グレイプニールの制約 第1章(1)
第1話
― 鮮やかな夜の闇を落とし込んだローブ。
― 月光に映えるセピアの髪にアンバーの瞳。
― その手に握るは紅い宝玉のはめ込まれた伝説の宝具、世界樹の杖。
彼こそはこの世界で最強の若き魔導士、イェンス・ヴァルデマール・モンス・フィエルストエーム。
「略してイェンスだよ!」
「使い魔の分際で僕から作品初のセリフを奪うとはね。」
黒猫の姿をしている使い魔は主人の一言に固まりガタガタブルブルと震えている。
一方の主人はというと、それを完全にスルー。描き終えた魔法陣の中心にスタスタと向かって行く。
「さてと、そろそろ始めるよ。」
イェンスのローブが魔力による風でフワフワと靡き、力の集結した杖が淡く輝く。
「気高き英霊の業を継ぐ者よ、我が声に共鳴しここに化現せよ!!」
ドシュウウウウウ!!
魔法陣に杖が突き立てられると、辺りを濃霧が覆った。
霧が晴れて行くと、魔法陣の真ん中には誰かの影が見えるがイェンスではなさそうだ。
「すると、イェンス様はどこに?」
キョロキョロと周りを見渡す使い魔の頭上から声が聞こえてくる。
「僕ならここだよ。」
「へっ?」
見上げてみると、吹き飛ばされて木の枝に引っかかったらしい主人が見える。
「あっ、イェンス様!?……お労しや。」
「悪いけど、ちょっと降ろしてくれない?僕がやると、この木丸ごと爆破しそうなんだ。」
頼り無さも最強クラスかもしれない魔導士である。
「まったく仕方ないですね、しばしお待ちを!」
使い魔は黒猫から鷲に姿を変えると、主の肩を掴んで飛び無事救出に成功。
トスッと地面に降ろす。
「ありがとう、ミア。それで、召喚で呼び出した英雄は何処かな?」
「まだ魔法陣の中に……っていない!?」
なんと、魔法陣の真ん中に呼び出された筈の英雄が消えていた。
「あれ、確かに出て来た筈なんだけど。仕方ない、呼び出した途端に吹っ飛ばされた恨みもあるし、逃げるならこの辺一帯を流星で攻撃してみようか?」
その時木陰からガサッと音が聞こえた。
それに気づいたイェンス達が顔を見合わせ、ニヤッとした。
「そうですね~、ついでにバルハラの槍の雨もお見舞いしましょうよ、あれスカッとしますし。」
「ヒッ!」
「ん?今何か聞こえたかい、ミア?」
「聞こえないですね、だってこの状況で出てこない命知らずなんて居る訳な」
「はい!います!いますから待って!」
ガサガサガサッ!
ドSの2人に脅され、泣く泣く木陰から出てきたのは、銀髪に青い瞳を持つ少年だった。
その姿を見たイェンスは目を丸くし、ミアはフーッ!と毛を逆立てて警戒した後、主人の方に飛び乗った。
「イェンス様、異世界人ですよ!しかも何です?あの構えは!」
「ふふ、あれは降参のポーズなんだ、警戒しなくても大丈夫さ。」
普段あまり表情を変えないイェンスがクスッと笑った。
「なあ、そこのローブ着た人!イェンスでいいのか?一体、ここは何処なんだ?英雄だ何だと聞こえたらいきなりここに飛ばされて……。俺には何が何だか理解できないんだが?」
「ああ、申し遅れてすまない。僕は魔導士のイェンス、肩に乗ってるのは使い魔のミア。何が何だか分からない?それはそうだ、ここは君が居た世界とは別世界だから。」
「へ?流石に冗談だろ?いや、俺夢見てるのかな?」
イェンスは結論から先に述べた。
結果:いきなり突拍子もない現実を突きつけた為さらに混乱させた。
「おかしいな?混乱させてしまったみたいだ。ミア、後は君に任せるよ。」
「ちょっと待ったあ!!説明が面倒だからってすぐ丸投げするの辞めなはれや!?」
パシイッ!!
ミアの猫パンチ!(クリティカル)
しかしダメージを与えられない!
イェンスはほっこりした。
「ボソッ……後で特上ニボシあげるから。」
「ニボシ!?……いいの?エッフン!分かりました承りましょう!」
一体何の茶番を見せられてるのか?と思いながらそれを眺めている少年。
そこに尻尾を立てたミアが猫らしい身軽な歩きで近づいてくる。
「そこの少年!」
「お、俺は少年じゃない!コウだ!」
「ではコウ!今からニボシに免じて、このミアが直々に説明してあげるからよく聞く事!いいね?」
「わ、分かったよ。」
それから怒涛の如く喋る猫による説明が始まった。
要約すると、攫われたお姫様を助けるついでに、世界を滅ぼしかけた魔狼の子孫をボッコボコにする為、旅をするらしい。
その為にこの世界の英雄の生まれ変わりを召喚したら、何故か異世界人である少年が呼ばれました。
By魔導士と一匹
魔導士と一匹は、コウの方を「これで分かったよね?」という顔をして見つめている。
「俺がこの世界の英雄の生まれ変わり?いや既に異世界に来た時点で俺は混乱してるんだけど?」
「チッ……。」
「面倒くさいなって顔しながら舌打ちしないで!?」
すると何やらイェンスとミアはそそくさと距離を取り、こしょこしょ話を始めた。
「どうしますイェンス様?肝心の勇者ポジションがあれだと、格闘家あたりも呼んだ方がいいのでは?」
「却下、これ以上召喚に魔力使うのは僕が疲れる!」
「じゃあ旅人のギルドにでも行って(半ば強引に)確保しますか?」
「そうだね、それで行こう!」
コウが先程の舌打ちを引きずっていじけている間に、サクッと恐ろしい結論が出されているのであった。
グレイプニールの制約 第1章(1)