ヤンキーな恋人

1カ月

半ば無理矢理恋人にされた相手は、学校でも有名な不良グループの一人。
明るい金髪にピアスを3つ、授業は進学出来るくらいにしか出ない。

付き合ってから1ヵ月くらい経った。

俺は今、その不良グループの彼以外の3人に囲まれている。

端から見たらいじめられているようだが

「おー、康介くんじゃん」
「あ、どうも…」
「いつも俊哉がお世話になってますー」
「いやこちらこそ…」
「固いって!もっとリラックス~」

彼―俊哉と付き合ってからは、この人たちに対する恐怖心もなくなってきた。

だからと言ってこのハイテンションすぎるノリにはなかなか素直に笑えないため、愛想笑いで切り抜ける。

俊哉、早く来ないかなぁとか思っていると

「ねぇ、康介くんさ、アイツともうヤった?」

3人のうちの一人が、嫌らしく笑いながら聞いてきた。

「え、いや…」
「ヤってない?!マジで?!」
「まぁ、はい…」
「うわ、アイツが?なに、淡泊ぶってんの?」
「トシが?!はははウケるー!」
「アイツね、前付き合ってた女とか即日ヤってたんだよ」
「あ、じゃあチューは?チューした?」
「…い、いや…」
「はぁっ?!マジでっ?!」
「てかそれ普通のカップルより遅くね?」
「もう1ヵ月くらい経ってるよね」
「まぁ…」
「えーなにあの野郎!」

一人がそう叫んだ、その時

「うるせぇよ」

輪の外から声がした瞬間、不良と不良の間から手が伸びてきて俺の腕を掴むと、一気に引っ張られた。

「帰るぞ」
「あ、うん」

そのまま手首を引っ張られる。後ろから

「じゃーねー!」

とか言う声も俊哉は無視するから、俺は引っ張られながら軽い会釈をした。


無言のままずんずん進む。俊哉の方が背が高いから、早歩きをされると少し小走りをしなくちゃならない。
そして、相変わらず手首は引っ張られたまま。

…なんか、怒ってる

「…俊哉?」
「…何であいつらと一緒にいんの」

進みながら言う。俺はそんなことを言う俊哉に少し驚いて

「いや、俊哉のこと待ってたら…」
「嫌じゃねぇのかよ。嫌がってたじゃねぇか、俺らみたいなヤツ。…でもお前、さっき笑ってた」

手首を掴む力が強くなる。

「…や、まぁ、もう大丈夫だから…」

俊哉のおかげで、と言おうとしたら、ぐっと引っ張られた。
と思ったら、路地の壁に背中を押し付けられる。

目の前に、俊哉の顔。

こんなに近くで見たことはなかった。薄くなった痣が見える。

顔の横に、俊哉の腕が付いた。

「…“大丈夫”じゃねぇだろ」

低い声で言われる。でも、顔はなんだか不安そうな、泣きそうな顔。

「…ざけんな」

少し、俯く。そして、真っ直ぐ見つめられた。

「…お前は俺だけ見てりゃいーんだよ」

ドクン、と心臓が鳴った。

自分でも分かるほど、顔が赤くなった。

初日

このクラスには、いわゆるそういう…不良みたいな奴はいない。

だから、学年でも学校でも有名な不良グループの一人がクラスに入って来た時、クラス中がざわついた。

俺はいわゆる普通の男子高校生で、部活も身長も見た目もいたって普通。
だからこそ、金髪でサボり魔でピアスが付いてて…みたいな奴とは関わらないようにしてきた。
正直苦手で、嫌な存在だった。

だから、その不良が真っ直ぐ俺の方に向かってきた時、本当に驚くしか出来ず

「…お前、野平康介だな」
「……え…あ、まぁ…」
「ちょっと顔貸せ」

ガンを飛ばしながらそう言われた後、そいつの後ろ姿を見送りながら

(…俺…殺されんのか?)

漠然とそう思った。

「…おい、お前なんかしたのかよ」

焦ったように聞く友人。俺は立ち上がって

「…俺が聞きたい」

半ば泣きそうになりながら答えた。



指定場所は屋上。立ち入り禁止のはずだけど…と思ってノブをひねると、鍵は開いている。

(さすが不良…)

ぐっ、と錆びたドアを押すと、そこにはさっきのヤツがいた。

フェンスに身体を預け、向こう側を見ている。
金髪が風にたなびいて揺れた。


なぜか、綺麗だと思った。


ふ、とこちらを見る。目が合った。近付いて来る。

俺としては、4、5人の不良に囲まれて、因縁をつけられて、ボコボコにされたりパシリにされたり嫌がらせされたり…みたいなことを想像していたから、ここまで静かな状況に拍子抜けしてしまったんだと思う。

恐怖心は無くなっていた。

「……としや」
「…え?」
「俺の名前。相模俊哉」
「あ、あぁ…さがみ、くん」
「俊哉」
「…え…?」

真っ直ぐ、見つめてきた。と思ったら

「俺と付き合え」

睨むように、脅すように言った。

「…………は、…え?」
「俺と付き合え」

同じ言葉を言われたからといって、理解出来るような内容じゃない。

俺に付き合え、ならまだ分かる。
場所や行動に付いて来いということだろう。

でも、俺“と”って…

「……告白、ですか?」

思わず聞いてしまった。すると彼は余計に睨んで

「他に何があるっつーんだよ」

ドスの効いた声で言う。

いや、こんなムードも恥じらいも無い告白ってありますか

なんてことも言えず

「…ですよね」

とりあえず頷く。

だからといって、そこが理解出来たところで、俺にはどうしたら良いのか分からない。こんなシチュエーション、俺の引き出しには皆無なわけで。
頭が真っ白になる。

黙ってしまった俺を見兼ねてなのか、彼は不意に視線を外して

「お前、付き合ってるヤツとかいんの?」

聞いてきた。

「え、いや…いない…です」
「好きなヤツは?」
「…いや…」

すると彼は

「じゃあ良いじゃねーか」

怪訝そうな顔で言った。


…あれ、そうなのか?
そうか…確かに断る理由は無いけど

…え?じゃあ、俺はこの人と付き合うのか?

なんてことを、ぐるぐる考えていたら

「付き合うよな?」

やっぱり、脅すように言われた。

もう拒否権無いじゃないですか、とか思いながら

「…は、はい…」

怯えて二回も頷いてしまう。
すると彼は満足そうに

「ん、よろしくな」

口元を緩めた。

初めて、笑った顔を見た。

2カ月

ただの暇潰しだと思ってた。

じゃなきゃ、こんな人が俺と付き合うなんて誰も思わない。


「…んだよ」

俊哉の部屋。
無意識に見てしまったらしく、金髪の間から悪い目付きを向けられる。

と、そこで違和感。

「…あれ?」

俊哉が座るところへすすっと近寄って、顔の横の金髪をどかして耳を出す。

ピアスが、無い。

「外したの?」

驚いて聞くと、俊哉は俺の手を軽く払って

「お前がしねぇからだろ」

ふいっと向こうを向いてしまう。

「え…?」

確かに、前 俊哉に「ピアス開けろ」と言われたことがあった。
でも「俺には似合わないから」と断って…

…でも、何でそれで俊哉が外す?


んー…と考えていると、俊哉が立った。
勉強机の引き出しから何かを出して、また戻ってくる。
隣に座るなり、右手を取られた。
そして

「……!」

薬指に、銀色の輪っか。
至ってシンプル。まるで、本物の結婚指輪のように。

「と…しや…?」

ひたすら驚く。
俊哉は自分の右手薬指にも同じものをはめると

「これなら嫌じゃねぇだろ」

俺をやさしく抱き寄せた。


ふわっと香る。
安心するのに、ドキドキする。

こんなに恐い見た目なのに
ぬくもりが、やさしい。


「…こーすけ」

喉の奥が震えてる。


名前を呼ばれるだけで、こんなにも苦しい

なぁ、ただの暇潰しなんだろう?

好きになるのが怖いよ

ひとつでも応えたら、もう後戻り出来ない気がして


「…離さねぇから。…ずっと」

抱きしめた腕が強くなる。
右手の薬指が、きゅっと締まった気がした。


…ダメだよ

永遠と暇潰しは、たぶん対極にあるんだから

“ずっと”、なんて言葉は…


「…好きだ」

離れると目が合う。

顔は熱いのに、ひどく泣きたくなって

そんな俺の顔に、俊哉は軽く笑った。


顎を掴まれる。

付き合って2ヵ月。
初めて俺は、俊哉のキスを受け入れた。



少し、前の話。


「…あれ、トシ?」

休日。

学校でも有名な不良グループの一人、佐田が街を歩いていると、服飾店街のアクセサリー屋の中で俊哉を見つけた。

声に振り向くと、あからさまに不機嫌そうな顔をして商品に戻る。

「うわなにその反応!おい無視すんなよー」

寄ってってもがっつり無視。
何にそんなに夢中になっているのかと見ると

「…指輪?」

意外なもので驚いた。
てっきり新しいピアスでも買うんだと思っていたから

「トシ、指輪なんかしたっけ」

聞くと

「してねぇから買うんだろ」

冷たい返事。
そーですねーと肩をすくめると、一つの指輪を俊哉が取って見た。

やけにシンプルな銀色。
別に俊哉が普段ゴツいアクセサリーを着けているわけではないが、女の子でも着けられそうなそのデザインに

「…もしかして、康介くんに?」

佐田はピンときた。
言った瞬間、ギロッと睨まれ

「名前で呼ぶんじゃねぇ」

殺気立って言われる。この人のケンカの強さは間近で見てきてるから、佐田は慌てて

「あ、あぁごめん。なんつったっけ?ノハラくん?」
「野平」
「あぁノヒラくん。そっかそっか」

ごまかして、そこらへんの指輪を取りながら、俊哉の顔を盗み見る。

見たことの無い穏やかな表情。
手に取った指輪越しに、恐らく彼を浮かべている。

「…本気なんだ」

佐田は微笑んだ。俊哉は睨むが、それも気にせず

「束縛なんてらしくないじゃん」

飄々と言った。

俊哉はその言葉に、唇を噛み締めて俯く。



付き合う、なんてめんどくさかった。
嫉妬とか束縛とか、うっとうしくてしょうがなかった。

だから、付き合いもせず愛しもせず、ただ快楽だけを求めて女遊び。
昨日と違う女、昨日と違う行為。

でも結局、何も楽しくなんかない。
満たされない、いつもつまらなかった。


だから縋りつく女も無慈悲に見捨てたし、
プレゼントされたものもその日に捨てた。


そんな俊哉が、初めて、人を心から好きになった。

離したくないと思った。
ずっとそばにいてほしいと思った。


でも、その日限りの“レンアイ”をしてきた俊哉は
もはや自分の誓う“永遠”すら信じられなくなっていた。


だから、こんなちっぽけなものでも、なんとか形にして残したい。
自分の永遠を信じるためにも、お揃いの指輪を買おうと思った。



「…拒否られたら両方お前が引き取れ」

呟くように言うと、指輪を2つ持ってレジへ向かう。

「弱気だなぁ~」

佐田はニヤついて笑った。

メガネ

「…なにそれ」

今日は、俊哉の家で勉強会。

来週に待ち構える試験に備え、ほぼ授業に出ない(出ても聞いてない)俊哉に俺が教えるのは、付き合ってから毎回のこと。

でも今日は、いつもとは少し違った。

「あぁ、最近視力落ちてきちゃって」

俺がケースからメガネを出すと俊哉はすぐ聞いてきて、俺は掛けながら答える。

最近買った新しいメガネ。
基本的には勉強中しか掛けないのは、慣れないからだけでなく

「…似合わねぇ」

そう、似合わないから。

「ぅぅ…やっぱり?これでもまだ似合う方の選んだんだけど」

どうしたってガリ勉みたくなってしまう。
フレームが太いと論外で似合わないし、細いと老けて見える。
分かってはいたけど、いざ好きな人にハッキリ言われたら結構ショックだ。

少しヘコんでいると、俊哉は突然俺の顔に手を伸ばし、スッとメガネを取った。
そのまま掛ける。

…え…

「全然変わんねぇじゃん」

辺りを見回しながら俊哉は言う。

「あ…うん、あんまその…度は強くないから…」

しどろもどろになる俺に俊哉は少し睨んで

「んだよ」

聞くから、俺は素直に

「すごい似合う。…カッコ良い」

少し照れて笑いながら答えた。

基本的にオシャレな人だから、たぶん何を着ても何を着けても似合うんだろうけど

でも、それにしてもカッコ良い。
持ち主の俺より断然似合ってる。

すると俊哉は

「……るせ」

顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

あれ…なんか初めての反応

この、学校でも他校でも有名な不良を、平々凡々な俺が、

…可愛い

なんて思ってしまった。
しかし俺の表情は分かりやすいのか、言わずとも空気は伝わるらしく

「…ムカつく」

毒づくと、メガネをしたまま顔を寄せ、顎を掴まれて唇を塞がれた。

深いキス。
たまにメガネが顔に当たる。

ようやく離れた時、俺の息は上がっていて

「…エロい顔」

ぷ、と笑われた。


メガネも笑顔も照れた顔も、俊哉にはレアだ

ということは、それを見れる俺は、かなりラッキー?


「今度ダテメガネ掛けてよ」

俊哉が掛けたままのメガネを外し、俺は笑う。

「うっせ」

軽く頭をはたかれた。

あまりに、

うかつだった。

「38度2分。休みなさい」

頭がぐわんぐわん鳴る状態で居間に行けば、母さんが驚いた顔をして体温計を渡し、計った結果、至って簡潔に端的に言われた。
確かに昨日傘を忘れて、雨に打たれながら駅まで歩いたけど

(こんな熱久々…)

日頃の疲れも出たのだろうか。とりあえず試験終わってて良かった、なんて思いながら

「あー…メールしとこ…」

想うは、俊哉だった。


遠くの方で、家の呼び鈴が聞こえた。

誰か来たらしい。
意識だけが浮上する。目は開かない。

昼にご飯食べて薬飲んで、あれから落ちるように眠っていたけれど。

(学校…終わったのかな)

昼に起きてケータイを見た時、俊哉からメールが入っていた。

“後で行く”

それだけのメール。

(…行くって…まさかうちに?知ってんのかな、俺ん家…)

俊哉の家には何度も行ったけど、自分の家に俊哉が来たことは一度もない。

(っていうか…俊哉来たら母さんびっくりすんじゃないかな)

見た目はあまりにヤンキーだし

そう思った途端、部屋のドアが開く音と、遠慮がちに閉まる音。
こちらに来る足音と共に

(……あ、俊哉だ)

香った。俊哉のにおいがした。
テコでも開かないと思った目が思わず開く。

手が、見えて。頬に触れた。

「…きもち」

頬が緩む。冷たい手に擦り寄る。
もう片方の手が、今度は額に触れた。そちらはゆっくり離れる。

左頬に添えられた右手は、しばらくそのままだった。


ガチャ、とドアが開く。手は離れる。

「これ、良かったらどうぞ。康介も平気だったら起きたら?」

至って普通の様子の母さん。さすが母親。

「あ、お構いなく」

俊哉の声。…だと思う。
俺はゆっくりベッドから身体を起こし水を飲む。

うん、だいぶ楽になった。

…いやそんなことじゃなくて


母さんが部屋を出て行って、それを見送ってた俊哉がこちらを向いた。

今日、初めてのご対面。

「…熱は」
「ん?あぁ、だいぶ下がったみたい。ありがと」

笑うと、目を逸らされた。


え…ショック


「お前のクラスの奴からこれだけもらってきた」

鞄の中から何枚かのプリント。

「あぁ…試験か…」
「その点数取っといて嫌な顔すんじゃねぇ」

嫌味か、とふてくされた顔。

「そうだ、今回どうだった?補習?」
「ねーよ。1つもねぇ。バカにすんな」

ふい、とそっぽを向く。

いつも…通り?

なんか違う。違和感。



…そうだよ、だって

「…お見舞い、わざわざ来てくれた?」

ぴく、と反応。固まってる。

「テストも、取りに行ってくれた?俺のクラスまで」

黙ったままの後頭部。

「…俺ん家、先生に聞いた、とか」

誰より先生のこと、嫌いなのに。


変だよ、いつもと違う

“お構いなく”とか、母さんが警戒しなかった理由とか

目を逸らしたり

最初に俺を気遣ったり

撫でてくれた手が、やけにやさしかったり



「…熱出すのも悪くないかも」

へへ、と笑うと、俊哉がこちらを見た。
手を伸ばすと布団を引き寄せて俺にかぶせ

「いいから寝てろ」

布団と俺をベッドに押し付けた。
片手なのに重い。さすが、ケンカ強いだけある。

「もう結構平気だよ?」
「うるせぇ」

でも寝た方が確かに、座っている俊哉とは顔が近い。

見てると、目が合う。
また、頬に手が伸びて

「てめぇが先に煽ったんだからな」

顔が近づいた。

「…うつる、よ」
「上等」

へ、と不敵に笑うと、唇が重なった。



やさしい、やさしく、甘い

壊れ物を扱うようなそのキスは、笑えるくらい


(そんなの、全然似合わないのに)

ヤンキーな恋人

ヤンキーな恋人

※BLご注意を

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-03-17

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 1カ月
  2. 初日
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  4. メガネ
  5. あまりに、