界隈
界隈:本来は地域や周辺を表す言葉。Twitterでは言語、性格、興味、境遇などが共通する者達がフォローしあう傾向にあり、自然と形成されるグループを、その象徴となる名称を取って○○界隈と呼ぶ。
垢消し:アカウントの持ち主が自らの意志で消す事。過去のつぶやきがすべて消え、フォロワーからも参照できなくなる。30日以内にログインすれば復旧が可能。
朴訥とした語り口が印象的だった。
甘いお酒を連想するアカウント名だった。
アイコンは白地に黒線でササッと描いた、シンプルな、案山子のような人型の絵。
bioには「しんどい。」と一言だけ。
美大生。
課題で描いた絵を時々アップロードしていた。
フォロワーは100人ほど。
1日多くて5ツイート。
無気力、虚無、生き辛さ、寂しさ。
日常の愚痴、自分を卑下する、後ろ向きな内容ばかり。
いいねはいつも2桁付いていた。
飾り気のないつぶやきに共感する人は多かった。
そういう人達の集まる界隈だった。
暗い感情を小出しにしても、嫌がられず、見捨てられず。
どこまでも受け止めてくれる安心感が、この界隈にはあった。
Twitterを辞めたいと、日頃からつぶやいていた。
垢消しは頻繁だったが、数日すれば戻ってきていた。
離れがたい界隈。
その日の垢消しも、一見、いつもの垢消しだった。
直前のツイートもいつもと変わらず、垢消しのタイミングにも特に違和感はなかった。
またいつものように、放っておけば数日でひょっこり戻ってくるかのような雰囲気だった。
でも、その日は何かが違っていた。
Twitterというのは、システムを超えて時々奇妙なチャンネルが繋がる時がある。
この時もなぜだか、なんとも言えない焦燥感に駆られた。
彼女がゲームの実況配信していたYoutubeチャンネルを開く。
動画はすべて消えていた。
プロフィールには一言
「ばいばい。」とだけ書かれていた。
今度こそ本当に辞める事ができたのだ。
ずっと望んでいた事だった。
ようやく彼女は抜ける事ができた。
病み垢や陰キャ達の集まる、暗く哀しみに満ちた、優しくて居心地のよい界隈から。
卒業おめでとう。
良かったね。
口をついて出たのは、祝福の言葉だった。
もう、迷い込んで来るんじゃないよ。
エアコンのコンセントを抜いた真冬のアパートの一室。
毛布にくるまり、震えながら、スマホを片手に、鼻水ばかりをすすっていた。
界隈