グレイ家の兄弟 Roger in a Rage

襲われる弱者

 ― イギリス・ソルシティの一角で ―

 今日も自宅でだらだらしているG4ことグレイ家の四兄弟。長男フレディ(28)は寝っ転がってテレビを見ており、次男ブライアン(27)は手鏡を見ながら髪の毛をセット中で、三男ロジャー(25)はスマホでネットサーフィンし、四男ジョン(23)はアイドルのマネジャー職を探して求人誌を読んでいる。
 そうしていると、フレディが起き上がりながら言った。
「そうだ、トゥアルィズコーヒーとか行かない?」
「お、それはいいな。俺もちょうどヘアセットが終わったところだ」
「トゥアルィズ?行きたい!」
「僕も行く!」
 こうして、満場一致でトゥアルィズコーヒーに出掛けることにした。

 しかしそのとき、衝撃的なニュースがテレビで報道された。
「次のニュースです。ソルシティの老人介護施設『OUR HOUSE』で、入居者15人が何者かに殺害されました」
「ええええっ!!?」
 G4は一斉に驚き、テレビに釘付けになった。報道によると、昨日の午後2時半ごろ、老人介護施設『OUR HOUSE』に何者かが侵入し、入居者およそ30人のうち15人が胸を切り裂かれたり、首を締められたり、頭を殴られたりなどして殺され、被害者はいずれも女性だという。また、事件のわずか数分前に入居者の孫を名乗る男が老人介護施設を訪れたことも分かった。G4は、この事件の凄惨さに怒りを感じずにいられなかった。
「高齢の女性をあんなふうに殺すとか、人間のすることじゃない!」
 ロジャーが体を震わせながら言うと、フレディも低いトーンで言った。
「全くだ。犯人め、弱者の命を何だと思ってる」
「これも犯人がまだ捕まってないっぽいな」
 ジョンが険しい顔で言う隣で、ブライアンは無言で怒りに震えた。


 一方その頃、ソルシティのサンシャイン小学校の通学路にて。一人で下校中の小学五年生の少女の前に、逆立つ茶髪に、濃い灰色のストリートファッションをした30歳前後の男が現れて、優しく挨拶した。その男は、彼女がバッグに付けているソルシティのゆるキャラ「ソリーくん」のマスコットを見ると、明るい感じで言った。
「あ、ソリーくんだ。ソリーくん好きなの?」
「あ、はい」
 少女が答えると、男はふっと笑い、話を続けた。
「実はね、今日、ソリーくんの最新グッズが『Fancyfancy』(ファンシーファンシー)に入ったらしいんだ」
「えっ、本当ですか?」
 彼の言う「Fancyfancy」とは、ソルシティで人気の雑貨店の名前で、小学生から社会人まで広い世代に愛されているのだ。
「本当さ。早く行かないと売り切れちゃうかもよ。すぐに買いに行ったほうがいいよ」
「じゃあ、行かなきゃ!ありがとう、お兄さん!」
「ああ、いってらっしゃい」
 少女は、「Fancyfancy」のある方角へ駆けていった。

 その子の後ろ姿を見て、男は悪そうな顔でこくりとうなずいた。彼は「本来の姿」に戻って少女の後を追い、その後ろで両手を組んでそのまま腕を振り上げ、頭を勢いよく殴った。少女は頭を抱えてしゃがみ込み、痛さとショックで泣き出した。男はにんまりと笑い、両手を組んだまま執拗に被害者の頭を殴った。
 やがて少女が完全に動かなくなると、再び満足そうに笑い、その子が着ていた赤いジャンパーを口笛を吹きながらはぎ取り、持ち去っていった。そしてそれを、少女の通っていたサンシャイン小学校の正門前に置いたのだった。

 その翌日のこと。同市のヘリオン小学校校区で、小学六年生のある少女が、友達の誕生日パーティーに行く途中で、逆立つ茶髪に、濃い灰色のストリートファッションをした30歳前後の男に会った。
「こんにちは」
「あっ、こんにちは」
「すごくおしゃれでかわいい服だね。どこか行くの?」
 見た目に合わず優しそうな感じで話しかけられて、少女は友達の誕生日パーティーに行くと答えた。
「そうか。プレゼントは用意してあるの?」
「はい、あります」
 すると、男は優しい笑みを浮かべ、こんな提案をした。
「じゃあさ、サプライズにもう一品買ったらどうだい?例えば花束とか」
「あ、それ面白そうですね」
 少女は、男のさわやかな感じにすっかり警戒を解いてしまっていた。
「ここを真っすぐ行くと、きれいな花を売ってる花屋さんがあるんだ。そこで買うのをお勧めするよ」
「分かりました。教えてくれて、ありがとうございました」
「いやいや。それじゃ、いってらっしゃい」
 少女は男にお礼を言うと、真っすぐに歩いていった。

 その子の後ろ姿を見て、男は悪そうな顔でこくりとうなずいた。彼は前日と同様に「本来の姿」に戻って少女の後を追い、彼女の背後から口を覆った。少女は叫ぼうとしたが、声を出せなかった。
(いやっ、離して、離して…)
「へへッ」
 ガルーは歯をむき出して笑い、鋭い爪で少女ののどを引っかいた。加害者は被害者の遺体を乱暴に地面に落とすと再び満足そうに笑い、彼女が履いていた赤いスカートを口笛を吹きながらはぎ取り、持ち去っていった。そしてそれを、少女の通っていたヘリオン小学校の正門前に置いたのだった。

少女の涙

 言うまでもなく、一連の事件はさまざまなマスコミで大きく取り上げられた。立て続けに起こる事件の異常さに、ソルシティ全体がパニックになった。G4は、陰惨な事件の数々に何もできないことを非常に歯がゆく思っていた。
「どうしてこうも弱者ばっかり殺られるんだよ!彼女たちが何をしたと言うんだ!」
 ロジャーが涙目で吠えた。ジョンは顔をこわばらせていたが、ようやく口を開いた。
「こうしてる間にも、また別の子が被害に遭ってるかもしれないと思うと、震えが止まらない…」
 長男と次男は弟たちの様子を見て、つぶやいた。
「あれだけのことをするのは、どう考えてもガルーだな」
「惨事を何とか食い止められないものか…」

 そこで彼らは、ドクター・フリックの研究所へ行き、この前代未聞の事態の対応策を協議することを決めた。研究所には、G4の幼なじみの一人で、非常勤職員のヒラリー・ヤンも居た。G4とドクター・フリック、アメリ、ヒラリーも交えての協議が始まった。女性スタッフによるおびき寄せ作戦から、通学路に潜んでガルーを捕まえるパターンまでいろいろな案を出したが、「これは」と思うものを誰も出せなかった。

 協議を続けていると、研究所のドアを激しくたたきながら、
「入れてください!助けてください!」
 と大声で言う少女の声が聞こえた。一同は音のしたほうを向き、出入り口に一番近い席に居たロジャーがドアを開けた。すると、赤いダウンジャケットを着た小学生ぐらいの少女が駆け込んできた。ロジャーはすぐにドアを閉めた。アメリとヒラリーは少女に駆け寄り、その子の顔を見て優しく声をかけた。
「ここならもう安全でス」
「向こうにソファーがあるから、そこに座ろうか」
 少女はうなずくと、ソファーのほうに向かい、ゆっくりと座った。ヒラリーがその横に座ると、少女に何があったのかを尋ねた。その子の話によると、5分ほど前にコンビニの前で、黒っぽい灰色の服を着た茶髪の若い男が自分の顔を見てニヤリと笑い、口笛を吹きながらじわじわと近付いてきたので、怖くなって走って逃げてきたのだという。彼女の話を聞きながら、ジョンとブライアンは丁寧にメモを取った。続いて少女は、先日殺された同級生のように、自分も殺されると思って怖かったことを、泣きながら話した。ヒラリーは少女の肩を抱き、アメリも少女に情け深い目を注いだ。男性陣に至っては、彼女にかける言葉が見つからなかった。特にロジャーは、涙する少女を見て、自分も泣きそうになって体を震わせた。
(か弱い女の子にこんなにも悲しい、怖い思いをさせるやつを、俺は絶対に許さない!!)
 そして彼は急に立ち上がると、ドアを開けて研究所の外に駆けていった。フレディとブライアンは同時に
「ロジャー!」
 と呼び止めたが、彼が引き返すことはなかった。その様子を見て、少女は研究所に居る大人たちの顔を不安そうに見た。ドクター・フリックは無理にほほ笑んで、
「ほえほえ~、大丈夫だす。あのお兄さんはすぐに戻ってくるだす」
 と話した。ほかの面々も、一応ほほ笑みながらうなずいた。そのあと、アメリが少女の名前と電話番号を聞き、その子の家に電話をした。

怒りのロジャー

(黒っぽい灰色の服を着た、茶髪の若い男って言ってたな。どこに居るんだ…)
 ロジャーが街じゅうを走りながら例の男を探していると、何か笛のような音が聞こえた。一層注意深く聞いてみると、それは誰かの口笛の音だった。彼はその音をたどると、雑草の生い茂った空き地に着いた。そこには、少女の証言と完全に一致した外見の男が立っていた。ロジャーはその男をにらみつけると、静かに、しかし強く言った。
「おまえだな、小学生の子たちを無残に殺したのは」
 男はうなずきながら答えた。
「ああ、俺だ」
 ロジャーは別の質問をした。
「何日か前に老人施設のおばあ様方を殺したのも、おまえだな」
「ああ、俺だ。さてはおまえ、俺の娯楽の邪魔をする気か?」
 男はそう言うと、限りなく黒に近い灰色の体毛の人狼に姿を変えた。ロジャーは、目を覆いたくなるニュースの映像や、研究所で保護した少女の涙を思い出し、さらにはなすすべなく殺されていった被害者たちの声なき叫びまでも想像した。彼の怒りのボルテージは最高潮を超え、彼の右の拳からは強い電気が発生した。
「いいかげんにしろおぉ!!!」
 ロジャーは吠えるとガルーに向かって突進し、その顔のど真ん中に電気をまとった激しいパンチを浴びせた。その衝撃でガルーは仰向けに倒れ、ロジャーはすぐにガルーのあごに強力なキックを喰らわせた。そしてガルーの顔面、特に鼻の辺りを何度も強く踏みつけた。ロジャーの足技を何発も受け、ガルーの牙はボロボロになった。
「ホ、ホモ・サヒエンスガ…」
 彼はひるんだような声を出しながらよろよろと起き上がった。その間にロジャーはガルーから距離を取ると、それぞれの手に玉状のプラズマ弾を発生させ、それらをガルー目がけて投げつけた。それらは二発とも標的に直撃した。

 やがて、ほかの兄弟たちも現場に駆け付けた。彼らの目に映ったのは、仰向けに倒れているガルーの腹を一心に殴り続けるロジャーの衝撃的な姿だった。彼が兄弟の中でも攻撃的なキャラなのは昔からだが、ここまで激しく相手を殴るのは見たことがなかった。この有様に、いつもクールなはずのブライアンが大声で言った。
「やめろ!やつの体力はもう限界に近付いてる!」
 しかし、ロジャーに次兄の声は聞こえなかった。そこでジョンが両手を差し出し、すぐ上の兄の背中を狙って砂を飛ばした。
「うわっ!」
 苦手な地属性の技を喰らい、ロジャーは思わず攻撃の手を止めた。そして弟のほうを見ると、強い目力でにらんだ。
「余計なことすんな」
 その隙にガルーは横になった状態のまま、後ずさった。そして何とか二本足で立つと、背中を丸めて荒い呼吸をしながら言った。
「ハァ、俺ハモウ、ホモ・サピエンスヲ襲ワネェ。今マデノコトハ謝ル。ハァ、ダカラ、命ダケハ…」
 しかしロジャーのほうは、剣を横に持つような動作をして、手の中に発生した電気を剣のような形に変えた。
「じゃあ、とどめ刺すけど…いいよね?」
 ゆっくりそう言うと、電気でできた剣を手に突進した。
「たああぁぁ!!」
 ロジャーは擦れ違いざまに素早くガルーを切り裂いた。怪人はうめき声を上げながら前のめりに倒れ込み、爆散した。それから数秒後、ロジャーもへたり込んだ。

優しき兄弟

 G4の三男は、相手を殴り過ぎて真っ赤になった自分の手をじっと見つめた。さっきまでしたことが、彼自身も信じられなかった。浅い呼吸を繰り返すロジャーのもとに、兄弟たちが駆け寄った。
「大丈夫か?」
 ジョンが声をかけると、ロジャーは無言でうなずいたが、直後に無表情でつぶやいた。
「俺も、外道になっちゃったかな…」
 兄弟たちは少し言葉に詰まったが、長兄のフレディが、ロジャーの肩を抱いた。
「いや、おまえは外道なんかじゃない」
 次兄のブライアンも、弟に目線を合わせて言った。
「そうさ。ちょっと行き過ぎだが、これ以上被害者を出すまいと起こした行動なんだと、今分かった」
 ジョンも付け足した。
「あと大体、今回はガルーがクズすぎた。だから、ロジャー兄さんがあんな行動をするのも無理ないよ」
 兄弟たちの優しいフォローを受けて、ロジャーはうれしさのあまり今度は泣き出してしまった。
「みんな…ありがと…」
 ブライアンが苦笑いすると、自分の指でロジャーの涙を拭いてやった。
「全く。怒ったり泣いたり、忙しいやつだ」
 フレディも困ったように笑いながら言った。ジョンは、ロジャーにほほ笑みとゆる~いエルボーをかましてきた。


 やがてG4が研究所に帰還し、アメリとヒラリーが出迎えた。
「あっ、皆さんおかえりでス」
「あ、みんな、おかえり~」 
「ああ、ただいま。あれ、助けた子は?」
 フレディが尋ねると、アメリが答えた。
「あ、あの子なら、ちょっと前に親御さんが迎えに来て、すごく丁寧にお礼を言って帰ったでス」
「ほう、それはよかった」
 ブライアンはそう言ってほほ笑みを見せた。
「それと、親御さんからお礼をもらったの」
「お礼?」
「そう、これよ。見て」
 ヒラリーが封筒を見せた。その中身は、トゥアルィズのコーヒーチケット5枚だった。フレディの目が輝いた。
「トゥアルィズのコーヒーチケットキタ――(゚∀゚)――!!」
 G4の長男はうれしさのあまり、四男とハイタッチを交わした。この明るい光景に、全員が笑った。

 「あと、あの女の子からG4に伝言があるんでス」
「どんなの?」
 ロジャーに聞かれると、アメリは深呼吸をして言った。
「『お兄さんたち、助けてくれてありがとう』とのことでス」
 アメリを通しての少女の感謝の言葉を聞いて、彼らは照れ笑いした。


 そして数日後、G4は早速コーヒーチケットを利用して、トゥアルィズコーヒーで楽しいひとときを過ごしましたとさ。


                          ― TO BE CONTINUED ―

グレイ家の兄弟 Roger in a Rage

グレイ家の兄弟 Roger in a Rage

連作「グレイ家の兄弟」の第3話です。「ブチ切れたロジャー」という意味のタイトルどおり、G4の三男ロジャーがキレて大暴れします。 彼の激しい怒りの訳とは…? なお、本エピソードはストーリーの展開上、R15的描写がかなりあります。お読みになる際はご注意ください。

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-04-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 襲われる弱者
  2. 少女の涙
  3. 怒りのロジャー
  4. 優しき兄弟