街かどロックンロール

西木眼鏡

 私は決して褒められた人間ではない、と思う。
 仕事の忙しさで自分の身を切るように働き、大切に思っていたはずの恋人とも別れることになってしまった。
 年の瀬も迫るクリスマスイヴでも相変わらずの残業で、自宅最寄りの駅に着いた時には日付がわかる少し前だった。
 帰りがこんなにも遅くなってしまったのは、単に仕事量の多さだけではなく私にも責任がある。定時が近づくにつれて次第に隠し切れない笑みが零れる後輩に残業をお願いするなんて私にはできない。きっと恋人との予定があるに違いない。それに加えて、いつもは一緒に残業に付き合ってくれているはずの上司でさえ、家族との予定だったり、忘年会だったりがあるというので私はつい「一人暮らしで私はこの後予定もないので帰っていいですよ、あとはひとりでやりますので」なんて変に気を遣ってしまった。実際のところ私一人が残って仕事をする方が効率的なのでそうさせてもらった。しかし、帰宅時間が遅くなり、翌日に疲れを残してしまうという悪循環を私は何度も繰り返している。また自分で自分の首を絞めてしまった。この仕事が嫌いというわけではないのだけれども、職場と自宅を往復するだけの生活に多少の息苦しさを感じている。
二十四時間営業のコンビニエンスストアではクリスマスケーキや大きなチキンを売っているが、今年は心から喜ぶことができなくていつも通りコンビニ弁当を買って温めてもらってきた。
 なにが恋人たちのクリスマスだ。そんなの日本だけじゃあないか。クリスマスは家族や親しい人と一緒に過ごす日なんだ、と思ってはみたものの良く考えなくても恋人も親しい人であり、ゆくゆくは家族になるのだろうから正しいクリスマスの過ごし方といえるのではないか。
 一人ぼっちのクリスマスは何年ぶりだろう。私の方から別れを切り出したとはいえ、自身を責めてしまう日は一年でもこの時期くらいにしたい。できればそれは今年限りにして、来年からはまた新しい出会いに期待をするべきだ。決して悪い彼ではなかったが、今回はタイミングが悪かったとしか言いようがない。同い年だった私も彼も就職をしてすぐで、最近になって仕事ももらえるようになってきた。そうなってくると一日があっという間だった。休日もお互いの家を行ったり来たりしたけれども、いつの間にか当たり前のなりつつある休日が、二人で過ごすばかりで自分一人の生活がなくなってしまうことが怖くなってしまった。
 私の方から別れを切り出した時の彼の顔は、申し訳ないけれども良く覚えていない。
 天気予報では連日のように暖冬を告げていたが、深夜ともなれば寒さも一層厳しくなり、私は厚めのコートとマフラー無しでは外へ出歩くこともできないでいた。
 駅のロータリーを歩いていた時、ふと、耳慣れないギターの音が聞こえてきた。聞いたことがあるけれども、思い出せないこの曲は何だっけ。今にも雪が降りだしそうなくらい寒い。そんな空気を和らげるような音色だった。
「 A very merry Christmas 」
 アコースティックギターに乗せて聞こえてきたメロディーとその歌声で、ああ、そうかこの曲もクリスマスソングだということに気が付いた。
 またここでもクリスマスだ。この前も買い物に行った時もお店ではクリスマスソング、さっきのコンビニでもクリスマスソング、そして、今、路上ライブでもクリスマスソングときた。
 誰も彼の歌を聞くために立ち止まりましない。街中で流れているクリスマスソングに皆が飽きてしまったのではない、と私は思う。少し遠くから聞いていてもわかってしまうのだが、あまり歌が上手ではない。でも、ギターは上手い。私自身、幼いころに習っていたピアノが少し弾ける程度で他の人を偉そうに批評できる立場ではないけれども、それでも彼の奏でるギターは私の耳には気持ちよく聞こえた。
 すぐに家に帰るつもりだったが、気が付くと近くに立って本当は聞きたくないはずのクリスマスソングを聞いていた。
「 Let's hope it's a good one 」
 来年もいい年になりますように、なんて私よりずっと若く見えたシンガーは続けて歌う。聞き覚えのあるこの曲は彼のオリジナルではないだろうけどけれども、曲名が思い出せそうで思い出せないこの歌を私は気に入った。
聞き入っているうちに終わってしまい、彼はポロンとギターの弦を優しく弾いた。そして、少なすぎるオーディエンスへ深々とお辞儀をした。
「ありがとうございました」
 私は寒さで真っ赤になった手で静かにポンポンポンと短い拍手をした。ふと周りを見ても立ち止まって聞いていたのは私だけだったみたいだ。
「この曲、とてもステキですね、なんだかとてもやさしい。あとどこかロックっぽい」聞いている間ずっと思い出そうとしていた曲名は今でも思い出せないままだ。でも、聞いたことのあるようなこの感じは「ビートルズかしらね」
 有名な曲はなんでもビートルズのような気がしてくる。
「惜しい、これはジョン・レノンのハッピー・クリスマス」
「あれ、ハズレちゃった」
 私がそういうと彼は言った。
「ジョンはビートルズのメンバーだったんですよ。ハッピー・クリスマスは解散した後の曲なんです」
 あまりロックの知識がない私でもなぜかビートルズは知っている、知ってはいるんだけれど、誰がメンバーなのかは知らなかった。
「そうなんだ」
「メリークリスマス、お姉さん」
 せっかっくだから、と彼はいくつかビートルズの曲を弾いてくれた。どれもこれも聞いた覚えのある曲だった。それは幼い頃の思い出だとか、そんな哀愁の漂う懐かしさではなくて、もっと最近のことで私も近くで聞いていたような気がする。
 その正体を突き止めることはできないけれども、なぜかビートルズの曲を聴いているとモヤモヤとした気持ちになってくる。それでもこの若いギタリストのアコースティックアレンジの心地よさが上回っていた。
 ちょっと待っててね、と私は言って近くの自動販売機でホットコーヒーを買って彼に渡した。
「メリークリスマス。たくさん聞かせてくれたお礼にどうぞ」
「ありがとうございます、良かったらまた聞いてください。またここにくるので」
 私は頷いてクリスマスのシンガーと別れて今度こそ帰路につく。
 コンビニで温めてもらったはずのお弁当はすっかり冷めてしまっていたけれど、そんなことも許せるくらい私の心はすっかり温まっていた。
 今年は聞きたくなかったはずのクリスマスソングもなぜかあの曲だけは少し好きになれた気がしていた。
「 A very merry Christmas. And a happy New Year. 」
 私はメロディーを思い出して、呟くように歌った。

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