回転木馬


ある夏の晴れた昼下がり。
ある町はずれで、ネコは珍しいものをみつけました。
そのネコには名前はなく、気の向くままに旅をしてその日を暮らすのらねこでした。
あいにく長靴は履いていませんがね。
ネコがみつけた心躍るものとは、海岸沿いにいつのまにかやってきた移動遊園地のなかにある古びた回転木馬でした。
その上ではこどもたちが楽しそうにはしゃいでいます。
何せ古ぼけた代物でしたから、一周まわるのもゆっくりの速さで、こどもたちは楽に色とりどりのアイスクリームを味わうことができました。

ぼくも乗りたいなあ、あのカラフルな木馬に。

ネコは賑わうその乗りものを眺めてはため息をつきました。

あれに乗って、一日中、回り続けていられたら、どんなに楽しいことだろう。
眠る場所を探すことなく、飢える心配も忘れて、きっとユウウツなんて空の彼方に飛んでいくんじゃないかしらん・・。

ネコはきっとそのとき、長く続いてきた旅に少々うんざりしてしていたのかもしれません。あてのない旅というものを長くしたことのある人にとっては、よおくお分かりの事でしょう。ネコもまた旅を続けることにちょっとだけ疲れていたのです。

夜の闇が辺りを包んでしまってから、ネコはその日の宿におちつきました。
海沿いの朽ちかけたベンチの上です。
今晩は星たちも大空に輝き、意地悪な雨に降られなくてすんで、ネコはホッと胸をなでおろしました。

星に願いをかけたって、ぼくの望みは何一つかなえられなかったさ。

いよいよネコはユウウツの水かさが増しています。無数の星たちが笑うのをみても、今のネコのこころの眼からみると、悲しく見えてしまうのです。

ぼくはきみたちを信じていたけれど、そんなものはぼくの弱気にすぎないのかな。

とそのとき、ひとつの流れ星が夜空を駆け抜けていきました。

あ!どうかいつか回転木馬に乗れますように!

とっさにネコは祈っていました。
それでも、こころの雨雲はぬぐい去ることのできないまんま、大空の闇のなかにぽつんと放りこまれたまんま・・・。

次の日です。ネコは再び回転木馬のところにやってきました。
お日様は人々の笑顔とおんなじで明るく、なのにネコのこころはぼんやりとした曇り空。
その空にサッと暗雲がたちこめました。近くに休んでいる大人たちの話だと、この遊園地は今日でおしまいだというのです。
ネコはたまらない気持ちになって、思わず走り出しました。
そして、回転木馬の上めがけて必死のジャンプ・・・・!
けれど失敗し、ネコは係のおじさんから、すかさず追い払われました。
うなだれたネコは、とぼとぼと歩いていきますが、それでも回転木馬のそばから離れようとはしません。

なんだあ。変な猫だな、ありゃ。

人々もネコをみて、クスクスと笑いあっています。
ネコはますます悲しくなってきました。
自分ですすんで願いを遂げようとすると、とたんに邪魔されることはしばしばあることです。
このときのネコもそうでした。

人々はなぜ意地悪するんだろう。ぼくはただみんなと同じように回転木馬に乗りたかっただけなのに。

ネコは逃げ出したくなりました。早くこの町を出ようと思いました。
けれども、あきらめかけたその瞬間、大きな手がネコを拾い上げました。
邪険にされることに慣れていたネコは、また意地悪されると思い大きな声で助けて!と鳴きました。
しかし、その大きな手はまっすぐと回転木馬のほうへ歩き出しました。大きな手の横には、小さな手のかわいらしい娘さんも一緒です。
その親子は回転木馬の馬車の席に座り、膝のうえにネコも乗せて、女の子がネコに向かってにっこりと微笑むと、回転木馬はゆっくりと動き出したのです。

信じられないや・・・!

ネコはおろどきとともにうれしくて、胸の風船が今にもはちきれそうな気分です。

まわってる!まわってるぞ!ぼくもみんなと一緒にまわり続けてる!

楽しそうな笑い声のなかで、ネコもほんとうに幸せでした。
移り変わる風景にやさしい風の魔法。小さな手のぬくもりを感じて。
今まで白黒に見えていたものが、とたんに色鮮やかな風景へと変わり始めたのです。

ずっとまわって、このままずっと、ずっと・・・!

こころのなかに永遠にまわりつづけるすてきな回転木馬を、ネコははじめてみつけたのでした。

1993、7

回転木馬

回転木馬

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 児童向け
更新日
登録日
2019-03-15

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