ある物語

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ここで生きる意味とはなんなのだろうか。私は、ここで生きていていいのだろうか。

…あの日からずっと、私は考えている。あの日、この痛みを負った3年前のあの日から私はずっと、私は考え続けていた。
世界線が変わってしまったのがしっかりとわかった。この子のいない世界線でも、愛そうと思った。…その時は。

あれから色々なことがあった。大きな意味で、やっぱりあの子はもうこの世界にはいない。あの頃の私も、もうこの世界のどこを探してもいない。
…今、あの子と共に生きていけるとしても、私はその道を選ばない。

信じていたものに徐々に裏切られていく感覚。何も確かなものなどない。…わかっていたじゃないか。当たり前だ。生きている人間を信じきろうとする方が馬鹿だ。

でも、それでもだ。私は正しく生きていくことしか、きっと出来ない。
最近は生きていたくない、何もしたくない。でも死ぬこともできない。自殺を実行するまで理性がふっとんでいたらいっそ楽なのに、と何度も思う。
でも死なない。死ねない。理由は沢山ある。

まず母を残して死なない。先に死ぬなど、最悪の親不孝だ。それだけはしたくない。
そして、恋人も置いていきたくはない。これは自分で宣言した手前もある。私が死んだら、それこそ取り返しのつかない心の傷をつけるのが目に見えているからだ。…まあ、思い上がりかもしれないし、時間はかかるだろうが、それでもあの子は生きていけるかもしれないが。

…人が死んでも、周りの人間の生活に影響を与えないのなら。少し影響を与えたとしても、それを乗り越えて変わっていける強さが人間にあるのなら、もういっそ、そっと殺してくれと何度も思った。

…でもだめだ。1番の死ねない理由を考えたら、やっぱりどうしても自分から死ぬことや、自分の体を痛めつけることはできなかった。

死んだ後に、待ってくれている大切な人のことを考えたら、やっぱり何度考えても死ぬことはできなかった。
自ら死に向かって、会えなくなるのは一番いやだ。

私が死なない1番の理由はこれだ。魂を汚すような死に方をすれば、自分のもといた場所に帰れなくなるからだ。
魂を汚すような死に方をしないためには、生き方だって大事だ。大切な人を大切にして、自分のできることをして、守りたいものを守って生きていくこと。
…そうして私はずっと、生きてきたのかもしれない。

私がこれまで死なずに生きてこれたのは、本当に沢山の人によって助けられたからだ。それは何度も考えたことだ。

小さなころから。生まれる前から。そして最近も、今も。
死が近づく度に、かわるがわるさまざまな命が、私の命を助けてくれた。
最近は特に、私の命を守ってくれている力があることを、はっとするほど感じることがある。
…きっと、きっと。そのことに心の底から感謝できる時が、来るのだろう。
…来るといいな。


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本当は、本当は。
美しく死んでしまいたかった。

誰かを守って、汚れのないままで。生きるために心を汚すくらいなら、美しいままで、誰かの命の引き換えという大義名分のもとで死んでしまいたかった。

でも、やはりそれはできなかった。母が生きている間は、生きていようと思った。

…私が生まれる前に、私と母の命を救い、散った命がある。
もともと私の命は、別の命が、自分の命と引き換えに守ってくれたものなのだ。だから無下に死ぬわけにはいかなかった。
そして、母が亡くなるまでを見届けるのは、命を貰った私に与えられた使命でもあると思った。
…だから、それまでは生きていなくては。

…誰かを守って命を散らせたならどんなにいいか。
でも今は、もうそれができなくなってしまった。置いていけない命がたくさんある。

…生きていかなくては。


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…だが、私には大切なものがたくさんある。
一番大切な人が大好きだ。恋人のことも深く好きだし、愛している。
…これ以上に幸せなことがあるだろうか。
これでいいじゃないか。充分だ。

痛む身体と、疲れ果てた心でも、私はまだ、柔らかく笑うことができた。


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ごめんね。
私はもう、歪んでしまったみたいだ。
私にとって、私の周りの人たちは、それはもう大切だった。
歪んでしまった今の私では、おそらく今まで通りに大切にすることはできない。

…このままでは、周りまで汚してしまう。歪ませてしまう。
それは嫌だ。それだけは、絶対に嫌だ。

せめて、私なんかいなかったということになるならよかったけど、それもできないみたいだ。

生きていくしかない。だけど、歪んだ私にはもう人を救うことなどできない。守ることなどできない。
壊してしまう。このままでは。

それならせめて。

今、時間を止めよう。

汚してしまう前に。苦しめてしまう前に。

あなたは、生きていてくれた。
もう、あの時のお返しは十分すぎるほどもらってしまった。

助けてくれて、思ってくれて、ありがとう。
ずーっと私はひとりよがりかもしれないけれど、今はもう、これで精一杯なんだ。

ごめんね。
また、また。いつかまた会えるなら。

あなたには生きててほしいけど、それは伝えられない。
生きていくことの辛さをしってしまったから。
最後のお別れも言えない、言わない。
死の責任を、あなたに負わせてしまうから。

だったら、時を止めてしまったほうがいいのかもしれない。

誰も傷つけたくなんてない。
本当に。そんなことするくらいなら死んだほうがマシだ。
でも、死んでも誰かが傷ついてしまう。

どうすればいい。
記憶からなくなるのが一番いい?

…あなただけは。

私がいなくなったとしても、あなたは幸せであれるように。

どうしたらいい。
考えろ。考えて、動け。
じゃないと守れない。

…あの時は、別の人を守るために使った力だった。
でも、この力を使うことが、そもそも正解だったのか?

…この結末になったのは。
何故。
私の欠点はどこだ。
…そこを掴まないと、戦わないと、何も守れない。
…守りたい。守れるなら、守りたい。
そうだ、私がしたかったことだ。

どうしたら守れる。

生きて、幸せにできる。

自分を回復させなければ、周りの人も助けられない。
そうだ。



…例えあの子と一緒ではなくても、あの子が生きている世界で生きていたい。

そうだ。今、私が何か望むとすれば、もうそれだけだ。

何の理由もない、私だけの願いだ。


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一つだけ、そうだね、君を救うのは。
呪いはやがて解ける、そういうことだ。

君が一生懸命かけたあの呪い。
君は特に強力な力を持っているけれど、それでも、いつか必ず解けてしまうものなんだよ。

それが、君を救う。


だって君は本当は、呪いたくなんてなかったでしょう?
誰のことも。

例え深く深く傷つけられた相手だとしても、生きている誰かを呪うこと自体、君に深い痛みが生まれる。

呪いは解ける。解けちゃうよ。
君はそんなことしないけど、たとえ君が呪いを維持しようとしたとしてもね。

…だから、大丈夫。
呪いが解けることで、君の痛みも溶けていくから。

大丈夫だよ。


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ある物語

ある物語

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-03-06

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