みたいだからねー、昨日こっそりお母さんと電話してたんだよ」
「お父さんが知ったら泣きますね」
「ああ、そういう関係じゃないから大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないんです私の心が痛いです」
「撫でてあげようか」
「ちょっとそこの窓から落ちてください」
確かに朝は苦手だけどお母さんが起こしに来ればいいのでは……。
「春ちゃん、おはよう!! いい朝を迎えれて良かったわねー!!」
「全然よくないよ、お母さん何勝手に頼んでるの」
「えーだって、彼氏さんなんでしょ? 」
「違うけどね、全然彼氏とかそんなんじゃあないんだけどね」
自分でも驚くほどの速さで朝食を食べて
制服に着替える……着替えたい
「……遥さん、出て行ってくだっさい」
「どうして?」
「堂々と着替えを見ないでください」
「覗くのはいいの?」
「カッターってどこだっけ」
「ごめんごめん、わかったから」
遥さんを追い出して制服を着る
カーディガンをブレザーの下に着ているけど
大きすぎて袖から出てしまっている。
「暖かい……これが正解か」
パーカーを着ようか迷っていたというのは秘密
そろそろ時間だ
重たい鞄を持って外に出る
「華麗に僕をよけていったけどさ」
「あ、ごめんなさい忘れてました」
「君ってさ……ピンポイントに心を抉ってくるよね」
「すみません、悪気はないんです」
「……まぁ、いいや。それより、カーディガン着てるんだね」
「あ、はい……あまりにも寒すぎて」
一応言っておくと今は家の玄関の前
そろそろ歩き出さないと遅刻だ
遥さんをどうにかして帰さないと
「酷いねー君は、帰そうとするなんて」
「だから何で考えていることが分かるんですか」
「そりゃー……まぁ、しばらく貸してあげるよそれ」
「いいんですか?」
「うん、いいよ。暖かいでしょ? それ」
「すごく暖かいです」
「僕も結構気に入ってるんだ、少し大きいみたいだけど冷え性の君にはぴったりだね」
「……おかげさまで」
空気を読んでくれたのか、歩きながら話してくれている
いやいや、帰ってくださいよ
本当に困るんです
「そんなに僕といるのが嫌かなー」
「いや、それより人が苦手だから貴方も苦手っていうか……あ、でも遥さんは結構話している方ですね」
「うんー……でもな……」
「学校まで一緒に歩いていると変な風に噂されちゃうんですよ」
「なるほどね、春ちゃんはされたことあるの?」
「ないですよ、人が苦手だって言ったじゃないですか」
「そうだったね、ごめんごめん」
言うことはふざけている遥さんだけど
横を歩く姿は顔の整った男性、意外と身長あるんだな……。
すれ違う人たちが振り向く、いやこっちは見なくていいですから本当に
「周りの目が気になっちゃうかな?」
「え?」
「いや、さっきから俯いているからさ」
「あ……はい、なんかいつも以上に突き刺さります」
貴方のせいですよ、遥さん
それにしても不思議だ
人が苦手な私は、こんなに一人の人と一緒にいるということはしてこなかった
クラスメイトとの会話も苦手で、一言くらいしか話せないけど
遥さんは……なんでだろう
こう……なんて言えばいいのか分からないけど言葉がスッと出てきて
「自然と話せるんですよね」
「え? なんか言った?」
「あ、いやっ何も言ってません」
「そう?」
「はい……あ、もう近くなのでこれで」
「あぁ、うん。頑張ってね」
「はい、ありがとうございました」
「帰りは遅くなりそう?」
「……早くに帰ります」
「そう、分かった」
いつもは登校するときは時間が長く感じてしまって
そして、人通りが多い道だから周りの人がこわくてしょうがなくて
息がうまくできないけど
今日は遥さんが居てくれたおかげで、すぐに着いた
……視線はいつもの倍だったけど。
「あの人誰だっけー」
「えー? あぁ、あのカーディガン着てる人ー?」
「うん、なんか男の人と来てたけどさー」
「えー彼氏ー? マジかよ」
なんか、また面倒な……。
昨日、いきなり現れた人は不思議な人で
私が気付いていない不安や悩みも知らないところで溶かしてくれる
その人は時々寂しそうな顔をする
面白い考え方をする人で、話は結構合う人で
そして、問題をたくさん作っていく人で__。
ル メルヴェイユー
うまく目が開けられない
異常なくらい体が重くて、起き上がろうとすると力が抜けてしまう
「あんなに暖かい格好していたのに、なんで風邪ひいちゃうかなー」
「ごめんなさい、本当に」
学校では普通だった
いや、体育の授業の時に少しおかしいと思ったけど
そのまま気にせず授業を受けていたら倒れていた。
「君ってさ、無理する人だよね」
「そうですか?」
「だって、気付いていたんでしょう? 普通、保健室に行くよ」
「そうですね、いやなんか動くのが辛かったのもあるんです」
「じゃあ、誰かに連れて行ってもらえば……いや、駄目だな」
「なんでですか?」
「保健室だよ? 相手が男子だったらどうするの」
「あなたの頭がどうしたんですか」
遥さんが言いだしたことなのに、なんで私が言いだしたみたいになってるんだか……。
「夜にお腹出して寝てるんじゃない?」
「殴っていいですか?」
「本当に申し訳なかったと心の底から思っています」
「……遥さん、だんだん性格が変わっていってますけど」
「気のせいだよ、今のはノリで……そうか、君友達いないから分からないか」
「やっぱり、そこの窓から落ちて下さい」
「ごめんって、いいじゃん僕が居るんだし」
「迷惑なんですけどね」
「君は僕に対して冷たすぎない? 僕はこんなに優しくしているのに」
駄目だ、異常に疲れる
別に冷たくしている訳ではない、思ったことを言っているだけなのに
「それって、結構傷つく言葉って君は知ってるかい?」
「…………」
「……黙らないでよ、しょうがないじゃん分かっちゃうんだから」
「分かってもいいですから、言わないでください。それが、優しさってやつじゃないですか?」
なるほど、と言いながら手をたたく姿はどうしても年上とは思えない。
しかし、本当に今回の風邪は辛い
遥さんがいるから余計辛い、精神的に。
「んー風邪薬って苦いから砂糖まぜてみようかー」
「馬鹿ですか貴方は、それ飲むの私なんですからやめてください」
「え? 何言ってるの? 僕が飲むに決まってんじゃん」
「えっ」
「えっ」
「遥さん……風邪ひいてます?」
「うん」
「いい返事なことはいいですけど風邪ひいているのになんでここに居るんですか馬鹿ですか」
「うん、正直自分でも馬鹿だと思う」
「なら帰ってください」
「全力でそうさせてもらうよ」
何が『君って無理する人だよね』だ
遥さんは問題を作っていく
問題を作って、置いていって、帰っていく
たまに寂しげな顔をする遥さんから目が離せなくて
男性とは思えないパッチリとした目に影がおちる姿を見ると苦しくなる
これも風邪のせいなのだろうか
その日、久しぶりに夢を見た
あの時見た光景が目の前にあって
触れようと思っても触れられなくて
辛くて苦しくてしょうがない自分を自分が見ていて
頭が痛くなるくらい複雑な夢
これだけ聞けば嫌な夢だと思われそうだけど決してそんなことはない
とても懐かしくて、とても柔らかくて……ずっと見たかった夢だった
『夢』だったんだ
廃墟エトワール