六花の恋-ライバルと同居することになりました?-

成績トップを争う仲の咲雪(さゆき)と晃(こう)は、ある日いきなり一緒に暮らすことになりました!?

《登場人物紹介》

司 咲雪(つかさ さゆき)
高校一年生。中学が一緒になってから、成績ではいつも晃に勝てず。
告白はされる方だけど、恋愛に鈍感でその意味を理解していない。母子家庭。

雪村 晃(ゆきむら こう)
咲雪のクラスメイト。常に学年トップの成績。学校イチのイケメンと評判。
ノリはいい方だけどダウナーなためわかりにくい。同じく母子家庭。

相馬 凛(そうま りん)
咲雪の中学校からの親友。毒舌で男言葉だけど面倒見がいい。

三科 琴(みしな こと)
咲雪の高校からの親友。中学時代は黒歴史。

藤沢 巽(ふじさわ たつみ)
晃の中学からの親友で、咲雪とは保育園からずっと一緒。バスケ部のホープ。

青山 旭(あおやま あさひ)
転校生の男子。咲雪と知り合いのようで……?

司小雪(つかさ こゆき)
咲雪の母親。

雪村奏子(ゆきむら かなこ)
晃の母親。



1 ライバル?

+side咲雪

 私には、負けられない奴がいる。

「わ~っ、朝から雪村くん見ちゃったー!」
「今日もカッコいい~」
 登校の道で騒がれているのは、同じクラスの雪村晃。登校するだけでこの反応とはいつもながらすごい。
 まあ、雪村の見た目がいいのは私も同意する。烏のような真っ黒の髪に、鋭い視線。シャープなラインにバランスのいいパーツの顔。背丈もあってスタイルもいい。女子からの人気が高い上に、男子からのウケもいい。
 私、司咲雪は、雪村とは少し距離を置いて先を歩いていた。……のだけど。
「咲雪さん! あの、今日一緒に帰りませんか⁉」
「よかったら俺と昼飯を一緒に――」
「咲雪さん! 俺と――」
「え? あ、あの……?」
 雪村を遠目に観察していた私の前に、急に男子に壁を作られてしまった。うわ……これ、絶対あいつ笑ってるでしょ――
「おい。悪いけどそいつ、俺と勉強漬けになるから。そんな暇ない」
「は?」
 思わず振り仰ぐと、いつの間にか後ろに雪村が立っていた。そんで、怖いカオで私の前を見ている。
「え……雪村と?」
「そう。だから邪魔すんな」
「………」
 なんでお前はそう偉そうなんだ。と、私がツッコむ前に、雪村に腕を摑まれてしまった。男子たちを置いて歩き出す。
「雪村。お前と勉強する予定なんかないでしょ」
「どーせ家じゃ勉強するか家事するかしかしてねーから一緒だろ」
「っ! そういうこと外で言うんじゃない!」
 真顔で言われると余計腹立つ! 凛ちゃんや琴ちゃんと連絡とかもしてるわ!
「なに恥ずかしがってるんだ? 同衾した仲だろ?」
「なっ……」
 そ、それこそ外で言うんじゃなーい‼
 本気で首を傾げる雪村を本気で殴ってやろうかと思ったけど、視線を浴びていることに気づいてはっとした。そういやこいつ見目(みめ)良いから目立つんだよ! 一緒にいたら悪目立ちしてしまう! そろりと一歩、横に離れた。
「おい? なんだ、その距離は」
「いや、雪村と一緒に登校する理由ないし。私はフェードアウトしていくのが一番いいな、と」
「隣歩いてりゃいいだろ」
「やだよ」
「ああ、お前、一度も俺を追い越したことないもんな? 俺と並んで歩くのも無理か」
「なんだと⁉ じゃー先に行ってやるわ!」
 カチンときて、雪村を置いてダーッと駆けだした。この……この減らず口がああ!
「あー? 今朝の雰囲気どこいきやがった?」
 雪村がほざいてることも知らず、私は一人の背中に激突して抱き付いた。
「うわっ⁉」
「凛ちゃ~ん!」
「なに、咲雪? どうしたの」
「咲雪ちゃん、今日は遅かったじゃない?」
 私が激突したのは、中学校から一緒の相馬凛ちゃん。隣からのんびり声をかけてきた八重歯が可愛い子は、高校で友達になった三科琴ちゃん。
「ごどぢゃーん! あの悪魔がーっ!」
「うん、今日も雪村くんにいじめられたのね? あとで琴がお返ししといてあげるね」
「琴ちゃん天使~」
 よしよし、と頭を撫でてくれる琴ちゃん。ほんわかした見た目とその通りの性格で、本当に優しいんだ。雪村のせいで生えたトゲが二、三本抜けた気がした。
「咲雪、そうやって雪村にいじられてるあんたを見る度に、これが学年トップかって疑問に思うわ……」
「凛ちゃん、何をディスっている?」
 やや毒舌気味なのは昔っからな凛ちゃんだ。私の目がまた昏(くら)さを帯びる。
「いや、だって常にトップの雪村と、タイになるか二位につけるかの咲雪だからさ。ほんとに頭いい奴って普段はこんなんなのか? って。普段から頭いい雰囲気とかないんだなーってさ」
「あいつは素で頭いいの! 私が努力してこの結果なの! 天才と凡才は並べちゃダメなの!」
「盆栽? 咲雪ちゃん、古風な趣味あるのね~」
「いや、琴ちゃんそれは漢字変換が違うって言うかもはや大いなる誤解だよ……」
 にっこりする琴ちゃんは、若干天然が入っている。私はなんと説明すればいいかわからず手をうようよさせる。琴ちゃんに正しく説明するのはなかなか根気がいるんだ。
「そういや咲雪、琴の言う通り今日は遅いな? いつもさっさと教室で勉強してるのに」
「あ~、今朝はちょっと寝坊? しちゃって……」
「なんで疑問形? 咲雪が寝坊なんて初めて聞いたわ」
 私も初めて言ったわ。けど、理由なんて凛ちゃんにも琴ちゃんにも言えない……。
「み、みんなと一緒に行きたかっただけ!」
「可愛いこと言うじゃないか~。よし、あたしも頭を撫でてやろう」
「琴も咲雪ちゃんと一緒嬉しい~」
「あ、あははは」
 ごめん、二人とも。嘘をついてしまった……。本当は今朝、雪村を起こそうとしたときに押し問答があった所為で家を出るのが遅れたんだ……。
「そういや咲雪のお母さん、いつまで海外出張なんだっけ? その間一人って淋しくない?」
 三人並んで歩く隣の凛ちゃんの質問に、びくっと肩が跳ねたのを勢いよく振り返ることで誤魔化した。
「あ、あー、期間は未定? のままなんだ。でも、もともと家には一人なことのが多かったし淋しいとかはないよ」
「そう? 一人が不安だったら呼べよ~? いつでも行くから。ってか今度、琴と泊まりに行ってもいい?」
「あー、……み、みんな都合いい日があったら、ね!」
「楽しみにしてるね~」
 腹が黒い凛ちゃんはともかく、琴ちゃんの天使な眼差しに、私はどんどん居心地が悪くなっていた。これも全部あの悪魔のせいだ……! 母子家庭でお母さんが留守にしている家に簡単に友達を呼べない理由が、雪村と一緒に暮らしているから、だなんて……悔し過ぎて話せないよー! 私だってみんなとお泊り会したいよー!
「すりゃあいいじゃねえか」
「雪村がいるから出来ないんだよ!」
「別に俺、相馬がいようが三科がいようが気にしねえよ?」
「私の立場が悪くなるつってんの!」
 私の家のキッチンで二人並んで、私がジャガイモの皮をむいて、雪村がタマネギをみじん切りしている。雪村は呆れ気味な視線を向けてくる。
「高校からの三科はともかく、相馬は知らねえの? 母さんと小雪(こゆき)さんが一緒に起業したのとか」
「……自分からは言ってない」
「巽は知ってるけど?」
「話したの?」
「うん」
「お前は……なんか、晃くんの生き方ってラクでいいよね」
「さゆもそうやって生きりゃあいいじゃねえか。学校じゃあらしくもなく『雪村』なんて呼んで」
「晃くんは目立つんだよ。私は晃くんとつるんで悪目立ちしたくないの」
「さゆも十分目立ってると思うけどなあ」
「晃くんのせいだろうよ」
 ……実を言うと、晃くんの家も母子家庭だ。私と境遇は違うんだけど、晃くんとは中学で同じクラスになった。私のお母さんと晃くんのお母さんの奏子さんは保護者会で知り合って、お互い母子家庭ってことから仲良くなって、私たちが中一の終わりに二人で起業までした。今は従業員を五人ほど抱えるIT企業で、仕事の統率を社長の奏子さんが、経理が得意なお母さんが副社長で経営を担当している。
「さゆ、ちゃんと見てねえと手までむくぞ?」
「え? あ、ああ」
 晃くんに注意されて、皮むきに集中する。
 ちなみに晃くんは、お母さんたちの仕事をバイトみたいな感じで手伝っている。私も出来たらいいんだけど……今のところ、学校の勉強と家事だけで精一杯なんだ。晃くんほど頭もよくないし、要領もよくない。
 お母さん同士が親友になった縁で、晃くんとは家族ぐるみの付き合いというやつになった。中学のときはひた隠しにしたけどね! だって晃くん、中学んときからハイスペックのルックス良しで、先輩同輩後輩に止まらず、他校生からまで告白されまくっていたから、関わって悪目立ちしたくなくて。
 んで、せめてお母さんに心配や負担をかけまいと、私は勉強に集中しまくっていた。おかげで高校は授業料免除の特待取れたけど、それは晃くんも同じ。ってか、勉強に集中しまくっているうちに、何故か私と晃くんはライバルということになっていた。晃くんは常に学年トップで、私は一位タイになったり、二位になったりがずーっと続いていたからだと思う。
 私とお母さんは、亡くなったおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた、住宅街の中の一軒家を継いでいる。未婚の母になった一人娘のお母さんと、生まれてくる私のために残せるものはこの家くらいだから、って、生前リフォームをしてくれていて、今は二階建ての洋造りになっている。おじいちゃんとおばあちゃんの記憶は少しだけだけど、二人とも穏やかで仲が良くて、大すきだった。
 その家になんで晃くんがいるかと言うと……高校に入って少しした頃、家に帰ったら晃くんがいた。
『あれ? 晃くん来てたんだ?』
『来てたってさゆ……なんも聞いてねえの?』
『へ?』
 晃くんは私を「さゆ」って呼ぶ。学校では絶対止めて! って厳しく言ってあるけど。だって悪目立ち(以下略
『さゆー? 帰った?』
『お母さん。奏子さんも』
 リビングには、ノートパソコンを広げたお母さんと奏子さんがいた。うちでもお仕事中かな?
『さゆ、ちょっと話があるから座って?』
『? うん』
 お母さんに呼ばれて、ダイニングテーブルにつく。四人で食事することもよくあるんだけど、私の隣には晃くんが座る。この日もそうだった。
『仕事でね、私と奏ちゃんで海外出張することになったの』
『あ、そうなんだー。忙しそうでなにより』
『……軽いな、さゆ』
 隣から聞こえた声は呆れていた。
『だって仕事が忙しいのはいいことじゃない。倒れたりまではいったら駄目だけど』
 今度は奏子さんが話し出した。
『うん、それでね、さゆちゃん。実は期間がまだ決まってなくて、一カ月になるか半年になるかわからないのよ』
『その間、さゆを家に独りになんてしておけないからって奏ちゃんが、晃くんを一緒に住まわせることにしてくれたの。と言うわけで、帰る時期がわかったら連絡するから、晃くん、さゆをよろしくね?』
『っす』
『ちゃーんと、さゆちゃんのこと護るのよ?』
『当然』
 ――と、私が発言する隙も与えず話は進んでいった。私はただ瞬きをするばかりで、話についていけなかった。私の意識が現実を認識したときには、お母さんと奏子さんは仕事のために会社へ戻ってしまっていた。
『……………はあ⁉ どういうこと⁉』
『さゆ、遅い』
 晃くんも、いつの間にかソファの方にいた。
『え、だ、なん⁉』
『落ち着け』
『落ち着けるか! だってそれって、晃くんと一緒に住むってことでしょ⁉』
『だな』
『私、凛ちゃんや琴ちゃんにも言ってないんだよ⁉ 晃くんと仲いいの!』
『俺は巽には言ってるし、さゆも言って構わねえよ?』
『巽はいいんだよ! うちのことも知ってるから!』
 晃くんの親友の藤沢巽は、私とは保育園も小学校も同じの幼馴染みたいなものだ。私の家が母子家庭なのも、その大まかな経緯も知っている。
『だって晃くんの周りの女子とかマジ怖ぇ!』
『……それ、俺の所為なの?』
『晃くんの所為ではないけど! ってか、今まで一人だったことも多いしそんな心配いらないよ……』
『駄目。一人には出来ない』
『……っつーてもさあ』
 なんで晃くんと一緒に暮らすなんて話に……。
『さゆは女の子なんだから、危険なことは芽を摘んでおいた方がいいだろ。俺も少しは家事出来るから、さゆにばかり負担かけない』
『……晃くんが家事カンペキなのも知ってるけど……』
 お母さんと二人暮らしで、奏子さんは多忙の身だから、家のことのほとんどを晃くんがやっている。
『そう深く考えんなって。今まで家に遊びに来ていたのが、少し長い時間いるようになったとでも思えば』
『……わかった。お母さんも奏子さんも、心配してくれてのことだかんね。でも、条件つけていい?』
『条件?』
『そう! 学校では今まで通り接すること。それと、一緒に暮らしてることは絶対に言わないで!』
『さゆがそれでいいんなら、それでいいけど』
『あと、勿論登校下校も別々ね』
『……同じ家から出て、同じ家に帰るのに?』
『晃くんの周りに彼女でもない女子がいたらツブされそうな不安しかないんだよ』
『……わかった。よくわかんないけど、知られないようにしときゃいいんだな?』
 わかったのかよくわかってないのか、わからなかった。
 ――それから三週間後、空港でお母さんと奏子さんを見送った。帰る時期がわかったら早めに連絡を入れてくれるとのことだ。それまで……学校イチのモテ男の晃くんと同居しているって知られないようにしなくちゃ……。
『さゆ、帰りも別のがいいんだっけ?』
『うん、悪いけど外で一緒にいるの見られてもヤバいと思うし。私、本屋さん寄って帰るから』
『あ、俺も』
『………』
『………』
 こ、……この勉強好きめ!
『じゃ、じゃあ家で合流ってことで。すまないけど時間差で!』
『わかった』
 駆けだした。
 地域で一番大きな書店に入って、参考書のコーナーを見ていると。……晃くんが現れた。お気に入りの本屋さんも同じなんだよなあ……。晃くんが私に気づいたようで一瞬目が合ったけど、私はすぐに逸らした。すまない。私のことは嫌いになってくれても構わないから……! って、こっち近づいて来るし!
 ……けど晃くんは少し離れた場所で止まって、棚を見上げている。あ、喋りかけたりはする気ないんだ。それもそうか。中学んときから私、本当にしつこく言っているし。……こんな扱いされて、晃くん、なんで私に愛想つかさないんだろ。私だったら……。
 ――トントン。
 注意を引くみたいに、棚を爪で叩く音がした。
 そっとうかがうと、晃くんが横目で私を見ていて、何かを人差し指で指した。ん? と思っている間に、晃くんは踵を返して、別のコーナーへ行ってしまった。何かあるのかな?
 そそそ、と横に移動して晃くんが差したあたりを見上げる。
 あ。
 私が探していたやつだ……。
 晃くんが消えた方を振り返ると、その背中が本棚に隠れるところだった。必死にありがとうの念派をおくってから、本を手に取る。私のことまで把握してくれているって、さすが晃くんだなあ。
 家に帰ると、数分の差で晃くんも帰ってきた。
『おかえりー』
 ちょうど洗濯物をリビングに運んでいて、玄関で晃くんと出くわした。
『……ただいま……?』
『なんで疑問形なの。あの、さっきはありがとね?』
『? なにが?』
『あー……色々?』
『……?』
『い、いいから、早くあがりなよ』
『うん。晩飯何にする?』
『えーと……キャベツが丸まるあるから使いたいな』
『……ロールキャベツとか?』
『いいね』
『じゃあそれで――』
 そんな感じで、和やかに昨日の夜は終わった。
 んで、翌日である今日の朝。
 いつもだったらパジャマのまま朝のうちの準備、ご飯とか洗濯とかするんだけど、朝から晃くんが一緒だから一応制服に着替えて部屋を出た。晃くんを起こしてから――と思っていたら、同じタイミングで正面の扉が開いた。
『あ』
『あ』
 制服姿で、いつも通りダウナーな感じの晃くんだった。晃くんには、空き部屋になっていた部屋を使ってもらっている。お客様用にって、ベッドとかも用意してあったからそれも。
『おはよ。もう起きてたんだ』
『はよ。朝は色々やるから……。さゆのことも起こそうと思ってたんだけど』
『私も晃くんのこと起こそうと思って』
『……それでそのカッコ?』
『うん。耳元でガチャガチャ騒いでやろうかなーと』
 私は、昨夜のうちの用意していたフライパンとお玉を両手にしている。
『と言うわけで、もう一回寝ててもいいよ? ちゃんと起こすから』
『いや、俺がさゆを起こす』
『いやいや、ここまで用意したからには譲れないよ』
『俺だってさゆのことどう叩き起こそうか考えてたから』
『叩き起こすなよ! せめて普通に起こしてよ』
『じゃあ普通に起こすからもう一回寝てて』
『制服まで着てるのに⁉』
『俺も制服だけど』
 ……こんなやり取りをしていたら時間喰って、二人して慌てて洗濯物廻してご飯作って食べて飛び出して来たんだ。それで、遅い時間の登校になったわけだ。
「ねー晃くん。今朝どっちも自力で起きたから、起こすのどうのはやんなくてもよくない?」
 隣でフライパンを操っている背の高い晃くんを見上げる。
「ん? ああ、そうだな。さゆの起こし方カゲキそうだし」
「晃くんは叩き起こそうとしたんだよね? 晃くんのがカゲキ」
「俺はフライパンなんて持ってねえぞ」
「そーですな。はい、この話は終わり」
「さゆから振ったくせに」
「お風呂、先に入るのは交互にしない?」
「いいよ。じゃあ今日はさゆ、先。昨日は俺が先だったから」
「洗濯が悩みどころなんだけど……」
「? なんで?」
「え、いや、だってさ……」
「うん?」
「…………下着とかあんじゃん」
「……ああ」
「なに、その今気づきましたみたいな反応」
「今気づいたから。俺は気にしないけど……」
「私は気にするね。晃くんは自分の……服、私に見られてもいいんだ?」
「さゆだったら盗むとかしないだろ」
「………盗む?」
「うん。よくジャージとかネクタイとか、更衣室から盗まれたことあるから」
 イケメンぱねえな。
「その度に新しいの用意しなくちゃで、母さんに負担かけた。盗んだ奴らは未だに赦せない。誰だかわかってないけど」
 あー……晃くんも、奏子さんに負担かけたくないって特待取ったくらいだからな……。
「なんか、晃くんなら大丈夫な気がしてきた」
「なにが?」
「別に私の下着見たって、私が気まずくなるだけで晃くん気にしなさそうだし」
「え……それは……」
 急に晃くんが口ごもった。
「さ、さすがに、俺も気恥ずかしい、と思う……」
 ふいっとそっぽを向かれた。見える耳が少し紅い気がするんだけど……。ちょ、私まで恥ずかしくなるんだけど!
「そ、そっか。じゃあ、その、し、下着類だけは別々に洗って、自分で干したり仕舞ったりすることにしようかっ」
「そ、そうだな。それがいいと思う」
 ヘンな空気になっちまった! 晃くんが空笑いしてるし!
「た、巽にはどこまで話したの?」
「母さんと小雪さんが一緒に起業したこととか、さゆん家に行ったり俺ん家に来たりがよくあることとか」
「んー、そのくらいなら問題ないか。巽だし」
「巽だから言いふらしたりしないだろ?」
「だね。んで、話戻るけど、晃くんと一緒に住んでる限り、私は凛ちゃんも琴ちゃんも連れて来ないから、晃くんからバラしたりしないでね?」
「さゆがそれでいいんならいいけど……さゆの友達の話だし」
「それがいいの。よろしく」
「りょーかい。あ、食材の買い出しはどうする? 荷物持ちするって言いたいけど、一緒に出掛けるのダメなんだっけ?」
「あー、うん。今まで通り、学校帰りにスーパー寄ってくるよ。特売は日によって違うから」
 キラッと光る私の主婦魂。同じ光が晃くんの瞳にも宿る。
「わかる。じゃあそれも一日交替で分担しない?」
「いいの? 早く帰って勉強したいんじゃない?」
「それはさゆも一緒だろ。あ、米とか重いモンは俺担当」
「助かるけど……」
「じゃ、それで決定。あと決めとくこと、ある?」
「うー……? 今は思いつかない、かな……」
「なら、その都度話していこ」
「うん」
 晃くんは。
 ……実はこんなに優しい人です。そりゃあ女子に人気あるわな。
「あ、そうだ」
「うん? 晃くんから何か?」
「今日なんだけど、三科が俺んとこ来て、さゆをいじめるなって怒るだけ怒って帰って行ったんだけど。あと俺のこと、悪魔って言ってたんだけど。どういうこと?」
「………」
 サーッと血の気が引いて行った。け、今朝の……。
「さゆ、俺のこと悪魔だと思ってるの?」
「そ、それは認識の祖語があると言うか――て、天使な琴ちゃんと比べたら、な話だよ!」
「……三科が、天使?」
 こてん、と首を傾げる晃くん。す、すまねえ……!
「あの元ヤンが……?」
「うん? 晃くん何か言った?」
「いや、なんでもない。でも悪魔と思われるほどさゆに嫌われてるとは思わなかったから凹んでる」
「嫌ってなんかないよ! いつも助けてくれるし料理上手だしお母さんたちの会社の手伝いまでしちゃってるし、晃くんのこと尊敬してるから!」
「……そこまで言われると……」
「うん?」
「……少し、恥ずかしい……」
「あ、ごめん――。……でも、本当のことだから。私、晃くんには憧れ続けて行くと思うから」
「さゆ、それって……」
「あ、告白とかじゃないからね? 恋愛感情どうのじゃなくて、人間として、晃くんは私の中ですっごい特別な位置にいるの。だから、学校で晃くんのライバルって言ってもらえるの、すごい嬉しいんだ。晃くんには全然敵わないけど、みんなには、晃くんと対等な位置に見てもらえてるみたいで。だから、これからも晃くんに勝つ気で行くから!」
「……そうですか」
「そうです! そういうわけで悪魔って言ったのは謝ります! ごめんなさい!」
「……結局言ってんじゃん」
「う……ごめんなさい~。でも今朝は晃くんがヘンに絡んでくるから、ちょっと頭に血ぃ昇っちゃって……」
「今朝って……さゆ、あいつらに言い寄られてるってわからないの?」
「へ? なんの話?」
「……小雪さんに頼まれるわけだ」
「晃くん?」
 またボソッと言ったのが聞こえなくて、振り仰ぐ。晃くんは「なんでもない」と軽く首を横に振った。
「ってか、晃くんこそ人がいるとこであんな話しないでよ」
「あんな話?」
「ど、同衾、とか。中一んときに一緒に縁側で寝ちゃったってだけでしょ?」
「状況だけ見ればそうだろ」
「晃くんファンの女子に知られたら私シメられしかしないから。女子の間ってほんと怖いからね? もう男に生まれて来たかったわ! ってくらい陰湿だから」
「……男の方は、それはそれで暴力とかあるよ?」
「う……それも怖いな」
「どっちもどっち」
「ですな」
「でも大丈夫だよ。さゆのことは俺が護るから」
「―――」
「さゆが男を怖がってるのわかってるし、女子同士の問題避けたいのもわかってるから、心配しなくていいよ」
「……晃くん、悪魔って言ったの撤回します」
「ん?」
「晃くんは神様です」
「え、何その格上げ? みたいな判定は」
「晃くん神様過ぎるよ。絶対幸せになってね」
「……どうしたの、急に」
「急にそう思ったの。どんな形でもいいから、晃くんには絶対幸せになってほしい」
「……うん、善処する」
「うんっ」
 晃くんは、恋愛することを避けている。だから、どんな形でもいいって思った。絶対、幸せになってほしいと思った。



2カミナリ

+Side咲雪

 六月。梅雨。晃くんと暮らし始めて二週間がたちました。……雨の季節です。
「さゆ、大丈夫か?」
「んー……頭痛い」
「低気圧にやられたか……」
「そうみたい……季節の変わり目って苦手なんだよねー……」
 今日は土曜日。朝から雨で、お昼近い時間になって、私はダメになった。ラグに直接座って、リビングのテーブルに突っ伏す。晃くんはノートパソコンを膝に乗せて、私の斜め前のソファに座っている。
「そういうときは休め――
「でもテスト近いし……あー、ままならんー。晃くんは大丈夫なの?」
 なんとか顔をあげると、晃くんが固まっていた。
「晃くん?」
 顔の前で手を降ると、はっとしたように瞬いた。
「かみ、なり……」
「え?」
 晃くんに言われて窓の方を見ると、雨が降っている昏い空の遠くの方が、一瞬明るくなった。
「よく聞こえたね。って、晃くん?」
 晃くんに、腕を摑まれた。
「ごめん、さゆ。お願いだからここにいて」
「へ? いや、こんな雨だから外へ行く用事もないけど……どうしたの?」
「………」
 晃くんは答えず、ぎゅっと目を瞑って口を結んだ。こう、くん?
「あの……本当に大丈夫? わっ⁉」
「ごめん、雷、聞こえなくなるまでだけだから」
 こ、晃くんに抱き込まれた……?
 晃くんの両腕がガッチリ私を抱きしめていて、晃くんの声は顔の横から聞こえてくる。
 ………。
「何か、怖いことでも思い出しちゃった?」
 なんとなく自分でも憶えのある晃くんの異常に、抵抗はしないでおいた。
「雷、駄目なんだ……。父親が暴れるときの、音と、似てて……」
 あ……。
 ……すがってきた晃くんの腕を、無理に振りほどかないでよかった……。
 私は、晃くんの頭を抱きしめるように腕を廻した。出来たら晃くんの耳をふさぎたかったけど、隙間なく抱き付いてきているからちょっと無理だった。
「そっか。いいよ、いつまででも、こうしてて」
 ……うん、と晃くんの小さな声が聞こえた。
 私のお母さんは結婚しないで私を産んだけど、晃くんの家は両親が離婚している。
 実の父親ってのが、普段はいい人なんだけど、すごい酒乱で、お酒が入ると晃くんや奏子さんに暴力を振るっていたそうだ。普通にしていると問題がない人に見えるから警察の動きも鈍くて、女性をサポートする系の支援団体の援助を借りて、やっと離婚出来たって聞いた。
 晃くんは、今も怖いんだ……。
 ……やばいな。雷、こっちに近づいてきてる。晃くん、私なんか全然聞こえないくらい遠い音でも、捉えて拒絶反応出ちゃうのに……。
「ねえ、晃くん。私が一方的に喋るから、聞いてるだけでいいから、無理に喋ろうとしなくていいからね? えっとね、えーっとね……そうだ! 巽の恥ずかしい話でもしてあげよう。六年以上も一緒だったから、晃くんの知らないヤツの弱みも握ってますぜ」
 わざと茶化すように言って、小学校時代の思い出話を始める。晃くんの意識が、少しでも雷の音から逸れたらいいな、って……。
「うちの小学校、四年生から部活が始まるんだけど、バスケ部と陸上部とサッカー部の三つしかなかったのね。んで、学年で一番運動神経がいい巽の取り合いが始まってね。巽、最初は三つ掛け持ちしてたんだ。それなのにバスケ部ではレギュラーになって、サッカー部でもメンバー入りして、陸上部では短距離で県大会まで出たんだよ。んで中学ではバスケ一本にして、すぐにレギュラー入りしたんだよね」
「……さゆ、それ、巽の自慢話になってる」
「え? あ、ほんとだ。あいつの弱み……ないな! 巽カンペキだな!」
 自分でオチをつけられず叫んでしまうと、晃くんが、ふっと笑った。
「さゆ、巽のこと好きだよな」
「まー保育所から一緒の幼馴染みたいなもんだからね。好きか嫌いかって言ったら好きかな」
「巽、いい奴だしな」
「うん。晃くんも巽のこと好きだよね」
「……巽は踏み込んで来すぎないし、距離感取るの上手いから、一緒にいてラク」
「あー、わかる。私も、巽のそういうとこに助けられてきたから好きなのかも」
 色々抱えている身としては、そういう存在ってありがたい。
「……話さないでほしいことは絶対話さないし」
「そうそう。秘密、一緒に守ってくれるんだよね」
「俺も、巽とさゆと小学校一緒がよかった」
「私も入れてくれるの? それも楽しかっただろうね」
 ……少し、大丈夫になったかな。ぽんぽん、と背中を叩く。
「……さゆ?」
「うん? 落ち着いてきた?」
「……うん」
「よかった。これからは、雷のときは傍にいるようにするからね」
「……これから?」
「今までは知らなかったから。でも、ちゃんと知ったから、傍にいるようにするよ」
「……うん。お願い」
「かしこまりました」
 雨はまだ止まないけど、雷の音は離れて行っている。この感じならもう少ししたら――
 ピンポーンッ
 と、チャイムが鳴った。
「あ、晃くん、少し離れても大丈夫?」
「……だめ」
「うー、じゃあこのままでもいいから玄関まで行ける?」
「……行く」
 晃くんに抱き付かれたまま、私は玄関ドアを開けた。
「はーい」
「咲雪―! 来ちゃったー!」
「咲雪ちゃーん。お菓子パーティーしよー……って、何してるの⁉」
「へ?」
 賑やかなのは、凛ちゃんと琴ちゃんだった。私を見て口を開いて固まった。……うん?
「な、なんで雪村が……っ?」
「なんで晃が咲雪ちゃんに抱き付いてんの⁉ 離れてよこの悪魔~!」
「こ、琴ちゃんそれはもうやめて――って、ごめん晃くんバレた!」
「みたいだな。取りあえず中入れたら?」
 一気にうるささを増した所為か、晃くんはむしろ冷静だった。私の首から腕を離してくれたから、凛ちゃんと琴ちゃんの腕を摑んで中に入れた。

「――黙っていて、大変申し訳ありませんでした!」
 ソファに並んで座る凛ちゃんと琴ちゃんに向かって、私は土下座した。晃くんはラグに胡坐をかいて座っている。
「ほんとだよ。いつの間に雪村と付き合い始めたの?」
「へ? いや、付き合ってはないけど」
「だってさっき雪村抱き付いてたじゃん。しかも咲雪の家で」
 あ。
「俺とさゆ、今、さゆの家で一緒に住んでんの」
「「なんで⁉」」
「こ、晃くん!」
「さゆ、これ以上黙ってると面倒呼びそうだから、もう話したら? 二人なら口外しないでって言えばそうしてくれるだろ?」
 う……。そう、なんだけど……。
「あ、あのね? 凛ちゃん、琴ちゃん。実は私と晃くんのお母さん同士が、保護者会で知り合って仲良くなって、一緒に起業したの。それが私たちが中一のときで、晃くんとは家族ぐるみの付き合い? みたいな感じでずっと来てて……」
「今、俺の母親とさゆのお母さんが一緒に海外出張中で、さゆを独りにするの危ないってことで俺が一緒に住んでる」
 そう、晃くんが補足してくれた。
「だから付き合ってるとかじゃなくて――」
「でもさっき、晃が咲雪ちゃんに抱き付いていたよね?」
「あれは――」
 ……言えないよね? 晃くんの沽券(こけん)を守るためにも。
「俺、雷が苦手でさっきさゆに助けてもらってた」
 言った――! この素直!
「雷だったら琴も苦手だもん! なんで晃なら抱き付いていいの⁉」
「琴? お前も何言ってるんだ? ってか、さっきから雪村のこと『晃』って呼んでないか?」
「あ」
 琴ちゃんが、しまったというカオをした。……うん? 私が晃くんの方を見ると、晃くんは琴ちゃんと自分を交互に指さした。
「琴と俺、一時期小学校が一緒だった」
 こ、琴⁉ 晃くんが名前で呼んだ⁉
 琴ちゃんはソファに座ったまま頭を抱えた。
「……晃が転校する前の話だよ。前の苗字のとき」
「そうなの⁉ 晃くん黙ってたの⁉」
「高校でまた逢って、話しかけたら他人のフリしろって怒られた。琴が中学んとき荒れてたの知ってるからだと思う」
「「……あれ?」」
 ていた? 凛ちゃんと声がそろってしまった。琴ちゃんは顔を振り上げる。
「なーっ! ほんと晃のデリカシーないとこキライ! ……そうだよ。琴、中学んとき不良だったの。でも高校に入ったら真面目になろうと思って、知ってる人のいない学校に入ったら晃がいるし、晃は琴の黒歴史知ってるし、挙句の果てに咲雪ちゃんと仲いいし! さっきから『さゆ』って呼んでるよね⁉」
「俺の方が琴よりさゆと仲いいからかな」
「くっそむかつく!」
「こ、琴? ちょっと落ち着け。血圧あがりすぎだろ、お前」
 凛ちゃんが、隣から琴ちゃんの肩を摑んだ。
「離して凛ちゃん。琴、殴り合いは得意なの。この間男を一発殴らないと気が済まない」
「真面目になる気ねーだろお前! 雪村もヘンな挑発するなよ! ――って、この中で雪村と親しくないの、あたしだけなの?」
「相馬とは中学以前は面識ないな」
「ふーん? じゃああたしとも親しくなるか?」
「遠慮しとく。相馬はなんか怖いから」
「琴のことも苗字で呼んでよね! 昔のこと話したら確実に殴りに行くから!」
「……わかったよ」
 琴ちゃん、本当にマジメになる気あるのかな……。
「さゆ、巽も呼んでいいか? なんか居心地悪い」
「……それは主(おも)に前のお方の目線の所為だと思うけど……いいよ」
 琴ちゃんの眼光、鋭すぎ。晃くんが巽に電話をかけに行っている間も、ドアの方を睨んでいた。
「琴、お前ってどれが本性なの? ヤンキー気質が地?」
 凛ちゃんが、軽く禁断の質問っぽいことを訊いていた。琴ちゃんは一転、いつも通りな八重歯をのぞかせた天使の笑顔を見せる。
「どっちかって言うと今の琴が素かな。ヤンキーだった頃の方が猫被っていたって言うか、装ってたから」
「不良な猫ってどんなだ?」
「百戦錬磨」
「マジか。負けなしか」
「うん。琴が相手してたの女の子だけだけど、殴り合いっこなら負けなかったよ」
「うん。可愛く言っても殴り合いっこのどす黒さは隠せないな」
「むー。晃がばらさなきゃ知られなかったのにー」
「晃くん、ばらしてないよ? 三年以上一緒にいる私も知らなかったし」
「……咲雪ちゃんはなんで黙ってたの? 琴は中学んときのこと、知られたくなかったからだけど」
「……晃くんって女子に人気あるじゃない?」
「まーあたしは興味ないけどな」
「琴も晃なんてどうでもいいー」
 ズタボロじゃないか。学校イチのイケメン。
「私みたいな奴が近くにいて批判を喰らうのが嫌って言うか、女子同士のいがみ合いとかほんと苦手で……。晃くん目立つから、せめて接点は隠しておきたいって言う私のわがまま」
「それなら琴もわかる。女子の間って陰湿なんだよね」
「そうなのか? あたしは割とさっぱり来たぞ?」
「凛ちゃんはそうだろうね。凛ちゃんの性格もさっぱりしてるし」
「おい元ヤン。口に毒残ってんぞ」
「そういうずけずけ這入ってくるところがむしろさっぱりしてるの、凛ちゃんは」
「ほーなんか?」
「一人でお菓子バリバリ食べてるあたりも自由を感じるよ。咲雪ちゃん、材料も買って来たからお菓子作ろー。フォンダンショコラ食べたい」
「お前も結構自由だぞ。咲雪、付き合ってやって。琴さんのご機嫌とっとかんと」
「みんな自由だよ」
 すごい勢いで無法地帯になったな、ここ。一人でお菓子を食している凛ちゃんを置いて、琴ちゃんに続いてキッチンへ入る。……ここのところずっと、晃くんと並んでいたからヘンな感じだ。

+side晃

 通話を終えたスマホ片手にリビングに戻ると、相馬一人になっていた。
「あ、おかえりー晃くん」
「……相馬、それやめて」
「お菓子食べるの? 名前で呼ぶの?」
「……名前。さゆは?」
「あちら」
 相馬が示したのはキッチンの方。さゆにエプロンのひもを結んでもらってニコニコしていた琴が、俺が見るなり睨んで来た。……なに始める気だ?
「さゆー」
「あ、巽はなんて?」
「今日は昼で部活終わるって言ってたから、それ終わったら来ると思う」
「不在着信?」
「ん。なんか作んの?」
「晃は立ち入り禁止!」
「……俺、どっちで呼べばいいの? 三科? 琴?」
「琴も雪村って呼べばよかったね! 三科って呼んで!」
「はいはい……んで、さゆは何するの? 三科は関係なく」
「どういう無視の仕方だこの野郎!」
「琴ちゃん落ち着いて! 晃くん、琴ちゃんとお菓子作ってるから、お仕事の続きしてていいよ?」
「なら、俺も手伝う」
「えー、こう――じゃなくて、雪村くんお菓子作り趣味なの?」
「琴ちゃん、晃くんは家事全般花丸だよ」
 ……わざとらしくにやにやする三科は相変らずむかつくけど、さゆがフォローしてくれたのが嬉しかった。何故かさゆが偉そうだっただったけど。
「……ふーん」
 三科、あからさまに機嫌悪くしたな。気にしないけど。
 さゆがフォン団しょころあ? 作るとか言っているから、取りあえず隣で見ておくことにした。俺にはよくわからん食べ物だった。
「晃くん、甘いの好きじゃん」
「好きだけど……甘いのなの?」
「しょころあ、じゃなくて、ショコラね、チョコ菓子だよ」
「俺も作り方覚える」
「……雪村くんって主夫入ってるんだ……」
 琴――三科に冷めた瞳で見られた。
「だって晃くん、ずっとおうちのことやってたものね。主婦レベル私より高いよ」
「さゆ、だからそういうの恥ずかしいから……」
「ごめん、でも私が晃くんを尊敬してるのはずっとだから」
「……えー、何このコント……」
 三科がボソボソ言っているけど、気にしない。ただ、さゆとのやり取りが楽しい。
 取りあえずふぉ……ふぉんだん、しょこら? 初心者の俺は作るとこを見ていることになった。さゆと三科が作業を始める。
「咲雪ちゃんって、藤沢くんと小学校一緒なんだっけ?」
「うん。更に言うと保育園から今まで一緒だよ」
「幼馴染過ぎるね」
「いやあ。それほどでも」
「……藤沢くんて、甘いの好きかな?」
 三科が小さな声でそう言った。あ、そういうことか。
「巽? 好きだよー。ってか巽、食べ物の好き嫌いないよ」
 そしてそういうことに全然気づかないさゆ。……傍から見りゃあ微笑ましいけど、さゆの場合はそうも言っていられない。
「ふ、藤沢くん、来るんだよね?」
「たぶん」
「晃には訊いてない!」
 俺が答えると怒鳴られた。……どうしてさゆにはこいつが天使に見えるんだろう。目ぇ悪いのかな。今度眼科に連れて行こうかな。
「琴ちゃん、巽のこと苦手だっけ?」
 ……そういうことがわからな過ぎるさゆの発言に、三科は一瞬固まった。逆だよ、さゆ。
「三科、巽の隣に座らせてやるから、それで機嫌直してくれ」
「晃くんどういう嫌がらせ⁉」
 怒られた。
「さ、咲雪ちゃん全然嫌がらせじゃないから大丈夫!」
 頬を赤らめた三科が慌てて割って入って来た。
「咲雪―、お湯って勝手に使っていいー?」
「いいよー。ケトルに入ってるからー」
 リビングから相馬の声が飛んできてさゆが応じている隙に、三科がまた睨んで来た。
「なんで晃にはバレてるの!」
「琴がわかりやすいからだろ」
「反対とかする気?」
「しないけど、なんで?」
「……藤沢くんって晃の親友じゃん。琴みたいなヤンキーあがりを近づけたくないとかあるんじゃないの?」
「巽いい奴だから大丈夫だと思う」
「……どういう意味?」
「巽はいい奴だから、琴のことも否定しないと思うってこと」
「~~~だから好きなの! はい、言ったよ」
「……うん?」
 だからどうした。
「晃もいい加減吐きなさいよ。好きな子くらいいるんでしょ?」
「……俺、そういうの無理」
「無理? どういうこと」
「好きとか付き合うとか、考えるの面倒」
「………」
 答えると、琴にやたらじとーっとした瞳で睨まれた。
「今は、さゆといるのが一番ラク。勉強とか母さんたちの会社の手伝いとかすることあるし、そういうの考えてる余裕ない」
 ……本音を言うと、もっと別の理由だけど。琴に話すような内容でもないしな。
「咲雪ちゃんが一番ラク、ねえ……」
「さゆは俺のこと全部知ってる。それでも、そこにいてくれる」
 全部知っていて、さっきみたいに抱きしめ返してくれる。
 あの優しくて強い腕を、失いたくない。
「……何にも、代えられない存在」
 さゆとは友達って感じじゃないし、でも付き合ってるわけじゃないし、強いて言うなら家族が一番近いかもしれないけど、母さんとも小雪さんとも存在している場所が違う。
 一人だけ、特別な場所にいる。とても綺麗な場所に。
「……言っとくけど咲雪ちゃん、男子に人気あるからね」
「知ってる。よく口説かれてるの見てる」
「晃が付き合う気とかないとか言ってる間に、誰かと付き合っちゃうかもなんだからね」
「え………」
「なに、その考えてなかったー、みたいな顔は」
「……考えてなかった」
「ばかじゃないの⁉ 咲雪ちゃんみたい可愛くて頭もいい性格もいい子だったら引く手あまたなんだからね⁉」
「……うん、さゆ、いい子だよな」
「そこかい! あんたね~、
「琴ちゃん? どうした。また晃くんが何か言ったの?」
「全然そんなことないよ。このうつけに喝入れてただけだから」
 うつけ……。今更琴になんて言われても気にしないけど、よくもそう、けなし言葉が出てくるな。
 さゆと琴が作ったフォンダンショコラが出来上がった頃、またチャイムが鳴った。
「こ――三科、さゆと一緒に迎えてやって」
 巽だろうと推測をつけて言う。素直なさゆは特に疑問もないようで、「はーい」と玄関へ向かった。琴はぎこちない動作(右手と右足が一緒に出ている。古典すぎる)で、さゆのあとについて行った。
「よー咲雪、三科。俺も来ちゃってよかったの?」
「晃くんが男子一人じゃ居づらいからって」
「だろーな。お邪魔しまーす」
「ふ、藤沢くんっ」
「はい?」
 ……玄関の方からやり取りが聞こえる。なんとなく相馬を見ると、ニヤニヤしながら玄関の方を見ていた。……相馬は知ってるのか。さゆだけ知らんのか。
「あ、甘いの好きですかっ?」
 さっきさゆが答えただろーが。
「うん、好きですよ」
「さ、咲雪ちゃんと作ったお菓子もあるから……っ、あの、よかったら……っ」
「ほんと? ぜひいただくね」
 ……巽はわかってんのかな。まあ、関わったら関わるだけ琴に睨まれそうだから、別に言わんとこ。
「晃―。お前両手に花状態じゃん」
 リビングに入って来た巽がそんなことを言った。部活帰りだからか、大きなスポーツバッグを肩にかけている。
 ……どこが? さゆ以外まともなのいねーと思うんだけど。
「巽、さっきばれたから言うんだけど、琴と俺、小学校が一時期一緒だった、顔見知り」
「こと?」
「三科の名前」
「ん、あー……了解。なんとなくわかった。三科―、それって晃と顔見知りだったって知られたくないってことでいいの?」
「藤沢くん超能力者⁉ その通りです!」
 うん、巽の理解の早さは俺も毎回驚く。あと、琴が荒れていたことは隠して置こう。
「藤沢―、まあここにでも座れよ」
 二人掛けのソファを示して、まるで家主のようなことを言う相馬。ちらっとこちらを見て来たのは、俺も企みに乗れってことだろう。
「相馬と三科がやたら菓子買って来たから」
「こんな天気だからさ、家に一人の咲雪を盛り上げてやろうと思って来たら雪村もいたわけよ」
「おー。じゃあ俺もお邪魔しまーす」
 相馬が一人がけのソファで、俺とさゆはラグに座る。すると巽の隣は半強制的に琴だ。
 琴は終始小さくなっていた。……手伝っても怒りを買うだけだろうから、巽と琴のことに、俺は関わらないことを決めた。
「なー雪村。さっき琴が、『前の苗字』とか言ってたけど、親、離婚とか再婚とかしてんの?―――」
 ―――。ティーカップを持ったまま、一瞬固まった。
「凛ちゃん」
 答えられなかった俺に代わって遮ったのは、さゆだった。
「凛ちゃん、琴ちゃん、それ以上は駄目だよ」
 ……さゆの声は、とても穏やかだった。
「さ――」
「だめだよ。触れられたくない、私たちの傷なの」
「あ……うん、ごめん」
 そう言われて、相馬はバツが悪そうな顔になってすぐに引いた。俺は……かばわれた俺は、またさゆに抱き付きたくなった。また……さゆに護られた。
「あ、そうだ咲雪。お仏壇にお線香あげてもいい?」
 急に、巽がそんなことを言いだした。巽のことだから、空気を変えるために言ってくれたんだと思う。
「あ、うんぜひぜひー」
 さゆが立ち上がると、巽が相馬と琴も促した。
 廊下を挟んだ向かいの和室に、この家の神棚や仏壇がある。俺も、毎朝手を合わせている。というのも、
「おじいちゃん、大学の先生だったんだ。お母さんは私がいるってわかっても、相手は結婚する気がなくて。未婚の母になる一人娘がいるなんておじいちゃんの評判にキズをつけるからって、実家に帰らなかったの。おじいちゃんとおばあちゃんは、何度も戻るように言ってたみたいだけど、お母さん頑固だから。んでもおじいちゃんたちにとったら可愛い一人娘には変わりないから、せめてずっと残せるものを、って、住んでたこの家をリフォームしてくれてたんだって。昔の家は知らないけど、写真で見る限り古民家? ていう感じだった。私が二歳になる前におばあちゃんが病気で病院生活することになって、そこでやっとお母さん、私を連れて実家に帰ったの。おばあちゃんもおじいちゃんも、すっごく穏やかで優しい人だった。お母さんが帰って来たの、すっごく喜んでくれてたの、憶えてる。……だから、お母さんは帰ってこられなかったんだと思う。優しい人たちだから、心配や迷惑をかけたくなくて。でも、おばあちゃんは入院して一年くらいで亡くなっちゃって、おじいちゃんもその一年後に……。だから今、晃くんや奏子さんとこうしていられるのって、おじいちゃんとおばあちゃんのおかげなんだ。……って、琴ちゃん⁉」
 琴がすげー泣いてた。
「さ、咲雪ちゃん~、咲雪ちゃんが優しいの、わかった気がする~」
「ど、どうした?」
 ボロボロ泣く琴を見て、さゆが慌てている。……琴ってこんな情緒不安定だったっけ? さゆのご家族がいい人揃いなのは俺も同意だけど……。
「琴も手ぇ合わせる~。咲雪ちゃんと咲雪ちゃんのお母さんを存在させてくれてありがとうございますって言う~」
「存在⁉ スケール大きすぎるよ!」
 ……ありがたみが存在までぶち抜いたか。どういう天井知らずなんだろうか、琴は。
「だって……高校で琴に話しかけてくれたの咲雪ちゃんだけだもん。咲雪ちゃんがいなかったら、琴また……」
 ……話しかけていたはずの俺はカウントされていなかった。それはいいけど、なんかさっきから琴の方がさゆを大事にしてるみたいで腹立って来た。
「おにーさん、苛立ちが顔に出てますよー」
 巽がにやにやしながら、俺の肩に肘を置いて頬をつついてきた。
「あれか? 三科に苛立ってんの?」
「……俺のがさゆと仲いい」
「はいはい。お前らの仲のよさに敵う奴いねーから安心しろって。まさか一緒に住んでるのは知らなかったけどなー」
 琴と相馬にばれたから、その辺り巽にも話した。
 ……そうは言ってくれても、さゆには相変らず学校では話しかけられないし、『さゆ』って呼ぶのも出来ないし。……あー、人前でさゆって呼んで他の奴に見せたくないー。
「もしもーし。おにーさん、たぶん言っちゃいけないことが口に出てますよー」
「え……」
「女子たちには聞こえてねーと思うけど。あ、そんな瞳で見るなって。俺は咲雪とは幼馴染の古馴染ってだけだから。お前と三科みてなーなもんじゃん?」
「……だったら巽、すごい勢いでさゆに嫌われてることになるけど……」
「え……き、嫌われては、いないかな……?」
「さゆ、巽のこと好きだって言ってた」
「お前がそれ言っちゃっていいのかよ。俺も咲雪のこと好きだけど、友達として人間として、ってやつだよ。晃とは違う」
「………知ってる」
「あ、自覚あったんだ?」
「ついさっき」
「展開早ぇな」
 ほんとについさっきなんだけど、わかってしまったから。
 俺が失えないのは、家族じゃなくて『さゆ』なんだって。

 雨も止んで来た夕方、三人は帰った。
「はー、ごめんね、晃くん。全然仕事にならないで――晃くん?」
 ふっと、引かれるように俺の額は、こちらを振り返ったさゆの肩に落ちた。
「どうしたの? ……やっぱ、怖いままだった? もう雷も聞こえないと思うけど――」
「俺、カッコ悪ぃ……」
「晃くんのどこが。カッコいいとこばっかじゃん」
「そんなこと、全然ない。雷のときも、さっきも、さゆに護られてばっかだ。……俺がさゆのこと、護るって言ったのに」
 一緒に住むようになった翌日、さゆに言ったのに。
 ふわりと、またさゆの両手が俺の頭を抱えるように廻った。
「あんなのお互い様だよ。晃くんとは長いこと、友達よりも家族って感じで来たじゃん。それに、晃くんはいつも私のわがまま聞いてくれてるでしょ?」
「……さゆ、我がままなんて言ってる?」
「学校では関わらないでってやつ。自分で言うのも難だけど、そんなこと言われ続けたら、私だったら愛想つかしてるよ」
「……さゆが理由なしにそんなこと言うはずないと思ってるから。でも、今まで教えてもらえなかったのは、俺がそれを話すに足る相手じゃなかったから。……だから、さゆから話してもらえるまで待とうって決めてた。それまでに、さゆが話していいと思える俺になるんだ、って」
「……そうだったんだ」
「ん」
「……ここ、冷えるからリビング行かない? 今なら話せそう」
 ソファに隣り合って座ると、さゆが話し出した。
「私、小学生の頃も、何かと競ってる男子がいたんだ。お母さんに心配かけないように、って勉強ばっかしてたら、いつの間にかその子と成績とかで競うようになってて。んで、その男子ってのが頭はよくて運動も出来る、小学生だったら人気が出る要素を全部持ってるような子で、やっぱり女子から人気あったの。そんな人気者の傍に私なんかがいていいはずがなくて、軽くいやがらせ――……の、標的になっちゃって。相手の男の子がそれに気づいて間に入ってくれて収まって、その仲裁が上手で、むしろいじめて来た子たちとも友達って言えるくらい仲良しにもなれたんだけど。……やっぱ、女子のやっかみ? とか、怖くて……。女子同士のそういうの聞いちゃうと、すごく怖くなっちゃって、踏み込んだほど仲よくもなれなくて……。凛ちゃんと琴ちゃんだけが、不思議と特別なんだ。二人には話せないこともあるけど、いつかは話したいって思える。晃くん、女子にも人気あるし男子からも慕われてるし、また私なんかが傍にいてそういうのになったら、優しい晃くんにまで迷惑かけちゃいそうで……。それが心配で、嫌で、学校では関わらないでって言ってたの。すごい自分勝手で我がままでしょ?」
 喋るさゆの声は、だんだん震えて来た。
「さゆってばかだな」
「へ?」
「だから俺に勝てないんだよ」
「ちょ……ヒトが素直に話してその反応⁉ 何故いきなりディスる!」
「そんなことがあったって、俺がどうにかするに決まってるじゃん」
「え―――」
「言ったろ? さゆのことは俺が護るから心配しなくていいって。そういう過去があったなら今まで話してもらえなくてもしょうがないけど、今は俺がここにいるんだから、頼ってよ。じゃないと俺、小雪さんにも母さんにも面目立たないよ。二人に信頼されて、さゆと一緒にいるって思ってるんだから」
 じゃなきゃ、年頃の一人娘を同い年の野郎と一緒に住まわせたりしないって。
 つまり俺は二人には、さゆにとって安全圏だって認識されているわけだけど。
「約束するよ。俺は絶対、さゆを傷つけない。泣かせない。だから……出来るだけ俺に、隠し事しないで? さゆに隠し事されてると、なんか距離を置かれてるみたいでつらい」
「ご、ごめんっ! さっきのは隠し事って言うか、晃くんにも嫌な思いさせちゃう話だから黙ってただけで晃くんに隠していたわけでは―――」
「うん、だから」
「……だから?」
「無理、しないで」
「……わかった」
「よーし、いい子だなー」
「ちょ、晃くん」
 さゆの頭を撫でると、困ったような反応があった。
 ……約束、するよ。絶対にさゆを、傷つけないって。泣かせないって。
「晃くん」
 ふと、さゆの声が一段低くなった気がした。
「ん?」
「琴ちゃんと仲いいの、晃くんこそ黙ってたよね?」
「………」
 何故かさゆの笑顔が昏く見えた……。
「いや、どう見ても仲良くねーだろ、あれ」
 敵視しかされてねーだろ。
「でも小学校が一緒だったとか」
「三科が、言うな、言ったらコロスって脅しかけて来たから……三科がさゆと仲良くなるとは考えてなかったから、言うタイミングを逃してたのもある」
「………」
 さゆが、死んだ魚の目でじとーっと睨み上げてくる。……地味にきついな、これ。
「……晃くんこそ」
「ん?」
「晃くんこそ、隠し事してほしくない。あとから知るの、なんかショックだった」
「ごめん」
「………」
「さゆ? ……どうしたらゆるしてくれる?」
「本当に、隠し事しない?」
「しない。約束する」
「じゃあ、――雷のほかに、怖いものある?」
「え――」
「晃くんが私を護ってくれるから、私も晃くんのこと護りたい。だから、怖いものから護りたい」
「え……と、俺が怖いもの……?」
 ってか、今さゆ、なんかでけえこと言ったような……。
「……さゆが、傷付くこと?」
「え、私?」
 さゆが、不思議そうな顔で俺を見て来た。
「うん。雷も怖いけど、それと同じくらい、さゆが傷ついたり泣いたりするのが怖い……かな」
 だから。
「今日はさゆに護ってもらってばかりだったけど、さゆを護る位置を俺にちょうだい?」
「じゃ、じゃあ晃くんも大人しく私に護られてよね!」
「……わかりました」
「うん」
 大きく肯くさゆ。
 なんか、ヘンな約束ばっかり増えていくな。この同居生活。
 でも、すごく―――……幸せだ。



3カンケイ

+side咲雪

 土曜日、晃くんに、学校で避けていた理由を全部話した。そうしたら晃くんは、そんな心配する必要ないって言ってくれた。
 ……今までの私の悪い態度は改めなくちゃと思った。だから、今日はその第一歩。
 月曜日の朝、私はいつも通り早めに登校して勉強をしていた。だんだん集まってくるクラスメイト。朝練終わりの生徒も混じって来て、賑やかになってくる。後ろの方の席についている晃くんのところに、朝練終わりの巽がやってきた。――よし、今だ。私の机に集まっていた凛ちゃんと琴ちゃんに肯いて見せてから、席を立った。今日することは、二人には話してある。
 晃くんの傍へ行くと、クラス内の女子の視線を感じた。……っ、このくらい、大丈夫。だって、晃くんがいてくれる。
「あ、咲雪おはよー」
「……おはよ」
「おはよう。巽――晃くん」
 ……言った! 言ってやった!
 今まではずっと『雪村』って呼んでたから、私が『晃くん』って呼んだとき、一瞬空気がざわついた。でも、一番驚いていたのは晃くんだった。大きく目を見開いて、一瞬固まっていた。隣の巽はやっぱり何かを見透かしたような表情をしている。巽は千里眼でも持っていると思う。
「さゆ――」
 あ、晃くんも呼んだ。ちょいちょいと手招きされたから傍まで寄ると、がしりと肩を摑まれた。
「こうく――
「ありがと。嬉しい、さゆ」
 そのまま首に手を廻され引き寄せられて、晃くんの肩に鼻が激突した。こ、これ以上低くなったらどうしてくれる、この完璧イケメンめ。じゃない! 立っている私が座っている晃くんに抱き寄せられている格好だから、見た目的に色々と問題を呼びそうな――
「あの、晃くん、これはさすがにっ」
「あ、ごめん。嬉し過ぎてつい……」
 許す。
 晃くんは慌てて離してくれた。隣の巽は不思議そうな顔をしている。
「咲雪、晃に抱き付かれんの大丈夫なんだ?」
「ん? うん、だって晃くんだし」
「男嫌いの咲雪にしては珍しいなーとね」
 あー、それか。
「別に男嫌いなわけじゃないよ。なんか昔っからヘンな絡まれ方するから苦手なだけ。お母さんに辛い思いさせたのもクソ野郎だし」
 忌々しい、あのクズ野郎。
 毒を吐いた私にも、巽は慣れた様子だ。
「……あ、そういやさ――
「ゆ、雪村くん!」
 巽が何か言いかけたとき、女子の大きな声が響いた。振り返ると、クラスの女子が集まっていた。廊下からは別のクラスの生徒もこちらをのぞいているのが見えた。う……。
「咲雪ちゃんと付き合ってるの……?」
 やっぱりか! ……晃くんのばか。さっきのはやり過ぎだってー。
 ここは私が誤解を解かねば! と思ったとき、晃くんが穏やかな口調で言った。
「さゆは俺の大事な子だよ。ずっと」
 こ、晃くん! 確かに付き合ってはいないけどその言い方!
 う~あの時の二の舞になったら――
「やっぱり! 雪村くんと咲雪ちゃん、いつ付き合うんだろうって疑問だったんだよー!」
 え。
「成績トップの美形同士、絵になるよね~」
 ええ。
「あー、やっぱ咲雪さん、雪村かよー。わかってたけどな……」
「うん、わかってたけどな……」
 えええ? ど、どういうこと……?
「どうやら好意的にとられてるようですなー」
 腕を組んだ巽がのんびりした口調で言う。
「こ、晃くん、これって付き合ってるって思われてるんじゃ……」
「否定したかったら否定しときな?」
 どういう自己責任⁉
 どうやら晃くんはこれ以上何かを言うつもりはないらしく、頬杖をついてみんなを眺めている。え、ええ~? これって『どうにかしてくれた』ってことなの? 確かに、女子同士のあれこれは回避された感じだけど……。
「あの! みんな、
「そう照れんなって咲雪ちゃん」
「雪村くんが付き合うなら咲雪ちゃんくらいだってみんなわかってるから」
 ……誰も私の話を聞いてくれなかった……。
 みんなはわいわい話し出してしまって、口をはさむ余裕がなくなってしまった。
 呆然とする私の両隣に、凛ちゃんと琴ちゃんが立って小さく言う。
「あとで琴が雪村くんのことシメておくからね」
「これってある意味公認? なのか……?」
 ……なのか?

+side晃

「おにーさん、これ企んでた?」
 俺の机に軽く腰かけた巽が、騒がしくなったクラスメイトを見ながら言って来た。
「偶然の結果」
「お前ノリ過ぎだろ。……中学んとき咲雪に、誰とも付き合う気なんてないとかかましてたの誰だよ」
「俺かな」
「前言撤回?」
「しないけど」
「……咲雪可哀想―」
「さゆのことは」
 ……さゆのことは。
「絶対泣かせないし、傷つけないって決めてるから」
 だから。
「だから、付き合わない」
「……大変だね、お前は」
「うん」
 俺のことを――うちにあったことを知っている巽は、そっと目を細めた。
 絶対に、傷つけらんない。
 だから、触れない。
 どす黒い俺の中の、唯一綺麗な場所。
 そこに、さゆがいるから。
「でもさー、今の状態だと晃が咲雪の彼氏になってるから、咲雪はお前に縛られちゃうワケだけど?」
「……ちゃんと譲るよ。さゆのことだけ見てくれる奴が現れたら、俺が今いる場所、全部」
 さゆを一番大事にするのも、さゆに一番大事にされるのも、さゆだけを愛していいのも。
 ……俺以外の奴に、ちゃんと譲る。自意識過剰かもしれないけど、今、さゆに一番近いのは俺だと思っているから。
 巽が声をひそめてきた。
「……晃、譲れるの? お前だって本気で咲雪のこと――」
「本気だから、譲るの。……絶対、さゆには幸せになってほしいから。……だから、俺じゃ駄目だから」
 俺では、さゆを幸せにする未来を描けない。……………あの、悪魔のような父親の血を引いている、俺では……。
「晃、言っとくけど、お前も咲雪も、俺にとっては大事な友達だ。咲雪だけ幸せになっても俺は不満。晃もちゃんと幸せになってくれなくちゃ――」
「幸せだよ」
「………」
「さゆと一緒にいる今、すげー幸せ。もう俺の一生分の幸せ使い切ってるんじゃないかってくらい。……母さんと小雪さんには感謝してる。短い間でも、さゆと一緒に暮らしてなくちゃきっとこんな思いしてない。……俺はもう、十分――痛っ」
 いきなり頭をはたかれた。
「巽?」
 叩かれた頭に手をやって見上げると、巽は不服そうな顔で俺を見下ろしていた。
「ばーか」
「え、なに」
「ばーか」
「巽?」
 何故か「ばか」を連呼した巽は、ふいっと視線を逸らしてそのまま教室を出て行ってしまった。……なんだ?
「あ。あいつのこと咲雪に言うの忘れてた」
 不審がる俺の視線を背中に受けながら、巽は何かをつぶやいたようだった。

+side咲雪

「ただいまー」
 ……帰って来た。
 わざと廊下や玄関の灯りを消して、リビングだけ明るい家を、まず晃くんは不審に思うだろう。
「さゆ? 帰ってるのか――?」
「晃くん、座って」
 リビングに入って来た晃くんに、厳しい視線を投げる。
「は?」
「いいから、座ってもらおうか」
「? うん」
 お母さんたちも一緒のとき晃くんは隣に座るけど、二人の時は向かい合って座るのが習慣になっていた。
「なんで、あんなことになったのかな?」
「あんなことって?」
「なんで私と晃くんが付き合ってる、なんてことになったのかな?」
「さゆが否定しなかったからじゃん?」
「晃くんがヘンな言い回しするからじゃん?」
「……さゆは俺と付き合ってるって思われるのやなの?」
「事実じゃないことを思われても困るでしょうが。晃くんだって誤解されるのいやでしょ?」
「………」
「何故否定せぬ」
「………」
「……晃くん言ってたじゃん。私が、なんで告白されても全部振っちゃうの? って訊いたとき」
 学校で一番可愛いと評判の子や、他校でまで噂になる美人さんに告白されても振っていた晃くん。好きな子でもいるからなのかな? って思って訊いたら、『勉強とか会社の手伝いとかやることあるし、付き合うとかそういうの面倒だから』って返事があった。だから、付き合っているなんて誤解されるだけでも面倒なんじゃ……。
「俺、さゆのことは大事な子って言ったけど付き合ってるとは言ってないよ?」
「それがあの質問の答えとしては誤解しか生まんのじゃ」
 それに晃くんは、自分は絶対的に人を好きなっちゃいけないって思ってる。……こればかりは、私にもどうも出来ない……。
「……大事って思ってくれるのは正直嬉しいよ。でも、晃くんを傷つけてまで護ってほしくはない」
 ……同じとき、晃くん言ってた。自分は父親にそっくりの容姿と声をしている。だから、いつか自分がああなりそうで怖い、って……。
 好きな人が出来て一緒にいるようになっても、その人のことを大事に出来ない自分に、傷つける自分にならないって言いきれない。だから、好きな人も作らないし、付き合ったりもすることはないんだ、って……。私がどれほど、晃くんは優しくて周りの人を大事にしているから大丈夫だよって言っても、それは晃くんには届かなかった。
 晃くんは好きな人が出来ても、好きな人のために、その人のことを諦めてしまうんじゃないだろうか……。
 私は、晃くんに護られてばかりだ。だからせめて、晃くんの負担になりたくない……。
「わかった。じゃあさゆ、俺を助けると思って、俺と付き合ってることにして?」
「へ? なんでそうなるの?」
「正直、告白を断るのって神経使う。俺はなんとも思ってなくても、向こうは好意を持ってくれてるわけだから、無下にするばかりは失礼だと思ってる。でも、好きな人でもないから付き合うなんてことも考えらんない。だから、好きな子と付き合ってるから断る、って言えば相手も納得してくれるだろうし、俺も心苦しくない。そういう意味で俺を助けてくれない?」
「………」
 晃くんを、私が助ける……? 事実、晃くんが私を好きなわけじゃないから、相手の方に完全に誠意を貫いているとは言い難いかもしれない。でも、それが私に出来るなら……。
「うん。そういうことなら、私で晃くんの力になれるなら、請け負う」
 晃くんを好きな人たち、ごめんなさい。晃くんと、晃くんを好きな人たちを天秤にかけたら、あっさり晃くんの方に傾いてしまった。晃くんのために私が出来ることがあるのなら、私は役目を果たしたいと思った。
「……護られてばかりだな」
「? 晃くん?」
「なんでもない。そういうわけだけど、今までと変えることとかなくていいから」
「そうなの? 付き合ってるっぽいこととかした方がいいんじゃないの?」
「キスしたり?」
「ぶはっ!」
 げはげは、と思いっきり咳込んでしまった。な、なんてこと言うんだ!
「ほらな。単語一つでそこまで動揺するさゆに、付き合ってるっぽいことなんて出来るわけないだろ」
 晃くんは呆れたように糸目になっている。
「じゃあ私はなんのために晃くんの彼女になるわけ⁉」
「………」
「? 晃くん?」
「………なんでもない。俺とさゆ、元々近い距離に見られてるんだから、休み時間とか一緒に過ごす程度でいいと思うよ。今日、さゆが俺の席まで来てくれたみたいに」
「あ、そういう……びっくりしたー」
「さゆの恋愛偏差値の低さはよく知ってるから」
「……悪かったね」
「可愛いと思うよ?」
「……晃くん、どっかで頭打って来た?」
「さゆが言う『付き合ってるっぽいこと』をしてみようかと思ったんだけど……」
「ごめんなさい。撤回します。晃くんの言う『付き合ってるっぽいこと』がいいです」
 休み時間とかを一緒に過ごすくらいなら、一日中一緒に過ごしている今とそう変わんないから私のメンタルへの負担も少ないはずだ。晃くんに一票。
「……本気なんだけどね」
「晃くん? さっきからなんかブツブツ言ってない?」
「うん、さゆには聞かれたくない話を」
「……なんでそういうことを本人の目の前で小声で言う?」
「なんでだろーなー。取りあえずメシ作んない? 腹減った」
「あ、うん」
 どういう意味か経過か、よくわからなかったけど。
 晃くんと付き合うことになりました……?



4 シアワセ

+Side晃

 さゆが俺の『彼女』になってから一週間。今のところさゆに嫌がらせもないし、俺が告白されることも、さゆに言い寄る奴もいなくなった。俺は正真正銘さゆを好きなわけだから、さゆの優しいところを利用しているわけだけど……。まあ、恋愛偏差値を放棄しているさゆだから、ぶっちゃけまだ手も繋いでません。ただ、学校でも『さゆ』って呼んで、一緒にいるようになっただけ。それだけでも、巽や琴に呆れられるくらい俺は機嫌がいいらしい。
「おにーさん、にやけてますよー」
「うん、自覚ある」
「あんのかい」
「咲雪ちゃん見てにやけるのやめてよね? まだ琴と凛ちゃんの咲雪ちゃんなんだから」
 巽と琴からは厳しめの発言。
 さゆ、俺と一緒に住んでいることを琴と相馬に黙っていて、二人に相当拗ねられたらしい。詫びに、これからは全部報告すると約束させられたそうだ。だから、俺とさゆが本当に付き合っているわけではないと知っている。そうしたら俺も巽に言わないのはなんか落ち着かなくて、男友達では巽だけには話してある。その関係もあってか、この五人でいることが多くなった。
「あ、雪村」
 今朝は、朝練のなかった巽も一緒に登校していた。廊下を歩いていると、俺たちの担任の教師に呼び止められた。なんで俺だけ?
「なんですか?」
「あ、みんなもちょうどよかった。今日転校生がいてさ。うちのクラスに入るから、まあよろしくってことを言って置きたくて」
 ……んで、なんで俺? 心の声が顔に出ていたのか、担任は続けた。
「その生徒が編入試験満点クリアだったから、雪村や司の新たなライバルになるかなーとな」
「はあ」
 ……俺のライバルとか、さゆだけで十分すぎだし。
 なんとなくイライラを引きずりながら、教室へ向かった。……ああ、独占欲ってこういうときに出るんだ。さゆは俺のじゃないのに、さゆのライバルって言われるのは俺だけでいいって思ってしまった。ガキくせー。
 ……そんなモヤモヤを抱えたままの朝のホームルームが始まってすぐ、俺は不機嫌になった。
「青山旭です。よろしくお願いします」
 テンプレートな自己紹介をした転校生。ガタッと、少し離れた席から大きな音がした。
「旭⁉」
 え、と顔をあげれば、声の主は目を輝かせたさゆだった。
 ……誰?
「あ、おーい、さゆー。巽もいるー」
 やたらニコニコしている転校生に名前を呼ばれたさゆと巽。
 ……は?
「へー。咲雪と藤沢の同級生」
 ホームルームが終わってすぐ、さゆと琴、相馬と巽が俺の近くに寄って来た。転校生が俺の隣の席になったから。
 さゆの同級生って……。巽が大きく肯く。
「そ。小学校ずっと一緒。中学が別になったんだけど、こいつ咲雪ばりに頭よくてさ。咲雪と旭でいっつもどっちが点数いいかーとか、早く課題終わらせたーとか競ってたのな」
 ……もしかしなくてもこいつか。前にさゆが言っていたヤツって。
「あー、懐かしいねー。さゆ、また勝負する?」
「する! ちゃんと旭も負かしたい!」
 ………。
「なーんか、やたら仲いいね? あの二人」
 相馬が、親し気に話す二人を見てつぶやいた。……俺もそう思うわ。
「仲いーよ。咲雪が女子に距離を置く原因になった奴だけど、それから助けたのも旭だし。そういや小学校時代、咲雪のこと『さゆ』って呼んでたの、旭だけかも。……な? 晃くん?」
 ……俺を見てにやにやするな。
 ……なんかついでに琴と相馬までこっち見て来るし。さゆと青山は仲好さげに話してるし。
 あ、と巽が声をあげた。
「なー旭。青山って苗字ってことは……」
 巽がそう言うと、青山が振り返った。
「うん。母親が結婚したの」
「あ、やっぱ。おめでとう?」
「ありがとー。あとさ、俺まだ『青山』って苗字に慣れてなくて、出来たらみんなにも『旭』って呼んでほしいんだけど」
「複雑みたいだね。ってか、よく咲雪と藤沢がいる学校に転校になったよね」
 相馬が腕を組みながら言う。
「あ、それは仕組みました」
 ……は?
「母さんが結婚して母校の小学校が近いこっちに来ることになったんだけど、どうせだったらさゆと同じ学校がいいなーって思って、巽に訊いたんだ。そしたら巽も同じ学校だって言うから、これはここしかないなって」
 ……さゆを狙ってここへ来たってこと? ちょ、ふざけんな――。
「青山、言っとくけど咲雪、彼氏いるからね?」
「えーと、相馬さんだっけ? 青山じゃなくて――」
「別にいいじゃん。新しい苗字にも早く慣れた方がいいでしょ?」
 相馬フリーダム。こいつに抗うだけ無駄だとは俺もよく知っている。青山は困った顔になった。
「うん、まあそうかな。で、さゆに彼氏いるって話だっけ?」
「そう、さっきから一言も喋らないこいつ」
 と、巽と琴と相馬、三人が俺を指さして来た。
 青山は俺をじーっと見た後、さゆを見上げた。
「さゆにこんなイケメンの彼氏……。さゆ、惚れ薬でも盛ったの?」
「さすがにひどくない⁉」
 さゆが大きく反発した。どういう意味だ青山。
「そうだね、惚れ薬を盛るんならむしろ雪村くんがやりそうなことだし……」
 琴もひでえよ。
 けど、そんくらいしないとさゆは俺を見ないような気もする……。
「えーっと?」
「……雪村晃」
「晃くん。さゆ繋がりでよろしくー」
 笑顔で一方的に手を取られ、握手した形でぶんぶん振られた。
 ……晃くんて呼ぶな。腹立たしい。

「やー、旭が同じ学校になるなんてびっくりだったよー」
 帰ってから、いつものように並んでキッチンに立つ。今日はクリームシチュー。さゆは今日ずっとご機嫌だ。俺の不機嫌も知らずに。
「仲いいんだな」
 ……少し嫌味っぽい口調になった気もするけど、さゆは全然気づいていないようだった。
「まー昔馴染みって奴だからねー。最初のライバルだし」
 ……やっぱ、さゆもそういう認識なんだ。
「でも、今は晃くんがいるから」
「………」
 え?
「晃くんがライバルだから、今すっごい楽しいんだ。おまけに? 一緒に暮らしててとっても幸せだし」
「―――」
 ……そ、そういう可愛いことを言うな……。
「晃くん?」
 黙り込んだ俺を不審に思ったか、さゆが顔を覗き込んでこようとした。慌てて更に顔を背ける。
「……晃くん?」
「あんまり」
「ん?」
「……そういうこと、言わないで」
「あ、ごめん……」
 ――しまった。さゆの声のトーンが落ちた。自分の失態に気づいて、慌ててさゆの方を見た。
「さゆ、今のは否定じゃなくて――」
「ん?」
 見上げて来たさゆの目元が潤んでいるのが見えて、さっきまでの嫉妬が全部すっ飛んでしまった。
 泣かせないって、傷つけないって言ったのに。
「――俺も幸せだから!」
「……へ?」
「その、なりゆき? だけどさゆと一緒にいられて、俺も幸せだから。だから、今のは照れ隠しって言うか恥ずかしくて――」
 って、俺は何を口走っている。柄にもなく大声をあげてまで。――そうまでしてでも、さゆを泣かせてしまったことを取り返したかった。
「……ごめん、俺、ほんと感情表現ヘタで……」
 頭を抱えたくなるくらいだ……。
「……晃くん、こっち来て」
 さゆに腕を摑まれて、ソファの方へ連れて行かれた。
「こっち。横向きで座って」
 謎の指示をされて、でも今、分が悪い身として素直に言う通りにした。
 二人掛けのソファの右半分に横向きに座ると、さゆが反対側――背中を合わせて、俺の反対を向いて座った。……さゆの顔は見えないけど、直に体温がわかる。これもなかなか気恥ずかしいんだけど……。
「嬉しかった」
「……え?」
「晃くんが幸せだって言ってくれて、嬉しかった。私、心を開いて話せる人って正直少ないし、凛ちゃんや琴ちゃんにも全部は話せてないし。……私のこと全部知ってるのは晃くんだけで、自分から話したのも晃くんだけだから、その……私が重荷になってないかなって、ずっと心配だった。だから、一緒にいて幸せとか、言ってもらえてうれしかった。……今から泣くから!」
「なんでっ」
「うれし泣き! うれし泣きなら、泣いてもいいでしょ?」
 いい、のか……? でも、それはさゆを傷つけているわけではないから……。
「……いいけど、この格好で?」
「泣いてるところ、ライバルに見られたくないもん。でも晃くんの所為で泣くわけだから、傍にいてほしい」
「複雑だな……。でも、さゆのことなら何でも責任取るから、いくらでもどーぞ」
「……途中でいなくならないでよ?」
「ならないよ。ずっとここにいる」
 ずっと、いくらでも、さゆに俺が必要なくなるまで。
 ……ずっと、さゆの傍にいるよ。

+side咲雪

 ――不覚。気付いたら、ソファで寝落ちしてしまった。
 晃くんの言葉が嬉しくて、しみてきて、なんだかとっても泣きたくなって、晃くんの背中を借りて泣いた。……気づいたら、晃くんに膝枕? されていた。
 真上には目を閉じた晃くんの顔。少し揺れて見えるから、晃くんも寝てしまっているのかもしれない。な、なんでこんな格好になっている……?
「………」
 晃くんの顔をまじまじと見るのって、意外と初めてかも。いつも近くに居過ぎてちゃんと見てなかったかも……。
 晃くんは、大嫌いな父親にそっくりな自分の容姿を嫌っているけど、私は好きだな。声も好きだな。晃くんのこと……好きだな。
 旭と再会して、唐突に気づかされた。恋心ってやつに。
 私、旭のこと好きだったんだ、って。
 小学校当時は色々競える存在として大事だったって気持ちしかなかったけど、また旭に逢って、今、晃くんに持っている気持ちの、もっと小さなものを昔の旭に持っていたって気づかされた。今、晃くんに対して持っている気持ちが、恋愛感情なんだって。
 順番はごちゃごちゃしているけど、旭は今、友達として大事な人で、晃くんは……大好きな人として、大事な人なんだ。今二人がいる場所は、全然違う。……晃くんは、私の中で一番綺麗な場所にいる。私が近づいてもいいのかな? って戸惑うくらい、綺麗なところ。
 でも、それを言ったら――告白なんかしたら、晃くんが離れて行っちゃいそうな気がする……。
 好きな人は作らない、付き合うこともしないって言っていた晃くん。私を一番近くに置いてくれているけど、それは私と晃くんの傷が似ていて、触れられたくないところも似ていて、それがお互いよくわかっていて傍にいやすいからだと思う。
 ……やだな、晃くんを失うのは。
 いつか、晃くんには絶対に幸せになってほしいって思った。口にした。どんな形でもいいからって。……晃くんは、どうして今を幸せだって思ってくれているのかな? その幸せに、私も少しは関われているかな? ねえ、晃くん?
「……だよ」
「ん……起きた? さゆ」
「あっ、う、うん!」
 慌てて身体を起こそうとすると晃くんに押し止められて、また膝枕状態に戻ってしまった。
「晃くん? なんでこんな格好に?」
「さゆが俺の背中で寝落ちして、ソファから転げ落ちそうになったから避難先としてこんな感じに」
 ………まじか。
「そ、それは大変ご迷惑を……」
「いーよ。少しは眠れた? さゆ、いつも遅くまで勉強してるだろ」
「それは晃くんもじゃん。会社の手伝いとか」
「やりたくてやってることだから。晩飯、出来てるから食べるか?」
「うん」
 今度はゆっくり起き上がって、ササっと服を整える。また迷惑をかけてしまった……。
「さゆ、青山のこと好き?」
「ぶほっ」
 夕飯の支度もすぐに出来て、向かい合って座った途端、晃くんからそんなことを訊かれた。
「旭? えーと、好きだった、かな? 小学生当時の、過去形ってやつ?」
 私が今好きなのは晃くんだから、――あれ? そう言えば私、いつから晃くんが好きなんだろう? 旭のことも、何年も経った今、好きだったって気づいたくらいだから、もしかしたら結構前から好きだったのかも……。
「過去形?」
「うん。今の旭は、比べるなら巽と同じ感じかな。仲のいい男友達」
「……ふーん」
「晃くんにとっての琴ちゃんみたいな感じ?」
「……だとしたらさゆ、青山にすごい勢いで嫌われてることになるぞ?」
「え、琴ちゃんって晃くんのこと嫌いなの?」
「……どう見ても敵視しかされてないだろ、あれ」
 言われて、日ごろの琴ちゃんを思い出してみた。うーん……?
「琴ちゃん、巽の傍だと大人しくて、晃くん相手だとよく喋るから、晃くんの方と仲いいと思ってた……」
「大いなる誤解だな、それ。取りあえず誰かとの関係の引き合いに、俺と琴を出すのはやめた方がいい。さゆの見解と周囲の見解にはすげーずれがあるから」
「そうなの? 晃くんも琴ちゃんのこと、嫌いなの?」
「琴? 別に嫌いじゃないけど、あえて言うならどうでもいい」
「どうでもいい」
「うん。それから、巽と琴のことは今度注意して見てみな。違ったモン見えてくると思うから」
「え、琴ちゃん、巽が好きなの?」
「それは琴本人に訊いてみ。俺が間に入ると、琴また怒るから」
「わ、わかった……。注意して見てみる」
 そ、そういうまさかもあるんだ……。どうしよ、琴ちゃんに訊いてみようかな? でも琴ちゃん教えてくれるかな~。あ、凛ちゃんに訊いてみるのもありかな?
 急にお花畑になった私の頭の中。それもこれも、目の前のお人のせいです。何の前触れもなく、これといった理由もなく、好きだと気づいてしまったから。
 ……もしかしたら、雪が降り積もるみたいに少しずつ、私の中では晃くんへの『好き』が降り積もっていったのかもしれない。それが、触れても溶けないほど強い『想い』になって、私はやっと自覚したんだ。
 ……決して、口に出来ない想いだけど。
 ただ、好きでいるくらいは……いいかな? 晃くんを困らせたり、しないから……。



5 ヤクソク

+side晃

 ……翌、朝のホームルームが始まる前、隣からやたら視線を感じる。
「……なに、青山」
「いやー、晃くんってほんとキレイな顔してるよねーって思って」
「……それ、最悪」
 俺は、自分のツラと声ほど嫌いなものはない。
「あ、そうなの? ごめん、不躾に」
 あ、引くんだ? 深くツッコんで来なかったところは好印象だ。ツラと声は俺の地雷だから。
「晃くんてさ、さゆと一位争いしてるんだって?」
「……別に、そんなんじゃない。周りがそう取ってるだけ」
「そうなの? でも付き合ってるんでしょ?」
 さゆ、青山には話してないのか。本当に付き合っているわけじゃないって。昨日、俺をさゆの彼氏だと名指しした三人はそれを知っているんだけど。……もしかして青山っていじられるタイプなのか?
「………」
「答えナシ、か……。駄目だなあ。ちゃんとさゆのこと好きだって断言してくれる奴じゃないと、俺の大事なさゆはあげらんないなあ」
「……は? お前、何言って――」
「言った通りだけど? さゆは俺の大事な子。だから、晃くんにはあげない」
 ……は?
「さゆはモノじゃねえ。お前にそんなこと言われる筋合いもない」
 思わず青山を睨みつけると、青山は怒るどころか満足そうな顔をした。
「やっとこっち見たね」
「……は?」
「晃くん、ずっと俺から視線外してるから、なんか悪いことしちゃったかな~って不安だったんだよ。もしかして、小学生の頃にさゆとライバルだったとか、晃くんには嫌な話だった?」
「………」
 お前がさゆの初恋だって知って更にイライラが増しただけだ。……とは、言わないけど。
「さっきの言い方。お前がさゆの彼氏みたいに聞こえてイラッとした」
「あ、あ~ごめん。あれは彼氏って言うよりはむしろ――」
「むしろ、なに?」
「……ごめん、今は秘密」
「煮え切らねえな」
「ごめんねー、昨日の巽の言葉でわかったと思うけど、うちもちょっとややこしい感じの母子家庭でさ。さゆの家と似た感じだったんだ。だから俺が勝手に、さゆには親近感持ってて」
「今のさゆの彼氏は俺だけど?」
「うん、そこはわかってる。さゆがあんな幸せそうにしてるの、きっと晃くんのおかげなんだろうなって」
 そう言って、自分の席で琴と相馬と話しているさゆの方を見る青山。……その目が、やたら穏やかで優しく見えた。……愛しいものでも見るような、慈しみの目だった。
「やらんぞ」
 反対に、機嫌の悪い俺の声は冷えている。
「晃くんからさゆを奪おうなんて考えてないよ。ただ、『俺が持ってるさゆ』をあげるには、晃くんはまだまだってこと」
「……小学生の頃のさゆ?」
「それもあるけど。巽も知らない『俺のさゆ』がいるんだよねー」
「……腹立つ」
「はっきり言うねー。俺、結構晃くんのこと好きだわ」
「……男に好かれる趣味ないんだけど」
「俺もそんな趣味ないけど。言うならそうだな――晃くんっていい人だね」
「……それはどう返せばいいの」
「あはは。返さなくてもいいよ。笑い飛ばしてくれれば」
「………」
 なんつーか、こいつは摑みづらい。でも、嫌いなタイプじゃない。
「旭」
 名前で呼ぶと、ばっとこっちを振り向いた。驚きの顔で。
「なに。名前で呼べって言ったのそっちだろ」
「いや、そうだけど――晃くんから呼ばれるとは思ってなかった」
「青山のがよかった?」
「旭がいいです」
「俺も呼び捨てにしといて」
「……晃?」
「うん」
「……ほんといい人だね」
「旭は愉快な奴だ」
「あれ、俺との評価に温度差を感じるような」
「気のせいだ」
「そっかー」
「……なに二人でコントしてんの?」
「巽お帰りー。朝練お疲れさまー」
「おはようの間違いだろ、旭。なに? 晃と仲良くなったの?」
「もはや親友の域だ」
「そうだったの?」
 胸を張った旭が、俺の一言でしぼんだ。
「……晃、ノリ悪い」
「いや、実はこいつ相当ノリいいよ。顔面がついてこないだけで」
「顔面」
 ぶはっと旭が吹き出した。どーいう意味か、巽の奴。
 ふとさゆの方を見ると、三人がこちらを見ていた。さゆの姿を見るだけで口元がゆるむ。それを巽と琴には「にやけてる」って言われるとはわかっているけど、どうにも自分では抑えられない。
 ……昨日、さゆは旭のことを過去形だと言った。でも、また好きになることだってないわけじゃない。
 ……旭なら………。

+side咲雪

「あ、お母さんからだ」
 お夕飯もお風呂も終えたリビングで、私は参考書とにらめっこ、晃くんはノートパソコンで会社のバイトをしている。私がソファで寝落ちして転げ落ちかけるという失態してから、寝る前のこの時間、私たちはソファに背中合わせで座るようになった。
 あの日の翌日、なんとなく私が横向きに座っていたら、晃くんが背中合わせに座ってきたのがきっかけ、かな。晃くんの顔は見えないから、ドキドキして勉強の集中出来ないなんてことはなくて、むしろ背中伝いに感じる晃くんの体温と心音は、私をとても落ち着かせてくれた。少しはドキドキするけどね? 晃くんにはヒミツだけどね?
「なんて?」
 背中越しに晃くんが訊いて来る。
「お母さんと奏子さん、再来週に一度帰ってくるって。またすぐ戻るって書いてあるけど。晃くんの方には来てない?」
「ん、ちょっと待って」
 と、晃くんがリビングのローテーブルに置いてある自分のスマホを取った。
「……母さんからだ。気付かなかった」
「あとで怒られるよ? なんて書いてある?」
「ん。同じ内容。一時帰国。またすぐ向こうに戻るって」
「二人揃って帰ってくるってどうしたんだろうね? お仕事終わったわけじゃなさそうだし」
「なんだろ。平日に帰ってくるから、迎えはいいって」
「その日、ご飯少し作り置いた方がいいかな?」
「そうしとくか」
「………」
 ぽすん、と晃くんの背中に寄りかかった。
「さゆ?」
「うん。いや、なんか急に来ちゃって」
「なにが?」
「お母さんたちの出張が終わったら、晃くんと二人の生活も終わっちゃうんだなー、って」
「……ああ」
「あはは。晃くんは淋しくなんかない――」
「ずっと、このままだったらいいのにな」
「……え、晃くん?」
「さゆと二人って、楽しいしいラクだし」
「……うん。私も、晃くんと暮らし始めてから、ずっと楽しかったしラクだったなー」
「……さゆ」
「なに?」
「――――……いや、なんでもない」
「そう? ……ねえ、晃くん。この二人暮らし? が終わったら、どうする? 付き合ってることにしてあるの」
 背中を合わせたまま、話を続ける。
「あ、ああ……」
「お母さんたちまで嘘つき通すのは無理だよ?」
「うん……」
 なんだろ、晃くんが生返事だ。今はこの話題に気が向かないのかな?
「さゆ」
「ん?」
「いや――……さゆは母さんたちの仕事には興味ないのか?」
「仕事? 興味ないわけじゃないけど……どうしたの?」
「会社、今人手探してるから、もしさゆがの気が向けば、俺みたいなバイト感覚でやってみるのもいいんじゃないかって」
「それは……すごい魅力的なお話……」
「やってみたいことはやってみたいんだ?」
「うん……晃くんがお手伝いしてるの、いつもカッコいいなーって見てたから。……でも、今は無理かな。晃くんみたいに器用じゃないから、まだ成績を維持するだけで精一杯。お母さんとは大学までは進学するって約束してるから、大学に入って、そのときも募集してたら……って感じかな」
 正直、仕事をするってこと自体にも憧れはあるし、晃くんみたいに自分での稼ぎがあるっていいなって思う。高校はバイト禁止じゃないけど、お母さんと、高校と大学へは行くって約束している。大学も公立――出来たら国立を狙いたいから、成績も落とせない。その間でバイトをするのは難しい……。お母さんとは、バイトよりも学業優先するとも約束しているし。
「そっか。さゆが一緒ならもっと楽しくなると思ったんだけど――」
 たぶん、晃くんとしては何気なく言った言葉だと思う。でも、私のスタートボタンを押すには大きすぎるショックだった。
「だ、大学! 大学行ったら絶対お母さんたちの会社のバイトとして雇ってもらう!」
「……いきなりどうした」
「晃くんと同じ仕事したい! だから今は成績落とさない! 勉強に集中する!」
「そ、そうか……びっくりした……」
「晃くんでもびっくりすることあるんだ?」
「そりゃあ俺も人間だから。でも、楽しみにしてる」
「うん!」
「ちなみにさゆって志望校決めてるの?」
「うん、国立の――――」
「あ、同じとこ」
「晃くんも? 第一志望?」
「そう。俺も合格するしかなくなったなー」
「私も絶対合格する! これからも試験、負けないから!」
「それは一度でも俺に勝ってから言いな」
「晃くんに並んだことはあるよっ」
「旭も参戦してきそうだな?」
「今のライバルは晃くんだから、晃くんに負けたくないの!」
「――――」
「と言うわけで、勉強再開!」
 俄然やる気になった私は背後で晃くんが固まっていることにも気づかず、うおおおおっ! と参考書のページを繰っていた。

+side晃

 あ……っぶねー。今俺、本気でさゆに言いかけていた。
『このまま結婚して一緒にいるか』って。
 ……俺はどこまで短絡思考なんだか。
 好きな子なんて作らないって決めていてさゆにもそう宣言してあるのに、さゆのこと好きになっていて、付き合うとかすることもないって言ったのに、建前でもさゆが『彼女』で。
 自分で決めていた生き方が、どんどん壊れて行く。それが怖いわけじゃない。ただ、不安になる。それを壊したのが全部さゆだから、さゆのことを手放せない自分になりそうで。
 この距離を。
 一番近い距離を、背中合わせでいられる場所を、いつか現れるさゆの一番大事な奴に全部譲るって決めて、俺はここにいるはずなのに。
 ……全部、本当に、俺のものにしたくなる……。
 危ない、よな……。早いとこ、明け渡さないと。今一番、さゆに近づいているあいつに。……あいつなら、さゆのことを一番大事にしてくれるって、なんとなくわかったから。
 早く、さゆを俺から解放しないと。



6 コイゴコロ

+side晃

 日曜日、今日は俺が食材の買い出しの日。勉強の意欲が増したさゆは、今日は勉強漬けだーと騒いでいた。母さんたちは来週の金曜日に帰って来て、月曜日にまた発つ予定らしい。それが過ぎたら俺たちは夏休みだ。と言っても、ガチガチの進学校だから補講が目いっぱい詰まっているけど。
 相変わらずさゆとの同居は秘密だから、一緒に外を出歩くことはない。さゆは『付き合ってるっぽいこと』ならする気だったみたいだったから最初の頃は、デートくらいは誘ってもいいかなって思っていた。でも、どんどんさゆに惹かれている自分に気づいて、誘うのはやめていた。
 これ以上距離が近くなったら、本気で手放せなくなる。俺と一緒になったって、さゆを幸せになんてしてあげられないかもしれないのに……。さゆのことは、絶対に傷つけないし泣かせないって決めている。でも、好きな人のことを傷つけない自分になれるって、俺は言い切れない……。
 近場のスーパーへの途中にある古書店の店先で、店外に出された書棚を見ている人影に気づいた。
「旭?」
「うん? あ、晃―」
 俺を見た途端、笑顔になって手を振って来た。ほんとこいつ、根がいい奴だと思う。だから、譲れるって思ったんだ。
「旭ん家、近くなのか?」
「うん。今の父さんの実家なんだけどね。晃も近いの?」
「食材の買い出しの途中。ってかお前、目ぇ悪かったんだ?」
 いつもと違うなーと思ったら、旭は眼鏡をかけていた。
「普段はコンタクト。あ、晃、買い出しって急ぎ?」
「いや? そんなことないけど」
「じゃーちょっと話して行かない?」
 晃に誘われて、近くの喫茶店に入った。お互いコーヒーを注文する。
「さゆの家もこの近くだよね」
「あー、……旭に言うタイミング逃してたんだけど」
「うん?」
 巽や琴も知っているし、そろそろ話してもいいだろう。
「今、俺とさゆ、一緒に住んでる」
「……へ?」
「俺の母親と小雪さん――さゆのお母さんが、俺たちの保護者会で知り合って、意気投合して二人で起業したんだ。で、今二人とも海外出張中で、さゆの防犯のためにって理由で、さゆの家で俺も一緒に住んでる」
「……マジで?」
「うん。あと、俺とさゆ、本当に付き合ってるわけじゃない」
「え、うそ……なんで? どういうこと?」
「最初は、俺がさゆのことを『大事な子』って言ったら、クラスの奴らが付き合ってるって誤解して、ならそう思っててもらった方が、俺もさゆも面倒な告白とか受けないで済むからっていうことに」
 簡単に説明すると、旭はしばらく黙ったあと長く息を吐いた。
「マジか……晃ならいいと思ったのに……」
「……それって、旭もさゆのこと……?」
 好きだってことだよな?
 俺が全部言う前に、旭が顔をあげた。
「俺も、黙ってたことがあるんだ。ってか、誰にも言ったことがない話なんだけど……」
「誰にも?」
 それって、さゆも知らないってことか? そういやこいつ、『俺のさゆ』がどうの言ってたな……。
「……晃さ、さゆのお母さんにあったこと、知ってる?」
「ん? ああ……一応、って感じだけど」
 小雪さんと、その彼氏だった男のことだろう。
 小雪さんは大学生の頃、別の大学の同い年の男と知り合って、付き合いはじめた。就職しても付き合いは続いたらしいけど、さゆがお腹いるのがわかってそのことを打ち明けたら、「結婚する気はない」って一蹴されて、そのまま連絡は途絶えた。小雪さんは、さゆが二歳になった頃実家へ戻るまで、本当に一人でさゆを育てて来た……。
 旭は頬杖をついて、手の甲に顎を載せた。
「俺ん家も同じ状況でさー。マジ、父親ほどいらない存在ってないよね」
「それわかる。うちも、父親がすげー酒乱だった。普段はいい人装ってるのに、少しでも酒入ると暴力三昧。サポート系の支援団体が間に入ってくれて、母さんもやっと離婚出来た」
「あー、やっぱそうなんだ」
 と言うことは旭も、俺とさゆの近さの理由にはなんとなく気づいていたんだろう。
「そ。だからさゆはなんか近い存在に思っちまうって言うか。旭の家もそうってことは、さゆも知ってるのか?」
「知ってるよ。さゆが知らないことも、俺は知ってるけど」
「さゆには言わねえの?」
「今はねー。……大事な妹、傷つけたくないし」
 ぽつりとつぶやかれた言葉。……なんか重大な単語があったような気がする……。気を付けて、そこだけ反復する。
「……妹?」
 って、言ったよな? 旭は軽く肯いて、瞳を細めた。
「うん。言ったでしょ? うちも同じ状況だったって」
 妹って……今、さゆの話をしてるんだよな?
「マジ?」
「マジだよ?」
「ってことは旭、さゆと腹違いの兄妹ってこと……?」
「そうそう。さすが晃。呑み込み早いねー」
 いつもの軽い調子の旭。いやいや、そんなレベルで語っていい話じゃねえよ。
「呑み込みどうのじゃねえよ。お前が言ってた大事な子、ってそういう意味なのか……?」
「そうだよ? 俺は小学生の頃からさゆが妹だって知ってたからさ、兄目線が板についちゃって。あ、でもほんとさゆは知らないから、言わないでね? さゆのお母さんに口止めされてるんだ。……さゆも、さゆのお母さんも今幸せそうだし、俺の母親も結婚して、相手もいい人で俺も楽しくやってるからさ」
 小雪さんが……。
「……言わないのはいいけど、母親、再婚したんだ?」
「いや、初婚だよ。さゆのお母さんと同じで、結婚しないで俺を産んだの。さゆの父親がどんな人だったかは聞いてる?」
「……小雪さんから、少しだけ」
「まあ一言で言えば、相当タチの悪い、見た目だけのクズ野郎ってことだね。俺とさゆの生まれた日を考えれば、二股以上してたの確実だし。俺もさゆも外見が母親似でよかったよ」
「……お前さっき、父親ほどいらないものはないって言わなかった? 今の父親は大丈夫なのか?」
「父さんのことは好きだよ? だから父親全部ってわけじゃなくて、俺とさゆの父親は死ねよって思うくらい大っ嫌いなだけ。いい父親と悪い父親といるでしょ?」
 マジか……。旭ならさゆのこと大事にしてくれるって思ったの、まさかこういう理由だったなんて……。
 旭、最初は俺に突っかかってきたけど、それは妹を護る兄として、って意味だったのか?……さゆと旭が、兄妹。さゆはそれを知らないから……例え過去形でも、旭のことを好きで……。
「……なら、いい兄と悪い兄もいるだろ。お前は、相当いい兄の方なんじゃねえの?」
 自分の正体を悟られないように、でも大事にしてきたってことだろ? ……言いたかったんじゃないかな。さゆと、たった二人の兄妹だよ、って。
「……晃、すげーいい奴だね? でさ、今度は兄って立場を明かして訊くわけだけど、さゆのこと好きじゃないの? 恋愛感情ないの?」
 秘密を明かされて、本性は少し大人しい奴なんかな? って思ってたら、相変わらずグイグイ来る。
「………」
「邪魔しないからさー。教えるだけ教えて?」
 ね? とテーブルの上で腕を組んで上体を腕に近づけて、見上げるように見て来た。
 ……教えるだけで、いいんだな?
「好きだよ。でも、好きだから、一緒にいる未来は考えたくない」
「なんで?」
「……言ったろ。俺の父親、すげー酒乱だったって。俺、パッと見も声も、父親似なんだよ……。だから、怖い。好きになって一緒にいる相手を、傷つける自分になりそうで、それが否定出来なくて、怖くて……。だから、さゆのこと、好きだから……傷つけたくないから、一緒にいたくない……」
 だから、
「お前が、さゆの兄じゃなかったらよかったのに……」
「え? どういう意味?」
「旭だったら、さゆの彼氏になっても受け入れられたって言うか……絶対、さゆのこと傷つけないで大事にしてくれるって気がするから……」
 旭に、今俺がいる場所を明け渡す準備を始めていたんだ。
 でも、この話を聞いてしまったら、もう――。
「……大変だね、俺ら」
「……ん」
「ごめん、晃……。俺は、兄としてしかさゆを大事に出来ないよ。小学生の頃、勉強の競い相手になって、いつもついてくるさゆが可愛くて、でもやっぱりそれは妹だって知ってたからだと思う。俺がさゆを幸せにしたい、なんて思ったことないんだよ。さゆを幸せにしてくれる奴をとっちめてやろうとは思ってたけど」
「おま……」
「いやー、だから晃にはつっかかっちゃってねえ。さゆ、晃にだけは笑い方が違うからさ。あ、こいつだなって思った」
「……俺じゃねえよ」
「お前だよ。お前がさゆをどう捉えていようが、さゆが好きなのはお前だよ」
「………」
「晃、さゆを幸せにしたいって、思わない?」
「思うよ」
 即答できる。
「自分以外がそれをしてもいいんだ?」
「………」
 い
「………やだよ」
 嫌だよ。
 旭は、少し身を乗り出して来た。
「晃さ、絶対に傷つけらんないって思うくらい誰かを好きになること、不可能だと思う?」

 ……傘、持ってくりゃよかった。
 旭と別れて、買い物で憶えていたものをテキトーに選んで帰ろうとしたら、スーパーの外は土砂降りだった。……最近の夏だな。
 傘、持たずに来ちゃったから雨宿りしていくかな……。
 右手に袋(さゆに渡されたエコバッグ)を持って突っ立っていると、どうしてもさっきの話が頭の中をぐるぐる回る。
 旭は、さゆの半分血の繋がった兄貴。俺を、さゆの相手として認めていた。
 旭が転校してきた理由は全部今まで聞いたことに嘘はなく、母親が結婚した相手の実家に移り住むため、小学生当時住んでいたこの近くに越して来た。離れても妹のことは気にかけていて、もしさゆがまだこの辺りにいるようだったら、と、巽に連絡してさゆが在籍する高校を知り、そこに巽もいると知って転校を決めた。一年の七月の休み直前っていう妙な時期の転校になったのは、母親の結婚関係の手続きが少しスムーズにいかなかったかららしい。今は問題なく過ごしているそうだけど。
 ……旭も、旭の母親も、俺やさゆや、母さんや小雪さんと近い、大変な思いをたくさんしてきたみたいだ。……旭なら本気で全部譲れるって思ったのに。なんでこんな展開になるかなあ……。
「……くん、晃くん!」
 間近で叫ばれて、思わず肩が跳ねてしまった。え?
「あ、さゆ?」
「もー、傘持って行ってって言ったでしょ? 何やってんの」
「雨宿り?」
「晃くん、最近ボーっとしてない? ほら、帰るよ」
 ……それは少し考えることがあったから。さゆはずいっと傘を差し出してきた。
「一緒に帰って、いいの?」
「また雷鳴って来たらどうするの。早く帰るよ。あ、荷物持つから傘持って。晃くんのが背ぇ高いから、私が持ってたら晃くんの頭に当たっちゃうから」
「いい両方持つ」
「え、それじゃあ私が来た意味がないって言うか……」
「迎えに来てくれたろ?」
 さゆの手から傘を受け取って歩き出すと、さゆも並んで歩く。
 狭い傘の中、傘を持っている方の腕がぶつかりそうで焦る。
 ……旭、いつかは言うみたいだった。ただ、今はそのときではないって感じだったけど。
「ごめんな、さゆ勉強してたのに」
「お互い様です。……ね、腕組もうか?」
「え……どうした、急に」
「この前、ああしてたら雷怖くないみたいだったから」
 そう言って、傘を持っている方の腕に抱き付いて来た。思わず傘が揺れる。
「さゆ、人前でそういうの嫌なんじゃないの?」
「なんかもう、ばれてもいいかなって」
「……さゆ?」
 ほんと、急にどうした……?
「いいから。早く帰ろ」
 さゆが、少し俺を引っ張るように歩き出した。個人的には嬉しいことでしかないから、振り払う理由もない。
「さゆは雷、怖くないの?」
「全然? 落ちて来たら怖いだろうけど、音聞こえるくらいはどうもないよ」
「さすが」
「だから晃くんはいつでも私を頼ってよろしい」
「……頼りにしてます」
 ほんと俺、情けないほどさゆに護られてばかりだ。
 だからせめて、俺がさゆを護りたかった。
 ……カッコ悪いとことか、いくら見せても全部その細い腕に抱きしめてくれるさゆだから。

+side咲雪

 ……やっぱり来たか。
「私たちもね、司さんが雪村くんと付き合うのに反対、ってわけじゃないんだ。ただ、みんなの雪村くんが一人のものになるのが許せないって言うか……女同士だからそう腕っぷしに差もないでしょ? 一発殴られるくらいの覚悟、あるよね?」
 放課後、晃くんの周りの女子の中でも、カゲキな人たちに校舎裏に拉致されてしまった。笑顔で言うけどめっちゃどす黒い笑顔。十人はいるかな……。
「……いいですよ、一発殴って認めてもらえるのなら」
「――ああ、そう。じゃあ雪村くんに愛想つかされるくらい殴っても文句ないんだね?――」
「好きな人を――自分の顔と天秤にかけられません」
「―――」
「顔カタチが変わって愛想つかされるなら、私がその程度、晃くんを好きだったってことでしかないんだと思います。みなさんはずっと晃くんのこと、好きだったんですよね? なら、私が請けるべきものもあると思うから」
「――――っ」
「おーっと、それ、あたしらも混ぜてもらおうか」
「殴り合いなら琴も参戦するー」
 軽い調子で現れたのは、凛ちゃんと琴ちゃんだった。
「相馬、三科……っ」
「咲雪を囲んで歩くの見えちゃってさー。なんだって? 一発くらい殴られろ、だっけ?」
「なら最初は琴―」
 ドカッと音を立てて、琴ちゃんの拳が先陣切って話していた女子の顔の横、校舎の壁に突き刺さる。
「なに? 怖いの? 大丈夫、痛いだけだから。顔カタチが変わるくらいって、歯が全部折れるくらいは殴っていいってことだよね? 今、歯科技術発達してるから心配することないよ?」
「なっ……なに、やばいこと言って……」
「あれー。琴のこと、知らないのかー。八重桜とか、八重桜琴とか呼ばれてたんだけどねー?」
 そう言って、いつも通りの可愛い笑顔と八重歯を見せる琴ちゃん。あの、それって知られたくない黒歴史なんじゃ……。
「三科って……! と、隣町シメてたヤンキーだよ……っ」
 え。
 琴ちゃんってそんなレベルだったの……?
「あ、知っててくれたんだ。嬉しいなー。で? ねえ、どうする? 琴の大事な友達怖がらせてくれた『お礼』、しちゃってもいいのかな?」
「な――友達だからって、あんたは関係ないでしょ! あたしらが用あるのは雪村くんに手ぇ出した司で――」
「じゃあ俺を殴れよ」
 涼やかに響いたのは、晃くんの声だった。私たちを囲んでいいた女子、みんなから喉を引きつらせたような音を聞いた気がする。
 いつも通りダウナーな感じの晃くんだけど、……お、怒ってる……?
「ゆ、雪村く……ちがっ」
「別に違っててもいい。さゆは俺だから、さゆを殴りたいんなら俺を殴れって言ってんだよ」
「わかった」
 何ばかなこと――! って、私が怒る前に、一人が答えて晃くんの方へツカツカ歩き出した。
 そのまま、左拳で晃くんの右頬を殴った。
『………』
「………」
 呆気に取られる女子全員と、私。凛ちゃんだけがため息をついていた。
 晃くんはよろめきはしなかったけど、殴られた勢いで背けた顔を正面に戻すと、ぎっと相手を睨みつけた。
「――ってえな、お前には言ってねえんだよ! 琴ちっともマジメになる気ねえだろ!」
「うっさい! 元々晃が咲雪ちゃんに手ぇ出してなきゃこんなことにもなってないんだよ! 自業自得だ!」
 ……晃くんを殴ったのは、琴ちゃんだった……。
「な、内乱……?」
 女子の誰かが呟いた言葉に、私は内心同意してしまった。うん。
「俺は琴がさゆの親友名乗るのも許した覚えはねえ! 元ヤン傍におけっか!」
「琴こそ晃が咲雪ちゃんと付き合うの許した覚えないもん! 元ヤンの名前で親友護れるんだったら琴はいくらでも利用してやる!」
「こ、こう? こと……?」
 お互い名前呼びに戻ってるー! 普段は二人とも気を付けているからか苗字呼びなんだけど、頭に血が上っちゃっているみたいで名前呼びになってる!
 すっと、凛ちゃんがガイドさんみたいに軽く右手を挙げた。
 そして、特に感情に見えない表情で喋り出す。
「えー、あちらに見えますあちらのおふたりさんは、小学校時代の幼馴染さんらしいです。仲超悪いんで関わらない方が身のためです。南無阿弥陀仏」
 天に召されちゃった……。
「相馬ァ! ややこしい言い方すんな!」
「凛ちゃん! 晃はただの知ってる人なだけだもん! 幼馴染なんて可愛いものじゃないもん!」
「えー、幼馴染さんですらなく、敵同士さんらしいです。なんまいだ」
 ガイドモードで続ける凛ちゃん。れ、冷静だな……。
「琴少し黙ってろ! 話つけに来たのはお前じゃねえんだよ!」
「じゃあさっさっと片付けてよ! 琴は好きな人のために大事な友達諦めたりしないもん! 好きな人のために好きな人諦めたりしないもん!」
 あ―――……。
 今、琴ちゃんが言った言葉。……思いっきり刺さった。
「よう、そこの。雪村が直接話してくれるらしいぜ?」
 凛ちゃんに言われて、びくっとみんなの肩が跳ねた。
 琴ちゃんとの言い合いでヒートアップしてしまった晃くんは、目線だけで人を射殺せそう……。
「――あの元ヤンが言ったように、俺が先にさゆに惚れたんだよ。……さゆは俺だから、さゆを傷つけるのだけは赦せない。どうしてもさゆのことが欲しくて、俺から近づいたんだ。認めてくれとは言わない。でも、さゆだけは……傷つけるのはゆるさない」
「……っ、……ごめん、なさい……」
「その……今まで誰とも付き合わなかった雪村くんに急に彼女が出来て……なんか、認められなくて……」
「私のことだったら!」
 声を張り上げると、視線が一気に私に向いた。――大丈夫。
「私のことだったらいくらでも悪く言って構いません。でも、晃くんのことは悪く言わないでください。晃くんのことは、私が護って行くと決めてるので」
『………』
「晃くんを害するのは、誰であってもゆるさない」
 すっと、右手の指先が絡め取られた。
「うん」
 先ほどとは打って変わって、穏やかな眼差しの晃くんだった。その微笑みに、私も安心する。晃くん、大丈夫だ……よかった……。
「三科!」
 微妙な感じになってしまった空気を壊したのは、巽の一声だった。
「ふ、藤沢く……」
 名前を呼びかけて、琴ちゃんははっとしたように顔を背けた。そ、そうだよね……私を守るためとはいえ、琴ちゃん、知られたくない過去をさらけだしたんだ――
 巽は早足で琴ちゃんのところまでやってきて、前に立った。
「三科。惚れた! 俺と付き合って!」
「……はい?」
 泣きそうになっていた琴ちゃんの顔が、一瞬で呆気に取られる。
「え、ふ、藤沢くん? あの、さっきの琴の……聞いてたんじゃ……」
「聞いてた。晃から、まだ出てくるなって言われてたけど。三科が晃を殴ったのも見た」
「―――――」
 サーッと血の気が引いて行く琴ちゃんの顔。こ、これは私からも謝らないと――
「三科、すげーカッコいい。咲雪の――友達のためにあそこまで啖呵切れるとか並じゃない。すごくカッコいい。すごく可愛い。好きんなった。だから、俺と付き合ってください」
 な、殴ったとこも見たんだろう? ……巽、お前の基準はどうなっている……。
 琴ちゃんの肩が、ふるふる震え出した。
「ざ、ざゆぎぢゃーん! りんぢゃーん!」
「わっ」
「おっと」
 踵を返して突撃してきた琴ちゃんを、凛ちゃんと二人で受け止める。勢いで、晃くんと繋いでいた手が離れる。晃くんが舌打ちしたのが聞こえた。
「い、今の、夢? 幻? 妄想? と、とにかく現実じゃないよね? ふ、藤沢くんが琴なんか好きになってくれるわけないよね?」
「み、三科さん!」
「本当だよ! 藤沢くんに告られたんだよ!」
 ……テンションがあがっているのは、さっきまで私をシメにきていた女子たちだった。何と言うか……みんな、恋バナが好きなだけの普通の子たちなのかな……?
「司さん!」
「はいっ!」
 先陣切っていた女子に呼ばれて、私は思わず背筋を伸ばした。すると、次に視界に入って来たのは腰を折って頭を下げた彼女だった。
「ごめんなさい。司さんが、どれだけ雪村くんを好きか、わかってなかった。私たちじゃ到底敵わないわ……。認めないとか言ってごめん。撤回します。雪村くんの相手には、司さんしか認められないよ」
「あ、はい……ありがとうございます……?」
「三科さんも、相馬さんも、巻き込んじゃってごめんなさい」
 ぽつぽつと「ごめんなさい」って言葉が聞こえてくる。
「あたしはいいよ。ただ、この騒ぎを教師や他の奴らにチクらないってあたしたちも保証するから、代わりにあんたらは、琴の過去に関する一切は誰にも言わないでもらおうか」
 あ、そうだよ。それ、口止めしておかないと。
「それは約束します。……八重桜に目をつけられたなんて、恐ろし過ぎて他言出来ないよ……」
「「………」」
 琴ちゃん、中学時代なにしてたの……。私も凛ちゃんも同時に黙ってしまった。――って、それより!
「琴ちゃん、巽の言葉、嘘じゃないよ? 巽、嘘つくような人じゃないから」
「そうだぜ、琴。今お前、藤沢から逃げてきちまってる状況なんだから、ちゃんと答えないと」
 私と凛ちゃんが、私たちに抱き付いて震えている琴ちゃんに言うと、周りの女子たちからも応援がかかった。
「三科さん! 今答えないと!」
「藤沢くん、待ってるよ」
 どんどんかけられる言葉に背中を押されたか、恥ずかしくなったか、琴ちゃんはばっと顔をあげた。そして目を充血させて、頬も真赤にさせた顔で口を真一文字に結んだ。
「琴ちゃん、言ってきな」
 そっと腕を叩くと、琴ちゃんは軽く肯いた。
「ふ、藤沢くん……!」
「うん」
「こ、琴も――私も、藤沢くんのこと……すきです! ずっと、高校入ってからずっと、好きです!」
「……ほんと? 晃じゃなくて、俺でいいの?」
「なんで晃が出てくるのっ? 琴、晃のこと別に好きじゃないよ? むしろ琴と凛ちゃんの咲雪ちゃんを奪った悪者だよ?」
「だって三科、晃とはよく喋るけど、俺とはあんま喋ってくれなかったから……」
 私と同じ誤解を、巽もしていた。
「それは……ふ、藤沢くんの前だと緊張しちゃうって言うか………藤沢くんと話すの、ドキドキして、口がうまく動かなくて……藤沢くんのこと、すき、だから……」
「……よかった~」
 長く息を吐いて、巽は右手で自分の顔を覆った。
「三科、晃のこと好きだと思ってたから……。三科、俺と付き合ってくれる?」
「わ、私からお願いしたいくらいだよ……! でも、ほんとに琴なんかでいいの? 琴、ヤンキーあがりであんまり素行よくなかったよ?」
「今は違うだろ? 友達のために、だったんだろ?」
「~~~藤沢くん好きです! 大好きですっ!」
 琴ちゃんが、泣きながら叫ぶ。
「俺も、三科のこと好きです」
 つと、巽が琴ちゃんの腕を引いて、自分の腕の中に閉じ込めた。
「ふ、藤沢くん⁉」
「彼女なんだから、泣くときくらい彼氏の腕の中にしてよ」
 ……そう言われて、琴ちゃんはびきっと固まったように見えた。
「なんか二件くらい落着した感じだな」
「だねえ。助けてくれてありがとね、凛ちゃん」
「それは身体張った彼氏に言ってやんな。おーい、あんたら。一応けが人いるから、あたしらもう行っていいかー?」
 と、女の子たちに向かって声を飛ばす凛ちゃん。女の子たちは申し訳なさそうな顔でまた口々に「ごめんなさい」と繰り返した。

 一応保健室で湿布を貼ってもらった晃くんを待って、みんな帰宅路。
「ほら、琴。せっかく恋人になったんだから隣歩くくらいしろって」
「そんな畏れ多い……!」
 凛ちゃんに促されるけど、凛ちゃんの腕に抱き付いてなかなか巽の方へ行かない琴ちゃん。琴ちゃんの巽大好きもここまで来ると微笑ましいなあ。
 晃くんと旭、巽が前を歩いていて、その後ろに私たち三人が並んでいる。
「旭、巽のこと止めててって言わなかったっけ? 俺」
「あれでも頑張ったんだよ? 羽交い絞めにしてたんだよ?」
「お前琴より役立たねえな……」
「晃、毒舌やめて。じゃなくて、大丈夫なの? 頬。湿布貼ってるけど……」
「いなしてこの威力だよ。この暴力女。腕っぷし男並みだろ」
「いなしてたんだ……」
「利き手は知ってたから、俺相手だったらそっちで顔面狙ってくるだろうなあ、とはな」
 ……晃くんと琴ちゃん、まさかだけど小学校時代からこんな関係なわけじゃないよね? 顔面狙うのを予測してたとか……。
「あの、みんなどうしてあそこへ?」
 全員集合だったよね?
「雪村が、連れて行かれる咲雪を見つけて飛び出して行こうとしたのを、あたしと琴が止めたんだよ。真打登場はあとからだろ、って」
「……どういう意味?」
「あたしらのとこから咲雪を連れて行こうなんてバカな真似した奴ら、あたしらがまずシメとかないと気が済まない」
「……凛ちゃん」
「あと、琴のヤンキー時代の片鱗を見て見たかったのもある」
「……本音そっちでしょ」
 思わずじと目になる私。
「まあ咲雪に害なくてよかったよ。琴は彼氏まで出来てるし」
 ぽん、と私の頭を撫でる凛ちゃん。
「害あったの俺だけな」
 前から棘のある晃くんの声。本当だよ。まさか琴ちゃんが晃くんを殴るとは思わなかった……。原因は私なわけだし、帰ったら晃くんにお詫びしないと。
「けどな、巽。お前少しは女見る目養え?」
「なっ……! 晃! 藤沢くんにヘンなこと言わないでよ!」
 結構なことを言った晃くんに、琴ちゃんは言いかかる。けど、何故か巽は照れ照れしている。
「いやー、実を言うと今日ので惚れたってわけじゃないんだよね。前から、晃が時々三科を『琴』って名前で呼んでるの、なんか羨ましくてさ。結構前から好きだったと思うんだよね」
 巽の告白に琴ちゃんはばっと顔を両手で覆った。
「琴、もう死んでもいー」
「琴ちゃん⁉ 巽! 琴ちゃん殺さないでよ!」
「いや、今のはそういう意味じゃないだろ、咲雪」
「そうだよ三科。せっかく、その……付き合えたのに。そんな哀しいこと言わないで」
 巽が立ち止って、琴ちゃんの頭に手を載せる。
「……俺も、琴って呼んでいい?」
「……っ、も、勿論です……っ」
 琴ちゃんはやっと手を外して、眩しそうに巽を見上げている。なんか二人の周りだけ別空間というか、キラキラしてるんだけど……。
「さーて。出来たてバカップルは置いて帰るかー」
 凛ちゃんの毒舌も聞こえていないような出来たてバカップルさん。琴ちゃんと巽は見つめ合ったままだ。巽ならちゃんと琴ちゃんも送って行くだろう。お邪魔虫たちは先に帰ります。
「ねー、巽って彼女いなかったの?」
「「「ないない」」」
 旭の質問に、私、晃くん、凛ちゃんが同時に答える。
「答え揃うってことは……」
「ここ三人と巽が中学一緒なんだ。琴ちゃんは高校から」
「なるほど」
「巽は中学んとき、部活最優先で彼女とか作らなかったから」
「あ、巽らしい」
 晃くんの答えに、一発で納得する旭。巽も、晃くんほどではないけど、結構告白されていたみたいなんだけどね。
「晃が三科さんを名前呼びしてたってのは? まさか元カノ?」
「んなわけあるか。小学校が一時期一緒だったってだけだ。それ以降の素行の悪さを知ってるから、ばらされたくないから知り合いだって言うなって脅されてたんだよ」
「……」
 晃くんに言われて、ちらっと旭が琴ちゃんたちを振り返った。さっきの場でのことを全部聞いているみたいだから、今更隠してもどうしようもないか……。
「でも、そういう巽が好きになって告白までしたってことは、三科さん相当すごい人だね」
「琴ちゃん可愛いでしょ⁉ 天使レベルなんだから!」
「さゆ、今度一緒に眼科行こうな? 視力検査とか色々してもらった方が絶対いいから」
「晃くんどういう意味⁉」
「つまり晃は三科さんに妬いてるわけだ」
「そんな低レベルじゃない。琴はさゆに悪影響与える気しかない。危機を感じてる」
 ほんとどういう意味だ。旭が凛ちゃんの方を振り返って来た。
「相馬さん、つまり晃は重症ってこと?」
「そうとしか言えんだろう。あたしも最近呆れて来た」
 ふう、とため息をつく凛ちゃん。……どういう意味だ?
「あ、旭の家ってうちより先なの?」
「うん。相馬さんは送り届けるよ」
「青山って色々スムーズなのな」
 うちの前についたから旭と凛ちゃんに手を振って、晃くんと一緒に家に入る。……まずは土下座して謝らなくちゃ……。

+side旭

「邪魔とかしなくていいの?」
「なんの?」
 流れで一緒に歩くことになった相馬さんは、のんびりした口調でそんなことを訊いて来た。
「あいつら。一緒の家に住んでるとか、青山的には大丈夫なんかなーって」
 ……的確だな。
「全然大丈夫じゃないね。心配過ぎる」
 可愛すぎる大事な妹を持つ身としては。
「ああ、やっぱお前――
 と、相馬さんが言いかけた。それは否定しておいた方がいいよな?
「あ、いや俺のはそういうんじゃなくて」
「好きなのか。雪村を」
「……は? 相馬さん、何て言った?」
「雪村のこと好きなんだろ? だから咲雪に嫉妬してる」
「……相馬さんって腐女子?」
「違うけど。あたしはノリで話すのが好きなだけ」
「悪質な……」
 性格をしているなあ、この子。そして続けてにやにやしないでほしい。
「あたしがタチ悪いの生まれた瞬間からだ。な、マジで雪村狙いなんか?」
「そんなわけないだろ。俺はそういう趣味の人じゃないです」
 ……なんで妹の親友にこんな説明を……。
「なーんだ。じゃあ雪村に妬いてんのか?」
 なんだ、ってどういう意味? そんなつまらないものの感想みたいに言われても……。
「ねえ相馬さん」
「なにかな青山」
「俺の耳がおかしくなかったら……さゆと晃、さっき告白し合ってたよね? お互いに向けてじゃなかったけど」
「青山にも聞こえてたんなら、あたしの幻聴でもなかったんだな」
「うわー! 心配過ぎる!」
 こ、晃はいい奴だと思うし、さゆの相手としても花丸だと思っている。でも……心配だー!
「青山、顔真っ青だぞ? 生きてるか?」
「うん……生きてます」
 や、やっぱ邪魔してくるべきだった? 今の感じだと、本当に付き合いだしてもおかしくないって言うか、むしろそっちのが正しい流れ? な気さえする……。
 さゆー!
「青山……お前愉快な奴だなあ」
「……それ、晃にも言われてたから複雑なんだけど……。さゆと晃って、ほんとにまだ、ちゃんと付き合ってないの?」
「今のところ咲雪から追加報告ないから、まだだろうな」
 と、ポケットに突っ込んでいたらしいスマホを取り出して画面を見る相馬さん。
「追加報告?」
「咲雪が雪村と一緒に住んでるって隠してたから、今後は起こる総てを報告するって約束させた。今んとこ連絡ない」
「………」
 取引?
「と言うわけで、まだ雪村のじゃないから青山にもチャンスはあるわけだけど?」
「いや――俺のさゆへのそういうんじゃなくて……」
「ないのか?」
「あ、あえて言うなら、可愛すぎる同い年の妹を持った兄の心境、みたいな感じだな!」
 みたいな感じじゃねえだろ俺! 真実伝えてんじゃねえか!
「なるほど。咲雪が大事過ぎてバグ起こしてるんだな、青山の頭は」
「………」
 俺のさゆ大事がバグで処理された……。
「まあ、咲雪も雪村もいい奴だから、心配すんなって」
 バシッと背中を叩かれた。
「あ、ありがと……?」
「おう」
 あー……ほんと心配。でもほんと、晃もさゆもいい奴なんだよなー……。
 今、秘密を持っているのは俺だけで。
 晃も巻き込んで秘密の共犯者にさせてしまっているけど。
 ……知ったら、さゆはどうするんだろう。



7 コクハク

+side咲雪

「さゆー。今日さゆん家行ってもいい?」
「えっ、それは――」
 朝、教室に入ってくるなりそう言って来た旭。晃くんから、一緒に住んでいる諸々は旭にも話したって聞いているけど……。
「大事な話があるんだ。晃には了解もらってる」
「話?」
「うん。俺と、さゆのこと――」
 旭の目は、やけに真剣だ。……なんか、はぐらかせない……。
「で? どうしたの、旭」
 リビングに通して、一応お茶を淹れてこようと背を向けたら、旭の声に足が縫い止められた。
「あのね、ずっと黙ってたことなんだけど、俺、知ってたんだ。さゆが、俺の妹だって」
「……へ―――?」
 旭、今、なんて言った?
 自分の顔が、旭の方を向いた。旭は、何か痛いところでも抱えているみたいな顔をしている。
「俺の母さんも、結婚しないで俺を産んだのは知ってるよね? 俺とさゆの血縁上の父親、同じ人なんだ」
 ―――――。
「……うそ」
「本当だよ。さゆのお母さんは知ってる。でも、言わないでほしいって言われてたんだ。俺は、小学校でさゆと逢った時から、さゆが妹だって知ってた。ずっと、兄としてさゆのこと、大事に思って来た。俺が、……もっと早く、名乗り挙げていればよかった。そうしたらさゆ、恋愛感情を置いて来ちゃうようなこともなかったかもしれない……」
 うそ……私が旭のいもうと、って……じゃあ、旭は、わたしの………――――
「旭が、私のお兄ちゃん、なの……?」
「そうだよ」
「うそ」
「さゆ――」
「そんな、こと、今まで一度も――」
 言わなかったじゃない。素振りすら見せなかった。旭が……。
「さゆ!」
「……ごめん、一人にして」
「ただいまー……って、さゆ?」
 悪すぎるタイミングで晃くんが帰って来たのがわかったけど、おかえりも言わずに階段を駆け上がった。自分の部屋に入って大きな音を立ててドアを閉めた。旭が……わたしのおにいちゃん? 旭はずっとそれ知っていて、黙っていたの? そんな……。

+side晃

「さゆ……?」
「晃」
 勢いよく俺の前を横切って階段を駆け上がったさゆ。呆然と階段の方を見上げていると、リビングから旭が出て来た。
「旭……どうしたの? さゆ」
「……言った」
「……は?」
「話した。兄妹、だって……」
「わかった。旭、少し待ってて。時間かかるかもしれないけど」
 自分の鞄を旭に投げて、俺も階段をあがった。旭が小さく、「ごめん、晃」と呟いていた。
 二階にあがると、すすり泣く声がさゆの部屋から聞こえて来た。黙ってさゆの部屋のドアを開けると、ドアのすぐ傍にしゃがみ込んでいたさゆが顔をあげた。涙まみれで、唇を噛みしめていた。
「こ、うくん~……」
「ん。旭は来ないよ。俺だけ来た」
 かすれた声をしぼりだした喉は、傍から見てもひくついている。さゆの隣に膝をついて、右手でさゆの頬に触れる。
「……泣きな」
「………」
「いつまででも傍にいるから、泣いていいよ」
 雷の日、さゆも同じような言葉をくれた。あの言葉に、どれだけ救われたか……。途端、さゆは涙を流し出した。
「ごうぐん~」
「うん」
「う~」
 さゆは、声を押し殺した泣き方をするんだ。全部、自分の身のうちで解決しようとするように。……ちゃんと、気持ちを涙に流してほしくて、そっと抱きしめた。
「こ、……」
「これなら泣いてるとこも見えないから、言ったことも聞き流すから……ちゃんと、泣くんだよ」
 さゆの手が、俺の服を摑んで来た。
「あ、旭、が………」
「……うん」
 それだけ口にして、さゆはしゃくりあげながら泣いた。言葉は、それだけだった。
 どれくらい経ったか、さゆの嗚咽が収まった頃、ゆっくり腕を離した。近くのティッシュ箱から数枚抜き取って、さゆの顔を拭く。さゆはされるがままだった。
「……旭から、聞いたんだ?」
「……晃くんは知ってたの?」
「少し前に、旭から聞いてた。小雪さんから言わないように言われていたって聞いたから、俺も黙ってた」
「………」
「さゆ、旭のこと好きだったんだな?」
「………」
 さゆは答えずにうつむいた。
 俺から続きを問うことも出来ず、これ以上訊いたら問いただすって感じになりそうだから、黙っていた。
「……小学校のころ、旭だけがライバルだった」
「うん」
「旭と競ってるときが一番楽しくて、つられてテストの点数もよくて、……なんか、旭は特別だった」
「うん」
「……好きだって気づいたのは、離れてからだった」
「……そっか」
「うん……」
「旭はさゆが妹だって知って大事にしてたから、あいつは少しタチ悪いな。今度シメとく」
「な、なんで晃くんがそんな……」
「俺の大事な子を泣かせたんだ。そんくらいいいだろ」
「……まさか、晃くんまで私の兄とかいうオチ、ないよね……?」
「それはないよ。俺はちゃんとさゆのこと、好きだから」
 ちゃんと。
「こんなときに言うの卑怯だと思う。でも、旭を好きなままでいいから、誤解はしないでほしい。俺は、さゆのことを一人の女の子として好きだと思ってる。大事な子っていうのも、俺の一番大事な女の子って意味だから」
 ちゃんと、伝えた。……これでいい。想いを残すことはもうな――
「……さゆ?」
 何故か、さゆの顔が紅かった。……こすりすぎたかな。
「晃くん、私のこと好きなの……?」
 ……ああ。急に告られて恥ずかしくなったか。
「そうだよ。たぶんずっと前から好きだったと思うけど、自覚したのはあの、雷の日かな」
 さゆが、俺を護ってくれた日。優しい腕で、抱きしめ返してくれた日。
「~~~私が、旭を好きだったってわかったの、……晃くんを好きになったから、だよ?」
「……は?」
 え……なんか大きなことが一気に言われたような……。
「中学で旭とは離れて、晃くんと出逢って……晃くんはすぐに家族みたいな存在になったから、私も気づくの、遅かったんだけど……晃くんのことを好きなんだって気づいて、それから、同じ気持ちの、もっと小さなものを、旭にも持っていたって、気づいたの」
「え……と?」
 ……どう解釈すればいいんだ?
「私が今好きなのは、これから好きでいるのは、晃くんなの。……旭は初恋だったけど、過去形、なの。晃くんを好きになってなかったら、旭を好きだったってことも気づかなかったと思う。……旭がお兄ちゃんだって知って、旭だけにそんな秘密を背負わせて、私は呑気に晃くんと一緒に過ごして幸せでいて……罪悪感? みたいなのが一気に来てパニック起こしちゃったけど……。晃くんのこと、これからも好きでいても、いい、かな……?」
 ……ほんと? さゆが……俺の、こと……。
「さゆ」
「は、はい」
「俺、さゆのことが好き。俺と付き合ってください」
「わ、私も晃くんが好きですっ。よ、よろしくお願いします……?」
「なんで疑問形なの」
「信じらんなくて……。晃くん、好きな人は作らないし、付き合うとかする気ないって言ってたから……。告白、なんかしたら、晃くん、離れて行っちゃいそうで……」
 ああ……。巽にも指摘されていたこと、さゆの心に残ってしまっていたのか。
「……兄だって旭から聞かされたとき、言われたんだ。『絶対に傷けられないと思うくらい誰かを好きになること、不可能だと思うか?』って。……思わなかった。すぐに浮かんできたのは、笑ってるさゆの顔だった。俺がずっと、さゆを笑顔でいさせるって思った。……約束する。絶対に、さゆのことを傷つけない。泣かせない。だから、これからも俺と一緒にいてほしい」
 ずっとずっと、先まで――。
『絶対に傷つけられないと思うくらい誰かを好きになること、不可能だと思う?』。旭の問いかけは、俺には打撃だった。だってそれは、俺がいつもさゆに対して思って、決めていたことだったから。さゆだけは傷つけない。泣かせない。そして俺は、さゆが好きだって自覚もあった。
 悩み続けていた、俺の中に溜まっていた黒々しいものを解放する答えを、俺はもうとっくに手にしていた。
 絶対に傷つけないと誓って、泣かせないと約束するほど、さゆのことが好きだ。
「……さゆ?」
 さゆが、正面から抱き付いて来た。
「うれしいの。晃くんが……私のこと、好きになってくれたんだって、急に実感がわいてきた」
「……うん。俺も。さゆは旭のこと好きなままだと思ってたから」
「旭のことは……たぶんもう、『お兄ちゃん』って呼ぶことも出来るよ。晃くんが、小学生の時の私の気持ちまで掬い取ってくれたから、こう、ふわっと昇華? しちゃった」
「じゃあそう呼ぶ?」
「……今更恥ずかしい」
「だよな。……落ち着いたら、下行こう? 旭が待ってる」
「……うん」
 抱き付いて来たさゆを、抱きしめ返した。
「さゆ、今日から俺の彼女だってわかってる?」
「……わかってる」
 さゆの声が照れているように聞こえた。その反応からもさゆとの関係が変わったことを実感して、ただ、嬉しかった。

+side咲雪

「さゆ~! ごめん! 本当にごめん! 急に言われてもびっくりするよな?」
「いや、もういいよ旭」
 晃くんと一緒に一階へ降りると、顔面蒼白の旭が駆け寄って来た。
「お母さんが黙ってるように言ったんでしょ? 旭は悪くないって」
「そうだけど――って、なんで手を繋いでいる? 晃?」
「さゆは今日から俺の彼女です。旭も触っちゃダメ」
 こ、晃くん! いきなり宣言して、私の肩を抱き寄せて旭から遠ざけた。
「はあ⁉ おま……マジか! とっちめる!」
「何寝ぼけたこと言ってる。さゆを泣かせたお前の方こそとっちめられるべき」
「~~~さゆ! 考えなおせ! 今ならまだ遅くない!」
「無理」
「さゆ~」
「晃くんのこと好きだから、諦めるとか無理。いくら旭がお兄ちゃんだからって聞けない」
 ふいっとそっぽを向くと、旭の背後に『ガーンッ』って効果音でもつきそうな顔になった。
「さゆに……可愛い妹にふられた……」
「よかったな。もう俺ので」
「……晃っていい性格してるって言われない?」
「言われる」
「否定しろよ! あーもう! おめでとう! よかったな、さゆ! ずっと幸せでいろよ俺のきょうだい達め!」
「あ、旭?」
 旭は急に叫んだと思ったら、鞄を摑んで玄関に向かった。
「あさ――
「出来たてバカップルに関わってるほど俺は寛大じゃありません。明日はお前らいじりまくってやるから覚悟しとけよ」
 捨て台詞っぽいものと、二カッとした笑顔を残して、旭は扉の向こうへ消えた。
「だ、大丈夫かな、旭……どっか壊れたんじゃ……」
 旭の態度の急変に戸惑っていると、晃くんが私の髪をわしゃわしゃと混ぜた。
「大丈夫だろ。旭、メンタル強そうだから」
「そうかもだけど――」
「それより。付き合い始めた日なんだから、もっとこっち見てて?」
「っ」
 ……晃くんが、急に糖度を増した気がします……。

Side旭

 失恋、決定。
「いや、自分から否定しといてそんなんもないんだけどなー」
 一人淋しい帰り道。さゆと晃が暮らしている家から。
「………」
 やべ、さすがに泣きそう。
 ……さゆの幸せを願って来たのは嘘じゃない。でも、本当は。……本当は、俺が―――……。
「お、青山―」
 聞き覚えのある声に振り向くと、相馬さんだった。私服で、コンビニの袋を提げている。
「一人か?」
「あ、うん。さっきまでさゆん家に」
「へー」
 にやにやとする相馬さんの視線が痛い。
「青山さ、咲雪のこと本気だっただろ?」
「………」
 今一番つかれたくないところを……。巽がこういうのを察して回避するのが上手いのと反対に、相馬さんは的確についてくる。
「でも、さゆが今好きなのは晃だよ」
「みたいだね。んで、雪村に譲ったんだ?」
「……相馬さん、二人が付き合うってもう聞いたの?」
「うん、さっき咲雪からメッセージ来た」
 さゆ、取引守っているのか……。律儀だな。
「……じゃあ、俺のことも聞いた?」
「いや? 青山がそこにいたとは書いてなかったよ?」
「………」
 まあ、そうだよな。クラスメイトが兄だった、なんて書かないよな。
「晃なら、さゆのこと幸せにしてくれるでしょ?」
「なに言ってんだ? 咲雪は自分の幸せくらい、自分で手に入れるぞ?」
「……え――」
 だって、晃がいるからさゆはあんな幸せそうに笑ってて――
「幸せなんて他人がくれるモンじゃないだろ。そりゃあ、誰かと一緒――特に好きな奴と一緒にいたら幸せだって感じるだろうけど、それは咲雪が好きな人の隣にいる権利を自分の力で得たからだ。だから、雪村と付き合っていて幸せだって咲雪が感じるのは、咲雪が頑張ったからなんだよ。頑張って、雪村を好きでいたからなんだよ。どういう経緯で付き合ったかまでは知らないけど、咲雪は努力の天才だぞ?」
「………」
「咲雪は頭いいけど、雪村と違って天才型じゃないんだよ。勉強したらその分だけ身になる、ごく普通のタイプ。中学んときからしか知らないけど、咲雪はいつも頑張ってたよ」
 ……俺も、知っているよ。俺に張り合おうと、いつもいつも、他人の何倍も頑張っていた。
「……さゆはいい彼氏だけじゃなくて、いい友達も持ったねー」
「当り前だ。咲雪の友達だぞ?」
 茶化すつもりだったんだけど、相馬さんからは真面目な答えが返って来た。
「んで、青山の友達でもある」
「―――……」
 うわ、それ、すっごいくる……。
「じゃあ今度遊びにでも行くか?」
 相馬さんが、ぱっと気のいい笑顔で見上げて来た。
「晃たちも一緒に?」
「いや、二人で。琴も藤沢がいるし、咲雪は雪村と付き合いだしたわけだし、六人で行ってもあたしと青山があぶれるだろ? だったら最初っから二人で行って遊び倒してこよーよ。青山の気が晴れるまでさ」
 ……相馬さんって、不思議。
「相馬さん、俺ね、ほんとにさゆのお兄ちゃんなんだよー」
「へー。マジか。じゃあ秘密にしなくちゃなー」
「あの、本気で聞いてる?」
「当たり前だろ。青山が自分から話す前にあたしが言いふらせるわけないだろ」
「その割には驚きが少ないような……」
「だって昨日、自分でそう言ったろ?」
 ……え、あれを本気に取っていたの?
「相馬さんって不思議だね……」
「それは初めて言われる評価だな」
「……送ってく」
「いいの? んじゃ、ありがと」
 なんか、相馬さんといると、疲れるけどラクかも。



8 ヒメゴト

+side晃

「はい、もしもし」
『あ、晃? 元気してる?』
 さゆが風呂に行っている間、かかってきた電話は母さんだった。ソファに座って応じる。
「元気だよ、俺もさゆも」
『よかった。今度の金曜日帰るって話なんだけど、晃もさゆちゃんも、土曜か日曜って空いてる? 二人とも一緒に』
「今んとこ予定ないけど……さゆは早めに言って置かないと友達との予定入れるかもしれないけど」
 俺も、巽は部活でほとんど埋まっているけど、旭に外へ連れ出されることもあるようになった。
『そう。じゃあ、土曜日は二人とも時間作ってもらえる?』
「いいけど。なんかあるの?」
『それは小雪から話すわ』
『もしもし、晃くん? さゆの面倒見押し付けちゃってごめんね』
『何言ってんの小雪。晃だったら名乗り出るくらいやりたいことよ』
 どうやら向こうはスピーカーで話しているようだ。二人の声がはっきり聞こえる。
「小雪さん? あの……話聞く前に、一つ――いや、二つ、いいですか?」
『うん? どうしたの?』
「旭……青山旭って知ってますか? 前は苗字違ったかもしれないけど……」
『うん。知ってるよ。晃くんとさゆの学校に転校したんでしょ? 旭くんから、私のところへ挨拶来てるよ』
「連絡、取る仲だったんすね」
『……そう言うってことは、さゆと旭くんの関係、聞いたの?』
「はい。旭本人から」
『そう……』
「さゆも、知りました。今日、旭が話しました」
『………』
「さゆは大丈夫です。泣いたけど、今は旭のこと、ちゃんと友達として付き合い出来てます」
『そっか……。晃くんが頑張ってくれたのかな?』
「……。もう一つ、なんですけど……」
『うん』
「さゆと、付き合うことになりました。小雪さんと母さんには、二人でちゃんと話そうと思っていたんですけど、旭のこととか、ちょっと俺だけ知ってることもあったから、先に――」
『よくやった! 息子!』
『わーっ! ありがとう晃くん!』
 ……何故か急に電話の向こうのテンションがあがった。ありがとうって、なにが?
『さゆってば私のあまりよくない恋愛知ってるから、恋愛することに臆病になってるなってのはわかってたの。でも、晃くんなら安心。晃くん、娘のこと、よろしくね』
『晃~、今以上にさゆちゃん大事にしないと私がゆるさないからね~』
「当たり前。小雪さんも、ありがとうございます」
 なんだ。同居ゆるすとか、俺は安全圏に見られていると思っていたけど、二人にはこうなることも想定済みだったみたいな反応だ。
「それで、小雪さんの話って?」
『あー、うん。実はね、私、結婚……しようと思う方がいるの。前から親しくしていた人で、今度帰国したら、さゆに逢わせたいって思ってるんだけど……。さゆ、父親っていう存在そのものを知らないから、どう反応するかなーって思って、ずっと言えなかったの……』
 結婚。小雪さんが。
「……さゆなら、ちゃんと話せばわかってくれると思います。小雪さんが真摯に、相手の方を想っているなら」
『そうよね……。また、さゆにも電話して話しておくわ』
「ちょっと気が早いかもしれませんが、おめでとうございます」
『ありがとう、晃くん』
『晃、私からも話があるんだけど……』
「なに?」
『お母さん、今まで交際を申し込まれても、男に嫌気が差してたから全部断ってきたの。小雪と出逢ってからは、仕事してる方が楽しかったし。でも……縁を感じる方がいたら、……お付き合いくらいはしてみようと思ったの。いい?』
 母さん……。
「当り前。母さんは今まで、十分過ぎるくらい俺の為に生きてくれたよ。だからもうそろそろ、自分の幸せのために生きてよ。俺も、さゆを幸せにするって生き方、見つけたから」
 これから俺は、さゆを幸せにするために生きていけるんだ。
 さゆだから、俺は大丈夫だから。
『晃……』
「でもそういう話があるときはもっと早めに連絡して。さゆに知らせるタイミングも遅すぎじゃないですか?」
『う……ごめんね、晃くん』
「俺はいいですけど。さゆの動揺はあると思ってくださいね?」
『わかってる。母親として覚悟してる』
「なら――
「晃くーん。お風呂いただきましたー。あ、ごめん、電話?」
 タイミングいいんだか悪いんだか、さゆが戻って来た。
「さゆ来たんでスピーカーにしていいですか?」
『う、うん』
 答える小雪さんの声は緊張しているようだった。
「さゆ。小雪さんと母さん」
 手招くと、さゆの顔が明るくなった。操作切り替えをして、スマホをローテーブルに置く。
「もしもし、お母さん? 奏子さん?」
 隣に座ったさゆからふわりと香るものがあって、一瞬ドキッとした。そうだ……さゆはもう彼女だったんだ……。
『さゆちゃん、晃のことよろしくね!』
「はい! って、え?」
「あ、ごめん。付き合うってことだけ話した」
「あ――そ、そっか。うん。か、奏子さん」
 さゆが一気に顔を紅くさせて、スマホに向かって頭を下げた。
「だ、大事な息子さんとお付き合いさせていただきます! よろしくお願いします!」
 ……それは俺が言うべきことのような……。
『ええ。こちらこそ、よろしくね』
『さ、さゆ――私から話すことあるんだけど、今、いい?』
「? うん」
『さ、さゆにはショックって言うか、喜べるだけじゃないかもしれないんだけど……お母さん、前々から親しくしてる方がいて……け、結婚、しようと思ってるの。その人が、さゆのお父さんになることになると思うの……。…………………。こ、晃くん? さゆどうしてる?』
「固まってます」
 石のようだ。
「さゆ。さーゆ」
 顔の前で手を振ると、さゆははっとしたように何度も瞬いた。
「あ、うん、聞いてます……。お母さん、その人のこと、好きなの?」
 さゆの声は落ち着いている。さゆの膝の上でそろえられている両手に、自分の手を重ねた。さゆがこっちを見たから、大丈夫、って、口の形だけで伝えた。
『うん……とっても』
「なら、いいと思う」
『さゆ……』
「あのね? 私、晃くんと二人で暮らしてて、ずっと幸せだった。晃くんとの間は、お母さんたちが繋いでくれた縁だと思ってる。だから……私はもう十分過ぎるくらい幸せだから、お母さんも自分の幸せ、大事にしてあげて?」
 んで、母親たち号泣。シメがつかなくなりそうだったから、俺から通話を終えた。
 もう片手でさゆの肩を抱き寄せる。
「がんばったな」
「うん。晃くんのおかげ」
「……なんもしてないよ?」
「隣にいてくれた」
 そっか……俺がいるのは、ただ『さゆの傍』じゃなくて『さゆの隣』でいいんだ。
「少し忙しくなりそうだな?」
「うん。でも……ちょっと不安だけど、かなり楽しみ」
 そう言ってはにかむさゆ。……うん、大丈夫。
 さゆが、俺の頬に手をのばしてきた。
「晃くん……本当にごめんね?」
「気にしなくていいって。琴には、いずれは殴られるだろうなって思ってたから」
 さゆが大事過ぎて、いつかあいつは強行に及ぶだろうなあ、とはわかっていた。
 頬は、湿布は取れたけどまだあざが残っている。今朝、登校してから少し騒がれて面倒だった。琴の昔のことはバラさないってさゆをいじめに来ていた奴らも約束したから、俺からも犯人は言えなくて誤魔化したけど。
「さゆを護って受ける傷なら、俺には名誉だから」
「でも……」
 さゆのさっきまでの笑顔が翳る。
「さゆ、俺も一応男だから、同級生同士の軽い殴り合いくらいは経験してるから、このくらいであの男のこと思い出したりしないよ。殴られたってこと、心配してくれたんだ?」
「……うん」
「正直、琴の腕っぷしはびっくりするけどな。巽に、琴と殴り合いの喧嘩はするなって忠告しないと、巽がボコボコにされる」
「琴ちゃん……」
「この話はこれで終わり。な?」
「……うん。護ってくれて、ありがとう。晃くん」
 唇の端に笑みをみせてくれるさゆ。こちらこそ、護らせてくれてありがとう。大事だから、俺の手で護りたかったんだ。
「……さゆ、今日から一緒に寝ない?」
「ふえっ⁉」
「なんてーか、母さんたちが帰ってきたらこうずっと二人でいられないだろうし、小雪さんが結婚するんだったら、さゆの生活も変わってくるだろうから……まだ、いつまでかわからないけど、二人っきりも終わりになるから、せめてそれまで、少しでも長く一緒にいたいな、って」
 夜だって、離れたくないって思ったんだけど……。
「う、うん。……私も、晃くんと二人がいい……」
 あ。今、なんか決まった気がする。
「で、でも……」
 頬を染めるさゆは、何を考えているのやら。
「ただ、一緒に寝るだけだよ?」
「だ、だよね!」
 俺が言うと、急に安心したみたいな顔になった。
「いつもの勉強終わったら俺の部屋来て」
「う、うん……」
「ヘンな真似はしないって約束するから。そう緊張するな?」
「だ、大丈夫だよ! 晃くんのこと信じてるから!」
 そうは言ってくれるけど、さゆの表情からはまだ焦りが見える。それも可愛いんだけど……。
「風呂行ってくる。髪、ちゃんと乾かせよ?」
 ……これ以上は、俺が恥ずかしぬ。

「こ、晃くーん」
 ノックとともに、さゆの声が扉の向こうからした。
「ん。どーぞ」
「お、お邪魔しまーす……」
 そろそろとドアが開いて、さゆが顔をのぞかせた。俺はベッドに腰かけて開いていたノートパソコンを閉じる。
「晃くん、お仕事はもういいの?」
「今日の分は終わってる」
「さすが」
 さゆが来てから仕事しているなんてもったいなさ過ぎて、結構前に片付けていた。今やっていたのは明日以降にあげればいい分。
「おいで」
 手招くと、さゆは恥ずかしそうに視線をうつむけ気味で歩み寄って来た。
「晃くん、あのね?」
「うん?」
 何か話があるみたいだ。さゆが俺の隣に腰かける。
「さっき晃くんがお風呂行ってる間に、またお母さんから電話あって……」
「うん」
「ど、土曜日、……お父さんになる人と、逢ってもらえないかって言われたの」
「ああ……」
 さっきは母さんたちが泣きだしたから俺が一方的に通話を終えちゃったけど、休みの日を空けて置けってのはそういうことだったのか。
「それで……私、条件つけさせてもらったんだけど……」
「条件?」
「うん。……晃くんも、一緒だったらいいよ、て……」
「俺? 一緒にいていいの?」
 さゆが、くわっと牙をむくような勢いで振り仰いだ。
「だ、だって! お父さんなんて私全然知らないから何話せばいいかわからないし、そもそも男の人と話すの苦手だし、こ、晃くんがいてくれなかったら不安過ぎて……むしろ晃くんがいてくれたら不安じゃないから一緒にいてください! お願いします!」
 ……やばい。嬉しい。
「わかった。小雪さんはそれでいいって言ったの?」
「うん。さ、さゆの彼氏だから、一緒に紹介しておくのもいいね、て……」
 ……自分で言っといて頬を染めるさゆ。かわいすぎだろー……。
「そ、それでね? 私からも言って置きたいこともあって―――」
「――――」
 続いたさゆの言葉にはびっくりしたけど、心底嬉しかった。
 同じ布団の中に並んで、軽くさゆを抱き寄せるように腕を廻している。
「さゆ、苦しくない?」
「だ、大丈夫……。晃くんこそ腕、しびれない?」
「ないよ。……あー」
「どうしたの?」
「うん、幸せ」
「っ……」
「さゆ、もし先に起きたら俺も起こしてな?」
「いいの?」
「目ぇ覚めてさゆがいなかったら淋しいと思う」
「……逆だったら、私のことも起こしてね?」
「うん」
「……お、おやすみなさい、晃くん」
「おやすみ、さゆ」
 大事な存在を抱きしめて眠る。それがどれだけ幸福なことか……。
 ……泣きそう。

+side咲雪

「さゆおはよー!」
 朝からテンションの高い私のお兄ちゃん。人前でそう呼ぶ気はないし、むしろ旭に向かってそう呼びかけるつもりもないけど、旭の存在する場所が、少し違う位置になった気がする。
「おはよう」
「昨日は晃とキスとかした?」
「⁉ あ、あさ、なに、いっ」
「え? 昨日言っただろ? いじりまくってやるからって」
 何言ってんだ? って顔で言う旭。前言撤回! 旭は私で遊びたいだけだ! お兄ちゃんなんて思ってもやらん!
「旭、うるさい」
 旭が大声で喋っている所為で、クラスの視線は私と晃くんに集まっている。
「晃―。昨日は俺が二人きりにしてやったんだろ? 進捗くらい教えてくれてもいいんじゃん?」
「そういう話したいんなら、あそこで真赤になってるバカップルいじってる方が面白いぞ」
 晃くんが指さしたのは、教室の後ろで固まっている巽と琴ちゃんだった。
 ……?
「晃! 琴が恥ずかしがること言うなよ!」
 巽が、琴ちゃんの耳をふさぐようにして叫ぶ。さりげなく『琴』って呼ぶ仲になったんだねえ。
「三科が恥ずかしがっても別に俺は面白くない」
 ……ここ、仲悪いもんね……。晃くん、そのうち琴ちゃんに意趣返しされるよ。
「琴、大丈夫だから。晃ならあとで俺がシメておくから」
 うん、琴ちゃんの方が絶対巽より強いと思うけどね?
「え、なになに? そこも進展あったの? ねー、相馬さんどう思う?」
「そうだな……琴、あとで咲雪と三人で話そうか」
「俺も混ざっていい?」
「青山、男子禁制だ」
「えー」
 何故か旭と凛ちゃんを中心に賑やかになっていく。琴ちゃんは爆発するんじゃないかってくらい真赤だ。
 私は、そそそ、と移動して晃くんの隣に立った。
 斜めに見上げれば、私の視線の気づいた晃くんが微笑み返してくれた。う、うわ……なんか今のすっごい幸せ……。
「楽しいね」
「うるさくもあるけどな」
 いつの頃からか。
 私たちの周りは、賑やかが日常になりました。



9 ソノサキ

+side咲雪

「こ、晃くんこれでいいかな? ヘンじゃないかな?」
「大丈夫。可愛いよ」
 さらっとそんなことを言ってくれる彼氏様。今日は、お母さんの彼氏さんと逢う日です。
 お母さんたちは昨日帰って来て、奏子さんも昨夜はうちに泊まった。
「小雪さん、本当に俺も同席していいんですか?」
「ええ。相手の方にも話してあるから大丈夫だよ」
 なんかどっかしらのレストラン(緊張で名前忘れた)でお逢いするらしくて、普段着よりはちゃんとした格好をしてって言われた。一応襟付きのワンピースにしたんだけど……彼氏様のカッコよさの前にかすんでいる……! 晃くんはシャツに七分丈のジャケットを羽織った格好なんだけど、どんなカッコでもカッコいいな! 新しいお父さんに逢う緊張より晃くんを間近に見ている緊張の方が上回ってきたわ!
「小雪―。そろそろ出るわよー」
「うん、奏ちゃんありがと」
「晃、小雪とさゆちゃんに恥かかすんじゃないわよ?」
「当り前」
 今日は、奏子さんが運転手をしてくれるらしい。
「奏子さん、すみません。お手数おかけします」
「いいのよ。私もラウンジでお茶してるから」
「……?」
 ラウンジ?
 奏子さんが言った意味は、到着した先でわかった。そこは披露宴なんかも行われる、かなり大きなホテルだった。
「ちゃんとした話だから、それなりの場所でね?」
 ってお母さんは言ったけど、私の頭は現実についていかない。いつの間にか、晃くんに手を引かれて歩いていた。
「さーゆちゃん」
 ぶに。
 名前を呼ばれて振り返ったら、私の右頬に奏子さんの人差し指がささった。あう……。
「か、奏子さん?」
「そう緊張しなくていいのよ。大丈夫だから」
 奏子さんの、張りつめているモノを解かそうとしてくれる笑顔は、晃くんに似てとても優しい。
「母さん、さゆをいじめないで」
「いじめてないわよ。からかってるの」
「より悪い。母さんはここまでだろ? さゆ、行ける?」
「う、うん……っ」
 晃くんに頭を撫でられて、私の意識は晃くんに支配された。やっぱりカッコ良すぎる彼氏様を見ている方が緊張だわ!
 お母さんを先頭に、展望レストランまであがる。
「もう来てるはずなんだけど……」
 お母さんがそうつぶやいたとき、お店の人がやってきた。名前を告げると「お待ちでいらっしゃいます」と言われて、奥の方へ案内された。その間、晃くんはずっと手を繋いでいてくれた。
「小雪さん」
 お母さんの名前を呼んだのは、背の高い男の人だった。椅子から立って、こちらへ会釈してくれたから、私も同じように軽く頭を下げた。
「圭一(けいいち)さん、お待たせ」
「全然。挨拶してもいい?」
「うん。さゆ、晃くん、こちらの方が雪(ゆき)村(むら)圭一さん。仕事で知り合って、長いこと助けてもらってたんだけど……半年くらい前から……お付き合いしてたの。さゆ、黙っててごめんね」
 お母さんが何故か私に謝って来た。私は顔をぶんぶん横に振った。
「は、はじめまして、司咲雪です。あ、あの、晃くんも一緒にいさせてくれて、ありがとうございます」
 ……晃くんがいなかったら、私、ここに来る勇気も出なかったと思う。
「雪村晃です。咲雪さんとお付き合いさせていただいてます」
「雪村圭一です。すごいね、小雪さん。写真では見せてもらってたけど、娘さんも彼氏さんもすごい美形。僕の方が緊張しちゃうなあ」
 そう言って、照れたように頬に指を当てる。あ……なんか、大丈夫かも。
「色々と話すことあるから、取りあえず座りましょ?」
 お母さんに促されて、テーブル席につく。当たり前のように、晃くんは私の隣に座ってくれた。
「咲雪さんは……咲雪ちゃんって呼ばせてもらってもいいかな? 僕もお父さんになるのは初めてなんだ。慣れなかったらおじさんでも雪村さんでも、呼びやすいように呼んでくれて大丈夫だから」
 そう言って微笑んでくれる。
「いえ、私、お父さんって存在と呼び方は憧れで……私からもお願いがあるんですけど、いいですか?」
「僕に?」
「はい。――私を娘だと思ってくれるんなら、晃くんのことは息子だと思ってください!」
 言った! 言っちゃった!
 晃くんには言ってあったこと。お父さんになる人と逢うとき、一緒にいてほしい。それから、こうお願いしたい、って。
 お母さんと二人、驚いた顔で私たちを見て来る。テーブルの下で、晃くんがまた手を握ってそっと視線をくれた。
「――晃くん」
「は、はい」
 急に名前を呼ばれて、晃くんは珍しくびっくりしたみたいだ。
「僕を、咲雪ちゃんのお父さんに認めてください!」
 反対にお願いされて、私も晃くんもびっくりしてしまった。お母さんも驚いているようだ。
「圭一さん……」
 そして晃くんも。
「……す、すみません……なんか俺が照れる……」
 少し頬を染めた晃くん。かわいー……。
「ここはピュアっ子しかおらんのか」
 呆れたように響いた声は、奏子さんだった。あれ? ラウンジってここ、一階だって聞いたけど……。
「か、奏子さんっ、出るの早過ぎだって」
 何故か奏子さんの後ろには知らない男の人がいて、慌てていた。でも、なんかこの人……。
「奏ちゃん。もう来ちゃったの?」
「ごめんね小雪。そこでやり取り聞いてたんだけどね? みんな純粋過ぎて茶々入れたくなっちゃった」
 えへ、と悪戯っぽい笑顔を見せる奏子さん。えーと……?
「晃、さゆちゃん、もう一人紹介した人がいるの。雪村光司(こうじ)さん。今のところ……晃のお父さんになる予定なんだけど……?」
 こ、晃くんのお父さん⁉ しかも、この方もなんとなく似ているなって思ったけど、雪村って苗字ってことは――。
「は、はじめまして、晃くん、咲雪さん。咲雪さんは、兄がお世話になります」
 兄!
「お父さんとご兄弟なんですか……?」
「そ、そうなんだ。兄弟そろって今まで仕事一辺倒で、恥ずかしいくらい女性と接点もなくて……あれ、今、咲雪ちゃん……?」
 ふっと、私、何気なく呼べていた。
「お父さんって言いました。お母さんのこと、よろしくお願いします」
 椅子に座ったままだけど、お父さんに向かって頭を下げた。なんとなくの理由がわかった気がする。なんとなく、この人はお母さんを大事にしてくれる人だ、って。
「咲雪ちゃん……」
 お父さんが、今にも泣きだしそうな顔をした。お父さん、ってもっと怖い存在かと思っていたけど、圭一お父さんはなんか可愛いかも。
「さゆちゃんほんといい子! で、うちの息子は……」
 奏子さんが晃くんを見る。晃くん、さっきから黙ったまんまだけど……。
 あ。
「晃は……やっぱりまだ嫌だった?」
「晃くん、ごめんね、いきなりこんな話になってて――」
 奏子さんと光司さんが焦っている。けど、違うよ。
「大丈夫です。晃くん、感動してるだけですから」
 テーブルの下で繋いだままだった手に力をこめると、晃くんははっと瞬いた。
「……なんでさゆにはばれてんの……」
 口元を手の甲で隠して、恥ずかしそうな晃くん。か、可愛い! ぎゅって、ぎゅーってしたい!
「か、感動? 晃、新しいお父さんとか嫌じゃないの?」
 奏子さんはまだ戸惑っている。
「そんなわけない。この前も言ったけど、母さんを大事にしてくれる人なら、俺は反対なんてしない。ただ……俺、自分の父親とは一生縁がないかなーとか思ってたから……。旭の親が結婚したって聞いたときは、少し旭を羨ましく思ったし」
 晃くん……。
「晃くん、約束します。絶対奏子さんを大事にして、幸せにするって。だから、僕を晃くんの父親に――咲雪さんの父親に、してください」
 ……光司さん……ううん、光司お父さん、でいいのかな?
「はい。母さん、気が強いし、小雪さんにも迷惑かけてばっかりだから、絶対父さんにも迷惑かけると思うけど、よろしくお願いします」
「否定出来ないこと言うんじゃないわよ、息子。でも……ありがとう。晃には辛い思い出しかないから、少し言い出しづらくて……遅くなってごめん」
「いや? 母さんも結婚するんだろうなあって、電話でわかったけど?」
「え? 私そこまでまだ言い出せてなかったでしょ?」
「口ぶりからして、もう相手はいるんだろうなって気はしてた。まさかさゆのお父さんと兄弟とは思わなかったけど」
『………』
 お父さんたち、お母さんたち、黙った。晃くん頭いいだけじゃなくて鋭いからなあ。
「――さゆ、晃くん」
 お母さんが、少し声を張り上げた。
「今まで、二人には淋しい思いも大変な思いもたくさんさせてきたと思う。私も奏ちゃんも仕事ばっかりで、家事は任せっきりにしちゃったり……。だからこれからは、二人も、二人の幸せを一番に考えてほしいの。一緒にいるって、決めたんでしょ?」
 そう言って微笑んだお母さん。あー……お母さん、だなー……。
「うん。ありがとう。お母さんたちも、幸せになってね」
「さゆのことは心配しないでください。絶対に泣かさないし、傷つけないって、約束します」
 晃くんの言葉に、ふふっと、思わず笑みがこぼれる。晃くんが、私に対して一番言ってくれる言葉。ずっと大切にするって言ってくれているみたいで、聞くたびに嬉しくなるんだ。
「あー二人で住まわせてよかったー」
 突然、奏子さんが両手で顔を覆って天井を仰いだ。
「か、奏子さん?」
「だって、年頃の娘と息子を二人で住まわせるって、結構なハードルでしょ? でも、よかったわ、あんたたち。ずっと、仲良くね」
 そう言って、はにかむような笑みを見せた奏子さん。私と晃くんは顔を見合わせたあと、笑顔を返せた。

「家まで送って行かなくていいの?」
「せっかくだから少し歩いて帰る」
「晃、さゆちゃんいつも以上に可愛いんだから、絶対に一人にするんじゃないわよ?」
「当然」
 晃くんと奏子さんがボソボソ言い合っている。喧嘩してる風じゃないけど……。
 お母さんたちもお父さんたちも忙しい仕事の中で時間を作ってくれたみたいで、みんなで食事をしたあと、仕事へ戻るそうだ。私と晃くんは、家に一番近い駅でおろしてもらった。
 お母さんと奏子さんの車を見送って、顔を見合わせた。
「はーっ、緊張したー。晃くん、ありがとうね」
「さゆが頑張ったんだよ。まさかうちも一緒に紹介されるとは思ってなかったけど」
「一緒にお父さんが二人も出来ちゃったね」
「な」
 するっと、晃くんが指を絡めて来た。
「デート、する?」
「!」
 で、デート……なんと甘美な響き! 私は何度も肯いた。晃くんはくすりと笑う。
「メシ食ったばっかだからな。少し歩くか」
「うんっ」
 晃くんと手を繋いで、並んで、人がいる中を歩ける。それだけで私には十分過ぎるほどです……!
「うちが名前を失くせない家とか、初めて知ったよ」
「司って名前の名家があるのは知ってたけど、まさかさゆん家がそこと遠縁だったとはな」
 さっきの席で、お母さんに言われたんだ。
『さゆと晃くんにはまだ実感湧かない話かもしれないけど、実を言うとうちって途絶えさせることが出来ない血筋って言うのかな……簡単に、名前を失くせない家なの。圭一さんも司に婿養子に入ってくれることになっててね? だからもし、二人が先まで一緒にいるのなら、可能性の一つとして、晃くんがうちに婿養子に入ることもあるかもしれないの』
 全然知らなかった。
『俺は名前に執着とかないから、さゆと一緒にいられるんなら『司晃』になるのは大歓迎です』
 そう言って、隣で微笑んでくれる晃くん。奏子さんから手刀が降りた。
『少しは執着しなさいよ。お母さんの苗字なのよ?』
『でも母さんも結婚しても『雪村』なんだろ? 俺も変わんないってことだろ』
 そう、圭一お父さんと光司お父さんは兄弟で、しかも晃くんと同じ苗字。奏子さん、運命でも感じちゃったのかな? なんて。
 圭一お父さんと光司お父さんは結婚歴がなくて、ご両親ももう亡くなっていて、二人でご実家に住んでいるそう。うちと近所ってほど近くもないけど、歩いて行ける距離にあるんだって。圭一お父さんは司の婿養子になるから、近いうちに私たちの家に引っ越してくることになった。反対に、晃くんと奏子さんはお父さんたちのご実家に引っ越すんだって。
 二人っきりで暮らすことは出来なくなるけど、歩いて行ける距離のおうちだから、逢えなくなるわけじゃないのが嬉しかった。
 でも、どっちも入籍を急いではいなくて、引っ越しも仕事の様子を見ながら決めたいって言われた。私は晃くんと離れ離れになるわけじゃないから、それだけで十分だ。
 少し歩き疲れて、近くにあったカフェに入った。晃くんと二人でこういうところ、初めてだ……!
「しばらくはお互い忙しいな」
「だね。でも、うれしーな。家族が一気に増えちゃった」
 私と晃くんのお付き合いを、みんな認めてくれた。お母さんたちは月曜日にはまた出張へ戻るから、同居が終わるのはあとどのくらいかまだわからないけど、だからこそ、それまでの二人きりの時間を大事にしよう。……淋しいことは、否定できないけどね?
「さゆ、ちょっと前から考えてたんだけど……」
「なに?」
「……大学」
「うん?」
「大学、同じところに合格したら、二人で暮らさないか?」
「え……ふたり、で?」
「うん。やっぱり俺、さゆと一緒がいい。母さんたちと父さんたちは説得するから、……どう、かな?」
 少しだけ不安の色が見える晃くんの眼差し。私は勢いよく肯いた。
「私もっ、晃くんと一緒がいいっ」
 晃くんと――今度は二人暮らし。
 晃くんはふっと笑った。
「絶対合格しなくちゃいけなくなったな」
「うん! がんばろ!」
 晃くんと、ずっと一緒にいるためなら、私はいくらでも頑張れるよ。

 それから二か月後、お母さんと圭一お父さんは籍を入れて、司の家で、三人で暮らすようになった。奏子さんと光司さんはそのひと月前に結婚していて、それに合わせて晃くんもうちから引っ越した。うちから引っ越すってあたりがもうね、淋しくてね、二人になれば抱き付いてしまっていたよ。
 晃くんの新しい家は、うちから歩いて十分もしないところだった。休みの日は、大体どちらかの家で勉強するのが慣例になった。試験の結果がよかったときとか、たまーにお互いへのご褒美でデートしたりもした。
 付き合って二年の記念日は、勉強はお休みして二人で少し遠出した。そこで、指輪をプレゼントし合った。世に言うペアリングってやつだ。さすがに学校ではつけていられないけど、それ以外ではずっとつけている。
 今日も。
「咲雪ちゃん、困ったことがあったら必ず電話するんだよ? 飛んでいくから」
「うん。わかってる」
「晃くんが一緒だから大丈夫だと思うけど、家にいるときは必ず鍵をかけて、来訪者は必ず確認してからドアを開けて――」
「圭一さん、それ十回目くらいだよ」
 呆れ気味のお母さんにたしなめられて、お父さんは目元を拭った。最初の印象の通り、お父さんは優しくて、泣き上戸だ。
 そのとき、インターホンが鳴った。
 玄関におりていた私は、すぐに振り返る。
「はい」
「さゆ? 迎えに来たよ」
 扉越しに聞こえる晃くんの声。また振り返って、お母さんとお父さんを見る。二人は優しい眼差しで軽く肯いた。
 私がドアを開ける。そこにいたのは、私と同じようにキャリーケースを引いた晃くんだった。
「お待たせ」
「ううん。ありがと、来てくれて」
「小雪さん、圭一さん、お待たせしました」
「ううん、こちらこそ、娘をよろしくね。晃くん」
「晃くん、咲雪ちゃんを頼んだよ!」
 お父さんは、晃くんの手をガッと摑んで懇願という勢いだ。晃くんから微苦笑がもれる。
「父さんと母さんも来てるんですけど……」
「さゆちゃーん。見送りに来たわよ」
「兄さんはまた泣いてる」
 続けて顔を見せたのは、奏子さんと光司お父さんだった。
 私と晃くんは肯き合って、庭へ出た。
「お母さんたち、お父さんたち、行ってきます」
「うん」
「気を付けてね」
「何かあったら必ず連絡するのよ」
「晃くん、咲雪ちゃんを頼んだよ」
 それぞれから返事があって、なんだか見送られるっていう実感がわいてくる。
「――四年」
 ふと、晃くんが少し声を大きくだした。
「四年経ったら、さゆと二人でこの家に帰ってきます。そうしたら、ここにいる全員で家族になってください」
 私も、晃くんを見てから、お母さんたちとお父さんたちを見た。それは、私と晃くんが――って、こと。
 そして、四人同時に笑顔を見せてくれた。
「ええ」
「勿論」
「待ってるよ」
「必ず二人で帰って来てね」
 その言葉に見送られて、晃くんと二人、手を繋いで歩き出した。

「電車で一本でよかったね」
「だな。一時間以上はかかるけど」
 二人で暮らすアパートへは、もう家具や衣類は運んである。お父さんたちが張り切ってくれて、この前の休みの日、全部引っ越しは終えている。今お互いが持っている荷物は、それこそ旅行に行くときに持って行くような必需品だけだ。
「晃くん、眠そうだね?」
「ん。昨夜、父さんと色々話してて寝たの明け方」
 晃くんは、光司お父さんを『父さん』と呼ぶのを躊躇しない。うちも晃くんのところも、仲のいい親子になれたと思う。
「少し寝てていいよ? つきそうになったら起こすから」
「ん……頼む」
 そう言って、私の肩に寄りかかってきた晃くん。……あー、大すき。
 晃くんと二人で住むアパートからは、桜並木が見えた。
「部屋からお花見出来るね」
「いいな」
 すっかり目の覚めた様子の晃くんと、ベランダで並んで、細い川沿いの桜並木を見る。
 首都圏だけど、どちらかと言うと地方の国立大学に入学する私たち。2DKのお部屋は、すぐにでも生活が始められそうなくらい片付いている。
「父さんたちが張り切り過ぎてて、母さんたち若干引き気味だったからな」
「頼りになるお父さんたちだよね。お母さんも奏子さんも、いい人と出逢えてよかった……」
 そっと、ベランダの枠に置いた手に、晃くんの手が重なってきた。
「俺もだけど?」
「へ?」
「俺もいい人と出逢った。ってか、俺とさゆが出逢ってなかったら、母さんたちが仲良くなることもなかったんだからな?」
「あ、あはは。そうだね」
 な、なんかこの手の自分の話題は照れますなー。
「持って来た荷物片付けたら、散歩がてら食材買いに出るか」
「そうだね。あの桜並木歩きたいなー」
「だな。あと、さゆ?」
「うん?」
 顔をあげると、晃くんの顔が近づいて来た。そして耳元にささやかれる。
「明日は、衣衣(きぬぎぬ)の朝でよろしく?」
 バッと、両耳をふさいだ。
「な、なんてことを言うの……」
 そ、それって、きぬぎぬって……!
「二年半経つし、さゆの心の準備も出来たかなーと」
「う……」
「でも、出来てなくてもいいよ。さゆが大丈夫になるまでいくらでも待つから。それに、離れる意味の方じゃないし」
「………っ」
「取りあえず、ここで最初のキスしてい?」
 口端をあげる晃くんの色っぽさ。私、彼女なのに負け過ぎでしょ……!
 思い切って、ぎゅっと抱き付いた。
「さゆ?」
 ……そう呼んでくれる、その声も、大すきなんだよ。
「私、晃くんを好きになってよかった。晃くんがいてくれるから、ずっと幸せだよ……」
 優しく頬に手がかかって、上を向かされる。そこにあるのは、私が映りこんだ穏やかな瞳。そっと、唇が触れ合う。
「俺も、さゆを好きになってよかった。……さゆと出逢えて、幸せだ」


本編 END.



【バレンタイン短編】

「凛ちゃーん! 琴ちゃーん!」
 並んで歩く二人に後ろから激突した。
「うおっ! お、咲雪。いつも猪突猛進だなー」
「おはよう、咲雪ちゃん」
「おはよう! はい、これ!」
 と、二人に同じ包みを差し出した。
「お、さんきゅー」
「ありがと! 琴からも!」
 今日はバレンタインです。平日なので、学校でみんなと交換します。
「咲雪、琴、手ぇ出して」
 言われて、両手でお椀を作るように差し出した。そこにバラバラと乗せられるチロルチョコ。
「あたしからは通常でこれな」
「いちごと抹茶だー。琴、好きなやつ」
「私も好きー。凛ちゃん、旭にもチロルチョコあげるの?」
「………」
 目線を逸らされた。とりあえず琴ちゃんと顔を見合わせてからニヤニヤしておいた。一回ずつ頭をはたかれた。
「咲雪と琴は、あいつらには?」
「帰りに渡すよ」
「琴も」
「仲好くてなによりー」
 ……凛ちゃんはどうするんだろ。
「琴ちゃん、出歯亀する?」
「するするー! 青山くんと凛ちゃんって結構ナゾだから気になるよね」
「本人前にして密談するなお前ら。あと亀太郎はただの変態だから真似するな」
 もう一回ずつ小突かれた。むー。
 でも、今日はずっと楽しみだったんだよね。
 去年までは晃くんには当然のように友チョコを渡していたけど、今年は違うわけで。
 そもそも本命チョコを渡すのが初めてなわけで。
 ……ちょ、ちょっと訊いてみようかな……?
「ね、琴ちゃん」
「うん?」
「琴ちゃんって、巽以外に本命チョコ渡したことある?」
「えっ! な、ないよ! か、彼氏だって初めてだし、中学んときはそういうのとは無縁だったし、小学校では女子同士のチョコ交換くらいしかしたことないし……」
 言うごとに紅くなっていく琴ちゃん。可愛いな!
「咲雪ちゃんは?」
「毎年、お母さんと晃くんと奏子さんと凛ちゃんに作ってた」
「晃も入ってるんだ」
「今年はお父さんと光司お父さんにも作った」
「あー、娘にでれでれしてる咲雪ちゃんのお父さんが目に浮かぶ。もう渡したの?」
「ううん。お父さん、朝が早いから帰って来たら渡そうと思って」
「いいねー」
「そ、それでさ……」
「なに?」
「友チョコと本命の渡し方の違いってあるのかな……?」
「……難しいね」
「去年までがさらっと渡せてたから、今年はどこに気合入れたらいいのかわからなくて……」
「うーん……なんだろう……」
 ――結局、二人して頭を悩ませているうちに学校についてしまった。
 友達だとなくて、恋人だとあること、とか……?
 悩んでいるうちに、下校時間になってしまった。
「さゆ?」
「……はい!」
「どうした? 調子悪い?」
「いえ! ちょっと考えごとを!」
「そうか? 話聞くか?」
「ううん、大丈夫。帰ろっ」
 ま、まずはチョコを渡すとこからだ!
 晃くんと二人で帰るのはほぼ毎日だけど、未だに隣を見るのはドキドキする。
 あ~どんな顔するかな?
「え………」
 そう言ったきり、晃くんは固まった。
 もしかして今日がバレンタインって忘れてたかな? 去年まではさらっと渡していたし受け取ってくれていたけど……。
 お互いの親の結婚で終わった二人だけの同居生活。
 私たちの関係は仲のいい友達から恋人になった。
 帰り道で渡したんだけど……も、もっとこう雰囲気あるときがよかったのかな? 甘い? 色っぽい? わ、私とは縁遠すぎる……!
「晃くん?」
 顔の前で手を振ると、晃くんは手の甲で口元を隠した。
「……いいの?」
「へ?」
「……俺がもらって、いいの?」
「こ、晃くんにもらってもらえないと困ると言うかこれの行き場がなくなると言うか――」
 泣きながら自分で食べる羽目になると言うか……。
 晃くんは、そっと私の手から包みを受け取った。
「ありがと」
「こちらこそ!」
「……もう一つ、欲しいのもがあるんだけど」
「なに? 私から贈れるものならなんでも!」
「……さゆと二人きりの時間」
「……―――」
 私の時間なんて、全部晃くんのものなのに?
「あ、あのね?」
「ん?」
「こ、今年は、奏子さんと、光司お父さんの分も作って来たの。……渡しに、お邪魔してもいい?」
「……うん」

「はい」
「へ? なに? それ」
 晃くんが渡して来たのは、綺麗な水色の包みの四角い箱だった。ラグに座っている私の隣に、晃くんが胡坐をかく。
「なんか……いつもさゆにもらってばかりだから、返したくて」
「? 私なにかあげたっけ? チョコはさっき渡したばっかだよ?」
「そこは深く考えなくていいよ。だからなんて言うか……俺も作るしかないなって」
「なにを?」
「チョコ」
「へ……?」
「さゆの方が美味いのはわかってるけど、俺だってさゆを好きな気持ち表せるもんで負けたくねーし」
「……って、これチョコなの? 晃くんが作ってくれたの?」
「うん」
「―――~~~」
 ま、まさか晃くんの手作りチョコをもらえるなんて! なんて日だ!
「で、それだけだとまださゆがくれてるモンに勝てそうにないから」
「勝ちまくってるよ⁉ 一粒で圧勝だよ!」
「そう? 今なら俺が食べさせてあげるのもつけようかと思ってたんだけど」
「ぜひともお願いします!」
 こ、晃くんに手ずから食べさせてもらえるだと⁉ 断るわけがない!
 いそいそと包みを開くと、綺麗な形のトリュフ(しかも色味が全部違う)が並んでいた。
「はい」
「はーい」
 一つつまんだ晃くんが、私の口にふくませてくれる。
「おいしー甘いーしあわせー」
「よかった」
 柔らかい笑みを見せてくれる晃くん。今日の晃くんは全部が甘すぎる。でも、流れでもらっちゃったけど、私そんなにあげてるっけ? お弁当とかお菓子とか? ……いっか。晃くんがそういう風に思ってくれていることを否定するのも野暮な感じするし。
「晃くん、私からもお返ししていい?」
 ……晃くんが学校でたくさんもらったチョコがあることは知っている。直接渡されたり告白されたりしたのは断っているみたいだけど、ロッカーや机に入っていたのは持ってくるしかないよね……。
 晃くんが一度瞬いた。そして唇の端に笑みを刻む。
「食べさせてくれるの?」
「うん」
「じゃ、はい」
 机に置いてあった、私が渡したチョコの箱。一つとって、晃くんの口まで運ぶ。
「はい。あーん」
「ん」
 ……な、何気に恥ずかしいな、これ……。晃くん、さっきはよくシラフで出来たな……。
「ん。美味しい。やっぱさゆのが一番だな――
 晃くんの、甘い唇をふさいだ。
 びっくりしたのか晃くんは一瞬固まったけど、すぐに後頭部を摑まれて背中に腕をまわされて、体ごと引き寄せられた。
「……うん、やっぱさゆが一番」
「……あの、私の想像を軽々と超えて行くのやめてください……」
「さゆが可愛いことばっかするからだろ。さゆがくれたの、あと七粒もあるけどどうする? また食べさせてくれる?」
 きょ、強制ではないか……その言い方は……。
 いや、なんて言えるはずがないです……。
 私には、晃くんがなにより甘いから。
 ~~大すき!

「奏子さーん」
「あら、さゆちゃん。いらっしゃい」
 夕方を過ぎて、奏子さんが帰って来た。晃くんと一緒にリビングにおりる。このまま、晃くんが送ると言ってくれた。
「あの、今年も作ったんでよかったら」
「あらぁ。毎年ありがとう」
 にこっと、美麗な笑顔見せる奏子さん。
「光司お父さんにも作って来たんですけど……」
「まあ、光司くん役得ねー。ありとう、渡しておくわ」
「お願いします」
「圭一さんにも渡したの?」
「いえ、帰ってから渡そうと」
「小雪に動画撮っておくように言おうかしら……」
「なんでですかっ」
 ど、動画?
「圭一さん絶対泣くから。それが面白いから」
「………」
 奏子さん……。
 お父さんが泣き上戸なのは否定出来ない。何かというとすぐ涙ぐんで、ドキュメンタリーとかすごく弱い。お母さんは常にハンカチを持っているようになった。
 その点光司お父さんはさっぱりしていると言うか、落ち着いていると言うか。
 たまに光司お父さんの方がお兄さんなんじゃないかなと思うこともある。
 お父さんは未だに『咲雪ちゃん』と『晃くん』呼びなんだけど、光司お父さんは割とすぐに『咲雪』と『晃』って呼び捨てで呼んで来た。私としては将来のお父さんだし、むしろ嬉しかったんだけど、お父さんはなんで父親の自分より先に呼び捨てるか! って光司お父さんに怒ってた。お父さんもさっさと呼び捨てにすればいいのにって思ったけど、お父さんはそういうのが恥ずかしいみたいだ。
 兄弟ってああいうものなのかな? 旭との兄妹歴の短い私としては重要参考案件だ。
「あ~美味し~」
 奏子さん、早速食べてくれている。なんか照れてしまうな。照れ誤魔化しに、話を振った。
「晃くんが作ってくれたチョコの方が美味しかったですよ」
「え、あんたチョコなんて作ってたの? お母さんもらってないわよ?」
 奏子さんが文句を言うと、晃くんはため息をついた。
「さゆのために作ったんだからさゆ以外にやるわけないだろ」
 ……っ、な、なんでそうカーッと顔が熱くなることを……。
 今度は、奏子さんがため息をついた。
「あんたってほんとさゆちゃんバカよね。ある意味安心だわ」
 さ、さゆちゃんばか……? どういう意味の言葉だ……?
 奏子さんはもしゃもしゃと口を動かしながら喋る。
「光司くんは晃のチョコ欲しいんじゃない?」
「父さんならあげてもいい」
「……あんたほんと光司くん好きよね。お母さん嫉妬だわ」
「うん、好き」
 こくりと肯く晃くん。ふふ、仲いーなー。
「で、結局母さんは作ったの? 買ったの?」
 ぴた、と奏子さんが止まった。
 ? なんの話だろう。
「……な、なんの話かしら」
「父さんに。チョコ作るか買うかで悩んでたろ?」
「……なんで知ってるのよ」
「ブツブツ言ってるところを目撃したから」
 へー、そんなことが。
 とか呑気に思っていたら、ダンッと、奏子さんが机を拳で打った。思わずびくっとしてしまう。
「だって晃が作るご飯の方が美味しいとか言われたのよ! そんな私が作ったものより晃が作ったのを私経由で渡した方が喜ばれるわ!」
「勝手に経由しないでよ」
「こ、晃くんっ」
 も~晃くん器用過ぎるからなー。奏子さんが、指を組んでそこに顎を載せて半眼で見て来た。
「そういうわけよ。あんたが作ったの光司くんに渡すから寄越しなさい」
「どういうわけだよ。自分で用意してんだろ? 買ってもあるし作ってもある」
「だからなんであんたはそう易々とヒトの行動読んでくるのよ!」
「鞄から見えてるから」
「~~~」
 晃くん……たまに私も、晃くんって千里眼持っているんじゃないかなって思うことあるからな……。
「大体、俺が作ったの渡してどうすんだよ。父さんに喜んでもらいたい、んだろ? 母さんのじゃなきゃ意味ねーだろ」
「………」
 奏子さん、そっと顔を伏せた。うん、そうだよね。好きな人からもらうから、特別嬉しいんだと私も思う。
「奏子さん、奏子さんの手作りとかもらえたら、光司お父さん嬉しいと思います」
「……ほんと?」
「はい」
「……晃のより美味しくないのに?」
「好きな人からもらうから嬉しいんだと思います。光司お父さん、晃くんのことも勿論好きですけど、一番は奏子さんでしょう?」
 一番、好きなのは。
「………」
 奏子さんは黙って、また私が渡したチョコをつまんだ。
「……あんたたちなんでさっさと結婚しないの?」
「ええっ⁉」
 け、結婚⁉
「両家のメンツなら反対する人いないわよ?」
 両家⁉
「母さん法律とか法改正って言葉知ってる?」
 頭が沸騰した私とは反対に、晃くんは冷静だった。法改正……。
「……晃ってからかいがいがないわね」
「からかう方が得意だから。ゆるされるんなら俺だって早くさゆを花嫁にしたいよ」
「晃くん⁉」
 確かにからかう方がお手の物だな!
「……あんたちって喧嘩したことあるの?」
「え、ない、ですけど……」
「さゆを傷つけることはしない主義だから」
「……ほんと仲いーわね。私と光司くん結構喧嘩するわよ?」
「いつも父さんが負けて折れてんよな」
 言われてみれば、晃くんと喧嘩したことないな……。でも奏子さんと光司お父さんは喧嘩とかするんだ。お母さんとお父さんは、お父さんがすぐに泣きだしてお母さんが怒る事はあるけど、喧嘩らしい喧嘩ってのはないかも……。
「うらやまし」
 ぽつりとつぶやいた奏子さん。………。
「母さんが気の強さを少し収めたら頻度は減ると思うけど」
 晃くんは相変らず冷静だった。
「私の気の強さは九十歳にならないと角(かど)が取れないのよ」
 ………奏子さん。自分、平坦な瞳になった自覚があった。
 光司お父さんが帰ってくるまで待っていると遅くなりすぎるから、と、夕暮れの道を晃くんと歩いた。
「晃くんのチョコ美味しかったなー」
 晃くんが手ずから食べさせてくれる特典が魅力的過ぎて、結局全部食べさせてもらってしまった。持って帰ってじっくりいただくのと天秤にかけたんだけど……。
「さゆのも美味しかった。来年もくれる?」
「勿論!」
「今年と同じ渡し方でね?」
「も……って何言わすの!」
「今日のはどっちかって言うとさゆが始めたことだろ」
「そうだけどー。……今頃恥ずかしくなってきた……」
 私はなんてことをしたんだ……軽く変態じゃないか。凛ちゃんの朝の言葉が甦って来た……。
「さゆと」
 するっと、手が繋がれた。
「喧嘩しないって母さんに言われて、確かにそうだなって初めて気づいた」
「私も。晃くんが優しいからだよ」
「さゆが、俺がアホなこと言ってもゆるしてくれるからだよ。……あー」
「ど、どうしたっ?」
「早くさゆの花嫁姿見たい」
「……っ」
 ま、またさらりと……。
「圭一さん、思いっきり泣かせてやるんだ」
「ちょ、それは収集つかなくなりそうなガチ感しかないよ」
「んで、母さんと小雪さんも泣くだろ?」
「奏子さんも泣いちゃうの?」
「そしたらその回収は全部父さんに任せて俺はさゆと二人きりになる」
「計画犯な出し抜き方だな!」
 そこまで計算して泣かせにいくのか……。
「そのくらいしないと二人きりになれそうにない。みんな、さゆのこと大好きだから」
「みんな、晃くんのことも大好きだよ?」
「……だといーな。でも俺が一番さゆのこと好きだからな?」
「私が一番晃くんのこと好きです。大好きですっ」
 きゅっと、繋いだ手に力がこもった。
「やっぱ小雪さんに頼んどこ」
「? 何を? ……あ、動画?」
「うん。圭一さん泣くの、見てる方は面白いから」
「傍から見てれば面白いけど……お父さんと光司お父さん、あまり性格似てないよね」
「うん。圭一さんのがかわいい」
「光司お父さんは落ち着いてるよね」
 ……旭が言うには、私と旭は両方とも、パッと見は母親似らしいけど。
「……私と旭って似てる?」
「似てるよ」
 晃くんはさらっと答えてくれた。
「兄妹って知らなかった頃も、なんとなく考え方のクセとか言い方とか似てるなって思ってた。昔馴染みの影響で似てるのかなーって」
「……そっか」
「さゆ。兄貴の旭だから大目にみるけど、せっかくの日に他の男の話しないで?」
「へ? あ、ごめん?」
「ん。ふつーに妬くから」
「や……」
 って、え? もしかしてそれって、旭に嫉妬したってこと?
「なんでにやける」
「へっ? ご、ごめんっ。なんか嬉しくて……」
「どこが嬉しいの?」
「なんか……晃くんに好かれてるって思っちゃって……」
 ぴん、と額を弾かれた。あう……。
「思っちゃって、じゃない。好かれてんの。さっきも言ったばかりだけど?」
「うん。ごめんー」
「……さゆ、やっぱ俺怒ってるから」
「やっぱり怒ってたのっ?」
 私がにやにやしたから⁉
「うん、だから慰めて」
「え……怒ってる人を慰めるの?」
 普通傷付いた人とかでは?
「そ」
 キイ、と晃くんが門扉(もんぴ)を押した。あ、もうついてたんだ……。
 玄関ドアの前で、晃くんが顔を近づけてきた。
「はい」
「え……ど、どうすれば……」
「さっきと同じことして?」
「!」
 そ、それは~~さすがに意味わかったけど……。
「お、お母さん中にいるよ?」
「ここは見えない」
 ……得意げな晃くんに、どれだけ反論してもかわされるとわかった。
 晃くんのネクタイを摑んで、引き寄せるようにして口づけた。
「……もう怒ってない?」
「ん、ない」
 柔らかい笑顔の晃くんが、頭を撫でて来た。
「圭一さんも喜んでくれるといいな」
「うん」
「……来年もよろしくな?」
「うんっ!」
 ――いきなり、唇をふさがれた。
「……っ、………こう、くん?」
「お返し。ホワイトデーまで毎日するから」
! そ、それは……。
「……晃くん、私を甘やかし過ぎでは……」
「全然足りないくらいだけど? 甘やかそうと思ったらもっと本気でやるよ?」
「こ、これで十分過ぎです……」
 本気でやられたら私、どんな状態になってしまうんだろうか……。
「……なあ、さゆ」
「うん?」
「明日、迎えに来てもいい?」
「あ、朝?」
 帰りは一緒のことが多いけど、朝は別々に登校している。
 付き合っていることでお互い、成績は落とさないむしろあげるっていうのは約束していることだから、登校前や朝の学校での勉強時間の確保のために、だ。
「うん。……やっぱ、さゆの顔見ないと目が覚めない」
「よ、よろしくお願いします」
「ん、ちゃんと待ってろよ?」
「うんっ」
 穏やかな笑みを見せる晃くん。嬉しい……朝から晃くんと一緒にいられるんだ……!
「送ってくれてありがと。気を付けて帰ってね?」
「ん。明日な」
「うんっ」
 玄関のところから晃くんを見送った。晃くんは何度も振り返ってくれて、何度も手を振る。背中が見えなくなるまで、ずっと。
 やば……なんか泣きそうになってきた……。
 さっきまでの綺麗な夕ぐれが目に染みたとか、離れて行く晃くんの背中に淋しさを覚えてとか、理由はいっぱいある。でも、一番大きいのは……幸せ過ぎて、だ。
 大好きな人の一番になれて、大好きな人が一番でいてくれて、隣にいて手を繋いでいてくれて、手を伸ばさなくても触れることが出来て。
 幸せ過ぎて泣くなんて、すごく贅沢だ。贅沢過ぎだ。
 傷つけない、泣かせないって言ってくれた晃くん。……けど、うれし泣きなら、いいよね?
 今日はありがとう、晃くん。……また、明日。



【番外編 side凛】

「だから肉ばかり食うな! 野菜も食え!」
「叫ぶなよ青山。本気でお兄ちゃんだな、お前」
 あたしの前で背筋伸ばして激を飛ばすのは、青山旭。転校生で、咲雪の兄らしい。
「俺はさゆ以外の兄やる気ないから。ってかなんで毎回焼き肉食うの」
「元気ないときは肉食えばいいんだよ」
「そこでもあるけどそこではないよ」
 平坦な瞳をする青山。ここ最近、あたしは日曜になるとほとんど青山と一緒だ。
 なんか咲雪に失恋したっぽい青山のテンションあげてやろうと遊びに誘ったんだけど、それが惰性で続いているって言うか……そういやなんでだ?
 しかっしこいつ、咲雪とは全然似てないけど、兄だってのが納得出来ちまうんだよなあ……。いつも姿勢いいとことか、何事にも真っ直ぐなとことか、美形なとことか。
「青山さー、雪村とふつーに友達やってるけど、男子同士ってないの?」
「なにが?」
「同じ子を好きだったあとのあれこれ」
「……だから相馬さん、俺とさゆはそういう関係じゃないって」
 青山は、咲雪を好きだったろ? って言うと必ず否定する。好きだったくせに。……兄貴がどうとか、あたしは詳しくは知らない。咲雪の彼氏の雪村は知っているかもしんないけど、本人が話さないことを雪村に問いただすわけにもいかない。咲雪が知っているかどうかもあたしは知らないけど。
「んー、やっぱ青山レベルのイケメンと一緒だと、女の目が向くなあ」
 まあここ、チェーン店の焼肉屋なんだけど、ちらほらいる女性客がチラチラ見て来る。
 青山は三回くらい瞬いた。
「? 何言ってんの、相馬さん。イケメンってのは晃とか巽みたいな見た目も中身もかっこいい奴を言うんだよ?」
「………」
 マジか、こいつ。自分のツラの良さに自覚ねえって、そこまで咲雪と兄妹しなくていいよ。
 咲雪は、可愛い系と美人系が上手く混ざった美形さんで、その所為で女子に近づかれがたくなっている。見た目がよすぎる反動で悪印象を持たれたり、高飛車だと思われたり。
 本当の咲雪は、性根が優し過ぎるくらいなのに。更にツッコミどころ満載な結構なギャグ体質なのに。
 んで、今の青山同様自分の顔の良さを自覚していない。咲雪は『昔っから男子にはヘンな絡まれ方するから苦手』とか言っているけど、それは咲雪を好きで告って来た奴らのことだ。告白も鈍感にかかれば『ヘンな絡まれ方』になるらしい。
 咲雪はもう、咲雪溺愛の雪村がいるから大丈夫だと思うんだけど、今度は青山が心配になってくるな……。ヘンな女にひっかからなきゃいいけど。
「青山でも、雪村とか藤沢はイケメンってくくりなんだ?」
「相馬さんは違うの?」
「あたしはどっちもタイプじゃないからイケメンとか思わない。咲雪と琴を可愛いとは思うけど」
「……相馬さんって……」
「百合でもねえから」
 ……なんで青山とはこんな話ばっかり出てくるんだ。この前は腐女子だと思われたみたいだし。
 けどこういう、言葉を素直に受け取っちまうとことか、純粋なとこも咲雪と似ていると思う。
「あ、このあとスタバ行っていい? 新作、昨日出たみたいでさー」
「……よく食うね、相馬さん」
「甘いモンは別腹だろ」
 まあコーヒーショップに行っても青山はコーヒーしか飲まねえんだけど。あたしはブラックとか無理。めいっぱい甘いのがいい。
「今日もバイト行くの?」
 焼肉屋を出て、スタバまで軽く歩く。
「うん、自分の外での食い扶持くらいは稼ぎたいし」
「……ほんとよく食べるもんね……」
 青山からは平坦な瞳を向けられた。
 あたしは、放課後や休日、コンビニでバイトしている。勉強あるし、咲雪や琴とも遊びたいし、青山とも遊びたいからそう大金稼げるほどシフト入れてないけど、自分の小遣いくらいはまかなえているかな。
「俺も今日入ってるから、帰り待ってて。送る」
「お、さんきゅ」
 なんと青山は、あたしのバイト先のコンビニの隣の本屋でバイトをしていた。シフトが同じ日は一緒に帰るのも習慣になってしまった。んで、あたしを送り届けてくれる。最初から思っていたけど、こいつ何かとスマートなんだよなあ。
「あ、雨」
 バイトが終わったのは夜七時。雨が降っていた。傘持ってるから、青山迎えに行くか。
 いつもなら青山がコンビニに来るのを待つけど、隣だしな。いや、青山のことだから折り畳み傘とか常備してるかもしんないけど。
 そう思いつつも、青山がまだ終業してなかったら店内見てりゃいいや、と傘を開いた。
「………」
 うわあ、イケメン。
 レジにいる青山の前に、女子高生が三人群がっていた。中堅の私立校の制服だ。
「青山さん、今度おすすめの参考書教えてくれません?」
 うわあ、イケメン。口説かれてるよ。
「俺より先生に聞いた方がいいと思いますよ?」
 うわあ、ドンカン。色目に気づいてねえよ。
 青山、夏季休業前の試験で雪村と一緒に満点一位だったから、頭いいのは確かなのに……。ちなみに一位が二人いたから、次点の咲雪は三位だった。悔しがってた。
「あ、相馬さん!」
 入店したあたしに気づいた青山が声をあげた。同時に女子高生三人の顔があたしに向く。しゃーねーな。
「青山―。雨降ってるから来ちまった」
「ああ、ごめん。俺もすぐあがるから」
 青山がレジ内で答えると同時に、交代の人がやってきたみたいだ。青山がバックルームに下がって行く。んで、どうすっかねー。
「あの……」
「うん? なんだ?」
 この前の咲雪みたいに喧嘩売られんのかな。琴には適わねーが、あたしも兄ちゃんと喧嘩しまくってきたからな。殴られて終わりにゃしねーぞ。
「もしかして……相馬凛さんですか?」
 ……なんであたしが身バレしてんだ?
「そうだけど……なに?」
「やっぱり! あの、ファンなんです! 私たち」
「……は?」
 あんだって?
 思わず眉根が寄ったあたしに、三人の女子高生は興奮した様子で言ってくる。
「青山さんと雪村さんと司さんといつも一緒ですよね! 藤沢さんと三科さんも!」
「頭いい上に運動も出来て、同い年ってこともあって刺激受けまくってるんです!」
「あ、あたしたち皆さんのファンなだけで、狙ってるとかないですから! 青山さんがここでバイトしてるの有名で、少しでもお近づきになりたいなあって」
「………」
 はい?
 い、言ってることの意味がわからん……。
「あの、青山さんと付き合ってるんですか?」
「え、いや……そういうわけじゃないけど……」
 な、なんであたしがしどろもどろにならなきゃいけないんだ……。
「青山さんの彼女、相馬さんがいいです!」
 お、おう?
「いや、あたしらはそういうんじゃ――」
「違うんですか? でもうちの学校でも有名ですよ? あの青山さんが傍にいる女子は相馬凛さんだけだって」
 ……ゆ、ゆうめい……?
「雪村さんと司さんと、藤沢さんと三科さんは付き合ってるんですよね? だからてっきり――」
「相馬さん! ごめん、待たせた」
 皆まで言う前に、青山が慌てた様子で出て来た。急ぐことないんだけど……と言いかけたけど、正直目の前の状況がわからなすぎて、青山が来たことで助かったと思った。
「相馬さん? あの、さっきやっぱり嫌がらせを――?」
「……えっ?」
「さっきの人たち、相馬さんに何か言ったの?」
 気が付けば、あたしの目の前には怖い顔をした青山がいた。え……ここ、どこだ?
「相馬さん?」
「あ、青山……?」
「大丈夫? さっきから上の空だけど……」
 そう言ってあたしの頬に、冷たい手が当たった。体温が一気に集中したみたいに頬が熱くなって思わず飛び退った。
「ご、ごめん! なんか話の途中だったっけ⁉」
「いや、話しかけても上の空だから、さっきの人たちに嫌なことでも言われたのかな、って……」
「え? あ、いや全然! 彼女がいいとか言われてないから!」
「彼女? え、相馬さん、女子に告白されたの……?」
「ちげーよ! 青山の彼女だよ!」
 って、なに口走ってんだあたしは! 
「俺? 俺、今んとこ誰かと付き合う気とかないけど……」
「だ、だよな! 咲雪に失恋したばっかだもんな!」
「……なんで相馬さんってそうグサグサ来るの……」
 ――って、今気づいたけどここ、うちの前じゃねえか。
 どんだけ正気じゃなかったんだ、あたし……。
「凛? 何騒いで――
 げっ! 兄ちゃん! タイミング悪く、家の前で、しかも青山がいるとこで兄ちゃんが帰ってきちまった。
「凛、友達?」
「え、えっと――」
 あたしが口淀んでいる間に、兄ちゃんは青山をじろじろ見ていた。青山は笑顔を見せる。
「はじめまして。青山旭って言います。相馬さんの――
「母さーん! 凛がイケメン彼氏連れて来たー!」
「兄貴⁉」
 バカ兄貴にでけえ勘違いされた!
「凛が⁉」
 弾かれように母さんが出て来ちまった。あ~もう!
「悪ぃ、青山……」
「俺からも誤解だって言っとくから。友達だって」
「………すまねえ」
 まあ、友達だけどよ。……なんかもやっとしちまったのはなんだ、これ。
「まあまあ、凛、こんなカッコいい男の子引っ掛けてくるなんて!」
 本人前にして引っ掛けるとかいうんじゃねえよお母様。雑に頭を掻く。
「ちげーよ母さん、兄ちゃんも。クラスメイトの青山旭。バイトしてる店が隣同士だから話してただけ」
「え、違うの? 彼氏じゃないの?」
「じゃねえよ。青山に迷惑かけること言わねえでくれ」
 なにが哀しくてこんな紹介を。
「青山くん? あれだったらうちでメシ食ってけば?」
「あ、そうね! 凛のこと送ってくれたお礼しなくちゃ!」
 ……娘のあたしが言うのも難だけど、母さんは可愛い系だ。なんであたしみたいな娘になったかって言うくらい可愛らしいけど、あたしと同じで押しが強い。そして兄ちゃんは俺様だ。
 青山が是非を言う前に連れ込まれてしまった。
「悪ぃな、青山……」
「さっきも聞いたよ。大丈夫、うちには連絡しといたから」
 と、苦笑しながらスマホを仕舞う青山。何故かあたしと青山は、リビングのソファに並んで座らされている。客人の手前手伝った方がいいと思ったんだけど、母さんに「青山くんの方にいなさい」って強く言われた。……やっぱお母様、なんか勘違いしてねえ?
「相馬さんってお兄さんいたんですね」
「うん、二人兄妹」
 ……答えたのは兄ちゃんだ。何故か兄ちゃんは向かいのソファに座っている。
「あ、ちなみに名前、藍(らん)ね。藍色(あいいろ)の藍で」
「藍さん。兄妹とも綺麗な名前ですね」
 微笑を浮かべて言う青山。
 ……いやいや、お世辞っつーか社交辞令だって。兄ちゃんと音がお揃い? の名前は、あたしには特別でもなんでもなかったけど、なんか……あたしの名前いいな、とか思っちまった……。
 父さんはいつも仕事で遅いから、四人で晩飯を食うことになった。母さんと兄ちゃんに色々訊かれても嫌な顔疲れた顔一つ見せない青山。……本気でいい奴だな、こいつ。
 ……少し休憩させた方がいいかな? メシが終わったタイミングで、あたしの部屋に引き上げた。
「なんで兄ちゃんまであたしの部屋に来るんだよ」
「凛が旭くんに不埒な真似しないとは限らないだろ?」
「しねーよ! あたしの心配じゃねーのかよ!」
「旭くんモテるでしょ? うちの妹なんかで妥協してる場合じゃないんじゃない?」
「聞けよ!」
 さらっとムカつくこと言いやがったな。事実だけどよ。そして何気に『旭』って呼んでいるし。
 ……青山、なんて答えるんだ?
「いえ、実は俺、最近失恋しちゃって」
 ド素直か。そんで、え? 兄ちゃんには否定しないの? 咲雪のこと……だよな?
「うそ! 旭くんみたいな子振るなんてどんな女だよ!」
「あ、フラれたわけじゃなくて、告白とかする前に彼氏出来て」
「告白しなかったの?」
「やー、ちょっと考えたこともなかったですねー」
「もったいないなー。新しく好きな子作る気はないの?」
「うーん、今んとこないですね。やること色々あるし」
 ……なんか話弾んでいるんだけど。
「あれ、凛どこ行くの?」
「茶ぁでも持ってくる」
 野郎二人で盛り上がりやがって。居たたまれねえよ。
「よろしくー」
「兄ちゃんの分も持ってくんの?」
「俺、今楽しく話してるじゃん」
「……はー」
 兄ちゃんの俺様は今に始まったことじゃねえからな。青山の前で喧嘩すんのも気が引けるし、仕方ねーな。
「凛―。青山くんに何がいいか訊かなくていいの? 俺ミルクティー」
「ブラックだろ? 兄ちゃんは水な」
「ね? 旭くん、兄を労わらない非道い妹でしょ? 昔は可愛……くもなかったな。昔っからあんなだわ」
「大学生にもなって妹に絡んでんじゃねえよお兄様」
 三つ年上の兄ちゃんは、小さな頃からあたしで遊んでばっかりだ。仲が悪いつもりはないけど、それは兄ちゃんの俺様をあたしが諦めているからだと思う。別に嫌いでもないけど特に好きでもない。それは兄ちゃんも同じだろう。……仲のいい咲雪と青山兄妹とは大違いだな。
 いや、咲雪と青山みてーに、兄ちゃんと仲良くしたいとかいう願望があるわけじゃねえんだが。
 これ異常兄ちゃんと喋っても平行線だから、とっとと一階へ降りた。にまにました母さんに出くわした。
「凛、お父さんには紹介しなくていいの?」
「なにを?」
「旭くん」
「………」
 なぜに母さんまで『旭』呼び。
「母さん、何度も言ったけど青山は友達だ。色恋は関係ない」
「あんないい子が息子になったらお母さん嬉しいな~」
「娘の話も聞けよ」
 頭ん中お花畑か。
「藍も気に入ったみたいだし。お母さんも好きになっちゃいそう」
「……それ、父さんの前で絶対言うなよ?」
 青山が父さんに消される。
 うちの両親は今でもラブラブだ。と言うか、父さんが母さんを大好き過ぎる。
 今日は休日出勤の父さんだけど、休みの日は娘と息子は放って二人でデートしている。
 記念日には花束で、特別な何かがなくてもケーキとか買ってくるし。
 中学で仲良くなって、咲雪の家族のことを知ったときは……なんだかすごく悔しかった。
 あたしの両親はバカみたいに愛情であふれていて、あたしも兄ちゃんもそう言う点では不自由なく生きて来たのに、世の中にはあたしの家みたいな家族ばかりじゃないんだってことを初めて知って。
 ……咲雪を可哀想とか、そういう家で残念だとかは思わなかった。
 どうしてかははっきりわからないんだけど、ただ、悔しかった。
 それと同時に、咲雪は将来、バカみたいに愛情にあふれた家庭を持つんだろうなって思った。
 咲雪の、真面目だけど少しアホなとことか、他人の言葉を簡単に鵜呑みにする間抜けなとことか、全部を包むように愛してくれる奴が、絶対にいるって。
 そしたらすぐ傍にいたよ。まさか雪村が中学時代から咲雪と仲いいとは考えもしなかった……。咲雪が悪目立ちがいやで雪村との関係を隠していたって言っていたけど、中学んときから雪村は咲雪をからかうこと言って、咲雪はそれに突っかかっていくって感じだったから。やっぱライバル同士なんだなーって思っていた。
 全然違ったけど。
 雪村にはずっと咲雪が特別過ぎて、咲雪にも雪村は特別だったんだろう。
 今の二人の感じを見ると、雪村の咲雪溺愛の量の方が多い気がする。どこかで見たなこいつら……って思ったらうちの両親にそっくりだった。
 ま、母さんも幸せそうだから、将来の咲雪がこうなるのならいいだろう。
「凛、一つだけお水なの?」
「兄ちゃんの分だ」
 キリッとした顔で答えてやった。母さんは、はーっとため息をついた。
「凛と藍って双児の兄妹みたいよね」
「………」
 ? ど、どういうことだ……? と言うか、評価が斬新過ぎてツッコミどころがわからない……。
 くっ……このあたしがツッコめないレベルのボケをするとは……さすが母さんだな……!
「凛と藍って精神年齢同じよねってこと」
「それってあたしが年増ってこと? 兄ちゃんがガキってこと?」
「うーん、二人とも言動が中学生レベルなのよねえ」
「両方ガキかい」
 つーか兄ちゃんに至っては今年大学一年なはずなんだが。
 ……兄ちゃんとのやり取りが低レベルな自覚くらいはあるさ。
「そこでちゃんと淹れなおすから藍も凛のこといじめないのよ」
「いじめられてるだろ、どう見ても」
 一度キッチンに戻って、兄ちゃんの御所望のものを用意してやる。
 今だってパシリじゃねえか。なんであたしが兄ちゃんのために茶ぁ淹れてんだか。……青山の手前、本当に水を持って行くのは躊躇われるからな……。
「そう言っても凛だって、藍のこと嫌いじゃないでしょ?」
「兄ちゃんの俺様は治らないもんだって諦めてるからだよ」
 諦めは悟りに繋がっている気がするぜ。最近。
 まあ悟りって言ったら、青山のがずっと悟っているんだろうけど。
 頭ん中お花畑になっちまった母さんを適当にあしらって、盆にカップを三つ載せて階段をあがる。
「旭くん、専攻とか決めてるの?」
「兄ちゃん。いい加減青山を質問攻めにすんのやめろや」
 部屋に戻ると、あたしの勉強机の椅子の背もたれを前にして座っている兄ちゃんと、立ったまんまの青山がいた。……座ることくらい勧めてやれよ。
「うちの妹変わってるでしょ? 初恋はハンムラビ法典なんだよ?」
「だってかっけーじゃんハンムラビ法典!」
 って、兄ちゃんはいきなり何を暴露しているんだ。
「あ、それでこの本棚なの?」
 青山が、壁一面を埋め尽くす本棚を指さした。
「おうよ。あたし、大学では考古学やるんだ」
 盆を、ローテーブルに置く。
 あたしの部屋の本棚は、古代史の本であふれている。
「ハンムラビ法典が初恋ってどういうこと?」
 あー……ははは。
「あたし、ちびの頃は『目には目を』て日本のことわざだと思ってたんだよ。小学生になって社会科でハンムラビ法典のこと知って、即落ちした。何このかっけーヤツ! って。それを兄ちゃんが、あたしの初恋だとか言ってるだけ」
「でも、考古学やるって決めるまで好きなんだ?」
「図書館で古代史の本読んで、絶対これやりたいって思ったんだ。あたしの生涯の目標は、クレタ文字を解読することって決めてるんだ」
「クレタ文字って……線文字Aだっけ?」
「線文字Bはヴェントリス先生が解読されているからな。ピラミッドの謎を解くのも魅力だけど、クレタ文字の解読に挑みたいって思ったんよ」
 古代史は、あたしには夢の宝庫だ。あたしみてーな色々と雑なヤツが勉強オタクって知られると、驚かれたり笑われたりしかしないんだが、そんなこと気にしない。あたしはあたしが好きなことを貫き通すだけだ。
「となると、留学とかも?」
「うん。バイトしてる理由は食い扶持稼ぐためだけど、留学費を貯める目的もある」
「……すごいね、相馬さん……」
 お? なんか青山の声のトーンがいつもと違うような?
「旭くんはやりたいことあるの?」
 兄ちゃんが、少し身を乗り出して訊いて来た。
「いえ……俺、勉強することは嫌いじゃないんですけど、これやりたいとかこれになりたいとかなくて……」
 困ったような言い方をする青山。あー。なんか、すぐに納得できちまった。
 青山は勉強万能だからこそ、専門分野を選べないんだろう。
「そうなんだ。いいじゃん、選び放題で」
 兄ちゃんはあっけらかんと答える。我が兄ながら楽天家だな。
「凛なんて小学校高学年になってもいじめっ子たちに、『目には目をぉおおおお!』とか言って突撃して行ってたからね。今も小学生のまんまでしょ?」
「兄貴!」
 なんつー話してんだ! しかもそれ、
「兄ちゃんがいじめられてなかったらあたしもそんな真似してねーんだよ! 何大人しく殴られてたんだよ!」
 あたしが助けに入ったのは、兄ちゃんじゃないか。
「藍さんが?」
 青山が驚いたように兄ちゃんを見た。
「あ、俺中学でいじめられっ子だったの。つっても俺のメンタルに来ることはなかったから放っておいたんだけど、それがスカしてるみたいに見られて余計にね。んで、それを見た凛が突撃してきたのよ。そしたら俺をいじめてた奴らが、こんな妹いたのか! ってびっくりしちゃって、ぱたりと止んだの。結果を見れば凛のおかげだね」
「相馬さん……」
 ちょっと待て。なんで兄ちゃんが『藍さん』であたしが『相馬さん』なんだ?
 なんか差を感じるぜ。
「相馬さんって小学生の頃からそんなアツい人なんだね」
「……ん? どういう意味だ?」
「さゆと友達なの、相馬さんから距離を詰めてくれたんじゃないかなって思ってたんだ。さゆ、昔っから女子に誤解されやすいから……」
 あ、あー、まああたしから近づいたな。中学んとき。
「藍さん、相馬さんって小学生のまま、じゃなくて、大人びた小学生だったんじゃないですか? 自分の芯が、昔から強くあったように聞こえます」
 お、おう……な、なんか青山に言われると照れちまうな……。
「そうだね。凛が、芯があるのは俺もそう思う。俺よりよっぽどしっかりした妹だよ」
「な、急にどうしたんだよ、兄ちゃんが殊勝(しゅしょう)なこと言うと怖いんだけど」
「お兄様になんてこと言うんだ。凛のお兄様は俺しかいないんだから敬え。崇め奉れ」
「あたしのこと褒めてくれたんじゃねーのかよ!」
 結局俺様かい!
「あー、なんかいいですね」
 のほほんとした口調で言ったのは青山だった。あんだって?
「なにが?」
 兄ちゃんが返すと、青山は少し淋しそうな顔になった。
「俺も妹がいるんですけど、ワケアリで、兄妹だって伝えられたの最近なんです。俺だけ、昔から兄妹だってことを知ってて……。相馬さんと藍さんみたいな仲のいい兄妹になりたいんですけど、どうしたらいいのかわからなくて……」
 あ、咲雪には話したのか。でも咲雪には雪村がいるからなー。絶対的な彼氏のいる咲雪と仲良し、っつーのは少し無理があるんじゃないか? そしてあたしと兄ちゃんは仲良し兄妹じゃない。
「兄妹だって思わなくてもいいんじゃない?」
 答えたのは、兄ちゃんだった。
「え……」
「だって旭くん、妹さんとは昔から知り合いってことでしょ? 今まで仲よくなかったの?」
「いえ、結構仲よくやってきました……と、俺は思ってます」
「仲いーぜ。一瞬雪村が妬いたくらいだし」
 あんときは面白かったぜ。付き合う前の雪村が明らかに青山のこと睨んでるの。
「え、妹さんって咲雪ちゃんなの?」
「相馬さん!」
「あ、わり」
 兄ちゃんがあたしの友達事情に精通し過ぎていた。
 咲雪も琴もうちに遊びにきたことあるから、兄ちゃんとも顔見知りなんだよな。
「へー、咲雪ちゃんが……ん? そういや咲雪ちゃんが雪村くんと付き合いだしたのって最近だよね? え、あれ?」
 や、やべー……あたし迂闊なこと言っちまった……。そっと青山を窺い見ると、蒼ざめていた。ご、ごめん青山……。
「なるほど。ワケアリの理由なんとなくわかったわ」
 兄ちゃんはあっさりそう言った。んで、
「俺、妹を好きになる人の気持ちはわかんないけど、きょうだいに定義なんてないでしょ。咲雪ちゃんがなんか困ったことでもあったら、そっと手助けでもしてやれたらいいんじゃない?」
 兄ちゃんの物わかりが良すぎた。
 そしてあたしも肯けてしまった。
 兄ちゃんをいじめていた奴らに突撃したあたしほど表立ってじゃないけど、兄ちゃん、あたしが困っているときってさりげなくサポートしてくれるんだよな。だから嫌いになりきれないって言うか……。
 青山が、なんか毒気を抜かれたカオをしていた。
「藍さん、ラインの交換してもらってもいいですか? その、先輩としてお話したいこととか出来そうで……」
「うん、いいよー」
 ――こうして、兄ちゃんのぶっ飛んだ勘違いから始まった青山の来訪は、青山と兄ちゃんの距離を急速に縮めて終わった。
 ……なんだったんだろう、今日。

 そして今日も元気に補講の日だ。
「凛ちゃん、旭と仲いーよね?」
 お? 咲雪からんなこと言われるなんて珍しいな。
 机について教師が来るのを待っていると、咲雪がじとっとした瞳で見て来たから後ろを向く。今、咲雪はあたしの後ろの席だ。
「なんだ? 妬いてんのか? 妬くぞ、雪村が」
「……凛ちゃん、知ってるでしょ?」
 誰何(すいか)。
 まあ、知ってるが。
「雪村が咲雪にべた惚れしてることは周知だろう」
「はぐらかさないの。……旭から聞いた? 晃くんからじゃ――ないよね?」
 ああ、雪村も知ってるのか。……んー、でもなんかあたしから言っていいのかねえ。
「旭、凛ちゃんには話すだろうなーってわかってたから。別に怒ってたりはしないよ?」
 ……ん? なんか今イラッとしたぞ? なんで咲雪にそんな気持ちになるんだ?
「……知ってる。どういう経緯かは知らんけど、咲雪と青山の仲」
「やっぱり。今んとこなんだけど、晃くん以外は知らないんだ。琴ちゃんと巽にはタイミングみて話したいから、少しの間秘密をお願いしてもいい?」
「ああ。そういうのは当事者で決める話だからな。あたしはただの部外者だし」
 な、なんかあたしの言い方、すごい感じ悪いんだけど……我ながらどうした? なんかイライラというかムカムカと言うか……腹ん中がぐるぐるしてる感じだ。あんまよくねーだろこれ……。
「ごめんね、なんか秘密の共有者になってもらっちゃって……でも、旭が話したのが凛ちゃんでよかった」
 そりゃあ、あたしは元々咲雪の友達だから、咲雪が不利になるようなことはしね―――
「旭、凛ちゃんと一緒にいるのすごい楽しそうだから、妹心みたいな感じ? で、嬉しいんだ。私の大好きな凛ちゃんを、旭も大好きになってくれたみたいで」
「―――」
 咲雪のこういうところに、あたしは弱いんだ……。
「わっ? 凛ちゃん?」
 咲雪の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜる。あー、たまにいい子いい子したくなるんだよなー、咲雪って。
「凛ちゃん~」
 困った声を出す咲雪。ったく、可愛いぜ。雪村が羨ましいぜ。
 ……咲雪が女子に誤解されやすい理由は、咲雪にもある。小学生の頃女子のやっかみを買ってゴタゴタがあったことに嫌気がさしたとかで、咲雪の方から同年代の女子との交流を断ちがちなんだ。琴は、咲雪から手を差し出した唯一の子で。
 あたしや琴みたいに接すれば、そのいじりがいのあるギャグ体質もみんなに知られて、学年中友達になれんだろーに。
 ……でも反面、咲雪が無邪気な笑顔を見せるのがあたしや琴だけっていうのに優越感があるのも本当だ。咲雪のいいところをもっとみんなに知ってほしい。あたしたちしか知らないことは自慢でもある。……難しいな、友達関係って。
「相馬さん」
 咲雪の頭をわしゃわしゃし続けていると、青山がやってきた。
「うん?」
「次の土日、バイト入ってない日ある?」
「んー、土曜はまるまる空いてると思う」
「じゃ、次は土曜ね。少し歩くから履き慣れたので来てね」
「おう」
 それだけ言って、青山は自分の席へ戻って行った。
「すごい……さらっと旭とデートの約束してる……」
 あたしの手の下で、咲雪がヘンなことを言った。……あ?
「咲雪、デートって付き合ってる奴らがするもんだろ? あたしと青山は友達だ」
 咲雪が頭を持ち上げて、あたしの手を払って来た。
「いやいや、男子と女子が二人きりで出かけたらそれだけでデートでしょ」
「……そうなんか?」
「あたしも凛ちゃんと琴ちゃんとデートしたい!」
「修羅場じゃねえか」
 三角関係発生なのか? 琴まで巻き込んでやるなよ。
「どこ行くか訊かなくていいの?」
「どっか行くつっても、テキトーに歩いてメシ食うだけだろ」
「でも旭は目的地あるみたいな言い方じゃなかった?」
「そうだったか?」
 ……なんかかゆくなってきたんだけど。あたし、こういう話向いてねえんだな。
「咲雪、秘密にしておいてほしいんだったらこれ以上掘り下げんでくれ。あたし苦手なんだよ、恋愛どうのな話」
「う……ごめんなさいでした」
「わかればよろしい。あと今度、琴と三人で遊ぼーぜ」
「うんっ!」
 あたしの提案に一気に気をよくしたらしい咲雪が笑顔で肯いて来た。もう一度頭を撫でておいた。はー……癒される。

+++

「電車で移動するって珍しいな」
「そうだね。いつも近場歩いてたもんね」
 土曜日。あたしと青山は、少し混んだ感じの電車の出入り口付近で揺られていた。
「どこ行くんだ?」
「それはついてからのお楽しみで」
 にこっと、いたずらっぽく笑う青山。……こういうとき、咲雪と兄妹だなあって思っちまうな。
 ――そしてついたのは上野だった。そしてあたしは歓喜に震えていた。
「あ、青山っ、これっ」
「うん、相馬さんこういうの好きかなーって。そしたら今日から展示だって言うから」
「ありがとう青山! めっちゃツボ!」
 よかった、と笑う青山。青山が連れて来てくれたのは、その名も『マチュピチュ展』だった。うおぉおおおお! たぎるぜ!
 入場待ちの列に並んでいる間も、あたしの心拍数はあがりまくりだった。
「はい」
 と、何故か青山が手を差し出して来た。
「うん?」
「今日、初日で人多いからはぐれないように、ね?」
「ああ。だな」
 この美術館の広さとこの人数、迷ったら合流は難しそうだ。大人しく青山の言う通りに手をつないだ。
 ……手をつないだ?
『旭とデート』
 ……頭の中で咲雪の言葉が木霊した……。
 い、いやいや、青山は善意でやってくれてるわけだし――と、あたしはカタをつけて、それ以上このことは考えないようにした。
 結果、青山を引っ張りまわした。
「はー……最高。天に召されそう」
「気に入ってもらえてよかった」
 片手にパンフレット、片手はまだ青山と手をつないだままで、一通り見学したあたしたちは美術館を出た。
「青山、ありがとな」
「いえいえ。……少しはお礼になったかな?」
 ? 礼?
「あたし、青山に何かしたか?」
「俺の気ぃ紛らわしにずっと付き合ってくれたでしょ。さゆのことあってから、ま、正直落ち込んでたよ。俺が相手になることはないってわかってたけど……好きだったのは本当だし」
「………」
 初めてだ。青山があたしに、「咲雪を好きだ」って認めたの。
「晃がいい奴なのも、さゆのこと絶対大事にしてくれるのもわかってる。でも……簡単に整理はつかなかったって言うか」
 と、微苦笑を浮かべる青山。つと、手が伸びた。
「わっ? 相馬さん?」
「あたしさ、目には目を精神、今でも貫いてんだわ」
 一度髪をわしゃると、青山は困った顔をしていた。
「あたしのこと、苗字で呼ぶヤツは苗字で呼ぶし、下の名前で呼んでくるヤツはあたしも名前で呼ぶの」
「えーと……?」
「あたしにとって青山は咲雪の兄ちゃんって言うより、雪村のライバルって感じの方が強かったりするんだよな。勉強の意味でも、咲雪を大事にする位置を争っている意味でも」
 彼氏は雪村だけど、兄ちゃんが言ったように、咲雪が困っているときに手助けするくらいしていいだろ。
「悩め。考えろ。もがけ。足掻け。青山がすっげーいい奴だって、あたしは知ってるから」
 知っているから。……今は、その優しさが傷付いていてもいいだろう。きっと、治る日も立ち上がる日も、来てしまうんだから。
「……俺、さ。この前やりたいこととかないって話したでしょ?」
「うん」
「あれから藍さんと話したりしんだけど、俺、少しやりたい方向見つけたんだ」
「兄ちゃんと話して解決してるあたり妬けるけど、どんな感じなんだ?」
 くすっと、青山が笑った。
「俺もさゆも母親がまともな人だったからまだよかったんだけど、困った親って多いと思うんだ」
「ああ……」
「中には事件にまでなってしまうこともある。俺、そんな子供たちをサポート、って言うのかな……そういうことをしたいって思ったんだ」
「うん。いんじゃないか?」
「ってなったら、医学の面からもいけるし、法律方面からも出来る。だから、今はとにかく勉強して、色んな道を選べる大学に行こうと思ってる。その前に詳細にやりたいことが見つかったら、勿論そこ目指していけばいいわけだし」
 そう言う青山は、からっとした爽やかな笑顔を見せた。
「うん。すげーいいと思う。たぶんそういうの、青山や咲雪じゃないとわからない辛さとかあると思うし……」
 あたしや兄ちゃんでは、想像もつかないところだ……。
「相馬さん」
 隣から、急に名前で呼ばれた。見上げると、青山が微笑を浮かべていた。
「来週はどこ行こうか」
「んー……ナスカの地上絵見たい。さすがに冗談で――」
「いいね、行こうか」
「え?」
 今あたし、さすがに冗談ですって言おうとしたんだけど青山は遮って来た。
「さすがに今は無理だけど、高校卒業したらさ、海外(そと)、見に行こうよ」
「――――」
 なんでそんなさらっと……。
「み、みんなも一緒に?」
「一緒のがよかったらそれでもいいけど……今は凛と二人って考えてた」
 り、りん……。
 ぱっと、繋いでいた手を離した。そのまま駆け出す。
「相馬さ――」
「そ、そこにスタバあったから、少し休憩しよう!」
 な、なんか青山に呑まれているって言うか、主導権握られまくりじゃないか?
 よろしくない。
「あお――」
 目には目を。
 ふと、あたしの信条が頭を過った。
 かかとをまわして振り返る。
「旭。次はどこ行く?」



【番外編 side琴】

 別に、理由はなかった。あえて言うなら、なんとなくつまらなくて。
 琴は、不良の道に入った。
 それも二年もしないうちにつまらなくなって、じゃあ高校くらいからまたマジメになってみようかなって思った。
 一つに夢中になったら他のことが目に入らない琴の性格が功を奏してか、県下でもレベルの高い県立の高校に入学出来た。中学時代の知り合いもいないところで、よし、今日から真面目で優等生な琴になるんだ! って、意気込んでいたのに……。小学校時代、少しの間クラスメイトだった晃がいるし……。
 晃の家は複雑で、晃はいつの間にか転校していて、誰もその行先とか知らなかった。それから少しして、晃の父親が傷害で逮捕されていたと知った。奥さん――つまり、晃のお母さんと晃は、DVの被害者だったんだ。学校も、マスコミ報道とかから晃と晃のお母さんを護るために、ひっそり引っ越しを勧めていたらしい。
 元々、感情を見せない、無表情でいることが多い晃だった。でも顔面がそのテンションについてくるのが遅いだけで、ノリのいい奴だってことはみんな知っていた。
 その晃が、傍から見てもわかるくらい笑っていた。
 同じ中学出身だという男子といつも一緒で、だるそうな感じは変わらなかったけど、かすかに見える笑顔。一方の琴は、友達が一人も出来なかった……。
 え、友達ってどうやったら出来るんだっけ? 中学時代、殴り合って立ち向かって来た奴としかつるんでいなかったから、琴、友達の作り方を知らなかった……。
 なんか、ここもつまらないかも……。晃が楽しそうにしているのが恨めしかった。
 晃には入学初日に琴だって気づかれていて、更に晃は琴の黒歴史を知っていたから、全力で口止めしておいた。絶対に高校で琴に関わらないでって。
 そんな感じで、せっかくの高校も楽しめていなかった四月の琴は、女子には毎月あるヤツが重くて保健室のベッドにいた。あー、保健室登校になっちゃたらどうしっよかなー。なんて呑気に考えていたら、「失礼しまーす」とドアが開いた。あ、今先生いないって言わなくちゃ……。そう思って重たい身体を起こしてベッドを仕切るカーテンを開けた。
「あのー、今先生教員室に行ってますけど……」
「え? あ、ごめん、起こしちゃった?」
 そう言って振り向いたのは、なんと晃の親友の男子だった。うわ、最悪……。
「三科さん? 体調悪いの?」
「えっ、あ、いや――」
 こ、これは男子に言うのは恥ずかし過ぎだし――
 言いよどんでいると、男子が琴の方へ歩いて来た。
「大丈夫? かなり顔色悪いけど」
 そう言って、琴の額に手をのばしてきた。ひんやりとした感触に、のぼせたような感じだった体温が落ち着いて行く気がした。
「巽! な、何やって――」
 慄いたような声が響いて、男子が振り返った。あ、あの子……。新入生の中で一番可愛いって評判で、晃に次ぐくらい頭もよくて、いつも親友の女の子と一緒にいる、琴からしたら憧れのカタマリみたいな子だ。男子が琴の傍にいるのを見て驚いているから、もしかしたら彼女なのかな……?
「だ、大丈夫? 三科さんっ。巽! 寝込んでる女の子に何してんの!」
「いや、三科さんの顔色がかなり悪かったから、熱とかあるのかなーって……。咲雪はどうしたの?」
 さ、さゆき⁉ 司さんの名前、呼び捨てにしてる男子、初めて見た……。司さんって高嶺の花ってイメージで、男子からは『咲雪さん』とか呼ばれているのをよく聞いていたからびっくりした。やっぱり付き合っているのかな……。
「三科さんが遅いから様子見に来たの。三科さん、帰れるようだったら一緒に帰らない?」
「え……琴?」
「うん。箏ちゃん」
 うわ……破壊力のある可愛い笑顔……。こりゃあ男子にも女子にも人気あるよね。
「あの、二人って付き合ってるんじゃ……?」
 彼氏の前で、琴と一緒に帰るとか言っちゃっていいのかな? そう思って問いかけると、二人してきょとんとした。……あれ?
「あ、もしかして咲雪と俺? 違う違う」
「巽とは保育園から一緒の幼馴染みたいなものなんだ。そういや巽はどうしたの?」
「部活で転んだ」
「座りな。簡単な手当てくらいなら出来るから」
 そう言って、治療用の丸い椅子に男子を連れて行って、薬品棚を漁る司さん。幼馴染……仲、いいんだなあ。……いいなあ。
 司さんは手際よく消毒をしてガーゼを貼った。
「三科さん、咲雪のことよろしくね」
 藤沢くんは爽やかにそう言って、保健室を出て行った。
「動ける?」
 ベッドの傍までやってきた司さんが問いかけて来た。もう時間も遅いし、うん、帰ろうかな……。
「だいじょうぶ……」
「痛み止めは飲んだ?」
「え……と」
「アレ、かな? お腹痛くなる方?」
 伏字で問われても、女子同士ならすぐにわかる隠し方だ。なんか恥ずかしくなって、うつむいてから肯いた。
「く、薬効いて来たから……歩ける」
「そっか。ゆっくり帰ろ」
 そう言って、司さんは持っていた琴の鞄を差し出してきた。なんで司さんが琴を迎えに来たんだろ……。
 一応、教員室に寄って養護の先生にお礼を言ってから帰る。
 学年イチの美少女と元ヤンの琴という謎の組あわせで。
「雪村?」
 げ。晃……。一階の廊下で、鞄を肩にかけて気だるげにこっちを見て来る晃と鉢合わせてしまった。
「あれ、何してんの。さ――
 ――そこで晃が何を言いかけたか、このときの琴は知らなかった。
「……さっさと帰って勉強したら?」
「言われなくてもわかってるわ! 琴ちゃん帰ろ!」
「……琴ちゃん?」
 晃が不思議そうに繰り返すと、司さんはドヤ顔をした。
「琴ちゃん。口説いたの」
 口説かれてたの⁉ あまりにさらっと言うから、司さんの性格がどんどんわからなくなっていく。って、今晃に向かって怒鳴ったよね? 司さんってもっとこう、孤高のイメージって言うか、みんなとは一線を画しているように見えていたから……。
「……女見る目は養えよ?」
 どういう意味だこの野郎。司さんがいなかったら殴ってるぞ。
 あまりに可哀想なものを見る目を司さんに向けるから、琴も一瞬殺気を出してしまった。
「私で悪かったな! もう行こ!」
 司さんは琴の腕を摑んで、引っ張って歩き出す。……もしかして司さん今の、琴に対して言ったと思った……? ……晃と仲いいのかな?
「司さん、こ――雪村くんと仲いいの?」
「うん? あ、中学から一緒なんだ。中学んときから一度もテストで勝てなくてさ……。雪村絶対今笑ってやがるよ。勝者の笑みだよ……」
 なんだか遠い目をし出す司さん。そうだったんだ……。でも、確かにすれ違いざまに晃、少し笑っているように見えたけど……なんか、バカにしたような笑い方? じゃなかった気がする。
 楽しそうな笑い方だったような……。
 と言うか、晃と司さんが同じ中学出身なら、県下で一、二位を誇るこの高校の首席と次席を出したってことじゃん。確か晃は公立の中学出身だったはずだけど、すごすぎない? その学校。
「仲いいんだね?」
「………」
 重ねた問いかけに、司さんは答えなかった。代わりに視線を泳がせていた。
「あの……なんで琴のこと、迎えに来てくれたの?」
「なかなか帰ってこなかったから? 琴ちゃん、今日ずっと調子悪そうだったから」
 今日ずっとって……琴のこと、見ていてくれたってこと?
「……迷惑、だったかな?」
 司さんが、そっとうかがうように見て来る。そんなこと――
「ううん。ありがとう」
 嬉しかったよ。そう、もう一言、言いたかったのに。ありがとうって気持ちを、もっと伝えたかったのに。
 ……琴のコミュニケーション能力の低さでは、そこまで口にする事が出来なかった。
 恥ずかしいとか、照れくさいとか、ガラじゃないとか、そういう見栄みたいなものが邪魔をして。
 でも、司さんはその言葉だけで安心したように微笑んでくれた。
「よかったー。琴ちゃん、一人でいるのが好きだったらいらんお世話かなって不安だったんだ」
 え……司さんでも不安とか思うの? こんな、みんなが憧れるような人が?
「そ、そんなことないっ。琴、友達の作り方とか知らなくて……一人が好きなわけじゃない」
 琴だって、みんなみたいに理由なく集まって、なんでもない話をしたり、真面目な話もしたり、一緒に勉強したり、休みの日も逢ったりしたいって思う。でも、そういうことをする友達が、琴にはいなかった。
 ……琴の中学時代の所為もあるんだけど。今のところ琴がヤンキーしていたことはばれてないみたいだけど……。
「琴ちゃん」
「え? な、なに?」
 司さんは、笑みを見せながら琴の名前を呼んだ。
「琴ちゃん」
「う、うん?」
 なんで何回も呼ぶの? 琴が首を傾げると、司さんは自分のことを指さした。
「私の名前、知ってる?」
「え……司さん?」
「下の名前」
「さ、咲雪、ちゃん……?」
「うん。あと、あの子わかる?」
 そう言って指さしたのは、昇降口でロッカーに寄りかかっているクラスメイトだった。
 大人びた雰囲気だけど言葉遣いは男の子っぽくて、頼りになる姉御的位置を確立している相馬凛さん。司さんの親友の女の子だ。
「お、咲雪―」
 司さんに気づいて、背中をロッカーから離した。
「凛ちゃんお待たせー。無事口説いて来たよ」
「やるじゃねーか」
 そう言って、司さんの頭を撫でる。……なんかいいなー。こういう雰囲気。
「そ、相馬さん……?」
「下の名前」
「り、凛、ちゃん……?」
「なんだ? 新しい遊びか?」
 ……独特な感性を持っているのかもしれない。新しい遊びって……。
「琴ん家ってどこ?」
「え……」
 こ、琴? あまりにさらりと下の名前で呼ばれて、一瞬固まってしまった。
「うん? 今あたしのこと凛って呼んだろ? あたしも名前で呼んじゃダメだった?」
「だ、駄目じゃないですっ」
「じゃー、琴。あたしの名前は?」
「り、凛、ちゃん……」
 な、なんか恥ずかしい……っ。相馬さんは確信犯だよ絶対! 琴が恥ずかしがるってわかって言っているよ!
「琴ちゃん! 私は?」
「さ、咲雪ちゃん……」
 さ、咲雪ちゃんは全然わかってないよ! ――って、これって名前で呼んでいいよってことなのかな? な、名前⁉ それってなんかものすごく友達っぽい!
「咲雪、琴、遊びながらでいいから帰ろーぜ」
「はーい」
「え……」
 こ、琴も一緒に帰っていいの……?
 戸惑いを隠せないでいると、司さんが琴の腕を引いた。
「帰ろ! 琴ちゃん!」
 笑顔。琴に向けて見せてくれたそれはただ純粋で、すごく――憧れた。
 琴もこんな風に笑っていた頃があるのかな、とか、琴もこんな風に笑ってみたいな、とか。……司さんと相馬さんと、一緒にいてみたいって思った。
「うん……! 咲雪ちゃん、凛ちゃん」
 名前で呼ぶと、咲雪ちゃんは嬉しそうにはにかんで、凛ちゃんは雑に琴の頭を撫でて来た。
 一緒に歩き出した日。いつまでも絶対、忘れないよ。
 ――咲雪ちゃんと咲雪ちゃんのお母さんにあった大変なことを琴が知るのは、もう少しだけ先になる。咲雪ちゃんみたいなカンペキな人は総てに恵まれていると思っていた自分を殴りたくなった。みんな、他人(ひと)が知らないところで大変な思いをして辛い気持ちを抱えているものなのかもしれない。でも、それを引きずって生きていたって、解放されない。いつまでも、自分自身でそこに囚われていることを認めてしまっているから。
 だったら、過去は過去として、今の自分があるのはその昔があるから、くらいに考えて、あくまで『今の自分』とは切り離してしまってもいいのかもしれないって思った。
 琴は琴。中学でヤンキーだったのも本当。
 でも、咲雪ちゃんと凛ちゃんの友達の琴も、琴だから。


 あの日、咲雪ちゃんが琴に差し出してくれた手。ずっと忘れられないんだ。だからいつか、咲雪ちゃんに辛いことがあったときは、今度は琴が手を差し出して、支えてあげたいって思っているんだ。


『ねえ凛ちゃん、三科さんって一人が好きなのかな?』
『三科? あー、そういやつるんでるヤツいねーな』
『……お節介だと思う?』
『んー……咲雪が煙たがられるの覚悟出来るんなら、話しかけてみた方がいいと思う』
『……話しかけて、みようかな……』
 ……きっかけは、いつもすぐそこに。


END.

六花の恋-ライバルと同居することになりました?-

はじめまして。さくらぎますみといいます。
こちらは、星空文庫さんで初めて書いたお話です。(野いちごさんではすでに完結しています)
初心者の機械音痴で右も左もわからずに更新しましたが、いかがでしたでしょうか?
さくらぎ、性格がギャグ体質なもんで、シリアスで重いネタに挑んでも、どこかで笑ってほしい!と思ってしまいまして。
晃の愉快な性格はそのせいかと思われます。
出来たら、ほかに完結しているお話があるので、星空文庫さんでも更新したいと思っています。
読んでくださった方、どうぞこれからもよろしくお願いします(^^)

六花の恋-ライバルと同居することになりました?-

成績でトップ争いをしている――と思われている――咲雪(さゆき)と晃(こう)は、実は母親同士が親友で、一緒に会社を立ち上げたほど家族ぐるみで仲がいい。咲雪たちが高校生になってから少し経った頃、母たちが海外出張になる。一人になる咲雪を心配して、晃を一緒に住まわせることにしてしまう。のんびりした性格同士で問題なく過ぎて行く同居生活だけど、ある雷の日、咲雪と晃の関係は大きく変わって行く――。

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  • 青春
  • 恋愛
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-04-02

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