リリイ
私だけが手袋越しに握る鍵束。
高踏。奥ゆかしく、秘めごと。
幾重もの鉄扉をくぐり抜けて。
ミラーボックス仕立てのお部屋。
アンティークな調度品。
ワイン・レッドの寝具。
枕元には、開いたままのアンデルセン。
ねえ、リリイ。
優しく呼び掛ける。返事は、無い。
外套を脱ぎ、帽子を取って、眠り姫の爪先に接吻。
ありきたりな愛の言葉を囁く。返事は、やはり無い。
隣に腰掛け、私は独りでからから饒舌。
リリイは応えぬ。けれど私にはリリイが解る。
横目を流せば、鏡に映る私と視線が重なる。
それからすぐに、目線を黒のフリルへ戻す。
横たわるおよそ155cmは私の恋人。
少女趣味を纏ったドールは私の恋人。
滑らかな肌は、息をしていない。
この慕情を棄てる理由とするには、甚だ不十分。
無口でつれない美しい娘と、権威を脱いだ男の、自作自演の恋物語。
書物なら、かなりの数を手にした。
知識なら、かなりの数が頭にある。
自信なら、それ以上の数を私は揃えている。
だが、
どのような論理を振り翳しても
どのような詩歌を手折ろうとも
リリイの心は、私の心を抱かない。
“高台から指針を投げるだけなら、さぞ負担も軽かろう”
高台に上った経験のない、虫螻の、幻想。
歴然たる分の差こそあれ、つくりは同じだというに。
分らず屋共の、羨望からなる妬み、つらみ。
それらに舌をつけたなら、中々に良い味がするもの。
然し、私は恐らく、舌が肥えているほうであるから、
時として、それらの廉価な味付けが、頭痛を招く事がある。
苛まれた心身を慰めるには、甘い粉薬と。
リリイの透き通った硝子の瞳が、
私の右眼と同じ色の綺麗な瞳が、必要。
ねえ、リリイ。
ねえ、私の、美しい君。
どうして貴女は、声音を内緒にしたままなのですか。
きっと、リリイの唇が詩を転がしたなら、
私は安らかに、貴女の隣で昏昏、時を忘れて夢に溺れられるでしょうに。
良いでしょう、貴女が恥じらうのなら、
私が貴女の為のセレナーデを口吟みましょう。
ねえ、リリイ。
瞬きさえ忘れて私を視てくれているということは、
貴女も私に夢中なのでしょう?
貴女も私に依存しているでしょう?
貴女も私に色慾を燃やしているのでしょう?
ねえ、リリイ
首を縦か横に振るくらいしては如何ですか
ねえ、リリイ
返事をなさい
刎頸に遭いたいのか
リリイ