既視感 ─デジャヴ─
谷田川くんは職員室に放課後呼び出されていた。担任の立花先生は静かに聞いてくる。
「最近塾でも通っているの?」
そう言う立花先生はまっすぐ谷田川くんの顔を見ている。
えっ、と突然のことで谷田川くんは考えた。一体なんの話をしているんだろうと。
「この間の中間考査・・・・・・」
言いかけた立花先生の言葉に谷田川くんはすぐにピンと来た。
─あちゃー─
思わず歪んでいる表情が自分でもわかる。
「こう言っては失礼だけど」
立花先生は一段と声をひそめた。
「きみ、中間考査の点数100点だったのよね」
さらにもっと声をひそめて、「赤点ギリギリのきみが」と付け加えた。
「カッ、カ」
思わず叫びそうになり、窓際の机に向かっている体育の瀧田先生が谷田川くんたちを見た。
「カンニングじゃないですよ」
谷田川くんが瀧田先生の視線から逃れるように、ちょっとかがんで立花先生にささやいた。手を止めていた瀧田先生は何事もなかったように机へ顔を戻した。
その時、電話が鳴り、谷田川くんは習ったことがない現国の植松先生が受話器をとったのだった。
「やっぱり塾に通い始めたのね」
植松先生が電話で話しているのでどうしても話す声は小さいままだ。
それでも腕組みをした立花先生の姿勢は疑っているみたいだ。
正直に言おうと決めた谷田川くんは深呼吸をした。
「あのですね・・・・・・その、試験用紙を見たとき、あれって思ったんです」
谷田川くんが話しだすと、立花先生はまっすぐ谷田川くんの目を見たまま聞いている。
「つまり、この試験問題、前にやったことがあるって」
しきりに「なんて言ったっけ」を繰り返し、頭をかかえる谷田川くんだった。
「もしかしてデジャヴ」
「それです。それ。さすが立花先生」
興奮する谷田川くんに再び瀧田先生が顔を上げ、電話中の植松先生も座ったまま背伸びをするように彼を見る。
「へぇー」
まだ腕組みをしたままの立花先生がため息のような返事をした。
次の感想を待つ谷田川くんと立花先生のあいだに微妙な空気が挟まったように二人は動かない。
『ガラガラガッ!』
大きな音が職員室に飛び込んできた。何事かと振り向いたときには、すでに職員室の戸は開け放たれ教頭先生が入口に立っていた。視線は谷田川くんを越えて立花先生に向かっていた。
「立花先生、大変です!あなたが出題の試験問題、あれ去年の試験問題ですよ!」
職員室には言うまでもなく立花先生の悲鳴に近い声が充満したのだった。
一人ほっと胸をなでおろした様子の谷田川くんは、立花先生が自分を振り向いてくれるまで待って言った。
「それじゃあ、試験やったことあるはずですね」
そして谷田川くんはしみじみ感じた。
「いやあ、留年もするもんですね」
あきれながら立花先生が答える。
「留年なんて威張れないでしょ」
そう言ってから、ごめんなさいと出題ミスを謝る立花先生だった。
「でも、前年の試験問題で赤点だったのに、同じ出題で満点はすごいね」
聞いていた谷田川くんが胸を張って拳を当てる。
「2年も同じ授業受ければ、これくらいの問題」
いつの間にそばで黙って聞いていた教頭先生が口を挟んだ。
「谷田川くん、他の科目はどうなんだい」
一瞬、きょとんとした顔で教頭先生を見ていた谷田川くんが、「あっ」と答えをひねり出した。
「赤点ギリギリかも」
ため息まじりに立花先生が言う。
「もう同じ試験問題は出ないわよ」と。
既視感 ─デジャヴ─