ラブレター

米井かず子

ラブレター

 近頃、つくづく思うのです。私たちはどうして生きているのか、と。

 私は今年で30歳になりますが、結婚はしていないし、子供も持っていないことはあなたもご存知よね。この手紙には、あなたの知らないことを、沢山書くつもりです。

 私の家族は病気の母一人だけで、父と弟は戦争で死にました。母も、お医者様によると、もう永くは生きられないようです。

 私は、きっと、一人になるのです。

 私が六年前、女中として、東京の松田様のお宅で働いていた頃、母は病を患いました。私は、直ぐ郷に帰ってきて、父の遺産を切り崩して、今日まで母の面倒を看ながら暮らしてきました。

 今の私は、どうして生きているのかと問われれば、「母のために」と答えます。しかし、母もじきに死ぬのです。

 母を失ったなら、私はなんのために生きたらいいのでしょうか。母の居ないお家で一人、私はどうしたらいいのでしょうか。近頃、そんなことを、ふと考えてしまいます。そして、決まって、あなたの顔を思い出すのです。ああ、こんな事、私は誰にも言うまいと、あなたのことを忘れようと、六年間努めてきた筈なのに、私にはそれが出来なかったのです。

 いいえ、本当は違いました。毎晩、心の奥底ではあなたのことを思っていました。あの日、あの夜の幸せを、また欲せずには居られなかった。こんな事あなたにお教えするのは、真赤になって顔から湯気が出てしまいそうな程恥ずかしいのは、あなたにもお分かりでしょう?でも、私がどれほどあなたを欲していたか、伝えたかったのです。

 私は、あなたのために生きたいと思っております。この先の人生、あなたへの愛のために、恋のために生きたいのです。もしかしたら、迷惑かもしれないけれど。

 いいえ、きっと、あなたは私を拒むことはしないでしょう。あなたが、私を、深く、深く愛していることを、知っているから。隠していたつもりでしょうけれど、女は存外、察しがいいものです。

 私が「逢いたい」と言ったら、あなたは逢って下さる?私、あなたに逢えるなら何処へでも行くわ。本当は、今すぐ東京に飛んで行って、お宅へ伺いたいけれど、あなたの心底困った顔を見たくありません。それに、あなたの周囲の方々は、世間体をたいへんお気になさるようですから、もし私があなたのお宅に現れることがあったら、追い立てられて、二度と私達、逢えなくなることは私にもわかります。

 あなたに逢いたい。六年の間に、あなたはどんな風に変化なさっているのだろうと、私は時々、想像します。以前よりも太っていらっしゃるかしら、痩せていらっしゃるかしら、頭髪の調子はどうかしら、今も、小説がお好きなのかしら。

 ……私のこと、私があなたを想うのと同じように、想っていらっしゃるかしら。

 私は、あなたと愛し合った証が欲しいのです。別に脅そうだとか、そんなことのためじゃないわよ。愛し合った記録が、結果が、欲しいのです。男と女が愛し合った証、あなたは何だと思います?文学通のあなたが、なんと言うのか知りたいわ。

 私は、赤ちゃんだと思います。これ以外に思いつかなかった。あなたの赤ちゃんが欲しいのです。

 あなたの子を産めるなら、私、これ以上の幸せはありません。愛する人の子を産むことが、女にとって一番の幸せだと、そう思うのです。お願い、本当の、一生のお願いだわ。私に、女の幸せを教えて下さい。

 もし、あなたの赤ちゃんを孕んで、無事に産めたなら、その時はきっと、逢いに行きます。責められても、軽蔑されても構いません。あなたに、私との愛の証を一目見ていただけたなら、それで私は満たされますわ。

 母が亡くなられた後のことを、生きているうちから、こんなに考えてるのって、不謹慎かしら。でも、内緒なら、いいわよね?

 私は、不良なのです。幼い頃からの、不良らしいのです。何時だって、人様のものに目がいくの。他人様の選んだものは、ある種のお墨付きのような気がして、欲しくなってしまうのです。あなたも、あなたの奥様のお墨付き。だから、こんなにも欲しいのでしょう。

 私達が愛し合うこと、それは世間の言う不倫ですけれど、私には、それが良く思えます。「背徳感」という名の、心を、煙草を呑んだ少女の肺のように、清らかさは失われ、黒の濁りのようで、それでいて深い悦びを感じるのです。

 あなたがこのお手紙を読んで下さることを、信じております。

 お返事を、いつまでもお待ちしております。

 M・J 松田次郎様

 昭和二十二年 二月二十四日。

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