小太刀桜 下

あなたがいなくなって3年。
もう夢にも出て来てくれないのね。

こんな事を考えるのはもうやめたいとは思ってる。けどふとした拍子に思い出してしまうのを悪い事とは思えない。
夫がこの世を去った事を、私は未だに受け止めきれてないのだと思う。

今日は久しぶりの休日。
テレビを見ていたら紅葉の特集が行われていた。
良い気分転換になるかもしれないので紅葉狩りに行く事にしようと思い、
とうふとサラダで簡単な朝食を摂って身支度と準備を整えた。

車に乗る直前、どこに行くのかを決めてない事に気付いて久しぶりにあの場所に行こうと思い立った。
気分転換とはちょっと違うかも知れないけれど。

車で数十分。
私は観光やなに来ていた。
山のふもとから見ても綺麗な紅葉だ。
来て良かったと心から思う。
入口で地面に撒かれた白米らしきものを雀がつついている。

鮎の塩焼きの所で見覚えのある姿を見つけた。
「元気だった?久しぶりだね。全然変わってなくて安心したよ。」
少しぽっちゃりした黒猫だ。
無愛想な感じがまた可愛い。

この子は夫と凄く仲が良かった。
来る度に夫がししゃもをあげていたの思い出し、私も持って来ている。
「食べて」と差し出すと嬉しそうに食べ始めた。

夫は野良猫だろうと私に説明していたが、長い間居るし毛並みも良い。
飼い猫としか思えないので、餌を勝手にあげている事に最初凄く驚いた。

お店の人に確認しても猫は飼ってないと言われたので、釈然としないけどそれからは野良猫として接している。

少年時代に木刀で追い回したらしく、この子には蛇蝎のように嫌われていたと夫が言っていたが、それは自業自得だ。仲直りのきっかけは私らしいけど何でだろう。ついに教えて貰えなかった。

この子は何歳なのだろうと考えていると、満足したのか近付いてきた。
夫にゴロゴロ喉を鳴らしながら近付いていたこの子の姿を思い出し、急に涙が出そうになる。全く気分転換になってないのは大変よろしくない。

けど、ここまで来たのだからやはり紅葉のついでにあの木は見ておきたい。
目印は生け贄を捧げてそうな十字の看板。
小太刀という名前の桜の木だ。

最初、夫にここに連れて来られた時、
「小太刀のように綺麗な桜があるんだよ。」
と言われて、全く理解出来ない比喩に呆れてしまった。
後から分かったのが、あれは昔から「小太刀」という名前の桜の木であり、夫はその名前に感化されてただけという事だ。

当時は変な事を言ってると思ったけれど、今は何となく小太刀のような美しさという表現が分かる気がしてきて少し嬉しい。

桜の木の下でチョコを食べていると、
やはり夫の事を思い出す。

周波数が合わないという理由で別れた後、しばらくしたら何故か謝って来た事。それから本当に誠実に接してくれるようになった事。
ずっと一緒に居る事が出来ると、思った事。

夫は思考が「たこつぼ状態」になった時にここに来ると言っていた。
私も今はその状態なのだと思う。
涙と共にたこつぼが剥がれていくような気がした。

また今度、桜の時期に来よう。
次はもっと前向きになれると思う。
桜の木が私を応援してくれる。
そんな気がした。

小太刀桜 下

小太刀桜 下

Twitterのタグで考えた作品です! #リプで来た単語を使って長文を作る 2部作の下巻です。 以下の単語を使用しました。 桜、蛇蝎、やな とうふ、木刀、山 夢、小太刀、ししゃも チョコ、周波数、喉 野良猫、生け贄、たこつぼ 単語を頂いた皆様、有難うございます!

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更新日
登録日
2019-03-26

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