アイのカタチ

HR

告白

高校2年の、春。


クラス替えをして、ようやく慣れてきた4月末。

といっても、人見知りにとってはまだまだ不安な桜の時期。
1年の時の友達がいないと、教室移動の仲間もいない。


その点、まだ良いか


軽く息をついた。

下駄箱のある玄関に入る。
まだ、挨拶を交わすような友人はいない。


元来誰かと関わるのが苦手な彼は、積極的に人に寄っていくこともなく、またそのオーラや顔付きから人が寄ってくることもほとんどない。

近寄り難い綺麗な顔立ち、160そこそこの低身長、いつもどこか無愛想で、笑った顔は滅多に見せない。

ただ、極度の人見知りな上愛想笑いもせず、感情を表に出すのが苦手なだけなのだが。


下駄箱の蓋を開ける。
外靴を入れ、上履きを取ろうと上段に手を伸ばし

「…」

そこで気付いた。
何かが入っている。

取り出すと、真っ白い封筒。
開封面は何も書いておらず、シールも無くただきっちりと糊付けしてあり、ひっくり返すとそこには

“富永 依沙 様”

の文字。
どうやら人違いではないらしい。

そっとポケットにしまい、上履きを出す。

過去に2回ほど、同じようなことがあった。



教室に入ると、登校しているのはまだ5人程度。
出席番号順、中央2列の左側、一番後ろの席。

リュックを机の上に置き、イスに座った。

ポケットからさっきの手紙を出す。
もう一度宛名を確認して、裏返し見る。

シールで貼ってあるなら開けやすいが、こうもきっちり糊付けしてあると、なにか業務上の連絡なんじゃないかとも思う。
無理矢理破いて開けてもいいが、こういう類のものを簡単に粗末には出来ない。

想いが、形になったものだから。


しばらくそれとにらめっこしていると、横から

「なにしてんの?」

頭を小突かれた。

「……痛ぇよ」

そのまま自分の前の席に座る親友を睨む。

橘 雅司。1年の時からなにかとつるんでいる、唯一“仲が良い”と呼べる友人。
こいつと同じクラスになったことは本当に救いだった。

「手紙?…え、また?」
「わからん。ハサミ持ってる?」
「ハサミ?あーちょっと待ってあるかも」

鞄をごそごそと探す雅司。
その間も、ずっと宛名の文字を見ていた。

妙だ。
違和感を感じる。

「あ、あった。はい」

雅司からハサミを受け取り、中身を切らないよう端だけを切る。

「つーかモテるねーいっちゃん。噂ではあの後輩の佐々木さん、うちの学校に来たらしいよ」

頬杖をつき、半ば感心しながら言う。

「そう」

としかし、本人はまったく興味無し。雅司が口を尖らせると、ようやく中身が出て来た。
封筒を机に置き、その場で読む。

「あ、ここで読んじゃうんだ」

苦笑する雅司。
しばらく文面に視線を走らせる顔を見ていると、不意に固まった。
目を見開く。

「…どした?」

こんな反応は珍しい。雅司が聞くと、顔を上げて

「……男からだ」

依沙は怪訝そうに呟いた。




富永 依沙 様


突然の手紙ですいません。

富永くんにお話ししたいことがあります。

もし良ければ、今日の放課後、4時に中棟の屋上に来てください。
今日用事があるなら、明日も明後日も同じ時間に待ってます。



仲村博明




「…………え、仲村博明?…って、あの仲村博明?」
「…たぶんな」

放課後、3時。

教室で二人で読んで目立つのを避け、今は空き教室にいた。

手紙を読んで聞く雅司に、依沙は珍しく戸惑った様子で答える。

「なに、仲村くんと面識あったの?」
「無い」

としかし、依沙は即答した。雅司はまた驚く。

「……え?無いの?」
「だから分かんないんだろ、一体何の用事なのか」
「いや、絶対告白でしょ」
「…はぁ?」

バカか、と呆れる依沙に、雅司はいやいや、と手を振って

「だってほら、“待ってます”って」
「……別に待つぐらいするだろ」
「しないじゃーん特にしないじゃーん」
「俺の話じゃない」

依沙を指差し口を尖らせる雅司に溜め息をつく。
すると雅司は

「つか用事だったら屋上に呼び出さないっしょ」
「……」

その言葉に思わず黙ると、雅司は笑って

「いーじゃん行ってこいよ。後で報告してくれればいーし」

ひらひらと手を振る。その様子に依沙は睨んで

「ケンカの呼び出しだと困るからお前もついて来い」
「ぇえー?むしろヤだよそんなのー。てか依沙にケンカ売る奴なんていないって」
「どういう意味だよ」

睨む依沙。それを見て

「…まいっか。襲われても困るし」

雅司はぼそっと言った。

「何?」
「んーや、なんでも。じゃ、俺屋上の入口で待機するってのはどう?」
「……ん」

それなら良い、とばかりに頷く依沙。雅司は笑う。

着々と、4時に向けて時計は進んでいた。



この高校の屋上は、朝と昼休みと放課後に毎日開放されている。
晴れた日の昼休みは人気のスポットであるが、部活で使うことは禁止されているため放課後はあまり人がいない。

すなわち、放課後の屋上は必然的に告白のスポットになっていた。


雅司を扉の内側に残し、依沙は一人屋上に出る。

風が吹き抜け、反射的に目をつぶった。
それを開けた時

「あ…」

見るからにそわそわした様子の男子生徒が声を発した。

仲村博明。手紙を出した張本人。

「ありがとう。来てくれたんだ」

嬉しそうに笑う。人懐こい笑顔だ。

依沙が黙って見ていると、博明はドギマギした様子で

「あ、と…俺、仲村博明…です。えと、一応…初めまして」

赤い顔をして、ぺこ、と頭を下げた。

その余裕の無い様子に依沙は思わず拍子抜けする。
それからつられるように頭を下げ

「…富永依沙、です」

言葉少なに返した。
それにすら、博明は嬉しそうに笑う。

そして

「……っと…その…手紙、読んだと思うんだけど…」

真っ赤な顔。
緊張が目に見える。


声にならない時間の支配

部活の声が遠くで響く

この場所だけ切り離されたような静寂に支配されていて

世界が止まったかのようにすら感じさせる


それを打ち破ったのは


「…っ、…好きです!」


博明の勇気だった。


「……」
「俺、…富永くんが好きです」

真っ直ぐ見つめてくる瞳を、依沙はただ驚いて見るしか出来なくて

「今日は…それが、言いたくて」

俯く黒髪も

「…男から、とか、びっくりしたかもしんないけど」

強く握られた拳も

「俺…本気だから」

遠くの世界だった依沙は、その言葉で我に返った。

「…ほんき…」

初めて見せた依沙の反応に博明は少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで

「うん。本気」

自信たっぷりに言った。



屋上の扉は厚くて重い。
故に、大声で話さない限り校舎の中まで会話の内容なんて聞こえるはずもない。

しかし

(…げっ、やべっ!)

とりあえず依沙じゃないヤツがこちらに向かって来るのが曇りガラスのおかげで分かった。
雅司は慌てて埃っぽい物陰に隠れる。

扉が開いて、“ヤツ”が出てきて

(……)

その横顔を、見送った。



扉が、開く。

依沙は振り向き、一度目を見開いてからすぐに緊張をほぐす。
まるで雅司の存在を忘れていたかのようなその反応に

「ひどいなー」

雅司は思わず笑った。

「俺の言った通りだったんじゃないの?」

依沙の横を通り過ぎ、フェンスの前に立ち校庭を見る。
野球部とラグビー部が練習をしていて、雅司は だからか、と理解した。

質問に対する依沙の答えは無い。

「…ドア横で見たんだけどさ」

振り返る。こちらを見ていた。

「仲村くん、すっげぇ真っ赤だったよ」



ホッとしたような

それでも不安そうな

泣きそうな顔をした、耳まで真っ赤な優等生



「彼、本気みたいだね」

笑って言うと、その言葉にぴくっ、と反応する。
そして

「…本気ってなんだよ…」

どこまでも戸惑った様子で、依沙は呟いた。



仲村博明。

入学式で、入学試験の首席として新入生代表の辞を読んでいた優等生。
サッカーの腕前もなかなかのもので、部活でもかなり早い時期からレギュラー入りをしている。
身長もすらっと高く、万人受けするやさしい顔立ち、実際に性格も良く、どうしたって人気者になる。

他人にさほど興味を示さない依沙すら名前を知っている有名人。

「全然関わりないのにねぇ」

雅司が呟くように、依沙と博明には何の接点も無かった。

1年のクラスは隣だったが体育などは別だったし、委員会や係も一緒になったことはない。
部活だって依沙は音楽部で体育系の博明とはまるで掠らず、今のクラスも端と端で一番遠い。

なぜそんな人に告白されたのか。
それは依沙が一番分からないことだった。

「で、何て言ったの?」

帰り道、雅司は自転車を押しながら聞く。

「何も」
「…え、なにも?」

雅司は驚く。隣を歩く依沙は頷いて

「“付き合って”とか…言われなかったし」

軽く首を傾げた。

「…へぇ…さすが」
「は?」
「いや、なんでも」

雅司は肩をすくめる。

「じゃあどーするつもりなんだろねー」
「……さぁな」

少し間の空いた返事。
どうやら本当に戸惑っている。

「どーでもよくはない、と」

からかうように雅司が言うと

「…男から本気で告白されたらビビんだろ」

ため息のように息をついた。



翌日。

昼休み、トイレに行って帰ってきた依沙が廊下で見たのは、自分の教室の入口で、見るからにそわそわした様子で誰かを探す博明だった。

教室に帰る手前、無視するわけにもいかず

「…おい」

声をかけると

「あっ、ね!お昼一緒に食べよ!」

満面の笑顔で博明は言った。

「…」
「それとももう食べちゃった?」
「いや…」
「じゃあ食べよう!」

博明は半ば強引にたたみかけて言う。

その笑顔から感じるのは、余裕の無さ。
楽しそうと言うよりはむしろ、慣れないことを必死でやっているような感じ。

なぜそんなになる必要が?


「…いいけど」

依沙は小首を傾げ答えてから、博明の横をすり抜け教室に入る。

「えっ、あ、ありがと!」

ぅわぁーやったぁ…なんて呟きが聞こえて

(変なヤツ)

依沙は怪訝そうに席についた。



(ぅお、随分積極的だね)

委員会から帰ってきた雅司が見たのは、自分の席に博明が座って、依沙と共に昼食をとっている姿だった。

席に向かうと、まず依沙が気付く。
その視線で博明も気付いた。

「珍しい組み合わせじゃん」

雅司が笑って言うと、依沙は少し気まずそうな顔をし、博明は依沙に気付かれないように警戒心を表す。

(おーおー恐い恐い)

雅司は博明に

「どーも、橘雅司でーす。初めまして、だよね?」

とりあえず挨拶。
博明は

「そうだね、俺は知ってるけど」
「俺も知ってるよ」
「え?」
「いやいや、仲村クン有名人じゃん」
「…?何で?」

ぽかんとする博明。ボケてるようにも嫌味にも見えない。
これにはさすがの依沙も

「いや…俺も知ってたし」
「え?!マジで?!」
「つーか学年全員知ってんじゃない?依沙が知ってるくらいだから」
「そうなの?!」

ものすごい驚く博明。それを見て二人は

(…あれ?もしかしてこのコ…)
(こいつ意外と…)

『…天然?』

ハモった。

「…ち、ちげーだろっ!天然じゃない!」
「あぁ、普段から言われてるね、これは」
「言われてねーって!」
「へぇ、意外。もっと気取ったヤツだと思ってた」
「ちょっ依沙?!俺そんなんじゃないから!」
「そーだよいっちゃん、昨日の彼見たら気取ってもスカしてもないの分かるじゃん」
「昨日のって…お前やっぱり見てたな~!」
「あ、やべバレた。ごめん依沙」
「別にいーよ。仲村」

依沙は軽くため息をつき、真っ赤になる博明を呼ぶ。
ビクッ!と体中で大きな反応をして依沙を見ると

「昨日のは俺がコイツを呼んだから」

依沙は真っ直ぐ博明を見て言った。

「~~っ、は、はい…」

さらに赤くなる博明。
それを見て

(ホントに余裕なさそうだな)

依沙は呆れ、雅司は

「ヒロくん単純ー」

楽しそうに笑った。博明は驚いて

「“ヒロくん”?!」
「あれ?だってサッカー部に“ヒロ”って呼ばれてんじゃん」
「それは…そうだけど…あ、じゃあ依沙も呼んでくれる?」
「は?ヤだ」
「あはははっ!ちょっといっちゃん!もっとオブラートに包んであげて!すごいショック受けた顔してるから!」



学年で、実はある意味三人共に有名人。

その三人が楽しそうに昼食をとっているのは何とも不思議な光景だったが、これから先、これは当たり前のように続いていくことになる。


依沙にとっては、まだ少し、博明に違和感を感じたけれど


「俺、本気だから」


拒絶する理由なんか、一つも無かった。

アイのカタチ

アイのカタチ

※BLご注意を

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted