黄昏時の母校

母校が取り壊される事を聴いたのが数日前。
私は久しぶりに故郷に帰ってきていた。

「そういえばあなたの出た小学校、ここ最近人が少なかったじゃない。取り壊しが決まったみたいよ。」
話のついでという感じで知らせてくれたのは、母なりの気遣いだろう。

夕暮れに染まる母校はとても小さく見える。
私が大きくなったのだろうか。
それとも心の中の小学校があまりに大きな障害だったのだろうか。
複雑な感慨を抱きつつ煙草に火をつける。

遠くから転入してきた私にとっては馴染むのが大変だった印象が強く、母校の想い出はあまり良いものではなかった。
母もそれを知った上で知らせてくれている。

わざわざ帰って来たのも別れを惜しむ為ではない。
どちらかというと母校が消えていく瞬間が見たいという意地悪な感覚から来ている。

そんな学校でも、外を一周しながら学校を見上げていると少しずつ想い出が蘇ってきた。
機嫌を崩すとハンガーストライキを始める同級生。
ヨウ化水素と書かれた用途不明の瓶がたくさんあった理科室。
機材を活かしてシアタールームのように使っていた音楽室。
振り返れば思いの外悪くない想い出もある事に少し驚かされた。

そういえばあの場所はどうなるのだろうか。母校の裏手にある神社の事を思い出して足を運ぶ。

毎年夏になるとささやかな祭りが開かれていた場所だ。

綿菓子を買って貰えず、涙で頬を濡らした私に誰かが優しく声を掛けてくれた事を朧げに覚えている。

あれは誰だったのだろう。
顔も思い出せない誰かが、私が泣き止むまで傍にいてくれた事を思い出す。
特にそれ以上の想い出はなかったが、
色付いた想い出が鼓動を始め、心の防波堤を崩していくように感じた。

母校が無くなる前に来て良かった。
母校が無くなっても、またここに来よう。

とても穏やかな気持ちになりながら車に戻った私を待っていたのは、ワイパーに挟まれた駐車違反の紙だった。

鬱々とした気分で実家に帰った私は、コンビニで買ったアバンギャルドなデザインのカップ焼そばをすすり、もう帰って来ない事を心に誓った。

黄昏時の母校

黄昏時の母校

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-03-26

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