習作二篇(目玉の話・貝の妻)
目玉の話
道路の上に眼球が一つ、落ちていた。
早朝、犬を散歩していたA夫人は犬が吠えているのを何ごとかと思い、眼球を見て卒倒した。A夫人が倒れる直前に思いきり叫んだのを聞いた近所のB氏はA夫人を見るなり救急車を呼んだ。彼が来る直前に犬が眼球をころがして電信柱の陰に入ったのでB氏には見えなかった。
登校中だったC少年は眼球を興味深そうにしげしげと見つめ、帰りに遊んでやろうとすぐ前の家の植え込みに隠した。彼は下校中に運よく見つけ、遊んだ。どうやら滑石だったらしくアスファルトに落書きした。描いたものは、大きな目。その少年はすぐ飽きたものと見え、眼球を放ってとっとと帰ってしまった。
その後も、気づかない人、幻覚だと思う人、見て素通りする人などがいたが誰も拾わなかった。
夜中、アスファルトから何者か、黒い影が出てきて眼球を自らの体に戻したが、すりへって元の眼球ではなかった。
貝の妻
その男は貝を妻にした。彼は人間であるが、人から特にもてなかったという訳でもない。
その貝は美しかった。だから彼は妻にしたのだ。大きくて白い巻き貝で、男は彼女をユノーと呼んだ。男は老画家でその世界では有名な人物だったから名前はここでは伏せておこう。きっとあなたも聞いたことがあるだろう。
では、なぜ彼が貝を妻にしたのか。それは、ユノーの中に、殻を被った清純な女神を見出したからなのだ。石楠花の花の森で踊るような幻影を。
馴れ初めは、彼が早朝漁師の友人を訪ねたときにはじまる。彼は貝の絵を書こうと、獲った生き物を選別している風景にいた。辺り一面、潮の匂いに包まれている。商品にならない生き物が集められている中から彼は一匹の貝を見つけ出した。彼は四方八方に棘を持った純白の姿に惹かれ遂には妻にすることにした。欣喜雀躍した彼は畢竟絵のことを忘れ、借りたバケツで彼女を連れ帰った。
帰ると水槽に移し替えた。彼は以前の人間の妻とは已に別れているので貝の女房を貰ってもさして困る事はなかった。独り暮らしの癖で家事は一通りできるのだ。
家が海の側にあるという好条件だったから画家は毎日水槽の水を入れ替えた。彼女は屍肉や腐肉を食べるらしく、特に死んだ魚の肉が好物のようだった。
水槽の壁をコンコンと叩いて「ユノーや、元気かね」と訊くと決まってユノーは水管を出して返事をした(ように見えた)。餌をやると、愛想がいいから水管をもぞもぞ動かして返事をした。
しかし幾ら貝の女房と言っても、会話もスキンシップもない状態がずっと続いて退屈し、画家はだんだん憔悴してきた。
新しい妻を貰って一年程経った頃だろうか、画家は水中に顔を沈め、最期を迎えた。ユノーと一つになるにはこれしかなかったのだ。
習作二篇(目玉の話・貝の妻)