君の声は僕の声  第六章 7 ─闇の通路─

加賀谷樹里 作

君の声は僕の声  第六章 7 ─闇の通路─

闇の通路


『玲』がうろこをはめ終えると、ゴトリと何かが沈み込むような音がした。そのまま扉に手を当て押してみる。が、扉は動かない。呼鷹が杏樹を後ろにやり扉を横から押す。少しだけ動いた。瑛仁が一緒に押すと、扉は勢いをつけ大きな音をたてて地面に沈み込んだ。

 一斉に土埃が舞う。

 呼鷹と瑛仁が両手を広げ、少年たちを庇った。咳込みながら、土埃から目を守るように手をかざす。やがて煙が薄くなり視界がはっきりしてくると、ゆっくりと奥へ目を凝らした。 

 真っ暗。

 すかさず呼鷹が上着のポケットから小さな筒のような物を取り出し、筒の先の蓋を開けると更にポケットから直径二センチほどの、綺麗に削られた丸い石を取り出した。その石をそのまま筒の中に入れる。

「それは何?」

 聡が呼鷹の手の中の物を珍しそうに見つめた。

「これは懐中電灯といってね」そう言いながら蓋をきつく締めると灯りがついた。

 呼鷹はそれを暗闇に向けながら「君たちが炭鉱に入るときにも使っているだろう?」と中を照らしてのぞき込んだ。

「こんなに小さい物は見たことないな」

 透馬の言葉に少年たちがうなずくと、瑛仁がリュックサックを肩から降ろし、呼鷹の物と似たような懐中電灯をふたつ取り出した。そして、麻袋からさきほど呼鷹が懐中電灯に入れたものと同じ石を取り出した。

「この石で灯りがつくの?」
「君たちの炭鉱で掘られているのはこの石だったね」

 瑛仁が手のひらに乗せて少年たちに見せた。瑠璃色の中に金色の斑点が輝いて見える。少年たちはその瑠璃色の石をじっと見つめた。まるで手のひらに乗る小さな天空だ。

「色が違うよ。炭鉱の石はもっと透明に近い翠色だよ」

 流芳が石をつまんでまじまじと眺めた。

「もとは同じなんだ。炭鉱で掘られた石をどうするかは知らないが、圧縮するとこんな瑠璃色の石になるんだよ」

 呼鷹の応えに 麻柊が口をとがらせた。

「へえ……KMCで作ってんの?」 
「そういうことです」

 瑛仁が石を懐中電灯に入れながら頷くと、一本を秀蓮に渡した。

「さて、行くか」

 呼鷹が奥を照らしていた懐中電灯で、入り口付近の天井からゆっくりと壁、床を照らし、何もないか確認する。そして足もとに落ちていた拳大の石を拾うと、それを暗闇に向かって投げた。

 暗闇の奥からズシンと地響きがした。
 呼鷹が少年たちを振り返る。少年たちも無言で呼鷹を見つめ返した。
 呼鷹は向き直り、もう一度石を投げた。
 何も起こらない──
 呼鷹は慎重に入り口をまたいだ。そっと足を地面におろす。
 少年たちの真剣な眼差しが呼鷹に向けられた。誰かの喉が鳴る。呼鷹は数メートル進んでは石を投げ、振り返り、少年たちに向かって手招きをした。
 秀蓮が呼鷹の後ろから周りを照らす。左右、床、天井とも石で固められている。人ひとりが余裕で通れるくらいの通路が、灯りで照らされた先まで続いていた。
 呼鷹と秀蓮が先頭になって前方と左右を照らしながら歩くと、一番後ろから瑛仁が少年たちの足もとを照らした。

 真夏の太陽が降り注いでいた森から一歩踏み込んだ先は、ひんやりとした冷たい闇だった。

 固く敷き詰められた石畳に足音がやたらと響く。徐々に涼しいというより寒くなってきた。
 通路は緩やかに下に向かっている。
 ひたすら真っ直ぐ歩く。聡が振り返ると入り口の明かりはもう見えなかった。奥まで進むと通路は左手に折れた。左に進んですぐに、呼鷹と秀蓮は光をあてたまま立ち止まった。

 照らし出された石の壁。

「行き止まり……どういうことだ?」

 秀蓮が塞がれた壁に手をあて、眉をひそめた。

「他には通路も出入り口もなかったな」

 櫂の言葉に少年たちがうなずく。
 秀蓮と瑛仁が来た道を照らした。何も見当たらない……。

「この通路自体が偽物なんじゃないの? 本当の入り口は別にあるとか?」

 流芳が首をかしげた。

「偽物にしては入り口の扉はずいぶんと手の込んだ物だったよな」

 櫂が腕を組んで言う。

「うん。通路だって、こんなに長く作る必要はないだろう……」

 透馬が振り返って来た道を見つめると、

「痛っ」

 声を上げて麻柊が転んだ。

「大丈夫か?」

 透馬が麻柊に手を伸ばしたその時、何かが足の裏に当たった。
 それはゆっくりと沈み込んだ。

──やばい 

「危ない! さがれ!」
 
 危険を察知した透馬は、瞬時に振り返り、みんなを押しやった。転んで四つん這いになっていた麻柊は、透馬の声に振りかえるのが精いっぱいだった。

「大丈夫か! 麻柊!」

 みんなの視線が集まった先に、麻柊の姿はなかった。



「痛ってえ」

 麻柊が目を開けると、自分の身長より少し高いくらいの天井から、寄せあった顔がのぞき込んでいた。

 どうやら自分は穴に落ちたようだ。
 懐中電灯の灯りで、のぞいている顔がぼんやりと照らし出されている。

 ──みんなの様子がおかしい

 聡と流芳は口を両手で押さえている。流芳は泣きそうな顔をしていた。秀蓮と瑛仁は真剣な表情で見つめている。杏樹と櫂は今にも顔を背けたいけれど、でも目線をはずすことができないでいるように顔を少しだけ逸らして、横目に見つめている。透馬は青い顔をひきつらせていた。呼鷹は食い入るように自分を見つめていた……。

 いや、自分を見つめてはいない。
 
 呼鷹だけではない。みんなの視線は、自分からわずかばかりそれていた。それぞれ、自分よりやや右、やや上、やや左と微妙にずれた場所を見つめていた。

 体を起こそうとして麻柊は背中に痛みを感じた。穴に落ちた時に打ったのか。それに背中に何かが当たっている。麻柊は背中を浮かせて手を突っ込んだ。手で握れるほどの丈夫そうな棒が、背中と床の間に挟まれている。棒を背中から抜き取り、杖にして立ち上がろうと上半身を起こすと、みんなは一瞬体を引き、今度は麻柊の顔に視線が集まった。

「何だよ」

 みんなの反応に嫌な予感を感じた麻柊は、恐る恐る棒を握った自分の手にゆっくりと顔を向けた。

「!」

 麻柊の目玉がこぼれ落ちそうなほど見開かれた。

「は……は……」

 声も出ない。
 麻柊はひきつけを起こしたように短く息を吸い込んでいた。手に持った物を必死に放そうとするが、手が固まってしまっていて離れない。麻柊は握りしめたまま、幽霊にでも顔を押さえつけられたように動くことが出来ず、必死な形相でそれを見つめていた。

「麻柊、掴まれ!」

 何本かの腕が差しのべられた。だが、麻柊は立ち上がることができない。力が入らない。

 腰が抜けていた。

 差し出された手に必死に手を伸ばす。
 届かない。
 呼鷹が穴に飛び降りた。腰を抜かした麻柊を抱き上げ、差し出された誰かの手に麻柊の手を握らせた。
 数人が麻柊の手首を掴み、上から引っ張り上げ、呼鷹が下から持ち上げて、なんとか麻柊は穴から出ることができた。
 ほっとした麻柊が地べたに座り込みながら大きく息を吐くと、手に握られたものが目に入った。

「うわああああああぁ」

 麻柊の手から離れ、床にカラカラと頼りなく転がった。表情を失くしたみんなの視線が、転がった人間の骨を追った。

「呼鷹」

 瑛仁の声にはっとして、少年たちは穴の中に視線を戻す。呼鷹はかがみ込んで穴の奥に灯りを当てていた。瑛仁の当てた灯りが呼鷹の後ろ姿を照らす。

 呼鷹の周りには、おびただしい数の人骨が転がっていた。

「呼鷹」

 もういちど瑛仁が名前を呼ぶ。だが、呼鷹は返事もせずに穴の奥へと姿を消した。
 瑛仁は秀蓮と顔を見合わせると、ふたりは一緒に穴の中へ降りた。流芳と杏樹はうんざりした顔で目を細めた。よくこんな骨だらけの暗闇の穴に入れるものだと、言葉にしなくても顔が言っていた。

「おい、どうなんだ?」

 櫂が穴をのぞきながら秀蓮に声をかけた。

 返事がない。
 ふたりが手にした灯りも遠のいていく。
 櫂はそのまま穴の中に飛び降りた。聡は、真下に散らばった人骨をちらりと見ると、一瞬口もとを歪めたが、櫂のあとに続いた。流芳と杏樹はそのまま穴をのぞき込んでいる。透馬はため息をついて座り直した。麻柊は穴をのぞこうともせずに硬く口を結んだまま動かなかった。

 灯りがないと足もとがよく見えない。とりあえず懐中電灯を持つ三人のところへ行こうと、聡と櫂は手探りでそっと歩き出した。天井の高さは櫂の頭ぎりぎり。骨がそこらじゅうに転がっていて足もとが悪く、ぐらついた聡は、とっさに前を歩く櫂の肩につかまった。

 櫂の肩がびくっと大きく震える。

「ぷっ」

 思わず聡が吹いた。

 クスクス笑う聡に「お前なあ」と、声を低くして櫂が振り返った。闇の中に琥珀色の瞳が光る。睨まれた聡は口元を隠した。

君の声は僕の声  第六章 7 ─闇の通路─

君の声は僕の声  第六章 7 ─闇の通路─

真夏の太陽が降り注いでいた森から一歩踏み込んだ先は、ひんやりとした冷たい闇だった。 固く敷き詰められた石畳に足音がやたらと響く。徐々に涼しいというより寒くなってきた。 声を低くして櫂が振り返った。闇の中に琥珀色の瞳が光る。睨まれた聡は口元を隠した。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-03-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted