二分小説 アピール

松見坂

2分で読み終わります。

 僕は超能力を持っている。しかし使用期限まであと少し。
 今日一日を過ぎれば雲散霧消する。アナログ時計の長針と短針がかっきり12を指し示したとき、それがタイムリミットだ。そういうお達しなのだ。
 超能力の没収を延長させる方法が一つだけある。それは『いい人』だとアピールすること。あの日――僕の若干十七歳の身体に注射が打たれて超能力が宿った日、政府の代表として現れた白衣の人間は、この実験(市民に超能力者が紛れた場合に発生する地域やコミュニティ等の変化・影響についての観測)の変異者第一号に僕を選んだ理由を、以下のごとく説明していた。
「とにかく悪用されてはならない。ならないのだ。そこで君だ。君はいい人だ。ゴミを拾う、トイレのスリッパを整える、目上の人には敬語を使う、どんなに親しくとも友人に気を使う、お年寄りに席を譲る、なんてことをする。それを見て選出した」
 僕は考える。恐らく、超能力の剥奪は『いい人』アピールが最近足りなかったためだろう。没収は必ずしも避けねばならぬ事態だ。生まれつき右腕があるように、そして左腕があるように、超能力は僕の生活に馴染みすぎてしまった。没収なぞ、腕が一本もがれるに等しい。
 うんうん唸りながら歩いていると、いつの間にか橋の上にいた。歩道橋によく似た石橋で、乗用車一台がかすり傷を負いながら通れそうなくらいの幅をもつ。緩やかなアーチの遥か下には、息を潜めた濁水が満ちている。深呼吸をすれば微かにアンモニアが臭った。現在ここを渡っているのは、僕と、数メートル先を歩く親子のみ。若い母親が、一歳児ほどの女児を抱っこしつつベビーカーを押している。
 お、と僕は思いついた。
 できるだけ自然に、超能力で母の胸元から女児を引き剥がす。傍からは、女児が川底に興味を持ったかのように見えるだろう。不可視の糸で釣られるように、小さな身体が、錆びれた欄干を越えていく。そして悲鳴を上げた母の手を置き去りに、憐れな女児は宙へ投げ出された。
「危ないッ!」そのタイミングに合わせて僕は叫んだ。地面を蹴って駆け出す。右手を突き出して超能力の使用をアピールする。慌てたそぶりで欄干から身を乗り出す。
 ピタッと女児の落下は止まった。水面スレスレだった。やがて甲高い泣き声と、矢継ぎ早な感謝の辞が耳を聾した。
 僕は延長を確信した。

二分小説 アピール

エッセイです。
お読みいただきありがとうございました。

二分小説 アピール

2分で読み終わる掌編です。翌朝には超能力を没収されてしまう少年が悩みます。

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