赤いモノ
引き返せば町が見渡せる、山の中腹のあたりに私は居住する。人につくられた山の、目印になっている大きな御神木、すぐわきには、洞穴の中に祠があって、その祠は由緒正しき家がらのもので、代々そこを管理している街の中央に大住居をかまえるこの街の大地主、有力者が、他の血筋のモノは近寄ってはならないといいつたえてきたものだと。私はそれだけ教えられていた。
(しと、しと、しと)
雨音にかき消されそうな小さな声をきいた、透明のモノたちが、私によびかける。
(知らなかったの)
いいわけ、知らないはずがない、いや、知らないと言えば私個人であれば、そのことはしらなかったのだ。わたしのような本当の“モノ”さえ近寄る事がかなわないものだったとは。
(たし、たし、たし)
祠の奥から歩み寄る無数の影、それらは身よりなき魂の残像、いまだ成仏できぬ魂の混在したあやかし。私はやっと仲間をてにいれた。ただその仲間が、こんなにも“会話”のなりたたないものだったとは、私は思いはしなかった。
私は赤色の自分の右腕をみて、ひたいの“ツノ”を確認して、したたる雨水がつくった洞窟内の中央部の水たまりに自分の姿をみた。自分もまた、“アレ”と同じもの。
(こんにちは)
彼は姿をもたない。かつて捨てられ、生みの親と育て親を憎む烏合の動物たちのむれ。
(こんにちは)
返答はなく、ただべろ、べろと長いしたをおしつけてくる、瞳が手足や動体までにまんべんなくはりついていて、必要に応じてその目をかっと見開く、のっぺりとした体つきは、動物でいえばカエルのそれに近い、しかししとしととした体皮は、半透明の部分があり、それが一層、不気味さを際立たせている。しかし彼にも愛嬌がある、親しい人やモノには愛着をもって、こうしてベロ、ベロとあいさつをする。それはまるで人間界でいう、犬や猫などの飼われたものたちのしぐさ。
そういう私も、また親をもたない、いつ生まれたか、いつ死ぬのかもしらず、ただ人の世をみて、記憶し、感じ、それを受け継ぎ、この街を見張る一つの妖怪。
赤いモノ