少しだけその名を借りるよMJ。




化粧水の名前は
隣の人のものによく似ていた。
記憶力に不安があったので
隣人にお礼をいった
(心のうちで)。
スキンケアは大事だ。
体重をその身にとどめておける。







チャイニーズフードを好んで食す私は
妻を娶ることにした。
太陽の下で歩けない。
そんな事情がある
妻を娶ることにした。
ある晴れた日のこと,
曇りじゃないのを残念に思った。







彼女は太陽の下で歩けない。
じゃあ走れるかというと
そうはいかない。
居ることは出来る。
でも走れない。
そして歩けない。
居ることは出来る。
あとは繰り返さない。






私が働く工場において,
工場長は日焼けをしていた。
そして時計が
手首周りに残っていた。
その日に限って不思議なもので,
ネジ回しが少し重たく,
あっちこっちから
あちらこちらに至るまで,
お互いに確認し合う声が聞こえた。
今にして思えば
ネジの発注ミスか何かだろう。
そもそも調子が合っていなかったのだ。
重いネジ回し。
腕が疲れた。







その時工場長は日焼けをしていた。
そして,
ぼりぼりと腕を掻いた。
ヒラヒラと,
そうヒラヒラと,
かつての工場長は舞い落りた。
削れた工場長は奥に引っ込んで
電話確認をしている。
それはとても確かだった。
かつての工場長は舞い落りた。
削れた工場長は電話確認をしている。







彼女はそれを「太陽さん」と呼ぶ。
それは遠い存在感を感じた。
彼女がいつも聞いて,
あとから時たまになったのは,
太陽の感触を丁寧に説明する事だった。
あれやこれやの手を尽くす中で
僕は彼女とそれとの隔たりを間接的に
感じた。
「太陽さん」。
あなたの感触は難しい。







安物のテレビで知ったことで,
人はいつの間にか生まれ持った皮膚を
全て変えてしまう。
母にキスされ
父の髭を感じた肌なす皮膚は
もう無いのだそう。
そこにある時間はどうしたのだろう?
削れた工場長。
聞いても無駄なのは分かってる。
削れた工場長。
そこにある時間はどうしたのだろう?







月夜の晩に彼女はよく歩いた。
健康面からと
それと気分からと。
日焼けをしない彼女は月に焼けた。
削れもせずに月に焼けた。
対して僕は日中に焼けた。
工場長と同じく削れもして。







ムーンウォーク。
少しだけ,
その名を借りるよMJ。







ムーンウォーク。
彼女は「太陽さん」の
下を歩けない。







生まれ持ったものについて考察する。
その構成要素をかき集める。
僕はチャイニーズフードが好きで,
スヴタが好きだ。
走力はそこそこ。
犬は平気だ。
相撲は見ない。
泳ぎはまあまあで,
午後に車を運転することができる。
暑けりゃジュースを買って
飲みもする。
構成要素。生まれ持ったもの。
考察を加える。
考察する。







皮膚は日記のようなものかもしれない。
時間が進んでる証拠で
生命は活動中。
そこに昼夜の区別を入れる。
僕が昼間に歩道を渡り,
彼女が軒下で昼を見る。
僕がハンケチで汗を拭えば
彼女はお腹いっぱいにウォーターを飲む。
弱い昼に託けて僕が帰ろうとすれば彼女は,
出掛けるのに一所懸命だろう。
そうして
僕が工場の仲間と共に夜のネオンに手を加え,
煌々と公共の電気量を消費すれば
それを見て彼女は隠す驚きを持たない。







僕らが居たネオンの下で
彼女は隠す驚きを持たない。






そうして去ってムーンウォーク。
午後の7時がちょっと進んだ。
日記を綴じるタイミングに限って
多分同じに出来そうだった。







ムーンウォーク。
少しだけ,
その名を借りるよMJ。







ムーンウォーク。
彼女は「太陽さん」の
下を歩けない。







化粧水の名前を覚えたのは
僕が日焼けをしたからだった。
肌荒れは良くない。
格好も悪い。
多分削れた工場長と同じく,
僕の皮膚はヒラヒラと舞って
隣の彼女を横目に去っていき,
僕は少し生まれた時を離れて行く。
いつかムーンウォークが出来る時代に向かって。
少しずつ少しずつ。







その時には一緒の時間に寝起きして,
隣り合って日記をつける。
それまでは







いつも通りだ。







ムーンウォーク。
少しだけ,
その名を借りるよMJ。







ムーンウォーク。
「太陽さん」の下を過ぎた待ち合わせ,
間に合うように。







ムーンウォーク。
少しだけ,
その名を借りるよMJ。

少しだけその名を借りるよMJ。

少しだけその名を借りるよMJ。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-13

Copyrighted
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