デート・ア・ライブ 琴里グラティチュード
ふと、私が書きたくなって書いたお話です。グラティチュードは”感謝”という意味です。よろしくお願いします。
白と黒
肌寒い季節のとある休日。五河士道はキッチンでおかゆを作っていた。
士道自身の体調が悪くて――というわけでは無かった。
完成したおかゆに丁度いい塩梅の梅干を乗っけて、士道はお盆に載せて移動する。
階段を上がって向かった先は琴里の部屋だった。
「入るぞー」
ノックをしてからそう言って、士道は足を踏み入れる。
昼間であるにも関わらず、部屋の照明は落とされ薄いカーテンが掛けられている。そのせいか、薄暗い。
そして部屋の主は、ベッドの上で毛布にくるまっていた。そう、琴里は風邪を引いてここ数日寝込んでいたのだ。
「体調どうだ、琴里?」
「うん……少し良くなったかも」
「そっか、良かった」
士道はベッドのそばまで来た。そして、優しく琴里の頭を撫でながら尋ねる。
「おかゆ食べられるか?」
「うん。食べる」
いささか弱々しいものの笑みを見せる琴里。士道はおかゆの器を手に取り、スプーンですくってから琴里の口元に持っていく。
数十分かけておかゆを食べ切った琴里は、士道に笑みを見せると再び毛布にくるまる。
「他にしてほしいことは無いか?」
「ううん、大丈夫……ありがとう、おにーちゃん」
「何かあったら言うんだぞ」
そう言って士道は琴里の頭を優しく撫でてから部屋を出た。
リビングで洗い物などをしていると、背後に精霊の気配を感じた。士道が後ろを振り返ると、そこには六喰がいた。
何故か彼女は、今流行りの“童貞をダメにする”服を着ていた。そのおかげで目のやり場に困っている事を悟られないように、士道は尋ねた。
「どうしたんだ六喰」
「むん。主様の妹君が風邪を引いたらしいと二亜から聞いたのでな。お見舞いじゃ」
「ありがとうな。きっと琴里も喜ぶと思うぞ」
それにしても、と士道は続けた。
「どうして封解主〈ミカエル〉で来たんだ?」
「ただ、主様を驚かせたかっただけなのかもしれぬ」
「なんだそれ」
士道が笑うと、六喰もそれに釣られて笑った。
その時リビングの扉が開き、琴里が姿を現した。六喰がいるのを確認するやいなや、パジャマのポケットから黒いリボンを取り出して付け替える。
「あら、どうしたの六喰」
「風邪を引いたと聞いたのでな。そのお見舞いに来たのじゃ。お昼はむくたちと食べぬか?」
「ええ、是非ご馳走になるわ」
六喰の提案に笑顔で応えると、琴里は冷蔵庫から牛乳のパックを取り出して、中身をマグカップに注ぐ。そして、レンジに入れて温めを始める。
「それで何を作る予定なの?」
琴里の問いに六喰は胸を張って答える。
「そなたの大好きなハンバーグじゃ」
それを聞いた瞬間、物凄い勢いでリボンを付け替えた琴里は、
「やったーハンバーグ!」
その場でぴょんぴょん飛び跳ねたりして喜びを表す琴里。そして再びリボンを変えると、こほんと咳ばらいをしてから、
「……まあ楽しみにしてるわね」
琴里の頬は薄い赤みが差している。
ちょうどその時、レンジから温め完了の音が聞こえてきた。レンジの扉を開けてマグカップを手に取ると、琴里は居間のソファに座ってちびちびとホットミルクを飲み始める。
その様子に、六喰と士道は顔を見合わせて、微笑ましいとばかりに笑みを浮かべた。
「さて、ではお昼を作るとしようかの、主様?」
「ああ。俺たちの料理〈デート〉を始めよう」
士道のお決まりのセリフで、彼らの昼食づくりは始まったのであった――。
そうしておよそ一時間弱で料理が完成した。
士道、琴里、六喰の三人が食卓を囲んでいる。テーブルの上には、ご飯、味噌汁、野菜サラダ、そして六喰お手製のハンバーグが並んでいる。
「じゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
士道の号令で楽しいお昼がスタートした。
「すごいぞーおにーちゃん、このハンバーグ、うさぎの形してる!」
「それは六喰が作ったんだぞ」
「そうじゃ。だから、心して食すが良いぞ、妹君」
「はーい!」
そう言って琴里はびしっと手を掲げてみせる。
しばらく箸を進めていた三人。ふと、六喰が口を開いた。
「時に琴里、そなたはなぜリボンを変えるのじゃ?」
「ふえ?」
唐突な質問に、琴里は素っ頓狂な声を漏らす。そして士道と視線を交わす。
戸惑い、固まっていたのは、時間にして十数秒ほどだった。琴里はすぐに口を開く。
「……えーとね。簡単に言うと、ラタトスクにいる時とお家にいる時とで、性格を使い分けていると言えばいいのかな――ねえ、おにーちゃん?」
「ああ、そうだな」
琴里の真剣な声音とそれに対する士道の反応に、六喰は何かを感じらしいがそれ以上を詮索することはしなかった。
「そうじゃったのか。――ただ、何と言って良いか分からぬが、”今”の妹君は『特別』な感じがしたのでな」
六喰の何気ない一言に、琴里と士道は顔を見合わせた。そして、琴里が言葉を発する。
「――確かに、白の私は特別かもしれないね」
琴里の独白にも似た呟きに、六喰は「さようか」とだけ返答する。
それ以降、食卓には再び和気あいあいとした雰囲気が戻る。
他愛もない話題で盛り上がり、一時間ほどで昼食は終了した。
「それじゃあ、また来るのでな。妹君は体を大事にするのじゃぞ」
「うん、分かった。六喰、今日はありがとうね」
「礼には及ばぬ」
頬を緩めて六喰はそう答え、玄関をくぐった。
扉が、がちゃりと閉まる。
「さて、食器の片づけするか」
士道がリビングに戻ろうとしたその時、琴里がその動きを止めるかのように彼の袖をつまんだ。ぽつりと言葉を漏らす。
「……ねえ、おにーちゃん。どうして白の私って、こんなに弱いのかな。
――黒の時いつも思うんだ。もう片方の自分は弱すぎる。だから変わらないと、って。
だけど、いざ白いリボンを着けたら途端にその覚悟が薄れちゃうんだ。おにーちゃんに甘えたり、頼ったりで、自己嫌悪になったりなんていっぱいあったぞー。
どうすれば、おにーちゃんみたいに頼れる人になれるのかな……」
唐突な琴里の吐露に対して、士道は前を向いたまま黙って耳を傾けていた。
琴里に向き直ると、そっと頭を撫でて、微笑む。
「……琴里は偉いと思うぞ」
「……?」
今にも泣きだしそうな琴里の表情が、士道の瞳に映る。
そんな妹の様子を見て、もう一回、今度は少し力を込めて頭を撫でた。まるで、その心配を払拭するかのように。
「自分の弱い部分に向き合うのはとても辛い事なんだよ。しかも、それに気づいたとしても、なかなか人って変われない」
琴里は士道の話をただ黙って聞いている。しかし目じりには、すでに大粒の涙が溜まっていた。
「……でもな、だからと言って今の琴里が変わらなくて良いなんて、言うつもりは無いぞ。――おにーちゃんは、そうやって変わろうと努力する琴里の意志を尊重する」
未だ、琴里は一言も発することなく士道の話を聞いていた。しかし、頬には涙の伝った跡が見える。
「――それにさ。おにーちゃんは、甘えて、頼ってくれる元気な琴里が好きだ。それと同じくらい、ラタトスクの最前線で戦うかっこいい琴里も好きだ。
だから、琴里は何も心配しなくていい。おにーちゃんがお前を世界の誰よりも肯定してやるから」
その瞬間、堰を切ったように彼女の瞳から大粒の雫が零れ落ちる。その流れはどんどん勢いを増していく。
士道は、自分の胸元に顔を埋めるようにして泣きじゃくる琴里の頭をそっと撫でる。
しばらくして、琴里は顔をうずめたまま、小さい声で呟いた。
「――ありがとう」
「ああ」
兄妹にそれ以上の言葉は必要無かった。それは、彼らが血の繋がり以上に固い絆で結ばれているから。
それから、沢山泣いて疲れた琴里を士道が彼女の部屋までおんぶして連れて行った。
背中でぐっすり寝ている妹を、そっとベッドに横たえて毛布を掛ける。
「この分だと、明日には元気な琴里が見られそうだな……」
そう呟いて、士道はそっと扉を閉めた。
翌日。キッチンで朝食の支度をしている士道のもとに、琴里がやって来た。
今、彼女の髪は黒いリボンで結ばれている。それを見て、士道は一抹の寂しさを覚えつつも声を掛ける。
「すっかり元気そうだな」
「ええ。士道のおかげでだいぶ良くなったわ」
そして、士道の横に並ぶと、非常に小さい声で呟く。
「……ありがとうね」
そんな琴里を愛でるように、士道はそっと頭を撫でた。
その日の夜。琴里は部屋の外に出て星を眺めていた。
雲一つ無い夜空には、無数の星が見て取れるし、その中でもひときわ目立ったのはオリオン座であった。
琴里はこれを観察するのが冬の楽しみの一つでもあった。
時折吹く心地よい風が彼女の髪をそっと揺らす。
どれくらい眺めていただろうか。その時、琴里の肩に上着が掛けられた。琴里が振り返ると、そこには士道の姿があった。
「上着無いと、また風邪引くぞ。ここで、何してたんだ?」
「星を見てた。今日はオリオン座が綺麗だぞー」
「へえ。どれどれ」
士道が琴里の横に並ぶ。そうして、兄妹仲睦まじくしばしの鑑賞会を楽しんだ。
「――寒くなってきたし、そろそろ終わりにしようか、おにーちゃん」
「ああ、そうだな」
そう言って琴里は一足先に部屋に戻ろうと、サッシレールをまたぐ。
と、不意に士道の方へ振り返る琴里。
「ねえ、おにーちゃん」
「おう。なんだ?」
琴里はこれ以上無いという程の、とびっきりの笑顔を見せて言葉を発した。
「いつも、ありがとう――愛してるぞ、おにーちゃん」
その瞬間、月を遮っていた雲が無くなり、光が眩しく降り注ぐ。そして、彼女の笑みが美しく彩られる――。
仲睦まじい兄妹を見守る影が、空中にいた。
その人物は十代と思われ、青みのある銀髪が特徴的な少女である。
「ふふ。相変わらず二人は仲が良いんだね……私、ちょっと焼きもち焼いちゃうな」
その少女は頬を膨らませ、唇を尖らせてそう言った。だが、その表情は嫉妬というよりも、“慈愛”と呼ぶに相応しかったけど。
二人が家の中に入って行くのを見届けて、少女は、視線を空の方へ向けて、こう呟いた。
「私が迎えに行くときまで待っててね――シン」
少女は振り返ろうとしたが、かぶりを振ると、どこかへと消えていった。
~END~
デート・ア・ライブ 琴里グラティチュード
いかがでしたでしょうか。今回も琴里の魅力をお伝えすることができたでしょうか。もしそうでしたら嬉しい限りです。これからも、皆さんに楽しんでいただけるようなお話を書いていきたいと思います。また、別のお話でお会いしましょう。(この作品の公開時から一週間後には、デート20巻が発売されます。楽しみですね)