若返りの道
若返ったきこりの老人の話
昔、 ある山里にきこりの老人がいた。 老人はもはや七十歳を超えていたが、 今でも仕事ができるのは、 若い頃より休むことなく続けてきたからだと思われる。
ある日、 老人はいつものように斧を担いで山の仕事場へ行く途中、 ふと、 こんなことが頭に浮かんだ。 今日は 陽気もいいことだし、 いつもの道を通らず別の道で行ってみるか。と。
そして、 少し逆戻りして別の道を歩いていると道が二つに分かれていた。 はて?、 こんなところに枝分かれした道などあったかな?。と、 少々記憶の方も怪しくなった自分を寂しく思いながら、 二本の道の前でどちらに行くべきか迷っていた。
だが、 なんとなく右側の道の景色に見覚えがある気がして、 そちらの道を通ることにした。 たぶんこの道で良かったがと、 少し不安があったがとぼとぼ歩いていると、 道の左側に水が吹き出しているのが目に入った。
老人は、 しまった。 この道ではなかったと、 自分の記憶違いを残念に思った。 いつもの道にこんなものはなかった。 あー。 左側の道が正解だったか。と、 ため息をついた。が、 しかし少々喉が渇いたので、 この湧き水を飲んだ後に引き返そうと気を取り直した。
しかし、 待てよ、 何でも口にして良いものではない。 近くに獣たちが水を飲んだ跡はないか。と、 老人は水の吹き出している周囲を見回した。
すると、 小さな足跡が無数に残されているのを見つけると、 よしよし、 獣も飲めるなら大事ない。 わしも一口いただこうとするか。と、 湧き水を飲み始めた。
そして、 老人は湧き水があまりにも美味しかったので、 がぶがぶと腹いっぱい飲んでしまった。 老人は、 ふうー。と、 息をつき、 湧き水から少し離れたところで一休みしようと立ち上がると、 何やら元気になった気がした。
なに、 水が美味しかっただけのことだ。と、 思いつつ、 地べたに腰を下ろそうかとすると、 何やら体がシャキシャキ動く。 そして、 体の関節がなんとなく柔らかくなったような感じがした。 それでも、 気のせいだろう。 としか老人は深く考えなかった。
老人は、 なんだか元気になったようだ。 あの水のせいかも知れぬが。と、 思ったが、 もうこれ以上飲めやしないのだから、 帰りにでもまた立ち寄って飲もうぐらいにしか湧き水には関心を持っていなかった。
さて、 仕事場へ行くとするか。と、 老人は脇に置いておいた斧を持ち上げると、 随分軽くなったような気がした。 しかし、 そんなことにはそれほど頓着することなく、 不思議な水もあるものよ。と、 湧き出続ける水を眺めつつも、 一度逆戻りしていつもの仕事場へと向かった。
きこりは木を切るのが商売である。 ゆえに、 もはや1日に2、3本しか切れなくなった今の自分を少々嘆いていたが、 この調子なら今日はどうであろう、
5、6本はいけるかな。 などと思いつつ、 いつもより軽く感じる斧を振り上げて木を切り出した。
すると驚いたことに、 まるで若かりし頃のように斧を打ち込むことができた。 一体あの水は何だったのか。と、 考えながらも夢中になって木を切っていた。
気が付くと、 すでに日は西に傾いていた。 もうやめるかと斧を置いて、 今日切った木の数を数えてみると、 10本も切り倒していた。 老人はその数に驚き、 これはまるできこりを始めた若き日の如くではないか。と、 思った。
その後、 あまりに木を切ることに夢中になりすぎて帰る時刻が遅くなった老人は、 あの湧き水をもう一度飲む時間などなくなってしまい、 残念に思えたが家に帰ることとした。
家族に今日はあったことを話したくて、 ワクワクしながら家の戸を開けると、 中にいた自分の息子に、 誰だお前は、 何をしに来た。と、 言われた。
老人は、 何をぬかす、 わしはお前の父親ではないか、 何を言いおる。と、 返した。 すると息子は、 お前はどう見ても、 二十歳前の若造ではないか、 何をしにやってきたかは知らぬが、 とっとと出て行け。と、 言われた。
老人は、 今日あった出来事をことごとく説明し、 なんとか息子夫婦には納得してもらうことができた。 そして、 息子に、 自分の顔を見て見よ。と、 言われたので、 薄明かりの中で水瓶の蓋を取ると、 そこに映ったのはまぎれもなく、 50数年前の若かりし頃の自分の顔であった。
老人は驚き一瞬言葉を失った。 だが、 すぐに、 あの水を村の老人たちに飲ませてやらねば。と、 いう思いに駆られた。 そして、 その日は早く寝て、 翌朝村中に触れ回ることにした。
朝が来て、 若返った老人は大勢の老人たちを引き連れてあの二股の道へ向かった。 道中多くの人たちを喜ばせることができるだろうことに、 もはや青年になった男はワクワクしていた。 ところが、 二股の道は行けども行けども一向に見つからない。
連れてきた村の老人たちの中には、 怒り出すものも出始めた。 男は必死に言い訳に奔走したが、 おめえ本当にあのきこりの爺様なのか?。 本当の爺様はどこへ行った。 もしかして、 おめえあの爺様になりすまして、うめえこと言っておらたちから銭っこでも巻き上げようという腹積もりでねえのか?。 などというものも現れた。
さんざん探しても道は見つからない。 とうとう 老人達は疲れ果て、 ぶつぶつ文句を言いながら皆村へ引き返してしまった。
一人残された男はしきりに頭をひねり、 おかしい、おかしい。 確かにあの日道は二股に分かれていたが。と、 呟くばかりであった。
しょんぼり一人家に戻った男を信じているのは息子夫婦だけだった。
それでも男は、 どうしてもあの道を探し出さねばなるまいと、 それから1年余り、 毎日二股の道を探し続けた。
しかし、 結局見つからずもうやめようかと諦めかけていたある日、 突然またあの二股の道が現れた。
男は自分が若返った証として、 湧き水を少しでも持って帰ろうと、 そんな時のために腰にはいつも竹筒の水入れをぶら下げておいた。 その中に湧き水を入れると、 急ぎ隣に住んでいる老人の許へと走っていった。
事情を説明して老人に竹筒に入っている水を全て飲ませた。 どうなるか。 男はそわそわして老人の変化を待ったが、 一向に老人は若返りの気配を見せなかった。
古くからの友人でもあった老人ではあったが、 何の効き目もない水を飲まされたと、 しまいには怒り出し、 男は慌てて家の外へと逃げ出した。
男は、 おかしい。 もしかするとその場で飲まなければだめなのかもしれない。と、 ぶつぶつ独り言を言いながら、 また湧き水の許へと急いだ。 しかし、 またしても二股の道は見つからなかった。
それから3年余り、 男は二股の道を懲りもせず探したが、 いくら探してもどうしても見つからなかった。 もうどうでも良い。と、 男は思うようになり、 自分の息子よりもはるかに若くなった今の自分の今後の身の振り方を考え始めた。
男は、 自分の息子よりも働けるようになったため、 もう一度嫁でももらうか。 などと思ったが、 自分には孫もおるし、 どうしても子育ての大変さをもう一度味わう気にはなれん。と、子を産むこともやめにした。 そして、 この後は気楽に独り身で生きていくことが一番だとそう決めて、きこりの仕事に精を出したということです。
若返りの道