crying crybaby

HR

  1. だから、笑う
  2. 雨宿りの記憶
  3. 赤い、紅い、あかい
  4. bygone
  5. つたわる
  6. つながる
  7. きみに。
  8. 溢れて、溺れちゃう。
  9. 花氷

だから、笑う

痛いほどの冷たい風をあびる。

空気は澄んで、なんの音もしない。
晴れてるのに、星も月も見えない夜を歩く。


甘えたいけど甘えられないのは
誰も信用できないから


信じたいけど信じられないのは
誰も俺のもんにならないと分かってるから

誰かのそばにもいる誰かに
俺のすべてはさらけ出せないから


大切だったあんたはもういない


俺の伸ばしたさりげない手にも
俺の出した分かりにくいSOSにも

気付いてくれたあんたはもういない


俺の顔を見て「泣くなよ」と笑うあんたは

俺の拒絶をやさしく抱き留めるあんたは

どこまでも俺のことを考えてくれた

あんたはもう、いない



はあっと息を吐く。

思いの外真っ白い息が大きく見えて、少しびっくりした。


“白くなるのは、外よりもお前の方があったかいからだよ”


そんな言葉を、今更思い出したりして。



泣きたいよ

でも泣けねーの

あんたがいねぇから


素直じゃない俺が唯一泣けるあんたがいねぇんだもん

泣けねーよ



だからさ


「あー……さみし」


笑った。

ははっ、と
笑い飛ばした。


黒い空気に黒いスーツが溶ける。



だから嫌なんだ

だから信用ならない


どうせ離れていくのなら
心を開かない方がいい

どうせ傷付くのなら
寄り掛からない方がいい



もう、いいんだ



涙は出ない。

きっとこの白い塊によって身体から出て行った。


闇の中をひとり、歩いてく。

雨宿りの記憶

「…え?雨?」

二人で店から出ると、大粒の雨が降り出していた。
今から本格的に降りそうだ。

「あちゃー…にわか雨かな」
「だろ。ここだけ雲厚いし」

ほら、と指す。遠くに青空が見えた。


雨は好きじゃない

事故で壊した足が痛む、ズキズキする


買い物袋を持ったまま、空を見上げて途方に暮れると

「じゃあさ、あそこで雨宿りしない?俺気になってたんだよね」

す、と荷物を取られて、恋人はすぐそこにある喫茶店を指した。



休日の夕方、駅近い雨の喫茶店は案の定混んでいて

「…外かよ」
「まぁ屋根あるし、寒くないし」

デッキにあるテーブルにつく。
恋人は荷物を置くと

「あったかいのと冷たいの、どっちがい?」
「……あったかいの」
「了解」

俺を座らせて、二人分を買いに行った。


いつも、やさしい。
常にやさしい。

甘美なやさしさは俺をダメにするような気さえしてくる。

でも、俺はそれにことごとく甘えて

浸っていて


雨が強くなる。
屋根に当たって激しい音がする。
見える駅前の景色は段々霞んで白っぽくなり

「…すげ…」

呟いた声すら響かない。

「うわーホントすごいなこれ」

帰ってきた恋人は、買ってきたものを机に置きながら言った。

あったかいカフェオレ。
さすが、よく分かってる。

恋人はアイスコーヒーを飲みながら

「俺、実は雨嫌いじゃないんだよね」

雨を眺めて言う。

「へぇ…」
「ほら、雨以外の音が聞こえなくなる」

上を指した。

耳を澄ますと確かに、屋根に当たる音が大きいのもあるが、人間の喧騒が掻き消されている。

音は鳴っているのに、静寂

そんな感じだ。

「…なるほどな」
「ね」

にっこり笑う。
思わずほころんで、カフェオレを飲んだ。

あったかい。

足の痛みは、いつしか消えていた。


「虹出ないかなぁ」

呟きが聞こえる。俺は

「出るんじゃね?晴れてきたし」

空を見上げた。
途端、なぜか軽い笑い声が聞こえる。

「ヨウ」

呼ばれたので向くと、そこには綺麗な笑顔があって

「好きだよ」

雨にも消されない、だけどやわらかくやさしい声で、恋人は

「……篠」
「ん?」
「ここ公衆」
「うん。でも言いたくなってさ」

篠斗は、笑った。




「…さん……央さんっ!!」

は、と我に返る。

現実に帰る。

「大丈夫ですか?!」

焦ったような顔。
後輩のコイツは何かと馴れ馴れしく、何かと俺に構ってくる。

「…何が」
「いやだって…央さん一人でこんな荷物…しかも雨だし…」

オロオロする、その後ろではもうじき雨が止みそうだ。


そうか、店を出たら雨だったから

あんな些細な日常が、
過去と化して思い出されて


「…帰るぞ」
「あっ、はい!あ、持ちますっ!」

荷物をすべて持って行かれる。
代わりに傘を渡されて

「ちゃんと差してくださいね」

どや顔で言われたので

「ほぼ止んでんじゃねぇか」

屋根を抜けて空を見上げた。

そこには

「……」
「…あ!央さん虹ですよ虹!」

淡い色の虹が架かっていた。


あの時も、同じように

だけどあの時と違うのは

隣にあんたがいないこと


「いーことありそうですねぇ」
「……」
「あっ、ちょっと待ってくださいよ!」



雨は、前より好きになったよ

でもやっぱり俺は

あんたがいる雨宿りの方が好きだな

赤い、紅い、あかい

篠斗とは、高校が同じだった。
2、3年が同じクラスで、出会ってから仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

気が合うヤツだった。


そんな、高校3年の秋。


「やっぱみんなピリピリしてるね」

放課後の教室、6限が終わって二人きり。
夕陽が差し込み、空気はやわらかくて赤い。

「そりゃーな。お前ももっと緊張感持てよ」
「ははっ、まぁそうなんだけど」

野球部の声が外から響く。
俺は自分の机に座り、篠斗は窓際に立って校庭を見ていた。

俺は推薦が決まっていて、篠斗はその大学に一般受験。
目指す場所は同じなのに気楽さが全然違う。

なのに篠斗は余裕そうに見えるから

「いくらお前でも、一般でそんな簡単に受かるとこじゃねーんだから」

友人として忠告すると、しかし当人は

「なに、心配してくれてんの?」

ニヤニヤと顔だけ振り向いてこちらを見る。

なんだその反応

俺は呆れて

「俺だけ受かっても後味悪ぃだろ。つーかお前のその余裕が怖ぇ。普通焦んだろ、こんな時期」

顔をしかめる。
すると篠斗は

「そうなんだよねー…」

また窓の外に視線を移す。

その背中が妙に遠い。
なにか、俺とは全く別次元のことを考えているような
そんな遠さ。

「…篠?」

呼びかける。
篠斗は振り向かず、こちらに背を向けたまま軽く笑う。

渇いた、自嘲気味のその笑い方は、あまりに普段の篠斗と合わなくて

焦る。
少し心配になる。大丈夫だろうか。

そう思っていたら

「俺、やっぱこのままじゃ受験出来ないわ」

突然そんなことを言った。

「……はあ?お前何言ってんの?」
「集中出来ないんだよ。だから決着つけさせてもらっていい?」

いきなりわけの分からない提案をしてくる。
俺はアホみたいに口を開けて篠斗を怪訝に見るしかできない。

「…なに?何の話?」

篠斗は振り向く。
窓の外からの夕陽を背負って、逆光のために表情はあまり分からない。

ただ、哀しげだった気がした。

静かな空気。
野球部の音が聞こえる。

「俺、央のこと好きになっちゃったみたい」

赤い空気の中、篠斗は困ったような顔で笑った。



その時は、コイツ何を言ってるんだろうと思った。
応える気なんてさらさら無かった。

でもここで断って、もし篠斗が受験に失敗でもしたら、とか考えると

今はとりあえず受け入れて
大学受かった後にでもちゃんとした答えを言えばいいと

それが一番得策だと思った。


だから

「付き合ってほしい」

そう言われた時

「…いいよ」

俺は篠斗を受け入れた。
そんな打算的な考えで受け入れた。

何か聞かれたら素直に答えよう、なにも隠すようなことじゃない、と腹を括っていた俺だったが、篠斗は

「……そっか」

笑った。



まるで
ひどく寂しげな
それでいて嬉しそうな

なんだか
俺の打算もすべて見抜いているような


そんな、笑顔で



始まった。

篠斗と俺の、恋人としての関係。

bygone

中学の時に事故に遭った。

両親の離婚が決まり、母親と共に祖母の家へ向かう車での交通事故だった。

ペーパードライバーである母の慣れない運転と、視界の悪い雨の山道で、確かに事故は起こりうる状況で
母もぶつかったトラックの運転手も双方前方不注意、どちらにも非がある事故だった。

ただ、この事故で母だけが死んだ。

足だけが後遺症として残った俺は、離婚届をギリギリ出していなかったせいかおかげか、退院するなり再び父の元へ戻ることになった。



そこで待っていたのは、父親と息子の二人暮らしではなく
成人男性と男子中学生が、ただ同じ家を分けて生活しているだけの、ルームシェアよりも共同作業がないただの一人暮らしだった。


食事の準備も家事も個別。
金銭面だけは父が用意してくれたが、それもそのうちに俺が拒否した。

父の世話にはなりたくなかった。
それまでに貯めていた、母が貯めてくれていた金をなんとかやりくりして生活した。


そのまま中学を卒業、高校にはなんとか進学できた。

バイトを始め、授業料を稼ぎながらの生活。
足は後遺症があると言っても生活に差し支えないほどにまでは治ったので、時給の良いバイトを2、3掛け持ち。
部活をしている暇は無かった。



忙しすぎて、忙しすぎたから、

周りの人間関係にも興味は湧かず
流行りの話についていけるハズもなく
だから、
仲の良い奴なんて篠斗くらいしか出来なかった。



その篠斗も今では

「どしたの?」

友人でなく、恋人だなんて

「…別に」
「昨日もバイト?」
「まぁね」


どうかしてる


「今日は?」
「夜から。…お前勉強は?進んでんの?」

あの時と同じ曜日、同じ時間に、同じ教室で同じように二人きり。
でも今日は雲っていて教室は赤くない。

「進んでる進んでる。明日は?」

聞いてるんだか、篠斗は俺の質問をテキトーにあしらう。

「…夕方から」
「あ、じゃあ一緒に行っていい?」

篠斗は笑顔で聞いてくる。俺は驚いた。

「はぁ?」
「あのファミレスでしょ?俺そこで勉強してるからさ、上がる時一緒に帰ろうよ」

にっこり笑う。
恋人のつもりなのだろうか、今までそんなことしなかったのに、突然の提案。

「…別にいいけど」

断る理由なんかないし、と頷くと、篠斗は嬉しそうに笑った。




付き合い始めたからといって、格別恋人らしいことはしなかった。
篠斗はそれまでよりやけに優しくなったが、かと言って手は出してこなかったし、言うなれば友人の時となんら変わらない関係のままだった。


俺は拍子抜けした。

もっと何かしら目的があって告白してきたものだと思っていた。
これなら正直、付き合う必要なんかなかったんじゃないかとも思った。



ただ、篠斗が提案した翌日。

その日を境に、俺たちの関係は一変した。

つたわる

好きとか嫌いとか、そういう次元じゃなくて
大事な友達って感じ。

付き合ってから分かったことは、
篠斗はどこまでも優しくて良いヤツだってこと。
それ以上もそれ以下もなかった。

何より篠斗がいわゆる恋愛感情を見せてこないから
俺もそれを意識することはなくて


何も無いまま、既にこの日は付き合ってから一ヶ月近く経っていた。


(…雨か…)

来る客が寒そうにしてるから外を見れば、窓に水滴が走っていた。

確かに天気予報は雨だった気がする。でも傘はめんどくさいから持ってこなかった。
帰れる程度だと高を括っていた。

外にゴミを出しに行って気付く。
土砂降りだ。

(…、降りすぎだろ)

心の中で舌打ち。
白く霞む景色から目を逸らした。


足が痛んできた。


夕方4時から6時間労働、夜10時に仕事から解放される。
どんどん痛んでくる足を引きずりながら、着替えを済ませ裏口から出ると

「お、お疲れー」

篠斗の笑顔があった。

「…そっか…お前今日いたんだっけ」
「え、なに忘れてたの?」

呟くようにため息混じりに言うと、雨の中篠斗は傘を差したまま笑う。
そして

「あれ?央、傘は?」
「持ってきてない」
「へ?いやいや、天気予報見た?」
「見たけどめんどくさくてさ。こんな降ると思わなかったし」
「チャリどうすんの?」

俺はいつも、高校までもバイトまでも自転車で通っている。
交通費がかからないようにするためだが、普通なら電車で通うような距離だ、近くはない。

雨の日は無理して自転車に乗る時もあるが、大抵電車やバスを使う。
何せ、足が痛くて自転車など漕げない。

「…置いてくよ」

明日が面倒だが仕方ない。バイト先に自転車は置いていく。

ため息をついて答えながら、屋根から出て篠斗の傘に入った。
雨の音が大きく聞こえた。


バイト先は、高校と家の半ばくらい。篠斗の家は、バイト先と俺の家の半ばくらい。
路線が一緒。方向も一緒。それも仲良くなった要因の一端だったような気がする。

足を引きずって歩く俺を、篠斗は大袈裟な心配をせず、口に出して気遣いもしなかったが、歩調はかなりゆっくり、歩幅も合わせてくれていた。

なんてことない話を楽しそうにしながら、そんな風に、まるでそれが普通のことのように優しいから

(…気付かねーよ)

つい、反射レベルで甘えてしまう。

さりげなさすぎて気付けない
心地良すぎて気付かない
寝ている時にかけられた毛布みたいな

そんな、無意識下。



「うっわ、雨ひどくなってきた」

電車の中、向かい側の窓の外を見て隣に座る篠斗が呟く。
端の席からそちらを見た。確かに、窓に走る水滴がまるで川のようにひっきりなしに流れていく。

台風みたいだ。

「…、っ」
「立ってた方が楽?」

激しくなる足の痛みをごまかそうと必死に自分の腕を握りしめていたら、不意に聞かれた。
思わず顔を上げて

「はっ…?」
「いや、ツラそうだから。もしかしたら座ってるより立ってた方が楽なのかなって」

真面目な顔で言う篠斗。
篠斗の言うことは確かにそうだ。体重をかけなければ正直、立ってた方が楽な時もある。
でも、それは別に毎回じゃないし、こんなに痛い時は雨の日くらいだし、毎回心配されてもしんどいだけだ。

だから

「…べ、つに…」
「そっか。じゃああそこにいよ。しばらく開かないし」

否定しようとした俺を、篠斗はそれでもドアを指して制した。

「……」
「ほら」

肘を持ち上げられ、立ち上がる。
電車の揺れにもよろけずに歩けたのは、篠斗が安定して支えてくれたから。

ドアに寄り掛かり、足は幾分楽になる。
篠斗は俺と向かい合って

「次ここ開くのって俺が降りる時でしょ」

ちょーどいいじゃん、と笑った。


なに、あんた
どこまで優しいわけ

意味わかんない、なんで分かんだよ

こえーって
俺は分かりにくいって評判なんだからさ
簡単に当てんなよ、気付くなよ



…やめろって


家にはアイツしかいねーんだよ
どーせまた女連れてきてんだよ、こんな雨の日はさ、連れ込む理由に十分だから

同じ女は3回に1回くらいで
聞きたくもねぇ戯言聞かされて
邪魔だみたいな顔で見られてさ


だから
だから

やさしくすんなよ
帰りたくなくなる

余計家が嫌になんだろ
金なんかねぇんだから、まだあそこにいるしかねぇんだから


あんまりやさしくされると
俺はあんたに頼りそうになる

違うんだよ、ひとりなんだよ、俺は

母さんがいなくなったあの日から
俺はアイツを“妻を亡くした可哀相な独身男性”にするためのお飾りでしかなくなった

女の同情を得るための“息子”役。
子ども好きの女を釣るためのエサ。


そんな、ことを、
退院して家に戻った日、
アイツの口からハッキリと聞かされて


だからさ、
冷たくあしらわれんのも
無関心決め込まれんのも
褒められないのも優しくされないのも

全部慣れてるから


俺のこと見るヤツなんていないって
もう分かってるから


頼れねぇよ。あんたにも、誰にも
慣れてねぇんだよ。優しくされることなんて

信用することなんて



雨の日は

あの事故があった日で
アイツが女を連れ込む日で
足が死ぬほど痛む日で


だから、大っ嫌いで


「央」

呼ばれて、顔を上げる。

「…なに」
「雨、弱くなってきたよ」

ほら、と窓の外を指したから、その先を追った。
確かに、雨粒は小さくなっていた。

「これで帰れるから、傘持ってってね」

篠斗は言う。俺は驚いて

「は?」
「だってほら、央の家の方が駅から遠いし」
「…いや、変わんなくね?」
「俺あんま傘好きじゃないし」
「じゃあなんで持ってんだよ」
「…まぁ、それはそれで」
「何言ってんだ」

軽いため息が出る。
なんだか笑えた。

「いーよ、気にすんなって。これぐらいなら帰れる」

少し呆れながら笑って言うと、篠斗は むぅと口を尖らせる。
俺は

「傘差しながらってバランスとりにくいし」

歩きづらいんだよ、と言うと、篠斗は

「あ、そうなんだ」

少し反省するように俯き、寂しい苦笑を浮かべる。
それに

「だからさ、気にすんなって」

気を遣うなと、笑って。

俺は、ありがとうを伝えることもできなかった。


篠斗の降りる駅が近付く。
俺たちは、友人の時と変わらず話し続けた。笑い合った。
意識しないでいられるくらい、足の痛みも引いていた。

楽しかった。楽しい時間だった。

だから、いやに短く感じた。


こちら側のドアが開く。
寄り掛かっていた俺は少し離れ、篠斗を見上げた。

「じゃ」
「おぅ、じゃあな」

降りる数人に混じって、篠斗もゆっくり電車から降りる。
駅のホームに立ってから、またこちらを振り向いた。

「…じゃあね」

微笑んで手を挙げる篠斗。

「おぅ、また」

俺も軽く手を挙げる。

ドアが閉まる合図を示す音楽がホーム中に響き渡る。
あと数秒で閉まる。

手を下げて少し俯いた。篠斗の手が見えた。

響く音楽。アナウンス。ドアが閉まる音。


瞬間

「っ?!」

篠斗に手を引かれた。
力のままに引っ張られ、ドアが閉まるギリギリでホームに出る。

勢いで篠斗の胸に飛び込んだ。

驚くうちに背後でドアは閉まり、電車は動き出す。

「な…?!ちょ、…篠?!」

離れて顔を見る。
篠斗は

「やっぱり今日、うち来なよ」

何が“やっぱり”なのか分からないが、笑顔で言ってきた。
やけにしっかりした、覚悟を決めたような声だった。

つながる

「おかえりー!」

玄関に入るなり走り寄ってくる。
今までも何度か会ったことのある、篠斗の妹だ。まだ小学校低学年で、この歳の離れた妹を篠斗は可愛がっていた。

「ただいまー。紗也まだ起きてたのかー」
「うん!よぉくんいらっしゃいませ!」

笑顔の、まるでファミレスの店員みたいなお出迎えに

「こんばんは、紗也ちゃん」

俺も笑って答えると、紗也ちゃんは手の平で顔を覆い、キャーと高い声を上げてはしゃぐように居間へと消えていった。

「…な、なんだ…?」
「あー紗也お前のこと大好きだからさー」

驚く俺に篠斗は笑って靴を脱ぐ。俺も倣って、家に上がる篠斗について

「お邪魔します」

上がると

「あ、いらっしゃい」

紗也ちゃんが自分の兄、篠斗の弟をつれてきた。彼に迎えられる。
篠斗はそれを見て

「将人、ちゃんと紗也寝かせてくれよ」
「兄貴が央くん連れて来るとかメール送るからだろ」

寝るわけないじゃん、とため息混じりに肩をすくめる。
将人は中学生だが、頭もよくしっかりしていた。

「将人は大変だな」

俺が笑って言うと

「兄貴に惚れられてる央くんほどじゃないよ」

少しニヤッとして言った。
俺が意味を聞くより先に篠斗は

「ばっ、マサ!!お前ホント紗也寝かせてこい!」
「はいはい。ほら、紗也寝るぞ」
「えー?あたしよぉくんと寝るー!」
「ダメだよ、央くんは篠にぃと寝るんだから」
「まーさーとー!!」
「ね、ほら、あんまり篠にぃがうるさいと央くんも疲れちゃうし、今日は大人しく寝よ」
「はぁーい…。よぉくん、おやすみなさいっ」
「あ、うん。おやすみなさい」

目の前で繰り広げられる三人の怒涛の会話に圧倒されつつ、紗也ちゃんに言われて慌てて応える。
紗也ちゃんは笑顔で脇にある階段を上がっていき、それを追う将人は

「じゃ、ごゆっくり」

目に見えてニヤニヤしながら捨て台詞を吐き、2階に消えていった。

「ったく…明日説教してやる」

篠斗は赤くなりながらため息をつく。俺は思わず笑って

「相変わらず楽しいな、お前の兄弟」

言うと、篠斗は俺を見て顔を赤くしたまま

「とりあえず俺の部屋行ってて。風呂の準備してくる」
「あ、おぅ、サンキュ」
「それと」

ふと、俺の頭に手をのせて

「紗也と将人がまたなんか言いに来るかもしんないけど、気にしなくていいから」

らしくない余裕の無い表情と声で言った。
だから

「何だよ、やましいことでもあんのか?」

軽く笑って聞くと

「違うよ、ただの嫉妬」

少し照れたように笑って返された。


うわ、すげー不意打ち


「…妹と弟に嫉妬すんなよ」

バカじゃねーの、と照れ隠しに顔をしかめると

「あいつらには勝てる気しないからさ、他のヤツらはともかく」

風呂場の方向に行きながら、ニッと笑った。


風呂に入って、篠斗の部屋で軽い夜食をもらって。
それを片付けに篠斗が部屋から出ていって、俺は一人で窓から外を見ていた。

今は23時半。
辺りは静まり、外はさっきよりも強くなった雨が相変わらず降っていた。


また、足が少し痛んでくる。
どうやら孤独に弱いらしい、なんて

(くっだらねぇ…)

笑えた。


孤独など、わざわざ言葉にするまでもなく日常に存在していた。
意識するより先に、俺の中に常に滞在していた。

今さら、孤独が痛いなんてありえない。
孤独がツラいなんてどうかしてる。

そんなものを感じることこそ、悲劇ぶって、くだらない。


「…、ぃって…」


ズキンズキン、痛む。
思わず足を抱えた。

形を持って痛さを増す孤独は、身体も心も蝕んで

「……、っ…」

涙すらあふれた。



痛い、
いてぇよ

なんだよ、これ

足は痛ぇし
心臓はえぐられたみたいにざわつくし
涙は止まんねぇし


それに、
思い出す。あの日のこと。

病院から帰ってきた俺を迎えた親父の顔と言葉。

「お前を育てる気なんか無いからな」

睨むように、蔑むように。

「金は置いといてやるから自分でなんとかしろ。あと、なるべく家にいるなよ、邪魔だから。自立したらさっさと出ていけ」

それから、気持ち悪く笑って。

「あぁでも、あいつが死んだことで金は入るし、“可愛そうなシングルファーザー”としての飾りもあるし、あいつには感謝しなきゃな」


ひとの母親を、自分の妻を、
さも、侮蔑したように


許せなかった。
毎日見てたから。

親父のことで、夜中ひとりで泣く母さんを、
毎日見てたから。

俺には何事もないように笑って
毎日がしあわせに満ちてるみたいに笑って

強く、やさしい、母さんを


あいつは踏みにじって…!



「…央」

ドアの開く音も帰ってきた音も、何にも聞いてなかった。耳に入らなかったらしい。
篠斗は気付けばすぐ目の前にいて

「…!どうした?」

俺が顔を上げると、驚いたように目を見開き、心配そうに涙を拭ってくれる。


その、触れた手が
とてもあたたかくて。


「…、…っ…」

俺はその手に触れる。
流れくるようなやさしさを感じた。
涙は止まらなくなったけれど

「…央」

俺を呼ぶ声にも、抱きしめてくる反対の手にも

「好きだよ。誰よりも何よりも、一番好きだ。大事な人だよ」


包まれる。
あったかい。
篠斗の心音が聞こえた。声とは裏腹にものすごい脈打っていて、少し笑える。


いとおしさを、感じた。



「し、の…」
「うん」
「俺…帰りたく、ない」
「…うん」
「あいつ…俺のことなんか見てねーの」
「…」
「邪魔だって…言われるから、…だから早く…早く家、出たくて」



なのに、
働いても働いても、金は貯まらない。

授業料だって高いし、食事を抜けば足は痛むし。
通院代も、交通費も、光熱費だって馬鹿にならない。


もう、わっかんねぇよ。
何で働いてんの、俺。
こんなんで、これから生きてけんの?

何にも見えない。



でも、
この家来ると、篠斗といると
そんなんじゃなくて。

金とかそういうの、どうでもよくなる。

俺が欲しいのは金じゃなくて
そんなもんじゃなくて


「……あい、して…」


篠斗の服を握る。



足は、ホントは完治してるはずなんだって

でもどうしようもなく痛いんだよ
痛むんだよ

それは何のせいかって、
もう、だいぶ前から分かってんだよ



足りない、
足りない
満たされない


さみしい




ふわり、両手でやさしく包まれた。
篠斗のにおいでいっぱいになる。骨っぽいからやわらかくはないけれど、それでもやさしかった。
体温にせつなくなった。

「…央」

身体中から響く声。
俺の名前を呼ぶ、あったかい声。

「俺…央が好き」


両手から、身体から、言葉から

心に伝わる


「央がいなきゃ…嫌だ」


震える声。篠斗も泣きそうだった。
驚いた。驚いて、少し離れて顔を見る。
篠斗の目は真っ赤だった。

「な…んで、お前が泣くんだよ」

思わず軽く笑う。


俺を好きだと言ってくれて
俺のために泣いてくれて
俺をやさしく包んでくれる

それは、
どんなものよりも尊い、奇跡


「央」

篠斗は俺を真っすぐ見つめる。

「…俺はね、央が好きで、央を守りたくて、央のそばにいたくて仕方なかった。だから、もう絶対ひとりで泣かないで」

そう言うと微笑んで、俺の目元に残る涙をやさしく拭ってくれた。

「俺がいるよ」


その言葉と、笑顔に
俺はやっぱり泣いてしまって

あー、俺すげー泣き虫

とか思ってると、篠斗の顔が近づいてきて

「…!」

唇にキスされた。
すぐに離れて

「ごめん、我慢できなかった」

目の前で、篠斗は照れたように笑った。


篠斗のベッドの中、二人で並んで横になる。
さすがに狭いからぴったり寄り添う、というより

「ち、近くね?」
「だってこうでもしないと落ちちゃうよ」

篠斗に寄せられる。

だいぶ、恥ずかしい。

「ったく…今まで何もしなかったくせに」
「だって、央別に俺のこと好きじゃなかったでしょ?」

少し驚いて顔を見る。篠斗は笑って

「友達としてしか見てくれてない人に手ぇ出せないよ」

言うと、額にキス。

「……悪ぃ」

ぼそっと、謝罪。その言葉は、届きはしたけれど

「それより俺、言ってほしいことがあるなぁ」

篠斗はふざけるように笑う。

「……む、むり」
「ぇえー?」

俺は篠斗と違って、言葉には出来ない。恥ずかしすぎる。
だからせめて

(…これで精一杯…)

抱き着いた。

不満そうにしていた篠斗はそれに少し驚いたように黙り、それでもすぐに

「心配しなくても、愛してるよ」

抱きしめてくれた。


「…おやすみ、央」
「……ん」

きみに。

受験直前。
ついでに、クリスマス目前。


「お待たせ」
「ぅわっ」

突然耳元で声がしたから驚いた。

「びびったー…あ、どうだった?」
「おー、いい感じだったよ。ほら」

今までの模試や成績をすべて換算した合格判定書。この高校独自のものらしいが、結構アテになると評判。なんせ、その道の研究チームみたいなプロが、もう10年以上も進路指導室に居座って指導している。

篠斗が見せてきたその判定書。
自信満々のその態度相応しく

「おぉー…マジか、すげぇ」

第一志望が見事にA判定。
公立の、決してラクには行けない大学。俺だって推薦じゃなかったら合格する気がしない。
そこを、合格圏内どころか滑り止めレベルまでもってくるなんて

「まぁ、油断はできないけどさ。ひとまずちょっとは安心かな」

その笑顔の裏には多大なる努力が見える。まぁ確かに元々成績もよかったけど。

こういうことを、きちんと本番に向けて調整してくるからこいつは

(…無駄にカッコいい…)

同じ男として、なんだか癪だった。

「なに不機嫌?」
「別にー」

ふん、と顔を逸らせば、ふふ、と笑われた。
まったく、恥ずかしくなる。

「じゃあさ、約束守ってくれるよね?」

鞄を持って教室を出る体勢に入りながら篠斗は聞く。
俺はその顔を見て

「…まぁ、約束だしな」

こんな成績出されちゃ断る理由もない、と頷いた。
篠斗は大袈裟に喜んだ。


約束、は。
ただのクリスマスデート。

午前中からちょっと遠出して、お昼食べて、遊んで、夕方には篠斗の地元に戻って。

そして

「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
「おかえりー」
「よぉくん!いらっしゃいませ!」
「こんばんは」

夜は篠斗の家でクリスマスパーティー。
それが、篠斗が模試でB判定以上を出した時の約束。

受験生のくせにぬけぬけとクリスマスデートの話をしだすから、さすがに無理だろと一蹴したつもりがこんな約束を取り付けられたのだ。

「いらっしゃい」
「すみませんこんな…家族水入らずの日にまでお邪魔しちゃって」

居間に入れば、台所で料理をしていた、篠斗たちの母である奈々さんから笑顔で迎え入れられたから謝ると、しかしダイニングで食事の仕度をしていた将人が

「大丈夫大丈夫。うちには約2名 央くんを家族にしたい人がいるから」

手をひらひら振って笑った。
それに笑う奈々さんと

「おい将人?!」
「えっ、よぉくん家族になるの?!」

なぜか焦る篠斗と喜ぶ沙也ちゃん。
将人は笑って

「沙也、央くんと家族になるには、俺たちの誰かが央くんと結婚しなきゃ」
「さやがするからへーき!さや、よぉくんとけっこんするんだよ!」

堂々と、まるで決まりきった事実のように。
うんめーなの!と、手を広げる沙也ちゃんは、そのまま抱き着いてきた。

「ちょ、沙也っ」
「あー、これは沙也が一歩リードかなー」

篠斗は慌て、将人は笑う。
奈々さんも笑って

「いいのよー気にしないで。人数は多い方が楽しいでしょ?」

手洗ってらっしゃい、と優しく言った。


篠斗が何を言ったのか詳しくは知らないけれど、この家族はいつも、どんな時でも俺を受け入れてくれた。

首を突っ込むわけではなく、でもお客様扱いでもなく、親戚の一人みたいな、もしくはそれこそ

長男の“嫁”みたいな。


「ははっ、なるほど。実際そうかもね」

部屋に荷物を置きながら篠斗は笑う。

「俺は嫁じゃねーぞ」
「いやそうだけどさ。たぶん母さんは何となく分かってるし」

将人は完全に気付いてるし、と肩をすくめる。ちなみに将人に関しては、初めて会った時から名乗るなりニヤニヤされた。

「それな。マジなんでだよ」
「あー…まぁたぶん俺のせい。俺家ですごい浮かれたり騒いだりしてたから」
「は?何を…」
「はいこれ」

問い詰めようとして止められた。差し出されたのは、前に俺が泊まった時に借りた篠斗の服。

「あ、サンキュ…」
「ホントはサイズ的にも将人の服の方がちょうどいいんだろうけどねー。まぁ我慢して、貸したくないし」

やさしく笑って、さらっと。らしくないわがままに少しびっくりした。

「え、なんで…」

自分の片付けを進める篠斗は、ア然とする俺の言葉で振り向くと

「万が一でも億が一でも、将人には取られたくないからね」

沙也ならまだしも、と笑った。
何を、なんて

「……ねーだろ…」

聞かなくても分かった自分が恥ずかしかった。



手を洗って、仕度を手伝って。
父の明さんが帰ってきて、明さんも一緒に仕度をして。
食卓に並んだのは、チキンとかドリアとかサラダとかポテトフライとか…

「おぉー…豪華…」
「またすごい量だな」

改めて見回すと、ものすごい種類と量の料理が並んでいた。

「食後はもちろんケーキです!」
「やったー!」

奈々さんの言葉に沙也ちゃんは声を上げ、同じように万歳をする明さんにハイタッチをすると

「おかあさんのケーキはね、すごくおいしいんだよ!さやもてつだったんだよ!」

俺の方に来て満面の笑顔。
あぁ、なんか


「へぇ、楽しみだな」
「ちなみにドリアは俺が手伝いましたー」
「だからどうした」
「え、兄ちゃんひどい」
「お前が沙也みたいにアピールする必要はない」
「え、なにそれ…妬いてんの?」
「だまれバカまさ」
「いたいいたいいたい!」
「ワン!ツー!」

居間で将人に技をかける篠斗。それにカウントを始める明さん。
俺は沙也ちゃんと仕度を仕上げて

「ほらあんたたち!何で央くんの方が働いてんの!」

奈々さんの雷が落ちた。
俺は沙也ちゃんと顔を見合わせて笑った。


料理はもちろん美味しかった。
食事はもちろん楽しかった。

あったかくて、ずっと笑ってて

あぁ、これが家族なんだって
これが幸せってやつなんだって
手放したくないって

本当に、そう思った。


「あー…腹いっぱいー」

風呂から出て、髪も乾かして。
篠斗の部屋に戻って、誰もいないベッドにダイブした。
ふかふか。きもちいい。

(なんか…いろんなこと忘れんなー…)

楽しすぎて、幸せすぎて。
今日一日、朝からずっと幸せで。

ツラさを、痛さを、冷たさを
忘れる。

(…それはそれでこわいけど…)

でも、
今の幸せに縋らないでいられるほど俺は大人じゃないし
いつかの不幸に恐れて今を見失うほどバカじゃないから

(…ここにいたい…ずっと)

欲が出る。



「あれ、早いなーお疲れ?」

いつの間にかうとうとしていたらドアが開いて、入れ違いで風呂に入った篠斗が帰ってきた。

「んー、腹いっぱい」
「はは、まぁ確かに。今日いつもの倍ぐらいあったからな」
「え、そうなの?」
「うん。いつもあんなにないよ。家族みんな気合い入ってた」

篠斗は笑う。央のおかげだな、なんて言って笑う。


あぁ、どうしよう

幸せすぎて泣きそうだ



お気に入りのクッションを抱く。顔を隠すと、篠斗の優しい笑い声が聞こえて

「どーんっ」

クッションに構わず俺の上にダイブしてきた。

「ぐわっ、お、まっ」
「はははっ、ごめん、思いっきり入っちゃった」

笑いながら少し起き上がる篠斗。俺はクッションをどける。
必然、目の前に顔。組み敷かれた格好。

数秒、沈黙。
逸らさないで、見つめ合って。

自然と、唇が重なった。

「……」
「……ふふ」

離れるとまた目が合って、篠斗は笑う。恥ずかしさに目を逸らす間もなく、そのまま首元に顔を埋めてきた。

「あー…」
「…なに」

唸るから聞くと

「幸せだなーと思って」

くぐもる声が、体中に響いて。


それ、は

「……うん」

こっちのセリフだ。

「央」
「ん?…うわっ」

半ば抱えられて、ごろんと横になる。
向かい合った。

「メリークリスマス」

横になった、篠斗の顔は
なんだか、奇跡を喜ぶように

「…メリー、クリスマス」

ひたすらにやさしく、ただ笑顔で、


あぁ、俺は本当に
愛されていて


それを実感しただけで泣けた。
篠斗は笑う。涙を拭ってくれる。

「あ、そうだ。プレゼントあるんだけど」
「…え、あ、俺も」
「えっマジ?!」


すぐに笑えた。





幸あれと

溢れて、溺れちゃう。

クリスマスも終わって、年も明けて。
寒い寒い冬の季節。


これは、
ぼくらの幸福のおはなし


01. お気に入りの一曲



「…」
「ん?」
「…何の歌?」

珍しく歌なんか口ずさんでるから、不思議に思って篠斗を見る。
すると

「あぁ、あれだよ。央のバイト先でこの前流れてたやつ。最近売れてるって」
「…うちで?って…有線?」
「そー。ちょっと気に入っちゃって」

ふふ、と笑いながら、また口ずさむ。

バイト先のファミレスで流れている有線放送なんて、ほとんどちゃんと聴いたことなんかない。
確かに俺はバイト中で、篠斗は客として来て勉強中だから、音楽は篠斗の方が聴けているんだろう。

それにしても楽しそうだ。

「これ聴くとさ、央のバイト姿が浮かぶんだよね」

へら、と
元の整った顔がもったいないほどしまりのない顔をする。
だから

「…ヘンタイ」
「なんで?!」

言ったら、ものすごく驚かれた。


02. 蒼天



あおい
たかい
あかい
しろい
くろい
くらい
あかるい


(今日は…)

見上げる。
綺麗に晴れ渡っていた。

「…青い」

思わず笑顔がこぼれる。


空が青いと、央が嬉しそうだからいい。
央が嬉しそうだと、俺も幸せになるからいい。

俺は雨も好きだけど、
雨だと、央がツラそうだから。


また、見上げる。
なんだか

「…!」

寂しい色が、見えた気がして。


「…大丈夫、ですよ」

ぽつり、空にいる“あの人”に。
こぼすように

「央は、俺が必ず…幸せにしますから」

言葉に出したら、覚悟が身を引き締める。
だけど同時に

(…、なんだろ…)


なぜか、泣きそうになった。


03. 同じ歩調



篠斗は、バカみたいに優しい。


「…」
「ん?」

見ると、笑顔で問われる。

「……なんでも」

理由は簡単で、たぶん、俺が見ていた理由が分かったから。
だから癪で、ふいと顔を逸らす。すると案の定、視界の外で ふふ、と笑う。


例えば、
道を歩くときは、横に並んで。
階段を上るときは、一段後ろで。
階段を下りるときは、一段前で。

いつも車道側を、荷物は必ず外側に持って、涼しい顔で何てことないように歩く。


しかもそれに気付くのが、大体それをされた後で
無意識のうちに施される優しさに、俺はいつでも反射で甘えて、礼すら言えなくて

だから

「…なんで、そんななの」

おまえ、と口の中でぼやいた。
すると篠斗は

「央だから」

ごく当たり前のように答えて

「央じゃなきゃしないよ」

こちらを見ると、ふわり、笑った。


04. 金曜日の午後



バイト三昧の央は、いつでも忙しい。
金曜日は特に。

「んじゃ、また明日」
「…うん」

いつものクールな顔で手を上げて、高級料理屋に向かおうとする央。
俺はなるべく不服そうな顔をする。


だってそうでもしないと、央は立ち止まってくれないから


「は、なんつー顔だよ」

案の定、俺の顔を見ると央は呆れたように笑って、その場に留まる。

「いつものことだろ」
「…そうだけど」

でも、
こうしてバイトで別れるときは、央と一緒に家には帰れない。
央は央の家に、俺は俺の家に帰る。

当たり前のことなのに、
それが、なんとも悔しくて


寂しい


「…央」
「ん?」


言いたい
ずっと言いたくて、言えてないこと

言いたい
言いたかった

…けど


「……行ってらっしゃい」

いつも言えないまま、こうして見送るしかできなくて
だから

「ん、行ってきます」


金曜日は、そんなに好きじゃない。


05. 綻ぶような、



「どーん」
「おわっ、」

休日、篠斗の部屋。
部屋の主は机で勉強、俺はベッドでごろごろしながらバイト探しをしていた。

トイレから帰ってくるなり、効果音と共に俺に倒れてくる篠斗。
背中にのし掛かられて少し驚いた。

「おっも…」
「はは、声ひど」

悪びれる様子もなく笑い、すぐに退いて横に寝転がる。
篠斗は仰向けになった。

「どしたよ」
「ん、ちょいきゅーけー。一段落した」

んーっ、と伸びをして、すぐに脱力。
余裕そうに見えても何だかんだで受験生。気は抜けない。

「…お疲れさん」

近い方の手で、なんとなく篠斗の頭を軽く撫でた。
労いの気持ちと、残りはたぶん、慈しみの気持ちだった。

すると

「…?篠?」

篠斗は珍しく、固まってただ

「…ぇ、や、あの…」

真っ赤になってうろたえる。
その新鮮な反応に

「…ふ、なにそれ」

思わず笑い、いたずら心をくすぐられた。
余計に撫でてやる。篠斗は余計に慌てる。

「なになに…ちょ、央ってば」
「や、なんかかわいかった」

調子に乗ってぐしゃぐしゃ撫でると、落ち着きのなかった篠斗もだんだん慣れてきて

「…いつもこんなんしないじゃん」

ばつが悪そうに、少し口を尖らせて見てきた。
顔は真っ赤なまま、恥ずかしそうに。
俺はまた笑って

「確かにな」
「なんなのいきなり。サービス?」
「んー、まぁ頑張ってるし」

そう言ってまた、なでなでと手を動かす。すると篠斗は気持ちよさそうに目を細めて

「うん…ありがと」

すり、と
甘えるように寄ってきた。


これは…なんか


俺はうつ伏せていた体を起こし、篠斗の口にキスをする。
自分からは初めてだった。

ゆっくり離れ顔を見ると、篠斗は驚いた顔のまま固まっていて
でもすぐに

「な…なんなのもう!今日はなんなの!」

真っ赤になった。

思わず大笑いした。



06. あったかココア



バイト終わり。
裏口から出るとそこに

「お疲れ」

篠斗の笑顔。
従業員専用の駐車場の車止めに座っていた。

「…寒くねーの」
「寒いよー。だからこれ」

はい、と渡されたのは、缶のココア。
すぐそこにある自販機で買ったんだろう。2本持っていて、1本を渡してくる。

「…サンキュ」
「いーえ。駅まで歩くと冷えるからね」

受け取ると、篠斗はすぐに缶を開ける。俺もそれに倣った。

あたたかい缶。
甘いにおい。

ひとくち飲むと

「…うま」
「ねー」


やさしい味がした。



07. 虹の下



「じゃがいもとにんじんと、…なんだこれ…」
「どれ?」
「3つめ」

沙也ちゃんから渡された買い物リストを渡す。
篠斗はそれを受け取ると

「うく…?うくしい……あぁ、福神漬け!」
「福神漬け?!」

予想外で驚く。その反応に笑われながら再びメモを渡された。
確かに最後の3文字くらいはそのまま読めるが

「…難し…」
「はは、まぁこれは慣れだな」

唸る俺に篠斗はまた笑って、じゃがいもが積み上げられた棚の前で止まる。俺は良さそうなものを取って篠斗が持つかごに入れた。

今日はカレー。
しかも

「帰ったら央も手伝わされると思うけど…平気?」
「あぁ、それは全然。奈々さんにはいつもお世話になってるし」

奈々さんの誕生日。
篠斗の家では、毎年、両親の誕生日に子ども3人で夕食を作るのが恒例らしい。

それに今年は、俺まで混ぜてもらうことになった。

「お邪魔しまくってるしな。クリスマスとか正月とか」
「邪魔じゃないよ。みんな央のこと待ってるから」

当たり前のことを言ったつもりだったのに、篠斗には速攻で否定された。少し驚いて見ると

「分かってるでしょ?うちの家族みんな、央のこと大好きなの」

俺を真っ直ぐ見据えて、微笑んで
それから

「にんじん、選んでよ」

俺の斜め前にある棚を指した。


一瞬で
永遠に刻む

(…あんたは、ずるい)

余計に離れられない。


08. 四葉のクローバー



「あー違う違うバカ兄!肉はちゃんと炒めないと!」
「あ、ごめん……つかマサこそにんじんゴツすぎんだろ!」

ぎゃいぎゃい騒ぎながらコンロ付近でカレーを作る篠斗と将人。その後ろにある机では

「つぎはこれをまぜるの!」
「ん、分かりました」

沙也と央が穏やかにケーキを作っている。
ふとその姿に気付いた将人が

「ねー央くん、ちょっと交代してくんない?兄貴料理の知識なさすぎんだけど」
「おまっ…傷つく言い方すんなぁ」
「ダメっ!よぉくんはさやとケーキつくるのっ!」
「えー沙也ばっかズルいよー」
「いーのっ!まさにぃはしのにぃとカレー作るのっ!」
「ちぇー」
「ははっ、頑張れ将人」
「うぃーっす。ほら兄貴、ちゃんとして。次野菜炒めるよ」
「なんだよお前はよ…」


その様子を、安全管理のために居間から見ていた奈々。
自分のために料理をする、子ども3人と長男の恋人。まるで4人きょうだいのようなその様子に、ソファで ふふ、と笑っては

(幸せだわぁ)

ひとりご満悦だった。



09. ちょっとした秘密



必要なのは、少しの勇気だろう。

もうずっと考えていたことで、
もうずっと、叶えたいと願っていることだ。

言いたい。
だけど、言えない。

それはたぶん、フラれる怖さと似ている。

断られるかもしれない。
引かれて離れられるかもしれない。

こんなに一緒にいても、まだ不安なんだ。


(よう……央、)

会いたい
抱き締めたい
笑顔が見たい
守ってやりたい


幸せにしたい



できるだろうか
こんな俺が

あれだけ傷ついてきた央を、
幸せにできるだろうか
笑顔にできるだろうか


ねぇ、央

「………愛してるよ」


届けられるだろうか


10. だいすき。



「さっっっむー!」

学校から出た途端に吹いた風が冷たく突き刺さる。
クリスマスに篠斗からもらった濃緑のマフラーを揺らした。

「なにこれ…この時間でこんな寒いのかよ…」
「夜はヤバそうだねー」

あはは、とのんきに篠斗は笑う。
その首には、俺があげたチェックのマフラーが巻かれていた。

「これは寒いねー。手でもつなぐ?」
「何でだよバカ」
「ちぇー」
「…はは、お前その言い方将人そっくり」
「え、マジ?違うよ、あいつが俺に似てんのー」

俺は笑い、篠斗は口を尖らせながら校門を出る。
そのとき

「……あ」

ちらり、

「ん?」
「ほら」
「……あ、ホントだ」

雪が降ってきた。

「どうりで寒いわけだ…」
「今年初雪だねー」

俺はマフラーを巻き直し、篠斗は嬉しそうに笑う。
そして

「央」

こちらを見ると

「だいすき」

満面の笑顔で。



「……なんでここで」
「いや、今しかないかなって」



capriccio<http://noir.sub.jp/cpr/>
幸福 10題より

花氷

「央」

22時半。篠斗の部屋。
今日も、ここでお泊まり。

「ん?」

1月も2週目に入り、いよいよ篠斗の受験も近づく。
外は冷え冷えしているが、今は風呂上がりであたたかい。少し早いが、ぼんやりと眠気もやって来そうだ。

「…どした?」

部屋着になりベッドに座ると、トイレから帰ってきた篠斗が呼んだから応えたのに、相手は何も言ってこないから改めて見た。
俯いて、ただ、ドアの前に立っている。

告白された時を思い出した。

「……篠?」

改めて呼ぶと、篠斗はゆっくりと顔を上げる。特に変わった様子はないが、それでもどこか

(…?)

決意を固めたような
そんな表情で。

「…どうしたよ…」

心配になって声をかけるも、篠斗は少し微笑むだけで、そのまま隣に座ってきた。

部屋に、ふたり。
ベッドに座って、並んだ。


少しの沈黙。
それから

「…あのさ」

篠斗が、俯いたまま口を開く。

「うん?」
「俺がちゃんと、央と同じ大学に受かったらさ」
「うん」
「…お願い、聞いてほしいんだけど」

顔が上がり、こちらを向いた。目が合う。

「…お願い?」
「うん。ひとつだけ、どうしても」

口調も視線も強くない。
こんな篠斗は珍しい。よほど自信がないのだろうか。あれだけ勉強してきて、もう十分なほど正答率も高いのに。
何にしても

「…内容は?」

中身が、気になった。


篠斗は一度、きゅ、と唇を噛む。

それからゆっくり、
真っ直ぐ俺を見つめると

「高校卒業したら、…ふたりで一緒に住みたいんだ」

少し、震える声で言った。


声が震えたのは、自分でも分かった。
ドアに視線を移す。

「大学、ちょっと距離あるし。俺ずっと、央と一緒に暮らせたら楽しいだろうなと思ってて。ふたりで部屋借りてさ、家事分担したりさ、なんかこう…ね」

自信のなさから言葉が見つからなくて、ごまかすように央を見る。
央は目を見開いて

「……、よ、う…」

目に、涙をいっぱい溜めていた。



あぁ、なんだ

怖がることなかったのか



「ずーっと一緒にいられるの、いいなぁって」

ただ、それだけなんだけどね

そう言うと、央はやっとまばたきをした。目を伏せて涙がこぼれる。


綺麗
いつも思う

央の涙は綺麗だ


「どうでしょうか」

手を重ねた。涙は吸いとった。
真っ赤な目で俺を見上げて、央は

「…っ、」

こくん、と
頷いた。


央は、綺麗だ。
その美しさを、永遠に欲しいと思う。


だからごめんね。
俺は、本当はズルいんだ。

央を誰にも渡したくないから
俺はあれから友達と遊ばないし、央を混ぜてみんなで仲良くしようともしなかった。


ごめんね。
本当の幸せを、俺はあげることができない。



でも



「…央、愛してるよ」


世界で一番、
きみを愛してあげられる。

crying crybaby

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