土に還る

あおい はる 作

 地下の、深い、とても深いところにあるものを、想像して、すこし、めまいがしている。となり町のあかりが、消えた日のこと。きみが水族館で見た、図鑑にも載っていない珍しい魚のこと。メープルシロップでひたひたにしたホットケーキに、ナイフをさしこむ瞬間のこと。いま、この国には、ぼくたちの町しか存在しないという事実と、地下を、深く、深く掘り下げても到底、星の裏側には行けないという現実が、交叉し、絡まり、解けなくなっている。
 兄が、ぼくのことを知らなくて、かなしかった。
 ぼくたちの町が、どうして残っているのかは、わからない。神さまに選ばれたのだと、よろこぶひともいるけれど、ぼくたちの町だけ取り残されて、なかまはずれにされたようにも思える。道路には車がなく、歩くひともおらず、ほとんどの店は開店休業状態で、きみは、アロワナが泳ぐ水槽のある喫茶店で、きっと、コーヒーを飲んでいる。いずれこの町も、ほかの町のようになくなるかもしれないし、この町だけが永遠に、存在し続けるかもしれない。兄は、ぼくを見て、かわいいと言った。弟に対するそれではなく、邪な、歪な、忌まわしいものが含まれていると感じたとき、ぼくは、ぼくのうでをつかむ兄の手を、ふりはらっていた。兄は、ぼくが、弟であると信じなかったし、世界はときどき、残酷なので、兄がぼくのからだを押し倒し、あしをなで、ズボンのベルトをはずそうとしたときには、本気で神さまをうらんだ。死にたいと思ったのは、後にも先にもこのときだけだ。地下は冷たく、土の部分は、けれど、深いところにはマグマがあるだろうから、ものすごく熱くて、やっぱり想い描いていると、くらくらしてくる。アロワナがいる喫茶店は、ふたりのにんげんがやっているが、元はひとりだったときく。ふたりが、ひとりのからだから、ふたりに分かれたという噂があり、そういうのが好きなきみは、最近は毎日のように、その喫茶店に通っている。
 恋をしてみたいと思う。
 けれど、ぼくのからだはあの日、兄につくりかえられてしまった。
 もう誰も、好きにはなれないのだと気づいたとき、でも、こんなぼくに、きみが好かれなくてよかったとも思った。(だから、安心していいよ)
 ぼくは、草も生えていない、ただの土を踏みつける。ただの土のしたには、兄がいる。ぼくたちの町は、まだなんとか、町として機能しているが、住んでいるにんげんたちは、壊れはじめている。

土に還る

土に還る

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-03-24

CC BY-NC-ND
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