すくらんぶる交差点(9)

九 大同団結

「どうする?」
「どうするって?」
「独立だって」
「ほっておいたらいいんだ。マスコミが俺たちをそそのかしているだけなんだから」
「でも、何かいいね」
「なんで?」
「自分たちの国だって。今まで、この街で生きてきたけど、国だなんて意識はしてなかったから」
「そりゃそうだ」
「日本人だってことも当り前だと思っていたよ」
「日本人という意識もなかったわ」。
「でも、こんな地方のT市でも、外国人、そうアメリカ人やイギリス人、フィリッピンやペルーの人なんか、街中で見かけるよ」
「話したことは?」
「ない」
「そりゃ、そうだ。同じ日本人だって、話すことなかったもの。ここの七人だって、昨日までは、知らない人だものね」
「交差点でもたついた七人だから」
「一匹も、追加していただけませんか」
 甲が呟く。コロもワンと鳴く。
「あっ、忘れていた」
「やっぱ、俺たち、ここに新たな国家を作ろう」
 うんこ座りをしていた、昭が急に立ち上がった。
「独立するの?」
 地べたに体育座りをしていた海子が、首だけ振り返った。残念ながら、昭の顔までは見えない。
「そうだ、独立だ」
 昭は自分を納得させるように頷いた。
「何、馬鹿なこと言ってるの」
「馬や鹿じゃない。俺たちは人間だ」
「屁理屈ね」
「俺たち、何も悪いことしていないじゃないか。反対に、交差点に立ち往生して、困っているんじゃないか。それなのに、警官やら役所の人やらが来て、俺たちを追い出そうとする。それなら、いっそのこと、独立しちゃえ。あのマスコミの人が言うとおりだ」
「どうやって?」
「こうやってだ」
 宏は、自分のTシャツを脱ぐと、棒に突き刺した。
「さあ、独立宣言だ」
「バッカみたい」
「みたいじゃない、馬鹿丸出しだ」
「丸出しは、上半身だ」「もういいよ」
「水は出ないの?」「水?」
「よくあるじゃん。地面に杖を突くと、水が溢れ出るって話」
「水じゃなく、温泉ならいいのに」
「道路の下は地下駐車場だ。出るのは、排気ガスくらいだ」
「そんなことより、棒だけじゃ弱いよ」「弱い?」
「国家だったら、囲まないと」「囲むの?」
「そう。みんあ、手をつないで輪を作るの」「手をつなぐの?」
「俺、トイレに行った後、手をあらってないけどいいかな」
「きったなあ」「手からだけなら感染しないよ」
「お遊戯みたいだねえ」「懐かしいよ」「くるくる回る?」
 七人は輪を作った。象の檻みたいだ。でも違うのは、中心を排除するのではなく、中心を守るためだ。
「ここから中が、あたしたちの国」
「でも、ずっと手をつないでいたんじゃ、トイレにもいけやしないよ」「あんたの話、トイレばっかりね」
「喰って、動いて、出して、寝る。人間の基本行動」
「それなら、こうすりゃいい」
 宏は、信号が青の間に、工事用のコーンを自分たちの周りに置いた。
「こりゃいい。手を離しても、トイレに行けるぞ」「もういいから」
「よし、これで、俺たちの領土が確立したぞ。行き場のない俺たちに国が出来たんだ。もう、警察から追い出されることはないんだ。俺たちの国なんだ。領土なんだ。今後の交渉相手は、警察じゃない。日本国家だ。首相でも、大統領でも、元首でも、議長でも、総理大臣でも、誰でも出てこい」「誰を呼びたいの?」
「いいぞ。いいぞ、宏」
「いいぞ、いいぞ、宏」
 海子と空子の女子学生コンビは賛成で一致した。
「何か、面白いことしたかったんだよ、あたしたち」
「そうよ、面白いんじゃない」
「かわいいかも」「かわいいよ」「かわいかないよ」
「何でも、かわいいか、かわいくないかで判断するのはどうかな」
「あんたの意見、かわいくない」
「そんなことより、みんなどうだい?」
 若気の至りか、若さゆえか、宏は交差点の真ん中に立つ。
「あたしゃあ、いいよ」
 正江は賛成の意を表した。
「どうせ、帰っても、ボロアパートが待っているだけ。ここに、いれば、つまらない奴だけど、まあ、話し相手はいるし、家でテレビに向かって話すのは飽きたし、病院も年寄りばかりだから」
「つまらない奴は言い過ぎ」
「どちらかと言えば、下水管に詰まったゴミのようなものね」
「座布団一枚」
「そりゃあ、言いすぎた」
「いいや、その通り。俺たち、この交差点の真ん中で、どん詰まりの状態なんだ」
「なるほど、うまく言う」
「だから、状況打開ね」
「批評家はいい。実行するだけだ」
「独立だな」
「おう、独立だ」
「新国家が生まれたぞ」
「新国家ねえ。うん、いい響きだ」
「やっほー」
「それなら、やっぱりこれがいるな」
 瀬戸内は腕時計をはずすと宏に渡す。携帯電話が普及すると時計なんかつける必要がなくなった。それでも、営業マンである瀬戸内は、相変わらず腕に時計をつけていた。有名ブランドのバッタ品だ。
「何で時計なの」
「時間を制する者が国を支配するんだ。もう、明石の子午線を気にしなくてもいい」
「何か、学校で習った気がする」
「たこやきのこと?」
「あんたは、黙ってろ」
 棒の先にTシャツ。その上に腕時計。国家ができあがった。
「国の名前は?」
「スクランブル交差点国」
「わかりやすいね」
「そのままじゃない」

すくらんぶる交差点(9)

すくらんぶる交差点(9)

交差点に取り残された人々が、取り残されたことを逆手に取って、独立運動を行う物語。九 大同団結

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-11

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