月の器

あおい はる 作

 音楽が聴こえて、知らない町の喫茶店で、耳馴染みのないはずなのに、どこか懐かしいような気がして、コーヒーの表面にできたミルクの渦を見つめながら、二十三時の湖で、きみが、月に行ったときのことを思い出していた。
 やさしさを食べて、生きていた、ぼくたちの祖先は、いつからか、にんげんというものに憧れるようになり、そして、にんげんに極めて近しい存在に、進化した。赤い血が流れている。二本足で歩く。感情を持つ。やさしさを食べないで、パンや、野菜や、肉なんかを食べるようになり、コーヒーも飲むようになる。
 きみは、でも、やさしさを食べて生きていた、にんげんではなかった頃のご先祖様のことが、とても好きだった。崇拝していて、愛していた。にんげん、という生きものに、きみが、あきあきしているのだろうと感じたのは、深夜、道路の、センターラインの上に寝転がり、いつ轢かれてもいい、という表情を、していたからだ。にんげんたちの生活を見て、疎ましそうに顔を、歪めていたからだ。ぼくは、きみが、にんげんをやめるのならば、それもいいだろうと思っていた。きみ個人の問題であり、きみの自由であり、その道もきみの人生だと、斜め上から見守るひとみたいに、なっていた。結果としては、きみが、月へ行ったので、うんと高いところから見下ろされる立場に、逆転したわけだが。
 注文していたプリン・ア・ラ・モードが、ぼくの目の前に運ばれてきた。
 艶めくサクランボが愛しい。生クリームがうっとりするくらいにそえられ、彩り豊かなフルーツに目が眩む。
(にんげんを、やめてしまったら)
 月に行ってしまったらこんな美味しいもの、二度と食べられないではないかと、ぼくは思う。月にプリン・ア・ラ・モードがあるのか。ナポリタンは。カレーライスに、カップラーメンは。ぼくは思う。やさしさだけを食べていた、やさしさだけしか食べられなかった、ぼくたちのご先祖様たちは、かわいそうだと。
 やさしさだけを食べていた彼らのからだのなかは、とてもきれいなのだと、きみが教えてくれた。
 例えるなら、真新しいシーツ。
 例えるなら、誰も足を踏み入れていない新雪。
 例えるなら、なにも知らない子ども。
 二十三時の湖には、きみ以外にも月に行きたいひとたちがたくさん集まっていて、そのなかにひとり、気になる少年がいた。
 少年は、恐竜が好きなのだと言った。ぼくは、男の子はだいたい、恐竜が好きだよな、と思った。けれど、少年の、恐竜に対する好きは、そういう好きではないらしかった。やっかいで、めんどうで、ごちゃごちゃしているのだと、少年は云った。家族を壊したので、その罪を償うために、月に行くのです。少年はそのように続けながら、大事そうに抱きかかえていた恐竜のぬいぐるみのあたまを、撫でた。ぼくは、恐竜について詳しくないので、その恐竜がなんという名前なのかは、まるでわからなかった。少年は、さびしそうに、でも、少しばかり晴れやかな表情を、していた。
「月でなら、ぼくが、ぼくでいられるような気がするんだ」
 月に行くことを教えてくれた日の夜に、きみがベッドのなかでそう言った。
 もしかしたら恐竜のことを、ややこしい意味で好きな少年も、そう思っているのかもしれない。
 プリン・ア・ラ・モードの生クリームを、銀色のスプーンですくいながら、そんなことを考えていた。

月の器

月の器

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-03-05

CC BY-NC-ND
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