最後のバル〇ン

 ぶぅーん、ぶぅーんとハエがとびまわる。その家に週末運び込まれる生活の材料は、せいぜい買い物袋ひとつか一つ半くらい。しかしその日は違った。変わったものが運び込まれた。
 次女が早く早く、と叫び家の中を走り回る。次男もまたせかす。休みには確実に帰ってくる長男もそこにいて、その様子をみていた。狭い畳敷きの寝室に子供たちがいて、二人の両親はせかせかと自分らの寝室で何かの準備をしていた。それが終わるとすでに玄関でしたくをおえ、三人の子供たちの様子をにこやかにうかがっていた。
 そこで長男が呼びかける。
 「さあ、まあ皆、これで綺麗になったから、大掃除がおわって、あとは家の小さな害虫駆除だ、けれどその間、僕らはそとにいなくてはいけない、どこにいくんだったかな?」
 次女がさらにはしゃいだ様子でジャンプをした。次男は一瞬ふいをつかれたように口元で左親指をひきよせてくわえた。この子はまだ小さい。サスペンサーでつなげられた短パンが季節感をかもしだしていた。
 「プール!!」
 次女が嬉しそうにはしゃいだ。ハエがあと二周部屋の中を回り終える頃には、すでにもくもくと殺虫剤の煙がまきあがり、雲の上かはたまた火事かとみまごうほどに室内は煙でみたされていた。ハエは弱りながら、やがて隣の部屋へ移った。リビングには先ほどかえられたばかりの花瓶の中に目新しい色とりどりの花々がさいていた。そこでハエは思い出していた。
 「ああ、昨日まで、部屋は汚かったのになあ、大掃除といって気分転換に部屋を掃除し始めてから運のつき、あの間に外の世界ににげておけばよかった。あれから、日に2、3度は換気の、逃げ出すタイミングはあっただろうに、自分としたことが……」
 やがて弱り果てていくハエの脳裏によぎったのは、昨日までの薄汚れた台所と、放置されたひとつの空き缶。ああ、居心地のいい場所はおわった。そこで先ほどのはしゃいでいた子供たちの声が、天界からの迎えのように心地よく耳元にこだまする。ああ、昨日はあんなに、顔をまっかにして、お互いをひっかきまわって喧嘩をしていた、二人の子供、あれらが幸せなら、私はもはや、悔いはないだろう。
 そうしてハエは短い生涯を終えた。

最後のバル〇ン

最後のバル〇ン

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-03-16

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