親友
杏野浩二。27年も会うことのなかった高校の友達 箸野 隆のマンションを訪れた。
そこで杏野の奇っ怪な行動とは・・・・・。
始まり
高層マンションの15階。表札には里箸 隆・さとみと記載がある。
黒い重厚な扉の右横にインターホンが付いている。
浩二は少しためらってインターホンを押した。
ピンポン♪と平凡な音が扉の外にまで聞こえてくる。
男性の声で「はい、なに」と無愛想な声がインターホンから聞こえた。
浩二は思わず
「おれ、おれ」と答えてしまった。
「おれおれって誰?詐欺師」と男性の少し怒ったような返答。
誰だっていきなり自宅のインターフォン越しに見知らぬ男が「おれおれ」などと言えば、昨今騒がれている詐欺師を思い浮かべるだろう。
浩二は焦って
「杏野浩二。高校の時同じクラスだった」と早口で付け加えた。
「突然伺って悪いね。おれのこと覚えてる?」と続けた。
男性は
「おー杏野かよ。久しぶりやな。ちょっと待って。今開けるから」と言い
廊下を歩く足音が近づき、黒い重厚な扉が開いて、里箸 隆が顔をのぞかせた。
「オーひさしぶりやな。杏野。急にどうしたんや。びっくりするやん。まあ入ってや」と里箸 隆は何の疑いもなく浩二を招き入れた。
浩二も里箸に言われるがまま、素直に玄関を入り、三和土で靴を脱いで、白い壁の真っ直ぐな廊下の突き当りのリビングへ続く磨ガラスのドアを抜けてリビングに通された。
リビングの3人がけのソファーを勧められ、
「突然で、ゴメンな」と言いながら腰を下ろした。
里箸家には今隆しかいないらしい。隆がガラスコップに氷と麦茶を入れて、ご丁寧にコースター付きで
ソファーの前にあるガラスの机に置いてくれた。
「ほんま久しぶりやけど、いったいどうしたん。わざわざ家まで来るなんて。びっくりするやん」
「うん、ほんまにごめん。ちょっと頼みたいことが・・・・・」
「たのみて、宗教がらみの選挙投票のお願いか。おまえ宗教入ってなかったし・・・。お金を無心に来るような非常識なやつでもないし。あれから28年くらい経つけど年賀状のやりとりだけで1回も会えんかったもんな。お前に頼まれるようなこと思いつかんわ」と里箸は不思議そうに杏野の顔を眺めながら首をかしげた」
杏野は26歳で会社の同僚と社内結婚をした。結婚式で友人代表のスピーチをしてくれたのが、いま目の前で首を傾げている里箸その人なのだ。里箸のいうあれからのあれとは杏野の結婚式のことなのだ。
杏野は結婚をして、すぐに大阪から名古屋に転勤になった。
高校時代の友人や大学時代の友達とも転勤を境にばったり合わなくなった。
最初の2、3年は大学の連れと、正月の帰省時に集まって飲んだりしていたがそれも結婚してお互いの親戚周りに忙しくなり、全く音沙汰がなくなり、年賀状のみの付き合いになったしまっていた。
その後も杏野は、広島、福岡、と転勤が続き、会う機会など到底持てない時間が過ぎた。
今回14年ぶりに転勤で地元大阪戻ることができ、こうして里箸宅へ足を運んだというわけである。
杏野は冷や汗をかいた。いまここで訪問の真の目的を明かすわけにはいかない。そんなことをすれば大変な事がおこるような予感がしたのだ。
意外な展開
「頼みといっても大したことやないねん。ほんまなつかしいね。白髪ないけどそめてる?」
などとどうでもいいようなことを言い杏野は、はぐらかした。
「髪は染めてないで自毛や。そんなことよりホンマに何の用?久しぶりで懐かしいからきてくれただけならそれはそれでええけどね。嫁さんちょっと出かけてんねん。悪いな」と特に気にするでもなく里箸もソファーの向かいの二人がけのソファーに腰を下ろした」
里箸は再婚をしている。1度目は子供はいないまま離婚。2人目の奥さんにも子供がいない。どうも里箸自身に問題があるようだ。
子供がいないので贅沢なく暮らしをしているのが伺える。毎年賀状の写真は妻とのペア写真で場所は海外が多い。
スキューバダイビングや山登りなど子供のいない人生を謳歌している感じだ。
私は3人の子供の教育費で四苦八苦。海外旅行などありえない生活をしている。
杏野はついに思い切って本題にはいった。
「久しぶりで会って、唐突であレなんだけど、親友になってくれない?」
里箸は目をまん丸にして杏野を見つめながら
「親友?」「いまさら」といい口をポカンとあけて、天井を見上げた。まるでそこに何かの答えが書いてある物ををさがすかのように。
「そう、親友。親友なんだよ。お前親友いる?親友って何?おれ親友いないんだよ1人も。結婚式で友人代表スピーチしてもらってるくらいだから、高校時代は一応親友だったんだよな、俺たち。違うか。どうなんだよおい」杏野は急に里箸に飛びかからんばかりに食ってかかる。
「まあ結婚式のスピーチは頼まれたから、仕方なくってとこはあったけど。まあ高校の時はずっと連んでたのは間違いないし。あの時のグループはみんな親友なのかなぁ。親友って定義むつかしいよな」と里箸は考え込むようにあたまを抱えた。
親友の定義はいろいろありひとそれぞれだが、「損得勘定を抜きに相手のために自分を犠牲にしても自然と行動できる相手」じゃないかと杏野は思っている。
大学を卒業してから、社会人になって知り合った人は、同期入社、同僚、先輩、上司、取引先などだ。
どうしても損得感情を完全に排除して付き合える人は存在しなかったように思う。みんながある意味ライバルだから。
そんななかで一人だけ例外がいた。先輩でかつ同い年でかつ後の私の妻になる矢島里子だ。
入社2年目で矢島里子と結婚してそれからは家庭中心の生活がスタートした。
家庭や家族のためなら損得勘定を抜きに自分を犠牲にしてでも自然と行動できるのだ。
ということは、杏野にとっての親友とは家族ということになってしまう。
杏野はそれをとくに疑問にも思わなかった。暖かい幸せな家庭があればそれで良いと思っていた。
年月があっという間に過ぎ、25年が経った。そこで杏野はふと考える機会を持った。
俺には親友がいない。たったひとりの親友もいない。50歳を目前に控えてこんなことでいいのだろうか。
杏野は里箸の顔をまじまじと見つめてこういった。
「里箸、お前親友いる?」
50歳からの人生
親友とはいったい何者だろう。
人生を生きていく上で友達や親友、仲間とのつながりは不可欠なもので、人間は一人では生きていけないという事は、よく言われることだ。
でも、杏野には社会人になり会社に入社した23歳から49歳の現在に至るまで親友と呼べる人は一人もいなかった。
それでも生きてきた。
家族がいたから、生きてこれた。
杏野にとっての親友は妻であり、子供であり、飼い犬だった。
それでも、50歳を間近に控え、今後の人生を考えた時に、親友の一人もいないことへの不安を感じ始めたのかもしれない。
里箸は突然の質問を理解できなかった。こいつ急に家に押しかけてきて、親友?何をいいだすのだ。
親友の一人や二人誰にだっているだろ。わざわざ真顔で聞くことか。こいつ頭どうにかなっちゃたんじやねえのか。
杏野は真面目なやつだ。こんなことで悩んで俺のところまで何十年ぶりにしかも突然訪れてきた。
おれはこいつの結婚式の親友代表でスピーチまでしたのだ。コイツにとってはずっと付き合いがなかったが
大切な人間のひとりだと思ってくれているのだろう。そう考えた里箸は答えた。
「杏野、お前は今でも俺の親友だ」
生きる力
お前は今でも俺の親友・・・・・親友・親友・俺が親友。
杏野は頬に冷たいものを感じた。自然と瞳から涙がこぼれ落ちていた。
「ありがとう 里箸。俺はおまえのその言葉を聞きたくて会いに来たのかもしれない。現在49歳。平均寿命までこれからあと30年、家族以外に親友を見つけて行けるよう、自分なりに行動していこうと思う。本当にありがとう。里箸。おまえのその言葉がどれほど俺を勇気づけてくれたことか」
里箸はだだ笑顔で頷くだけだった。
杏野は里箸に目だけで頷き、ソファーを立ち、リビングのドアを開け、真っ白の廊下を歩き、重厚なドアを開けて静かに玄関から姿を消した。里箸にはその背中が25年前の杏野の背中にみえた。
完
親友