うちの主人が寝込んでしまいました

祐喜代


主人がベッドに横になって寝込んでしまってから、どれくらい経つんだろう?

ある日、いつのように私が主人を起こしに行くと、具合が悪そうな寝顔で、揺すってもまったく起きる気配がありませんでした。

家の事や私の身の回りの世話はほとんど主人がしてくれていたので、寝込んだ時は本当に困りました。

私は自分で食事を作る事も出来ないし、掃除や洗濯をする事も出来ません。

買い物も主人がしてくれていたので、主人が寝込んでしまってから、食事は家にある物を適当に食べて済ましていました。

今ある物を食べ尽くしたら、どうしようか?と思っていたのですが、主人の方は食事も喉を通らないのか、何も食べずにただひたすら寝込んでいました。

主人は買い物以外ほとんど外出をしない人で、外の光が嫌いなのか、家の窓とカーテンは常に塞ぎっぱなしでした。

だから私たちは昼夜を問わず部屋の電気をつけて生活していました。

その電気も電球が切れてしまったのか、いつからか部屋が真っ暗になりました。

私は暗闇には慣れている方なので、それでも大して不便はありませんでした。

誰も買い出しに行かないので、家の中の食べ物がどんどん減り、私も主人も次第に痩せていきました。

いつ起きてくれるのかな?

私は水道の水が飲めないので、主人が飲みかけにしていたペットボトルの水を少しずつ飲んで喉の渇きを癒しました。

主人のように一人では何も出来ない私は、とにかく主人の回復を待つしかありませんでした。

主人は風呂にも入らず、ずっと寝込んでいるので、だんだん体が臭くなっていきました。

太った顔と体が痩せこけ、顔色や体の色もどんどん悪くなっていくようでした。

主人はもともとお風呂が嫌いなようで、週に一回か二回くらいしかお風呂に入っていませんでした。

それでも私は別に不潔だとは思いませんでした。

主人が寝込んでいる間、家に訪ねてくる人があって、玄関のチャイムが何度か鳴りました。

私は人とうまくおしゃべりする事も出来ないので、玄関のチャイムが鳴ってもどうする事も出来ず、放っておきました。

主人の携帯電話も何度か鳴ったけれど、やはりおしゃべりする事が出来ないのでそれも放っておきました。

私は主人がいないと本当に何も出来ません。

ある日、とうとう家の食べ物が底をつきました。

しかたがないので、床を這って、そこに落ちている食べカスを食べて過ごしました。

動くとお腹が空くので、私はそれからあまり動かずに、なるべく主人の側で横になってジッとしていました。

主人もおそらくお腹が空き過ぎて寝込んでしまったのかもしれません。

主人は私の食事をいつもきちんと作ってくれたけれど、自分の食事はほとんどカップラーメンや菓子パンなどで済ましていました。

それ以外はお酒とタバコばかりを口にしていて、酔ったらすぐに寝てしまいました。

私はお風呂に入らない主人を不潔とは思いませんが、体に悪い事はあまりして欲しくありませんでした。

私がかわりに料理してあげられるといいんですけど、私は不器用なので料理はやはり無理でした。

主人は働いていませんでしたが、毎月誰かから生活費をもらえるらしく、私たちはそのお金で生活していました。

「オレも別に働きたくないわけじゃないんだよ、ただね……ただなんかね、辛くてね」

主人はお酒を飲みながら、よくそんな事を言っていました。

主人はお酒を飲み過ぎると、「ちくしょう!馬鹿野郎!馬鹿野郎!」と壁を叩きながら大声で怒鳴ったりしていましたが、決して私に暴力を振るったりはしませんでした。

むしろそういう時ほど、なぜか私を抱きしめて優しくしてくれました。

私もそんな主人を慰めようとしましたが、言い方が分からなくて、うまく自分の気持ちを伝える事が出来ませんでした。

早く起きてくれないかな……。

お腹を空かせながら主人の側で横になり、とにかく毎日そう思っていました。

ある日、鍵をかけているはずの玄関のドアが急に開きました。

大家さんと警察の人が一緒に私たちの部屋に入って来て、寝込んだままの主人を見ると、互いに顔を顰めました。

「ダメだ、やっぱり死んでるね」

びっくりして怖がる大家さんに警察の人がそう言いました。

「……猫は? あ、猫はまだ生きているぞ」

警察の人が主人の隣でぐったりしている私を揺すってそう叫びました。

そして私は大家さんに抱かれて、近くにあったタオルにくるまれ、部屋の外に出されました。

「いつかこうなるんじゃないか?って思っていましたけどね。……でも猫だけでも生きてて良かったわ。回復したらこの猫はうちで飼います」

部屋から出たのはどれくらいぶりだったでしょうか?

外の光がとても眩しかったです。

主人も警察の人と一緒に外に出たようですが、私はそれ以来、主人とは全然会っていません。

うちの主人が寝込んでしまいました

うちの主人が寝込んでしまいました

  • 小説
  • 掌編
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