君の声は僕の声  第六章 11 ─女の声─

加賀谷樹里 作

君の声は僕の声  第六章 11 ─女の声─

女の声


 まるで耳もとでさえずるような鳥の声に聡が目を覚ますと、隣りに秀蓮の姿はなかった。外は薄っすらと明るい。杏樹はまだぐっすり眠っている。
 聡は、杏樹を起こさないようにそっとテントを出ると、大きく伸びをした。

 木々がまだ眠りから目覚めていないひんやりとした森の空気に、鳥の声が柔らかく響き渡る。それは遠く、所どころ雪の残る山肌にまで届いているようで、人のいない自然の静寂が肌で感じられた。
 昨日は振り出しに戻ったような感覚に陥ったが、森の空気は明らかに違う。聡は大きく息を吸いながら目を閉じた。ゆっくりと息を吐き切ると目を開けて辺りを伺う。秀蓮の姿は見当たらない。テントの裏に回ると、羅針盤と地図を手にして森の奥に立つ秀蓮が目に入った。

「秀蓮」

 聡が走りながら名前を呼ぶと、秀蓮は聡に向かって歩いてきた。

「何か見つかった?」

 秀蓮のため息に、答えを聞くまでもない。
 
「でも、この辺りなのは間違いないはずだ。あの本にも遺跡へは地下通路を通って、と書かれていた。他に道はない……」

 ふたりは辺りを見渡した。
 なんの変哲もない森が広がっているだけだ。山も崖も洞窟も川もない。なだらかな平地と木々が続いているだけだった。

「落ち着いてよく見るんだ、聡。必ず道はあるはずなんだ。常識に囚われてはいけない。最初から何も無いと決めつけては、見つかるものも見つからないんだ」

 秀蓮が森の奥までつぶさに見つめながら、まるで自分に言い聞かせるように聡に言った。
 それでも途方に暮れた顔をしている聡に「こんな時には、難しく考えず、物事はシンプルに考えたほうがいい」と秀蓮は笑いかけた。

「常識か……シンプル、ねえ」

 そうつぶやきながら、聡は辺りをもう一度見渡す。
 何度見てもなだらかに続く地面と木しかない。


「常識じゃないなら──木の上とか」聡が上を指さす。「──な訳ないよな」

 聡はため息をついて肩を落とし、うつむいた。地面を見つめたまま今度は「じゃあ地下か」と投げやりにこぼした。

「ないな。階段を登ってここに出たんだし。本に描かれていたスケッチはどう見ても地下じゃない。通路は一本道だったし、間違いなく出口である階段を登ってきたんだ……」

 そこまで口にした聡は地面を見つめたまま黙り込んだ。

「聡……?」

 下を向いたままの聡に秀蓮が声をかけると、はじかれたように聡が振り返った。

「それだ!」

 秀蓮が眉根を寄せる。
 聡は秀蓮に歩み寄ると、秀蓮の両肩を掴んだ。

「常識に囚われない」

 聡はそう言って笑った。


※ ※ ※


 聡が両手で壁を確認しながら階段を下りていくのを秀蓮はついていく。階段の壁には何も変わったところはない。下まで降りると、聡は歩いて来た通路を見つめて腕を組んだままじっと考え込んだ。
 秀蓮が聡の横に立ち、聡の横顔を見つめる。それでも聡は暗闇に目を向けていた。

「聡……」

 秀蓮が声をかけても、聡は返事もしない。聡は通路の暗闇に目を凝らした。
 しばらくふたりで黙ったままそうしていると、頭上からふたりを呼ぶ声が聞えた。

「とりあえずテントに戻ろう」

 そう言った聡の顔はすっきりとしていた。


「階段はカモフラージュなんだ」

 朝食をとりながら聡が言った。不意を突かれて、瞬間、みんなの食事の手が止まる。少年たちの視線が聡に集まった。

「明かりが見えてくると間違いなくそこが出口だと思う。誰の目もそっちに向くだろう」

 聡は、言いながら炎を囲んだみんなの顔を一巡した。
 麻柊と流芳が顔を合わせて首をかしげている。

「明かりの見えたあたりに、他への通路があるってわけだ」

 透馬が横目に聡を見て口角を上げた。聡がうなずく。その横で秀蓮が目を細めた。

「よし! さっさとテントを片づけて行こう」 

 櫂が立ち上がった。


※  ※  ※  ※  ※


「なんか聞こえない?」

 ひんやりと冷たい壁に手を当てながら流芳がささやいた。地下通路はまるで時の止まったような静寂だ。麻柊がじっと耳を澄ます。その耳に何かが聞こえる。か細い女の声のような……。

 思わず背筋に冷たいものが走る。

「聞こえる……」 

 ふたりは固まった顔を見合わせた。

「ねっ、ねね……ねえ、なんか聞こえるよ」

 麻柊は隣の櫂のシャツを強張る手で引っ張った。

「女の人が泣いているような、悲鳴のような……」
「なんだよ、また幽霊かよ」

 櫂が不機嫌を隠さずに振り向く。

「ほんとだって。なあ?」

 麻柊が流芳に同意を求めると、流芳は小刻みに何度もうなずいた。
 櫂は目を座らせたまま溜息を吐く。そして人差し指を立て、体ごと麻柊に向き直った。

「いいか。ここは墓なんだ。さっきだってあれだけの骨が転がってたんだぞ。生贄にされた霊もいるんだ。幽霊なんてそこら中うようよしてるんだよ」

 櫂に吐き捨てるように言われた麻柊は口を突き出した。が、すぐに櫂が顔色を変えた。櫂も何かに気づいたようだ。麻柊の顔がぱっと笑顔になった次の瞬間、麻柊が悲鳴にならない恐怖の叫びを上げ、櫂の首に勢いよく抱きついた。

「うわっ! わああああああ」

 不意に麻柊に飛びつかれた櫂がバランスを崩し、叫びを上げながら、ふたりは固い石畳の上にひっくり返った。櫂の悲鳴に驚いて、それぞれに壁を探っていたみんなが振り返る。

「痛っ……てえ……」

 麻柊の下敷きになった櫂が顔を歪めながら腰に手を当てた。

「大丈夫か?」

 透馬が手を差しのべた。

「なんだよ、いきなり飛びつきやがって!」

 自分までが悲鳴を上げた恥ずかしさに顔を赤くして、倒れたまま櫂が怒鳴った。櫂の上に乗っかるように倒れていた麻柊は、櫂の首に抱き着いたまま、必死な顔で訴えた。

「だ、誰か……いる」

 麻柊がやっとの思いで口にした。反対側の壁を探っていた聡と秀蓮も顔を見合わせる。

「やめてよお」

 流芳が泣きそうに言った。

「かっ、顔、顔が見えた……し、ししし、白い顔。ほっ、骨じゃないぞ」

 麻柊が櫂の首にしがみついたまま一点を指さす。櫂の肩に顔をうずめたまま、壁を見ようとはしない。みんなは麻柊の周りに集まって、麻柊の指さす壁を見つめた。

「誰もいないぞ」

 透馬が壁を探しながらつぶやいた。

「幽霊とか言わないでよ」

 流芳が透馬の後ろからそっと壁をのぞき込む。

「いい加減にしろよ!」

 しがみついたまま離れない麻柊を力ずくで引き剥がし、立ち上がった櫂の耳もとで「うわあぁ」と誰かが叫んだ。態勢が整っていなかった体に衝撃を受ける。

「ンなっ!」

 振り返る間もなく、突き飛ばされた櫂は石畳に崩れ、更にその体に誰かが倒れ込んできた。

「つっ……」

 またしても櫂は腰を打った。

「誰かいる!」

 櫂に覆いかぶさっていた聡が、四つん這いのまま、ぱっと顔を上げた。

「なんだよ。今度はおまえまで幽霊を見たっていうのかあ」

 腰を摩りながら櫂は呆れたように言う。

「な、嘘じゃないだろ?」

 麻柊は透馬に手を引かれて立ち上がった。

 少年たちは顔を曇らせながら互いの顔を見合った。麻柊ならわかるとして、聡までが幽霊と言い出すのか……。
 そんな少年たちの背後から瑛仁が壁に灯りを当てた。ゆっくりと動かし麻柊が指さした辺りの壁を照らす。少年たちの目が灯りを追う。照らし出されるのは石を敷き詰めた壁。特に変わったところはない。

「貸して」

 聡は素早く立ち上がると、瑛仁から懐中電灯を受け取り、ある一点を照らした。聡は慎重に灯りを動かす。すると壁のある一点で、灯りはふたつになった。少年たちの口から「あっ」と声が漏れる。

「鏡だ」

 聡は壁に近寄り、懐中電灯を持たない左手で灯りが映った場所をぬぐった。壁の中から手のひらくらいの大きさの鏡が現われた。

「なぜ、こんなところに鏡が……」

 秀蓮がつぶやきながら、壁に不審な点がないか確認するように鏡の周りに灯りを当てた。聡が当てていた灯りと重なった一瞬、鏡の前に立っていた麻柊の顔や体に模様が浮かんだのに透馬が気づいた。

「ちょっと」

 透馬はそう言って麻柊を横に引っ張り、もう一度鏡に灯りを当てるよう、ふたりに頼んだ。
 ふたつの灯りが重なると、鏡の真正面の壁に、まだらな模様が浮かび上がった。

「ああっ!」

 少年たちの声が上がる。

「どういうこと?」

 模様を見つめながら聡がつぶやく。

「魔鏡だ」
「魔鏡?」

 秀蓮の答えに少年たちが声を揃えた。

君の声は僕の声  第六章 11 ─女の声─

君の声は僕の声  第六章 11 ─女の声─

いいか。ここは墓なんだ。さっきだってあれだけの骨が転がってたんだぞ。生贄にされた霊もいるんだ。幽霊なんてそこら中うようよしてるんだよ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-03-25

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