理科室の恋人

理科室の恋人

 誰だって皆、恋仲の邪魔をされたくはないだろう。誰だって、好きな人の事を悪く言われたなら腹が立ったり悲しくなったりするだろう。僕も決して、例外ではない。僕だって所謂〝年頃の男子〟なのだから、想いを寄せている異性くらいは居る。若しもその相手が皆からの疎まれ者扱いであったなら、どのように感じるか? 皆が皆して、答えは似たような物だろう。
 恋をしたのなんて、小学生のとき以来なんじゃないだろうか。当時、僕は隣の席の女子に好意を寄せていたのだが、小学校を卒業する迄、そして卒業してからもずっと、想いを伝えずに恋は終わってしまった。何故ならその娘は、高嶺の花。そう見えていたのは僕だけかもしれないけれど、艶の有る長い黒髪に隠れがちの、年齢にしては大人びた其の娘の顔はいつもつんとしていて、僕がどんな話をしても「ふうん」とさも興味無さげな相槌をくれる。少しでも意識を向けて貰いたくて積極的に話し掛けてはいたが、いつだって素っ気も愛想も無い返事だった。僕なんかでは、ミステリアスな彼女の世界のなかへ踏み入ることができなかったのだ。そうして、好きだと一言伝える事が出来なかった僕の臆病を理由に、初恋へはずっしり重い蓋をしてしまった。
 考えてみれば其の頃から、素っ気無くてミステリアスな雰囲気の娘に惹かれやすかったのだと思う。高校生になった僕が、現在恋をしている相手も、そうだから。
 〝リカコ〟に恋をしたのは、高校に入学して数日経過したくらいの頃だっただろうか。リカコはいつも、何処か遠くを見ているような冷めた目をしていた。僕の知らない場所、もしかすると幻想の中なのかもしれない何処かを見詰めている深い黒色の丸い瞳が、初めて見た時にとても可愛らしいな、とても魅力的だな、と思った。些か下品な感想を明かすならば、彼女の持つ身体つきのシルエットもまた、僕の眼を惹いて離さなかった。
 僕とリカコは理科の授業を受けるべく移動する理科室では席がとても近く、僕はどうしても何度も何度も、すっかりと魅了されてしまっている彼女の方を見てしまう。彼女は僕の熱い視線なんて気にも留めておらず、やはり冷めた目で何処か遠くを見詰めている。そんな横顔が、好きだった。そんな横顔を、独り占めしたいと思ってしまった。
 僕はしょっちゅう、機会をみてはリカコに話し掛けた。だが、リカコは感情表現が得意でないらしい。余程の照れ屋さんなのだろう、どのような話をしたって、僕の前ではリカコは感情を顕にしない。多分に、仲の良い友達だとか、理科教師だとか、そういった近しい人の前でならば、リカコは笑ったり、怒ったりするのだろう。一寸、嫉妬もしてしまうけれど、贅沢は言わない。放課後、彼女と二人きりで過ごすのを許される現状だけで、僕は満足出来ている。
 何故リカコが理科教師と仲が良いと予測が及んだのかといえば、何度となく彼女が理科室で過ごしているのを目にしていたからだ。放課後、リカコの姿をじっくり見たければ、理科室に行けば良い。薬品や色々な種類の標本が幾つも並んだ長机の前、窓際。リカコはどうやら其処が気に入りの場所で、いつ彼女に会おうとの目論見で理科室を訪れたって、リカコは其処に立っていた。
 本当のところを明かせば、〝リカコ〟という名前は僕がつけたニックネームだ。由来は、理科室が好きだから、なんていうセンスの端くれも無い単純さ加減だ。リカコは、そう呼ばれても全く嫌そうな顔はしないから、僕はずっとそのニックネームで呼んでいる。
 彼女が皆に呼ばれている名前も僕は知っているには知っているのだが、余り良い響きとは呼べない。
 リカコの容姿は僕からしてみれば愛らしくて仕方がなくって、出会いざまに抱き締めて頬擦りをし、僕が思い付く限りの愛し方を与えたいと望む程。然しながら僕のクラスメイトは、口を揃えて『あいつは気味が悪い、近くに寄りたくない』と言う。
 僕とは反した感性を持つ奴等がリカコを呼ぶ際には、下賎な感性では仕方のなかろうといった、格好の悪い名前で呼ぶ。一人の少女を捕まえておいて酷い名前で呼ぶだなんて、虐めと変わりがないではないか。そして、教師達も、そして彼女の姿をきっと僕よりも沢山見ている理科教師迄もがその奇妙な呼び方をする。どうにも赦しがたくて友人に掴みかかった事さえあるが、彼は呆れたふうに「まだその呼び方続けてんの?」と、小馬鹿にした溜息を零していた。
 一目で僕を恋に突き落としたリカコの気に入りの場所に少しでも長く居たくて、僕は科学研究部に属する事を希望した。授業以外でも理科に関する物に触れたがる生徒は少なかったらしく、部員も少なく地味な部活の一員になると言い出せば皆に歓迎された。
 けれども僕は活動内容だなんて殆ど興味は示せず、その時間じゅう理科室に居つきはしていても、大して活躍らしい活躍は残さない。興味の向かない所に入部したのは、リカコの気に入りの場所、窓際辺りの空気を胸一杯に吸いたいという目的でしか無かったのだから。
 リカコもまた、同じ科学研究部に属している様だった。其れもまた、僕が入部を強く希望した理由になった。同じ部活であるならば、彼女を見詰め続けるのにも都合が良い。リカコを少しでも長い間眺めていられる機会を沢山与えてくれた神様に、感謝さえしたいものだ。
 僕は部活動に於いてはリカコに目を奪われてしまうばかりで、科学研究部員、だなんて、名前だけでしかなかった。
「おい竹田、また愛しのリカコちゃんばっか見てるじゃねえか」
 リカコの瞳に釘付けとなって夢心地であったというのに、同じ部活、同じクラスのとある男子生徒から揶揄を混ぜた声で呼び掛けられ、僕とリカコの世界は一瞬でぐずぐずに崩潰した。なんだよ、鬱陶しいな。
 リカコはといえば、僕の視線を気にしていなかったのか、僕に見詰められるのは悪い気がしていなかったのか、そして男子生徒の笑い声になんて興味は無いのだろうか、ただずっと、いつもの窓際で皆勤型幽霊部員を決め込んだままだった。
「お前さ、本当にリカコちゃん好きだよな」
 またもう一人の部活に属した生徒も、馬鹿にして僕を嗤う。恋愛に没頭する姿は傍からしてみれば阿呆みたいに映るのかもしれないが、その様な扱いをされるのは決して気分の良いものでは無い。
「君の言う通りに凄く好きだよ。やっぱりそんなふうに見える?」
「理科のとき席が近いからってちらちらリカコちゃん見てるし、部活だってリカコちゃんばっかり見ちゃあ、やる事もろくにやらねえでリカコちゃんに夢中じゃねえか。いつもずーっとリカコちゃんで頭いっぱいなのみえみえじゃん。竹田も研究部失格になったっておかしくねえし、二人して気色わりいよ。いい加減にしろよな」
「いい加減にするったって……」
 返してやるのはつい、むっとした態度。幾ら誰もが理科室を好んでは窓際を選ぶ彼女を気味が悪いと感じていたとして、其れも僕にとってはミステリアスな魅力に他ならない。
 僕の事だけならともかく、惚れ込んでいる相手を悪く言われるのは何度にも及んでいるから随分と慣れも来ていたが、やはり如何しても、こころの奥底では恨みが拭いきれない。表情を激しく変えやしないとはいえ、人間のこころだってきちんと在るに違い無いのだ。だというに、皆は寄ってたかって悪口ばかりを放つ。多分に彼等は、僕達の恋愛関係に嫉妬しており、リカコという者の何もかもを否定する事で、強く結ばれかかっている恋仲を引き裂こうとしているのだろう。
 好きな娘が出来ると、誰かにその娘について色々と話したくなるというもの。ついつい調子が上がってしまって、少々下品な妄想をこぼしてしまった事もある。昼休みにも、僕のこころはリカコでいっぱいに満たされていた。思春期らしく恋愛話に花を咲かせていた輪の中で、自信満々に僕は言った。
「リカコって本当可愛いよね、文化祭のミスコン、僕だったら絶対にリカコ一択だし、絶対リカコが優勝だ」
 すると友人は、眉を潜めて此方を見た。彼女は全くもって美しくなんてない、とでも言いたげに。
「ミスコンに? あんなやつが?」
「あんなやつ、って言い方は無いでしょ。リカコだってちゃんとした女の子だよ」
はん、と鼻で笑う彼には、僕の紛い無い気持ちが冗談にでも聞こえているのだろうか。
「ろくに笑いもしないようなやつが美人揃いの舞台に立ってたって、あんまりにも場違い過ぎるだろ」
「クールなんだよ、リカコは。僕はそこも含めてリカコが大好きなんだ」
「はいはい、わかりました、お幸せに」
 クラスメイトばかりか昔からの親友と呼べる存在までもが、どのように彼女の魅力を伝えたって、リカコという存在を否定したがる。余り表に出さないにしろ、彼女にだってちゃんとこころが在るのだから、誰もにこんな言われ方をされるのは僕が気に食わない。彼等にとっては彼女は疎ましいだけの生き物なのだろう。リカコを愛した僕の惚気話になんて一切の興味は示しては貰えず、皆はさっさと僕の話を最後まで聞かずに去ってしまう。
 総ての授業の終わりを告げる鐘の音。今日は部活の無い曜日だが、僕は鞄を抱えて急ぎ足を理科室に向けた。
 リカコのことだから。理科室が大好きなリカコのことだから。今日も彼女は、あの場所に居るに違いない。決まりごとに背かず彼女があの場所に居たのなら、今日はどんな話をしよう。どんな触れ方をしよう。理科室へと急いで走る。リカコに逢えるかもしれないのだという期待で、他のどんな期待を前にした時よりも、僕の胸は大きく大きく大きく弾んでいた。
 確信にもほど近かった僕の期待は叶った。リカコはいつもの様に窓際で、いつもの様に静かに立っていた。
 不意と、リカコと目線が合った。僕が恋心を抱くに至った、くりんとした可愛らしい黒い瞳。お喋りでない恥ずかしがり屋の彼女の視覚に、一体僕はどの様に映っているのだろう。逆に僕からはといえば、喋り過ぎてうざったらしいぞ、とクラスメイトに肘鉄砲を食らわされるくらいに話し続けられるだけの魅力も沢山見てきたし、一番彼女をよく理解しているのだという自負だって在る。
「リカコ」
 微笑みを向け、名を呼び掛けてみる。彼女は返事もしなければ、僕に笑み返すでも無い。例えば僕の友達なんかが好意を寄せている女子にこんな態度をとられては、がっかりしたり、つまらなく感じたりするであろう。
 けれども僕は、誰よりもリカコを知っているから、リカコの喜ばしくする様子なんて、最初っから求めちゃいない。彼女との距離が僅かでも縮まる、そんな時間が一瞬一秒でも長くあれば、僕は満足だ。
「今日さあ、理科の先生に怒られちゃったんだ」
 やはりリカコは返事をくれないけれど、きっと僕の話はちゃんと耳に入ってはいる筈。そもそも、僕がリカコに声を掛ける時は大抵、用意してきた話題はかなりくだらない。クールなリカコが食い付きを見せないのも、致し方なかろう。
「用も無いのにしょっちゅうしょっちゅう理科室に来るな、だってさ。用事なんていっぱいあるのにね。いつもリカコが理科室に居るから、だから僕はリカコに会いたくて仕方がなくって、それからリカコに、今日あったことを一杯お話したいんだ。そうしたらリカコも、ちょっとは僕に興味を向けてくれるかもしれないでしょ?」
 彼女からの返事は、未だ無い。どうにかしてリカコの気を引きたい、だが、面白い話題を集められるでもない僕では、難し過ぎる。
 僕もひとりの男だ。彼女の気が得られないのならば、実力行使に出てやろうではないか。前触れ持たせずに僕は、リカコを正面から思い切り強く抱きしめた。リカコの肉体は同じ年頃の女子が持っているのかもしれない柔らかな感触は無く、肌も、ひんやりとしている。様々な魅力を持したリカコから珍しい感覚を貰うのを僕だけが赦されているのだと思えば、それらの要素は容易く僕の性欲を煽り上げた。
 辛抱ならなくなって、リカコの唇に強引な接吻を押し付けた。リカコは、驚きもしなければ拒みもしない。突き飛ばすなりして拒まないのなら即ち、少なくとも彼女は僕とのキスに強い嫌悪は覚えていない。
 拒否を露わにされないのを良い事に、次は彼女の背筋をつうっとなぞる愛撫を与えた。背中が性感帯である娘が居る、と誰ぞから耳にしていた。然しリカコは、しゃんと伸ばした背中を庇おうとはしない。
 もう一度、熱情を込めた口吻を。今度は、舌を伸ばした〝戯れごとではない深いキス〟だ。愛情表現がこれ位しか思い付かない僕も僕ではあるが、リカコに対しての溢れんばかりの灼けつきそうな気持ちを、毎日放課後に話し掛け続ける他にも、手法は何でも良いからできる限りに沢山表現して、リカコに伝えたかった。僕は、深い深い処まで、恋に落ちてこころも焦げてしまいそうな想いを隠し持っているのだ。
 渡した舌には、彼女からも渡したそれで互いの舌を結ぶ等といった事で応えてはくれなかった。けれど、一方的な色欲を享受して貰えている、其の事実だけが僕をとても幸福にした。
 次には胸に触れてみたのだが、なにせ僕にはリカコ以外の女性を抱いた経験には欠ける。我ながら、拙い遣り方だと思う。だからなのか、リカコはやはり反応は寄越さない。僕の経験不足なのだかリカコが触れられてもどうという事はないのだかは知らないが、まあ、構わなくたって良い。
 諦めも悪くあちらこちらと彼女の肉体をまさぐり続けども、声を上げたり肩背を強張らせたりといった反応は得られない。だが何れにせよ、リカコと二人きりというシチュエーションに立っていては、灼けついた僕の肉欲は、鎮まる事を知りたがらなかった。
 彼女は余り肉体を弄られる事自体を好まないのであろうか。或いは、所謂不感症というやつなのかもしれない。どのような触れ方をしても、リカコは、理科の授業や部活中に僕が盗み見ていた時と同様に、何処か遠くへぼうっと視線を投げ遣ったままだ。
 妖艶な姿が得られずとも、良い。彼女が喜ばしいといった表現を肉体や顔色で表現しなくとも、不服は無い。放課後の理科室で、僕だけがリカコに触れるばかりの一方的な性的接触に及びたいという欲には、確りとした理由が在るからだ。
 リカコは、そこいらの下らない話題できゃあきゃあと煩くしている女子共なんて遥かに上回った包容力を持しているのだ。何処ぞのポルノ女優みたくいやらしく女体をくねらせたりはしないけれど、僕の願望を、些か歪んでいるかもしれず軽い気持ちでは他人には明かせないとさえ思えている僕の性的嗜好・願望を、繰り返しの日常と変わらないあの顔付き、あの眉ひとつをも動かさぬ表情のままで叶えてくれるのだ。
 折角、夢見がちな人々が云うところの〝愛し合う〟といった行為に及ぶのだから、僕は相手の心臓を、脳を、内臓までも、総てを愛したいという考えを秘めていた。単に女性器に自分のものを出し入れするだけでは満足出来やしない。女体を割り開き、肌の中の血液まで、若しも赦されるのならば内臓までをも僕は愛したい。自慰に至る時だって、女体を捌いて内臓に陰茎を擦り付ける妄想で、僕は絶頂へと辿り着いていた。
 膣内に一物を挿入する事だけはリカコの肉体が嫌がりはするものの、其の様な目的はもとより抱えていない。射精がしたいのなら、勃起した欲しがりなものを愛らしいリカコの冷ややかな眼に見詰められながら自分で扱いてやったり、若しくは僕のほぼ総てを享受してくれるリカコであるから、抱き締めた時に感じるのと同じ、ひんやり冷たくやや硬めの太腿にそれを擦りつけ、頂きの白液をリカコの肌へと思い切り沢山、勢いに乗せてぶちまけてでもやるといった選択も在る。
 相手の感度を測れないままに僕だけが激しく興奮してしまっているのは、実に情けなく浅ましく、見るにも堪えないであろう、と、自覚は出来ている。然しながらリカコは、そんな惨めな姿を、蔑んだりはしない。本当に優しく、こころの広い娘だ。どのようなみっともない姿を晒したって、彼女は眉を顰めたり、押し寄せる性欲の波に負けた僕を罵倒したりはしない。
 高揚で呼吸を弾ませている僕をリカコに冷たく眺めて貰っている此の瞬間ばかりは、一日のうちどの時間よりも気分が快い。もしかすると僕には些か、マゾヒスト的嗜好の欠片がこころの何処かに潜んでいるのかもしれない。ならば幾らリカコにつれない態度を取られようが恋熱が失せないのも、充分な納得が行く。恐らく僕は、内臓を犯したい願望も含め、変態性欲者なのだろう。
 リカコの瞳に。僕が映る。深い黒に、僕が包まれている。リカコの瞳の中に居る僕は、今朝寝癖をどうにかしてやる際に鏡に映った姿よりも、綺麗に映る。何故って、リカコの瞳そのものの色が美を秘めているからだ。
 もう、溢れんばかりの欲への抑制は効きそうには無い。例え此方の気配を他人が察して覗き見をされたり邪魔に入られたって構わない。リカコを近くに感じられている僕の理性はもう、粉々に砕けてしまっているのだ。
 今日の僕もまたリカコで頭が一杯だったのだが、密やかにこころに抱えていた想いの内には、リカコを滅茶苦茶に犯してやりたいという破片も混じり込められていた。今日はどうにも、僕の持した性的欲求はかなり頑丈らしい。
 先ずは、彼女の胸を勢いに任せて開いてやろう。掌で触れるだけではなく、心臓を犯してやる。急く気で呼吸は荒ぎ、僕は獲物を眼前にした獣めいていた。手に入れたリカコの心臓を、ひと舐め。噛み千切ってしまいたいくらいに此の場所は愛しいのだけれど、乱暴にするばかりでは一寸、可哀想だ。リカコには丁寧に触れたいといった気はいつも在るけれど、やはり彼女を犯したいといった欲求の破片は胸中に同居している。もっとも、惚れた娘の心臓をねぶって理性を焼け失せさせてしまっている現状では、彼女を丁寧に扱おうといった心算は全くもって守れていないのだが。
 深い黒色をした瞳が魅力的。身体つきも僕の理想通り。そしてリカコは、心臓の形までもが非常に可愛らしい。何処をとっても長所しか無いと、僕は思っている。如何して皆はあんなにリカコを疎み者にするのだろう? こんなにも誰より愛らしいのに。其れに何の取り柄も無い様な僕の恋心や情欲、更には変態的な欲求迄黙って受け入れてくれるだけの優しさと包容力が在るのに。極度の恥ずかしがり屋さんである為に愛想にほんの少し欠けるだけだというのに。まあ、此れについては、恋敵が現れる予定が今の所見えやしないという点に於いて助かっているとも言えるが。僕の、僕だけのリカコだ、と、独占欲も得られるし、リカコだけを愛し、またリカコも僕を苦無く享受してくれているのだという自信だって得られる。
 ああ、ああ、リカコ、僕は如何しようもなく君を愛してる。いやらしい本や動画になんて興味は向かないけれど、君を前にしては話が違う。リカコを何度でも優しく抱きたいし、ときには野蛮に君の肉体の総てを僕の精液で犯したい。君は僕に犯されてどんな気持ちなの? 叶うならば君の声で教えて欲しい、素っ気ない君の話し声、そして僕に触れられての妖艶に高まった声が聞いてみたい。然しながら、一寸、彼女の話し口調を知りたくないとも思う。いつだってつんとだんまりを貫き続けるリカコだからこそ、是程迄に愛してしまったのかもしれないから。
 心臓を充分に愛撫したなら、今度ははらわたを犯してやろう。はらわたを引きずり出すような真似に及んでもなお、リカコは僕を許容し、ひと声も発さない。
 こころに、そして彼女のひんやりした肌の内側に触れさせてくれる女性は、リカコの他にはきっと存在しないだろう。僕の総てを黙ってまあるい瞳で眺めてくれるリカコの以外の可愛げの無い女子なんかに、惚れた腫れたの気なぞ寄せられない。第一印象は、可愛らしいと感じた。数回逢う機会を経て、ミステリアスな魅力に強く惹かれた。彼女の肌を、そして彼女の内部を愛撫する事を許して貰ってからは、僕のこころはリカコの一色であった。
「山崎せんせー、居るー?」
 突如、がらりと理科室の扉は開かれた。僕がリカコの内臓部分に性器を擦り付けるといった性交渉に及んでいる現場を、訪れた生徒に見られてしまった。
「……竹田」
 彼が驚くのも無理はなかろう。校内でセックスをしているのを発見してしまったのは、結構に衝撃的だったろう。
「竹田、お前、マジで人体模型相手に興奮してたのかよ。信じられねえ」
 些か、怯えさえ含ませた震え声で彼は眼をまあるくしていた。だが僕は、リカコとの間柄を気味が悪いと言われるなんて、とうに慣れっこだ。
「人体模型? 君も彼女の事、ちゃんと〝リカコ〟って呼んであげようよ。そんな不気味な名前で呼ぶなんて、可哀想じゃないか」
 崩した制服もそのままに邪魔者へ笑顔を向けると、そいつは途端に青褪めてぴしゃりと理科室の扉を閉めた。続いて一枚の壁越しに、上靴が走ってゆく音が続く。
 誰に何を言われたって、僕はリカコを愛している。愛しているから、沢山内臓の総てを抱いてみたい。他人に信じられない性的嗜好だと呼ばれようが、此の膨れ上がったリカコへの恋心は、止ませようもないのだ。
 明日も、明後日も、授業が終わったら彼女に会いにゆこう。愛の言葉を徹夜で用意して、たっぷり届けてやろう。くさい台詞に、今度こそは少しなら照れてくれるだろうか。それとも、やはりつれないままなのだろうか。
 僕はもう、自分の恋心に蓋をしたくはない。其れに今は小学生の時の遊びの延長みたいな恋とは違って、伝えたいことも訊ねたいことも、熱い想いも溢れるくらいに在るから、リカコへの想いは、蓋をしたって封じ込めきられる恋なんかじゃ、ないんだ。


理科室の恋人  完

理科室の恋人

理科室の恋人

【過去作】いつも理科室に居る子に恋をする男子高校生

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-03-04

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