可愛いって言って
待合せ時間から三十秒毎に時計を見ている気がする。五分程度の遅刻で機嫌を悪くする様な性格でもないのだが、未だ知らない春菜さんの私服姿はどう云った種なのだかを想像していると、態度にこそ表さないが気が急いてしまう。彼女はスポーティな服装を好みそうな印象を勝手に抱いていた為、早く正解を知りたかった。
何度目になるのだか腕時計から面を持ち上げ周りの景色を確かめると、遠くから小花柄のワンピースの裾を靡かせて俺の方に駈けてくる娘が現れた。
「ごめんね! ごめんね秋山くん、何着てくか迷ってたら時間オーバーしちゃった」
息を切らせ乍らぺこぺこ下げられる春菜さんの頭。四葉のクローバーのヘアピンが飾られていたが、走るに夢中だった事が一目瞭然。
「髪、跳ねてる」
何の気も無しに跳ね癖がついている辺りに触れると、運動直後で赤らんでいた彼女の頬が更に紅を深くする。そんな表情を湛える直立不動の姿に触れていたら此方にも恥ずかしさが感染し、整えてやる指もそこそこで離して照れ隠しがてら眼鏡を正してつい顔を背けた。
「ね、変じゃない? 私の服」
すると賺さず、春菜さんは俺のシャツの腕辺りをつまんで自分の方へ注意を向けようとする。
「初デートだし、女の子! って感じの方がいいかなって、これにしたんだ。でも私、スカートあんまり穿かないから、なんだか、そわそわしちゃって。それでね、それでね」
「あ、ああ、そうだったのか」
彼女と話していると、時々こうして殆ど一方的に喋りかけてくれる。喜ばしい事だというに、口数の多い方ではない俺では対処しきれず、毎度此のような無愛想な相槌しか打てなくなってしまう。
然し、求められている俺の思いを隠す訳にもいくまい。春菜さんは心配気に眉尻を下げ、じいっと俺を見詰めていた。
「……可愛い、と、思う」
一つ二つの間を置き、せめて失礼の無いようにときちんと彼女に視線を移した。やはり強い照れに因って俺の表情筋は強張ってしまってはいたが。
返答を聞くや否や春菜さんは判り易くぱあっと輝かしい笑みを浮かべ、すっかり機嫌を良くしたようで、わーい、やったー、はっぴー! と、全身で大喜びを表現していた。
「じゃ、行こっか! はぁー、安心したらお腹すいちゃった!」
「ああ」
互いに異性を意識した経験など無い俺達の遣り取りや、手を繋ぐ迄のぎこちなさは、他所から見ると滑稽にしか映らないと思う。其れでも俺は今とても満たされているから、まわりの眼などどうでも良い。当初の予想より愛らしかった春菜さんの隣を歩める事が誇らしくさえあった。こんな時間が、こんな日々が、幾つも幾つも、重なってゆきますように。
可愛いって言って