天ノ邪鬼

下地一

一章「はじまり」

僕は、私は何者だろう。
いつまで続くか分からない時間の中いろいろな考えと共に常に傍らにある。
何者だろう。なぜ生まれたのか。
あまりに突拍子のないその疑問はさらなる疑問の渦に飲まれていく。
あるものは、自身を神の使いと言い。
また別のあるものは自身を鬼と言う。
ならば僕は、私は何者だろう。
誓ったことと反対のことをし、決断も虚しく反対に状況は向かってしまう。
「天の邪鬼」ふとそういった言葉が頭の片隅にプカプカと浮かぶ。
だが、浮かぶだけで別段どうということはない。
あまりに突然のことが頭に浮かびすぎて眠たくなる。
今はもう寝よう。次が来るのだから。

二章「人」

人とは脆弱な生き物である。今の科学が無ければ安心して暮らすこともままならない。
人はいつから安全に安心にから便利な世の中へという考え方に変わってしまったのだろう。
自分たちの利便を追求し、自分たちの足元にある生まれてからずっと支え続けてくれたもの
には、目もくれずあまつさえそれを悪びれもせず壊す行為に走る。
そんな人間が僕は嫌いだ。私は嫌いだ。
世界は広い。だからこそ、醜く悪しき行為に目がいってしまう。だが、そんな中でもそれを
少しでも改善しようと四苦八苦している者たちもいる。
そういう者たちよりも悪しき行為をしている者たちの方が多い。
人はどうしたって欲や願望には流されやすい生物である。
欲や願望を持たないと言っている者でさえその他の信仰などの拠り所が無ければ生きてゆけなくなる。
あまりに自由に思考が出来てしまうための弊害。だが、思考能力が退化してしまえば人間はたちまち
自然界から淘汰されてしまう生き物でもある。
弱いが故の知恵。思考が出来てしまうが故の弊害。
人間はこの二つとこれから先滅びるまで向き合って行かなければならないのかもしれない。
僕は人間の身であるが故に嫌いになりそうな己自身と死ぬまで向き合わなければならない。
ならば今は休もう明日の自身に全て託して。

三章「精神」

人の精神とは酷く不安定で我儘なものである。
不安定であるが故に宗教ができ、我儘であるが故に人を求める。
宗教は不安定な人の精神が生んだ偶像であり、一人ひとりの中で信じ続ける限り
存在する実態でもある。
私は不安定が故に宗教を己が身から遠ざけ、我儘であるが故に知識を求める。
しかしそれは不安の裏返しなのかもしれない。
なぜなら私は僕は俺は天の邪鬼なのだから。

天ノ邪鬼

天ノ邪鬼

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-04-02

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 一章「はじまり」
  2. 二章「人」
  3. 三章「精神」