とりかご

とりかご

 手持無沙汰な時間をなんとなくかわすために、鳥のアイコンに右手親指で触れた。
(あ、ゑびすさんだ…)
プールの中から空を見上げた時のような、もどかしくぼやけた青と黄色の混じったアイコンが私のタイムラインに表示されている。平日の昼にもならない時間につぶやきを更新しているその「ゑびすさん」という人物は、別段有名人なわけでも、カリスマ的存在でSNSに多くのフォロワーを獲得しているわけでもない。その人は、おかれた環境や自身に大層悲観的で、現実世界では友達を作ることも生きがいや趣味を見つけることもできずただただ内側にドロドロした感情だけため込み、ナニモノにも成れないでいる人間だ。私はそのゑびすさんのことを下手な友人のことより「知っている」。あったことも話したこともない人間なのに、だ。まあ、いつも昼夜に関係なく鳥かごの中に居るので、「普通」の人間生活を送っていないことは確かなのだ。
《また、置いてけぼりをくらった。》
朝8時、普通ならば職場や学校など、自分が社会のなかで生きていくための居場所に行く時間だ。
《わたしは、幼いころもっともなりたくなかった大人になっている。それが悲しく、申し訳なく…何より、自身を到底諦めきれなくて恥ずかしい。》
《そんなことをSNSに書くひまがあるならば変わるための行動をすればいいのに。》
私はゆっくりと画面を下にスクロールする。
《人と関わることが怖い。相手が何の気なしに言った言葉で勝手に、簡単に、傷付いて、人を嫌いになっていく。なんて自分勝手で我儘なんだろう。》
《そんなわかったふうなことを言ってはみたものの、わたしはこれっぽちもわかってないんだろうなと思う。たちが悪い。自分だけが世界の真理に気が付いている気になっている。みんなわかってないのだと、本当は思っている。》
《手を差し伸べられても、偽善だなんだと言って振り払ってきたのはわたしなのに、その手が向けられなくなった途端寂しくて哀しくて死んでしまいたくなる。》
《普通ってなんだろう。普通になることが一番難しい。無駄だと思うこと、些細なことの繰り返しや積み重ねが普通を作っているんだろうな。》
《何も積み重ねてこなかったくせに、普通になりたいだなんて…おこがましい。》
《わたしは社会のゴミです》
画面の上の方で、くるくると灰色の点がまわる。何度か画面を更新するものの、ここが最新のようであった。朝8時54分。今からちょうど15分前だ。私はゑびすさんのホームにいき、一連のつぶやきに「いいね」を押した。ハートマークが赤くはじけ、「1」と数字がつく。
 カーテンの隙間からこぼれる太陽の光が画面に反射している。視線を動かすと、もう3か月以上触れていない職場の制服と目が合った。
(《わたしは社会のゴミです》)
ゑびすさんの言葉を頭の中でつぶやき、私はベッドの中で寝返りをうった。

とりかご

とりかご

SNSでいつも見ているあの人は、私にとって現実の顔見知りよりも近しい存在に感じれるのであった。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-03-04

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