How do you?

How do you?

何か死んでる、のか?ミステリー?サスペンス?老夫婦っぽい。と言われた小説らしい。

僕の彼女は三日前にいなくなった。世でいうところの行方不明者というやつだ。ニュースや新聞で流れたが、それだけのことだった。彼女がいなくなったから世間が何か変化したわけでもなくいつものように僕は喫茶店で経済新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
 政治や経済のことはあまり好きじゃない。だけど文系の大学生である以上読んでおいた方が無難だと教授に言われたから読んでいるだけで、内容はさっぱり頭に入ってこない。やっぱり駄目だ、と新聞を畳んで机の上に置いて気付いた。行方不明になっていた彼女が向かいの席に座っていることに。
「あ、元気?」
 なんて呑気な質問を僕に投げかけながら。加えて
「に、しても難しそうなこんな記事よく読むよね…。」
 と僕の読んでいる経済新聞を見て言った。僕が
「か、香澄!?今までどこに行ってたんだ?」
 と訊くと香澄は笑って
「私、死んだの。」
 とあっさりと何気ない話をするように言った。
「……え、死んだ?」
「そう。川で。」
 それから香澄は僕の飲んでいたコーヒーカップを持ち上げて口をつけた。
「うわ、甘い…。信行まだブラック飲めないの?」
 とちょっと顔をしかめて言った。
「……いや、飲めるよ。ただ、今日の気分はモカだったんだ。」
 僕がそう言うと
「えー、本当?いつもだってカプチーノしか飲まないでしょ。」
「でも結構前から飲めるようにはなってたよ。」
「それでもカプチーノの方がずっと好きなんだ?」
 とクスリを笑った。その仕草があまりにいつも通りすぎて、自然すぎて、僕にはなんだか不自然に感じられた。
「そういや香澄、さっき川で死んだって言ったけどなんでそんな冗談言ったんだ?香澄がそんなこと言うなんて珍しいな。」
 そう僕が言うと香澄は少し驚いた顔をしてから、寂しそうに笑って
「……じゃあ、その話は置いとこうよ。」
 と言ってから
「クッキーも貰っていい?」
 と僕が答える前に一つ摘まんで口に入れた。するとまた顔をしかめて
「やっぱりこっちも相当甘い…。本当、信行は甘党だよね。出会ったときから。」
 と言った。
「そうだったか?」
「そうだよ!私がブラックを二つ注文したのに飲めないからって二カップ分飲ませたり、わざわざフローズン頼んだり、挙句の果てにはココアのLサイズとチョコケーキ一緒に注文してたでしょ。」
 …確かにそんなこともあった気がする。
「この席でこんな風に新聞読んでた信行の横に置いてあったレポートが私が書いてるのと同じだったから、私が先に声をかけたんだよね。」
「うん。」
 それは確かだ。
「それで同じ学校の生徒だって知ったんだよな。」
「そうそう!大きい大学だから同級生の顔なかなか覚えられないんだよね。」
「高校時代とは違って大学は自由だし、人間関係っていうとサークル仲間と話すぐらいだからな。」
「まあ、そうなるよね。」
 そう言ってから香澄は机に突っ伏し上目遣いに僕を見て
「そういうのってちょっと寂しくもない?」
 と言った。
「そういうのってこういう人間関係?」
「…というか世間?」
「世間?」
「うん…、なんというかさ、ちょっと見てないと関わって無いとすぐ忘れる忘れられる、自分に関係無いものはどうでもいいっていう感じというか風潮というか……。」
 と香澄にしては珍しく落ち込んだ様子で呟くように言った。
「そうだけど、それが仕方ないっていうのもあると思うよ。」
「…なんで?信行は忘れられても平気なの?」
 と香澄はちょっと拗ねたようだった。
「そういうわけじゃないけど、皆いつだって何かは忘れてるし、見たもの全部を覚えている人なんてほとんどいないよ。だけど本当に大切なものは絶対に忘れないだろ?」
 と僕が言うと
「…そっか。」
 と呟いてからムクリと上半身を起こした。
「ねえ、信行……。」
「何?」
「この喫茶店で色んなことがあったよね。」
「ああ。」
「ここでくだらない話もたくさんしたし、テストの打ち上げもしたし、誕生日祝いもしたよね。」
「色々あったけど、楽しかったな。」
 僕がそう言うと香澄は
「ここのケーキ大好きだった。特にテスト明けに食べるモンブランが。」
 と言った。
「僕は誕生日のチョコレートケーキかな。」
「信行、あれ気に入ってたもんね。」
「あのクリームの感じが堪んないんだよな。」
「確かに。ここのクリーム美味しいよね。」
「チョコレートも美味しかったよな。」
「うん。じゃあ…、信行バイバイ。」
 香澄はスッと立ち上がって笑顔でそう言った。
「バイバイ。」
 と僕も言って香澄に手を振った。いつも通り何気なく。一度、扉の前で香澄が振り返って笑って僕に手を振ったから、僕も笑ってまた振り返した。それから香澄は扉を開けて店の外へ出て行った。そして雑踏に紛れて香澄の姿は見えなくなった。
 僕はそれからまた新聞を読みなおし始めた。ちょっと少なくなったコーヒー片手に。
 それから数日後、近くの川で女子大生の死体が上がった。被害者の名前は江藤香澄。もちろん僕の読んでいる経済新聞には取り上げられず、ニュースでも数回流れただけだった。そうして僕は新聞を川に投げ捨てた。
 それでもただ、それだけのことだ。

How do you?

 このような作品を読んで下さりありがとうございます。これからも色々投稿していきたいと思っています。

How do you?

ジャンルはファンタジー…?です。都会の隅で、有りそうで無さそうな二人の話です。独特の雰囲気を大事にしました。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-13

Copyrighted
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