光るもの

ある真夜中、春色の雲に空が覆われて星も月もみんな盲目になったその時、私はUの体内にいた。

 私は夜の光に弱い。昼間の光はなんてことのないただの光だ。浴びると気持ちがいい、大切な光だ。だけれど夜の光は違う。あれは毒だ、あれは刃であり、冷酷な一瞥だ。夜の光に当たると生命の維持が困難になる。そのために毎晩、私は夜の光に当たらない場所に入る。それは体内だ。体内は他のどこよりも安全だ。体内は真っ暗だ。夜の海よりも、宇宙よりも真っ暗だ。私は真っ暗で温かいその隙間で夜をやり過ごすのだ。
 Uの体内は今まで入った体内の中で一番静かだ。どの体内も水が流れる音、風が通る音、骨が軋む音、そして途絶えることのない鼓動が私を揺さぶった。私は暴力的なまでのその騒音に抱かれて毎晩を過ごしていた。その騒音は決して不快なものではなかった。夜の光にも耐えられる強い生き物にもたらされる祝福の音だと思った。けれど、Uの体内は違った。弱い鼓動とかすかに聞こえる風の音、音もないほどにゆっくりと流れる水はひやりと冷たかった。

 いつもは人の体内の一番温かいところに一晩寝ころんでいる私だが、今晩はすこし歩いてみることにした。私はUの血管に触れながら、より冷たい場所へと向かった。
 私は自分の頭をめちゃくちゃに振って、発光細胞を叩き起こした。しぶしぶ起きた発光細胞の光であたりを照らしてみれば、Uの体内には色々な花が咲いていた。人はそれまで目にしてきた花を体内に咲かせることができるというが、Uは本当にたくさんの花をみてきたのだろう。その中のほとんどが野に咲く小さな花だった。肺の中に入れば、肺胞に至るまで隙間なく色とりどりの花が咲いていた。その芳香はむせ返るほどで、Uがよく胸を押さえながらせき込んでいた理由がよくわかった。

 肺を過ぎると、長い一本道だ。どんどん温度は下がっていく。寒さに凍えながらようやく歩ききると、目の前に小さな海がひとつ。一辺が4センチほどの正方形の海は静かに凪いでいた。海水がちゃぷりと辺にあたって跳ねる。しずくがまた波になる。微生物さえいないその塩水を海と呼ぶかはわからない。だけれどそれは海としてUの体内に存在していた。
 一生、どんな光にもさらされることのないその海は光を欲していた。海は、私の発光細胞を欲しがった。波が辺を掴み、その身をこちらへ投げ出そうとしていた。私は自分の発光細胞を切り離し、海へと投げた。海は両手でそれを受け取り、大事そうに胸へ抱えた。海はまた静かに凪いだ。発光細胞は海の胸の中で満足そうに笑んでいた。それを見て、わたしはなんだか発光細胞が羨ましくなった。私も誰かの胸に抱かれたかった。必要とされたかった。すべてに満ち足りて、光りたかった。

 私はそっと海へ飛び込んだ。海は私を抱きしめてはくれなかった。

 私はUの瞳から転げ落ちた。全身が海の匂いで包まれていた。もうすっかり夜は終わり、優しい光が私とUを照らしていた。Uはそれから起き上がることはなかった。野の花に囲まれて、Uは長い長い夜へ旅立っていった。海はUだった。Uは光を抱いた海となって長い長い夜を越えていく。私はまた今晩過ごす体内を探すためにゆっくりと水へ溶けた。

光るもの

光るもの

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-03-25

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