赤い飛行機
赤い古ぼけた飛行機が二機、ごみごみした飛行場に着陸した。それがどこの国のものか、なぜ飛んできたか、そんなことは問題にならなかった。音速ジェットの居並ぶ中で、四基のプロペラと、大きな尾翼を持ったその赤い飛行機はなぜか安らぎをもっていた。地球人にとって、異性人との初コンタクトがこんな安らいだ中で行われるとは思っていなかっただろう。赤い飛行機から降りたった異性人の姿を見ると、なおさらだった。
彼らは人間となんら変わったところがなかった。地球の大気も呼吸可能のようだ。ヘルメットどころか、ほとんど生れたままの姿だった。その生物たちが何億光年も離れたところからやってきたとは信じられなかった。ただ、かろうじて、地球の人間と異なると思われるのは、彼らの発するほのかな匂いだった。人工でない花の香、それが彼らの汗の匂いかどうかはわからない。それと、よく見ないとわからないが、顔の目の上あたりにある、二本の長い半透明の毛であった。どんな役割をもっているのか地球の人間には判るわけはなかった。
地球人の間で、特に軍というか異常人間の集団で、この異星人の訪問が問題にならなかったのはなぜだろう、異星人の目の上の二本の毛がピクッと動いたためかもしれない。
地球の著名といわれている学者が飛行機の周りに集まった。生物学、天文学、物理学、数学、医学、化学、言語学、心理学、哲学、政治学、経済学。異星人はこのたくさんの出迎えに大喜びの様子で握手を求めて来た。握手 ?
物理学者はプロペラが光速よりはやく動く乗り物になぜ必要かと尋ねた。化学者はこの金属の成分を尋ね、言語学者は彼らがなぜ地球の言葉を話すことができるのかを尋ね、数学者はさも誇らしげに二進法、十進法を示し、医者は彼らの寿命と病気を、生物学者は体内エネルギーの変換方式を尋ねた。それらの質問に、にこやかな顔で答えたのはたった一人の異星人だった。
地球の学者たちは表現の仕様のない顔で、矢継ぎ早に質問をした。異性人はそれを静に手で押さえると笑窪を寄せた。
「子供たちはどこです」と辺りを見回した。
異星人は見物に来ていた子供たちに近づくと、手品をした。だが、地球の子供たちは目を大きくすることも、小さな笑窪を寄せることもしなかった。異星人は悲しげな顔をして、戻ってきた。地球の学者たちに尋ねた。
「子供たちを笑わすにはどうしたらよいでしょう」
心理学者が説明を始めた。だが、異星人はそれを手で止めた。
異星人はいろいろな施設を見て回った。彼らは生物学者に案内されて、鼠の飼育室を訪れた。彼らが飼育室の中に入ると、せわしげに動き回っていた何千という白鼠がぴたっと動きを止めた。鼠たちはケージの前面に集まって顔を突き出した。彼らは地球の人間には見せない柔らかい目つきで異星人を見た。
「これは、鼠という下等哺乳類です、実験にはもってこいの動物です」
生物学者が説明した。
異性人は言った。
「そうですか、この星では下等動物なのですか」
「あなたの星にもいますか、鼠は」
「います、もちろんいます、同じものみないます」
異星人はなぜかその鼠たちから顔をそむけた。
異星人たちが自分の星に戻る日がきた。何人かの学者たちが一緒に彼らの星に行くことになった。地球の文化人、科学者は様々な機械をたずさえて赤い飛行機に乗った。
異星人がタラップに立ち、最後の挨拶をした。
「どうもありがとう、地球のみなさん、あなた方は文明人です」
この言葉を聴いて、なぜか政治家が喜びの涙を流した。
ハッチがしまり、赤い飛行機はプロペラをまわして、宇宙の深い亀裂に向かって舞い上がった。その赤い飛行機の脇を地球の音速ジェット機が追い抜いていった。
飛行機の中の地球の学者は窓の外の星の瞬きを楽しんだ。みなが星の輝きに魅せられた瞬間、信じられないほど早く、赤い飛行機は異星人の星にやってきた。そこはあまりにも、昔の地球と似ていた。緑に輝く陸、青い澄み切った海。海の何十メイトルも深いところにいる赤い蟹が見え、川には魚があふれ、森の中では鳥や小動物が肩を並べて遊んでいた。太陽は眩しく輝いていた。
赤い飛行機はいつの間にやら格納庫に入っていた。地球の科学者たちは異星人の子供たちの歓迎の渦に巻き込まれた。子供たちの顔には笑みが絶えなかった。
生物学者の彼は異星人の研究室を案内してもらうことにした。
彼はそこでも歓迎の渦にあった。異星人の研究生たちはひそひそと地球人のことを噂しあっていた。
「文明人が着たそうだ、その星の人というのは我々より文明人だそうだ」
彼は悪い気持はしていなかった。
彼は異星人の生物研究者の研究振りを見てがっかりした。みな文献を一生懸命読んでいただけであった。たまに顕微鏡を覗いているものがいるだけである。
彼は一人に尋ねた。
「電子顕微鏡や成分分析装置は使わないのですか」
「ええ、使いますよ、審査室にあります」
彼はうなずいた。
「実験動物には何を使っているのですか」
異星人は聞こえなかったのか、返事をしなかった。
彼はくり返した。
「モルモットには何を用いるんですか」
異星の案内人は静かに言った。
「向こうの部屋で論文審査が行われる予定です。どうです、いらっしゃいませんか」
「はい」地球の生物学者は期待をもって頷いた。
論文審査の部屋というのはまるで、宇宙船の内部のようにメーター類や機械類がひしめき合っていた。その機械類はすべて自動に働く高度のもののようである。
部屋の真ん中には透明のカプセルがかぶせてある手術台のようなものがあり、上には無影照明灯やあらゆるコード類が吊り下がっていた。
「審査員が入ってきます」案内人が言った。
驚いたことにみな若い人ばかりだった。審査委員は地球人の彼に挨拶をした。
「どうぞ、審査に加わってください」
彼はちょっと驚いたが、うなずいた。
「論文提出者がやってきます」案内人が言った。
若い女の子だった。
「今日は、地球という星の文明人が見えています」
審査委員長らしい人が論文提出者に言った。
若い女の子は彼を認めると、近寄ってきて、「よろしくお願いします」と頭を下げた。彼もうなずいた。
彼女は審査員の一人一人に挨拶をして、自分の論文のコピーを配った。彼にも一部渡した。彼が見ると、地球の言葉と同じだった。
「はじめてください」審査委員長が手術台の上の透明のカプセルをはずした。
彼女は台の上に横たわった。この星の人達は着物をつける習慣はない。だから、裸のままである。彼女は自分で持ってきた注射器を自分の腕に差し、中に入っているものを投与した。それから、きっかり5分後、照明がつき、審査員は手に手にメスやピンセットを持ち、手術台に近寄った。審査委員は論文提出者の胸に、脳にメスやドリルをあてた。見る見る論文提出者は血に染まっていた。麻酔もなく脳は開けられ、下垂体、松果体は取り出され、頭の上に来ている管に吸い取られていった。血液も吸い取られていく。あらゆる部分が切り取られた。あっという間に彼女は骨だけになった。その骨も大きな破砕機に入れられ吸い取られていった。手術台の上にはなにもなくなった。
地球人の彼は何が行われたのかわからなかった。震えていた。
審査員たちはメスやドリルを手術台の上に置き、手を洗って、何かを待つようにたたずんだ。機械の音がかすかに聞こえる。ほんの十分もたったころだろう。青いランプがともりはじめ、前面にある大きな画面に、データの数値が映し出され、グラフになり、結論が書かれた。
「仮説と実験結果は一致した」とあった。
そのあと、審査員はデータを再検証し、審査委員長が言った。
「博士論文の正しさが証明されました。したがって、彼女にドクターの称号をあたえます、地球の先生、それでよろしいですか」
彼は、ぼーっとしたまま、うなずいた。
「論文を書いた人は死んでしまったのですね」小さな声で彼は案内人に向かって呟いた」
案内人は答えた。
「わたしたちのモルモットは私たちです。私たちの星では我々が一番の文明の発達した生きものです。だから、下等動物の生活を向上させるために研究を完成させ、実証するのです。それが我々研究者の義務です。自分の論文の正しさを、自分を提供して実験証明してもらうのです。鼠をモルモットになどとんでもないことです。ともかく、あなたたちは、私たちより文明人だ、だから」
地球の生物学者は手術台に押さえつけられた。
地球人は目を丸くしてもがいた。
「何でこんなもの付けているのだろう」
その星の審査員たちが、着ているものを剥ぎ、生物学者をすっぱだかにした。
「我々の知りたいことがあるので、あなたにモルモットになっていただきます。文明の発達した生物学者の義務です」
「この星は何という星なんだ」
彼はこの星の名前を誰も知らないことに今頃気がついた。。
異星人の審査委員長は「地球の裏」と言って、地球人の目玉をとりだした。
赤い飛行機