君の声は僕の声  第六章 5 ─誓い─

加賀谷樹里

君の声は僕の声  第六章 5 ─誓い─

誓い


「いや、違う。違うよ。別にやばい人間じゃないさ。強力な助っ人だよ。君たちにとってはね」
 
 呼鷹(こたか)は胸の前で小さく手を振って笑ったが、その笑顔は明らかに無理がある。少年たちの足が止まっていた。懐疑的な目が呼鷹に集まる中、秀蓮が慌てる様子もなくにこやかに笑う。

「呼鷹の言う通りだ。──別にやばい人間じゃないさ……たぶんね」

 秀蓮はそう言いうと、目の前に立ち止まっている櫂と麻柊の肩に手をかけた。呼鷹への不信は拭い切れないが、秀蓮が言うことなら間違いはないと思った櫂は、秀蓮に押されるまま歩き出した。少年たちもつられて歩く。呼鷹は立ち止まったままだ。一番後ろを歩いていた秀蓮が自分の前を通り過ぎるのを待って、その後ろを歩いた。秀蓮はそんな呼鷹を横目に見て目を細めた。

 陵墓が近づくにつれて、聡にも誰なのか判別がついた。

瑛仁(えいじん)だ!」

 聡は秀蓮に振り返って「瑛仁が来てくれたんだね」と秀蓮に笑いかけた。秀蓮がうなずくその横では、呼鷹がうつむき加減に顔をしかめていた。秀蓮は抑えるように笑っているが、ずいぶんと楽しそうだ。聡はふたりの様子に首をかしげた。

「瑛仁て、誰だ?」

 櫂が秀蓮を振り返る。

「僕の友人だ。呼鷹を紹介してくれた……そうだね?」
「あ、ああ、そうだよ。俺の友人でもある」

 突然話を振られた呼鷹が不必要に何度もうなずいた。明らかに挙動不審だ。櫂は眉をひそめた。

 秀蓮は瑛仁に駆け寄って挨拶をかわすと、少年たちに紹介した。瑛仁は「よろしく」と軽くお辞儀をした。その何気ない動作が流れるように美しい仕草だったので、少年たちは慌てて背筋を伸ばし、指先まで揃えてお辞儀を返した。

 瑛仁は少年たちににっこり微笑むと「そこにいるのは誰かな」と腰に手をあて、少年たちの先、木の影に腰を下ろしていた呼鷹にそう投げかけた。呼鷹が苦笑いをしながら、ばつが悪そうに「やあ」と手を上げた。

「やっぱりな。あの手紙もなんか胡散臭いと思ったんだ」 

 櫂が腕を組んで横目に呼鷹を見下ろした。

「手紙?」

 そう聞き返した瑛仁と目が合った呼鷹は、さっと立ち上がると、瑛仁の肩に馴れ馴れしく手を置いた。

「あ、まあ、なんだ。瑛仁。来るなら来ると言ってくれたらよかったんだ。そしたらこんな手の込んだことする必要はなかったんだ」

 笑い顔を曇らせると、観念した子供のように、呼鷹は内ポケットから取り出した手紙を瑛仁に渡した。
 手紙を広げた瑛仁の口から感嘆の声が上がる。

「ここまで字を真似て書いた努力は認めるよ」

 手紙を呼鷹に戻し「こんなもので秀蓮を騙せるとは思えないがね」と、瑛仁は、短い息をついて秀蓮に向き直った。

「この男に合わせてくれてありがとうございました。貴方に渡した書物は彼の研究室にあるものでね。まあ、勘ぐられるとは思ったけど……まさか秀蓮の名前まで突き止めるとはね」

「閲覧記録を調べたんだ。きっと誰かが城の蔵書院に来ると思ってね。すまなかった」

 呼鷹が頭を下げた。「どうしてもこの遺跡に来たかったんだ。瑛仁がこんなに持ち出すなんて、何かあると思ったからね」 

「瑛仁の手癖をここまで真似ることができるのは、瑛仁を良く知る人物だろうと思ったから」
 
 
 呼鷹を援護するように秀蓮が言うと、

「いやあ。最初からばれていたのか」

 呼鷹は後頭部に手をやりながら豪快に声を上げて笑った。
 秀蓮も瑛仁も笑っていた。瑛仁は呼鷹を呼び戻しに来たわけではなさそうだった。

「貴重な話を聞かせてもらえたし」秀蓮がそう言うと「俺たちの腹も満たしてくれたしな」と櫂が流芳(りゅうほう)たちに目配せした。


 瑛仁は馬で来ていた。馬に積まれた荷物を降ろすと、秀蓮と呼鷹を呼んだ。荷物は主に食糧で、皇太后からであった。少年たちは歓声を上げると、喜んで荷物を運んだ。
 夕食の時間、火を囲みながら改めて自己紹介をした。そして、このことは国の未来をも左右することであり、決して口外しないこと。KMCの人間はもちろん、寮の友達にも、家族にも、誰にも話さないことを誓った。


 食事の後片づけが終わり、焚き木を折りながら火に放り込んでいる聡のところへ、瑛仁がやってきた。聡の横に腰かけるとポケットから手紙を取り出し、聡に手渡した。
 受け取った聡の顔がぱっと明るくなる。
 手紙は兄の慎からだった。聡は焦る気持ちを抑えきれずに手紙を広げた。

「今ごろ慎は家に帰っているはずです。貴方が元気にしていることを両親に話すと言っていましたよ」 

聡は手紙から顔を上げた。

「聡も一度、ご両親のところへ帰ったらどうです? 秀蓮も心配していますよ。貴方が帰らないのは自分に遠慮しているからじゃないか、とね」
「そんなことはないよ」

 間髪を入れずに聡は応えた。それはかえって瑛仁の耳に、その通りだよ。と言っているように聞こえた。

「僕が家に帰らないのは、この姿のままで帰りたくないからだ。──みんなと一緒に成長することができる身体になったら、その時は帰るよ。──きっとそんなに先のことじゃないだろう?」
 
 聡の強い瞳に真っ直ぐに見つめられ、瑛仁は目を細めた。

 ──秀蓮の言う通り。あの方と同じ目をされる。

「そうだね」

 瑛仁は聡の肩をポンと叩いて立ち上がった。
 その様子を透馬と流芳が焚き火の向こう側から見つめていた。



「眠れないのか?」

 テントの中、さっきから何度も寝返りをうっている流芳に麻柊が声をかけた。振り返った流芳は浮かない顔をしている。

「あの瑛仁て人。皇太后や帝のお医者さんなんだってさ」
「そうみたいだな」

 麻柊が頭の後ろに手を組んで天井を見つめたまま応えた。

「あの人、さっき聡に手紙を渡してた。聡のお兄さんからだって……聡のお兄さんとも知り合いなんだね」
「ああ、聡の兄貴は王立大の医大生なんだってな。すげえなぁ」

 麻柊はため息をつきながら、俺たちとは頭の出来が違うな……と、流芳に皮肉交じりに笑うと、麻柊の言葉を無視して流芳がいじけるように言った。

「でもさ、医大生なんて大勢いるじゃないか。──みんながみんなあの人のような宮廷のお医者さんと知り合いになんかならないよ」
「……おまえ、何が言いたいの?」

 麻柊が苛立つ。

「だからさあ」
「流芳! 何でおまえはそんなに卑屈になってるんだ」

 流芳の体が小さく震えた。透馬が起き上がって流芳を睨みつける。

「秀蓮も聡も俺たちと同じだ。──みんな同じだ」

 めずらしく声を荒げた透馬に、流芳も麻柊も驚いて目を剥いた。こんな感情的になる透馬は珍しい。透馬が感情をぶつけるのは、決まってピアノとヴァイオリンを弾く時だけだった。寮の少年たちとも喧嘩をしたことなどない。そもそも、穏やかな透馬に喧嘩をふっかける奴などいない。
 ふたりの反応に我に返った透馬は、大声を出したのを恥じるように「──おやすみ」と、背を向けながら、静かな口調に戻って寝袋にもぐり込んだ。

「…………」

 流芳と麻柊がしばらく透馬の背中を見つめていると、黙って聞いていた櫂がおもむろに起き上がった。そしてかったるそうに口を開く。

「おい、明日から遺跡の調査が始まるんだ。もう寝よう。流芳、透馬の言う通りだ。俺たちはみんな同じだ」

 流芳に名指しで言いながら、その目は透馬を見つめている。

「同じというより──俺たちはすでに選ばれているんだよ。成長しなくなった時点でな。そうだろう?」

 誰にともなくそう言って櫂は寝てしまった。

 流芳と麻柊は黙ったまま顔を合わせた。
 


※   ※   ※



「KMCが俺たちの行動をチェックしてる」

 朝になり、ひとり火を起こしていた秀蓮に櫂が声をかけた。

「KMCが?」
「ああ、休みに入る前に杏樹がどこへ行ったのか聞かれた。それから夏休み、俺たちがいつ、どこでキャンプするのか、とね」

「…………」

 考えこむ秀蓮に「座ろう」と、櫂は目で倒木に誘った。

「こんなことは初めてだ」

 櫂が苛立ちを押さえるように焚き木を折った。

「KMCの誰?」
「アリサワって俺たちを担当してる奴だ」
「アリサワ……」
「知ってるのか?」
「いや、知らない。どんな奴だ」
「俺たちの事を理解してくれているところはあるが、何を考えているのか分かりにくい男だよ。頭が切れる奴だから、俺たちがいつものように湖でキャンプするとは信じなかっただろうな。まあ、寡黙な男だから、わざわざ報告することもないだろうけどね」

 言い終わらぬうちに、櫂は焚き木を火に放り投げた。

「KMCが動き出すことは想定内だ。キャンプから戻ったらしばらく大人しくして……。流芳たちを守ってやってくれ」
「わかった」
「杏樹の件は?」
「家に外泊だと言った」
「アリサワは?」
「寮の奴らが家に外泊するなんて今までもないからな。信じやしなかったけど、俺は家に帰ったと言い張ったよ。だが、『あの杏樹の家にか』と聞いてきた」

 櫂の言葉に、秀蓮の眉がぴくりと動いた。

「おまえも『あの家』に心当たりがあるのか?」

 秀蓮の反応に櫂が訊ねたが、質問が聞こえていないかのように、「どういう意味だ?『あの家』って」逆に秀蓮が聞いてきた。

 櫂は目を細めた。

「俺は杏樹の家なんか知らないと言った。アリサワもそのまま黙っていたよ……おまえ、何で杏樹を連れ出したんだ?」

 秀蓮は黙ったまま考え込んでいる。
 
「おい、秀蓮」

 応えない秀蓮の肩を掴んだその時、ふたりの耳に話し声が届いた。みんなが火の周りに集まってきた。

「この話は、また後でな」

 肩に置かれた櫂の手をほどいて秀蓮が立ち上がった。

君の声は僕の声  第六章 5 ─誓い─

君の声は僕の声  第六章 5 ─誓い─

──透馬の言う通りだ。俺たちはみんな同じだ

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